雨上がりの午後
Chapter 84 疑問の回答、そして二人は・・・
written by Moonstone
「あー、今日も忙しかったなぁ〜。」
俺は星輝く夜空に向けて組んだ両手を挙げる。
今日も忙しい日だった。仕事帰りの社会人や−店の雰囲気のせいか女性の方が多いが−塾帰りの中高生で賑わい、恒例のリクエストも
大盛況の中で抽選が行われた。
晶子が2つ、俺が1つ、俺と潤子さんのペアが1つ−難題のEL TOROだった−、マスターが1つだった。
この調子だと、潤子さんがリクエスト対象に加わる明日は今日にも増して忙しくなるだろう。バイトの時間なんて、本当にあっという間に過ぎ去った。
さて・・・問題は2つ。
1つは晶子がバイトが終わったら思い出してもらうという今日という日、それにもう一つ「仕事の後の一杯」の後で晶子が潤子さんから加わった包み。
何でも潤子さんが言うには「これは後のお楽しみ」とのこと。
気になることが余計に増えた上に、包みを受け取る過程でマスターと潤子さんはやっぱり今日が何の日か知っていることが分かって、
俺だけ仲間外れにされているような気がする。
一体今日は何の日なんだ?そんなに大層なことがあったか?
俺は何時ものように晶子と一緒に晶子の家があるマンションの前まで来る。
普通なら紅茶をご馳走になって帰るところなんだが、今日は違う。晶子が「ちょっと待ってて下さいね」と言って急ぎ足でマンションに入って行った。
俺は適度な冷気の中、一人晶子が戻って来るのを待つ。
晶子は今日の昼に弁当を作って持ってきてくれて、その箱を俺の家に置きっ放しにしてきたから俺の家に来るつもりなんだろうが、
それもやっぱり今日に関係があることなんだろうな・・・。
10分ほど待った頃になって、晶子がロビーに姿を現した。その手には潤子さんから受け取った包みとは違う箱がある。
夕食はもう食べたから夜食でも作ってきたのか?
俺は夜食は食べない習慣なんだが−仮に腹が減ったら水を飲む−やっぱり今日という日に絡んで夜食を作ってくれたんだろうか?
そうだとすると食べないわけにはいかないな。
「お待たせしました。」
開いたドアから出て来た晶子が俺の元に歩み寄って来る。
行きは急ぎ足だったのに帰りは歩いて来た。やけに時間がかかったのはそのせいか。
てことは、中身は崩れ易いものなのか?崩れ易いものというと・・・一体何だろう?
「さ、祐司さんの家へ行きましょう。」
「今日が何の日か思い出させてくれるんじゃないのか?」
「心配要りませんよ。この箱が開いた時、謎は明らかになりますから。」
どうやらまだ教えないつもりらしい。まったく・・・そんなに勿体ぶるようなことなのか?
謎が未だ明かされない上に新しい謎−晶子が抱えている包みだ−が加わって、疑心暗鬼が益々強まって来る。
晶子の奴、マスターと潤子さんと口裏合わせて俺を驚かせるつもりなんだろう。
謎が気になって仕方が無い俺は、ひとまず晶子と一緒に自分の家に向かうことにする。
そう言えば・・・バイトが終わってから俺が晶子を家に入れるのは初めてだな。熱出した時は別として。
時折車が走り去っていく通りを俺と晶子は歩いていく。会話はない。
俺が話したいことは今日が何の日なのか、書けた包みや手に持った箱が何なのか、ということだけだし、それを口にしたところで晶子が口を割るとは思えない。
そうでなければ今の今迄勿体ぶったりしない筈だ。
「祐司さん、不機嫌そうですね。」
不意に晶子が言う。俺は小さく溜息を吐いて答える。
「不機嫌も何も・・・俺一人分からないままことが進んでるようで、胸の中がもやもやした感じなんだよ。」
「私が勿体ぶってますからね。でも、もう直ぐ思い出してもらえますから、そのもやもやは一気に吹き飛びますよ。」
「それに期待するしかないのか・・・。」
俺はもう一度小さく溜息を吐く。
そこまでひた隠しにするくらいなんだから余程のことなんだろうが、思い出そうと記憶の大地を彼方此方掘り返してみるが、感触らしいものは
感じるんだがそれが何だか判らない。だから余計にもやもや感が増して来る。
ま、家に帰れば分かるらしいから、そうするしかないか・・・。
程なく俺の家に着く。窓はどれも真っ暗だ。
まあ、これは何時ものとおりなんだが、何だか謎の扉を開ける直前のようで気持ちが逸って来る。
ドアの前に立ってズボンのポケットから鍵を取り出してドアのノブに差し込んで回して鍵を開け、中に入る。そして早速部屋の電灯を点ける。
一刻も早く謎を明らかにしてもらうために。続いて入って来た晶子は俺の気持ちを察したのか、苦笑いして言う。
「慌てなくても大丈夫ですよ。まだ1時間以上ありますから。」
「?1時間以上?」
「ええ。それじゃちょっと荷物を置かせてもらいますね。お皿と紅茶を用意しますから。」
晶子はそう言って抱えていた包みと持っていた箱をテーブルの上に置く。
「まだ駄目ですよ、開けちゃ。あと少しの辛抱ですから。」
俺が箱を開けようとすると即座に晶子が制する。ちっ、よく見てるな・・・。
俺は箱を開けない代わりに鼻先を近付けてみる。
匂いは・・・しない。料理の類じゃないみたいだ。
箱の側面に手を触れてみると、外の空気で多少弱まっているとはいえ、かなり冷えている。
匂いがしなくて冷やす必要があるもの・・・一体何だ?それに紅茶・・・。益々わけが分からなくなってくる。
そして箱と包みの中身が物凄く気になる。もう極限に達していると言って良い。
5分ほどして紅茶を沸かした晶子が、カップ二つとティーポット代わりの湯気を立てる小さいやかん、そして俺が使ったことがない
四角の小さ目の皿とフォークをペアにして二つ持って来てテーブルに並べる。
小さ目の皿にフォーク・・・。何か、何かある。確かこれは・・・。
口の直ぐ置くまで出て来ているのに出てこない。もどかしいったらありゃしない。
「お待たせしました。じゃあ思い出してもらいますね。」
晶子はそう言って箱を結わえていた紐を解き、蓋を開ける。
現れたものを見て俺は思わずあっ、と声を上げる。箱の中身は・・・そう・・・
円形のケーキだった。
そしてチョコレートらしい褐色の色で覆われた上には、クリームのデコレーションに囲まれてこう書かれてある
Happy birthday Yuhji with love
俺は声が出ないまま、視線をケーキの上から向かい側に座っている晶子に向ける。晶子は優しく温かい微笑みと共に口を開く。
「誕生日おめでとう、祐司さん。」
記憶の大地を掘り返して感触があったものが、喉に引っ掛かっていて出てこなかったものが一気に噴き出してその形を露にする。
そうだ・・・。今日9月16日は俺の誕生日だったんだ。
氷解した謎は、最初の少々の呆気なさから胸の底から沸き上がってくる嬉しさと温かさに代わってじわじわと込み上げて来る。
晶子とは誕生日を教え合った。晶子の誕生日にはペアリングをプレゼントした。だが自分のことはすっかり忘れていた。
そうか・・・。そうだったんだ・・・。
「俺の・・・誕生日だったんだ。」
「だった、じゃないですよ。まだ今は9月16日ですから。それじゃ、もう一つの謎も明かしますね。」
晶子は潤子さんから受け取った包みを開いて見せる。中に入っていたものは複数のギターの弦と洒落た感じの封筒だった。
手に取って見ると、ギターの弦はナイロン、スチール共に高級品で、俺が買おうと思っても二の足を踏み続けていたものだ。
それが各1つずつじゃなくて5つずつもある。相当金がかかったに違いない。
「こんな高級品をこんなに・・・。」
「先週の日曜日にマスターと潤子さんから電話があって、二人からプレゼントを送りたいんだけど何が良いか、って尋ねられたんです。
それで相談した結果、何時も素敵な音を聞かせてくれる祐司さんの腕に相応しいものを、ということで高級なギターの弦をプレゼントすることにしたんです。」
「マスターと・・・潤子さんが・・・。」
「折角の腕をより引き立たせるには良い道具が必要だろう、ってマスターが言ってましたよ。」
俺は返す言葉が見当たらない。多少ハードだが好条件のバイトをさせてもらっている上に、こんなものまで貰えるなんて・・・。
そう言えば去年の誕生日には潤子さん手製の小さなケーキをもらったっけ。
あの時は宮城との中がぎくしゃくしていた頃で誕生日プレゼントどころじゃなくて−一応、誕生日おめでとうの言葉は電話でもらったが−、
手間暇掛けて作ってくれたものを貰えて本当に嬉しかった。
でも、今日はそれ以上に嬉しい。
マスターも潤子さんも、そして晶子も、俺の誕生日を覚えていてくれて、それぞれから心の篭ったプレゼントをもらえたんだから。
「・・・ありがとう、晶子。今は・・・それしか言葉が思いつかない・・・。」
「その一言で十分ですよ。さ、ケーキ食べましょう。去年は潤子さんから貰ったそうですけど、私も負けてないつもりですよ。」
「あ、ああ。これ・・・作るのに時間かかっただろ?」
「勿論、それなりには。」
「晶子も試験勉強で忙しい筈なのに・・・。」
「私は祐司さんに比べればずっと楽ですよ。・・・あ、そうだ。蝋燭立てましょうね。」
晶子は包みに同封されていた封筒を開けて蝋燭の入った小さな袋を取り出す。これもマスターと潤子さんとの「裏取り引き」の一つだったのか。
俺は晶子がケーキの外周に沿って色とりどりの蝋燭を立てていくのを見守る。
そう言えば・・・火はどうするんだ?
俺は煙草を吸わないし、晶子も吸わないから−偏見だが女の煙草はあまり良く思わない−ここには灰皿やマッチやライターなんでものが無いんだが。
だが、その不安は蝋燭を立て終えた後の晶子の行動で直ぐに分かった。
晶子がやはり封筒から店のロゴとたんぽぽのイラストが描かれたマッチを取り出して−一応店は禁煙じゃない。喫茶店だからな−火をつけていく。
晶子の手際の良さで、マッチの消費量は3本で済んだ。
念のため蝋燭を数えてみると・・・1本、2本・・・あ、ちゃんと20本ある。
「それじゃ祐司さん、一気に吹き消して下さいね。」
「ああ、分かった。」
俺は息を大きく吸い込んで蝋燭の火に息を吹きかける。
蝋燭の小さな炎は水平に大きく傾いたと思うと消えて小さな煙に変わっていく。
20本全ての蝋燭の火を消したところで、晶子が拍手する。心に直に伝わって来るような、温かくて優しい微笑みを浮かべながら。
「20歳の誕生日、おめでとうございます。」
「ありがと。はは・・・ケーキの蝋燭を吹き消すなんて、何年ぶりかな・・・。」
「それじゃ食べましょうね。」
晶子は蝋燭をケーキから退けると、一旦席を立って台所に行き、戸棚から小型の包丁を持って来る。
俺が一回も使ったことがないものを俺以外の人間が初めて使う・・・。如何に俺が台所と縁が薄いかよく分かる。
晶子はまず文字に垂直方向に包丁を入れて、続いて文字に水平方向に包丁を入れる。そして包丁とフォークで支えながら俺と自分の皿の上に置く。
・・・ちょっと待て。1/4が最小の大きさなのか?幾らケーキが小さいといっても結構あるぞ。
「1/4がノルマか?」
「いいえ。祐司さんの分は3/4ですよ。今日の主役ですから。」
「よ、3/4もか・・・。」
「去年は食べたんでしょう?潤子さん手製のケーキ。まさか・・・私の場合は食べられないんですか?」
「い、いや、そうじゃなくて、半分ずつの方が良いかなって。晶子が手間暇掛けて作ってくれたものだし、そのお礼という意味で。」
「手間暇掛けて作ったのは私も潤子さんも同じですよ。さ、どうぞ。」
どうやら3/4食べるのが必然らしい。まあ、晶子手製のケーキが食べられるのは嬉しいし、たまには良いだろう。
ケーキなんて唯でさえ縁のない人間だからな。
折角の文章が欠けたのは惜しいが、食べなきゃ作ってくれた意味が無い。
俺はフォークでケーキを一口サイズに切って口に運ぶ。
柔らかい触感にチョコレートのほろ苦さと生クリームの甘さが絡み合って絶妙な味になって口いっぱいに広がる。
最初の一切れを食べた後、俺は迷わず率直な感想を口にする。
「美味い。これ、目茶苦茶美味い。」
「チョコレートケーキはどうかな、って思ったんですけど、喜んでもらえて良かった・・・。」
晶子は安心したような笑みを浮かべてケーキを食べ始める。俺の反応を窺っていたらしい。
やっぱり前回が潤子さんのものだっただけに、自分の作ったものの味が俺に合うか気になっていたんだろう。
晶子にとって潤子さんは女としての理想像であると同時に、ライバル意識を抱く相手でもあるみたいだからな。
俺が晶子に抱く気持ちと潤子さんに抱く気持ちはまったく違うから安心しても良いと思うんだが・・・。
俺と晶子は談笑しながらケーキを食べていく。
何だかんだ言っても疲れていたところに甘くて美味いものが入って来たから、ケーキは順調に俺の腹の中に入っていく。
小さいとはいえ全体の3/4ものチョコレートケーキを食べるのは初めてなだけに不安があったのは事実だが−最初躊躇したのはそのせいだ−、
案外すいすいと腹に入っていく。
先に自分の分を食べ終えた晶子は、紅茶を少しずつ飲みながら俺と談笑する。その時見せる笑顔が可愛くてたまらない。
ケーキを食べ終えてふと時計を見ると、既に11時を過ぎている。
晶子には悪いことしたな。
俺への誕生日プレゼントを作ってくれた上に俺の誕生日を祝ってくれた。後片付けは俺がしてでも晶子を家に送っていかないとな・・・。
夜は何かと物騒だし、そうでなくても白昼堂々と公道で刃物を振り回したりする人間が出るくらいだ。
腕に自信があるかと問われると困ってしまうが、居ないよりはましだろう。
「今日は本当にありがとう。本当に嬉しい誕生日だったよ。」
「どういたしまして。マスターと潤子さんへのお礼も忘れないでくださいね。」
「ああ、それは勿論。じゃあ行くか。」
「行くって・・・何処へ?」
「何処へって・・・。晶子の家以外に何処へ行くんだよ。」
「まだ渡していない誕生日プレゼントがありますから。」
まだ渡していないプレゼント・・・?
晶子が手に持っていたものは既に判明して食べられるものは腹の中に収まった。それ以外に晶子が何か持っているとは思えない。
俺が晶子の誕生日にプレゼントしたペアリングも、それを納める箱を含めるとそれなりの大きさになるからポケットに入れると膨らんでしまう筈だが、
そんなものは持っていないと思う。・・・何だろう?
「その前に後片付けしますね。」
晶子はそう言って立ち上がり、皿を重ねてコップと包丁を乗せて台所へ向かう。そしてスポンジに洗剤をつけて洗い物を始める。
昼食が詰まっていた重箱も含めて洗い物をする様子は、店のキッチンで時々見かけるそれと変わりない。
違う点といえば、髪を束ねているかそうでないかくらいだ。
俺は頬杖をついてその様子を見詰める。その様子が台所に溶け込んでいるようにさえ思える。
泡を振り払った晶子の右手が蛇口に伸びる。
水がやや控えめに流れ始め、晶子は泡がついた食器を水洗いして水気を切って洗い桶に入れていく。
その手際の良さも洗う様子も本当に台所の風景に溶け込んで見える。
自分の家で洗い物をする女・・・。宮城が来た時は決まって外食だっただけに、乙女チックとも言える−乙女じゃないが表現上仕方ない−
俺の理想像にぴったりと当てはまる。
洗い物が終わると、晶子は手を流水に少し浸してから蛇口を閉め、冷蔵庫に備え付けのタオルで手を拭う。
そして俺の向かい側に座る・・・かと思ったら、俺の左隣に腰を下ろす。
・・・何だかドキドキしてきた。晶子がすぐ隣に座るなんて、晶子の家じゃ当たり前とも言えることなのに・・・。
同じことでも場所が違えば気分が違ってくるのか?
まあ、晶子が俺の家に来るなんてまだ数えるくらいしかないし、こんな夜遅く一緒に居るなんて、俺が熱出して寝込んだとき以来だろう。
あの時と違うのは今が疲労感こそあるものの一応健康体ということくらいだ。
でも、晶子はどうして俺の隣に座ったんだろう?これが誕生日プレゼントと関係あるんだろうか?
「・・・晶子。」
「はい?」
「その・・・何だ、どうして俺の向かい側じゃなくて隣に座ったんだ?」
婉曲を伴う必要などないと思った俺は、ドキドキしながらも率直に尋ねる。
すると晶子は正面を向いて、つまり俺から視線を逸らして・・・ブラウスのボタンを外し始めた?!
上から一つ、また一つとゆっくりと・・・。
思いもよらなかった晶子の行動に、俺は視線と全身が一瞬にして硬直してしまう。
三つか四つほどボタンを外したところで、晶子の手が自分の両肩に伸びる。そしてブラウスをずるっと下にずらす。
当然首筋や肩のあたりは勿論、下着の紐が丸見えだ。それどころか下着本体までちらちらと・・・。
どうしたんだ?何のつもりだ?
すると、晶子は着崩したまま俺の肩に両手を置き、その拍子に俺が晶子の方を向く。その目は何時になく潤んでいて、俺に全体重を預けてくる。
俺は慌てて晶子を引き離して背を向ける。
「い、一体何だ?!どうした?!」
俺の問いに対する晶子の答えはない。その代わりに俺の首に細くて白い両腕が回り、背中に独特の柔らかさを感じる。
背後から抱きつかれた格好だ。自転車を二人の利するときと同じように。
でも邪魔な・・・もとい、服一枚がない分、よりリアルにその感触が背中に伝わってくる。
「どうして・・・?」
「?」
「どうして私を拒むんですか?そんなに・・・怖いんですか?」
・・・そう、俺は怖い。欲求はあるが恐怖というより不安に近い怖さがそれを凌駕している。
晶子は以前俺が言ったこと、即ち、性的関係を持つなら1年経ってからか、せめて俺が20歳になるまで、ということを「忠実に」そして「最も早い時期」に
実行に移すつもりなんだろう。俺への誕生日プレゼントの一つという形を取って。
だが・・・仮に俺と晶子が一線を超えたら・・・俺と晶子の関係はこれからも続いていくのか?続けられるのか?
ただ晶子の家に行く度に、機会があれば晶子をベッドに放り出して服を脱がして自分も脱いで、という関係になってしまうんじゃないか?
それは絶対嫌だ。
セックスが関係を強める効果はあっても続ける効果は持たないことを、俺は宮城との苦い経験から知った。
俺がセックスにある種ロマンチックなものを求めていても、女の方はそうとは限らないんだ。
「祐司さんが恐れる理由は分かるつもりです。でも・・・恐れてばかりじゃ・・・先に進めないんじゃないですか?」
「・・・。」
「私は、祐司さんに愛されたい。もっと近づきたい。それだけです。これっきりで終わりだなんて思ってませんし、思いたくありません。
そんなことになるような脆い絆じゃない筈です。」
「・・・。」
「心のベクトルが向き合ってるなら・・・良いんじゃないですか?もう解き放ちましょうよ・・・。20歳になった今日を契機に・・・。過去の束縛から・・・。」
俺は晶子の言葉で、それこそ自分を固く拘束していた鎖が外れたかのようにゆっくりと身体を晶子の方に向ける。そして晶子をぎゅっと抱きしめる。
晶子の両腕が俺の背中に回ったのを感じる。
俺は晶子を抱きしめながら、自分に何度も問い掛ける。
本当に良いのか?このまま進んでも良いのか?
何度も何度も、しつこいくらい・・・。
そう思案しつつ、俺は晶子の首筋に唇を触れさせる。
晶子の首が俺を受け入れるように自然に傾き、んん、というくぐもった小さな声がする。俺の背中に回っている晶子の両手に力が篭る。
俺が首筋に唇を這わせていくと、次第に耳に届く呼吸音が早く浅いものになってくる。
ふと鼻に意識を移すと、甘酸っぱい香りが染み込んでくるのが分かる。
俺は晶子の首筋から離れ、改めて晶子と向かい合う。
その黒く大きな潤んだ瞳には俺しか映っていない。
その瞳を見るうちに、揺れ動いていた俺の心のベクトルが方向と強さを定めていく。
俺は晶子を一旦離す。
どうして、と言いたげな表情の晶子に俺は小声で言う。
「部屋は・・・暗い方が良いだろ?」
それだけ言うと、俺は立ち上がって壁にある部屋の電灯のスイッチをOFFにする。
明るく照らされていた室内が一気に深い藍色一色の世界へと変わる。
それまでの明るく楽しげな雰囲気が一気に妖しく神秘的なものに変わる。これでより心のベクトルの強さと方向が固まったような気がする。
俺はその場に座ったままの晶子の下に歩み寄り、晶子を抱きかかえる。
一瞬驚いたような顔をしたが、直ぐにそれは目を閉じて俺に寄り添う時のそれになる。
俺は晶子をベッドに寝かせてその上に乗りかかる。
髪を布団の上に広げた晶子はゆっくり目を開けて俺を見詰める。俺は晶子を見詰める。
ただ互いを見詰め合うだけの時間が過ぎていく。閉じたカーテンを通して滲む微かな光が俺と晶子を仄かに照らす。
どのくらい時間が経っただろう。
俺は目を閉じながら晶子に顔を近づける。晶子もそれに合わせるかのように目を閉じていく。そして俺と晶子の唇が重なる。
何度目かはもう覚えていない、挨拶にも似た行為。
そして二人ほぼ同時に口を開いて舌を絡ませる。舌が動き、絡む度に出る音がやけに艶かしい。暗く静かな部屋にその音が何度も飛散する。
愛しい。その気持ちだけで晶子と舌を絡ませる。
俺の頭に何かが絡み付く。晶子の両腕だろう。
俺は晶子の背中に両腕を差し込んで抱き締める。それで俺と晶子はより密着する。
舌が動き、絡み合う音がより勢いを増し、艶かしさを増す。この音を聞いているだけで全身が熱くなってくる。
頬にかかる晶子の鼻息も強さと速さを増してくる。多分俺も同じだろう。
息を切らしながら唇を離す。
息を切らしながら目を開けると、晶子も目を開けて早い呼吸を繰り返している。その動きが胸に伝わる柔らかさの加減として感じられる。
唇を離したとは言え、俺と晶子の顔の距離は鼻先が触れるか触れないかというくらいだ。
俺と晶子はまた見詰め合う。互いの意思を確認するかのように。否、暗黙のうちにそうしているんだと思う。
そして・・・互いに服を脱がし合う。
微かな光の中で一つ、また一つと服がベッドの下に落ちていく。
程なく完全に裸になった俺と晶子は再び抱き合い、互いに唇を押し付け合う。そして舌を絡ませる。
艶かしい音が静かな室内に幾つも幾つも浮かんでは消える。
そして・・・。
晶子が俺の下で喘ぐ。首が左右に前後に揺れる。
晶子が俺の上で動いて身を沈める。動く度に髪が揺らめく。
俺は晶子の全身に指を触れさせ、唇を這わせる。
俺は絶頂に達する度に、晶子の中に想いの丈を解き放つ。
その度に俺は身を強張らせ、晶子は大きく身体を震わせる。
・・・。
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