「さて、今日の話題はこれ!」
「はい。『日頃足りないプロテインをどう補うか』。これです。」
かさごろうが威勢良く切り出した、この日の「○得テレビ」の健康問題を扱うコーナーで、アシスタントの女性がフリップの隠された部分を剥がす。
あまり聞き慣れない単語の登場に、客席を埋める主婦層がざわめく。
「プロテインって初めて聞いた。そんな奥様方もいらっしゃるでしょう。そういう疑問から答えるのがこのコーナーの人気の1つ!そういうことで専門家の方を
今日はゲストにお招きしております。プロテインを語らせたらこの先生の右に出る者なし、と言われる方です!」
「では今日の講師をご紹介します。新都学院大学医学部教授でプロテイン研究の第一人者、大島康志先生です。」
かさごろうとアシスタントの女性による簡潔だが、いかにも、という紹介で、白髪でスーツ姿の男性がズームされる。
新都学院大学と言えばその名を知らない者は居ない、と言われるほどの名門大学。その医学部教授となれば自ずと箔がつく。「脱・学歴社会」「脱・肩書き
社会」のスローガンは何処へやら。日本における学歴や肩書きの優位性は今だ健在だ。
画面はかさごろうと大島を両端に映す構図になり、かさごろうが切り出す。
「大島先生。プロテインっていうのはあまり聞き慣れない単語ですが、これは何なんですか?」
「プロテインというのは、端的に言えばタンパク質のことです。」
大島の解説は自分が持っていたフリップを使いながら、図解入りで続く。カメラは勿論、そのフリップをズームアップする。
プロテイン、すなわちタンパク質は糖質(糖分)・脂質(油分)と共に三大栄養素であること、タンパク質は人間のみならずあらゆる生物の身体を構成する重要な
要素で、約20種類のアミノ酸の総称でもあることが説明される。生物や有機化学に疎い人でも分かりやすい図解を用いての説明に、客席のみならず他の
ゲスト、そして番組を見る主婦層も納得する。
「−概要はこんなところですね。」
「なるほど・・・。でも先生。タンパク質は肉とか魚とかで普段食べているから十分摂取出来ているんじゃないですか?」
「そう思われるでしょう。ところが、最近の日本人は食生活の欧米化によって、アミノ酸の摂取量に偏りが生じているんです。こちらをご覧ください。」
そう言って大島は、次のフリップを見せる。
それは、30年前と現代とでは動物性タンパクと植物性タンパクの摂取比率が大きく変化していること、特に動物性タンパクでは肉から摂取するものが多く、
魚介類から摂取するものが減少していることが、やはり図解入りで説明される。
ゲストも客席も、そして番組の視聴者も多かれ少なかれ思い当たる節があるので、あっさり納得する。それはある意味自然だろう。肉と魚で普段どちらを
よく食べるか、と問われれば、かなりの割合で肉だろうと答える。値段に対する量、簡単に言えばコストパフォーマンスでは肉の方が優位だし、焼くなら
まだしも煮るなど時間のかかる調理は敬遠されがちだ。手間が少ない刺身は、魚介類の販売品の中では高価な部類に属する。切り身は大抵焼くメニューに
使われる。スーパーなどに入っている魚専門店でも、店側が捌いて販売することが当然視されている。1匹丸ごと買って行く人を探す方が難しいと言って
良い。
外食にしても一般の世帯向けのファミリーレストランなどでは肉関係のメニューは豊富だが、魚介類のメニューは比較的少ない。その上、子ども達は
ステーキやハンバーグといった肉関係のメニューを好む。店側もそれを見越してメニューを作成している。更に子ども達がファーストフードでハンバーガーを
好むことも知っている。主婦層となれば自分の子どもの行動を目の当たりにしているから尚更のこと。となれば、大島の解説は更にゲストや視聴者の意識に
より深く浸透するのは自明の理だ。
「−ということで、アミノ酸の摂取割合はかなり偏っています。先程もお話しましたように、アミノ酸、つまりタンパク質は三大栄養素の1つですから、それに
偏りが生じるということは、私達自身の身体全体に深刻な影響を与えるわけです。」
「なるほど・・・。食生活の変化の裏で実は大変な事態になっている、と。」
大島の解説に同調するかさごろうの言葉と同時に、客席がざわめく。TVの前の視聴者は食い入るように見つめつつ、現状を憂う。家(うち)の子は肉ばかり
食べて、魚は骨があるからとか何とか言って食べようとしない。そういう考えが頭を飛び交う。
しかし、魚介類の摂取は何も焼いたり煮たりするばかりではなく、刺身という手段もあるが、刺身は高いから、という理由で手を出さない。それに、焼くのは
まだしも煮る手間を惜しんで煮魚を食卓に出さない自分の行為は何ら気に留めない。
否、それ以前に「○得テレビ」の影響をもろに受けて、時には大量の魚、時には大量の肉を並べるという極端なメニューを用意していることを問題視しない。
肉と魚に加えて、豆腐に代表される植物性タンパクを適時摂取していればさほど問題ではない。現に日本では「五穀」という単語があるように、穀物を中心と
して季節に応じた野菜料理、そして地域に応じたタンパク質の食事で長く生活してきたのだ。地域によってタンパク質を得る元が肉類が主だったり魚介類が
主だったりするのは、流通機能が充実していなかった時代ではむしろ当然のことであり、それ故に干物や佃煮、味噌や醤油といった様々な形態の保存食や
加工食品が登場したのだ。流通機能が急速に発達したことでようやく肉も魚介類も、となったのであり、足りないものを求める方が難しいと言うべきなのだが、
そういったことには触れない。
「現代の日本人に特に不足しているのが、大豆に代表される植物性タンパク質です。これを補うには、通常の食事では不可能と言えます。」
「と言いますと?」
「人間が1日当たり必要な栄養素は実に様々です。それらを朝昼晩の3食で摂取するとなると、沢山のメニューを用意しなければなりません。」
「そうなりますと、日頃多忙な奥様方には大変な負担になりますね。」
「ええ。それにたとえ食事を用意出来たとしても、その量は実に膨大なものになりますからとても食事だけではまかないきれません。」
「では先生。日頃不足しがちな栄養素、特に植物性タンパク質から得られるアミノ酸を効率良く摂取するにはどうしたら良いのでしょう?」
「その疑問に対する回答は、こちらになります。」
大島が次のフリップを出す。カメラは大きくズームし、客席と視聴者の視線はそのフリップに釘付けとなる。そこには「効果的なサプリメントの活用」とある。
思わぬ回答に、客席と視聴者は勿論、ゲストも驚きを隠せない。
「サプリメントと言いますと・・・、コンビニなどで売っているあれですか?」
「ええ。サプリメントを効果的に活用することで、日頃不足しがちなアミノ酸を効率良く補えるんです。」
「サプリメントは奥様方にはあまり馴染みがないと思いますが・・・。」
かさごろうの疑問は、客席やTVの前の視聴者の思いを代弁するものだ。
サプリメントを使用するのはスポーツ選手、というイメージがあるため、そこまでしなくても良いのではないか、という思いが根底にある。
TVや新聞などに登場する、所謂一流スポーツ選手の多くがサプリメントを愛用しているという話を耳にしたことはあるだろう。スポーツ選手には一般の
人より大きな筋力や瞬発力といったものが要求されるから、食事だけでは補給出来ないタンパク質、つまりはアミノ酸が浮上する。そのためサプリメントが
開発された。言い換えれば需要に応じて供給が発生するという経済のごく基本的な原理に基づくものだ。
スポーツ選手なら話は分かる。だが、一般の人がサプリメントを使うほどの筋力を要求されるとはとても思えない。
「確かに日本人には、サプリメントと言うとスポーツ選手など限られた人しか使わない、というイメージがあると思いますが、欧米、特にアメリカでは一般の方々も
サプリメントを愛用しているんです。日頃足りない栄養素を効果的に摂取出来るということから、サプリメントはごく当たり前に使われています。」
大島の解説は疑問を解消すると同時に、サプリメントに対する先入観を払拭する代わりに必要なものだという認識を植えつける。
欧米、特にアメリカではこうだ、と聞くと、自分に都合の良いものはそれまでの態度を180度転換して飛びつく、という図式が日本人にはある。広告などに
描かれる、数多くの男性の部下を従えて颯爽と歩くスーツ姿のキャリアウーマンの姿がその代表格だ。
しかし、自分もそれに続けとばかりに企業に入社したら、実はその姿は一握りのやり手ビジネスマンを女性に置き換えただけで、残業も休日出勤も
当たり前、カレンダーの日付は締め切りやスケジュールのためにしか意味を成さない、という事実に突き当たってしまう。そういう場合は大抵、話が違う、と
口を揃えるが、アメリカと欧米の「男女平等」の性質が大きく異なることを知らない。
アメリカにおける男女平等は、「強い女性が弱い男性を支配する」という思想が根底にある。それは元を辿れば「何処までも続く競争社会」に行き着く。
言い換えれば、男でも女でも競争を勝ち抜いたものなら富も名声も得て弱者を下に敷ける、という社会の構図だ。
それに対して欧州の男女平等は、「等しく権利を有して富を分かち合う」という思想に基づくものである。
アメリカが推し進める市場万能主義=新自由主義経済に抗い、親米派の政権が次々と敗れ、新自由主義を推し進める財界−儲かれば良いのだから
必然だ−と歩調を合わせる保守右派政権に代わり、新自由主義経済に批判的な左派政権の誕生、若しくは左派勢力の躍進があるのがその端的な例だ。
それは「アメリカの庭」と称された中南米でも起こっている。最も顕著な例はベネズエラだ。
ベネズエラは有力な石油産出国であると同時に、それまで石油利益を独占していた財界やそれと密接な関係にあるアメリカにチャベス政権が言いなりに
ならないことで石油産業も背後にする米政権が業を煮やし、ベネズエラの財界やマスコミに公然と資金援助をして政権打倒に執念を燃やしている。逆に
ベネズエラの国民は、アメリカを背後に控えた「石油スト」やクーデターを跳ね返してチャベス政権支持を強めている。
かつてアメリカの影響が強いIMF(国際通貨基金)の新自由主義路線で自国経済が深刻なダメージを受けた東南アジア諸国は、ASEANを基軸に地域統合と
自主路線を歩み、「アメリカの言いなりにならない」という姿勢は思想や宗教の違いを超えて着々と進んでいる。
一方日本はというと、財界の意向に忠実な政権が次々と自分達の懐を痛めつける政策を実行するのに陰口を叩く一方、いざ選挙となれば企業ぐるみか
組合ぐるみ、若しくは地域ぐるみで特定の政党を、しかも自分達が陰口を叩く政策を掲げる政党に投票するようにさせ、それを粛々と実行し続けている。
「遅れている」のは東南アジアや中南米といった所謂発展途上国ではなく、実は日本自身だということに多くの日本人が気付いていない。
そういう無意識レベルでの思考の背景もあるから、アメリカではこうだ、と言われれば、それは必要だ、と鵜呑みにしてしまう。
サプリメントと聞いて生じた「聞き慣れない」「スポーツ選手が使うもの」「そこまでしなくても」などの疑念は一掃された。進行役のかさごろうも納得した様子だ。
「では先生。サプリメントはどのように使えば良いのでしょうか?」
「サプリメントはその日のメニューによって選ぶべきですね。同じ動物性タンパクでも、肉主体のメニューと魚介類主体のメニューとでは区別すべきです。
サプリメントの種類は実に豊富ですから、ある日いきなり選べと言われても皆さんお困りでしょうから、私が1つの例をご紹介します。」
大島はAD(アシスタント・ディレクターの略)が運んで来た、等身大はある大きさのパネルに向かう。
そこには「今日のメニューに応じたサプリメントの例」というタイトルで、焼肉の場合、焼き魚の場合、豆腐の場合とそれに対応するサプリメントがイラスト入りで
描かれている。色々言っても聞き取るのも大変だし、かと言って聞き逃したく(見逃したく)ない、という客席や視聴者などには最適だ。
「今回は焼肉、焼き魚、豆腐を使ったメニューを例にして、最適なサプリメントを紹介しましょう。」
大島はそう前置きしてから、長く伸ばした指示棒を使って、上の焼肉から順に解説していく。カメラは当然そこをズームする。
大島の解説は要するに、「このメニューではこういうアミノ酸が不足するから、こういうサプリメントを使え」というものだ。
確かに分かりやすくはある。客席に陣取る主婦層は勿論、TVの前の視聴者、すなわち主婦も真剣な眼差しで紹介されるメニューを聞いて書き取る。
メニューは大別すれば、肉か魚か豆腐かのどれかに属すると言って良い。視聴者の頭の中では、早くも今日考えていたメニューにサプリメントが加筆される。
「−このようになります。」
「なるほど〜。先生の分かりやすくて具体的なメニュー、皆さんは見逃しませんでしたか?もし何かの拍子で見逃しちゃったというそこの貴方!貴方のために
此処に改めておさらいしてみました。」
「はい。こちらをご覧ください。焼肉、焼き魚、豆腐の3つに応じたサプリメントの対応表です。」
かさごろうお得意の軽妙なトークに続き、アシスタントの女性が先程の大島の説明を表に書き直したフリップを出す。カメラは勿論ズーム。
アシスタントの女性の解説が音声のみで流れる中、TV画面いっぱいに映し出されたメニュー別サプリメント対応表を、視聴者は手元のメモと照らし合わせる。
解説が終わり、真剣な表情のかさごろうが映される。自分に直接訴えかけるかのようなその表情に、客席も視聴者も思わず引き込まれる。
「さあ!今日で皆さんはこのコーナーを見ていない人より賢くなりました!足りないアミノ酸はサプリメントで補う!今日から早速、実践しましょう!」
「さあさあ、今日のタイムサービスは『○得テレビ』でも紹介された、肉と魚、そして豆腐!各コーナーでお買い得商品がズラリ勢揃い!」
「同時に特設栄養食品売り場では、メニューに応じたサプリメントを大量にご用意。売り切れ御免の大サービスです。」
夕方の恒例が今日も始まる。タイムサービスを見込んでいた主婦達が、半ば目を血走らせて目当てのコーナーに殺到する。
肉コーナーでは最近輸入が全面再開されたアメリカ産牛肉が特に安値で売られ、魚は切り身が様々取り揃えられ、豆腐のコーナーは普段の4倍に拡張
されている。通常ではありえない光景だ。
商品は勿論沢山あるのだが、店内のアナウンスに煽られて我先にとばかりに売り場に殺到し、衣料ものバーゲンのような奪い合いの様相を呈する。
その一方、同じフロアにあるサプリメントなどを扱うコーナーにも人が押し寄せ、多数陳列されているサプリメントが次々となくなっていく。店員は
早くも底をついたコーナーに客の人垣を割って入って商品を補充しては、次の補充に備えて倉庫に戻る、を繰り返す。10台以上並ぶレジは勿論フル稼働。
それでも長い行列が出来る。レジで清算を済ませた客の両手のレジ袋は、肉も魚も豆腐もサプリメントもごった煮状態だ。
一体今日の夕食は何にするのか、と問えば恐らく、これから考える、という回答が返って来るだろう。無理もない。客は今日の「○得テレビ」で紹介された
メニューの材料とそれに対応するサプリメントを全て買い揃えることが先決で、メニューを決めるのは後で良い、という認識で居る。今日買い逃したら次は
ない、というある種の強迫観念もあるだろう。
その日のTV番組で放映された食材に加え、サプリメントまでふんだんに用意されている。それがどうしてかは、此処まで読んだ読者諸氏ならお分かりだろう。
「○得テレビ」に影響される食卓は、一体何時まで続くのだろうか・・・。