クリスマス・セール

written by Moonstone

〜この作品はフィクションです〜
〜登場人物、団体などは実在のものとは無関係です〜

本作品はクリスマス特別企画作品です。

後編

 クリスマス・イブまであと1週間を切った。「ハッピー・クリエート・コーポレーション」のようなカップル「作成」会社はその忙しさがピークに達する頃だ。
それまで年齢的に無関係だったり、或いはこれまで無関心だったが周囲の視線に負けたり、突然これまで付き合っていた女性から『他に良い相手が
見付かった』
と別れを告げられたりした男性が、一人きりのイブを回避しようと登録に駆け込んだり、イブ前に照会された男性を会ってみて印象が違う、
とかいう女性からのクレームに対応する為、オフィスには一息入れる暇もない。
 この日も一人の男性が面談を受けていた。
これまで順調だった交際相手が、つい先日『もっと豪華なイブを過ごしたいけど、貴方じゃ無理みたいだし』と突然別れを告げて去ってしまったのだ。
男性も一連のイベントには無関心ながらも、自宅で二人きりのパーティーをしようと準備していたのだが、それが呆気なく水泡に帰した今、「孤独なイブ」が
久しぶりなだけに戸惑い、情報の波に飲み込まれて恐怖する男性は、慌てて駆け込んだのだ。

「−職業は・・・会社員。では年収は?」
「えっと・・・300万くらいです。小さな会社なんで。」
「御用意できるデートコースは?」
「自分の家でケーキとかを買ってパーティーをしようと。この時期外に出るのは無理なんで。」

 面談者は無表情のまま事務的に回答を入力して行くが、膨大な数の面談をこなしてきた経験からコンピュータの示す結果は分かりきっている。だが、一応
結果は示さなければならないし、本当に一人のイブが嫌なら借金してでももっと良い条件を整備して来るだろう。
そんな事を思いながら、面談者は男性に回答の確認を取って「審査」のボタンをクリックする。程なく出力された結果を、面談者は男性に告げる。

「申し訳ありませんが、登録はできません。」
「ど、どうしてですか?!」
「どうしてと申されましても・・・。年収、職業、デートコース、用意できるプレゼント・・・など、どの条件をとっても貴方は女性の希望の最低ラインに到達して
ないんですよ。これでは登録しても見向きもされません。」

 面談者は我ながら冷たい言い方だとは思う。しかし事実なのだからどうしようもない。あくまでも仕事として、プログラムに処理をさせた結果を告げるだけだ。
男性は勿論、そんな結果に納得できる筈がない。

「そ、そんな!確かに俺は豪華なディナーやホテルを用意できるほど余裕はない。でも、手作りの過ごし方だって良いと思う女性だって一人くらいは
居るんじゃないか?そっちが勝手に設定した条件で門前払いするなんて横暴だ!」
「あのですね・・・。こちらに照会を希望する女性がそんな安上がりのイブを希望していると本気で思っておいでですか?」
「え?」
「女性はより豪華なディナー、印象に残るイベント、形になるプレゼントを望んでいるんです。それで一夜を過ごす相手を吟味するんですから。男性がより良い
条件でより良い女性を引き付けて一夜を過ごそうと画策する。言わばギブアンドテイク、需要と供給でイブの夜は成立するんですよ。しかし、貴方には
女性を引き付けるその条件がないんです。これでは登録したところで女性には見向きもされません。」
「・・・。」
「もし貴方が提示する安上がりのイブをお望みでしたら、御自分でお相手を見つけられることを強くお勧めします。」
「・・・そうですか。」
「では、良いイブをお過ごし下さい。」

 男性は肩を落として面談の部屋を出る。
待合室は相変わらず登録を希望する男性で溢れかえっているが、イブが押し迫っているだけに切迫感はさらに増している。
力なく待合室を去っていく男性の後ろ姿を見て、他の男性達が囁き合う。

「さっきの人、随分落ち込んでたな。」
「多分門前払いを食らったんだろうな。ま、あの形(ナリ)じゃ無理だぞ。背は低いしファッションもダサかったし。」
「スーツじゃなくてもカッコ良く決めてれば良いけどさ、あんな普段着そのままじゃ駄目だって。」
「この時期門前払いだともう彼女ゲットは無理じゃないか?」
「多分な。ああ嫌だ嫌だ。ああはなりたくないね。」
「やっぱ、良い女を抱きたいなら金がないとな。イブの夜なんて金で買うようなもんなんだから。」
「そうそう。金が無いのにイブを彼女と過ごすなんて無理だって。女だってそのつもりなんだからさ。」

 かくいう彼らもまた門前払いを食らうかもしれないのだが、そんな事は考えもしないようだ。
待合室からの憐れみと同情を無意識に感じながら、男性はイブの街を歩く。街中は至る所カップルばかりで、街もクリスマス一色で男性は居場所を感じない。
時折カップルが男性を見て憐れみと同情を囁く。

「あ、あの人ってもしかして・・・独りイブじゃない?」
「多分そうだぞ。この時期街中を一人出歩くなんて独りイブ以外ないって。」
「なんか哀愁漂ってるよねぇ。あんなんで同情引けると思ってんのかな?」
「無理無理。今時気持ちだけで女は寄ってこないって。」
「そうよねぇ。あたしもあんたが超豪華なイブを用意できるって言うからOKしたんだもんね。」
「やっぱ男は甲斐性っしょ?」

 独りイブ、とは「独りでイブを過ごす男性」の省略形で、嘲笑と軽蔑を示す造語である。風に乗って幾つもの憐れみと同情、そして嘲笑が男性の耳に
飛び込んで来る。
 今まで男性にとって、自宅や相手の家で開くささやかなパーティーが全てだった。決して豪華ではない。プレゼントも買える範囲のものだ。でも、それで
互いに喜んでいた筈だった。しかし、それは自分だけだったのか、と男性は思う。
相手だった女性は友人と会話したり雑誌を読んだりしているうちに、自分が「遅れたイブ」を過ごしていると実感し、恥ずかしい思いをしたと言った。

『今時ディナーを手作りぃ?』
『ホテルで夜景も無いのぉ?』
『プレゼントがそんな安物なんて信じらんなーい』

 ・・・相手の女性は周囲から浴びせられるそんな嘲笑の合唱に屈して、「今時のイブ」に走ったのだ。
そんなものとはどちらも無縁だと思っていた男性は、今日の面談でショックに追い討ちを食らった。雑誌で紹介される「傾向」や、それを信じる女性達の
「希望」にそぐわない男性は排除され、世間からも冷たい風を浴びなければならないのか?
 いや、そもそも女性達の「希望」とは何だ?雑誌が紹介する「傾向」とは何だ?
「傾向」とは雑誌が各種の業界と折衝して創り出したレールであり、「希望」とはそのレールに乗った女性が思い描く、何処までも突き進む際限なき欲望では
ないのか?

金で何でも買えるわけではない。
誠実さが第一。
見た目より中身が大切。

 ならば何故、「傾向」や「希望」などとイブへ向けて煽る一方で、それを批判したりしない?
色々な過ごし方がある筈なのに、独りイブなどと嘲笑までされるのか?

「本音で語ろう」「個性の時代」とほざくなら、何故画一化しようとする!
それならいっそ、愛や気持ちなど奇麗事でしかないと、はっきり公言したらどうなんだ!

 これが「今時のイブ」なんだと男性は実感する。だが、そのために借金までして女性に媚びて一夜を共にしようとは思わない。少なくとも自分は、そんな
ものは愛ではないと思いたい。それは、世間で叫ばれる「今時のイブ」に相手が乗り換えた自分に残された最後のプライドなのだ。
 男性は冷たい風が吹き付ける街中を歩く。「傾向」や「希望」の旗が立てられた山に我先に駆け上る人々が残す、一人に対する冷たい風はますます強まって行く・・・。
 そしてクリスマス・イブ。

「はい、こちらはレインボーキャッスル前です。夜景の新名所はご覧の通り、物凄いカップルの数。何処を見てもカップルです。」

「もはや全国的イベントとなったイブの夜、このテレビをご覧の皆さんは・・・もしかして独りイブですかぁ?それはさて置き、此処スターダスト・ブリッジ前に
来ているカップルにお話を伺いたいと思います。すみませーん。」
「あ、はい。」
「イブの予算はズバリ、如何ほどですか?」
「えっと、今年はちょっと張り込んで50万です。」
「50万ですか?!凄いですねぇ。そうするとAランクってやつですか?」
「そうでーす!あたしの彼バリバリのエリートでぇ、プレゼントも超豪華。ファルティーの指輪にぃ、ネルジャのバッグ。もう最高!」
「うわーっ、羨ましいですねぇ。」

「やっぱりですね、クリスマスイブの経済効果というのは絶大でして、兎角消費が女性に比較して鈍い男性が夏と共に大量消費に走る
イベントなんですよ。」
「本来の意味を逸脱した商業主義的イベントだという批判の声も、一部から上がっていますが?」
「それはあくまでも一部でしょ?利益を敵視する古臭いイデオロギー集団に、経済効果に水を差すようなことをされるのは迷惑ですね。」
「そうですね。理想をいうのも結構ですが、やはり現実を見ればイブの経済効果が日本経済に与える影響は無視できないだというのは、もはや明らか
ですよね。」

イブに独りの、男達は
女や世間の、笑い者

でもその年の、クリスマスの日
サンタの女性は、言いました

 一人で手作りのパーティーを終えた男性は、テレビから見え隠れする本音を見聞きしながら、あの替え歌を口ずさむ。自分の心境を歌ったようなその
替え歌に、男性は思わず笑みが零れる。
 だが、その笑みに自虐の念はなく、何かを悟ったような感さえある。というのも男性は、「その後」の話を聞いたからだ。そう、まさにその替え歌の後半が
展開されることを・・・。
 「イブ明け」の翌日。
彼方此方でイブに情熱を注いだ男性達のぼやきと泣き言が聞こえる。

「やられたよ。昨日ホテルに連れ込めると思ったら、『あたし、門限があるから』だって。俺知ってるぜ?あの女一人暮らしで門限なんかありゃしないってこと。
プレゼントとディナーを持ち逃げされちまったぜ。」
「俺はどうにか抱けた。」
「何だ、自慢かよ。」
「ところがその後だよ、問題は。『責任とってよ』とか言い出してさ。結婚を前提にお付き合いしようって・・・。」
「良いじゃないか。」
「良くねえよ!その女、子連れだったんだよ!それもそのガキってのが誰の子どもだかも判らねえっていうんだぜ?」
「げ、そりゃ詐欺じゃねえか。」
「俺に経済力があるからって言うけどさ・・・俺、イブのお陰で借金背負っちまったっていうのに、ガキまで背負い込むんだぜ?」
「そりゃ悲惨だわ。」

 イブの為に全精力を注いだ結果、残ったものは何も無しか借金か・・・。幸いそんな事が無くても、イブで彼女が出来るという思惑は脆くも崩れ、まさに
一晩限りの関係になるのが殆どだ。
しかし、彼らはまた1年後に奔走するだろう。今度こそ、と。女性に素敵なイブを演出することで自分の欲望を満たし、その関係がその後も続くと思って
いる限り。

 一方、女性の方は至って賑やかだ。

「ほらほら見て、このダイヤ。昨日の彼からゲットしちゃった。」
「あたしはバッグに服。でもディナーが思ったより豪華じゃなかったからホテルはパスしちゃった。」
「結構シビアねぇ。あたしはベッドインしちゃった。」
「えー?!」
「だってさぁ、彼キャリア官僚だし、将来は事務次官って言う出世コースだもん。これを逃しちゃ損でしょ?」
「え?それってAランクの中でも最上級クラスじゃん?ラッキーじゃないの。」
「彼には『これが初めてなの』とか言ってさ。そしたら彼、感激しちゃってさ、『一生大切にするよ』って言ってくれたの〜。」
「うわーっ、あんた去年も同じ事言ったんじゃないの?そう言えばあの彼は?」
「青年実業家っていうのは捨て難いけどさ、やっぱり不景気でも安心できる方が良いでしょ?」
「あたしは掛け持ちしちゃってさ。プレゼントダブルでゲット。」
「同じ物貰ってどうすんのよ?」
「決まってんじゃん。片方は質屋に突っ込んでお金にするのよ。カードでいっぱい使っちゃったからきつかったのよね。」
「あんたの方が詐欺じゃん。」
「そう?だって男だって女のカラダ目当てでしょ?これって駆け引きじゃない?」
「そうそう。イブって女の子の為のイベントよ。楽しまなきゃ駄目。」

 甲高い笑い声を上げる彼女達もまた1年後に奔走するだろう。もっと良いものを、と。男性が演出する豪華なイブを過ごし、あわよくばずっと寄生したまま
安住できる男性を見付けることが自分やひいては子どもの幸せになる、と考える限り。

 界隈で繰り広げられる「聖夜」という名の、男と女の駆け引きの一日は終わった。「素敵なイブ」ではなかったが、その負の遺産を避けることができた男性は、
今度は聞こえるようにあの替え歌を口ずさむ。

イブに独りの、男達は
女や世間の、笑い者

でもその年の、クリスマスの日
サンタの女性は、言いました

暗い夜道は、お金よね
ディナーも夜景も、貴方持ちでね

何時も泣いてた、一人男は
これが現実かと、悟りました

・・・浮かれ踊らされる世間に、メリー・クリスマス・・・。
「クリスマス・セール」完
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