Saint Guardians

Scene 4 Act 1-2 調査-Investigation- 臭いを嗅ぐうち分かれる見解

written by Moonstone

 アレン達一行がラマンの町に着いた日の翌日。
酷い船酔いから回復の気配を見せ始めたものの、まだ水分補給がやっとという状態のフィリアとリーナを除いて、アレン、ドルフィン、そしてイアソンの
3人は、朝食後、『赤い狼』情報部第1小隊を見送ってから、宿のドルフィンの部屋でラマン教内紛に関して収集した情報のアレンへの説明−アレンは
フィリアの看病で情報収集どころではなかった−と整理に取り掛かっていた。

「神殿の一般公開は分からなくもないけど、秘宝を一般公開してどうするんだろ?金稼ぎが目的かな?」
「そうかもしれない。だけど、改革派を名乗る集団がこれまでの慣習を破って一般僧侶を中心に勢力を拡大しているってところが臭いんだ。」
「ま、兎に角、今朝方戻ってきたこいつらが収集した情報を聞いてみるとするか。」

 ドルフィンは自分の革袋から掌に乗る程度の大きさの水晶玉と小指ほどの大きさの水晶玉を取り出して床に並べ、大きな方の水晶玉に自分の肩に
留まっていた3匹のパピヨンのうち1匹の羽を掴んで置き、目を閉じて呟くように意味不明の呪文を唱える。
すると、パピヨンが空気に溶け込むように消え、水晶玉が交互に赤く瞬くように輝き始め、会話が聞こえて来る。

「既に守旧派の戒律中心主義は限界に達している。このままではラマン教は『一部の高潔な僧侶しか触れられない隠密宗教』という批判を浴びかねない。」
「指導部は守旧派が多数を占めているが、君達一般僧侶では我々改革派が多数を占めている。君達の理性ある思考と行動に改めて感謝する。」
アン・ベールガ5)!」
「また、町民の間でも我々改革派の主張が浸透している。これは常に町民の目線に立ち、ラマン教の教義を説く君達一般僧侶の努力の賜物だ。
守旧派の一般僧侶は我々改革派を批判しているが、多勢に無勢、それに我々改革派の道理ある主張の前には無力だ。しかし、今の活動を緩めることなく、
引き続き我々改革派の主張の浸透にあたってくれたまえ。」
「アン・ベールガ!」
「ラマン教の明日に神々の光あれ!我々改革派に神々の恵みあれ!」
「アン・ベールガ!」
「アン・ベールガ!」
「アン・ベールガ!」
「・・・さて、秘宝の一般公開に向けての活動だが、皆知っているように、秘宝は神殿奥の洞窟の最深部に隠されており、更にその入口は指導部の許可
無しには開けられないようになっている。秘宝の一般公開に向けて、我々は如何なる手段も辞さない構えで臨まなければならない。」
「しかし、我々改革派が武力を行使したという情報が町民に伝われば、我々改革派が疑われることになるのでは?ラマン教の教義は『戦うなかれ、
殺すなかれ』が中心の筈。」
「もはや教義に束縛されていての行動では、ラマン教に未来はない。我々改革派は自らの正当性を実証するために、教義の束縛から自らを
解き放たなければならない、否、『戦うなかれ、殺すなかれ』というラマン教の教義は、我々改革派の道理ある主張を実践に移す上で障害になるものでは
ない。神々に対抗する悪に対して立ち向かい、教義を守ることはラマン教の教義の中核をなす。守旧派という神々の教義を狭く解釈する悪に対して
立ち向かうことは、ラマン教の教義の中核を実践することと等価ではないだろうか?」
「アン・ベールガ!」
「しかし、守旧派が多数を占める指導部に武力で臨むのは、我々改革派ではあまりにも困難だ。まかりなりにもラマン教はキャミール教と同様、衛魔術を
使用出来る。守旧派が多数を占める指導部は我々も含め高度な衛魔術を使用出来る。それを突破するには、それを破れる攻撃力を持つ剣士が必要だ。」
「しかし、首都カルーダの魔術大学に要請しても許可が下りるとは考え辛いのでは?」
「問題はそこだ。カルーダは魔術や医学、薬学には秀でているが、剣士のレベルは並以下だと言わざるをえない。町民や旅行者、或いは傭兵を当たり、
指導部の衛魔術を打ち破る力を持つ剣士を探し出す必要がある。そのためには町民と同じ目線に立てる君達一般僧侶の役割が不可欠だ。何としても
優秀な剣士を探し出して欲しい。」
「アン・ベールガ!」
「道理は我々改革派にある!総員の更なる決起を今、ここに呼びかける!」
「アン・ベールガ!」
「ラマン教の明日に神々の光あれ!我々改革派に神々の恵みあれ!」
「アン・ベールガ!」
「アン・ベールガ!」
「アン・ベールガ!」
「それでは、これにて散会とする。」

 その言葉を最後に、会話はぷっつりと途絶えた。水晶玉の輝きも小さくなり、やがて止まってしまった。
アレン達はうん、と考え込む。
聞いた限りでは改革派の主張も理解出来なくもない。
だが、自分達の実力行使を教義を使って正当化しているあたりは何かきな臭いものを感じざるをえない。
それほどまでに改革派が秘宝の一般公開にこだわる理由は何か。ここに謎の真相が隠されているような気配がする。

「・・・改革派は実力行使に踏み切る構えらしいな。」
「ええ。ラマン教指導部は高度な衛魔術を使用出来ます。彼らが言うところの守旧派が多数を占める指導部を相手に、同じ衛魔術では戦えないと
判断していますね。もっとも衛魔術自体、物理的ダメージを与える魔法はありません。暗黒属性や毒属性を持つ魔物に対する非常に有効な浄化系魔術は
ありますが。彼らが槍や剣を持って俄(にわ)か剣士になったところで、指導部の衛魔術に弾き返されるのがオチでしょう。」
「・・・いっそ、俺達が改革派と同調してラマン教内部に乗り込むのはどうかな?」

 アレンの思い切った提案に、ドルフィンとイアソンが意外そうな表情でアレンの方を向く。

「俺も一応剣士だし、イアソンは魔道剣士。ドルフィンは敵なしの力を持つ魔道剣士。条件は揃ってる。そして改革派の真の目的を聞き出してその後の
対応を決めるのはどうかな、って思って。」
「なかなか面白い提案だな。だが、危険を伴うことは否定出来ん。」
「どうして?」
「改革派の主張に同調して実力行使に出て、その結果がとんでもないことだったら、取り返しのつかないことに加担したことになる。今聞いたのは改革派の
会話だけだ。所謂守旧派の方の主張にも耳を傾ける必要がある。」
「秘宝っていったって、せいぜい古代から伝わる剣や教義の異色な部分じゃないかな?ハーデード山脈の古代遺跡みたいに、古代文明を滅亡に追い込んだ
強力な武器とかだったら話は別だけど、一般公開するっていうレベルなら、そんなことはないと思うけど。」
「古代文明の遺産は必ずしも大きなものとは限らん。だからこそ所謂守旧派は改革派から閉鎖集団とかのそしりを受けても公開を阻んでいるのかも知れん。」

 ドルフィンは慎重な姿勢を崩さない。長年の戦いや戦略の経験故だろう。
イアソンも腕組みをして考え込む。
 アレンの考えはラマン教の内紛の真相に足を踏み込むという観点からすれば、大胆ではあるが最もラマン教内部に踏み込みやすい手段ではある。
しかし、改革派が実力行使も辞さないという強硬な態度である中に飛び込むことは、改革派を有利にしてしまうだけかもしれない。
守旧派の主張をまだ聞いていない以上、改革派の主張だけ聞いて判断するのは危険を伴う。

「・・・とりあえず、所謂守旧派との接触が必要ではないでしょうか?」
「そうだな・・・。それから判断しても遅くはあるまい。」
「俺は大丈夫だと思うけどなぁ・・・。」
「アレン。物事が二手に分かれている状態で一方の主張だけ聞いて判断するのは、道を踏み外すことになりかねん。ここは両方の主張を聞くのが先決だ。」
「そうだね。フィリアとリーナもまだ船酔いが治ってないし。」
「酔い止めの薬は第1小隊から譲り受けた。それに顔色も良くなってきてるから、今日一日あれば動けるようになると思う。」
「よし、情報収集を始めよう。昼食はそれぞれ携帯食を買って食べて済まそう。日が沈んだら此処に集合だ。イアソン、お前はアレンと組んで町の南側を
あたってくれ。俺は北側をあたる。」
「分かりました。しかしリーナとフィリアはどうするんですか?」
「俺が召喚魔術を使って護衛を付けておく。俺達以外が部屋に入ろうとすれば問答無用に殺すように命令しておく。勿論、ドアには鍵をかけて従業員には
主人を通して中に入ろうとしないように注意するよう伝えておく。」

 三人は立ち上がり、アレンとイアソンは先に部屋を出ていく。
ドルフィンはリーナの居る部屋にリトルドラゴンを、そしてフィリアの居る部屋にはオーディンを召喚して、それぞれ昨日と同じ命令をしてそこを後にする。
ドルフィンは厳しい表情のまま、階段を下っていく・・・。
 先に宿を出たアレンとイアソンは、町の大通りに出て南へ向かって進んでいく。
町民からの情報収集は初めての経験だけに、アレンはイアソンについていくしかない。
イアソンは人を避けつつ辺りをきょろきょろと見回している。何かを探しているようだ。
ここで余計な質問をしてイアソンの集中を妨げては悪いと思い、アレンは黙ってイアソンについていく。
 10ミムほど歩いたところで、遠くの方から喧騒らしい声が聞こえて来る。
何を言っているかまでは人込みの影響で聞き取れないが、かなり激しい口調が混じっていることは分かる。
イアソンは次第に足を速める。喧騒が聞こえる方向へ向かうつもりなのだろう。
アレンはイアソン同様人を避けつつ、イアソンについていく。人を避けるのはアレンにとって何ら苦ではない。
 南に進むにつれて、喧騒が次第に一つ一つ輪郭を帯びて来る。喧騒はどうも野次らしい。
更に進んでいくと、喧騒の原因が見えてきた。説法している僧侶を取り囲んで町民や僧侶が野次を飛ばしているのだ。
恐らく所謂守旧派の僧侶の説法に対して、改革派の僧侶やそれを支持する町民が野次を飛ばしているのだろう。
イアソンは何と剣を抜いて僧侶を取り囲む群集に向かっていく。
まさか実力で排除する気か、と思ったアレンは慌ててイアソンを止める。

「イアソン!幾ら何でも一般人に武器は拙いよ!」
「大丈夫。威嚇するだけだから。それでも退かないようならこっちにも考えがあるけどね。」

 イアソンはアレンに笑みを見せて、群集に向かって足を速めて突進していく。
そして野次を飛ばす群集に向けて大声を上げる。

「止めろ!一人に対して大勢で攻撃するのは卑怯だぞ!」

 イアソンの声で、群集が野次を飛ばすのを止めて一斉にイアソンの方を向く。その目には明らかに敵意が篭っている。
だが、イアソンは怯むことなく群集に向けて剣を構える。その目は一人前の剣士のそれだ。
一行に加わるまで反政府組織『赤い狼』の若き中央幹部の一人として、情報収集や秘密作戦を遂行する情報部の一小隊を率いて前線で活動してきたのだ。
群集の敵意に怯むようではとても務まらない。

「文句があるならかかってこい。遠慮は要らんぞ。」

 臨戦態勢に入ったイアソンに対して、町民や改革派らしい僧侶は手を出しあぐむ。
彼らは素手であるし、重厚な雰囲気が漂うイアソンを前にして、野次を飛ばす気はないらしい。
間違って野次を飛ばして斬り殺されては敵わない。そう感じているのだろう。
群集は口惜しそうな視線を向けつつも、少しずつその場を後にしていく。
 取り囲まれていたのはアレンやイアソンと同じ年頃の若い僧侶だった。
ラマン教の所謂守旧派の僧侶として説法をして、改革派の僧侶や改革派支持町民からの野次を一身に浴びていたのだ。
アレンとイアソンは武器を振りかざすことなく、唯ひたすら教義を説いていた若き僧侶に感銘を感じずにはいられない。
イアソンは群集が立ち去ったのを確認して剣を仕舞い、若い僧侶に向かって胸の前で両手を合わせて頭を下げる。

「無事だったようですね。何よりです。」
「助けて下さって、ありがとうございます。」

 若い僧侶も胸の前で両手を合わせて頭を下げる。
様子を見ていたアレンもイアソンの背後から顔を出して、同じように胸の前で両手を合わせて頭を下げる。
イアソンは若い僧侶に歩み寄って声量を落として尋ねる。

「貴方は改革派が言うところの守旧派の僧侶ですね?」
「はい。改革派の僧侶は我々反改革派の僧侶の説法を見つけては野次を飛ばし、それで改革派の町民を集めて扇動し、野次を浴びせて退散させようと
するのです。」

 若い僧侶が答える。話を聞いたアレンは苦々しい表情をする。

「改革って自称するわりには、せせこましいやり方だね、イアソン。」
「まったくだ。ところで・・・聞きたいことが幾つかあるんですが、宜しいですか?」
「はい。ご遠慮なく。」

 若い僧侶の了承が得られたことで、イアソンは尋ねる。

「改革派を名乗る集団は、どうして神殿の出入り自由化や秘宝の一般公開を主張するようになったんですか?」
「それが良く分からないのです。一部指導部が3年前くらい前に分派活動を始め、今貴方がおっしゃた主張を翳して、一般僧侶を対象に指導部の同意なく
特別説法会を頻繁に開催して勢力を拡大していったんです。神殿の出入り自由化や秘宝の一般公開という言葉に惹かれた町民、特に若い年代層が
分派活動を支持するようになり、我々反改革派の説法を妨害して町民から我々の主張や警告を遠ざけているのです。」

 この辺りの情報は、イアソン自身が昨日改革派の僧侶から聞き出した情報と同じである。
だが、警告という言葉に引っ掛かりを感じてイアソンは質問を続ける。

「警告、と先程おっしゃいましたが、どういう警告なのですか?」
「秘宝は古代から許された者しか見てはならない、と言い伝えられているものなのです。『愚かなる者、無知なる者、秘宝を見るべからず。秘宝は神のみぞ
知るべき、人間や生物を形作る言葉を描いたものである。』と。」
「人間や生物を形作る言葉?・・・何だそれ?」
「古代から言い伝えられている・・・。ということは、古代文明に関係するものかもしれませんね。」
「詳細は指導部も口を閉ざしていますから分かりませんが、ラマン教の経典には古代文明を思わせる記述があります。首都カルーダの歴史研究家の話では、
ラマン教は古代文明滅亡から教訓を引き出した開祖ラマンが、古代文明滅亡に繋がったとされる秘宝を、それが正しく使用されるだけの叡智と徳を
人々全てが抱くまで、一般の人々や未熟な僧侶から遠ざけ、守ることを目的に興した宗教だと言うことです。」

 初めて聞くラマン教の経典の内容の一端に、アレンとイアソンは興味を抱く。
だが、ラマン教の経典を見るにはラマン教に入信するしか方法はないとイアソンは聞いたことがある。
イアソンは更に質問を続ける。

「ラマン教の経典を見るにはラマン教に入信しなければならないと聞いたことがあるのですが、それは本当ですか?」
「はい。ラマン教の経典は指導部が特別説法会を開いて入信者にラマン教の基本思想を説き、それを理解したとみなされたものだけが見ることを
許されるものです。しかし、今は改革派が経典を指導部の一致なく勝手に持ち出し、人々に公開しています。我々反改革派は、ラマン教の伝統を守り、
経典は歴史書としてではなく、教義を説くためのものとして使うべきものであること、秘宝に安易に触れることは危険だ、と説法しているのですが、
先程のように改革派僧侶やそれを支持する町民に妨害されて十分伝えられない状況にあるのです。」
「成る程ね・・・。」

 アレンとイアソンは考え込む。
確かに経典すら入信して審査をパスしないと見れないという厳しい条件や、秘宝を見るには更に厳しい条件を必要とするなど、言ってみれば
「ダメダメ尽くし」という堅苦しい印象は免れない。
イアソンは反改革派の若い僧侶の話や僧侶がいう危険性を理解出来るが、アレンは逆に改革派の主張に共鳴を感じ始めていた。
信仰心こそ二人とも薄いというかないに等しいが、情報分析の能力の違いと、聞いた話を深く分析出来るか聞いた範囲でしか理解出来ないかで決定的な
差が生じてきたのである。
更に、アレンは神殿の出入り自由化や秘宝の一般公開を禁じている今のラマン教の状態が、改革派の言うとおり閉鎖的で、自分達を特権階級と考えている
ような気がしてならないのだ。

「分かりました。ありがとうございます。それでは気を付けて説法をお続け下さい。」
「ありがとうございます。お二人に神々の深い慈悲がありますよう・・・。」

 イアソンの言葉に応えて、若い僧侶は胸の前で両手を合わせて眼を閉じ、呪文らしい意味不明の言葉を唱え始める。
イアソンはそれに応えるように両手を胸の前で合わせ、アレンも一応それに倣って両手を胸の前で合わせる。
これは僧侶が唱える経典の内容を聞く時の態度である。
 僧侶が経典の詠唱を終えると、イアソンは両手を合わせたまま頭を下げる。アレンもイアソンに倣って頭を下げる。
ラマン教の習慣に関する知識に乏しいアレンは、これまで何度かラマンの町に入っていて事情に詳しいイアソンの真似をすることしか出来ない。
アレンとイアソンは僧侶に別れを告げると、その場を後にして話し合う。

「イアソン。これは改革派の方に理があると思うよ。神殿に出入りさせたり秘宝を見せるのも勿体ぶってて、経典すら誰もが見れない宗教なんて変だよ。
キャミール教じゃ考えられない閉鎖性だよ、これは。」
「確かに閉鎖的と言われればそうだけど、そうしなきゃならない事情があるんだろう。反改革派は劣勢の中でそれを人々に伝えようとしているんだ。
他の宗教と単純に比較するのは適切じゃない。」
「そうかなぁ・・・。閉鎖性を打破するって点では改革派の言うことが正しいと思うけど。」
「まだ結論を出すには早い。他の僧侶にもあたってみよう。改革派反改革派問わずにな。」
「うん・・・。」

 アレンは何となく納得出来ないものを感じつつも、イアソンの後を追ってラマンの町を歩き回る。
改革派の僧侶に何度か接するうち、アレンは自分の中で改革派に対する共鳴が強まっていくのを感じる。
イアソンはアレンが目を輝かせて改革派の僧侶の話を聞いているのを見て、不安を覚えずにはいられなかった・・・。
 日が沈んだ頃、アレンとイアソン、そしてドルフィンがほぼ同じに宿に着き、フィリアの部屋の護衛はそのままにしておいて、ドルフィンが護衛を
解除したリーナが居る部屋でそれぞれが得た情報を出し合った。
 ドルフィンは反改革派の僧侶と複数接触していて、守らなければならないラマン教の秘部を改革派が外に持ちだそうとしていること、それがラマン教の
教えに反することを聞き出し、そして比較的上級の反改革派僧侶との接触にも成功して、改革派を自称する一部指導部は以前から現在の主張を繰り返して
いたものの、特別説法会開催には指導部全員の一致が必要という慣習に基づいてそれを一般僧侶に広げることはしなかったのに、2、3年ほど前から急に
「積極的」な分派活動に出たという情報を得ていた。
 自分達が得た中で特に重要と思われる、「秘宝が神のみぞ知るべき、人間や生物を形作る言葉を描いたもの」という情報を出したアレンとイアソンは、
それぞれの見解を口にする。

「俺は、経典すら入信して説法を聞いて審査をパスしないと見れないとか、神殿や秘宝をひた隠しにしているのは閉鎖的だ、っていう改革派の主張に
理があると思う。」
「話を聞いた限り、私は秘宝、否、ラマン教そのものが知識不足な人間や邪な意図を持った人間が古代文明の遺産に触れることを禁じ、遠ざけている
ものだと思います。ですので、反改革派の方が道理あるものと思います。」
「行動を同じくしても意見が真っ向から対立するものになっちまったか。ま、それも有り得ることだ。今まで育った中で出来上がった思考回路が、誰も彼も
が一致するわけじゃねえからな。」

 ドルフィンは腕組みをしながら言う。

「だが、少なくともラマン教内部に入らないことには確かめようはない。秘宝とやらがこっちに来てくれるわけじゃないし、その時は
改革派が実力行使に成功したことと等価だからな。」
「では、ドルフィン殿・・・。」
「ラマン教神殿を目指そう。改革派の僧侶に接触すれば割と簡単に潜り込める筈だ。とりあえず、神殿の概要を見せよう。昨夜放ったパピヨンの1匹が
把握してきているからな。」

 ドルフィンはイアソンに手頃な大きさの紙を出すよう依頼し、自分は例の大小の水晶玉を取り出して並べる。
そしてドルフィンはパピヨンを召喚して、それを大きな方の水晶玉に留まらせて、朝やったのと同じように眼を閉じて意味不明の呪文を唱え始める。
すると水晶玉が交互に赤く輝き始め、パピヨンが空中に溶け込むように姿を消し、イアソンが床に広げた紙に建築物の概要らしい線図が浮かび上がる。
 水晶玉の輝きが消えた時には、紙にはっきりと建造物の配置図が表れた。
正門らしい巨大な門を入ると、大小様々な建築物があり、その中にはかなり高い塔もある6)
そして巨大な門から一番奥に位置するところに一際巨大な建造物があるが、その端の方、紙の端に近い方がぼやけていてはっきり見えない。

「神殿はかなり巨大だな。恐らく秘宝が隠されているのはその一部がぼやけている建物だろう。それが本来の意味での神殿なんだろう。パピヨンは
暗黒属性だから、衛魔術が施されている場所は把握出来ないからな。」
「衛魔術が常に張り巡らされているということは、やはり余程重要なものなのでしょうね。」
「そう考えるのが自然だな。」
「ドルフィン。ラマン教神殿に行くのは良いとしても、フィリアとリーナはどうするんだよ?ラマン教神殿って、険しい山の中にあるって聞いたよ。船酔いから
回復しても山に入るだけの体力はないと思うけど。」
「多少厳しいが、ドルゴで行けるそうだ。そうでなきゃ、あの山を越えてこの町に下りてきて説法して更に神殿に戻るなんて芸当は、余程の肉体派僧侶じゃ
ないと無理だろう。」

 神殿に入る手段も決まり、交通手段も分かった以上、疑問点はない。改革派僧侶に接触してラマン教神殿に乗り込むべきだ。
そこで更に情報を収集し、改革派の目的は本当にラマン教の一般市民への開放なのか、或いは別の意図があるのかを検討し、必要な行動に出ること。
レクス王国で国王がザギの口車に乗り、古代遺跡の調査や謎の生命体創造への協力、そしてアレンの剣を「奪還」するよう仕向けられた経緯を知っている
以上、ラマン教の内紛が単なる分派活動で済まない可能性は否定出来ない。

「よし、明日の朝此処を出て、改革派の僧侶に接触してラマン教神殿へ向かうことにしよう。」
「うん、分かった。」
「分かりました。」
「じゃあ、1日歩き回って疲れたことだろうし、まずは夕飯でも食いに行くか。リーナ、具合はどうだ?」
「あたしはまだ食べる気しない・・・。」
「そうか。アレン、お前はフィリアのところへ行ってやれ。護衛もお前なら通してくれる。それから直接食堂に行って良い。俺達は先に行くから。」
「分かった。それじゃ・・・。」

 アレンは立ち上がって部屋を出ていく。ドアが閉まったのを確認して、イアソンがドルフィンに小声で言う。

「ドルフィン殿。アレンは改革派に対してかなり好意的になっているようです。」
「さっきの見解を聞いた限りでは確かにそうだったな。まあ、改革派の僧侶に接触するにはその方が怪しまれずに済むから好都合だが、それがずっと
続くようだと改革派に躍らされかねん。」

 ドルフィンとイアソンは立ち上がり、ドルフィンが小声でイアソンに言う。

「イアソン。お前はラマン教神殿に着いてからアレンの動向を監視してくれ。無闇に改革派に接するようならそれを阻止しないといかんからな。」
「分かりました。」
「それじゃ先に食堂へ行ってくれ。俺は水晶玉の後片付けとかで遅れるとでも言い訳しておいてくれ。」
「はい。それではお先に。」

 イアソンが部屋を出ていった後、ドルフィンは顔色がかなり良くなってきたリーナに声をかけて額に滲む汗を優しく拭ってやると、水晶玉と神殿の概要が
描かれた紙を革袋に仕舞って部屋を出る。
そして再びリトルドラゴンを召喚してリーナを護衛するように命令を下し、廊下を歩き、階段を下りていく。
 改革派の主張はアレンの言うとおり、一見閉鎖的な組織を改革しようとしているように聞こえる。
しかし、ドルフィンは改革と叫ぶ割にはその主張が神殿と秘宝にこだわっていることに不信感を抱かずにはいられない。
詳細はラマン教神殿に乗り込んでからか、と思ったドルフィンは、アレンとイアソンが待っているであろう食堂へ向かう・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

5)アン・ベールガ:ラマン教で使われる特別な言葉(浄土真宗の「南無阿弥陀仏」のようなもの)。「我に神々の御慈悲を」という意味。

6)正門らしい巨大な門を入ると、・・・:ドルフィンがやったような所定の方法でパピヨンの記録画像を描写させると、立体的に描かれる。大きさの見当は、
他の建物との比較や偶然映っていた人間の大きさなどからつけたのだろう。


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