女性帝国

written by Moonstone

〜この作品はフィクションです〜
〜登場人物、団体などは実在のものとは無関係です〜

第3章

 「女性の権利擁護委員会」の活動対象は、企業だけには留まらない。
議会、行政、司法の三権は勿論、教育、研究、芸術、そして家庭や地域社会と文字通り生活の隅々にまで、その監視の目が行き届いている。
議会や行政では議員や職員全体、そして議長、副議長、各種委員会の委員長や管理職に至るまで、全て「5割以上の女性登用」が義務化されている。
 女性団体は「これまでの議会や行政の歪みは男性中心主義の結果」「女性の進出で議会や行政は変わる」と手放しで賞賛し、この動きを後押ししている。
引退する議員や退職する職員の後継を擁立したり選考する場合にも、必ず「男女比率が男性に傾かないように」と「働きかけ」がある。
「女性の権利擁護委員会」や女性団体は、「数が等しいこと=平等」の公式を第一義的に当てはめている。

果たして、女性の数が増えて議会は変わったのだろうか?

 とある地方議会では、当選した女性議員達が構成する会派が路線の違いで分裂し、ポストを巡って火花を散らすことに始まり、議会や委員会の
質問でも感情のしこりをぶつけるだけの罵り合いに終始する羽目になっている。

「貴方達は地域社会の結束を重視すると公約しながら、自分達の利益を再優先している!」
「結束を至上のものとして、一切の議論を許さない貴方達の強引な態度こそ、地方議会を歪める元凶じゃないですか!」

 議会ではゴミ処分場問題、慢性化する幹線道路の渋滞、高層マンションの建設ラッシュに伴う日照権の侵害など、問題が山積みになっている。
しかし、互いを罵り合うだけの分裂した女性議員の会派が各種委員会の委員長若しくは副委員長のポストを得ている以上、それを止められるはずがない。
この議論を別の会派や男性議員が止めようとすれば、「議論を封殺しようとしている」として懲戒処分されるのだから、どうしようもない。

 また別の地方議会では、女性議員の数が男性議員のそれを上回ったが、それまでの政治方針は何ら変わらず、むしろ、強力に推進されることになった。
何のことはない。知事与党が過半数を占めているからである。
 彼女達は無所属で立候補し、「女性の声を議会に」「女性の進出で議会は変わる」と声高に、そして一様に宣伝した。
そして女性票を結集して当選すると、「住民の声を即座に反映するには与党の方が都合が良い」と言い出して知事与党に入党、あるいは会派に
加わるなどして、公認、推薦候補の当選者数で過半数割れした知事与党を過半数に戻した。
選挙前に大規模なカラ出張や業者との癒着が発覚し、知事与党の敗北は確定的だという前評判だっただけに、知事と与党にとっては棚から牡丹餅、
議会の刷新を望んだ有権者には青天の霹靂である。
そして彼女達は言う。

「私は女性の声を受けて当選したのです。その声を反映することが議員の仕事です。」
「政治を変えるとは言っても一人では無理です。やはり与党に加わってこそ出来ることがありますから。」

 これでは変わるはずがない。
知事与党が多数を占めれば知事の、更に言えばその知事を担ぐ与党の意向が反映され易いのは議会政治所以である。
その議会を変えることを訴え、与党と対決する姿勢を取って当選したのなら、その議員の数を結集して臨むのは議会政治の根幹だ。
しかし、彼女達はその根幹を破壊した。
彼女達が嫌悪した「男性中心の馴れ合い議会」を踏襲するやり方で。
 「女性だから」変わる、「女性だから」変えられるのではない。
政治に必要なものは政策であり、共同できる政策の元に集約された議員が会派であり、政党である。
政策を見極め、数の力関係を変えるのが有権者の権利であり、民主主義の担い手としての義務なのだ。
男性だから、女性だからという決め付けをする段階で、その選択は既に誤っている。
それ故に「女性だから」と単純に投票した有権者もまた、知事与党を救った責任の一端がある。

だが、数を男性と平等にすることが至上である女性団体は、その現実を見ようとはしない。

 それは行政でも同じ事だ。
管理職が女性になったからその方針が変わるほど、行政の力関係は単純ではない。
実際、女性が部長、局長になっても、これまでの方針は何ら変わることはない。
 行政の長たる大臣やそれを補佐する政務次官は、その時の政権与党出身が過半数を占めるし(大臣の選出は憲法に明記されている)、事務次官や
主要ポストも必然的にその意向を忠実に反映する者が選ばれる。
立法を司る国会が国権の最高機関とされ、その国会を思うが侭に出来るのは政権与党だ。
だから、行政を変えたければ政権与党を変えることが先決なのだ。

しかし、女性の数を男性と等しくすることが目的の女性団体は、その現実を見ようとはしない。

女性だから変えられる、というのもまた、決め付けではないのか?
女性は「女性だから」という決め付けに反発したのではなかったか?
男性からの決め付けは「男女差別」で、女性からの決め付けは黙認するのか?

 司法や地域社会にまで浸透した「女性の権利保護」の意識は凄まじい。
早くも幼児段階から、女性の主張こそ正しいという教育が始まる。

「男の子はね、女の子を大切にしなきゃ駄目。」
「女の子は男の子より弱いんだから。弱い者を保護するのが男の子の役目なのよ。」

 そう言って憚らない保母や母親。男性や父親はそれを賞賛こそするが、批判してはならない。
「女性=弱い者=保護されるべき」という公式は「男女平等」において必要不可欠であり、それを批判することは「男女差別」として糾弾されるからだ。
当然、幼児期から「女性は保護されるべき」「男性は保護するべき」という意識が出来上がって来る為、成長過程においてもそれは変わらない。
否、年齢を重ねるに連れ、その意識はさらに強まって来る。
 女子学生の主張が全て認められる一方、男子学生の主張は切り捨てられても異議は言えない。
学校にも「女性の権利擁護委員会」の監視の目が光っている。
女子学生の主張が認められないと「点検」の際に委員に「女性の主張を認めなかった」と報告され、「教師として許されざる男女差別」として
職を追われた例も少なくない。
 ある学校では「女性の権利擁護委員会」の承認を受け、事実上の支部組織を打ち立てて監視や拘束を行う女子学生も現れた。
そこでは、「好きな女の子のタイプ」を話していただけで拘束され、保護監察処分にされた例もある。
何故なら、「好きな女の子のタイプ」を話すことは、「容姿によって女性を差別している」ことになるからである。
その判断に異議は出ない。出せる筈が無い。
女性の主張や判断に異議を唱えることは、「女性の行動を阻止しようとする=旧態依然の男性中心主義」とされ、同様に処罰されるからである。

しかし、女子学生が「好きな男の子のタイプ」を話すことは何ら咎められない。

 何故なら、「好きな男の子のタイプ」を話すことは女子学生の権利であり、表現の自由だからである。
男性が女性の好みを口にするのはいけないが、女性が男性の好みを口にするのは問題無いとされる。
これをどれだけ疑問に思っても、それを口に出そうものなら「男女差別」の烙印が待っている。
この意識が助長されてさらなる高等教育へ進み、社会に出て行く。
その結果の一部はこれより先に、陣和興産なる一企業で垣間見られた通りである。

 そして恋愛、結婚においても「女性は保護されるべき」という意識は当然存在する。
以前よりも更に強固に、そして「反抗」に対向する武器すら準備された状態で。

「やっぱり〜、男は女性に優しくないとね〜。」
「女性にお金を出させるなんてサイテー。食事に連れて行く甲斐性も無いなんて信じらんない。」
「女性に家事をさせるなんて時代遅れよ。料理、洗濯、掃除も出来てこそ男は一人前よね。」

 では、当然のようにこう述べる彼女達の、他人に対する態度や収入、家事遂行能力は如何ほどなのだろうか?
「保護されて当然」と幼児期から教え込まれてきただけに保護されることは当然のように求めても、保護することは決してしない。
「女性保護」に基づき、同じ会社の同じ部署に同じ年度に入っていれば、無条件に男性と同じ収入が保障される。
家事遂行能力を求めるのは酷かもしれない。家にいた時は父親が行い、一人暮らしになれば食事はコンビニで済ませ、掃除は三月に一回程の
割合で業者に、洗濯は溜まってきたらクリーニングにお任せだ。
要するに、男性に要求は出来ても自分は何一つ出来ないし、それが当然で済んでしまう。
 それに対して男性が「少しは男の気持ちも分かって欲しい」「収入があるんだから多少は負担して欲しい」「少しは家事を分担してほしい」と愚痴でも
零そうものなら、もう大変なことになる。
すぐさま「男のくせに」という枕詞の次に、「女性に優しさを求めるなんて押し付けだ」「女性に負担を要求するなんてだらしない」
「女性に家事をさせようなんて前時代的意識だ」と、相手の女性ばかりか周囲の女性まで加わって問答無用の逆襲が浴びせられる。
さらに「女性の権利擁護委員会」が加わり、拘束された後、徹底的に「女性保護の必要性」を説かれた後、「今後は女性の主張を尊重し、
それを擁護します」という趣旨の誓約書を書かされてようやく解放される。
二回目以降はもう刑事罰の対象となる。

単に「女だから」ということで優しさを要求されたこと、家事が出来ることを要求されたことが男と入れ替わっただけではないのか?
収入は同じ様にあるのに、「女だから」で負担を免除できるものなのか?
結局、自分が嫌なことを男に押し付け、既得権益は渡さないということではないのか?

これが、彼女達が求めてきた「男女同権」なのだろうか?

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