雨上がりの午後

Chapter 299 「家族」への準備(前編)

written by Moonstone

 週末初日の土曜日。俺と晶子は朝飯を済ませてから買い物に出る。この4月から晶子が説明会に出席するため曜日がずれることがたびたびあったが、それでも土日のどちらか1日は必ずこの買い物に充てる。
 買い物に行く途中、晶子の本来の家に立ち寄る。オートロックの正面出入り口から入って、管理人に挨拶してから晶子の部屋に入る。まずは郵便物のチェックと服の交換のためでこれも買い物と並ぶ恒例事項。まず行う郵便物のチェックは実質チラシの収集と廃棄。これが意外と溜まるのはどこでも大して変わらない。

「1週間でこれだけ溜まると結構なゴミですよね。」
「読まれないことを考えてないのか、って思う。ある種の人海戦術だからしょうがないか。」

 それこそ俺と晶子が毎週必ず使うスーパーと、時々使う大型量販店のチラシだったらまだ見る可能性はあるが、それ以外は一瞥すれば良い方だ。少しでも無縁と感じたものは文面を見ずにゴミ箱に直行だ。紙資源という観点からすればほぼ全てが無駄になっている。
 チラシの内容は多少変遷がある。晶子と出逢ったくらいの時期は裏ビデオ−今は裏DVDと言うべきか−関連のものとピザなどのデリバリーものが殆どだったが、今は大半が不動産関係で、他にはそれと提携しているのか引っ越しなど何でも請け負う便利屋関係、それとパチンコとスロット関係だ。
 この変遷にはそれなりの理由がある。2年前くらいに県の条例だったかで性風俗や裏DVDの広告の配布が禁止された。それを知ったのはかなり後だが、以来その関係のチラシはぱったり姿を消した。条例だから県でしか通用しないが、同様の条例は全国に出来たそうだし、罰則が結構厳しい。チラシを配って高額の罰金を払う羽目になったら意味がない。
 あと、インターネットの普及もかなり大きい。裏DVDは何らかのルートで買わないと入手出来なかった。そのとっかかりとしてチラシがあったのは事実だろう。だが、合法違法は兎も角無限と言える広大な情報の蓄積と、そこから無料でもダウンロードして即座に画像や映像が見られるとなると、話は違ってくる。
 裏DVDは入手に何らかの形で自分の居場所や連絡先を伝える必要がある。大抵郵便だろうが、居場所や連絡先を教えるってことはリスクを伴う場合もある。裏DVDだから当然販売元が捕まる可能性がある。そうなると裏DVDの販売元から自分の居場所や連絡先を知られるばかりか、事情聴取、ものによっては逮捕勾留もあるだろう。それ以外にも、裏DVDに繋がる裏稼業からの手が伸びる危険性もある。自分だけならまだ良いが、家族を持っていると家族に危険が及ぶ可能性も捨てきれない。
 これがインターネットだとかなり違う。販売側も−配布側という場合も多い−購入側も−同じく入手側−居場所も連絡先も必要なくなる場合が多い。パッケージならやっぱり郵便や宅配便を使うから違うが、ダウンロードだとそれらは一切必要なくなる。となると、先のリスクは大幅に減らせる。
 技術の大きな進歩や爆発的な普及の要因として戦争と性がある、と言われる。元を辿れば、インターネットはアメリカの軍事ネットワークが源泉だし、携帯に今や必須の機能になっている−俺と晶子の携帯にもあるにはある−GPSも軍事衛星による探索と位置特定の民間利用だ。ビデオやDVDの普及が本格化したのはアダルトもののソフトの充実があるのは間違いない。良し悪しは兎も角、最古の職業と言われる軍人と売春に繋がる戦争と性は、人間の購入意欲をかきたてるものがあるのかもしれない。

「それにしても、不動産関係が多いですね。殆どは祐司さんの家でも見たものですけど。」
「大して離れてないからな。」

 不動産のチラシは2種類に大別できる。不動産と言って思いつくタイプの、売られる戸建やマンションのダイジェスト的なものと、売り物件の募集だ。意外と後者も多い。
 胡桃町は住宅地で比較的最近に出来た、新興住宅地に属する地域だが、進学熱が高い。私立を除いて学区制で小中学校が決まるうちは此処に住民票を移して、高校が決まったら元の住居に戻る、学歴ロンダリングと称されるやり方も珍しくない。
 ある地域で育った子どもは小中学校まで顔見知り、という環境で育った俺には最初理解出来なかったが、新京市では中学校によって進学先に出来る高校に幅がある。ある学区だと上位10%くらいがトップの進学校に進学できる計算だが、別の学区だとその進学校に進学できる割合が上位5名以下になるといった具合だ。その上位進学校に進学出来る割合が多い中学校が、この胡桃町を学区に含んでいる。
 学区制で小中学校が決まる以上、その中学校に進学するには学区に含まれる小学校に入学するしかない。小中学校には編入試験なんてものはない。そこで、一時的に学区を移す、すなわち住民票を移動するやり方を採用するわけだ。
 その中学校に入れば必ず上位の進学校に入れる保証はないが、定員に大きな違いはなくて進学できる可能性が大きく変わるとなれば、学区を一時的に移動してでも子どもを通わせたくなっても不思議じゃない。だから、胡桃町は新興住宅地の割に家族向けの賃貸物件が多い。
 一時的に移動させるだけで終わらず、そのまま住み着く人も多い。急行か特急1本で新京市役所や県庁をはじめオフィス街がある新京市の中心部に出られるし、やはり急行と特急1本で政令指定都市の1つである小宮栄に出られる。どちらも30分程度だから通勤は十分可能だ。
 一部は馬鹿みたいに高いが、それでも土地の価格は新京市中心部や小宮栄よりは全体的に安価だ。それに、進学熱が高いことを反映してか治安が良い。少し移動すれば食料品から家電製品まで何でも揃う。子どもを進学校に入れるためだけでなく、兎角危険が多い子どもを持つ家庭には好条件が揃っている。だから、新興住宅地の割に中古物件の売買が活発だ。相当古い物件でも良い値段で売れるらしい。
 こういった事情も晶子が住み着くようになって、徐々に興味を持って見聞きして知った。晶子は今の家、すなわち俺の家で良いと言っているが、本格的に住むにはやや手狭。それも晶子の私物を本来の晶子の家に置いている。1部屋でも増えればかなり変わってくる。
 1人ならそれこそ住めれば何処でも良い。気に入らなければ自分の財布と相談してそこを出て別のところに移れば良い。だが、家族を持つとその分移動に色々なハードルがある。安直に決めて住んだり出たりが出来なくなる。十分相談して考えないといけない。

「ちょっと、そういうチラシも集めておくか?俺と晶子にとってまったく無縁ってわけじゃないし。」
「そう…ですね。一覧タイプのものを1枚か2枚くらい取っておきましょう。」

 ちょっと驚いたようだった晶子は、直ぐに笑顔になって弾んだ声でチラシを選別する。本格的な新生活に向けて夢を膨らませている度合いは、晶子の方が強い。そうじゃなかったら前に家電量販店や家具店に行った時にあんなにはしゃいだりしない。
 チラシの選別を終えたら掃除をして、服や下着を交換して家を出る。今や完全に倉庫扱いになった晶子の家は、だが晶子にとっても倉庫でしかない。晶子の家は日頃の拠点としても、晶子の心における位置づけでも、俺の家に移っている。
 次の移動先は何時ものスーパー。消費が多い食材、特に意外と日持ちしないものが多い野菜類を買う重要な機会だ。入口で買い物籠をカートに乗せて出発。最初の買い物は、その野菜類と果物類から始まる。
 このスーパーでの買い物では、主役は晶子だ。数ある商品から使うものを探し、そこから買うものを選ぶ。これだけでも作るメニューとの相関関係がしっかり掴めていないと無駄遣いになりかねないが、他の客の迷惑にならないように素早く選定するとなると、やはり相当難しい。
 この前晶子が寝込んだ時に一番大変だったのは、料理と並んで買い物だった。掃除や洗濯は機械に任せれば何とかなるが、料理はどうにもならない。総菜やコンビニのものを使う手もあるが、それだと看病というよりペットに餌をやるような気がして使わなかった。
 潤子さんから療養に使えるレシピを貰ったが、そこには材料は明記されていたものの、どれを買えば良いかまでは書かれていない。それは料理の範囲外と言われれば当然だが、どうせ買うなら良いものを買いたいし、必要以上に買って使う前に腐らせてしまうようなことはしたくない。
 となるとやっぱり買い出しの際に選定する目利きが必要になるが、その辺全て晶子に任せていたから備わってなかった。結局「これで良いか」と思った、ぱっと見て傷や汚れがなくて形が整ったものを買い物籠に入れるしかなかった。この辺の練習もしておくべきかな。

「晶子。食材はどうやって選ぶんだ?」
「基本は、目立った傷や汚れがない、色が綺麗、消費期限や賞味期限が明記されているものなら出来るだけ最近の日付のものにする、といったところですね。」
「野菜や果物と肉や魚とは選び方にそれほど極端な違いはないのか。」
「同じ食べ物ですからね。」

 晶子は選ぼうとしていたトマトを例に説明する。スーパーで売られているものは仕入れ段階で選別されているから−その善し悪しは別とする−汚れや傷による選別は考えなくて良い。冷蔵か冷凍保存が原則の肉や魚と違って、野菜は種類によって選ぶ基準が変わってくるから、そこを重点的に考える。
 トマトと茄子−何故か同じ種類だったりする−は結構傷みやすい部類に属する。熟した状態だと冷蔵庫に入れておいても短期間で駄目になってしまう。野菜サラダに使うことが多いトマトは、1週間ほど使うことを考えると熟していないものの方が良い。逆に、トマトソースなどに加工して使うなら、熟して綺麗な赤色をしているものが加工しやすくて味も良い。
 レタスとキャベツは形状が似ているが、レタスの方がやや傷みやすい。傷み方も違っていて、キャベツは枯れて来るような感じでレタスは先端や根元から腐ってくるような感じ。消費量は汎用性の高いキャベツの方が高いように思うが、密度が少ないレタスの方が早い場合もある。野菜サラダに限定すると傷む前の消費も考えるとレタスの方が早い。
 選び方は共通している。下から持ってみてずっしり重いものは密度が高い。あとは先端や根元に傷みや枯れた部分がないもの。これらを満たすものを選べば良い。選び方とは関係ないが、キャベツやレタスを含む葉物野菜は値段が乱高下しやすい。だから高い時には値段が気になりやすいが、数百円も違うものじゃないし飲食店のように大量消費しないから必要以上に気にしない方が良い。
 イモ類は長期保管が利く数少ない野菜。温度と湿度に気を付ければ常温保存も可能だ。玉ねぎも皮を剥いたり切ったりしなければかなり長期保管が利く。これらは汎用性も高いから常備野菜として適度に補充しておくと都合が良い。これらは明らかな傷や傷んだ部分や極端に小さいものがなければOKくらいの気持ちで選んで良い。
 逆に非常に傷みやすい野菜の筆頭格がもやし。買うならメニューをしっかり考えて、少なくとも買った日を含めて2日で使いきることが必要。汎用性が高いし安いから、言葉は悪いが使い捨て感覚で使う分だけ買うのが得策。長持ちさせようとしない方が良い。

「野菜類の選び方のコツはこんなところです。傷みやすいものとそうでないものが極端ですし、基本的に短期間で使いきることを想定してその分だけ買うようにするのが良いですね。」

 理路整然とした説明を一旦締めくくった晶子は、次の魚介類や肉類のコーナーで実演を交えながら説明を再開する。これらは共通して消費期限や賞味期限が記載されているものが殆どだ。それらを見て出来るだけ新しいもの、スーパーならだいたい加工日が今日の日付のものがあるからそれを買えば良い。
 刺身を作るなどで1匹丸ごと買う場合−ちなみに今日は買う−、色つやが良いこと、目が濁ってないことあたりがぱっと見て選定の条件になる。可能ならエラを見るようにする。エラが綺麗な赤色なら新鮮だ。これは人間でもかさぶたになると赤黒いのと同じ。刺身を作る場合、新鮮さは皮の剥きやすさに直結するから十分考慮した方が良い。

「生きている時の状態に近いものを選ぶ感じですね。今日はこれをください。」
「毎度あり!」

 晶子が頻繁に魚を買う魚介類売り場で、顔馴染みと言っても過言ではない店の主人が晶子にカツオを渡す。今までの野菜や果物よりかなり大きい重量物だから、これだけで籠は実質満杯になる。俺は近くの籠置き場から別の籠を持ってきて、カツオをその籠に移す。汁が出て匂いが強い魚介類と肉類、それと野菜類や果物類は籠を別にした方が良い。これも晶子の知恵の一部だ。

「今日はご主人に魚の目利きのレクチャーですか?」
「ええ。食材の選び方全般について、コーナーを廻りながら順々に説明しているんです。」
「この前はご主人が買いに来られてましたし、ご主人も料理をされるんですか?」
「まだまだ補欠以前のレベルですが。」

 俺の場合レシピを見ながらそのとおりに料理しないと碌なものが出来ない。一方晶子はレシピなしに材料を的確に融合させていって、店にも出して好評を得るレベルの料理を作る。その域に達するには、食材の選定くらいさっさと出来るようになるのは最低限のことだろう。この前のように、緊急時の一時代理が今の限度だ。
 店の主人に礼を言ってから肉類のコーナーに移動。肉類の消費割合は俺と晶子の場合、豚と鳥と牛が5:4:1といったところ。牛が極端に少ないが、ほぼ焼き肉かシチューやカレーの具にするくらいの牛に比べて豚と鳥は料理の幅が広いのが要因というのは、晶子の弁。
 改めて消費期限を見て買う当日のものか確認してから買う。肉で特徴的なのは部位ごとに色々あること。どれを買うかはメニューによって変わってくる。基本的に肉は焼くなり煮るなりするから、脂肪分が多いものは煮込み料理に、少ないものは焼き料理に向くイメージで良い。
 俺の好物である鳥の唐揚げは、晶子の場合ササミで作る。脂肪分が殆どないからそのまま唐揚げに出来るのが採用の理由だそうだ。ササミは鳥肉の部位で一番良い部分らしいが、値段は他の部位と比べてそれほど高いわけじゃない。これも消費期限を確認してからパックを籠に入れる。鳥の唐揚げが近々食卓に上ることが確実になったことにワクワクしながら、晶子の説明を聞く。
 脂肪分が多い胸肉やモモ肉は、脂肪分を取り除いて唐揚げに使う手もあるが、煮込み料理に使うと良い味が出しやすい。シチューやカレーといった定番料理の他、完熟トマトと煮込んだり白ワインと煮込んだりすることで様々な味が楽しめる。鳥肉単独だと淡泊だが、それを利用して幅広い料理に生かすことが出来る。
 豚肉は汎用性と味の濃さは鳥と牛の中間と言ったところ。だから様々な料理に使えるし味もそこそこ濃いから単純な調理でも食卓に出せる。それこそ、塩胡椒をふって両面を焼くだけで立派な豚肉ステーキになるってことだ。
 牛もそうだが、豚肉は料理に応じて切り方が分かれている。一口サイズに切られたものはその形状のとおり一口カツや一口ステーキに使える。薄切りになったタイプは脂身の多少はあるが、野菜炒めにしやすい。ブロック状のものはローストにするか適当に切り分けて煮込み料理やワイルドな感じの焼き料理に使う、といったところ。
 牛は殆ど豚との合挽きミンチで使う。焼き肉やしゃぶしゃぶには最適だが、癖が強い分他の食材と組み合わせるにはあまり適さない。ミンチからメンチカツやハンバーグといった有名どころの料理に使うのが良い。勿論、焼き肉やしゃぶしゃぶをするなら買った方が良い。

「肉類はこんなところですね。次は調味料とかに行きますね。」

 おかずの主力になる魚介類と肉類で1つの籠がかなり占有された。基本毎朝と弁当、週末の昼飯と月曜の夕飯くらいだが、底を尽きかけていた冷蔵庫の在庫補充で結構な量になる。出費はその分増えるが、毎日のことじゃないし2人で支払うから実質的な負担はそれほどでもない。それに、この出費で毎回美味い食事や弁当が食べられるんだから、むしろ安いもんだ。
 晶子は調味料関係のコーナーに移動して、商品を選びながら説明する。出汁の材料になる昆布と鰹節はこの辺にある。マヨネーズやケチャップ、塩や砂糖は極端な差はないので、消費期限を確認して選べば良い。塩はにがり入りのものの方が味付けや漬物で良い味が出せる。
 海苔やふりかけ、中華料理に使う豆板醤などは種類ごとに固まっている。使用頻度と在庫の量を勘案して選ぶ。海苔やふりかけは兎も角、豆板醤やマヨネーズとケチャップは長期保管するより使いきる直前くらいで購入するようにする。特にマヨネーズは使用範囲が広いから、在庫と消費頻度に注意しておく。

「こんなところですね。次は乳製品、そしてお酒のコーナーへ行きますね。」

 調味料関係はマヨネーズと鰹節を買ったくらいで、籠の中身に大幅な増加はない。隣接する乳製品コーナーに移動して説明を聞く。消費期限が短い順は概ね牛乳、ヨーグルト、チーズの順。牛乳は特に傷みやすいから、メニューを決めてここぞという時にだけ買う。コーヒーや紅茶に入れるくらいで消費量が少ないなら、割高でも小型のもので十分だ。
 同じ牛乳の発酵食品だが、ヨーグルトとチーズでは傷みやすさが違う。用途の広さはチーズの方が広いが、どちらも結構癖の強い食品に属する。メニューを考えておいて必要な分だけ買うようにするのが無駄遣いしなくて済む。買った場合は冷蔵は勿論だが、消費期限を頭に入れて使いきるようにする。
 最低限しか買わないと不足するんじゃないか、肝心な時に在庫がないという事態になるんじゃないか、と懸念するかもしれない。しかし、冷蔵庫がなかった時代ならいざ知らず、今は夜8時や9時、大型小売店だと夜の12時とかところによっては24時間営業とかあったりする。それの是非は別として、足りなければ買うことは十分可能。それより使い損ねて腐らせる方がはるかに無駄だ。
 これは長期保管がしにくい野菜や果物でも言える。食べる人間と量がほぼ一定だから、消費量や在庫に極端な変動は起こらない。だから何時もは消費量や在庫から必要量を買っている。これがないと料理が出来ないとか緊急事態になったら、その時は買いに出れば良い。乳製品の腐敗は時に深刻な事態を引き起こすから、購入は野菜や果物より慎重かつ必要最小限にしているだけのことだ。

「冷蔵庫がありますから、それをきちんと活用するのは大事です。問題は冷蔵庫に頼り過ぎることですね。冷蔵庫でも時間が経てばそれなりに傷みますし、腐りもしますから。」
「こういうスーパーとかをもう1つの冷蔵庫冷凍庫に見立てて、必要な時に調達することもあり、ってことか。」
「そうです。節約って、チラシを基に走り回ることだけじゃなくて、買ったものを無駄にしないことも大切なんです。」

 晶子が料理が上手いことは勿論だが、その背景には食材の選定や無駄のない使い方も含まれているようだ。作るだけならレシピどおりに食材を調理していけば出来ないことはないが、限られた金銭を有効活用することまで含めると、長期的な計画性や食材の応用力まで必要になってくる。それらを身につけるにはやはり習練あるのみか。
 あとは、サンドイッチ用の食パンを選んで巡回は完了。手近なレジに入って精算する。5000円を超えたが、俺と晶子がそれぞれ3000円と2000円を出してまとめるような形で支払う。俺の分が多いのは、美味い食事と弁当を作ってくれるせめてもの感謝のしるしだ。
 量が多いから、袋−ご多分に漏れずマイバッグ持参が通常化した−に詰めるのも手間がかかる。レジでビニール袋に入れられたとはいえ、汁が出て匂いがつく可能性がある肉や魚と、それ以外は袋を分けるのが原則。量のバランスからどうしても出来ない時は、汁が出ないように魚や肉を袋の底に平行に入れたり、ジャガイモなど加熱調理する野菜を生野菜と肉や魚との間に挟んだりする。
 残さず詰め込んだことを確認して、持つ袋を分担する。晶子は店で重いフライパンを難なく扱う程度の腕力はあるが、やっぱり俺の方が腕力があるのは否めない。だから俺が肉や魚が詰まった重い方を持つ。重いと言っても持ち手を適当に変えれば十分家まで運べる程度のものだ。

「戻ったら専門店とかにも行くか?」
「はい。紅茶の在庫切れが近づいてるので。」

 専門店は大型量販店の中に入っている。これだけの荷物を持って入るのは、場合によっては万引きという名の窃盗と間違われる危険がある。無論レシートは帰宅するまで保管しているが、一旦疑われると時間も手間も取られるし、疑いが晴れても気分が晴れるわけじゃない。他に紅茶の専門店を知らない以上、無用ないざこざで行くのをあきらめざるを得ないようなことはしない方が賢明だ。
 それに、片手で持てる範囲とは言え、荷物はそれなりにある。なかには早めの冷蔵庫収納が必要な食材もある。一旦帰宅して食材を収納して、身軽になってから再度出かけても遅くはない。自宅と店を何度か往復することは、別に今日に限ったことじゃないし。
 食材を持ち帰って収納してから再度出発。今度はスーパーを通り過ぎて大型量販店に向かう。此処は車で来ることを見越していて通常の陸の駐車場の他、地下と屋上にもある。何百台収納だったかは忘れたが、胡桃町界隈の全ての車を収納出来るくらいはあるだろう。
 俺と晶子は大抵歩いてくる。スーパーでもそうだが、自転車だと縦に並んで走る必要がある。押して歩くのもありだが自転車2台で結構幅を取って他の人の邪魔になる。話をしながら行き来しようとなると、今は歩く以外に選択肢はない。
 大型量販店は車で来ることを前提としている感がある。駐車場は広大だが、自転車置き場はさほどでもないことがその1つだ。荷物が大きいか重いかなら車でないと無理だが、俺と晶子は今のところそういったものを必要としていない。簡単に持ち運びできる程度の荷物しかないなら、徒歩の方が駐車場や自転車置き場の空き状況を気にしなくて良い分すんなり移動出来る。
 混雑する駐車場を抜けて店内に入る。紅茶専門店は入ってすぐのところから広がる食料品売り場を左手方向に抜けて暫く進んだところにある。大型量販店には幾つもの店がテナントで入っている。紅茶専門店はそのテナントエリア1階の一角、南北に縦断するメインストリートに面したところにある。
 多くの人が行き交うメインストリートを進み、紅茶専門店に入る。天井近くまで達する棚には豊富な種類の紅茶が収められている。紅茶以外にはフィルターや紅茶ポット、砂糖やクッキーなど紅茶関連のグッズや食品が幅広く取り揃えられている。紅茶に関することならこの店1つで全て揃いそうな品揃えだ。

「今日は何を買うんだ?」
「アールグレイとウヴァです。あと、フィルターを。」

 まずは紅茶の棚で目的のものを選ぶ。基本的に売れ筋や有名なものは下段の取りやすい方に、マニアックなものは上段にある。アールグレイとウヴァは両方前者だ。抽斗も大きめだから取るには不自由しない。客が店備え付けの瓶と底の深い計量スプーン(?)を使って必要なだけ取って入れるというスタイルだ。
 瓶は洗って返せば無料で引き取ってくれるし、返した分は購入時のポイントに付加される。省資源の試みは色々あるが、かつてはどの店でもやっていたというこのスタイルは、ポイントの上積みにもなるから良いアイデアだと思う。実際、大半の客は購入時に商品と一緒に空き瓶をレジに差し出す。
 瓶は紅茶の棚の傍に籠に入れられている。タグがついているから、それを外さずに使って店と自宅や会社などとの間を往復させることで、不正使用を防ぐことも兼ねた管理をしている。晶子は瓶を2つ取って、アールグレイとウヴァを詰めて買い物籠に入れる。続いて近くの棚にあるフィルターを選んで1袋買い物籠に入れる。レジで精算して袋詰めしてこの店での買い物は完了だ。

「この店での買い物は直ぐに終わるな。」
「見て回ると衝動買いしそうな気がして。」
「便利そうなものもあるからな。」

 店には様々な品物が所狭しと並べられているが、「あると便利そうなもの」が散見される。この「あると便利そうなもの」は見た目から購買欲をそそるようなものが多い。この「あると便利そうなもの」という直感をくすぐるようなイメージがなかなかの曲者だったりする。
 明らかに「あると便利」と分かるものじゃなくて、「便利そうなもの」だから実際に使ってみないとどれくらい便利なのか分からない。そしてその手のものは往々にして「確かにあると便利ではあるが、なくても大して不自由はしない」ものだったりする。使用頻度と実際の貢献度からして、なくても困りはしないからだ。
 ちょっとの手間を省けたところで、秒単位のスケジュールをやりくりするわけでもないし、数秒の手間を省いたところで劇的に物事が変わるわけでもない。そういうことが積み重なると結局それを使う機会は次第に減って行き、最後にはお蔵入りとなる。
 欲望のままにものを買うような分かりやすい無駄遣いもさることながら、こういった「ちょっと便利そうなもの」の買い集めや「なくなった時に困るから」と必要以上のストックを買う無駄遣いは、長期的に散財が蓄積していくからかなり厄介だ。分かりやすい無駄遣いに比べて一見有効な買い物をしているように見えるし、本人もそう思っているから発見して治すのが難しい。
 晶子はそういう「ちょっと便利そうなもの」に目が行きやすいことを自覚しているそうだ。だから熟考して本当に必要不可欠なものか、使用頻度は高いかどうかを十分見極めてから買うようにしている。俺と買い物に行くのは、なかなかものを買わない俺に心理的なストッパー役を委任しているのもあると言っていた。

「ちょっと他の店を見て回るか。電器店とか。」
「はいっ。」

 晶子のテンションが一気に最高レベルに達する。前に見に行った時は単なる思い付きで足を向けたのがきっかけで、今まで見たことがないほどはしゃぐ晶子を抑えるのが精いっぱいだった。今度は流石にもう少し余裕を持って回れるだろう。それでも今からこのテンションの高さだと俺は抑え役にならないといけなさそうだが。
 電器店は1階食料品売り場の真上に位置する。独立した店舗じゃないから大した規模じゃないと思いがちだが、1階の食料品売り場の広さを知ってからならまずそんなことは言えない。通路が一直線に伸びているのに、入口付近から店の最深部を見るのは難しい。それくらい奥行きがある。
 横方向の広がりも相当なもので、商品が乗った棚や大型商品がずらりと並んでいる。商品が多いと通路が狭くなりやすいが、通路は人が十分すれ違えるくらいを確保している。全部見て回るのは1日では難しいんじゃないかと思っている。
 紅茶専門店のある位置から少し逆戻りして、エスカレーターに乗る。此処のエスカレータは、カートを押したままや車椅子を使ってもそのまま乗れるように、緩やかな傾斜のベルトコンベヤー形式になっている。カートは大型量販店全域で共通で使えるから、あちこちの店で買いこんでそのまま駐車場まで運ぶことも出来る。
 その分、防犯対策は他よりかなり厳重だ。彼方此方に警備員がいる。見回り程度の軽いもんじゃなくて、制服と制帽を着用して身分証を胸ポケット辺りに装着した、警察と見間違うような出で立ちの屈強な男性ばかりだ。全域で使えるカートにはタグがつけられていて、階やエリア−例えば食料品売り場から専門店エリアへの境界には、自動改札のようなゲートがある。そのエリアで精算していない物品があるとゲートが閉じて警備員がすっ飛んで来るらしい。
 エスカレータを上りきると、そのゲートが複数並ぶ−流石に1つだけだと渋滞するからだろう−入口付近に出る。紅茶専門店で精算は済ませているから、何事もなくゲートを通る。晶子はワクワクした様子で辺りを見回している。何処から見に行こうか考えているんだろう。こういう表情は普段見られないから何だか微笑ましい。

「冷蔵庫あたりから見に行くか。」
「はいっ。」

 晶子は俺を引っ張るように−手を繋いでいる−家電製品のエリアへ向かう。所謂「白物家電」は入口近くに種類ごとにエリアを作って並べられている。島のようになっている小エリアのうち、冷蔵庫は中心部に位置する。単身者向けの小型の2ドア、飲料品だけを入れるような1ドア、多数の食品を収納出来る大型の3ドアまで、大きさも色も様々だ。
 晶子が興味深々なのはやはり大型の3ドアタイプ。色やメーカーには殆どこだわりはない分、収納量と機能が豊富な大型に惹かれるようだ。大型とは言え消費電力は意外と少ない。収納は500リットルとか600リットルとか聞いただけではピンとこない大容量だが、本体を余すところなく使い切っている。一定時間ドアを開けていると閉めることを促す音声があったり、水を入れておけば自動的に氷を作り、水の残量もドアを開けなくても分かる機能があったりと、便利なことこの上ない。

「これくらいあると色々収納出来ますね。」
「収納するものにも依るが、これだけあると食べきる前に駄目にしてしまいそうだな。」
「子どもが出来てからだと、これくらいあっても足りないかもしれませんよ。」

 2人で食べる量から考えると、3ドアの冷蔵庫は十分過ぎるほどの余裕がある。迂闊に手が届き難い上段や奥の方に入れてしまうと、気付いた頃には腐っているか干からびているかのどちらかになる可能性が高い。だが、子どもが出来て大きくなってくると、作って直ぐに食べられてなくなっていく可能性もある。
 俺も割と食べる方だが、晶子に言わせると「男性らしいと思える程度」らしい。それでも2人で暮らしていると、1週間程度で作り置きの料理は確実になくなる。食欲旺盛な子どもが出来えばやっぱり今の冷蔵庫じゃ到底間に合わないだろう。
 マスターと潤子さんの店には大型の冷蔵庫が2つある。1つは店のキッチンに置いてあるもので、当然ながら店で使う食材や下ごしらえした料理が詰まっている。俺は中は見たことはあるが、料理作りに関与していないから近付かないようにしている。晶子と潤子さんはそこから目的のものを取り出して注文された料理に変えていく。
 もう1つは渡辺家のキッチンにある。マスターと潤子さんは2人暮らしだし、知る限りではどちらも大食漢というほどじゃない。大型3ドアの冷蔵庫は渡辺家で使う作り置きの料理の保管と、店で使う食材の予備を保管するために使っている。夜は俺と晶子が加わるがそれまでは2人。1人だと何かあった場合に対応出来ない恐れがある。注文過多で店の冷蔵庫の食材が尽きた場合の予備として持っておくようにしている。
 一般家庭の場合、予備の冷蔵庫はまず必要ない。それこそ足りなくなったらスーパーに走れば遅くまで開いているから、緊急の調達はさほど苦労しない。だが、毎日調達に走るのは大変だ。冷蔵庫は消費電力の削減もさることながら冷蔵機能も向上しているそうだから、使う分は一括で買って保管しておいた方が都合が良い。
 品物と共に価格を見て回る。晶子が欲しがる3ドアタイプの大型だと、だいたい10万程度で買える。15万に予算を拡張すれば選り取り見取りだ。一見高くも感じるが、2ドアとかの収納量や機能を総合すると、大型の方が割安なようでもある。「大は小を兼ねる」は冷蔵庫に関してだと通用するようだ。
 冷蔵庫の次は洗濯機の小エリアに移動。こちらもサイズや形状が様々だ。今使っている洗濯機は全自動だが、2槽式を1つにまとめてプラスαした程度のものだ。すすぎと脱水のたびにいちいち移し替えなくて済むだけでも便利だが、今の洗濯機は至れり尽くせりだ。
 静穏機能はもう駆動音が聞こえないレベルにまで落とせる。深夜に洗濯する必要がある場合やアパートなど音にひときわ注意する必要がある環境では重宝するだろう。それを使わなくても水を供給する音の方が大きく感じるレベルまで駆動音が抑えられている。モータ機器は駆動音が付きまとうから、この機能は個人的にかなり気になる。
 洗濯そのものも、通常の洗濯以外に入念に洗濯すること、洗剤を使わない洗濯−水とオゾンのみで洗濯するらしい−、クリーニング店に行かなくても良くなるようなドライクリーニングなど、用途に応じて様々な機能から選べる。洗剤と柔軟剤を入れて蛇口を捻ってスイッチを押せばOK、というレベルだ。
 乾燥機能も充実している。梅雨時のように脱水だけだと乾くか不安とか、部屋干しだと臭いが不安という場合に向けた補助的なレベルから、干す必要はないレベルの乾燥まで選べる。干す手間や時間が惜しい場合は迷わず完全乾燥まで選べば良い。洗濯機が完了を知らせる音を鳴らしていたら、後は畳んで仕舞うだけで良くなっている。
 メーカーによって搭載機能には若干の差はあるが、俺の家にある洗濯機より全般的に高機能だ。5年も経たない間にこれだけ機能が向上して、しかも静穏のレベルが格段に高まっているのは驚くばかり。静穏が際立って向上しているのは、騒音が問題になりやすい昨今の事情を踏まえてのものだろうか。

「乾燥機能が充実していると値段が高いですね。」
「多分ヒーターとの兼ね合いだろうな。回転する場所にそのままヒーターは付けられないだろうし、ヒーターとは別の加熱システムを導入するにしてもなかなか難しいだろうし。」
「ヒーターって、電気ストーブみたいなものですよね?」
「ああ。それを洗濯機の回る部分−洗濯槽って言うべきか、その部分に直接くっつけるだけだと、回転したら電源とかが切れてしまうだろうから。」

 洗濯機の内部構造は知らないから断定は出来ないが、熱風を吹き付けるドライヤーの大型版のようなシステムだと乾燥に時間がかかるだろう。かといってやっぱりヒーターを直接洗濯槽に巻きつけることは不可能だから、その辺のシステム導入の分だけコストが上昇していると考えられる。乾燥機能が充実していれば、その分強力なシステムでないと追いつかない。
 乾燥機能で気になるのは電気代。ヒーターは晶子が言うように電気ストーブみたいなものだし、温風はドライヤー。熱はそのまま消費電力になるから、感想で使う熱量が大きいとその分消費電力が跳ね上がると考えて良い。
 この前晶子が寝込んだ時、雨で洗濯ものが外に干せない日があった。干さないわけにはいかなかったから、踵を返して洗濯機に再び放り込んで乾燥させた。その後ドアポストに入っていた電気料金の請求書を見たら、この時期にしては何だか少し高いと思った。考えられる原因はその日乾燥機能を使ったことだ。
 今のところ外で干すのが通常だから乾燥機能を常用することはない。だが、この先どういう生活になるかは予想は出来ても的中するかどうかは別のこと。干す間が惜しいという状況になったら乾燥機能が充実したものが良いだろうが、便利な分コストは覚悟する必要があるってことか。

「ドラム式は全般的に高いな。ドラム式プラス充実した乾燥機能の機種が最高値ってところか。」
「そうみたいですね。ドラム式って作るのが難しいんですか?」
「推測だが、洗濯槽の回転システムの違いだろう。ドラム式の方が複雑な動きをしてる。」

 近くにドラム式洗濯機の実演があるから、そこから推測するしかないが、従来型の洗濯機は垂直軸を中心に円筒を作るように回転する方向1つのみ。対してドラム式は彼方此方に回転方向を変えている。内部の詳細は分からないが、あの回転機構は従来型よりはるかに複雑と見て良い。複雑なシステムを採用すれば価格もその分高くなるもんだ。
 回転システムは何かしらモータを使うが、モータは意外と扱いが難しい。単に回すだけなら結線を間違わなければ−一般家庭にあるACコンセントと同じ単相100Vなら間違うことはない−OKだが、省電力の基礎であるインバータ(註:直流から交流に変換する電子回路)を使ったり、回転方向を変えたりするシステムを導入しようとすると一気にハードルが高くなる。
 基本的に5V、高速な回路だと3.3Vとか更に低電圧で動作する電子回路と、最大100V若しくは200Vが50Hzや60Hzで変動するか、インバータのために140Vとか280Vくらい(註:AC100VやAC200Vを直流にすると(全波整流)、交流電圧の最大値×√2倍の電圧値が得られる)の直流電圧の共存は難しい。トランジスタやFET(註:電界効果トランジスタ(Field Emission Transistor)の略)など専用ICを除いて、通常のICは高電圧を印加すると簡単に壊れる。そのくせ、インバータには5Vとか3.3Vで駆動する電子回路部分が不可欠だ。
 だから、インバータ回路は製作がかなり難しい。きちんと電子回路と高電圧部分を隔離しないと、電子回路部分が音を立てて吹っ飛ぶこともある。学生実験でモータ関連、特にインバータが物凄く手間取るのは、「音を立てて吹っ飛ぶ」電子回路らしい嫌な壊れ方に直面する場合があるのと、そこからの復旧が面倒で、データも取り難いという3重苦だからだ。

「買うとするとドラム型か?」
「そう…ですね。乾燥機能はまだしも、洗濯物の出し入れがしやすいのが良いです。」
「そういう見方もあるか。」
「今の形だと−祐司さんのものに限ったことじゃないですけど、取り出す時に残していないか確認するのがちょっと大変で…。」

 従来型のものは洗濯ものを上から出し入れする。入れる時は洗濯ものを突っ込むだけだからまだしも、取り出す時は下まで手を入れないと取り出せない。底はそれなりに深いから、仲を確認するにはある程度の身長が必要になる。
 晶子は女性としては長身な方だが、それでも今の洗濯機の洗濯槽の奥まで覗きこむのは少々厳しい。下着や靴下の洗濯の際は特に確認が必要だから、毎回背伸びをして覗きこんでいる。ドラム式だと正面のドアを開けて出し入れするから、出し入れしやすいし取り残しても直ぐ見つけられる。ちょっとした手間だが重要だろう。
 価格は冷蔵庫より幅が広くて上限が高い。本当に単純な全自動洗濯機−洗ってすすぐだけのシンプルな機種で洗濯量が少ない従来型なら3,4万で買えるし、布団も洗える洗濯量に充実した機能の数々にドラム式だと20万以上する。最上位機種は流石に高いが、それでも機能と省ける手間や時間を考えれば安いと言えるか。
 近くでしている最新型の実演を見る。回転方向が彼方此方に変わるが、切り替えは実にスムーズ。3秒も経たずに回転が止まり、同じく3秒もせずに別方向に回転し始める。回転中も音は殆どしない。実際に服を入れて回転させているが、見えていないと本当に動いているのかどうかすら分からない。周囲の音の方がずっと大きく感じる。
 最新型だけあって、機能は考えられるもの全てを詰め込んであるようなものだ。それに加えて節水や節電も高機能で搭載されている。節水は本体内部で排水を浄化して再利用するシステムまである。洗濯の回数や量が増えると水道代も気になるが、その辺も考えられている。
 節電も3年前の同じ大きさの同一会社の機種との比較で70%程度に下がっている。通常使用でそのくらいで、節電機能を高めると半分以下になる。その分洗濯時間は長くなるが−乾燥機能が一部制限されるそうだ−殆ど音がしないのと併せて夜間に動かせば、寝る前にセットしたりタイマーを使うことで朝には乾燥まで終わって出来ているという至れり尽くせりぶりだ。
 洗濯も必須の家事の1つだが面倒な部分が多い。その分の手間を機械任せに出来て、任せても従来型より高いレベルで出来てしかも電気や水道の使用量はこれまでより少ない。洗濯機の買い換えを考えるなら是非買いたいと思う製品だ。かなりの数の人が熱心に説明を聞いているのがその証左か。
 説明を全て聞いてからエアコンのエリアに移る。今まで据え置きだったのが、一斉に壁掛けになる。エアコンの分類は部屋の広さ。最小6畳から最大は20畳とか今の家の全面席より広いだろうと思う広さを対象にしたものまで揃っている。
 エアコンの形状は殆どバリエーションがない。可動部分が多少多かったり動きが複雑だったりするくらいだし、動き回るものでもないから当然か。対応する広さに加えて湿度も管理出来たり、洗濯ものの室内干しに対応出来るといった細かい機能の有無が違いらしい違いだ。対応する広さに比例して値段が上がると見て良い。
 今の家にもエアコンはある。正直ないと生活出来ないだろう。平日昼間は大学で居ないからその時は使わないが、寝る時には冷房でも暖房でも必要だ。暑い時は寝られないし、寒い時は湯冷めしやくて健康を損なう危険が高い。
 部屋も普段の生活に使う、キッチンと連結しているリビング相当の部屋と、タンスや本棚が集中している部屋の2つに脱衣場くらいだが、暖房の力がちょっと弱いかもと感じている。冬に帰宅してから部屋が暖まるまでに時間がかかる。家の密閉度合いもあるんだろうが、エアコンが強ければそれに越したことはない。

「クリーニング機能もあるんですね。」
「掃除しなくて良くなる…のか?」
「使っている間はそうみたいです。限度はあると思いますけど。」
「流石に完全にメンテナンスフリーとはならないよな。」

 エアコンで唯一かつ一番面倒なのは、定期的に掃除が必要なことだ。しなくても動くことは動くが、フィルターを掃除しないで居ると空気の出し入れが上手くいかなくなる。冷房でも暖房でも温度がなかなか調節できないから、エアコンはどうにか効かせようと頑張って運転する。その結果は電気代の高騰となって跳ね上がる。
 今まで夏と冬の後半に電気代が高騰するのが不明だったが、去年の暮れあたりから晶子が住み着くようになってその話をして謎が解明出来た。フィルターの掃除をしたら以前よりぐっと早く暖房が効くようになった。「これだけフィルターが目詰まりしていたらなかなか効かなくて当然ですよ」と叱られた。
 フィルターの掃除は面倒だと思っていたが、魔法の掃除道具と晶子が言う使い古しの歯ブラシで簡単に出来ることが分かったのも収穫だった。水をかけてから洗剤を薄くかけて、使い古しの歯ブラシで擦る。これで埃は塊になって落ちるから、水で洗い落としてやれば良い。専用の道具は何1つ必要ない。
 だが、掃除がそれほど得意じゃない俺としてはその手間も少ない方が良い。クリーニング機能が有効に働いてくれれば、偶にチェックするくらいで済む。メンテナンスフリーはなかなか魅力的だ。搭載されている機種は広い部屋を対象にした機種が多いのは、多機能を売りにするためだろうか。
 晶子の関心が高い家電は、今まで見て来た3種類。冷蔵庫、洗濯機、エアコンとどれも家庭生活に必須のものばかり。俺の家に住み着いて生活するうちに、家庭生活をするなら此処をこうして、という夢を煮詰めているんだろう。前に来た時のはしゃぎっぷりやそこまでではないが目を輝かせて見入る今日の様子からは、とても資金を貯めるための別居を進んでしようと考えているとは思えない。

「他は…何があるかな。」
「電気製品は十分見ましたから、家具を見てみたいです。」
「家具か。行ってみるか。」
「はいっ。」

 晶子の眼と表情の輝きは留まるところを知らない。だが、あれを買えこれを買えと言うことはなく、これがあると良いと一緒に夢を膨らませるんだから、そういうものに少なからず憧れを持っている俺は断る理由がない。こういう表情の晶子は見ているだけで幸せな気分になる。
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