written by Moonstone
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。」
「祐司さん。2年から実験が始まるんですか?」
コップから口を離して晶子が尋ねる。「ああ。確か物理と化学の実験があったと思う。うろ覚えだけどな。」
「実験で帰りが遅くなると、バイトも休まなきゃならないんじゃ・・・。」
「まあ、バイトに行く時間が遅くなるかもしれないけど、行くようにはするつもりだよ。レポートはバイトが終ってからとか
週末の昼間とかに片付けるようにすれば良いと思うし。」
「そうですか・・・。でも、無理はしないで下さいね。」
「私が何か力になれれば良いんですけどね・・・。」
「これは俺の問題だから、俺が処理すべきことだよ。そういう学科を選んだ宿命みたいなもんだし、学生の本業なんだからやり遂げないとな。」
「私、祐司さんのそういう真面目なところが大好きです。」
「どうしたんですか?」
「て、照れるじゃないか。面と向かって大好き、だなんて言われると・・・。」
「だって、好きなものは好きなんですもの。自分の気持ちには常に正直でいたいです。」
「そ、そうか・・・。俺も・・・」
「俺も、いつも朗らかで俺を気遣ってくれる晶子が大好きだよ。」
「ゆ、祐司さん・・・。」
「・・・私、凄く嬉しい・・・。」
あれこれ考えが浮かび、そして消えていく中、晶子が辛うじて聞こえるような少し上ずった声で、しかし俯いたままで言う。「面と向かって好きだって言われて・・・私、凄く嬉しいです。」
「お、俺も・・・その・・・自分の気持ちをはっきりさせておきたかったから。」
「私と祐司さんの気持ちは同じなんですね。」
「あ、当たり前だろ。俺と晶子はこうして付き合ってるんだから・・・。」
「ご、御免。言い方に刺があったみたいで・・・。付き合ってるからってお互いに好きだとは限らないんだよな。上っ面だけの付き合いってこともあるし・・・。
俺はそういう意味で言ったんじゃなくて・・・。」
「祐司さんが言いたいことはちゃんと分かったつもりですよ。」
「私と祐司さんがこうして付き合っているのは、気持ちが向き合っているから。そうでしょ?」
「ああ。」
「気持ちが向き合ってなかったら付き合えませんよね。譬え出来たとしてもそれは、偽りの仮面を被った付き合い。
そこにはどちらかに何らかの打算や策略がある・・・。」
「・・・。」
「祐司さんと優子さんの遠距離恋愛がそうだったとは言い切れません。当人でない私には推測しか出来ませんから。
でも、初詣に行く時に出会った時の優子さんの言動と祐司さんの話を見聞きした限りでは、優子さんの側に何か考えがあったからとしか思えないんです。」
「晶子もそう思うか・・・。まあ、今となっちゃどうでも良いことだけど。」
「吹っ切れたんですか?」
「今更よりを戻す筈もないし、良い思い出だけ残しておきたいしな。これ以上宮城に関わってると、良い思い出まで無茶苦茶になっちまうような気がするんだ。」
「・・・。」
「思い出にしがみついて、必死に抱え込んで生きていくつもりはないけど、たまには、ああ、こんなこともあったな、って思い出して
ひと時の感慨に浸る余地は残しておきたいんだ。・・・晶子からすると、ずるいって思われるかも知れないけどな。」
「思い出を大切にしたいのは私だってそうですし、誰だって同じですよ。」
「晶子・・・。」
「私だって過去の思い出を抱えてますし、良かったところだけ都合良く、こんな時もあったな、って思い返すときもありますよ。
私も祐司さんも20年くらい生きてきたんですから、思い出せる思い出がない方が不思議ですよ。」
「・・・晶子は、俺が宮城との思い出に浸ってても、焼餅妬かないのか?」
「それは・・・ちょっとは妬けますけど、形のない思い出に妬いてもかないませんよ。
それより、私と付き合っていくことで新しい思い出をいっぱい作って、思い出に浸る余地がないくらいにしてやるんだ、っていう気持ちの方が強いですね。」
「・・・俺は結構悔しいけどな。晶子が昔の彼氏との思い出に浸っていると思うとさ・・・。」
「それは無理ないことですよ。」
「でも、晶子の言うとおりなんだよな。形のない思い出の登場人物に妬いてもどうにもならない。それより思い出に浸る余地がないくらい、
晶子との思い出を作っていく方がずっと前向きだよな。」
「ええ。」
「ちょっと俺は頼りないかもしれないけどさ・・・折角出来た絆なんだから、大切に育んで行こうな。」
「祐司さんは頼りなくなくなんてないですよ。もっと自信を持ってくださいよ。」
「祐司さんは私の大切な人であって、同時に音楽の先生でもあるんですから。先生が自信持ってなかったら、生徒が不安になるじゃないですか。」
「・・・そうだよな。」
「俺がしっかりしなきゃな・・・。」
「そうですよ。」
「俺は・・・絶対晶子を離さないからな。」
「祐司さん・・・。」
「それくらいの気構えでやっていかないと、これから先待っているかもしれない困難に勝てない。晶子と一緒に居られなくなってしまう。
それだけは絶対に嫌だ。だから・・・俺は晶子が安心して頼れるような存在になるように努力する。」
「・・・私は祐司さんに一方的に依存はしたくありません。お互いに支えあっていけるような関係になりたいです。」
「・・・晶子。」
「そうじゃないと・・・祐司さんの負担になるばかりでしょ?私、それが嫌なんです。自分が好きな人の重荷になることが・・・。」
「晶子は・・・俺にどう居て欲しいんだ?」
「え?」
「俺に頼れる先生で居て欲しいのか、俺に互いに支え合うパートナーで居て欲しいのか、どっちなんだ?」
「私は・・・両方で居て欲しい。」
「?!」
「音楽を教えてもらう時は頼れる先生で、それ以外の時はパートナーで居て欲しい・・・。勝手だって思うでしょうけど、
私は祐司さんにそういう存在で居て欲しいんです。」
「晶子の言いたいことは・・・俺の頭でも理解できるつもりだよ。」
「・・・勝手ですよね。自分で言っておいて何ですけど。」
「ちょっとな。でも、晶子にそう思われる存在になりたいとは思う。俺は・・・晶子が好きだから。」
「私も・・・。」
「私も・・・祐司さんが好きだから・・・絶対離しませんからね・・・。」
晶子は自分に言い聞かせるように、呟くように言う。「譬え祐司さんが離れたいって言っても、絶対離さないんだから・・・。」
「・・・晶子。」
「もう決めちゃったから・・・絶対、絶対離さないんですからね・・・。」
「何で・・・そんな悲しそうな顔するんだよ。」
「うっかり・・・昔の辛い思い出が飛び出してきたから・・・もう二度とあんな思いはしたくない。そう思いながら弱くなりそうな自分に言い聞かせていたんです・・・。
絶対今の幸せを、祐司さんを離さないんだ、って・・・。」
「気弱になりがちなのも無理ないさ。何てったって俺と晶子は結婚したいとまで思ってた相手に捨てられて、また同じ思いをするかもしれない、って
心の何処かで思いながら、こうして付き合ってるんだからさ。でも、そんな脅しみたいな記憶に負けないように付き合っていこう。俺もそうしたいし。」
「祐司さん・・・。」
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