「攻撃開始!」
シャルの号令で、シャル本体から幾つものロケット音が発生して急速に消えていく。数秒後、爆発音が連続して発生する。HUD表示で中央の建物から煙が上がっている。シャルに提案した攻撃方法-弾道ミサイル攻撃は効果があるようだ。勿論爆音や煙が発生するから、放置すると騒ぎになる。こちらも提案してシャルが実施済みだ。「SMSAが周辺に展開しました。」
周囲に知られないようにヒヒイロカネを包囲・回収するにはSMSAが必要だ。弾道ミサイル攻撃開始に合わせてシャルが招集したSMSAが展開する手筈になっている。交戦に巻き込まれる危険があるから中央の建物が見える領域に入らないよう、シャルを介して注意を伝達している。
「!ヒロキさん!敵が反撃を開始しました!ハンドルをしっかり握ってください!」
「分かった!」
「小癪なぁ!」
シャルが叫ぶと、シャル本体から多数の弾道ミサイルが発射されて、建物めがけて突っ込んでいく。幾つも激しい爆発が起こる。SMSAが展開したからもう爆発や炎上を避ける理由がなくなった。HUDやミラーに、シャルの航空部隊が建物めがけてミサイルを発射する様子が映る。ミサイル攪乱機能が低下したか?「ヒロキさんの提案にヒントを得ました。ロックオンなしにランチャーのようにミサイルを発射しています。」
「ロックオンなしだと、誘導とかは無関係なんだね。」
「はい。敵の防衛機能は70%に低下しました。畳み掛けます!」
要塞の防衛機能は低下したらしいけど、攻撃機能はあまり低下している様子を感じない。空気や水からミサイルや銃弾を無尽蔵に創造できるというシャルと違って、十分な機能がない筈のヒヒイロカネしかない「要塞」に、こんな大量のミサイルを創造できるとは思えない。嫌な予感がする。何か更に隠し玉を持ってるんじゃないか?
「!まさか!」
シャルが叫んだ次の瞬間、シャル本体の天井部分に激しい衝撃が加わる。「きゃっ!」
「うわっ!」
「ヒロキさん!大丈夫ですか?!」
「だ、大丈夫。な、何があったの?」
「上空からの爆撃です!」
「航空部隊を迎撃に向かわせました!」
「シャルのダメージはどう?」
「1.3%の損傷です。大したダメージではありませんが、不意を突かれて衝撃を緩和できませんでした。」
「上空からの攻撃は厳しいな…。」
「戦闘ヘリ部隊を投入!徹底的に本体を叩きます!」
シャルは無秩序に敷地を走り回りながら、弾道ミサイル攻撃を続ける。水素は…まだ十分余裕がある。だけど、これまでより消費速度が速い。注視していれば分かるくらい速さで水素の残量が減るなんて初めて見た。この状況で燃料切れは非常に危険だ。早めに叩きたいところだけど…。
「上空の敵を捕捉!爆撃機部隊です!」
「そんなものまで用意してたのか。」
「直ちに撃墜します!」
激しいGに耐えながら考える。爆撃機部隊は何処に居たんだ?或いは何処から来たんだ?こんな強力な攻撃力に加えて、シャルしか創造できないと思っていた爆撃機や護衛の戦闘機まで保有してるなんて、手配犯単独の所業とは思えない。かなり組織的な運用がなされてると見た方が良い。否、そう考えるのが自然だ。
ホーデン社の闇取引のメールでは、外国人排斥団体に資金提供することで、此処に屯する外国人を追い出すと共にこの敷地を占拠するよう要請されていた。だからホーデン社がこの敷地を狙っていたのは確実。そして…、ホーデン社は此処にヒヒイロカネがあることを掴んでいて、外国人排斥団体を使って奪うことを目論んでいたと考えられる。
だけど、そこから先が分からない。「主様」はホーデン社の攻撃を警戒していた?それとも、座して待っていた?攻撃されるのを?だとしたら、爆撃機部隊やミサイル発射設備といった攻撃用途の設備を整備していた理由は?むしろ「主様」は、何処かへの攻撃準備をしていたんじゃないか?圧倒的な戦力を背景に。
ホーデン社を攻め落とすことも考えていたんじゃないか?
この戦場そのものの状況を突破しないと話にならない。空と陸からの同時攻撃を掻い潜りながら、「要塞」への攻撃を続けるシャルの処理能力と攻撃力は凄いという他ない。気になるのは水素の消費量。やっぱり処理の負荷が大きいのと、弾薬の消費量が桁違いだからか。僕はこうしてハンドルを握ってることしか出来ない。それが口惜しくてならない。空から炎に包まれた大小の塊が落ちてきた。それを契機に、空から降り注いでいた爆弾の雨が止んだ。シャルの航空部隊が爆撃機部隊の撃墜に成功したんだろう。空からの攻撃がなくなったら、戦闘ヘリも使って包囲した「要塞」に攻撃を集中できる。
「敵の抵抗が激しく、戦闘機5機が撃墜されましたが、無事爆撃機部隊を全滅させました。」
「シャルは大丈夫?」
「創造機能で私本体から分離した航空部隊や地上部隊の損害は、私本体へのダメージになりません。爆散した戦闘機などは私本体が吸収して再創造します。」
「それなら良いんだ。敵のミサイル攻撃が今も激しいけど、どうなってるんだろう?」
「水素の貯蔵庫なり巨大なタンクなりがありますね。ミサイルのサイズと攻撃力からして、相当の備蓄量があるんでしょう。」
「地下かな?」
「そう考えるのが自然ですね。戦闘に紛れて地上部隊を突入させます。」
空から「要塞」に向けて爆弾が投下される。シャルは仕返しとばかりに爆撃機を投入したようだ。更に、戦闘機が入れ代わり立ち代わりミサイルを叩きつける。勿論、シャル本体からの弾道ミサイルや戦闘ヘリからのミサイルは継続中。ミサイルと爆弾を絶え間なく食らい、更に地上部隊に侵入され、「要塞」はまさに袋叩きだ。
「要塞地下に巨大水素タンクの存在を確認しました。」
「Warning」が消えない車内でシャルが言う。SMSAの展開で物量作戦が可能になったせいか、シャルは幾分落ち着いてきている。単純に考えれば水素タンクを破壊したいところだけど、ただでさえ危険が大きい水素がぎっしり液化されて詰まったタンクを破壊したら、「要塞」どころか周辺が消し飛ぶ恐れもある。「地上部隊が、中枢部分への水素供給を遮断します。中枢部分には攻撃をより激しく集中させて、水素供給ラインの防衛を手薄にします。」
「シャルの水素の減少が明らかに多いから、危険だと感じたらすぐに撤退しよう。」
「分かりました。」
「要塞中枢への水素供給の遮断に成功しました。終わらせます!」
HUDの「要塞」に向けて多数のロックオン表示が出る。続いて、凄い数の弾道ミサイルが「要塞」目がけて突進していく。戦闘機と戦闘ヘリからも一斉にミサイル攻撃がなされる。「要塞」が大爆発を起こす。HUDで常時表示されていたような感もある「Warning」が消える。「敵中枢部分の機能停止を確認しました。」
「シャル。地上部隊と戦闘ヘリを周辺に展開させて。まだ隠し玉を持ってるかもしれないから油断しないで。」
「分かりました。地上部隊と戦闘ヘリ部隊が、残存物の確認と生存者の捜索・確保を行います。」
「シャル様。SMSA第24特殊部隊隊長のサイです。応答願います。」
スピーカーからこれまで聞いたことがない音声が流れてくる。第24特殊部隊。恐らく今回のヒヒイロカネ回収支援で派遣された専門部隊だろう。「シャルです。何かありましたか?」
「シャル様が捕縛した人間達の回収と処置を行いたいので、捕縛処理の解除若しくは緩和を要請します。」
「分かりました。逃亡などしないレベルで緩和します。」
「ありがとうございざす。」
「SMSAへ通告。要塞中枢部で人間1名の身柄を確保。連行願います。」
「了解しました。」
「残念ながら手配犯ではありませんが、手配犯に関係する重要参考人であることは間違いありません。」
シャルの言うとおり、「主様」がヒヒイロカネや手配犯に関する重要な情報を握っていると見て間違いない。この世界の人間は本来ヒヒイロカネなんて知らない筈だし-ゲームとかで見る架空のアイテムとしては別-、ましてやその使い方なんて知る筈がない。手配犯と接触して情報を得ていないと不可能だ。一番気になるのは、今回の迎撃の激しさと設備の数。タカオ市でも人工知能搭載のヒヒイロカネがいたけど、人間をもう1人加えた感じだった。ナチウラ市はサイズや攻撃速度こそかなりの水準だったけど、知能レベルはそれほど高くなかった。一方、今回は質・量共に軍隊並みだった。多分、この世界の軍隊じゃ太刀打ちできなかっただろう。
しかも、地下に巨大な水素タンクまで用意して、持久戦が出来る態勢まで整えていた。いくら手配犯からの情報が高度で洗練されていても、「主様」1人で実現・再現できるとは思えない。ジャミング施設や対空設備だけでも、大量のヒヒイロカネが必要だし、それを機能させるにはきちんとした処理が必要だ。
技術は1人でどうにか出来るものじゃない。ヒヒイロカネで何か作るにしても、ヒヒイロカネを所定の形状にして、機能をプログラミングして、機能することを実証する設備が必要だ。それが悪用されたら大変なことになるから、シャルが創られた世界では物凄く厳重な制限を設けていて、管理区域外への持ち出しは即実刑とか重い処分が下される。
しかも今回は、大型ミサイルに加えて爆撃機部隊まで用意していた。どちらもシャルがこれまで、或いは今回使用したものと同じようなものだ。人格OSを搭載しないとプレーンという、言ってみればただの金属の塊でしかないというヒヒイロカネを、この世界の軍隊を一捻りできるくらいの「機能する戦力」にするのは、1人で出来る範囲を超えている。
「周辺環境の危険レベルの完全低下を確認しました。光学迷彩を解除します。」
「鎮圧できたみたいだね。」
「ヒロキさんが考えるとおり、これだけの装備を1人で実現できたとは考えづらいです。組織的な関与の疑いを持たざるを得ません。」
「『主様』への事情聴取は、SMSAがするの?」
「はい。この世界の住人であった場合、関係者の記憶を全消去します。」
「『主様』はSMSAに任せるとして、『要塞』に点在するヒヒイロカネを回収しないといけないね。『要塞』中枢部にヒヒイロカネの反応はある?」
「はい。『主様』を収容していたシェルターと思しき物体の残骸の他、ミサイル発射施設など多数です。」
「水素を、地下の水素タンクから補充します。」
シャルは「要塞」近くに本体を移動させる。充填のケーブルはないのにどうやって?…何のことはない。シャル本体が充填ケーブルを創造して、直接地面に挿し込む。少ししてコックピットに「Filling」というメッセージとアイコンが表示されて、水素の充填が開始されたことが分かる。…凄い。「水素の貯蔵量は、充填開始時点で1307.645キロリットル。この世界の水素スタンド基準の約40倍の貯蔵量です。」
「そんなに貯蔵できたんだ。」
「貯蔵だけなら一定面積の土地があれば出来ないことはないでしょう。問題は設備です。」
「水素をこの地下で製造してた?」
「はい。地上の施設は要塞中枢部と、外国人が寝起きしていたと見られる旧カスプ社の社屋や倉庫を除いて放棄されていましたが、地下の水素製造施設は稼働中でした。」
「ちょ、ちょっと待って。この施設はカスプ社から買収した外資系企業が廃止してから、放棄されてたんだよね?」
「はい。」
「なのに、どうして外国人が寝起きしたり、水素製造に必要な電気ガス水道が生きてるの?」
「!そういえば確かに…。」
一方で、工場などで使われる鉄筋コンクリートは密閉構造になりやすい。冬はそれで多少寒さが和らぐ時もあるけど、夏は厳しい。よく「熱中症は屋外だけでなく屋内でもなる」と言われるけど、熱がこもる鉄筋コンクリートの屋内は、実は熱中症の危険が高い。そんな環境で空調もなく、水もない生活を強いてたら、外国人が暴動を起こすだろう。外国人は日本人みたいに我慢や忍耐を美徳としない。
それに加えて、水素製造は特別な設備が必要だ。今でこそ水素は電気分解で低コストで作れるようになってるけど、電気分解だから電気がないとどうにもならない。そして水素が生成される時は気体だから、液化するために圧縮機が必要で、これも電気がないと稼働できない。水素製造と貯蔵には電気が必須だ。
この施設にどれだけ外国人が囲い込まれていたか、正確な数は分からない。だけど、少なくとも100人はくだらない数の外国人を寝起きさせ、熱中症や凍死、そして暴動による崩壊なく維持するには、最低限電気ガス水道といったインフラが必要不可欠。それは誰がどうやって維持していたのか?つまり、料金を払っていたのか?
そこに大きな闇の真相が隠れてそうな気がする。身柄を確保された「主様」ももしかしたら知らない、とんでもなく深く、そして腐った深層があるんじゃないか、って疑惑がどんどん膨らんでくる。そう思わせるだけの経緯がこれまでの旅の中であった。
「シャル様。建造物中枢部で身柄を確保した男性は、データ照合の結果、こちらの世界の存在であることが分かりました。」
「分かりました。男性はこちらへ連行願います。」
「了解しました。」
「な、何者だ?お前たち…。」
「答える義務はありません。情報を引き出します。」
「うがっ!」
「手間を取らされた後での尋問は面倒なので、こうします。」
「・・・そういうことでしたか。」
シャルは怒りに満ちた、それでいて静かな声で呟く。ケーブルが「主様」から離れてシャル本体に収納-吸収というべきか-される。「主様」は目と口を開いたまま、全身の骨が抜かれたようにぐったりする。情報を引き出したから薬剤を投与したんだろう。これまたえぐい。「SMSAに通告。敷地内の外国人の拘束を緩和します。全員拘束し、私が指定する処置を行ってください。」
「了解しました。」
「シャル様。この男性はどうしますか?」
「同じく、私が指定する処置を行ってください。…私とヒロキさんは敷地から出ます。経路の環境は?」
「危険はすべて排除しました。安心して帰還いただけます。」
「分かりました。周辺環境の整備完了後、SMSAへ帰還してください。」
「了解しました。」
「…「主様」の背後関係が分かりました。」
「その様子だと、『主様』に力を与えたのは手配犯じゃないんだね?」
「はい。すべてホーデン社の自作自演です。」
「?!」