謎町紀行

第6章 月光に晒される激闘と醜態

written by Moonstone

「どうしたんですか?」

 男性と再会した僕の第一声はこれ。本来、僕は走り出て行った男性を見送って以降、何があったか知らない。「何があったんですか?」が第一声だと、男性に怪しまれる恐れがある。経緯を知っているのに白々しいと思うが、シャルの機能やヒヒイロカネの存在は知られてはいけない。

「怪我してるじゃないですか。」
「ひ、酷い目に遭いました…。アフリカかアマゾン奥地の原住民襲撃みたいでした…。」
「治療しましょう。応急処置程度ですけど。」
「ありがとうございます。」
『助手席に救急セットと毛布を出しました。男性を後部座席に寝かせて処置できます。』
『ありがとう。手際が良いね。』

 男性は自分で歩けるけど、疲労の色が濃い。怪我は擦りキズや打撲のようだから、僕でも応急処置くらいは出来る。こういう町は診療所くらいしかないし、病院はダンプカーやトラックが行き来する国道を出ないと行けないと思った方が良い。ホテルは今清掃とかで基本的に入れないし、応急処置と休養で凌ぐしかない。
 僕は男性を後部座席に寝かせて、見える部分の処置をする。処置と言っても消毒してバンドエイドを貼るくらいだけど。後は毛布を被せて、身体を冷やさないようにする。健康な若い男性でも、怪我をしている時はどうしても身体が弱って病気になりやすくなる。特に身体を冷やすのは良くない。今の少し涼しいくらいの気候は、怪我人にはちょっと厳しい。

「特に痛くて我慢できないところはないですか?」
「ないです。追いかけられてからひたすら走って、疲れた…。点滅する赤い光を追って行ったら、逃げられたんです…。」
『シャルの諜報部隊の誘導だな。』
『そのとおりです。最も遠くまで届く赤色光と、注目を引く点滅の組み合わせは、あの状況下の誘導には最適です。』

 確か、車のテールランプが赤いことや、踏切の赤い光が点滅することは、遠くまで届くことと注意を引きやすいのが理由だと聞いたことがある。あの情勢下で声を出しても男性には届かないかもしれない。赤い光が点滅していたら何かと思うし、それに向かって逃げていけば安全になっていったら、男性も光を追わざるを得ない。

「赤宮に行くと言ってましたけど、何があったんです?」
「…赤宮に行って、神主に会おうとしたんです。この町に行くと言って行方不明になった弟の手掛かりを探してる、って。社務所にそう言ったら巫女さんが顔色を変えて奥に引っ込んで…。そうしたら境内に人が集まって来て、余所者は出て行けって口々に言いだしたんです。」
『すぐさま排除しようとはしないのか。』
『いきなり実力行使に出たら、援軍を呼ばれたり後々警察沙汰に発展する恐れがあると見ているんでしょう。』

 今回の騒動が表沙汰になれば警察の捜査やマスコミの取材が予想できるが、そこには至らないあたり、他の地域から隔絶された閉鎖的な町村のローカルルールが、警察や法より優先するという意識があるんだろうか。いきなり実力行使でも平気とならないだけましと見るべきか。

「こっちも弟の情報が知りたいですし、あからさまに赤宮だけ様子が変なのは明らかです。だから他の神社みたいに御神体を拝観させたり、人探しに協力してくれ、って言ったんです。そうしたら出て来た神主や集まっていた人達の顔色が一気に変わって、御神体は絶対に渡さない、出て行け、と詰め寄って来たんです。」
「それで押し問答になったんですか?」
「はい。向こうが境内から俺を追い出そうとしたので、カッとなって押し返したら、向こうが怒って捕まえろとか言い出して…。流石にヤバいと思って逃げ出したんです。人でごった返してたんでもみくちゃにされて、更には殴る蹴るされて…。何やら変なものを持って追いかけて来るし…。散々でした…。」
「変な言い方ですけど、この程度の怪我で済んで良かった方かもしれないですね。」
「そうかも…。あいつら、洒落にならないです…。」

 確かに洒落になってない。この男性の強引さもマイナスではあるが、住民総出で1人を追いかけ、更には拿捕しようとまでした。シャルの迅速な救援と検問などの無力化工作、それに諜報部隊の誘導がなかったら、捕まっていた確率が高い。危機一髪だ。

「今日を逃したら、また行動が難しくなってしまうってのに…。次の満月まで待ってたら…。痛っ。」
『骨折など重篤な負傷はありませんが、数ヶ所強い打撲個所があります。今日1日安静にしていた方が良いです。』
『内出血とかまでは処置できないからね。そうした方が良い。』
「弟さんの行方不明の件は警察に任せた方が良いですね。赤宮に近づくのは危険過ぎます。」
「でも…。」
「骨折とかはなさそうですけど、この怪我で強行突破したら、次は確実に捕まりますよ?それに、今回の件で分かったでしょう?法律よりローカルルールが先行する地域は現にあるってことが。」
「くっ…。」
「ホテルに入れるようになるまで此処で寝てて良いですから、今日1日静養して明日町を出て、警察に捜索を依頼してください。」
「…分かりました。」

 どうにか受け入れてくれたようだ。弟を気遣う気持ちは分かるけど、次はシャルの救援も間に合わないかもしれない。ヒヒイロカネの回収が僕の旅の目的だけど、明らかに危険に踏み込もうとしている他人を放置できない。男性を赤宮から遠ざけると同時に警察の介入で赤宮の弱体化−正常化と言うべきか−も狙えるかもしれない。
 視界が良好な今日、赤宮の状況を探ったり出来ないのは残念だが、集落を含めて別世界の様相を呈している。霧で再び視界が遮られることを逆手にとるのが一番か。だけど、肝心の御神体の拝観が出来ない状況だし、それが霧の復活で変わるとは思えない。どうしたもんだろうな…。

『やはり、工作部隊を潜入させて御神体を奪取しますか?』
『それは最終手段として取っておきたい。赤宮と周辺集落がどうしてあそこまで強硬な態度を取るのか、御神体を奪われないためとしている理由は何なのか、可能な限り見極めたいから。そうしないと、何となくだけど一連の問題は解決しないと思うんだ。』
『…分かりました。決して危険なことはしないでください。』
『それはしないつもり。』

 事態打開の糸口はまだ見えないが、出来ることはある筈。もはや手を尽くしたことが明らかになったら、シャルが用意する最終手段を使う。僕の目的はヒヒイロカネの回収であって、行く先々でトラブルを起こしたり、ましてや住民と戦争することじゃない。それを忘れちゃいけない。
 その日の夜。今もダンプカーとトラックの往来は絶えない。夕食を例のカフェで済ませた僕は−シャルにシートベルトで締め上げられるのは最早お約束−、シャルに頼んで青宮へ行ってもらう。渦中の赤宮じゃなくて青宮に行くのは、最初に訪れた四色宮の神社であること。それだけだけど、糸口を探すには十分な理由だと思う。

「どうして赤宮ではなくて青宮なんですか?若くて綺麗な巫女さんが居るからですか?」
「そうじゃないってば…。赤宮だけ異常な状態なのは何故かって考えたら、他の3つの神社はどうなのかって思って。」

 赤宮が霧の有無に関わらず外部の接触に異常なほど警戒しているのは、嫌と言うほど分かった。一方、青宮をはじめとする他の3つの神社や周辺からはそういった話は聞こえて来ない。四色宮という呼称もある4つの神社で何故赤宮だけああなのか、それは裏を返せば、霧が晴れた今、他の3つの神社はどうなのかとふと思った。
 男性は夕食前にホテルに戻して安静にするよう言った。次に霧が晴れるの次の満月だから30日後。それまで地道に待つより、霧が晴れたこの特異条件下で、御神体の違いがある四色宮を観察調査すると何か手掛かりが見つかるかもしれない。

「そういう視点はユニークですね。多分御神体の拝観などは時間的に不可能だと思いますけど、霧がある中では見られない変化はあるかもしれません。」
「幸いこうして移動できるし、霧が晴れているのはあと6時間もないから、出来ることはしておきたいんだ。」
「あの男性の代わりという立ち位置を意識してのことですか?」
「それもあるけど、このままじゃこの町は何れ立ち行かなくなる。ヒヒイロカネが絡んでいる確率が高い以上、放ってはおけないよ。」

 満月の日だけ物資の搬入搬出が出来ると言っても、その量には限度がある。この町には大挙して押し寄せるトラックやダンプカーをスムーズに流すだけの道路のキャパがない。実際、国道と各集落に繋がる大通りは彼方此方渋滞している。シャルの能力で迂回しているからこうして青宮に行けている。
 運び込まれる物資も、ひと月確実に保管できるものばかりじゃない。生鮮食料品、特に葉物の野菜は冷蔵庫でも2週間は持たない。野菜不足から起こる病気で最も深刻なのは壊血病。そこまでは至らないにしても、野菜不足は確実に起こる。カフェでも最大の懸案はやはり野菜。品薄になると価格が高騰するから経営にもろに響く。30日に1度の大移動で十分な物資が行き渡るわけじゃない。それまでの空白期間で欠乏或いは枯渇した物資は、売る側も強気に出る。買う側は足元を見られる。収入が潤沢とはいえないこの町の人は財政面でもかなり厳しい状況だろう。そんな生活が長く続けば破産など重大な事態になるのは避けられない。
 しかも、売る側も買う側も同じ町の人という共通項がある。今はどうか知らないが、売る側と買う側の違いはやがて軋轢となって表面化する。結束が強いが故に、一度トラブルが起こると修復不能なほど拗れる。それが村八分、ひいては集落ごとの対立から町の分裂もあり得る。田畑を抱えている中での対立や分裂は、水の扱いなどで非常に深刻な事態を招くと聞いたことがある。そういったことが間接的とはいえヒヒイロカネの影響なら、早急にヒヒイロカネを回収しないといけない。

「ヒヒイロカネの御神体がバランスを崩した影響がこの霧らしいんだし、ヒヒイロカネがあると分かっていて見なかったことにするわけにはいかない。となれば、出来る時に出来ることを考えて、それを実行するしかない。」
「そのとおりです…ね。」
「納得いかないみたいだけど。」
「ヒロキさんに何かと負担がかかる形になってることが…。夜くらい休養したい筈なのに、あの男性の分までヒロキさんの負担が増えて…。」
「負担とは思ってないよ。このくらいの時間は、旅に出る前は大抵仕事だったし。その時よりストレスはずっと小さい。」

 青宮に近づいて来た。主を失った車が今も野晒しになっている。車の主達の行方も分かるようなら何とかしたい。友人らしい友人はなく彼女もおらず、身内は会社ごと切り捨てた僕は兎も角、車の主達には友人や家族や彼氏彼女が居るだろう。その人達は行方不明になった車の主達を案じているだろう。
 駐車場に到着。人気はない。駐車場には端の方に申し訳程度に灯りがある。駐車場がそこそこ広いから−観光対策だろう−蝋燭みたいだ。今日は使わないかと思っていたLEDライトの出番だな。シャルは駐車場の一角に止まる。僕はシャルから降りてLEDライトを点ける。

「境内から順に見て来るよ。」
「分かりました。夜間ですから気を付けてください。」
「分かった。行って来るよ。」
「行ってらっしゃい。」

 シャルの見送りを受けて境内に向かう。霧だとどうしても拡散してしまうけど、霧がない今は照らされる範囲と距離が限られるだけで、割と見やすい。…霧が四方八方を覆う時間に慣れてしまったんだろうか。良いのか悪いのか、不幸中の幸いか。境内へ繋がる階段を上っていく。足元をLEDライトで照らしながらだけど、周囲から音らしい音が全くしない。霧が出ていた時は木々のざわめきや鳥の鳴き声といった、神社を取り囲む森が織り成す音が聞こえて来た。今は森が寝ているみたいだ。
 階段が妙に長く思えて来たが、無事境内に到着。こちらは灯りが社務所の窓口あたりにあるだけ。LEDライトを消したらほぼ真っ暗だ。桜や紅葉の時期にライトアップする寺や神社もあるけど、此処はそういうのとは無縁なんだろうか?あったとしても、霧があんな状態じゃ無意味か。
 …ん?社務所の方から物音がしたような…。残って作業とかしてるのかな?30日間で唯一霧が晴れる日だから、神社も色々することがあっても不思議じゃない。それとも…泥棒とか?ちょっと様子を見に行ってみるか。泥棒とかだったら存在を知られるとまずいから、足音を出来るだけ消すようにして、LEDライトも消した方が良いかな。社務所の窓口の閉じられたカーテンから、僅かだけど灯りが漏れている。やっぱり社務所に誰かいるようだ。近づくにつれて物音もはっきりして来る。…男性の声が複数?地元集落の集会か何かか?でも、そういうのって大抵公民館でするような…。話の内容までは分からない。ちょっと様子を窺うことにしよう。
 社務所出入り口近くの、杉の陰に隠れる。神社らしく木が多いし、歴史が長いことを裏打ちするように1本1本が太い。その上灯りらしいものが一切ないから、完全に身を隠せていると思う。何時出て来るか分からないけど、暫く待っていれば何か動きがあるだろう。少し冷えるけど、蚊が群がって来るよりはずっとましだ。

『スキャンしてみましたが、少なくとも10人は居るようです。』
『地元集落の集会かな、やっぱり。』
『そうかもしれませんけど、立っている人が多いのが理解しかねますね。…え?』

 シャルの声が途切れる。何かあったんだろうか?他に人が来たんだろうか?でも、駐車場は月極じゃないし、何処に誰の車が止まっているかなんていちいち気に留めないだろうし。

『シャル。どうしたの?』
『…。』
『シャル?』
『これ以上私に触るな!!』
『?!』

 聞いたこともないシャルの強い拒絶の声。何となく僕に向けられたものじゃないと感じるけど、シャルに何かただならぬことが降りかかったのか?
 その時、社務所の出入り口が開き、中からどやどやと人が出て来る。出入り口奥からの光で何とか見えるのは、神社の雰囲気に似つかわしくない、徒党を組んで他人を威嚇したり危害を加えたりするのを「ノリ」と言うタイプの若い男女。後ろの方は何か抱えている。…人?!

「久々に活きの良い生贄が入ったんだから、さっさとヤッちまおうぜー。」
「動かなくなったから、ヤバいんじゃね?」
「生贄になるんだから、死んじまっても構わないって。」
「そうそう。男のくせに弟を返せって泣き喚くし、まじキモい。」

 生贄?どういうことだ?こいつらは何を?…弟って…、もしかして抱えられてるのは…あの男性?!

「それにしても、他の奴ら遅ぇなー。何やってんだ?」
「狩ってんじゃね?そうじゃなかったら先に飲み会とか。」
「サボってんじゃねーっての。」

 他にも居るのか?それ以前に、こいつらは今まで何処に居たんだ?この町は30日ぶりに霧が晴れたけど、それまではリアルタイム3Dマップを出したりできるシャルでもない限り、車の運転が凄く難しい状況だった。今日ダンプカーやトラックと一緒にこの町に入ってきた?否、そういう会話じゃない。この町の何処かに住みついてる?

『ヒロキさん!!』
『シャル。どうしたの?何かあったの?』
『そこは非常に危険です!!直ちに私のところへ戻って下さい!!』
『た、直ちにって、僕の場所と状況が悪いよ。』

 僕が居る位置と唯一の脱出経路である階段までの間には、社務所から出て来た質の悪そうな輩が屯している。今は暗闇と大樹で身を隠せてるけど、最低限あの輩が動いてくれないと今の状況から僕が動くと直ぐ見つかってしまう。その上、ある程度目が慣れては来たけど、物凄く暗いから方向感覚も怪しい。
 ん?社務所から出て来たのは…宮司と巫女さん?!それに何だあの服装。白と赤が基調の神社の服装じゃない。殆ど黒で金や銀の刺繍が入った、まがまがしいことこの上ない印象の服装だ。表情は硬いように見えるけど、今は少なくとも屯している輩と同調する側に居ることは間違いなさそうだ。いったい何があったんだ?

「おいー!何寝っ転がってんだー!」
「どうしたんだよ。」
「ちょっと見てみたら、駐車場で仲間が倒れてやがんだよ。」
「酔い潰れてんじゃね?」
『ヒロキさん!!早く逃げてこっちに来て!!』
『だ、だから今の位置関係だと逃げられないんだよ。何があったの?』
『人を狩ってる人達が居ます!!』
『ええ?!』

 驚いた拍子で足元でガサッと音がしてしまう。しまった!

『何か居やがる!捕まえろ!』

 まずい!こっちに来る!逃げないと!!僕は走り出す。社務所の裏側から回り込んで、暗闇に紛れて…。

パンッ パンッ

 乾いた音が何回かした次の瞬間、僕の身体の彼方此方に強い痛みが走る。たまらず転んでしまう。い、痛い…。な、何をされたんだ…?

「特殊装備をした俺達から逃げられると思ってんのー?」
「生贄の仲間か?」
「どうでも良いじゃん。生贄が増えるんだから。」
「ま、それはそっか。」

 色々な声が上の方から聞こえて来るけど、痛くて顔も上げられない。身体を起こそうにも痛みが強過ぎる…。ど、どうしたら…。

「うぎゃっ!!」
「痛ぇー!!」

 爆発音が幾つもして、直後に絶叫が上がる。こ、今度は何が起こったんだ?!何やら大きい音が向こうの方から近づいて来る。

「せ、戦闘機?!」
「ヘ、ヘリも居るぞ!!」
「撃ち落とせー!ぎゃっ!!」
「うがぁ!!」
「い、痛ぇ!!」

 彼方此方で爆発音と絶叫が響く。その音に紛れて、砂利を踏み躙るような激しい音が響き、凄い速さで僕の方に近づいて来る。その音は僕の直ぐ近くで止まる。僕の身体が宙に浮いて横たえられる。強い痛みの中で開けられるだけ目を開ける。…車の…中?

「脱出します!」

 シャルだ。この声は間違いない。助けに来てくれたんだ…。
 僕は目を覚ます。気を失ってたんだな…。此処は…車の中…。ああ、そうだ。シャルが助けてくれたんだった…。身体の彼方此方が痛む。首だけ起こしてみる。服の彼方此方を切り取られて、代わりに包帯が巻かれている。治療もしてくれたんだ…。絶え間なく襲ってくる痛みも、今は生きている、助かったという実感に変わる。

「気が付きましたか?!」
「ついさっき、ね。」
「ご、御免なさい…。早くヒロキさんを助けに行っていれば、こんなことには…。」
「少しも怒ってないから、順に説明して。シャルに何があったのか。僕は何をされたのか。」
「は、はい。」

 シャルが震える声で説明を始める。

 シャルが僕を待って駐車場で待機している時、おおよそ僕が境内に到着して間もないあたり、駐車場に次々と車が入ってきた。出て来たのは僕とは全く違う、シャルも敬遠するオラついた男とそれが好きそうな女の集団。神社で肝試しかと軽蔑しながらやり過ごそうとしていたら、集団がシャルに気づいて群がって来た。

「この車、見たことねーな。誰の車だ?」
「中でカップルがいちゃついてんじゃねーの?」
「丁度良い。狩っちまおうぜ。女はヤるのも忘れずに。」

 下品な声で下品なことを言いながら、集団はドアを開けようとしてきた。当然ながら全てロックがかかっているし、それは僕と確認できないと解除しない。更に、車内を不用意に覗かれないように全てのウィンドウを擦りガラス仕様にしている。思いどおりにならないことに集団は苛立ち、ドアを開けようとする手の動きが荒くなってきた。

「ロックかけてやがるな。オラ!開けろっての!」
「抵抗しないで開けないと、痛い目見るよー?」
「いい加減、止めてもらえませんか?」

 苛立ちのあまり、シャルは思わず音声を出してしまった。まずいかと一瞬思ったが、集団は顔を見合わせると嘲笑って囃し立てて来た。

「『いい加減、止めてもらえませんか?』だってよー。そんなんで止めるなら最初からしないっての。」
「世間知らずのお嬢ちゃんが居るみたいですねー。折角だから男ってものを教えてやろうぜー。」

 シャルは猛烈な嫌悪感を感じた。僕とまったく違う、他人の迷惑を全く省みない横柄さ。集団を利用して自分の欲求を満たすのを当然とする傲慢さ。そんな輩が僕しか載せていない内部を開け放とうとしてくるのが、猛烈に気に入らなかった。

「これ以上私に触るな!!」

 心の声と完全に同調した音声と共に、全身から高電圧大電流を発した。高電圧だけならまだ「痛い」程度で済むが、大電流を伴うと感電。筋肉が硬直して暫く動けなくなる。後始末が面倒だからショック死しないよう、発電時間を短くしてあげた。何らかの形でシャルに触れていた集団は立ちどころに感電して全員倒れ伏した。

「い、痛ぇ…。」
「あ、あう…。」

 腹の虫が収まらないし、狩るという単語が引っ掛かったシャルは、全員にケーブルを突き刺し、パルス的に電流を流しながら全員を尋問することにした。無論、話が出来る程度に電流を抑えてはいるが、答え方によっては機能障害が出る程度に電流値を上げるだけだ。

「ぎゃっ!痛ぇ!」
「ひうっ!」
「貴方達、何のために来たの?狩るってどういう意味?」
「はうっ!止めて!」
「死ぬっ!痛い!」
「さっさと答えなさい。痛い目見るよー?」
「言う!言うから!と、止めて!」
「し、痺れる!痛い!や、止めて!」
「質問に答えたら止める。嘘だと感じたらもっと強くする。言わないなら死んでもらう。ねえ、どうするのー?」
「言う!言う!こ、この町に迷い込んだ奴を、ご、御神体に捧げるためにか、狩ってるんだ!」
「御神体って何?」
「じ、神社の御神体!それに生贄を捧げると、ご、御神体が俺達に最高の快楽をくれるんだ!」

 ヒヒイロカネの御神体と快楽。これらが結び付いたことでシャルは直感した。何者かが御神体を悪用してこの集団を使役している、と。ヒヒイロカネの悪用事例として、体内に埋め込むことで肉体能力を向上させたり、性交時に強い快感を得られるようにすることがある。これらは麻薬と同様であると共に、ヒヒイロカネ故の危険性がある。
 生物に埋め込まれたヒヒイロカネは、周囲を取り囲む別の生命に同化するのではなく、同化させようとする。厄介なことに、それは快楽を伴う形で進行する。肉体能力の向上や性交時の快感は、人間がより多く求めようとする性質のものだ。つまり、それらを求めてヒヒイロカネを埋め込むことは、ヒヒイロカネに肉体を乗っ取られることをより早めることだ。このため、あの世界−シャルが創られた世界では、ヒヒイロカネを体内に埋め込むのは禁止されている。だが、禁忌事項を実施する輩はどの世界でも居る。麻薬が禁止されても使用するのと同じで、自らの能力をかさ上げするために、より強い快楽を得るためにヒヒイロカネを身体に埋め込み、結果無残にもヒヒイロカネの塊になり果てる事例が後を絶たない。
 シャルは集団を感電させながらスキャンしてみた。やはり、ヒヒイロカネが埋め込まれていた。それは目と性器。情報の大半を得る器官である目と、性交時に使用する性器は、あの世界におけるヒヒイロカネ体内埋め込み時の定番中の定番の1つ。やはり何者かが関与しているのは明らか。触るのも汚らわしいが、看過は出来ない。ケーブルを手術道具に変えて、集団の目と性器からヒヒイロカネを摘出した。「うっかり」麻酔をしなかったが、緊急事態だからやむを得ない。悲鳴を上げられると鬱陶しいから、摘出の間は口を塞いだ。ヒヒイロカネを全て摘出して専用の回収ボックスに収納し終えた頃には、集団は血塗れになって泡を拭いて微動だにしなくなっていた。
 ひと安心したシャルは、恐ろしいことに気付いた。この集団がこうして集まってきたということは、先発隊が到着している確率がある、と。シャルは急いで駐車場の車の数と種類と状況を確認した。以前来た時放置を確認したものと異なる車両が複数あった。行き先として考えられるのはただ一つ。

『ヒロキさん!!』
『シャル。どうしたの?何かあったの?』
『そこは非常に危険です!!直ちに私のところへ戻って下さい!!』
『た、直ちにって、僕の場所と状況が悪いよ。』

 急いで僕を介して周辺をスキャンした。数メートル先に集団が居る。抱えられた1名以外全員から、かなり小さいがヒヒイロカネの反応がある。更に妙な反応もある。…金属製の…銃器!!

『ヒロキさん!!早く逃げてこっちに来て!!』
『だ、だから今の位置関係だと逃げられないんだよ。何があったの?』
『人を狩ってる人達が居ます!!』
『ええ?!』

 僕の視界が急に激しく動き始める。気付かれてしまったと悟ったシャルは、攻撃部隊を分離創製してスクランブルさせた。ダメージは即座に行動不能になるレベルに設定。直後、強い痛覚が幾つも伝わってきた。僕が撃たれた。そう察した瞬間、全身が沸騰するような感覚が襲い、シャル自ら緊急発進した。僕を救助するために。
 タイヤ周りを強化して全力で境内の階段を駆け上った。爆発音と悲鳴が幾つも響いていた。僕の生命反応はまだ健在。僕が倒れているのを見て、急いで駆け寄った。やはり僕は撃たれて動けなくなっていた。攻撃部隊に徹底的に攻撃させながら、僕を車内に引き込んで固定して全身をスキャンした。生命反応は健在で急所は外れていたし、銃弾は貫通していたが、直ちに治療しないと危険だ。

「脱出します!」

 シャルは境内から飛び降りた。僕の痛みを増幅しないよう、着陸の際の衝撃は最小限に留めた。移動先は昼間に訪れたあの高台。人が来るリスクが非常に低く、高所だから町の動きも把握しやすい。僕を搬送中、攻撃部隊から敵勢力制圧完了の報告が入った。シャルは攻撃部隊を地上部隊に再構成して、集団からのヒヒイロカネ回収−つまり眼球と性器を抉る−、そして周辺の調査と確認にあたらせた。
 境内に屯していた集団は、全員粉砕骨折や四肢欠損、ついでに眼球と性器を抉られて行動不能。宮司と巫女は無事。確認したところ、宮司と巫女はヒヒイロカネの反応は検出されなかった。また、集団に抱えられていた男性は、やはり昼間に僕が接触したあの男性で、ヒヒイロカネの反応はなかった。残念ながら、激しい暴行による脳挫傷で既に死亡していた。
 地上部隊が宮司と巫女を拘束して、社務所に連行して徹底的に尋問した。その話によると、5年ほど前、謎の人物が神社を訪れ、巨額の寄付と引き換えに御神体の拝観を要求した。断る理由がなかったので承諾し、御神体を見せたところ、あろうことか御神体を奪い、代わりに御神体に似た別の物体を置いた。当然ながら直ちに返すように言ったが、本殿に乱入して来た集団に抑えつけられた。これから四色宮の御神体を置き換えて壮大な実験をする。黙っていれば身の安全は保障する。少しでも喋ったら命はない。そう脅迫されて、通常の業務を続けることになった。人物は以降、全く姿を見せていない。
 間もなく霧がこの町を包むようになった。それは御神体と取り換えられた物体−ヒヒイロカネによるものだろう。そして、その噂を耳にして町に入り、霧で迷った人を集団が捕え、男性は拷問の後で、女性は輪姦の後で、御神体に生贄として捧げられた。御神体が生贄を取り込むと、集団は一斉に性交を始め、獣のように営んで果てた。それらが繰り返されるうちに、町を包む霧がどんどん深くなっていった。しかし、何故か満月の日だけは霧がすっかり消える現象は変わらなかった。霧があると満足に行動できないのは集団も同じ。霧が晴れる日に社務所に集まり、生贄が足りないのか、或いは御神体を置き換えられない赤宮の影響ではないかなど議論されていた。そして今日、以前来たことがあるあの男性が再び訪れた。
 生贄になる来訪者が少なくなっていた折、男性の来訪は集団には格好の獲物以外の何物でもなかった。集団は男性を捕えて拷問した。男性はお前達が弟を攫ったのか、弟を返せと泣き叫んでいたが、やがて動かなくなった。集団はついカッとなったとか言っていたが、さして罪悪感はないようだった。久しぶりの生贄の儀式と沸き立つ集団。宮司と巫女はそれに立ち会わなければならない。何度も見て来た凄絶で陰惨で、淫らな光景。久しく見ることがなかったあの儀式をまた見ることになるのか、と無力感と罪悪感に苛まれながら後を追っていると、銃撃や爆撃が始まり、終わったと思ったら拘束された。
 宮司と巫女の供述から事件への関与は薄いと判断して、今日の記憶を奪い、気絶させることで処分完了とし、監視カメラや盗聴器の捜索で存在しないことを確認した後撤収させた。24時を過ぎて再び深い霧が出て来たことで、シャルや僕の追跡は不可能になった。僕の治療を終えたシャルは、僕の容態の観察を続けながら待機していた。

「−以上がことの推移と得られた情報です。」
「御神体がヒヒイロカネじゃなくなったんじゃなくて…ややこしいけど、御神体がヒヒイロカネにされたのが、町を覆う霧の原因だったんだね。」
「はい。姿を消したという謎の人物が、何らかの理由でヒヒイロカネをそのように構成したんでしょう。間違いなくその人物は、ヒヒイロカネをこの世界に持ち込んだ者の末裔。」
「オカルトっぽく気象兵器の実験か、それとも…。」
「御免なさい…。私があまりにも迂闊でした…。結果、あの男性を死なせてしまって、ヒロキさんにはこんな酷い怪我をさせてしまって…。」
「こういう言い方は語弊があるかもしれないけど、仕方ないよ。そんな背景や事情があったなんて、そう簡単に読み切れない。あの男性もそうだよ。」

 あの男性は不幸な結果になってしまったけど、勇み足だった。ヒヒイロカネが御神体になり変わっていた確率までは読めなかったのは僕も同じ。シャルは回収できる分のヒヒイロカネを回収して、僕を救助して治療もしてくれた。あの状況下でこれ以上のことを求めるのは理不尽だ。
 ヒヒイロカネと御神体の関係が明らかになったから、これからのことを軌道修正して改めて考えないといけない。だけど、痛みが邪魔して上手く考えられない。御神体が生贄とされた人間を取り込むっていうとんでもない事実も明らかになったから、これ以上犠牲を出さないようにしないといけないのに…。

「ヒロキさんの傷は致命傷ではありませんが、少なくとも2,3週間は安静を要します。銃弾が貫通した箇所もあるので、痛みは長期間続くと思いますから、尚更安静は必要です。」
「だけど…。」
「今はゆっくり休んでください。お願いします。」

 ダッシュボードのあたりから細い職種のようなものが出て来る。その先端にはガーゼと注射器らしいものがある。左腕に何かが接触する。少しずつ痛みが和らいできたけど、意識が薄らいでいく。鎮痛剤と…睡眠薬…?兎に角僕を休ませようってこと…?

…。

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