芸術創造センター こぼれ話
Dropped talk of Performing Arts Center

2004年3月31日更新 Updated on March 31th,2004

2004/3/31

[あっという間の3月でした]
 早いものでもう3月も終わりです。明日からは新年度。進級したり進学したり就職したりなど、環境の変化と直面せざるをえない方は多いのではないでしょうか。私もその一人です。最初は何でもないかのように推移するかもしれませんが、やがて様々な問題が表面化すると思います。
 芸術創造センター(母体のMoonstone Studioも)は、明日で開設5周年という一つの区切りを迎えます。近日中に挨拶文をTotal Guidanceに掲載する予定です。どうにかこうにか今日まで来れたわけですからね。
 あと、Novels Group 3で実施中の次回アナザーストーリー選考は、今日で終了します。投票がまだの方は勿論、一度投票したという方も、是非1票を投じてください。選考結果を受けて今後どうするかを発表する予定です。
「ありがとうございます。」
「お礼なんて良いのよ。祐司君と晶子ちゃんには本当に良くやってもらってるし、私とマスターは祐司君と晶子ちゃんの未来を応援してるから。『別れずの展望台』で願掛けした先輩としても、ね。」
「さっき言ったことの重複になるが、俺と潤子が言ったことを結論に直結させないで欲しい、ということだけは忘れないでくれ。俺にも潤子にも、祐司君と井上さんの未来を束縛する権利はないからな。」
「はい。」

 俺は残りのコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がる。晶子がそれに続く。

「ご馳走様でした。お休みなさい。」
「おう、お休み。」
「ゆっくり休んでね。晶子ちゃんは第2部を宜しく。」
「はい。お休みなさい。」

 俺と晶子は揃って店を出る。暗闇に街頭や家の灯りが点々と浮かぶイルミネーションを見ながら、俺は緩やかな下り坂を歩いていく。ふと左手に意識を向けると、柔らかい感触と温もりを感じる。横を見ると晶子その人が居る。視線を下に向けると、俺の左手に蛍のようにほんのりと白さを浮かべる手が結わえられている。優しく、しかし、しっかりと。

「どれを選ぶかは・・・やっぱり最終的には祐司さん次第ですね。」
「・・・ああ。」

雨上がりの午後 第1481回

written by Moonstone

「祐司君の返事を聞いて安心したわ。祐司君が晶子ちゃんと一緒に住むことを念頭に置いた上で進路を考えてるのなら、繰り返しになるけど、二人でよく相談して決めてね。その結果此処でこのまま働くことになったとしたら、私とマスターは歓迎するわよ。」

2004/3/30

[桜綻ぶ春の日に]
 このところずっと寒い日が続いていたせいで時が止まったかのように固まっていた桜が、こちらではとうとう咲き始めました。私の職場の正門を入ったところには両脇に桜が植えられていて、満開になると桜のゲートが出来るんです。それを見ると、ああ、春が来たか、と実感出来ます。
 近くの川岸にも無数の桜が植えられていて、花見客目当ての屋台が並びます。去年何気なしに夜桜見物に行ったのですが、昼間見るのとはまた違う趣がありますね。今年も観に行こうかな、と思っています。
 昨日は朝こそコート&マフラー着用で自宅を出たのですが、帰りはマフラーを取り、コートのファスナーを外しました。何時まで冬の格好をしてなきゃならんのだ、と思っていたのですが(極度の寒がり)、どうやらその必要はなくなってきたようです。蕾が出来てから開くまでは時間がかかるのに、開いてから散るのはあっという間。春のひとときを写真という形に残そうと思います。・・・あ、まだ梅の写真整理が手付かずだった(汗)。

「公務員とか会社員みたいに勤務時間や給料がはっきりしている職に就くか、さっき祐司さんが言ったように、このまま此処で働かせてもらうか、それは祐司さんとは勿論、マスターと潤子さんにも相談して、一番適切と思う選択肢を取ろうと思ってます。」
「今から言うことを結論に直結させないで欲しいんだが・・・。」

 マスターが言う。

「この店の利益は、祐司君と井上さんが入ってきて以来右肩上がりなんだ。特にこの夏の新京市公会堂でのコンサート以降はもの凄い。おかげで祐司君と井上さんには割に合わない働きをしてもらってるけどね。」
「「・・・。」」
「祐司君と井上さんが抜けた穴を埋めるだけの子が来てくれる保障はないから、出来ることなら祐司君と井上さんにはこのまま此処で働いて欲しい、というのが俺と潤子の希望だ。これは前から潤子と話してたことなんだよ。言葉は悪いが、こんな貴重な財産を手放すのは勿体無い、ってな。」
「そういうこと。だから祐司君と晶子ちゃんには、二人が今後どうするかをよく考えて決めて欲しい、ってことだけ言いたいの。晶子ちゃんからはさっき聞いたけど、祐司君も晶子ちゃんと一緒に住むことを念頭に置いてるんでしょ?」
「はい。」

 潤子さんの念押しとも言える問いに、俺は迷わず答える。晶子とは「別れずの展望台」で願掛けの儀式もした。特別な意味があるということを承知で左手薬指にペアリングを填めている。大学時代の思い出にするつもりなんてこれっぽっちもない。

雨上がりの午後 第1480回

written by Moonstone

 それまで黙って俺の話やマスターと潤子さんの見解を聞いていた晶子が、静かだがはっきりした口調で言う。

2004/3/29

[三菱ふそう製大型車の事件について]
 この事件については俄かにマスコミが大きく取り上げ、三菱ふそう側は国土交通省(以下、国交省)にリコールを届け出て全面謝罪、国交省も法律違反の疑いあり、として調査に乗り出す方針を挙げています。しかし、私にしてみれば3者共「何を今更」という思いです。
 実は三菱ふそうの社長が謝罪した横浜でのタイヤ脱落による母子死傷事件は、「赤旗」が独自調査の末に同社製の大型車で同種の事件が何度も発生していること、しかも事件を起こした車に使われたハブ(車輪と車軸を繋ぐ部品)の製造年がある年に集中していることなどを突き止め、専門家からも整備上の欠陥ではなく構造上の欠陥であるという見解を得て、事件発生以来幾度となく報道してきたのです。共産党議員が国会質問でも取り上げましたが、国交省は三菱ふそうの言い分を鵜呑みにして「問題なし」と答弁。行政指導などの対策を一切講じてきませんでした。
 マスコミは今になって大きく報道していますが、それは三菱ふそうや国交省が表立った動きを見せたり記者会見をしたりしたものを垂れ流したり、後追いをしているだけのこと。これでジャーナリズムを語るとは片腹痛い。今回の事件でもマスコミ報道の致命的弱点を露呈した格好です。松本サリン事件での教訓は何も生かされていません。だから私は此処で何度も、マスコミの商品である新聞や雑誌を読むなら「赤旗」を読め、と言っているのです。

「で、今日の個人面談の本題、進路に関してなんですが・・・。」

 俺は教官から大学院進学を勧められたが実家との約束や経済的事情で不可能だと話したこと、自分が考えている進路候補として公務員、レコード会社など音楽に関連する企業、そしてミュージシャンを挙げたこと、公務員の就職実績は多く、現時点の成績から考えるとまず問題ないだろうと言われたこと、音楽関連の企業にはざっと見たところ就職実績はないが、俺にその気があるのなら進路指導の教官や久野尾先生が強く推薦することを確約してくれたこと、ミュージシャンに関してはこれまでの経験を問われ、先に大学院進学を断念せざるをえない経済的事情に関して話したバイトの形式について問われて答えたこと、何れの道に進むにせよ、今の調子でやっていけば大丈夫だろう、と言われたことを話す。

「・・・ふむふむ。ミュージシャンという選択肢も否定はされなかったということか。」
「はい。」
「この夏に明達と新京市公会堂でセッションする前に話したと思うが、自分の腕で飯食ってるプロからしても、祐司君のギターの腕前は十分プロとしてやっていけるだけのものを持っていると評価されたし、俺もそう思ってる。実力に加えて真面目さという社会人に必要な要素を十分持っている祐司君なら、教官の言ったとおり、どの道に進んでもやっていけるだろうな。」
「あえて言うならどういうライフスタイルを考えているか、ってことね。祐司君が単独で生活していくなら、正直言ってマスターがやって来たようなミュージシャンっていう道は厳しいと思う。どの程度お金がもらえるかは交渉と実力次第でしょうし、最初から十分なお金が貰えるっていう保障は何処にもないし。その辺のところ、晶子ちゃんとは相談したことがある?」
「はい。・・・マスターと潤子さんを前にしてこんなことを言うのは誤解を生むかも知れませんけど、このまま二人揃って此処で働かせてもらって、何処かのアパートで一緒に住むっていうことも考えてるんです。その場合、此処で働かせてもらう時間とか曜日とか、俺が働くのは此処のみなのか、桜井さん達みたいに小宮栄周辺のジャズバーとかに出入りするのを混ぜるのかどうか、とか色々ありますけど・・・。」
「晶子ちゃんは進路をどう考えてるの?」
「私は祐司さんと一緒に暮らすことを念頭に置いてます。」

 それまで黙って俺の話やマスターと潤子さんの見解を聞いていた晶子が、静かだがはっきりした口調で言う。

雨上がりの午後 第1479回

written by Moonstone

 マスターと潤子さんの見解は一致している。俺が築き上げた結果を横取りするようなことを許すのは自分が馬鹿を見ることになるし、そいつらのためにもならない。それは分かっていたつもりだけど、幾ら言っても言うこと聞かないから勝手にしろ、と投げやりになっていた。言うなればあえて憎まれ役になることも必要、ということか。

2004/3/28

[はい、戻ってきました]
 お約束どおり、昨日お休みした理由をお話します。簡潔に言えば「父の還暦祝い&今までお疲れ様、のために弟と食事会を開いた」ためです。私の父は還暦、即ち60歳です(正確に言うとあと1ヶ月くらいあるんですが)。そして昨年末に勤めていた会社を辞職しました。思えば色々衝突もありましたが、ここまで来れたのは両親、とりわけ父の力に拠るところが大きいので、食事会でもしようじゃないか、と私が弟に話を持ちかけ、日程調整の結果昨日実施することになり、私は帰省したわけです。
 両親はとても喜んでくれました。開始時刻より早く実家入りした私は、父とゆっくり話す機会を持ちました。一緒に相撲中継を見ながら(相撲を見るなんて久しぶりでした。横綱朝青龍ナイス♪)模様替えした実家やその庭の苦労話を聞き、実際に見ました。すっきり模様替えされた実家と父自作の竹細工で構成した庭は、驚きの一言でした(父があんなに器用なのに、私は不器用だったり(汗)。器用さは遺伝しないらしい)。
 その一方、父の衰えを目の当たりにしました。腰痛や膝痛に苦しんでいることを聞き、ストレッチ運動を手伝った時にあまりにも父が小さく見えました。今まであんなに大きく見えたのに・・・。その父から幾度か「孫の顔が見たい」という言葉を聞き、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。私は結婚する気はおろか恋愛もするつもりもありません。でも、父の願いを叶えたい・・・。どうすれば良いのか、と。
 私は翌朝早々に自宅に戻りました。そしてこのお話をしています。弟と相談の結果、父には後日VHS→DVDレコーダーをプレゼントすることにしました。第二の人生を満喫して欲しい。そのためにはもっと私がしっかりしないといけない。そう思った週末のひと時でした。
「はい。」
「新京大学の理系学部は厳しいという話は、祐司君が此処でバイトし始めた時にも聞いたし、人伝でも話は聞いてる。一応地元大学だからね。そんな学部で現時点で非常に優秀、と教官に言わせるだけの成績で、教官の好感度も非常に高い、というのは、祐司君の生活の全容を知らない俺からしても本当に立派なものだと思うね。」
「私も大したものだと思うわ。祐司君は此処のバイトもしっかりやってくれてるし、終了時間が予想出来ない実験が、幸か不幸か此処がお休みの月曜日にあって、その事前事後のレポートも集1回のゼミもきっちりこなして、受講した講義の単位を全部、しかも優に5本の指に入ると先生に言わせるだけの成績だもの。勉強が仕事だっていうことを差し引いても、祐司君は胸を張って良いわよ。」

 マスターと潤子さんは感心した様子だ。言葉は悪いが第三者からも好評が得られたのは正直嬉しい。決して金にはならないが、自分がこれまでやってきたことは間違いじゃなかったと改めて実感出来るし、人間の心や感情は金じゃ買えないからな。

「一つ問題点を挙げるとすれば・・・、教官が言ったとおり、祐司君が殆ど一人で実験をしているということかな。」

 マスターが言う。

「実験はグループでするんだから、実験をせずに他人が作ったレポートを写してやった気になっていてはその人のためにならんし、何のためにグループ単位でやっているのか、という根本問題にも繋がる。それこそ怒鳴りつけてでも手伝わせるべきだな。」
「でも・・・今のグループで実験をするようになって半年経ちますけど、幾ら、やれ、って言っても全然言うことを聞かないんですよ。」
「祐司君のグループの人は祐司君が真面目に取り組んでいるのを良いことに。それに便乗している。祐司君は良いように使われている。それを許さないという意味でも、祐司君が陣頭指揮をとる形で実験を進めるべきだな。それに文句を言うようなら、結果を教えたりレポートを写させたりするのは今後一切止めるべきだ。それくらい厳しい態度で臨んでも良い。」
「そうね。先生が言ったとおり、真面目な人が馬鹿を見るようなことじゃいけないわ。祐司君が真面目に取り組んでいるのは勿論良いことだし、文句のつけようもないことだけど、優しさと甘さとは違うから。その辺の・・・けじめって言うのかしら。それはきっちり線を引くべきだと思うわ。」
「そうですね。」

雨上がりの午後 第1478回

written by Moonstone

「−此処までの祐司君の話を要約すると、現時点での成績は非常に優秀、教官の好感度も非常に高い、というわけだね?」

2004/3/26

[明日はお休みします]
 このお話をしている時点で(3/25 23:00頃)、私は1時間ほどしか寝ていません。覚悟はしていましたが、やはりA4の両面にフォントサイズ10ptくらいで文字びっしりで100ページを越える条文を、参考資料と照らし合わせながら検証し、問題点を列挙するというのは、締め切りを考えると徹夜せざるを得ませんでした。
 文字どおりギリギリでしたが辛うじて締め切りには間に合い、作成した意見書はほぼ全文正式に提出される運びとなりました。その過程で一見無関心と思っていた方々の援助や配慮があったのは嬉しい誤算ですが(私には管理職は向いてない、としみじみ思いました)、機会がある時に出来るだけのことはやっておきたい、ということが達成出来、それが実を結んだのにはほっとしています。
 キャプションにもありますとおり、明日はお休みします。こうなることを予想していたからではなく、私用です。本来なら此処以外で何らかの更新をしておきたいのですが、準備している時間がなかったのでやむを得ません。何のためにお休みするかについては、3/28付更新にてお話するつもりです。お楽しみ、ということで(笑)。・・・お話に脈絡がないな、と思われるでしょうが、徹夜の心身への影響は半端じゃないのでご了承の程を。早く寝よう、うん。
 と思ってのんびり構えていたら、潤子さんが夕食の乗ったトレイを差し出してきた。俺は、ありがとうございます、と言って受け取る。あ、今日はカレーか。どうりで予想以上に早い筈だ。勿論カレーが悪いという意味じゃない。野菜サラダとアイスティーがある。潤子さんのカレーは適度な辛さだから−晶子のは煮物と同様甘くなる傾向がある−アイスティーというのは洒落た組み合わせだと思う。
 いただきます、と言ってから食べ始める。ぱっと見たところ客席はかなり混んでいるようだから、あまりゆっくりしてられないな。カレーとご飯を適度に混ぜつつ、時にサラダとアイスティーを挟みながら、手早く夕食を済ませる。
 ご馳走様でした、と言ってすっきり食事が消えた皿が乗ったトレイを差し出す。コンロに乗せた鉄板にスパゲッティを入れていた潤子さんがそれに反応し、はい、と言ってトレイを受け取り、手際良く皿を流しに移動させ、トレイを棚に収納する。俺は残っていたコップの水をくいと飲み干してマスターに差し出し、俯いていたマスターが−洗い物をしていたようだ−受け取ったのを見て、俺はキッチンを通り越して着替えに向かう。マスターが言ったとおり、今日の面談についてはバイトが終わってから話そう。それからでも遅くない。

 あっという間にバイトは終わった。まあ、これは今日に限ったことじゃないんだが、普段より1時間短かったということも大きいと思う。何時ものように分担して掃除を済ませた後、「食後の後の一杯」と洒落込む。今宵のBGMは「THE END OF SUMMER」。夏がとうに過ぎ去った今聞くと、ちょっとしんみりした気分になる。
 俺はマスターが入れてくれたホットコーヒーを飲みつつ、今日の個人面談の経緯を報告する。晶子には経緯を伝えると前々から言ってあるし、マスターと潤子さんにも今日個人面談で遅れることを伝えてあるから、こういうことがあった、と話しておいたほうが良いと思うからだ。親や親戚といった、ある意味利害関係が絡んでくる相手より、第三者的見解が得られるのではという思惑もある。

雨上がりの午後 第1477回

written by Moonstone

「はい、お待たせ。」

2004/3/25

[ちょ、ちょっと立て込んでます(汗)]
 昨日お話した、私が(正確には私の職場全体)直面する法制度に対する意見書第1次分を職場の責任的立場にある方の要請に応じて説明したんですが、こう言っちゃ失礼ですが真剣に聞いてくれた上に、より良い文面になるように意見や提言を述べてくれました。途中からもう一方加わり、14:00頃から21:00までほぼぶっ続けの検討会議に発展しました。
 その結果、第1次分は大幅な修正が必要になり、作成途中だった第2次分もそれに併せて一から検証する必要が生じました。食事もなしにぶっ続けで修正作業をするのは今の私の身体では不可能ということで(以前それをやったがために今の持病を患った)、検討会議の出席者2名の同意を得て、自宅に持ち帰って検討・修正作業をすることになりました。
 検討対象となる法制度の条文の量が半端でない上に(A4両面フォントサイズ10ptくらいで文字ぎっしりで128ページ)、参考資料とも照らし合わせなければならないのでとても片手間で片付けられません。しかも提出期限が3/26 9:00とギリギリなので、このお話をしている3/25 23:00現在、徹夜を覚悟しています。幸か不幸か私は薬を飲まないと何時まででも起きていられるので(その代わり体調不良か精神錯乱が待っていますが)、何とか間に合わせます。メールや掲示板のお返事が遅れますが、ご了承願います。
俺は緑色に藍色が覆い被さりつつある丘を駆け上って裏口に回り込み、自転車から降りて入り口へ向かう。腕時計を見ると・・・7時前だ。宮城に突然別れを押し付けられた翌日に無断欠勤して以来初めての遅刻だな。事前に連絡してあるとは言え、後ろめたいものを感じる。
 ドアを開ける。カランカラン、という軽やかなカウベルの音が響く。

「こんばんは。遅くなりました。」
「あら、祐司君。こんばんは。夕食の用意するからちょっと待っててね。」
「はい。」

 出迎えた潤子さんは別段怒ってはいないようだ。俺は思わず小さな溜息を吐いて何時も座るカウンターの椅子に腰を下ろし、鞄をその左側、晶子が座る椅子に置く。その晶子は・・・居た。水の入ったポットを持って客席を歩き回っている。マスターが走って来る。

「潤子。3番テーブルにミートスパゲッティと野菜サラダ、ホットコーヒーを2つずつだ。・・・って、おお、祐司君。こんばんは。」
「こんばんは。遅くなってすみません。」
「事前にきちんと連絡してくれているから構わんよ。意外に遅かったね。」
「前の奴が随分時間食ったもんで・・・。俺は割と早く済んだんですけど。」
「そうか。まあ、詳しい話は店が終わってから聞かせてくれ。」
「はい。」
「あなた。コーヒーお願いね。」
「了解。」

 マスターはキッチンに入って、コーヒーの準備を始める。その間に潤子さんが料理を用意するという段取りは、俺がこのバイトを始めて以来殆ど変わらないスタイルだ。俺はマスターが差し出した水を飲みながら、夕食が出来上がるのを待つ。注文があったからそちらの方が優先かもしれないし。

雨上がりの午後 第1476回

written by Moonstone

 点々と街灯が灯る住宅街の狭間を走っていくと・・・見えてきた。窓から溢れる灯りの中に多くのシルエットが見える。今日も混雑しているようだ。

2004/3/24

[・・・(怒)]
 いえ、私は細部を云々言う以前に確認しておくべき根本的問題を問い質したわけですよ。本業は電気関係ですが、学生時代に行政書士の資格をとろうと本気で思った時期があって、その際に政治経済の問題や諸法制、市民運動などに関してかなり突っ込んだ勉強をしたので、その名残で法制度やその背景にある理念に関しては、その辺の似非専門家より嗅覚が鋭いんですよ。
 誰と打ち合わせしたのか知りませんが、私が直面している法制度は、どう考えても恣意的人選か拡大解釈を可能にする旨の密約があるとしか思えないんですよ。で、どうして現在のような変更がなされたのか、という法制度の細部云々以前の根本的問題を問い質したわけです。しかし、相手がまともな答弁をしないうちに質問を打ち切られたんです。
 その後、関係者に対する意見書第1次分を作成したわけですが、自分達の問題であるにも関わらず「何とかなるさ」という日和見主義的、傍観主義的態度に終始していた同席していた同僚らの態度が許せない。黙っていて物事が良い方向に動くとでも思ってるのなら、それこそ甘い、甘過ぎる。・・・まあ、右翼勢力の都合の良いように思考を形成されてきた大多数の人間に応援を期待するだけ無駄なのかもしれませんがね・・・。今日は意見書第2次分の作成だな。
 急いでいる時ほど待つ時間がやたらと長く感じられるものだ。ようやく来たと思った急行に乗り込み、ドア近くの座席の手すりに凭れて流れていく外の景色を眺めていても、イライラは収まらない。大学に行く時は、もう着いたのか、と思うような早さの筈の時間が、間違えて普通電車に乗ってしまって待ち合わせを何度も食らっているかのようにさえ感じる。
 潤子さんの言うとおり、慌てる理由はない。バイトに遅れるかもしれない、とは事前に言ってあるし、さっき店に電話した時も、慌てなくて良い、と潤子さんは言っていた。それに、今日の面談の話は「仕事の後の一杯」の時にもするつもりだし、晶子には家に寄った時にもするつもりだ。晶子には経緯を話す、って昨日約束したばかりだし。
 だけど・・・、分かっちゃいるけど、どうしてもイライラが収まらない。早く話したいからか?そう・・・かもしれない。自問自答の回答の方が曖昧になる。浮かんできた言葉も躓き、よたよたしたものになる。話したくないのか?そうじゃない。二度目の自問自答はきびきびしたものだ。じゃあ何を躊躇ってるんだ?・・・分からない。三度目の自問自答で浮かんできた回答は、極めて曖昧且つ無責任なものだ。何故かも分からないのにただイライラしている。そんな自分がたまらなくもどかしい。
 ふとドア越しに外を見ると、風景の流れていく速度は極端なほど鈍っていた、否、鈍っている。見慣れたホームの風景が見えてくる。何時の間にやら到着したようだ。はは・・・何やってるんだろう?俺。自嘲の笑みが浮かぶのが分かる。一人で思考の泥沼にはまり込んで一人でイライラしてたってわけか。全然進歩してないな、俺は。こんな俺とよく一緒に居てくれるよな、晶子は。そんな晶子の心に、好きだ、か、ありがとう、の単語しか返せない今の俺・・・。どうすりゃ良いんだ?何処へ向かって歩けば良いんだ?・・・まだ分からない。
 空気が抜けるような音と主にドアが開く。俺は電車から降り、構内を小走りで抜け、改札を通り、自転車置き場へ向かう。何時もなら一度家に帰って鞄を置いてから出かけるんだが、今日はそんな気にならない。ごちゃごちゃの自転車の山の中から自分の自転車を掘り出し、籠に鞄を放り込み、通路を押していって外へ出たところでさっさと跨り、ペダルを懸命に漕ぐ。緩やかな上り坂が今日はやけに長く、そしてきつく感じる。

雨上がりの午後 第1475回

written by Moonstone

 潤子さんが電話を切ったのを確認してから受話器を置く。とりあえずすることはした。後は大人しく次の電車が来るのを待つしかない。俺は電話ボックスから出て改札を通り、人のまばらなホームに向かう。

2004/3/23

[えっと・・・その・・・]
 昨日は仕事が長引いた影響で帰宅が遅れ、その分此処の更新準備がずれ込んだので、お話したいテーマについての言及は明日以降に延期させていただきます。ケーブル作成にまさかあそこまで梃子摺ってしまうとは・・・。ちょっと情けない気分。
 えっと、Novels Group 3で実施中の次回アナザーストーリー選考は、現在投票されている3つのシーンについて執筆する方針をほぼ固めました。私が自薦したシーンは勿論、私が想定していなかったシーンについても項目が設置され、票が入っているからです。リクエストがある以上はそれに応えるべきでしょう。
 選考は予定どおり3/31まで行います。まだ投票していない方は勿論、一度投票したという方も私にプレッシャーをかけるつもりで(笑)投票所へ足を運んでください。投票所へはNovels Group 3からジャンプ出来ます。どうぞ宜しく。
小宮栄方向の上り電車は数こそそれなりにあるが、時間帯によって偏りがある。夕方から夜にかけては下り方向の電車の方が多い。この時間帯だと15分は待たないと駄目だな。俺は荒れる呼吸を無理矢理整えつつ、ズボンのポケットから財布を取り出し、その中から10円玉を取り出して電話ボックスに向かう。携帯電話を持ってて当たり前のこのご時世だが、持ってない奴だって現に居る。俺は今のところ持つ必要はないと思っている。会いたい人には時間こそ限られているが毎日会えるからな。
 電話ボックスに入った俺は、受話器を取って10円玉を放り込み、店の電話番号を押す。受話器からコール音が鳴り始める。3回目のコール音が終わったところでガチャッという音がする。

「はい。喫茶店Dandelion Hillです。」
「こんばんは。祐司です。」

 潤子さんの明るい声に俺は応える。呼吸は鎮まったものと思っていたが、声を出してみるとまだ荒さの大きな断片が残っているのが分かる。

「あら、祐司君。こんばんは。個人面談は終わったの?」
「はい。今大学最寄の駅に居ます。電車が出て行った直後だったんでもう少し遅れるってことを伝えようと思って・・・。」
「良いのよ、慌てなくても。夕食は?」
「いえ、まだです。」
「そう。夕食の準備はしてあるから、慌てないで気を付けて来てね。」
「はい。それじゃ失礼します。」

雨上がりの午後 第1474回

written by Moonstone

 急いでいる時に限って電車のタイミングが悪かったりする。俺が走って駅に着いた時には乗りたかった急行がその後姿を遠ざけていくところだった。

2004/3/22

[ホリデーブルー?]
 何か・・・ここ最近、休日になると気分が憂鬱になるんですよ。寝起きの悪さもさることながら(正午を過ぎないと起きられない)、作品制作が全く出来ない。それどころか、ページの運営そのものまで馬鹿馬鹿しく思う有様。PCを起動はするものの、結局ここのお話と連載のコピー&ペーストをするのが精一杯です。そんなわけなので、メールや掲示板のお返事がずれ込みます。メール送ったのに返事が来ない、とお怒りの方、もう暫くお待ちを。
 さて、今週の土曜はシャットダウンすることにしました。ちょっと出かける用事が出来たもので・・・。多分1日で帰って来れると思いますが、場合によっては1日2日延びるかもしれません。まあその間作品は読み放題聞き放題見放題に変わりはないですから、どうでも良いでしょうけど(凄い投げやり)。
 今日はこの辺にしておきます。お話していても投げやりな言葉しか出て来そうにないので・・・。
ドアを背にしたところで思わず深い溜息が出る。何を言われるのかと思ったが、晶子との付き合いへの激励を受けた。高校までとがらりと変わって個人主義−この単語は語弊を生みやすいからあまり使いたくないんだが−が徹底している大学という場で、教官が学生のプライベートの心配をするというのはそうそうないことだと思う。

「祐司。かなり早かったな。」

 智一が歩み寄って来る。時間を測ってなかったし自分のことで頭がいっぱいだったからあまり実感はないが、俺の前の奴よりは早かったかもしれない。

「何か言われたか?進路先がどうとか。」
「いや、特に注意とかは受けてない。」
「そうか。」
「それじゃ、俺はバイトがあるから先に帰る。」
「おう。じゃあな。」

 俺は智一と手を振って別れ、静かな廊下を走っていく。幾ら事前に遅くなるかもしれない、と連絡してあるとは言え、あまり遅くなるわけにはいかない。バイト代は生活費に直結するという極めて現実的な問題も勿論あるが、音楽と、そして大学ではもう顔を合わせる機会が殆どなくなったと言える晶子と触れ合える大切な時間を少しでも多く持ちたいからだ。
 階段を駆け下り、喫煙室兼待合室−此処の掲示板に連絡事項や試験の結果が張り出される−の前を通り抜け、外に出る。空は殆どの部分が夕暮れから夕闇へと変貌していて、夕闇の部分も日が昇る方向から夜の帳が下りかけている。前の奴が長かったからな・・・。それは今何を言ってもどうになるものでもない。兎に角急ごう。俺には行くべき場所と俺を待ってくれている人が居る・・・。

雨上がりの午後 第1473回

written by Moonstone

 俺は改めて一礼してから席を立ち、ドアを開ける前に、失礼しました、と言ってもう一度頭を下げる。はい、という応答が返って来たのを受けてドアを開けて部屋を出る。そしてドアを静かに閉める。

2004/3/21

[絶不調・・・]
 自律神経のバランスが崩壊している状態で、迂闊に酒入れたのが失敗。就寝が5:30(メール書くのに時間かかり過ぎ)。薬は勿論飲みましたがどういうわけか9:00に起床。二日酔いらしくて頭痛があったのと眠気が残っていたらしくて意識が朦朧としていたので、買い物は日曜に延期してもう一度就寝。
 ところが眠りかけた時にインターホン。何かと思って出てみたら訪問販売。頭痛の上に安眠妨害が重なったことで怒鳴って追い返し、また寝ました。その後寝たり起きたりを断続的に繰り返してようやく持ち直したのが19:00頃。クレヨンしんちゃんもないし(笑)洗濯の後遅い夕食を摂って、その後もネットに繋ぐ直前まで寝てました。
 かなり飲みましたからね・・・。昨日が休みで良かったです。まあ、休みじゃなかったら酒飲まなかったんですが。ビール2本分にワイン大瓶半分飲んで二日酔いになるようじゃ、私も歳だな(笑)。

「ここから先は君のプライベートに踏み込むことになるし、進路指導という今日の面談の趣旨からも外れるから、嫌なら答えなくても良いということを前置きしておく。良いかね?」
「はい。」
「メールに名前が載っていた彼女とは、今でも仲良くしているのかね?」
「はい。」

 この設問に躊躇する理由は何処にもない。俺が短く、はっきり答えると、教官は何度か小さく首を縦に振る。

「私のところにも問題のメールが来たんだが−まあ、あれは大学中にばら撒かれたから当たり前だが、君の名前があったからびっくりしたよ。田畑先生の噂は私も聞いたことがある。田畑先生の女子学生に対する態度は、文学部の教授会でも度々問題になってきたそうだ。今は停職明けで減給処分中だから流石に大人しくしているようだが、油断しないように彼女に言ってあげなさい。」
「分かりました。」
「私は電磁気学Tと今の磁性体工学の講義でしか君を見たことがないし、君と面と向かって話をするのは今日が初めてだ。そんな私が今日君と一対一で話した印象では、君は非常に真面目で誠実だと思う。実験指導担当の教官からの報告はそれを裏付けていると思う。それ故に、時にはそれを逆手に取られて厳しい状況に追い込まれることもあるだろうが、自分に自信を持って行動しなさい。彼女も君の真面目さや誠実さに惹かれたんじゃないかと思う。兎角上っ面だけを捉えがちな世の中だが、見る目がある人間はきちんと見ているものだ。学業とバイトの両立に加えて特定の異性と交際するのはなかなか大変なことだとは思うが、これからも彼女と仲良くやりなさい。」
「はい。」
「本題とは関係ない話で長く引き止めて悪かったね。ご苦労さん。気を付けて帰りなさい。」
「はい。ありがとうございました。」

雨上がりの午後 第1472回

written by Moonstone

 その後、晶子は俺がプレゼントしたICレコーダーに録音した会話を証拠にして大学のセクハラ対策委員会に訴え、結果委員会が厳しい−俺としては生ぬるいと思うが−処分を下した。その過程で大学中に晶子が超がつくほどの淫乱女で、俺が誰が父親か分からない子どもの父親にされようとしている、という内容のメールが流された。今思い出しても苦い記憶だ。

2004/3/20

[ありがとう]
 昨日、職場の最高幹部が転出されるに伴う謝恩会が催されました。普通なら義務感覚で出席して適当に飲み食いしておしまい、というところですが、今回はとてもそういうわけにはいきませんでした。職場の最高幹部として管理運営に文字どおり東奔西走される一方で、一職員の私の病状を私のかかりつけの病院に直接出向いて把握し、長期休暇という形で静養と回復の援助をしてくれた。そして私の本業に不可欠な高価な機器を、緊縮財政を割いてまで提供してくれました。
 病状の回復が軌道に乗り、服用する薬が大幅に減った今、職場の一セクションを事実上代表する形でその謝恩会に出席することになった私は、せめて一言でもお礼を言いたい、と機会を窺っていました。各界の著名人との挨拶で多忙な中、その方は私と一対一で話をする機会を作ってくれました。そして私の持病はおろか私の名前も知っていて、病気を一日も早く治すことに専念しなさい、と温かく励ましてくれました。
 私はその方の励ましの言葉を聞いて、差し出された手を握って頭を下げるのが精一杯でした。その方はこの春から新天地の最高幹部に着任することが決まっています。この日この時の気持ちを忘れまい、という一心でNovels Group 4に「去り行く貴方へ」をしたためました。私は多くの人に手を差し伸べられていたのだ、と改めて実感しました。その方がここを見ることは恐らくないと思いますが、新天地でのご活躍を祈っています。

「なかなか苦学しているのに成績は非常に優秀だし、進路も自分なりに模索している姿勢は非常に良い。今日の面談で進路を決めなければいけないということはないし、選択肢の中には私にしてみれば全くの未知の分野もあるし、どの道を選ぶかは最終的には君の判断次第だが、何れの道を進むにしても、君ならやっていけるだろう。この調子でやっていきなさい。」
「ありがとうございます。」

 俺は頭を下げる。どうやら面談は無事に終わりそうだ。

「・・・もう良いでしょうか?」
「うむ。良いよ。」

 教官の「了解」が得られたことで面談が終わったことを実感する。心の中で安堵の溜息を吐いて立ち上がる。

「あ、ちょっと待ちなさい。」

 ドアへ向かおうとしたところで呼び止められる。俺は座り直して教官を見る。その表情からはどういう質問が出てくるのか予想出来ない。

「・・・何でしょう?」
「今頃思い出したんだが、確か去年の冬だったかな?大学中に君の名前が出たメールが飛び回ったんだが、憶えているかね?」
「・・・はい。」

 出来ることなら思い出したくない記憶。晶子が田畑助教授と親密になり、田畑助教授が単位とゼミへの優先加入と引き換えに交際を迫ったあの事件。疲労が極限まで蓄積したことで早退することにした俺が偶然その現場に出くわしたことで、俺は晶子との関係断絶を告げて絆の証であるペアリングとマフラーを投げ捨てて走り去り、潤子さんの仲介でどうにか関係復興が出来た。

雨上がりの午後 第1471回

written by Moonstone

 教官はバインダーを閉じてテーブルに置く。どうやら終わりは近いらしい。

2004/3/19

[上がる、という単語]
 昨日、職場の先輩とこんなやり取りがありました。

私:雨、止みましたね。←こちらでは朝から雨でした。
先輩:そうだねぇ。何時の間にやら。
私:一日降り続くのかと思ってたんですけど、上がっちゃいましたね。
先輩:雨って、上がる、って言うんだよねぇ。
私:?・・・ええ
先輩:雨って水滴なのに、上がる、って言うんだよねぇ。物理法則に反して。何でだろうねぇ。

 何気なく使っている「雨」と「上がる」という2つの単語の組み合わせ。連載のタイトルでも使ってますが、その組み合わせの不思議さを考えたことなんてありませんでした。先輩の言うとおり、どちらかと言うと、雨が「止む」と言うより「上がる」と言いますよね。物理法則に基づけば水滴である雨は落下して来るわけですから、「上がる」という単語との組み合わせは矛盾しています。でも、「雨」が「上がる」と何気なしに言う・・・。文芸作品をメインにしているこのページを運営している私には、それが今でも心に引っ掛かっています。
 話は変わりますが、現在、猛烈な「産みの苦しみ」に苛まれています。話の展開がまったく纏まらない・・・。その他の話の展開は考えないようにしても先々まで溢れてくるというのに・・・。この分だと6つの文芸関係グループの揃い踏みは今度も無理っぽいです。困ったなぁ・・・。

「公務員の就職実績は多い。大学での成績が公務員試験の合否に直結するわけじゃないし、近年公務員志望者の伸びが顕著なことを踏まえると断言は出来ないが、君の成績ならまず問題ないだろう。その場合、実家の方に戻るのかね?」
「選択肢の1つとはしましたけど、実家に戻るかどうかとか、国家か地方かとか、具体的に絞れてません。」
「まあ、君の現時点での成績を見る限り、筆記試験が絡むものならまず問題はないだろうね。で、ミュージシャンという選択肢に関してだが・・・。」

 とうとう来たか。何て言われるんだろうな・・・。何のためにこの大学のこの学科に入ったんだ、って言われるのかな。

「オーディションとかコンテストとかに出たことはあるのかね?」
「・・・え、いえ。そういうのはないですけど、ジャズバーとかで演奏して生活している人達と、この夏に新京市の公会堂で共演しました。」
「ほう。随分本格的だね。」

 思いがけない質問だったから答えに一瞬戸惑ってしまった。頭から否定されるものかと思っていたら、どうやらそうでもないらしい。

「バイトもそういう関係なのかね?」
「はい。基本的には飲食業の接客なんですけど、その合間とか、ある時間帯に客からリクエストを受けて演奏するとかしてます。」
「ふむ。こちらも趣味と実益を兼ねているというわけか。結構大変じゃないかね?」
「試験やレポートが入ってくると時間的に厳しいですし、バイトは忙しいですけど、楽しいです。」

 言ってから、しまった、と思う。「大変じゃないか」という質問に対する答えになってない。だが、教官はどういうわけか満足げな表情を浮かべている。

「それは結構なことだ。楽しいと思えるということは、それだけ精神的に余裕があるということ。精神的な余裕がないところから新しいものや良いものは生まれないものだからね。」

雨上がりの午後 第1470回

written by Moonstone

 一つの選択肢については、ある程度の「支援」が得られるというわけか。明るくとはいかないまでも光明が差したことには間違いないな。

2004/3/18

[恋愛って難しい・・・]
 いえ、今私に付き合っている女性が居て(私は男です。念のため)それに関する悩みを抱えているというわけじゃありません。私がこのページで公開している文芸作品では「雨上がりの午後」の祐司君と井上さんをはじめ、カップリングが結構あるんですが、男性側は兎も角、女性側に共通項を感じるんですよ。芯は強いけど普段は控えめとか、積極的にアプローチする一方で待ちに入ったりとか・・・。
 やっぱりこれって、自分の理想像が無意識のうちに反映されている証拠なんでしょうかね?「雨上がりの午後」は自分の趣味丸出しで書いていることを此処で何度か公言してますからまあ別として、それ以外のカップリングでも似通った傾向が見られるのはちょっと問題ではないかな、と。
 私はやたらと理屈っぽいし、役立たずだと判断するや即切り捨てるという冷血な一方で、一旦感情が波打ち始めると起伏が激しくなるわ、一旦形成された義理人情を大切にするわと訳が分からない性格なので、女性から見るとかなり近寄り難いらしいです(男性から見てもそうだろうが)。で、カップリングで描く女性像には私のそういう支離滅裂な性格の枝葉をも黙って受け止めてくれるようなタイプが投影されているのかな、と、最近自分の作品を読み返してみて思ったんです。そんな女性を実際に見つけるのは現状では不可能ですし、出会った女性にそれを押し付けるつもりはありませんから、理想は理想のままにしておくのが無難かな、とも思うわけで。・・・今日は昨日とは一転して雑記そのものですな(苦笑)。
 教官は難しい顔で溜息を吐く。俺自身、大学院進学は考えていなかったが、少なくとも選択肢の一つが事実上閉ざされてしまったことには間違いない。ちょっと勿体無い気もするがこればかりはどうしようもない。

「大学院進学が駄目だとなると、就職だね。そっちの方はどうかね?」
「方向性を3つに絞り込んではいるんですが、まだ具体像を描けないんです。」
「3つというのは何かね?」
「1つ目は公務員です。これは親が勧めています。2つ目はレコード会社とか、音楽に関係する企業。3つ目は・・・ミュージシャンです。」

 最後の選択肢を出すのに躊躇してしまった。そんなに恥ずかしいことなのか?人に言えないことなのか?俺の中に悪い意味での既成概念があるのは間違いない。選択肢に含めておきながら、何を今更・・・。

「音楽に関係する企業、ねえ・・・。」

 教官はバインダーの書類を大きく二、三度捲り、そこから文面を指で追いながら書類を1枚1枚捲っていく。過去の就職実績の中で該当するものを探しているんだろう。ここはじっと待つしかない。

「過去に・・・楽器メーカーに就職したという実績は幾つかあるね。レコード会社というのはざっと見たところ、見当たらないね。」
「そうですか・・・。」
「一つ聞くが、君が久野尾先生の研究室を希望したのはどういう理由かね?」
「自分の趣味が音楽なんです。聞くだけじゃなくて作ることも。それで、どの程度かまでは分からなかったんですけど、関係があるんじゃないかということで配属を希望したんです。」
「なるほど・・・。趣味と実益を兼ねて、というわけか。レコード会社というのも、そういうところから出てきたわけだね?」
「はい。」
「レコード会社への就職実績はざっと見たところ見当たらないが、君の現時点での成績を見る限り、企業もそう簡単に首を横に振らないと思うね。もし君が志望するなら、私は勿論だが、久野尾先生も君をその企業に強く推薦するだろう。これはそういう企業に限ったことではないがね。」

雨上がりの午後 第1469回

written by Moonstone

「ふむ・・・。実家とそういう約束があるわけか・・・。今は奨学金を貰うにしても保証金を払わなきゃならないからね。これじゃ何のための奨学金だか分からない。優秀な学生が経済的事情で進学先を限定されるというのは、君のような優秀な学生を目の前にすると由々しき事態だと思わざるを得ないね・・・。」

2004/3/17

[女子マラソン代表選考結果について]
 私は朝のオンラインニュースで知ったのですが、高橋選手は代表に選ばれなかったそうですね。この結果については色々な見方があると思いますが、此処では私の見解を述べます。
 結論から言うと、妥当では結果ではないか、ということです。今回代表に選ばれた3選手は何れも代表選考レースで高橋選手を上回る成績を残していますし、前回金メダルを取ったからといって次も、とはいかないものです。それに、代表に選ばれるという自負があったかどうかは知りませんが、代表選考レースに出場しなかった高橋選手は、その時点で言葉は悪いですが自分から代表選考の場からはみ出したと言えるのではないでしょうか。
 代表選考レースとしている場で結果を残したからこれらの選手を選んだ、と陸連は堂々と言えば良いのです。幹部が下手にマスコミの取材に応じて臆測を呼ぶような態度を取るのは、結果代表選手の成績が悪かった場合に責任追及してくれ、とわざわざ要請しているようなものです。
 私はオリンピックを右翼国粋主義と商業主義の蔓延るイベントとして運営方式の抜本的な見直しを提言していますし(見解・主張書庫の「スポーツに関する見解」をご覧下さい)、オリンピックそのものに全く興味がないので、今回の女子マラソン大乗選考結果を知っても、何ら驚きませんでした。少なくとも、ギャンブルみたいに妙な予想を立てて選手にプレッシャーをかけ、結果が悪かったら国賊扱い、というようなことはしないでもらいたいものです。オリンピックの精神は「参加することに意義がある」ですからね。
 選考結果に関してのご意見は掲示板JewelBoxへ書き込んでいただいてOKです。ただし、管理人の私が不適切と判断したものは問答無用で削除しますので、その点だけはご承知おき願います。
 俺は出来ることなら今の研究室に入りたい。それが今の調子を崩さずに行けば手の届くところに来ているという内輪話が嬉しくない筈はない。

「さて、本題だが・・・、君は非常に優秀だから、色々な選択肢が考えられるね。この成績なら大学院も面接だけで入れるよ。」
「え?試験があるんじゃないんですか?」
「大学院への進学は、同じカリキュラムの電気工学科と合わせて成績上位20位以内なら筆記試験は免除されるんだよ。面接はその学生の態度や進路志望を複数の教官が問い質すような内容だから、あまり合否には影響しない。」

 何だ、そういう「抜け道」があるのか・・・。初めて知った。てっきり入試の時みたいに希望者全員が試験を受けて、定員分だけ合格させるという方式だとばかり思ってた。

「君の成績を見ると・・・、出来れば大学院に進学して欲しいね。成績優秀。しかも真面目。こういう学生はどの研究室も欲しがるよ。」
「・・・実家の事情で、学費は4年分、仕送りは月10万と約束しているんです。大学院に進学するだけの金銭的余裕はないと思います。」
「君は親元を離れて一人暮らしをしているのかね?現金なことを尋ねるが、月10万でやっていけるかね?」
「バイトしてます。月曜休みで夜6時から10時まで。今日みたいに特別な事情がある場合は別ですけど。」
「仕送りとバイトで生活費を工面しているということかね?」
「はい。」
「試験の日はバイトを休んでいるのかね?」
「いえ。続けています。」
「そんな時間帯的にもきついバイトを続けていてこの成績かね・・・。うーん・・・。だとすれば、尚更大学院進学を勧めたいね。」

 そんなこと言われても、学費と月10万の仕送りは親がしているんだから、出来ないものは出来ないんだよな・・・。

「大学進学自体も学費が第一の問題になったんです。此処に進学するなら学費と仕送りを工面してやっても良い。ただしきっちり4年で卒業すること、仕送りは月10万きっかり、仕送りで足りない分は自分で補填すること、っていう条件を飲んで一人暮らしをしてるんです。更に2年、ということは想定してないんです。」

雨上がりの午後 第1468回

written by Moonstone

「此処だけの話だが、君がこの調子で4年に進級して君が希望するなら、久野尾先生は君を優先的に研究室に入れたいそうだ。真面目な学生が欲しい、というのは久野尾先生に限ったことじゃないがね。」

2004/3/16

[待った、がかかったのか?]
 3/20に向けて今年初の文芸関係6グループ揃い踏みを目指しているのですが、それに併せて「Access Streets」を更新する準備を整えていました。新しい2つのリンクを加えようと思いまして。1つは連載やNovels Group 3をご覧の皆様には、今更かい、と思われるようなページですが(いや、私もすっかり忘れてました(汗))、もう1つはここ半月ほど前に知ったページで、「名探偵コナン」のCGが目に目を引かれて巡回コースに組み入れていました。
 ところがそのページ、土曜だったかな?いきなり「名探偵コナン」のCGギャラリーが閉鎖されてしまいました。事情は推測の域を出ませんが、関連ページを見て回ったところ、どうも著作権絡みの模様。確かにそのページのCGは原作にかなり絵柄が似てはいましたが、かと言って盗作しているといった様子もなかったので首を傾げています。更新ファイルをアップするのみとした「Access Streets」を再修正しなければならない様相です。
 版権ものはこのページでも扱っているのはリスナーの皆様ならご存知でしょう。ただ、エヴァにせよCCさくらにせよ、著作権に関しては(語弊があるのを承知で言いますが)あまり五月蝿くありません。最低限のルールさえ守ればどんな作品でもOK、という感じ。エヴァでは版権元の企業がページ用の画像を無償公開していますし、CCさくらは著者の公式ページに「二次創作には最低限のルールさえ守れば一切関与しません」という主旨の見解発表があります。どうも小学館はその点かなり五月蝿い模様。実はPAC運営委員会に「名探偵コナン」を扱うSide Story Group 3の設立を答申していたのですが、この分だと却下されそうです。著作権に神経を尖らせる気持ちは分かりますが、二次創作がきっかけで関連書籍などを購入することもままあるわけで(エヴァにせよCCさくらにせよそうですからね)、あまり牙を向かない方が良いのではないか、と思うんですが・・・。

「ふむ・・・。君は・・・。」
「・・・。」
「非常に優秀だね。」
「え?」

 思わず聞き返した俺の目に、柔和な表情の教官が映る。教官は俺と書類を交互に見ながら、何度も頷く。

「一般教養は勿論、専門科目も受講した教科全ての単位を取っている。しかも最低が8。殆どは9か10。これは大したものだよ。同じカリキュラムの電気工学科と合わせても優に5本の指に入る成績だよ。」
「は、はあ・・・。」
「それに、実験指導担当の教官からの報告では、非常に真摯に取り組んでいるそうだね。実験前後のレポートも文句のつけようがないとのこと。近年これほど学業に真剣に取り組んでいる学生も珍しい、と、どの担当教官も絶賛しているよ。」
「あの、レポートは・・・。」
「誰がどれだけ実験にきちんと取り組んだかくらい見分ける目は、どの教官も持っているよ。」

 教官は柔和な表情を崩さない。どうやら日頃の苦労は教官にはきちんと伝わっているらしい。俺は思わず安堵の溜息を漏らす。

「君の前の学生は、成績は良くないわ、実験は手抜きだらけだわで、こってり説教してやった。他人の作ったレポートを写して実験をした気になっているようじゃ、どんな形で社会に出てもドロップアウトするのは目に見えている。君のグループでは、実験の殆どは君がやっているそうだね?」
「あ、はい。」
「怒鳴りつけてでも良いからグループのメンバーに手伝わせなさい。そうでないとメンバーのためにならないし、何より君の負担ばかり増える。真面目な者が馬鹿を見るようなことになってはいかん。それに・・・久野尾先生からも、君が研究室の集1回のゼミに非常に真面目に取り組んでいるという報告を受けている。」

 久野尾先生は、俺と智一が仮配属になっている音響・通信工学研究室を取り仕切る教授。ということは、仮配属の研究室での様子が進路指導の教官の元に集約されているということか・・・。

雨上がりの午後 第1467回

written by Moonstone

 俺の返答が聞こえているのかいないのか、教官はバインダーに収められた書類をパラパラと捲る。間もなく書類を捲る手が止まり、教官は真剣な表情で書類を見て、少ししてから書類を1枚捲る。何を言われるのか不安でたまらない。

2004/3/15

[写真撮ってきました♪]
 起きられるかどうか不安だったのですが、土曜は夜3時に寝たにも関わらず昨日は7時前に起床。朝食後早速着替えて写真を撮りに向かいました。場所は数ヶ月前から目星をつけていたところで、しかも徒歩圏内。朝日が昇ってくる中、目的地に到着して撮影開始。ところが、土曜の夜に確認した時点で100分以上残り時間があった筈なのに、30分足らずでダウン。やむなく帰宅して充電することに。
 完全充電には2時間半かかるということなので、その間に新作制作、と思ったのですが、構想が纏まらずに唸っていたら充電完了。そして今度は私がダウン(汗)。昼食を挟んで午後から再び目的地で撮影開始。ところが撮影開始から間もなくして(多分30分ももたなかったと思う)完全充電した筈なのに電池切れの警告表示が液晶画面に。急いで撮影を続けましたが、1時間でダウン。諦めて帰宅しました。
 撮影枚数は約190枚。これから選別してサムネイルを作って・・・とやっていたら、3月以内に公開出来るかどうか甚だ疑問。春の到来が遅い地方の方向けに、なんてことも出来ないので(まあ、今でも期間限定で公開しているわけじゃないから良いと言えば良いんですが)、今週は時間との格闘になりそうです。
「そりゃそうだよな。昨日今日でいきなり決められるわけないよな。それにしても・・・えらく長引いてるな、先頭の奴。」
「説教でも受けてるんじゃないのか?実験真面目にやってない、とか。」
「ぐっ、お、俺を横目で見て言うなよな・・・。一応これでもお前には悪いことしてる、っていう自覚はあるんだからさ。」

 智一は苦笑いする。その言葉が何処まで本物かは分からないが、多少は悪いことをしていると言う自覚はあるらしい。
 ドアが開いて先頭の奴が部屋から出て来る。その表情は冴えない。頻りに溜息を吐いて俺と智一の前を通り過ぎて行く。ろくに実験に手を出さないのにレポートのクローンを作ってるくせして、挨拶の一つもしない。・・・まあ、所詮その程度の奴、と思うしかないのか。

「それじゃ、行ってくる。」
「おう。しっかりな。」

 智一の見送りを受けて俺は個人面談の「会場」のドアをノックする。はい、という応答が返って来たのを受けてドアを開ける。

「失礼します。」

 挨拶は忘れない。ドアを閉めて、白髪が目立つスーツ姿の男性−彼が進路指導担当の教官だ−が右手で指し示す正面のソファに座る。ドアを入ったところから見て左側に俺、右側に教官が座る格好になる。教官は電磁気学Tを担当した人物で、電気物性の分野では全国的に名が知れている。そんな教官と一対一で面談するという事実が直ぐ目前に迫っていることで、俺は全身が硬くなるのを感じる。

「宜しくお願いします。」
「えっと・・・、電子工学科出席番号2番の安藤祐司君だね?」
「はい。」

雨上がりの午後 第1466回

written by Moonstone

「まあ、3つに絞ってきた。」
「あらま、意外に呆気ないな。昨日まであれだけ迷ってたくせに。」
「絞ったって言っても方向性だけだ。具体的にこの企業、とか決めたわけじゃない。」

2004/3/14

[写真撮りたい]
 こちらでは梅が満開です。で、昨日写真を撮ろうと思って朝それなりの時間に起きたのは良いものの、どうも眠気が残って布団でゴロゴロ。結局久しぶりの買い物に出るのが精一杯で写真撮影どころではありませんでした(泣)。今日が最後のチャンスでしょうから、何とか撮りたいところです。
 写真は勿論Photo Group 1で掲載予定です。1年近く更新してないのもありますが(音楽関係グループは更に酷いからな(汗))、春を予感させる風景、と言えば梅が良いのではないか、と思ったからです。春近き今しか咲かない花を撮りたい、という欲求が急速に高まりまして。
 以前のように徹夜して早朝撮影に行って朝食後作品執筆、という技は出来ないので(寝ないと精神状態が悪化して作品執筆どころではなくなる)、普通に寝て出来るだけ早く起きて撮影、という規則正しい生活に則らないといけません。今日も晴れてくれると良いんですけどね・・・。雨だともう梅の花が落ちてしまうでしょうから。
 無意識のうちに声量を絞ってしまった後半部分をしっかり聞き取ったんだろう。晶子が耳に手を翳して尋ねてくる。その顔には聞いてましたけど聞こえるようにはっきり言ってください、って書いてある。何を遠慮することがあるんだ?こんなに俺との二人三脚を一緒に、真剣に考えてくれているパートナーが居るんだから、言うべき時は言わないといけないよな。

「・・・晶子の将来にも関わることだから、経緯は話すよ。」
「はい。」

 晶子は嬉しそうな笑顔を見せる。俺もそれにつられて表情が緩むのを感じる。俺だって晶子との関係を大学時代の思い出にするつもりは毛頭ない。晶子を抱えて一人彷徨うんじゃない。晶子と一緒に将来を作って行くんだ。そのために「パートナー」っていう単語と関係があるんだから・・・。

 いよいよ個人面談当日。俺は初日の2番目。先頭の奴が−実験で同じグループの奴だ−結構長引いている。進路指導担当の教官の個室前で−此処が「会場」だ−腕時計と睨めっこを続けている。晶子には勿論、店にも個人面談があるから遅くなるかもしれない、と連絡してある。幾らバイトだからって、無断で出勤時間を前後させるわけにはいかないからな。

「祐司。決めてきたか?」

 左腕が軽く小突かれた後、智一が小声で尋ねてくる。廊下は静かだから大声どころか普通の声量でもかなり響きかねない。小声で丁度良いくらいだ。

雨上がりの午後 第1465回

written by Moonstone

「そうしてください。経緯は教えてくださいね?」
「それは勿論。・・・晶子の将来にも関わることだし・・・。
「え?何て言いました?」

2004/3/13

[歯噛み対策]
 昨日このコーナーで「最近無意識に歯を食いしばる癖がついた」とお話しましたが、このままだと本当に歯を磨り減らしてしまいかねないほど強く噛んでいるので(まあ、顎の骨は歯医者からも「立派な顎の骨持ってますね〜」と言われる、サメのそれを髣髴とさせるものですけど)、対策としてガムを噛むことにしました。このお話をしている今もガムを噛んでいます。
 口寂しさを紛らわせる意味もありますが、上顎の歯と下顎の歯の間の緩衝材にする目的が第一なので味はどうでも良く、更にシュガーレスタイプが望ましい、という判断で、それに該当するものを選びました。で、何度か噛んで柔らかくなったところで右奥歯に(此処に最も力がかかっている)挟み込む、と。
 やっぱり気付くと、かなり噛み締めてます。ガムの形を整えては(丸めるだけですけど)右奥歯に挟み込む、ということを繰り返しています。起きている時は良いですけど、寝る時はどうしようかな・・・。なまじ噛む力が強力なだけに(魚の背骨や箸先をも勢い余って噛み砕いてしまうくらいです(汗))、こういう妙な癖がつくと困るんですよね。本当に早く治したいものです。
 あ、そう言えば確かに・・・。晶子は悪戯っぽい笑みを浮かべて、言葉を失った俺の鼻先を人差し指で軽く突く。

「祐司さんも働くんですよ。色んなパターンが考えられますけど、私と一緒にお店で働いて、ギター演奏に力点をおく形にするとか、ある曜日だけお店で働いて、それ以外の日はちょっと遠いですけど小宮栄でしたっけ?そこのジャズバーとかを回って演奏するのも良いと思うんです。で、月曜だけお休みにすればしっかり私と一緒に居る時間も取れるでしょ?」
「ああ、そうだな。」
「もっとも必ず1日一緒に居る時間を取らなきゃ嫌だ、なんてことは言いません。祐司さんが外へ出ることになった場合は、出向くお店の営業曜日や時間を考えないといけませんからね。場合に応じてコミュニケーションを取る手段や時間を確保するようにすれば良いと思うんです。」

 何となく目の前が開けてきたような気がする。晶子の考えはこう言うのも何だが甘い観測とも言える。今のバイト先で二人揃ってフルタイムで働けるかどうかなんて分からない。
 だが、晶子が言ったように、場合に応じてコミュニケーションを取るようにしておけば、気持ちのズレがあっても話し合いで妥協点を見出すことも出来るだろうし、何を買うかとかそういう問題でも、相手にお任せじゃなくて双方の合意の上で進めることが出来る。分からないことは虚空を掴もうとするようなことになるかもしれない反面、それが出来る可能性を育んでいるのもまた事実。現実的可能性がないから駄目だ、と切り捨てていたら何も出来なくなってしまう。

「・・・一先ず、明日の個人面談では、晶子が焦点を絞ってくれた3つの選択肢を出してみることにするよ。明日で絶対決めておかなきゃならないってことはないんだから、将来を見据える一つの機会っていう位置付けで時間が許す限り話をして来る。」

雨上がりの午後 第1464回

written by Moonstone

「それだと・・・、それこそまさしく俺が晶子におんぶに抱っこになるんじゃないか?」
「私、一人で働くなんて言いましたっけ?」

2004/3/12

[何をもって歯噛みする?]
 どうも此処最近、気が付くと歯を食いしばっていることが多いです。私は数年前まで心配事や不安があったりすると指の皮膚を齧る癖があったんですが、それが今の病気を患うようになってなくなったかと思ったら、病気が一応快方に向かっている今になってその癖が突然浮上したり、それがなくなったかと思えば今度は無意識に歯を食いしばっているといった有様です。
 仕事は一つの山を越えた後も順調に進んでいますから、不安要素などは特に見当たりません。となると、残るはプライベート部分・・・。不安要素などが全くないといえば嘘になりますが、それが果たして歯を食いしばるようなことに結び付くのかどうかは分かりません。そもそも歯を食いしばることが爪を噛むのと同じような不安要素を紛らわせるための癖と言えるのかどうか・・・。
 歯を食いしばる時には、場合によっては数tの力がかかるとも言われます。ですから歯に良くないことは分かっているんですが、無意識にそうしてしまうのでどうにも出来ません。こういう変な癖を治す手段とかご存知であれば、是非教えてください。
「色々な生活スタイルが考えられると思うんです。私が所謂一般的な働き方をして、祐司さんが家のことをする一方で、例えば老人ホームとか養護施設とかを回ってギターを聞いてもらうっていうスタイルも考えられますし、サマーコンサートで一緒にステージに立てた・・・桜井さんでしたっけ?あの人みたいに、男の人が夜音楽の仕事に出かけて昼間は子どもの送り迎えをしたりして、女の人が一般的な働き方をするっていうスタイルもありますよね?私は祐司さんのパートナーになるつもりですしなりたいですけど、それは決して祐司さんの収入に依存したいっていう意味じゃないですから。」
「・・・晶子。」
「大丈夫ですよ。働き口なんて探せばそれなりにあるでしょうし、いっそこのまま今のお店で働かせてもらうっていうことも考えられるでしょ?私が家計簿をつけてるのは祐司さん、知ってますよね?」
「あ、ああ。」
「その計算によると、午後6時から午後10時までの4時間を週6日、1ヶ月が4週で時給が今の1300円だとすると、83200円になるんです。私と祐司さんを合わせれば166400円。二人で何処かのアパートに住めば、決して暮らせない金額じゃないと思うんです。」

 具体的数値が出ると説得力が増すな・・・。確かに俺の一月の仕送りは10万。正確に計算したことはないから分からないが、少なくとも不自由に感じたことはない。俺は服や食べ物に金をかけないタイプだし、そんなものに注ぎ込む金があるならギターの弦やシンセサイザーを買う。晶子も服やアクセサリーに金をかけるタイプじゃない。食べ物は美味いが絢爛豪華というわけじゃない。表現は悪いが「燃費が良い」女だ。

「それに、大学を出て今のお店で働くことに専念するとなったら、もっと収入は増えますよ。お店は午前11時からですし、昼食休憩で1時間を除いたとしても10時間。それを週6日で4週続ければ時給1300円で312000円。私一人でも十分二人生活していける金額ですよ。」

雨上がりの午後 第1463回

written by Moonstone

「私が働いて祐司さんが家事をする、っていう生活スタイルもあって良いと思うんです。まかりなりにも男女平等って言うんですから、どちらが収入を得てどちらが家のことをするっていうことは、それこそその夫婦の問題です。誰も口出しする権利なんてありませんよ。」
「・・・。」

2004/3/11

[替わって欲しくないなぁ・・・]
 昨日は結局アルコールを入れませんでした。調整が非常に難しいですし(目覚ましの音さえも無視するほど眠り込んでしまう可能性がある)、今は仕事で長期間且つ定期的な計測を行っているので(要求される時間安定性がかなり厳しい)、それに影響を及ぼす体調を狂わせるようなことは避けたかったからです。
 話は変わりますが、私がこのお話をしている時に聞いているラジオ番組「MOTHER MUSIC」(TOKYO FMをキー局にして全国37のFMをネットして月〜木の22:00〜23:55に放送中)のパーソナリティの田辺さん(漢字、間違ってない・・・と思う)が3月で「引退」します。番組開始以来のリスナーである私は当初こそ戸惑ったものの、軽快且つ音楽を主役にした絶妙な田辺さんのトークに慣れ親しみ、今ではネットや連載執筆と同じく日課の一つとなっています。
 リスナーの皆様にだけお話しますが、実は「MOTHER MUSIC」は連載でも登場させるつもりでいたんです。勿論番組やパーソナリティの名称はちょちょいと「変更」しますけど。田辺さんが「引退」することで「MOTHER MUSIC」がどんな風に変わるのか分かりませんが、替わって欲しくないです。ラジオ番組でパーソナリティが替わって良くなったという例は極めて稀ですからね。田辺さんの声が4月以降も別の時間帯で聞けることを期待して止みません。
「三つに絞れたわけですね。三つ目の選択肢で出ましたけど、祐司さんは出来れば何らかの形で音楽に関われる仕事を望んでるようですね。」
「ああ。そういうことになるな。その点から考えると、公務員という選択肢は一歩後退、かな。音楽関係の公務員なんて聞いたことがない。」
「敢えて言うなら国公立の芸術系大学の教官になりますけど、そういうところはその関係の学科を出ていないとなかなか入れないんじゃないですか?」
「そうだと思う。出ていても入れるっていう保障はないだろうし。」
「となると、公務員という選択肢を選んだ場合、音楽は趣味の範囲に留めることになりますね。」
「そういうことになるな・・・。」

 音楽はあくまでも趣味の範囲に留めておくべきなんじゃないか、という考えは確かにある。そういう考えがあるからこそ、今こうして進む方向を絞れずに右往左往しているだろう。晶子やマスターや潤子さん、それに店に来る客は俺のギターの腕を高く評価してくれている。だが、その数は全国という視野で見れば微々たるもの。そんな状況で音楽の道に飛び込んで晶子と生活していけるのか、という疑問がある意味及び腰な考えを生んでいるんだろう。
 だが、俺の腕が何処まで通用するのかどうか試したい、という考えも確かにある。それを音楽の道に直結させるのはいかがなものか、という疑問もあるが−だから今尚こうして迷っているんだろうが−、試せるものなら納得いくまで試してみたいと思う。
 俺の考えは甘いかもしれない。納得いくまで試して挫折した時点でやり直しが出来る状況があるかどうかなんて保障は勿論ありゃしない。そんな落とし穴に嵌まってしまったら、俺は文字どおり晶子におんぶに抱っこになってしまう。晶子にそこまで負担を背負わせたくない。

「私を食べさせていかなきゃいけない、とか、そんなことは考えないでくださいね。」
「え?」

 思わず聞き返してしまう。晶子は本当に俺の心が読めるんだろうか?

雨上がりの午後 第1462回

written by Moonstone

「一つ目は・・・プロのミュージシャンへの道。二つ目は・・・公務員。地元に戻るかこの町に留まるかは未定。三つ目は・・・会社員。出来れば・・・音楽と何らかの形で関わりが持てる企業が良い。レコード会社とか。」

2004/3/10

[すっかり寝てた・・・]
 どうも平日は就寝がずれ込みがちなので、心が緩むと溜まっていた眠気が噴出してくるようで・・・。昨日は予定どおり仕事を一つ完了させ(計算はしていたとは言え、あんなに何事もなく進むとは思わなかった)、次の仕事の設計図を仕上げ、制作準備を終えたところで(部品とか揃えないと作れませんからね)終了。あっという間に過ぎた1日の終わりを自宅で寛いでいたら、何時の間にか眠ってました。このお話は寝起きでしています。
 予定どおり一つの山を越えたことで、気が緩んだんでしょうね。薬がないと寝られない筈の私でさえ、1時間あまり眠ってましたから。本当なら連載のストックを増やしておくべきなのですが、自然に眠れる時に眠っておくべきでしょう。普段はどれだけ眠くても薬を使わないと眠れないばかりか、身体は寝ているのに頭は起きている、所謂金縛り状態になって酷い目に遭わされるだけですからね(あの幻覚と幻聴は洒落にならない)。
 次の仕事が本格的にスタートするにはまだ多少余裕があります、部品やケースが揃わないことには作ろうにも作れませんからね(魔法使いじゃない)。その間に出来る範囲の準備を整えておけば、部品やケースが揃った段階で一気に作れるというもの。今回得られた重要な情報を基に進めていこうと思います。今日は勤務終了後久々の飲み会。少しアルコールを入れるかな・・・。
「そうかもしれないけど・・・、晶子はいい加減聞き飽きただろ?おまけに此処が晶子の家だってことを忘れて考え込んじまう有様だし・・・。」
「ゆっくり出来る場所と時間だからこそ、じっくり考えることが出来るんじゃないですか?」
「そうだけど・・・、迷惑じゃないか?」
「いいえ、ちっとも。」

 晶子は温かい笑みを浮かべる。それがなまじ温かいだけに、余計に申し訳なく思う。こういう時、今度のデートは何処に行くとか、まだ早過ぎる感もあるが、今度のクリスマスイブはどう過ごそうとかで盛り上がるのが大学生のカップルなんじゃないかな・・・。

「私は祐司さんと一緒に居ますからね。」
「晶子・・・。」
「明日の個人面談は祐司さんにとって大きな関門だと思うんです。今はそのことだけ考えてくれれば良いです。私は話を聞いて自分が思う範囲でしか言えませんけど、それで良かったら、この場所とこの時間と・・・私を提供します。」
「・・・ありがとう。」

 それしか言えない自分がもどかしい。だが、そう言ってくれる存在が身近に居るなら、表現は悪いがそれを生かさない手はないんじゃないだろうか?明日の個人面談に向けて自分の進みたい、或いは進める可能性のある道を絞り込んでおくべきなんじゃないだろうか?

「まずは、祐司さんが今進みたい、或いは進める可能性のある道を整理することから始めたらどうですか?親御さんや先生がどう言うかは一先ず考えないことにして。」

 俺の心が読めるのか?・・・まあ、俺に隠し事やアンニュイは似合わない、って前に智一が言っていたが・・・。

雨上がりの午後 第1461回

written by Moonstone

「この期に及んでもまだ自分の将来を決められないなんてな・・・。」
「でも、迷うってことはそれだけどの道に進むか真剣に考えてるってことじゃないですか?」

2004/3/9

[こ、このガキ・・・(怒)]
 脳貧血はどうにか治まり、仕事の方も一つ完成の目処がつきました。予定では今日完成します。厄介なパネル加工(メーターやスイッチを装着するのに必要な穴を開けること)が職場の人の手を借りることであっさり終了したので(私は電気工作関係ですが、機械工作関係の人も居ます)、それで余った時間を配線に回せたので予想より早く完成の目処がついたわけです。私、不器用ですからね。なのによくICとか扱えるな、という疑問は思っても口にしないでください(汗)。
 で、昨日は恒例(?)にしたがって「名探偵コナン」を見たわけですが・・・、やっぱりあのガキ気に入らん(怒)。これまで有名タレントを気取った(まあ、実際有名なタレントという設定なんですが)態度だったのに、こともあろうにお子様的態度に変貌して蘭ちゃんに抱っこをせがんで抱っこしてもらったと思えば、「ホクロはもっと下の方にあったと思う」なんて言って更に下を見ようとしやがるし(怒)。
 原作読んでますから知ってはいたんですけど、今回は今までになく腹立ったな・・・。推理ものには無縁だったばかりか毛嫌いさえしていた(犯人やトリックが全く分からないから)私が「名探偵コナン」を見るようになったきっかけが、「Secret of my heart」を歌う蘭ちゃんを見たことなので、蘭ちゃんの幸せを望む一方で蘭ちゃんには誰もくっついて欲しくないという複雑な心境(^^;)。
 智一の言葉に相槌を打った俺は、止まっていた食事を再開する。確かに今は実験を終わらせることが先決だ。実験に一区切りついたことで、今生協へ遅い昼食を摂りに来たんだから。それに智一が言ったとおり、明日の面談で全てが決まるわけじゃない。とりあえず現時点では、というくらいの気分で臨めば良いのかもしれない。
 しかし、何れにせよある程度は固めておかなければならないのは間違いない。明日の面談でも「何も考えてません」と言うのはちょっといかがなものか、と思う。迷っているならどの方向で迷っているのか、第三者の意見を聞く機会として今度の面談を生かすという考え方も出来るな。

「祐司さん?」

 俺の名を呼ぶ声と俺の視界を占拠した晶子の顔で俺は我に帰る。すっかり考え込んでしまっていたようだ。

「あ、ああ。悪い。考え事してたから・・・。」
「・・・明日の個人面談のことですね?」

 晶子の問いに俺は無言で頷く。予想どおりというか、実験の終了がずれ込んだ上に、これまた予想どおりというか、智一を含めたグループのメンバーが担当教官の質問にろくに答えられなかったことで説教を食らい、結局俺が全部答えて解放と相成った。
 晶子の家に着いて夕食を食べたのが夜の9時過ぎ。晶子は茶を飲んで待っていたというが、相当腹が減っていた筈だ−俺が腹減っていたということから推測してのことだが−。その上明日のことで頭がいっぱいになって晶子の存在を忘れてしまっていてはどうしようもない。情けなさで溜息が出る。
 明日の個人面談のことは勿論前から晶子に話してある。バイトが終わった後や月曜の夜に必ずと言って良いほどそのことを、もっと突っ込んで言えば俺の進路をどうするかを話している。もっとも結論が出たわけじゃない。晶子には俺の心の天秤が激しく揺れ動いている様を話すのが精一杯だ。それが余計に情けない。

雨上がりの午後 第1460回

written by Moonstone

「とりあえず今は・・・、実験を終わらせることに専念しようぜ?」
「・・・そうだな。」

2004/3/8

[方言の記述]
 昨日、日中殆ど寝てしまう(どうも眠気が残る)、夕食の鍋をうっかり焦がしてしまう、といったアクシデントに見舞われながらも、どうにか土曜日から持ち越していた新作の続きと合わせて2本の新作を完成させました。昨日書いた新作は下書きが出来ていたので、それを加筆修正するくらいだったので、あまり時間がかからなかったんですよね。
 そんな中、最も梃子摺ったのが方言の記述。今度登場する新キャラは方言を喋るのですが(どんな方言かは公開の日を楽しみに、ということで)、方言を一発入力することは出来ないので、一旦標準語で入力して必要個所を修正する、という方式を採用したのですが、これがなかなか面倒で・・・。
 小説に限らず方言を喋るキャラが登場する作品があまりないのは、記述が面倒という側面もあるのかな、とふと思いました。こういう時、自分が喋った言葉を適切な感じを当てはめて入力出来るというソフトがあればなぁ、と思いますね。下書きがある今はまだしも、それがなくなった以後はどうすりゃ良いものやら・・・。

「大学院進学って道は?」
「そんな金ないよ。此処に進学して一人暮らしを始める条件も、俺がバイトで生活費を補填(ほてん)して4年できっちり卒業、仕送りは10万円きっかり、っていう条件を飲んでのことだからな。そもそもこんなご時世、大学院に進学したところで選択肢が広がるっていう保障もないし。」
「そりゃまあ、そうだな。それに研究職に就こうってならまだしも、お前の実家の経済事情から推察するに、大学院進学を認めるとは思えん。」
「だろ?一体どうすりゃ良いのか・・・。」

 俺の言葉に深く重い溜息が混じる。ボツボツ食事を進めるが、味わったり休憩したりといった雰囲気は微塵もない。ただ空腹を満たすために食べているだけ、という表現がぴったりだ。

「お前の音楽の腕前がどの程度のものかは知らんが、なまじそれが趣味の範囲で収まらないから悩むんだろうな。」
「それはある。」
「更にお前には晶子ちゃんが居るから、その関係を続けることを考えると余計にお前に圧し掛かる期待が負担になるわな。」
「・・・ああ。」
「お前に散々世話になってる俺がこんなこと言うのも何だけどさ・・・、お前の将来は最終的にはお前が決めることだ。それに今度の面談ですべてが決まるわけじゃない。よく考えることだな。」
「・・・ああ。」

 俺は短く応えてまた溜息を吐く。幾ら溜息を吐いても結論が出るわけじゃないことは分かりきっている。だが、今俺に出来ることと言えば溜息を吐くことくらいしかないという自分と自分が抱える現実が情けない。自分のことだってのに・・・。本当にどうすりゃ良いんだ?人生にセーブ機能とリセット機能があれば、とつくづく思う。この時点でセーブしてある選択肢を選んで、行き詰まったらリセットしてセーブした時点からやり直す・・・。ゲームを殆どやったことがない俺だが、これがゲームの世界だったら、と思えてならない。

雨上がりの午後 第1459回

written by Moonstone

 しかし、何れは親に告げなければならない時が来る。それ以前に進路指導の教官に自分の将来計画を言うという「関門」がある。それを突破するための「通行料」を一銭も用意出来ていない今、俺自身の将来という課題が重く両肩に圧し掛かってくるのを感じる。

2004/3/7

[買い物取り止め]
 土曜日は買い物に行くのが慣習なのですが、昨日は行きませんでした。特に急いで買わなければならないものがなかったというのと、9時に起床したものの眠気が残って、結局12時までずれ込んだというのが理由です。もう面倒だから良いや、って感じで。
 起床が大きくずれ込んだ分執筆活動の開始もずれ込み、15時頃からボツボツ始めました。プロットは決まっていたのでかなりスムーズに進みましたが、何分始めるのが遅かったので完成には至らず、翌日に持ち越しとなりました。まあ、止むを得ません。それに昨日の段階で連載のストックを使い果たしたのでその補充も必要でしたから。
 脳貧血も相変わらず続いていますし、約一月ぶりの本格的執筆活動再開ということで、戸惑いがあることは否めません。まあ、折角の休日ですからひと踏ん張りして一つでも多く作品を仕上げたいと思います。

「・・・その様子だと、まだ決めかねてる、ってところか。」
「・・・ああ。」
「晶子ちゃんは、何て言ってるんだ?」
「俺が音楽の道を進むなら、それを支えるような職を探す、って言ってる。何れにせよ、俺との関係を大学時代の思い出の一つにするつもりは毛頭ないそうだ。これは俺も同じだがな。」
「そうか・・・。なら、祐司の決断次第ってところか。」
「そういうこと。」

 俺はそう言って溜息を吐く。こうやってスッパリ言えればどんなに楽なことか・・・。未だ決められないで居る俺の優柔不断ぶりがそもそも問題なんだが。

「親には相談したのか?」
「以前、電話でそれとなく言ったことはある。」
「で?」
「あんたの性格では会社ではやっていけないし、身分も保証されてるから公務員を目指せ、だとさ。」
「音楽の道を進むってのは?」
「言える雰囲気じゃなかったよ。電話に出たのは母さんだけど、生返事するしかなかった・・・。」

 俺は溜息混じりに智一の質問に答える。前期試験が終わった直後の日曜日に実家に電話した。試験が終わったという近況報告と智一に言ったとおり、遠回しに自分の将来をどう思っているか聞くために。近況報告はそれとして、俺の将来については智一に言ったとおり、公務員を目指せ、の強い押しの一手のみ。とても音楽の道に進もうという考えもある、なんて言い出せなかった。

雨上がりの午後 第1458回

written by Moonstone

 俺は黙り込むしかない。未だもって「普通」の道か音楽の道かを決められないでいるんだから。唐揚げを口に入れる。晶子が作る唐揚げとは違う味も、美味いとか不味いとか感じる心理的余裕もないまま、何度か噛んで飲み込む。

2004/3/6

[頭が冷える・・・]
 梅は咲いているのに真冬に戻ったかのような寒さが続く今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか?今年の風邪はインフルエンザ並み、或いはそれ以上に質が悪いようですので、十分な休養と栄養で乗り切ってください。もう杉花粉も飛んでいるようですし、花粉症の方には二重三重に厳しい季節なんでしょうね。幸い私は花粉症ではないので、その苦しみは想像の域を出ませんが。
 その代わりというか、私は此処最近ずっと脳貧血に悩まされています。表面はそれなりに火照っているのに内部が凍えている感覚が頭で起こるので、思うように身体が動きませんし、思考も進みません。元々私は低血圧なんですが、前回の出張で薬を飲まなかった後遺症が今になって表面化してきたのかもしれません。
 それでもどうにか今日の更新に新作を揃えられました。個人的にはNovels Group 1を落としたのが痛いんですが、今回はこれが限界です。新作を書くのと引き換えに連載のストックを使いきりましたし・・・。次こそ文芸関係6グループの揃い踏みをしようと思いますので、それまでお待ちください。

「そ、そんなに怒るなよ。一応これでもお前には悪いことしてるっていう自覚はあるんだからさ。」
「自覚があるだけまだ良しとしておくか。・・・で、何だ?」
「明日、4コマ目の講義が終わったら、進路指導の教官との個人面談だろ。」
「そんなこと、言われなくても分かってる。」
「や、やっぱり怒ってる〜。」
「そう聞こえるなら、俺の今の心情が伝わってるって証拠だな。」

 俺が唇の端を吊り上げると、智一は引き攣った笑みを浮かべる。

「そ、それはそれとしてだな・・・。お前、将来はどうするんだ?」

 智一が発した疑問で、俺の唇の端が元に戻っていく。そう。いよいよ自分の将来の方向と正面から向き合わなきゃならない時が明日に迫って来た。後期の講義日程が発表された日に、掲示板に3年生、すなわち俺と智一が含まれる学生を対象にした進路指導の教官との個人面談の日程を書いた紙が張り出されていた。勿論俺が所属する電子工学科は100人くらい居るから、一日二日で終わるものじゃない。出席番号順に1日10名くらいの割合で日程が組まれている。俺と智一は初日の明日だ。出席番号はあいうえお順だからそうなってしまったんだが。

「・・・そういうお前はどうなんだ?」
「俺は親父の会社に入る。兄貴も姉貴もそうだし、親父の会社は今、多角的事業展開の真っ最中だから、そういうところで楽しみたいと思ってな。」
「気軽なもんだな。」
「まあな。で、お前は?」

雨上がりの午後 第1457回

written by Moonstone

「なあ、祐司。」

 食べ始めたばかりのところに智一が話し掛けてくる。俺は口に運びかけていた唐揚げを皿に戻して顔を上げる。

2004/3/5

[どうしましょう?]
 このページでは主に3つの長編が展開されています。Novels Group 1の「Saint Guardians」、Novels Group 3の「雨上がりの午後」、Side Story Group 1の「魂の降る里」。そのうち、「雨上がりの午後」と「魂の降る里」の今後をプロットにしたがって並べてみたところ、2作品揃ってChapter200(200章)を突破するのは確実だということが判明しました。
 ただ200と口にしただけでは大したことない、と思われるかもしれませんが、隔週更新にするとしたら1年で約26編。1編につき約30kB、今後100編を公開すると仮定して単純計算しても約4年、約3MBを必要とします。容量はまだしも、年数が洒落になりません。
 果たしてこれだけの長期連載にどれだけの読者がついて来てくれるのか・・・。正直言って不安だらけです。勿論私は書きたいですし、始めた以上は完結まで持っていくのが作者の責任だと思っています。しかし、今でも作者の私自身読み返すのが大変な長編をどれだけの方が読んでくれるのか・・・。ひたすら書く以外に突破口はないのでしょうかね、やっぱり。
 智一がまたぼやく。俺は何も言わずに定食の食券を買ってトレイを持ち、そこに買った食券と箸と茶碗を小さくしたようなコップを乗せて、行列に並ぶ。行列と言ってもそれほど待たずに済む程度のものだ。
 前期の試験がようやく終わったと思ったら直ぐに後期の講義が発表されて、間もなく試験結果が発表された。俺はどうにか受けた講義の分の単位を取ったが、智一はそのぼやきのとおり、電気回路論Uの他、幾つか単位を落としてしまった。その中には4年への進級に必要な必須科目もある。電気回路論Uはその一つだ。ぼやきたくなる気持ちは分からなくもないが、追試がない以上はとっとと諦めた方が今後のためだと思うんだが。それに・・・。

「実験、しっかりやれ。」
「そ、それは分かっちゃいるけどさ〜。」

 智一は妙な旋律に乗せた誤魔化しを言うと、視線を明後日の方向に逸らす。俺は溜息を吐いて前に向き直る。後期に入っても俺の苦労は絶えない。仮配属中の研究室での週1回のゼミでは質問攻めを浴びるし、実験は智一を含めたお荷物3人を引き摺って進めなきゃならないし、苦労して書き上げたレポートは提出前にクローンが作られる。もう溜息しか出て来ない。今日の実験もそうなることが分かりきっている。賭けの対象にもならない。
 流れ作業のようにご飯と味噌汁と定食メニュー−今日は唐揚げか−の乗った皿を受け取り、先に席を確保してからコップを持って茶を汲みに行って席に戻る。智一が俺の動きにディレイ(註:時間遅れのこと)を加えたような動きで向かいの席に座る。昼食ラッシュはとっくに過ぎた時間帯だから、余裕を持てる。こんな形で余裕なんて単語を使いたくないんだが。

雨上がりの午後 第1456回

written by Moonstone

「あー、それにしても、電気回路論Uの単位取り損ねたのは痛いよなぁー。」

2004/3/4

[鶏インフルエンザあれこれ]
 山口、大分に続いて京都でも高病原性鶏インフルエンザ(以下鶏インフルエンザ)が発生し、今回は食肉加工されたものが間接的とは言え消費者の口に入りました。伝染病の被害拡大防止に必要な情報伝達と防疫措置が遅れたのが原因です。風評被害を恐れてのものかもしれませんが、異常を行政に報告しなかった養鶏業者と「一部地域だけのもの」と楽観視してろくな対策を取らなかった行政の責任は重大です。
 しかし、鶏に限らずインフルエンザウィルスは非常に熱に弱く、75度で1分加熱すれば死にます。鶏肉や卵もきちんと焼いたり煮たりすれば(これらは全て加熱調理ですからね)問題なく食べられます。伝染力は強くても耐久力は弱いのがインフルエンザウィルスの特徴です。ですから無闇に恐れる必要はありません。鶏肉や卵を食べられない、ということはないのです。BSE(牛海綿状脳症)とは根本的に背景が異なります。
 こういう時にこそ、行政の正確な情報伝達はもとより、私達消費者の「見る目が問われます。病気だから危険だ、だから食べるな、と何もかも短絡的に結び付けていては何も食べられません。鶏インフルエンザウィルスより残留農薬や食物連鎖による蓄積毒物の毒性の方がはるかに致死性が高く、私達の身近にある問題です。行政が当てにならない以上、私達消費者が「見る目」を養って自らを守る必要があると思います。
 マスターはアルコールランプをサイフォンの下から退ける。潤子さんは一見聞いていないようだが、その楽しそうな横顔が話を聞いていることを如実に物語っている。当時を思い出しているんだろう。

「これでもう一組結婚確定のカップル誕生、ってわけだな。めでたいめでたい。」
「え、いや、あの、結婚はまだ先の話で・・・。」
「堂々とお揃いの指輪を左手薬指に填めていて、その上あそこへ願掛けに行っておいて、今更何を言う。」
「祐司君。もう逃げ隠れは出来ないわよ。」

 それまで黙っていた潤子さんが不意に俺の方を向いてウインクしたと思ったら、何事もなかったかのように皿を取り出して手早く形良く直角三角形のサンドイッチを盛り付けていく。俺は小さい溜息を吐いて頭を掻く。参ったな・・・。今度は式場の相談になる・・・のかな?

「祐司君。早速だけどこれ、5番テーブルにお願いね。」
「あ、はい。」

 俺は我に帰って潤子さんからサンドイッチの乗った皿を二つ受け取る。それと時を合わせてドアが開き、カランカラン、という軽やかなカウベルの音と共にスーツ姿のOL風の女性が3人入って来る。見慣れない顔だな。

「「「「いらっしゃいませ。」」」」
「へえ。良い感じのお店じゃない。あんたの情報にしては随分正確ね。」
「どういう意味よ。」
「止めなさいよ、二人共。あ、席空いてます?」
「3名様ですね?ご案内します。どうぞ。」

 晶子がキッチンから出て3人を先導して客席へ向かう。俺はサンドイッチの乗った皿を両手に持ってその後を追う。どうやら今日も忙しい日になりそうだ。仕事に励むとするか。終わったら何が待っているのかは見え見えだけど・・・。

雨上がりの午後 第1455回

written by Moonstone

「何の話ですか?」
「おっ、昨日井上さんと『別れずの展望台』で願掛けして来たんだって?」
「え、はい。」
「どうりで井上さんが、いきなりあそこへの行き方やレンタカー会社の場所を聞いて来たわけだ。」

2004/3/3

[三歩前身、二歩後退]
 何やら暖かくなったり寒くなったり忙しないですね。こういう時が最も体調を崩しやすいので、リスナーの皆様もご注意くださいませ。かく言う私は概ね良好です。ただ、脳貧血を起こしているらしくて頭だけが冷えている感じがします。元々私は血圧が低いので(最高値が110を下回る時もある)こういうことはさして珍しくないんですけどね。
 さて、今日は桃の節句。私は男ですし(初めて知った、なんて方もいらっしゃるかな?)兄弟も男しか居ないですし、更に娘が居るわけでもないので桃の節句にはてんで縁がないんですよね。せいぜいブラックな替え歌を口ずさむ程度です。此処じゃとてもお話出来ないですが。
 桃の節句では甘酒がつきものだと思うんですが、私はアルコール類の中で甘酒だけはどうしても馴染めません。あの臭いと味が・・・。日本酒のように味も香りも楽しめる甘酒が出ないものでしょうかね。「あの匂いと味だからこそ甘酒だ!」と仰る方も居られるでしょう。酒は飲んでも飲まれるな(飲まれた経験者談)。
 潤子さんは手際良く二人分の食事を用意しながら返事をする。程なく食事の準備が整い、潤子さんが食事の乗ったトレイを両手に持ってカウンター越しに差し出す。

「はい、どうぞ。」
「「いただきます。」」

 俺と晶子は食事の乗ったトレイを受け取ってテーブルに置き、早速食べ始める。ご飯に豆腐の味噌汁、回鍋肉に胡瓜ともずくの酢の物というメニューだ。潤子さん手製の料理は本当に美味い。勿論、晶子の料理と共に天秤に掛けられたら、どちらに傾くか以前に晶子の料理を選ぶけど。
 ほぼ同時に食べ終わり、ご馳走様でした、という言葉を添えてトレイごと食器を差し出す。コーヒーを沸かしていたマスターがそれを受け取ったのを見て俺と晶子は席を立ち、カウンターの内側に入る。俺は着替え、晶子はエプロンを着けて髪を束ねるためだ。食事の終わりは同時にバイトの始まりでもある。
 俺はさっさと着替えてふと鏡を見る。普段は襟が曲がっていないかどうか念のためチェックするだけなんだが、何となく今日は鏡に映る自分が気になる。襟は・・・曲がってない。髪も・・・乱れてない。何故だろう?自分自身でも何とも言えないものを感じる。念のために襟を整え直し、髪を手櫛で梳いてみる。・・・よし、これでOKだな。

「ほう、あそこへ行ったのか。」
「マスターも知ってるんですか?」
「知ってるも何も、俺と潤子も結婚前に行ったんだよ。」

 店の方から声が聞こえて来る。俺が小走りでキッチンに出ると、エプロンを着けて髪を束ねた晶子が少し驚いたような表情をしていて、マスターはコーヒーのサイフォンをかき回しながら明るい表情を晶子に向け、潤子さんも楽しそうな表情でサンドイッチを作っていた。

雨上がりの午後 第1454回

written by Moonstone

「おっ、今日も仲良く揃って出勤か。」
「「こんにちは。」」
「こんにちは。元気が良いな、結構結構。あ、サンドイッチセットをコーヒーで2つ。5番テーブルな。」
「はい。コーヒーの方はお願いね。」

2004/3/2

[果たして間に合うか?]
 この前の休日は、先週私が薬の持参を忘れたがための身体機能麻痺の後遺症を完全に消滅させるための静養に費やしたため、1つも新作が書けませんでした。そのため、3/6に予定している大規模更新に「雨上がりの午後」以外の新作が出せない可能性がきわめて濃厚になってきました。幾ら何でもそれはまずい、ということで、急遽昨日から新作執筆を開始しました。プロットは出来ているので、あとはひたすら書いていくだけです。
 しかし、普段は休憩を挟んで6〜8時間を要する新作執筆を、果たしてウィークディの4日間(金曜は更新準備のため除外)で出来るのか?幾らプロットが出来ているといっても、それですら時間を要する新作執筆をごく限られた時間、しかも分散させて出来るのか、不安要素は大きいです。でも始めないことには始まりません。昨日はどうにか予定の1/3程は書けました。通院で帰宅がずれ込み、時間的余裕がよりなかったにもかかわらずこれだけ書けたのならまあ良いか、と思っています。
 さっと読む時は1分かかるかかからないかという量(私としては30kB近傍が目安)でも、書くためにはその何百倍もの時間と集中力と体力を要するものなんです。そこまでして書かなくても、と思われるかもしれませんが、何もしなくても1000や2000のアクセスを稼げるページではありませんから、「生きている」ことを絶えず示す必要があるんですよ。まあ、3/6付更新をお楽しみに、と言っておきます。
 夕闇の足音が聞こえ始めた空の下、俺と晶子は「通勤路」を歩く。時折遠くで車の走行音が浮かんでは消えるだけの静かな住宅街は、ちょっとしたデートコースでもある。何度も歩いた筈の道なのに、今日は何だか違う気分を感じる。やっぱり・・・熱い夜を過ごした後だからだろうか?俺の心の中にはまだ余韻があるようだ。晶子はどうなんだろう?聞いてみたい気もするが、聞くべきものじゃないだろう。
 前方に、緑の小高い丘とその頂上に立つ洒落た洋風の白い建物が見えてきた。俺と晶子が同じ時間を過ごすもう一つの場所・・・。たった1日だけ間が空いただけなのに、何だか不思議と新鮮な風景に思える。バイトを始めて間もない頃のようだが、あの時と今とでは決定的に違うことが一つある。
 点々とした石畳を歩いて丘に上り、「OPENING」のプレートがかかったドアを開ける。カランカラン、という軽やかなカウベルの音が響く。

「「こんにちは。」」

「いらっしゃいませ。あら、今日はどうしたの?」

 潤子さんの声が俺と晶子を出迎える。

「どうした、って何がですか?」
「仲良く手繋いでるじゃないの。」

 潤子さんに言われて、ようやく俺は今の晶子との状況に気が付く。俺は晶子と手を繋いで来たんだった。手を繋いだのが何時何処だったかも思い出せないほど自然に手を繋いでいたということだ。少なくとも俺は。

「羨ましいですか?」
「あら、言ってくれるわね。晶子ちゃん。何か良いことあったの?」
「さあ。」
「ふふっ、とぼけちゃって。良いことありました、って顔に書いてあるわよ。」

 潤子さんは楽しそうに微笑む。晶子は嬉しそうに微笑んでいる。俺と晶子は此処へ来てようやく手を離し−名残惜しいのは勿論だが−、カウンターに並んで座る。何時もの席に、何時ものように。ふと客席を見ると、かなり混んでいる。どうやら今日も忙しい日になりそうだ。建物の雰囲気に合わせた白いテーブルと椅子の組み合わせで出来た森の中から一匹の、否、一人の熊が小走りで出て来る。

雨上がりの午後 第1453回

written by Moonstone

 それにも関わらず、晶子は真剣に俺の話を−戯言と言うべきか−聞いてくれた。そして、俺がどちらの道を選ぶにしても触れ合いの時間を持つようにしよう、ずっと一緒に居よう、と言ってくれた。その言葉を改めて聞けただけでも心強く思えた。同時に、俺独りだったらどうなっていたんだろう、と思って怖くもなった。・・・そっちの方向は考えない方が無難だな。

2004/3/1

[麻原判決に思うこと]
 昨日も消化器の機能不良と左半身の機能不全が若干残っていたので、大事を取って一日寝ていました。このお話をしている2/29 23:00にはほぼ完全に回復しました。今日からの本業再開も問題ないでしょう。
 本当は2/28のこの欄でお話するつもりだったのですが、事情が事情だけに止むを得ないでしょう。オウム真理教の教祖麻原被告に対する判決が2/27に下ったのは私も出張先で聞きました。帰路の車中でもラジオで繰り返し放送してましたからね。様々な事件を首謀、先導し、多くの人々を殺傷し、恐怖のどん底に陥れたその罪は決して免れられるものではありません。現在の刑法における最高刑である死刑は当然でしょう。
 しかし、麻原が死刑になったからといって、失われた命や時間が取り戻せるわけではありません。今尚PTSDで苦しんでいる方も多いと聞きます。何故もっと早く警察や行政が動かなかったのか、何故所謂「エリート」があのような教義を持つ宗教に走ったのかetc.。一連の事件やその経過を全て明らかにして教訓として共通認識を持ち今後に生かすことが、今に残された我々の使命ではないでしょうか。
 晶子は涙で潤んだ瞳を瞼で閉ざし、歓喜の表情を見せてから俺にがばっと抱きついてきた。俺は自分でも心が安らぎ、温まるのを感じながら、晶子を優しく、しっかり抱き締める。

「これで終わりじゃ・・・ないんですね?」
「そんなわけない。昨日、あの展望台で願掛けしたばかりだろ?そうでなくても、終わりになんか・・・するもんか。」
「祐司さん・・・。」

 俺の左頬で滑らかな感触がゆったりした間隔で前後に揺れる。その心地良さに俺は自然と目を閉じて、よりその感触をはっきり感じようと顔を左右に動かす。指数関数的に愛しさが膨らんでくる。俺は晶子をしっかり抱き締める。離さない。離すもんか。絶対に・・・。俺が今抱き締めている愛しい存在を・・・離してなるものか・・・。

 結局バイトの時間になるまで晶子の家に居座ってしまった。俺が言い出したわけでもなく、晶子が言い出したわけでもない。一頻り抱き合った後俺が風呂に入ってからは−晶子は俺より先に目を覚まして風呂に入ったそうだ−、昼食の準備と後片付け、そして日記付けの時を除いてずっと、俺と晶子は隣り合った「指定席」に座っていた。それが自然なことのように。
 その間何をしていたかと言えば、大半は会話だった。内容は主に将来のこと。どうしてもそっちの方向に話が向かってしまった。だが、休みが明けて少ししたら前期試験があって、その後には進路の決定がいよいよ現実味を帯びてくる。言い換えれば、もう結論の先延ばしが出来ない時期が迫って来ているわけだし、今後も晶子との絆を維持していくことも考えれば、話の方向がそっちに向かうのは必然的だったと言える。
 話しているうち、俺の発する言葉は悩みと言うか迷いと言うか、そんなものばかりになってしまった。この期に及んでもまだ自分の将来を明確に出来ないことが、もどかしいを通り越して情けない気分になった。俺が所謂「真っ当な道」を歩むのか、それとも音楽の道を歩むのかで晶子との触れ合いの時間の取り方が大きく変わってくるというのに、肝心の俺が進行方向を迷っていてはどうしようもない。考えれば考えるほどどちらの道を選べば良いのか分からなくなって、最後に出たのは溜息、という有様だ。

雨上がりの午後 第1452回

written by Moonstone

「晶子が言いたいことは・・・分かったつもりだよ。だからもう良い。俺が晶子を真剣に愛してることが伝わってることと、晶子が真剣に俺を愛してくれてるってことが改めて確認出来たから。」
「祐司さん。」


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