Saint Guardians

Scene 12 Act2-1 悪意-Malice- 謎の病を通して浮かぶもの

written by Moonstone

 当面の行動方針が決まったことを受けて、アレン達パーティーは早速翌日から行動を開始した。
シーナを中心とするアレン、リーナ、シーナ、ルイのグループは、リーナとシーナが薬品の調合と薬剤師への技術指導、アレンとルイが各地の教会に
出向いて薬品の配給や服用の指導を行う。ドルフィンを中心とするフィリア、イアソン、ドルフィン、クリスのグループは人と物資の運搬、すなわち薬剤師と
薬草を拠点となっている港地域教会へ運搬することと、症状が緩和・解消して体力回復を必要とする患者に効果的な栄養補給が出来る食事の調理や配給・
運搬を行う。
 8人だけで国の全ての病人に対処しようとすると病人を全快するのが先かパーティーのメンバーの誰かが倒れるのが先かを争う無意味な競争になる
だろうが、薬剤師への技術指導を含めたことで病への対処が加速し、混迷と疲弊を強めていた人々−鎮魂祭はそのストレス解消の面もあると見ることが
出来る−への福音となった。
 ハルガンとの交流の中継地点としてタリア=クスカ王国と関係があるランディブルド王国からの使者、しかもこれまでと違い平均年齢が明らかに若いことが
人々の間で話題を呼び、回復した人々がお礼にと金銭や地域の名産品−織物や長期保存が可能な食料品が多いのはパーティーへの朗報−を持ち寄る
ついでに、パーティーに会うべく訪れるようになった。
 薬剤師に技術指導をしたことで調合や服用指導の手が減ったことで、港地域教会に駐留する形になっているシーナが応対する。リーナは見ず知らずの
他人とコミュニケーションを取る気にならないため勉強がてら薬剤の調合に専念することを盾にして表に出ず、シーナはリーナの性格を理解しているし、多種
多様な情報が自らやって来る可能性もあるから薬剤の調合をリーナに任せて応対する。

「…病の罹患に傾向が見えてきましたね。」

 行動を開始して1週間となった日の夕食の場で、イアソンが王国の地図を掲示する。イアソンはシーナに依頼するのと自らが所属するグループで様々な
角度から情報を収集し、病の根絶で重要となる感染源の特定を図っていた。1週間に及ぶ情報収集の結果が地図に赤い丸で表示され、ある傾向が浮かび
上がる。

「王城付近に特に多いな。」
「その赤い丸って何?」
「現或いは元患者に聞き取り調査をした結果の1つ。これは患者の所在地だ。」

 ドルフィンの見解に続いて基本的な事項を質問したフィリアにイアソンが答える。
赤い丸、すなわち患者の所在地は王城近辺に特に多い。パーティーが拠点としている港地域の患者は少数というのは意外な気もするが、タリア=クスカ王国
上陸後初めて患者を見た場所であり、それが教会の礼拝堂にぎっしり横たえられた状況だったためインパクトが大きく、患者が多いと錯覚していたと考え
られる。
 この数日は頻度が低下しているが各地に調合された薬品を配給しているアレンとルイは、感覚として患者は港地域より南北の方が多く、王城付近は更に
多いと感じていたが、それが裏付けられた形だ。

「続いては、こちらです。」

 イアソンは1枚目の地図を向かって左側にずらし、もう1枚の王国の地図を広げる。同一サイズの地図に記された赤い丸は、1枚目より明らかに特徴的な
傾向を示している。

「これも患者の聞き取り調査の結果で、患者が病の症状を発症する前に赴いたと記憶している場所です。」
「王城近くのジャングルか…。」

 ドルフィンの見解どおり、赤い丸は王城の南に広がる広大なジャングルに集中している。明らかにジャングル内部が病の発生源と見て取れる。

「これらの結果から、ジャングルに踏み込んだ住民が罹患したこと。住民は王城地域に多い−およそ過半数を占めるようですが、そのため患者数が王城
付近に多い傾向があり、2つの事項が関連性を持つことが分かります。」
「そうと分かったら話は早いじゃない。早速明日にでも踏み込んで…。」
「それは駄目だ。病の原因が特定できていない現状で不用意に踏み込めば、自分が患者になる恐れがある。」

 気の早いリーナの提案をドルフィンが却下する。
 薬剤の効果は抜群で、各地の教会を占拠していた患者は急速に解消されてきているが、未だに患者の発生は続いている。伝染性がないため患者に接する
機会が多いシーナのグループも今は感染していないが、発生源に踏み込めば自らが患者になる確率が格段に高まる。
 医療の禁忌事項の1つは自らが患者になることと患者になる因子を持ち込むことだ。昼間はグループに分かれて活動しても夕食時には宿に戻る。誰かが
感染すれば一気にパーティー全員が感染する恐れもある。患者の発生は続いているし、薬剤の調合は新規性が高いためか既存の調合方法よりやや
複雑なため、今も技術指導は続いている。それらが滞れば再び教会が患者で埋め尽くされることにもなりかねない。
 地理的な問題もある。ジャングルは高い位置まで木々が生い茂っているため昼でも薄暗く、熱帯地方特有の高温と湿度が混在する、人間には厳しい
環境だ。人間の出入りを拒むかのような地域だから、道路など整備されていない。最低でも地理感覚がある地元の住民を案内役として雇用する必要が
あるが、国中に蔓延する病の発生源を特定するためと伝えて承諾するとは思えない。

「今も患者は出とるんよね。」

 有効な対策が出ずに沈黙が支配しかけていたところに、クリスが何時もの調子で言う。

「何を今更…。そんなこと、あんたも知ってるでしょうに。」
「うん、知っとる。」

 呆れた様子のフィリアに、クリスはあっさり肯定して最近お気に入りのリンガ11)の入ったグラスをくいと傾ける。

「ジャングルに病気の原因がある確率が高いっちゅうんも分かる。やったら、患者が何を目的にジャングルに出入りしとるんか知る必要があるんと違うやろか?」

 クリスの言うことは至極もっともだ。治療に有効な薬剤が広範囲に普及してきたことで重症患者や死者は完全に途絶えたようだが、今も患者が地域教会に
運び込まれて来る。イアソンが纏めた調査結果でジャングルに踏み込んだ人が感染することがほぼ特定できた。ならそこからもう1歩踏み込んで何故感染する
危険を冒して、実際に感染してまでジャングルに踏み込むのかを知ることで、対症療法に留まらない有効な対策を取れる可能性が出て来る。

「その点は見落としていたな…。」

 席に戻っていたイアソンは痛いところを突かれたという表情で言う。しかし、ジャングルに出入りする理由を調査するのは容易だ。患者の発生は止まって
いない、すなわち住民のジャングルへの出入りは今も続いているのだから、各地域教会を回って聞き取り調査をすれば良い。
 現・元をひっくるめて多数の患者が出ているから、恐らく住民は王城南のジャングルに踏み込むと謎の病に感染することは承知しているだろう。にも
かかわらずジャングルに踏み込むものが今も後を絶たないとなれば、ジャングルに踏み込むことは生活の基幹部分に直結する理由である確率が高い。
必然性があってジャングルに踏み込む住民を狙って病が襲いかかるのだから、偶然としてはあまりにもタイミングが悪いし、人為的なものだとすれば非常に
悪質だ。

「もう1つ引っかかることがあるんやけど。」

 メンバーが各々今後の展開や行動を考えている中、普段どおりのペースで食事と酒を満喫していたクリスが手を止めて言う。

「ジャングルって、確かこの国と抗争しとる先住民が居るんやろ?なのになんでこの国の住民はわざわざジャングルに行くんやろ?わざわざ狙われに行くような
もんやのに。」

 クリスの疑問は病の根源に迫るために必要なもう1つの重要な視点だ。
 幸か不幸か病の蔓延により、長く続いているという先住民との抗争は事実上休戦状況にある。しかし、先住民から見れば、この国の住民は先祖代々の
土地を浸食し、更に自分達を追いやろうとする憎き敵だ。その敵が生活の根幹に関わるためとはいえ自らの領域であるジャングルに踏み込んで来ることは、
先住民には許し難い行為と映る筈だ。長年先住民と抗争を続ける国の住民だから、ジャングル=先住民の生活圏と認識していないとはとても思えない。
危険を承知でジャングルに踏み込み続ける理由を知ることで、先住民との住み分けなど円満な解決も見込める。
 嘘の情報でアメリカ軍に蹂躙された後のイラクや、エジプトやチュニジア、シリアに見られるように、内戦や抗争は長引くほど国や住民を疲弊させ、国家機能
そのものを弱体化させる。そのため、「自国の安全」を口実とした外部からの干渉を招きやすくなる。この世界では他国への不干渉が不文律で存在するが、
確約にはならない。更なる混乱を未然に防ぐためにも、タリア=クスカ王国の混乱の根源である病の源泉を突きとめ、安全な形で根絶することが求められる。
それはひいては、ハルガンを襲った応答途絶の原因やザギを先兵とするガルシア一派の野望を掴むことにもなり得る。手探りの状況は変わらないが、唯一の答えが用意されていない命題に取り組むのは生きることにおける必然事項なのかもしれない。

 同じ頃。ジャングルのある地点の奥深い場所では、魔術の実験が継続して行われる傍ら会合が行われていた。
 ランプが照らす円卓を、白のローブ姿の者が数人と黄金のマントで首から下をすっぽり包んだ仮面の人物1人が囲む様は、良からぬことを企てている
雰囲気を充満させている。

「対策が取られて来たようだ。」

 白のローブ姿の1人が言う。

「事前の情報どおり、医薬に長けた者が居て、その者が早々に効果的な治療薬を調合・普及させたと見るべき。」
「伝染性を組み込めれば良いのだが、魔術での実現の見通しは立たない。別の策を講じるべき。」
「現在、より症状を重篤にする効果が実現しつつある。そちらを実践投入するのはどうか。」

 この部分だけでも恐るべき内容だ。魔術の悪用は力魔術でも衛魔術でも厳禁である。性質上殺傷能力がある力魔術の総本山である国際魔術学会の倫理
憲章では、力魔術の対人行使は犯罪行為の抑止に限定されること、一定以上の威力を有する魔術の発動は結界内に留めることなどが定められている。殺傷
能力がない衛魔術においては、総本山であるハルガンが定める研究規範において殺傷能力を有する魔術の創造自体が厳禁とされている。この者達の
行動や策動が倫理憲章や研究規範に違反することは明らかだ。
 しかもアレン達パーティーの動向を把握している。そして住民を実験対象としか見ていない白のローブ姿の者達の議論を何ら諌めることなく無言で聞く
仮面の人物の存在。アレン達パーティーの行く先々で暗躍し、そこで権力や金銭などの欲に眩む者の心に入り込み、そこで暮らす罪のない人々を無差別に
巻き込む者と言えば、やはりあの男の存在を思い起こさざるを得ない。

「現在の仕様を強化するのも当面の方針としては有効だが、そこからもう一歩踏み出す必要がある。」

 白のローブ姿の者達の議論がひと段落したところで、仮面の人物が徐に発言する。

「どのように?」
「それを探るのが研究の醍醐味というものではあるまいか?物資は問題ない。必要なものは、そなたらの情熱だ。閃きを研究の種とするなら情熱は研究の
養分。試行錯誤の山の中から秀でた研究の種を探し、情熱を以て成果という大輪の花を咲かせる。それが研究であり、人類の進歩の花道ではないか?」

 言葉だけ聞くなら非常にもっともな仮面の人物の提言に、白のローブ姿の者達は頻りに頷く。この者達が仮面の人物の提言に感銘することは、症状の
重篤化や新規の症状導入などアレン達パーティーの負担とバシンゲンの人々の苦しみを継続させることに繋がり、研究なるものの進展次第で更なる事態の
悪化を引き起こす危険性がある。
 人里離れたジャングルの奥地に籠って悪意が充満する研究を続けるだけなら、最悪この場に居る者達が息絶えるだけで済む。だが、クリスが口にした
疑問に代表されるバシンゲンの人々の事情が、否が応にも悪意溢れる研究にバシンゲンの人々を、そしてアレン達パーティーを巻き込もうとしている…。
 クリスがふと口にした疑問から浮上した謎、すなわち人々が病に苦しむのを覚悟或いは承知の上で、そして先住民との衝突を覚悟或いは承知の上で
ジャングルに踏み込む理由は、現在或いは元の患者、適当に見定めた住民からの聞き取りで直ぐに判明する。

「英雄の墓参り、か…。」

 ドルフィンのグループで聞き取り調査の中心となっているイアソンが、珍しくしんみりした口調で呟く。様々な危険を承知でジャングルに赴く理由を語る
住民は何れも強い尊敬を露わにして熱っぽく語った。英雄の偉業を語り出し、それが周囲の人を巻き込んで英雄讃美の大合唱になることもあったくらいだ。
 カーン・グラハム。バシンゲンの人々が英雄と称えるその人物の業績は、イアソンが問わずして住民の方から熱っぽく説明された。
 まだ人類が生存圏を確立しておらず、他種族や魔物との抗争が日常だった遠い昔。タリア=クスカ王国をはじめとするトナル大陸南部の諸国はまだ存在
せず、トナル大陸北部からの開拓者や移民がジャングルを切り開き、都市国家に至らない集落を構成して際限ない抗争の日々を生きていた。先住民との
争いはこの頃から発生していたが、能力で勝る他種族や魔物との抗争に打ち勝つのが最優先だったため、散発的な諍い程度だったという。
 混沌としていたトナル大陸南部に、巨大なグリーンドラゴンが現れた。自ら「ナーガ」と名乗ったこのグリーンドラゴンの下にそれまで種族ごとに対立していた
魔物が集い、残されたエルフなど人型種族と人類に攻撃の矛先を集中させた。
 ナーガは人型種族と人類に隷属か死かの二者択一を迫り、隷属した者はジャングルの最深部に巨大な砦を建造するためにこき使われ、隷属しなかった
者は即座に殺された。隷属した者も酷使され続けるか酷使に耐えかねての反乱を弾圧されるかの二通りで続々死に絶えていき、人型種族と人類の絶滅は
時間の問題となった。
 そこに黄金の鎧を身に纏い、炎を纏った聖剣を携えた男−カーンが降臨した。熱帯地方特有のスコールの源泉である厚い雨雲を黄金の光が貫き、地上に
降り立った様はまさに「大戦」の終幕の始まりそのものだったという。カーンは魔物の軍勢に戦いを挑んだ。強力な力魔術も扱うカーンの前に、魔物はなす術も
なく続々と倒されていった。
 カーンはナーガと対峙し、炎が荒れ狂う凄絶な闘いの果てにナーガを倒した。
 カーンは生き残った人型種族と人類に言った。

人型とは神に似せられた姿。すなわち生まれながらに神の寵愛を受けている証である。
その存在が神に取って代わろうとしたことで、地獄の底から悪魔の軍勢が躍り出た。
汝らはまたしてもその愚策を繰り返そうというのか?
今一度悔い改め、己の姿に現れる神の寵愛に感謝せよ。

 人型種族と人類、先住民と移民は住み分けにより平穏を手に入れた。カーンはそれを見届けた後、何処へと去って行った。
 人型種族と人類はカーンへの感謝と犠牲になった人々の鎮魂と自らへの戒めのため、ナーガの砦を改修してモニュメントとした。
 長い年月が経ち、カーンの寿命も尽きたと思われる頃からモニュメントは墓とされ、人々は今も墓参りを欠かさない。そこでは日頃争う先住民も矛先を収め、
共にカーンに感謝して祈りを捧げている。数年ぶりに催されている鎮魂祭は犠牲になった遠い祖先の魂と、人々を救ったカーンの魂を慰めるための最も
重要な祭事であるという。
 地域によって患者の数に偏りがあるのは、生活手段の違いによるものだと思われる。港は船舶の出入りで港湾労働者が交代で対応する必要があり、その
作業が主に不定期で時間もかかりがちであること、南北は耕作や酪農中心で港よりまだ時間の融通が利くこと、王城付近はカーン廟に近いことと貴族など
富裕層が多く、時間の余裕が多いことが、患者の数の偏りとして表面化したらしい。
 「大戦」後に出現したエルフやドワーフなど人型種族は知能が高く、決して好戦的ではない。現にクリスとルイはエルフの血統を持つし、特にルイは母が
ハーフのダークエルフだ。人類と人型種族の交配はこの世界ではそれほど珍しいものではない。その代わり人型種族は生活圏意識が非常に強く、無遠慮に
生活圏を拡大する人類との間に諍いが起こる。
 そして伝説で語られる英雄は間違いなくセイント・ガーディアン。まだ人口が少なく力魔術が開発途上だった時代、人型種族や人類は基礎能力に勝る
他種族や魔物に押され、生き残ることが精一杯だったという。セイント・ガーディアンはクルーシァで力と技を伝承しながら世界各地に飛び、人類や人型
種族を救っていたのだろう。人々を全滅の瀬戸際から救い、成す術もなかったドラゴンを筆頭とする魔物の軍勢を退けたセイント・ガーディアンが今も人々の
尊敬を集めるのは想像に難くない。
 だが、長い年月の中でカーンの戒めの言葉は都合良く改変され、先住民との争いが日常化している。墓参りが儀式と化し、戒めとの矛盾を棚上げして
墓参りの時だけは平和や共存をアピールする様をカーンが見たらどう思うだろう?もし、謎の病が過去の教訓を忘れた人類に対するカーンの怒りであると
すれば、人々はどうするだろうか?
 強い尊敬と深刻な矛盾が並存する構図は、ランディブルド王国と類似している。これは人間の業であり、人間が人間である限り業は肥大し悪魔を呼び
寄せるのかもしれない。イアソンはそう思う。

「遠い昔に危機から救った英雄の墓参りとあれば、病に侵されるのを覚悟の上でジャングルに踏み込むわけだな。」
「謎はあっさり解けましたが、この事情では危険や被害拡大を持ち出してジャングルへの立ち入りを制限することは不可能ですね…。」
「それが問題だな。このままでは事態の収拾が見込めん。一度感染源から人々を完全に隔離してからでないと、根絶も出来ん。」

 強い尊敬を背景として習慣化している墓参を禁止・制限するのは困難だ。しかもアレン達パーティーは謎の病の治療に貢献しているとはいえ、遠い異国
からの旅人。信仰に近い人々の習慣を禁止・制限できるほどの信用や地位はないと思った方が良い。だが、ドルフィンの言うとおり、このままでは発生する
患者に投薬を繰り返すだけの泥沼に陥る危険がある。感染源を特定できてもそこへの立ち入りを禁止・制限しなければ患者の発生は止まらないし、感染源を
根絶するのも難しい。今は伝染性がないらしいが、今後伝染性を持つ恐れはあるし、伝染性を持つと特定できた感染源を根絶しても別の場所に感染源が
移動するだけのいたちごっこに陥る。また、パーティーに感染することになると本来の目的であるハルガンへの渡航が遅れるなど、現状の維持継続は様々な
危険を孕んでいる。
 そもそも、病が病原菌ではなく力魔術とも考えられるが、その特定は出来ていない。これが特定できていない状況で感染源に踏み込んでも、ミイラ取りが
ミイラになるだけだ。これまでの調査で、病は種族や体質、年齢などに無関係に罹患することが分かっている。パーティーも対策なしに踏み込めば感染の
確率は高い。

「膠着状態と言えますね。」
「国王に謁見してカーン廟への参拝を一時禁止するよう依頼するのが手っ取り早いが、それは俺達では不可能だ。」
「ルイ嬢を通すしかありませんね。」
「そうだな。宿に戻ってからアレンを介して依頼するか。」

 活路はやはりランディブルド王国教会全権大使のルイにある。タリア=クスカ王国はトナル大陸南部でランディブルド王国と国交を有する数少ない国の1つ。
ランディブルド王国教会が任命した全権大使は外交使節としての権限も有するから、国王への謁見もかなり容易になるだろう。ルイが権力を行使することに
消極的になることも予想されるから、アレンを介するのが無難だ。

「炎を纏った剣を持ったセイント・ガーディアン、ねぇ…。」
「どうかしたわけ?」

 ミンブー12)を買い食いしながら呟いたクリスに、フィリアが尋ねる。
クリスは環境への順能力が相当高いらしく、土地柄か素材の形をそのまま利用することが多いため見た目がややグロテスクなものが多い店の商品でも、躊躇
なく口にする。「同じ人間が食べとるもんやったら、あたしも食べられへんわけあらへん」とはクリスの弁。

「んー。もしかして、そのセイント・ガーディアンが持っとった剣ちゅうのはアレン君の剣なんと違うかな、って思てな。」
「アレンの剣?確かにセイント・ガーディアンのザギが所有権を主張してるのは間違いないけど…。」
「そのザギと、ヘブル村からフィルへの道中で遭遇して対峙したんやけど…、そういや、あんたもあの女のセイント・ガーディアンにくっついて来たから多少は
見とったやろ?」
「ああ、そういえばそうね。」

 帯同していたルーシェルが追撃していたのが他ならぬザギだし、ルーシェルはザギを粛清すべくアレン・クリス・ルイとザギの戦いに割って入ったからその
一部は上空から見ていた。だが、自分が地獄のような環境と悪魔崇拝者や魔物との交戦を続けていた最中に、ルイがアレンを伴って帰省していて、しかも
アレンの心を完全に掌握していたことは、フィリアにとって許し難い抜け駆け行為であり、無意識にランディブルド王国での日々と共に記憶から抹消しようと
している。

「しっかりしぃや…。そん時、ザギに斬りかかったアレン君の剣が赤く光っとったんよ。あん時は光っとるくらいの認識やったけど、今思うとあの剣は不完全
燃焼っちゅうのか、炎を出せるのに抑え込まれとって出せへんっちゅうのか、そんな感じなんかと思う。」
「…そういえば以前、ドルフィンさんはアレンの剣に強い封印が施されている、って鑑定したっけ…。」
「封印か。それやと、炎を出せんと赤く光るところで留まっとったんが分かるわ。それやと、アレン君の剣は本来の力のごく僅かしか出せてへんっちゅうこと
やな。」
「それはそうだけど、それと今の課題と何か関係あるわけ?」
「関係あるんかどうかってなると今のところ直接は関係あらへん。せやけど、恐らくアレン君の剣を持っとった遠い昔のセイント・ガーディアンがこの地をドラゴン
から救った英雄として今でも崇められとるんやったら、その剣の封印を解いてアレン君が使うことで、英雄の再来とかでこの国の人の扱いが一気に変わるんと
違うかと思う。」

 クリスの言うことには一理ある。
アレンの剣−フラベラムを含む7の武器で今のところ所在が明確なのは、アレンが持つフラベラム、ドルフィンが持つムラサメ・ブレード、ルーシェルが持つ
エクスカリバー、そしてゴルクスが持つ斧だ。残る3つの所在は不明だが、この国に伝わる伝説に現時点で最も近いのはアレンの剣だ。アレンの剣が燃え盛る
炎を伴い、「英雄の力を受け継いだ者」としてカーン廟への立ち入り禁止を宣言すれば、恐らく王家に依頼せずとも国民は従うだろう。そうすれば解決は
大幅に早まる。
 希望的観測が過ぎると言えばそれまでだが、アレンの剣の封印を解くことは、何れ直面するザギとの直接対決に向けて不可欠の条件でもある。あの対峙の
際、アレンの剣はザギの鎧を斬ることが出来た。しかし、斬るだけでは無限の自己再生能力(セルフ・リカバリー)を齎す鎧を身に纏うザギを倒すには及ばない
だろう。7の武器の力を完全に解放することも、この旅の何処かで手掛かりを見つけて実施すべき課題だ。
 前でフィリアとクリスの会話を聞いていたドルフィンとイアソンは、クリスの着眼点に内心驚く。
クリス自身はハルガンの応答途絶の原因を突き止めるとか、不気味な胎動を続けるクルーシァを早期に打倒するとかは特に考えていない。航海中に夕食を
共にしたイアソンが少し聞いた限りだが、ルイの護衛としてヘブル村を出てアレンをはじめとする異国の人間と知り合い、様々な出来事を体験したことで、
このまま村に戻って一生を過ごすより自分の生きる世界を探そうと思って今回の渡航への同行を決めたらしい。
 それだけ聞けば安直との誹りを受けかねないが、クリスは幼い頃からルイに味方したことで両親以外は孤立無援の時期を長く過ごしたことで、表には出ない
ものの深刻な心の傷を負ったことは想像に難くない。ルイが村の聖職者を脱してアレンとの新しい人生を見出し、着実に歩み始めたことでクリスはルイを護る
という生き甲斐でもあった使命から解放されると同時に、心の傷の源泉であるヘブル村で生きる理由はなくなったと言える。見た目で馴染み難いやや
グロテスクな食べ物も難なく受け入れ、パーティーの誰よりも早くこの国の環境や文化に順応しているのは、クリスが自分の生きる場所を探している表れと見る
ことも出来る。
 パーティー全体の目標からは逸脱しているが、パーティーに同行することで自分の生きる場所を探す旅が出来るという認識はきちんと備わっているから、
役割分担を怠ることはない。それに、パーティー全体の目標から一歩引いた立場に居る分、思いがけない視点から観察した見解や提言を出す。今の行動も
元々はクリスがふと口にした疑問が発端だし、それより前にもクリスの疑問や意見が契機になったことがある。
 一見何も考えていないようで、実は客観的な視点から冷静に観察し、臆することなく疑問や意見を口に出来るクリス。ルイの親友としてルイを護るために
武術道場に通って鍛えたというが、鍛えられたのはザギをも滅多打ちに出来る拳と蹴りに代表される肉体だけでない。ドルフィンとイアソンは、クリスが今後も
パーティーに欠かせない一員であり、意外なところでパーティーの危機を救うこともあると思う…。

 同じ頃、アレンとルイは連れ立ってヴィルグルの町−バシンゲンの南にある南地域教会管轄の町村の1つを歩いていた。
リーナとシーナが調合した薬剤を南地域教会に届けたことで、今日は特にすることがなくなった。薬剤師への指導で配達しなくても薬剤が行き渡るように
なり、他の2つの地域教会にも届けた薬剤は、夜間の発症など緊急時や体力の低下などで症状が重篤化した患者に即投与できる在庫として支給される
ものだ。最初の頃は教会だけでなく、広場に設けられた仮設の小屋にも見られた患者の姿はなくなり、日々の生業である農業と牧畜の傍ら、鎮魂祭を楽しむ
人々の平穏な光景が見られる。
 「4つの地域教会に薬剤を届けたら好きにしなさい」「宿には戻るようにね」とリーナとシーナから言われて、最後の届け先となった南地域教会への配達を
終えたことで、アレンとルイは冷やかし混じりのリーナとシーナの勧めを受け入れることにした。
 ドルゴを使うとは言え、高温多湿の気候と高低差が大きい場所が多いことが重なると、ガラス瓶に入れられた薬剤を運搬するのはかなりの神経を使う。
長時間車を運転する経験があれば、これがかなり大変であることや疲労が蓄積することは想像できるだろう。

「改めて見ると、見晴らしが良いね。」
「海岸線も綺麗に見えますね。私達が居る宿は…あの辺りでしょうか。」

 町を南北に貫く大通りから少し離れたところにある展望台からは、タリア=クスカ王国のかなりの部分が一望できる。拠点となっているバシンゲンは海岸線も
明瞭に見えるし、目を凝らせば停泊している大小の船も見える。少し多めの雲が西に傾いてきている太陽に横から照らされることで生じるコントラストと、空と
海の蒼と大地の多くを占める深い緑は、南国ならではの美しい風景だ。
 バシンゲンでも聞こえたドン、ドン、ドン…という太鼓のリズムが響いて来る。このリズムが次第に変化していくのが不思議だったが、薬剤の配達を終えて
聖職者や町の人に理由を聞いて納得した。謎の病に罹患するのを覚悟でジャングルに踏み込む理由でもあるカーン廟。太鼓のリズムは混沌とした時代の
生存競争、そこに突如現れた巨大なグリーンドラゴンであるナーガ、ナーガを筆頭とする魔物の支配と窮地に追い込まれる人類と人型種族、全滅の瀬戸際
から人類と人型種族を救った黄金の剣士カーンの降臨、カーンとナーガの壮絶な死闘、そしてカーンの勝利。それらを太鼓のリズムと踊りで表現すると共に、
ナーガの恐怖支配で犠牲になった人々の魂を表し慰めるためだという。

「人々を全滅から救った遠い昔のセイント・ガーディアンは、今も語り継がれてるのか…。」
「片や英雄として祭られ、尊敬の色褪せない人物。片や世界各地で暗躍して良からぬことを企てる人物。同じセイント・ガーディアンでありながらあまりにも違い
ますね…。」

 ハルガンの航路途絶と重なるように発生した謎の病にもザギの影を思わざるを得ない。軽く1000年を超えるであろう長い時を経ても英雄として人々の尊敬を
一身に集めるカーンと、人々を自分の駒や踏み台、ひいては実験材料としか見ないザギとでは、あまりにも違う。
 セイント・ガーディアンは「大戦」の混乱期に現れた悪魔の王を筆頭とする悪魔の軍団を滅ぼした7の天使の力と技を継承する、言わば世界の最終安全
装置。その選抜と育成には慎重に慎重を重ねてもおかしくないのに、ザギのような安全装置が起爆装置になるような者が継承したのは何故か?だが、ザギが
セイント・ガーディアンであるのは動かしようのない事実。ザギが所有権を主張する自分が持つ剣フラベラムを渡すようなことになれば、ザギは更に猛威を
ふるうだろう。
 ザギに剣を渡すことは自分の生命を絶たれるのと等価と見て良い。所在が掴めなくなって久しい父ジルムを救出するためにも、そのジルムにルイを紹介
するためにも、ルイと将来の夢を共有し続けるためにも、ザギに屈することはあってはならない。
 ザギの臭いが立ち込める謎の病の根源を断つことが、当面のパーティーの目標であり、現時点でザギの居場所を突き止める可能性が高いことでもある。
だが、相手が見えない刺客である病気である以上、迂闊なことは出来ない。勝手にカーン廟に近づいたりすれば、パーティーのみならずバシンゲンを
大混乱に陥れる恐れが高い。ザギの臭いを間近で感じながら何も出来ないことがもどかしくてならない。

「先が見えにくい状況が続きますけど…、このような時ほど焦らず着実に基盤を固めつつ進めて行くのが王道かつ最も近道だと思います。」
「そうだね。迂闊なことをしたらザギの思う壺だろうし。」
「今のアレンさんは独りじゃありません。私も一緒です。」
「それが一番心強いよ。」

 やや緩やかになってきた日差しを受けながら至近距離で見つめ合うアレンとルイは、揃って端正な顔立ちなのもあって非常に絵になる。もっともフィリアが
見れば猛烈に怒り狂うのは間違いないが。こうなることを見越して2人に自由行動を進めたのなら、シーナのみならずリーナもかなり気が利くと言う他ない…。

用語解説 −Explanation of terms−

11)リンガ:米を発酵させ、蒸留することで作る酒。我々の世界の泡盛に近い。芳香と高めのアルコール度数(20度)が特徴的な、タリア=クスカ王国では
一般的な酒。


12)ミンブー:ぶつ切りにした魚の切り身を数個串にさし、塩焼きにしたもの。たれを付けて焼くタイプのものはカムと言う。Act1-2に登場したギジュの串焼きと
同じく、露店などで気軽に買えるタリア=クスカ王国のファストフードの1つ。


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