芸術創造センター こぼれ話
Dropped talk of Performing Arts Center

2000年1月31日更新 Updated on January 31th,2000

2000/1/31

 昨日はトップページのデザイン変更で力尽きて眠ってしまったので出来なかった写真撮影を決行しました。今回は構想していた撮影場所が遠いので始発電車に乗って出掛けました(^^;)。始発電車に乗ったのは初めてだったのですが、もう兎に角寒いこと(泣)。夜と区別がつかない(ていうかまだ夜)暗闇に、ライトに照らされて浮かぶ白い息が大きく広がりました。
 今回の撮影場所と決めていたのは港です。これまた寒い(泣)。電車が多少遅れたのと距離があったせいで曙の様子が撮れなかったのは残念ですが、その代わり適度に雲があって変化のある空が撮れたのと、偶然「あるもの」に出くわしたので、それをテーマに相当数の写真を撮りました。前も気まぐれに訪れた時に偶然イベントに出くわしたので、何だか不思議な気分です。

 撮影時間は2時間以上。往復に含めた時間を含めると5時間以上かかった長時間の撮影で、寝不足も重なってもうフラフラ(汗)。帰宅後は写真の整理とこのコーナーの準備を除いて大半寝てました(^^;)。寒さと眠気に翻弄されながら走り回って撮影した写真の一部は、来週の定期更新でお見せできると思いますのでお楽しみに(^-^)。
 思えば突然絆を失ったあの日以来、俺はその後遺症で激しい脈動と震動を繰り広げる自分の感情に振り回されていた。そして色々なことが息つく間もなく降りかかってきた。井上との出会い、執拗ともいえる井上からの接触、同じバイトの始まり、そしてその井上に音楽を教え、歌えるようにする為の指導・・・。それらが井上の初ステージの成功という形で一区切りを迎えて、ようやくあの日以外の過ぎ去った時間を振り返る余裕が、自分の心の中に生まれたんだろう。
 その井上とは今日の午後、東門前で待ち合わせるという約束を交わしている。女と待ち合わせの約束をするなんて、あの絆が途切れて以来もうないだろうと思っていた。そしてしたくもないと思った。だが、あれほど接触を避け、疎ましくさえも思っていた井上からの誘いを、俺はあっさりと受け入れた。・・・本当に不思議なものだ。

「おい祐司。どうしたんだよ、お前。」

 智一の声で俺は我に帰る。何時の間にか2コマ目の講義が終わり、続々と教室から引き上げていく中、俺はノートを広げたまま正面を眺めたままだったようだ。何かを考えているうちに意識が何処かへ行ってしまう癖が付いてしまったんだろうか?

「早く行かないと、食堂いっぱいになっちまうぜ。」
「あ、ああ悪い。ちょっとぼうっとしてた。」

 俺は鞄に放り込むように荷物を片付けると、いそいそと立ち上がる。智一が怪訝そうに俺を見ている。余程不審に映ったに違いない。
 教室の外はまだ雨だ。相変わらず音もなく静かに降っている。傘立ての傘を広げ、湿り気を帯びて色を濃くしたアスファルトの道を歩き始める。雨ということもあってか、だだっ広い構内に人気は少ない。鉛色の背景に佇む建物に時が停まったような印象を受ける。

「祐司。お前何か変だぞ、今日。」
「そうか?」
「そうか?じゃないって。お前が物思いに耽っても似合わないぞ。」

 えらい言われようだ。だが、物思いに耽っていたというのは当たっている。それが井上絡みのことだというのは・・・本当に不思議なもんだ。

雨上がりの午後 第106回

 久しぶりの雨が朝から降っている。大粒の雫が叩き付けられるというものではなく、鉛色の雲から細い軌跡を描いて音もなく降っている。雨のひとく有の湿気の増加と昨日までの冷え込みが幾分和らいだのもあって、教室内の暖房がちょっと蒸し暑く感じる。
 天気に影響されたかのように、時間はゆっくり静かに流れていく。講義も淡々と進んでいくように思う。暗く沈んだというものではない、ゆったりと流れていく落着いた時間。天気がこんな感覚を呼び覚ましたのだろうか?それもあるだろうが、それだけじゃない。そんな感覚を感じることが出来るようになったこともあるだろう。

2000/1/30

 昨日「ページ全体を・・・」とかお話しましたが、勢いに任せてトップページのデザインを変更してみました(笑)。小さめのフォントを多めに使うことと、リンクの色を統一(今回は黄色系)すること、コーナーやグループとお知らせ関係を区分して分かりやすい配色にすることを念頭において作業を進めました。もう少し変えるかもしれませんが、以前より多少はましになったかな?と思っています。その代わり作品製作は殆ど進んでません(^^;)。・・・来週定期更新だっていうのに(汗)。

 土曜の夜6:30から放映しているCCさくらのアニメを初めて見ました(爆)。この時間にテレビを見る習慣がなかったので2週連続で見逃しましたが、三度目の正直ということで忘れないように注意してました(爆)。さくら役の丹下桜さんが良いと聞いていたのですが、成る程確かにぴったりだと思いました。名前も同じ「さくら」なんですよね(笑)。ラジオ番組で丹下さんの声を聞いた時、女の子役がハマリそうだなと思ってましたが。
 ケルベロスが久川綾さんだったのには、ちょっとびっくり(笑)。あと、連載で渡辺潤子のイメージCVでもあって、名前の由来でもある岩男潤子さんが知世役で出ていて嬉しい(*^^*)。このまま進むと観月歌帆登場まであと少し。よし、必ず見るぞ(爆)。
 だが、以前なら兎も角、今は一緒に居るのが嫌だからお断りだ、という気にはならない。一緒に居たいと積極的に思うわけでもないが、一緒でも苦にならない、というところか。

「・・・明日、俺は講義があるけど。」
「じゃあ、待ち合わせしましょうよ。私が安藤さんの講義が終わる頃に大学へ行きますから。講義が終わるのって何時頃ですか?」
「3コマ目だから、3時過ぎかな・・・。」
「待ち合わせ場所は何処が良いです?」
「東門前にしよう。」
「東門って文学部とかの方ですけど、それだと遠くないですか?」
「いや、良い。」

 これは安全策だ。井上の家に出入りして、さらに週に一度夕食を一緒に食べてるなんてことは智一に知られていない筈だし、知られるわけにはいかない。今でも智一は暇を見つけては文学部に出向いたり、講義がいっしょになる時にアプローチを仕掛けているくらいだ−俺は隣に居るが知らない振りをしている−。
 それだけ熱を上げている相手と、よもや早々に「試合放棄」を宣言した俺が一緒のバイトだったり、あろうことか家に出入りしたりしているなんてことが智一に知れたら、それこそどうなるか分かったもんじゃない。

「じゃあ、東門前に3時過ぎってことで。」
「・・・分かった。」

 井上と待ち合わせをするなんて一月前に想像できただろうか?一月という時間の前後で俺の井上に対する感情がこれほど変わったのかと改めて実感する。

「どうしたんですか?」
「・・・不思議なもんだな、って。」

 本当に不思議なものだ。何時の間にかあの女のことや絆が切れたあの日のことをふと思い出しても、懐かしささえ感じるようになっている。井上が恋愛対象として好きという意識はないし、恋愛をしようという気も起こらない。でも、このままの関係でも・・・良いんじゃないか?そう思う。

雨上がりの午後 第105回

「曲選び・・・か。」
「選ぶだけなら喉は使わないでしょ?」
「・・・そりゃそうだ。」
「大学の駅から10分ほど歩いたところに、大きなCDショップがあるんですよ。新作から中古まで色々揃ってますから、そこで一緒に探しませんか?」
「俺もか・・・?」
「演奏してくれるのは安藤さんですから、安藤さんの意見を聞いて決めるべきかな、と思って。」

 それは理由の片一方だろう。むしろ一緒に買い物をしたいというもう一つの理由をカモフラージュするためのものと言っても過言じゃあるまい。

2000/1/29

 週の初めはどうしようもなく気が重かったのですが、今はかなり軽いです。安心して居眠りした(ぐっすり寝てました(笑))お陰で今日の更新が遅れましたが(^^;)。明日は作品製作はしますけど定期更新ではないので、ちょっとのんびりしようかと思います。延び延びになっていた写真撮影にも出掛けるつもりです。今度はちょっと遠出するのと撮影したい時間を考えると・・・徹夜か?(汗)

 そろそろページ全体を再構成したいと思っています。トップはコンテンツの増加で縦長になってきたので出来るだけすっきりさせて、各グループの背景をもっと洒落たものにして、リンク集を大幅に変更しようと・・・。ただ、これらは意外に地味な上に時間が掛かるので、なかなか手を出し辛いんですよね(^^;)。今のデザインが私なりに気に入っているというのもあります(拙いのは見逃して下さい(笑))。
 目処としては次回定期更新を考えています。只でさえ視覚的に劣るので、多少なりとも見栄え良くしたいのですが、あまり変わらないかも(笑)。いっそ見栄えが劣るのは仕方ないと諦めて(^^;)、このところ滞り気味だった作品製作に重点を置くべきとも思いますが・・・。
 それに井上の家に入ったのも、蟻地獄に引っ張り込まれた蟻のような気分だった。言い換えれば井上に対する感情はマイナスの要素ばかりだったわけだ。
 今は少なくともマイナスじゃない。じゃあプラスだから井上が恋愛対象として好きかというと・・・そうじゃないと思う。「まずはお友達から始めてみたら?」と潤子さんに以前言われたが、知らず知らずのうちにそう思うようになったのかもしれない。女友達なんて今まで居なかっただけに実感が湧かないが、多分今俺が井上に抱いている感情はそうだと思う。・・・井上とは食い違っているかもしれないが。

「はい、どうぞ。」

 井上が俺の前に紅茶の入ったカップを差し出す。そろそろ暖房も効いてきたので俺はコートを脱いで椅子の背凭れに掛けて、控えめだが存在感のある香りを漂わせる紅茶を口に運ぶ。・・・液体の動きに合わせて口の中に香りと味が広がる。それを飲み干すと同時に俺は小さく溜め息を吐く。改めて「ほっと一息」というところか。

「明日から練習する曲、何が良いですかね?」
「・・・明日は休みにしよう。」
「え・・・どうしてですか?」
「喉、少し痛むだろ?一日休ませてやった方が良い。無理して喉を潰したら洒落にならないからな。」

 井上のやる気に水を差すかもしれないが、ここは「楽器」のメンテナンスが最優先だ。井上は少しがっかりしたようだ。練習を終えた後に夕食を一緒に食べるようになっていたが、練習が休みだとそれもお預けになるからだろう。・・・俺としても手作りの食事は捨て難いんだが。
 ちょっと気まずくなったかと思った時、井上は俺を見る。意外に落ち込んだ様子はない。俺と顔を合わせられないことで残念に思うかというのは俺の勝手な思い込みだったか?

「じゃあ、明日は一緒に曲選びしましょうよ。」

 ・・・次の手を思いついたって訳か・・・。本当に井上はめげないというか、切替えが上手い奴だ。だからこそ、今こうして一緒に紅茶を飲んだり出来るんだろうが・・・。

雨上がりの午後 第104回

 思えば日曜の夜に井上の家に入るのは、井上が「Fly me to the moon」を歌うことが決まった日以来のことだ。あの時は本当にスタートラインに立ったばかりだったが、それがこうして初ステージを無事に終わらせるまでになったかと思うと、何だか妙に感慨深いものがある。卒業式の時に泣き出す教師の気持ちが分からなくもない。
 井上は暖房のスイッチを入れると早速紅茶の準備に取り掛かる。俺は暖房が効いて来るまでコートを着たまま椅子に座って待つ。これも一月前と同じ光景だ。時間の流れを飛び越えて過去に舞い戻ったような錯覚を覚える。
 だが、あの時と今とでは、井上に対する感情は確実に違う。あの時は近くに居ることを疎ましくさえ思い、音楽を教えることにもなし崩し的に決まったこともあって乗り気じゃなかった。

2000/1/28

 これからの容量増加に備えて移行するサーバーを探しているのですが、どうしても容量がネックになります。ハードディスクなんて今時数GBで3万とかその程度なのに(消耗品扱いだとか・・・)、どうしてサーバーの容量は増えないんでしょう?ちょっと不思議です。

 新しいサーバーはCGIを使えることが容量と共に重要な条件なのですが、止まっている「ねるふ・はざーど」のプログラムは勿論、掲示板やメールフォームを自前で用意するつもりです。CGIプログラミングは経験済みですし、無料掲示板を使ったり他のページの掲示板を見たりしているうちに、「こんな機能があったら」とか「こういうレイアウトにしたいけど」という欲求が出てきて、それを実現するにはやっぱり自分でやるのが近道と思うからです。
 仕事柄なのか元々そうなのか、兎に角自分で色々やってみたいという意識が先にあって・・・(笑)。それがあだになって、集団行動や共同作業というのが大の苦手です。人に任せるより自分でやった方が早い、と先走り易いので(汗)。ちなみにメールフォームはプロトタイプが完成して、プログラムの集積と最適化を行っています。・・・もう少しですね(笑)。

「知ってます?お母さんが赤ちゃんの頭を胸に当てる理由(わけ)。」
「・・・知らない。」
「心臓の鼓動を聞かせると、安心するからですよ。それは幾つになっても同じ・・・。」
「・・・。」
「あの時安藤さん、『気は楽になったか?』って聞いたから、多分私の緊張を解そうと思ってのことだと思うんですけど・・・、凄くほっとしたのは本当です。それに・・・嬉しかった。」

 井上の口調が少ししんみりしたものになる。内心では不安が溢れる寸前だったのだろう。一月前まで殆ど何も知らなかったところから、人前で歌を披露するところまで来てしまったんだ。不安に思って当然だろう。
 俺は井上が好きだからという理由であんな行動に出たわけじゃない。これは確かだ。でも、井上の緊張をどうにかしようと思っての行動には違いない。これも確かだ。それが伝わったのなら俺は嬉しく思う。・・・やっぱり俺は変わったんだ。そう思う。

「だから今言いますね?」
「・・・え?」
「・・・ありがとう。」

 ・・・好きです、と言うのかと思った。今まで井上が俺に向ける意思表示はそればかりだったから、そう決め込んでいた。だけど、俺にはこっちの方がずっと・・・嬉しく感じる。ありがとう、なんて言われるのは、何時以来だろう・・・?
 胸の奥からじわじわと何かが広がり始める。決して井上と出会って間もない頃に井上と顔を合わせるだけでも直ぐ噴き出したような、嫌な感じじゃない。胸が芯から熱く震える。空の容器に人肌の温もりの飲み物がゆっくりと注がれていくような、そんな感じだ。

「・・・家へ寄って行きませんか?」

 暫しの沈黙を破って井上が誘う。何時もは井上を玄関先まで送った後真っ直ぐ帰るんだが・・・今日はそんな気はしない。同じ時間と過程を共にしたことが上手く実を結んだことを喜び合いたい。だから俺は自然に答える。

「そうさせてもらうかな・・・。」

雨上がりの午後 第103回

 井上は「得意」とする、子どもの悪戯を事前に発見した母親のような笑みを浮かべてはいるが、街灯で白く照らされる筈の頬には明らかに赤みがさしている。やっぱりあの出来事が井上にとって強烈なインパクトになったのか・・・。緊張を逸らすなら、もっと別の方法にするべきだったとまたしても今更ならが思う。あの時は俺自身が無意識のうちに緊張していたんだろうか?
 どうやって弁解する?あれは緊張を逸らす為だった、とそのままを言うか?・・・井上がそんな都合の「悪い」解釈に切替えるとは思えない。別に好きで抱き寄せたわけじゃない、と突き放すか?・・・その程度で離れていくなら、今頃同じバイトをしている筈がない。

2000/1/27

 私は仕事柄PCを機器制御に使うことが多いのですが、高機能化が進むにつれてPCが完全にブラックボックスになっていると実感します。コネクタ(プリンタとか)の信号を制御する為にI/Oポートという特定の場所(のようなもの)にアクセスするのですが、今席捲しているゲイツOS(笑)はドライバという専用ソフトを介さないとアクセスがままならないのです(NTはドライバがないと不可)。そのドライバが不具合を起こされちゃ、使う側は溜まったものじゃない・・・(泣)。存分に落ち込ませてくれた原因は、これだったりします。
 馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれませんが、ソフトをインストールしたら動作しないとか、周辺機器のドライバをインストールしたらOSがダウンしたとか、そういう経験は最近のPCオーナーなら一度や二度の経験はおありではないですか?それと同じようなものです。I/Oポートを直接アクセスできると、プログラムか制御する機器(こっちも自作)かどちらが悪いのか直ぐ分かるんですが、ドライバをいちいち介されるとそれが出来ないので、大きな回り道を強いられます。
 PCをソフトウェアで使うならまだしも、ネットワークや制御の道具とする場合、必ずしもOSの高機能化は有り難いものではないです。そしてものによってこうも簡単に不具合を起こすPCの世界はまだまだ家電には程遠いと思います。
 俺も初ステージを踏むまでに随分練習したし、それなりに苦労もした。井上も殆どゼロの状態から楽譜の読み方を覚え、何度も練習して来た。それは最初から付き合っていた俺も知っている。だから、井上の気持ちは分かるつもりだ。

「そう言えば私・・・まだ安藤さんから感想聞いてませんよね。」
「・・・そうだった、か?」
「ええ。マスターと潤子さんから褒めてもらったのは勿論嬉しいですけど、一番聞きたいのは教えてくれた安藤さんの感想なんです。」

 井上は俺の顔をじっと見詰める。一刻も早く聞きたいという気持ちの後ろ側で、どんな感想が出て来るんだろうという不安が前に出ようとしているような気分なんだろう。・・・何となく分かる。井上は感情がよく表情に出るからな。

「・・・予想以上にしっかり歌えてた。テンポもしっかり取れてたし。最初ちょっと遠慮気味だったけど、これは仕方ないから・・・。上々の出来だったと思う。」
「良かった・・・。」

 安堵と喜びが同時に井上の顔に表れる。本当に分かり易い。

「安藤さんに褒めてもらえて凄く嬉しいです。何と言っても私の先生ですから・・・。」
「よせよ。先生って言われるような柄じゃない。それに・・・俺は音楽を教えただけだ。ステージで歌う時の緊張感をどうするかとか、本番で大事なことは何一つ教えなかったからな・・・。」
「ちゃんと教えてくれたじゃないですか、本番前に。安藤さんのお陰でお客さんを前にしても歌うんだ、っていう気力が緊張に負けなかったんですよ。」
「・・・そう・・・?」
「本番前に私、本当にどうにかなっちゃいそうだったんです。でも、安藤さんに緊張感が悪いものじゃないって励ましてもらって、それに・・・。」
「・・・?」
「抱き締めてもらって、凄くほっとしましたよ・・・。」

 心臓を下から突き上げられるような感覚が全身を貫く。その直後、内側から急激に身体が熱くなって来るのを感じる。てっきり少し前の緊張感と今の充実感に飲まれて忘れられたかと思っていたんだが・・・。

雨上がりの午後 第102回

written by Moonstone

「拍手されてどうだった?」
「ステージに居た時、最初は頭の中が真っ白で何が起こってるのか分からなかったんです。でも、マスターがお客さんに『ヴォーカルという新しい楽器演奏を披露できるようになったと宣言して良いですか?』て尋ねて拍手が返って来ると、ああ、私の歌で喜んでもらえたんだって・・・。」
「・・・良かったな。」

 呟くような俺の一言。だが、前のように井上を敬遠するような、軽く扱うよな含みはない。思ったことそのままを言葉にしただけだ。俺も初ステージで同じ様な経験をした。拍手を受けた時、それまでの苦労が一瞬で消えてしまったように思った。

2000/1/26

 ちょっと心身共に参っています(- -;)。空も見えない迷い道を一人で延々とさ迷っているような気分です。作品製作以前にそこまでの気力が・・・(汗)。悪いことに腰に抱えている爆弾(腰痛です)が再び炸裂してしまって、PCに向かうこと自体がかなり辛いです。回復にはちょっと時間が掛かりそうな予感・・・。

 徳島市で行われた住民投票で、結果は別として疑問に思ったことを2つ挙げます。一つは投票率50%以上でなければ開票しないという条件。有権者の50%の支持を得て当選しているわけでもないのに、議員がよくそんな大層な条件を付けられたものです。自分達が全権委任されていると勘違いしてやいませんか?
 もう一つは新聞の扱い方。新聞にとって住民運動やその背景にある問題は、この程度の扱いにしかならないということでしょうか?テレビがなってないと批判する前に、まず自分達の報道姿勢を見直すべきではないかと思います。こういった出来事をしっかり取り上げないで「政治不信の増大」を煽らないで貰いたいものです。
 庇ってるんだろうか、俺のこと・・・。むしろ「教え方がきつかった」とか言ってもらった方が良いような気がする。本心なら勿論嬉しいが・・・。一月前ならきっと、「よくもそんな心にもないことを」と端から決め付けていただろう。本当に俺の井上への気持ちは変わったと思う。
 井上に質問を投げかけた潤子さんも、聞いていたマスターも満足そうだ。もしかしたら今回の組み合わせは、俺に井上への歩み寄りの機会を持たせる為だったのかもしれない。今なら・・・良かったと思える。

「これからも晶子ちゃんの指導は祐司君にお任せしたいんだけど、どうかしら?」
「おっ、そりゃ良いな。井上さんはどうだい?」
「私も・・・お願いしたいです。」

 三人の視線が一斉に俺に集中する。前なら何とかして回避しようと策を練っただろうが、今は不思議とそんな気はしない。

「・・・良いですよ、俺は。」

 俺が答えると、反応を窺っていた三人の表情がこれまた一斉に明るくなる。一月前は押し切られるような感じで良い気分はしなかったが、やはり一月の間で俺自身が気付かないうちに、俺は変わったんだろう・・・。
 あの記憶の傷が癒えたかどうかはまだ自信がない。また黒い濁流が吹出すかもしれない。だが、少しは他を見る目が柔らかくなった、そんな気がする・・・。

 和やかなひとときを過ごした俺と井上は、共に帰途に着く。熱気が未だに残っているような感じだった店内とは違い、外の冷え込みは一段と厳しくなっている。井上の足取りはやはりというか軽い。緊張に押し潰されそうだったのが嘘のようだ。以前は忌々しいとすら思った井上の表情の変化も、今は気にならない。

「今日は・・・本当に楽しかったです。」

 井上が俺を見て言う。その表情は充実感に溢れている。その充実感に関われて良かったと今は素直に思える。

雨上がりの午後 第101回

written by Moonstone

 今まで人に教えたことなんてなかったから、俺のやり方が良かったどうかは判らない。それどころか、特に最初の頃は感情的になったことが多かったように思う。個人的感情が先走ったとは言え、教える側が尊大であって良いという理由はない。この辺りは反省すべきだと今更だが思う。

「しっかり教えてくれました。殆ど何も知らないところから教えるのって大変だと思うんですけど、何度も同じ個所を演奏してもらったり・・・。」
「・・・。」
「叱られたことも何度かありますけど、自分がやりたいって言い出したことだから早く覚えて上手くなろうっていう気になりました。」

2000/1/25

「雨上がりの午後」が連載100回を迎えました。

 本当によく続けられたものだと振り返ってみて思います(笑)。日記自体なかなか続けられないずぼらな私が、小説の連載などと無謀な企画を始めたのはそれこそ、貧乏性と出来心だったと言えます。それも内容が自身としては初の「オリジナルの恋愛もの」としたのは、今振り返ると出来心としか思えません(笑)。
 幸いなことにこのコーナーにおける2回の企画発案にも該当者の方に名乗り出て頂き、無事実現できました。読者の方が参加出来る企画に乏しかった芸術創造センターにおいて、このコーナーはある意味先駆的な存在なのかもしれません。また、何れの方も連載を御覧戴いていることが分かり、続けることの大切さを実感しました。

 100回は確かに大きな意味を持つと思います。ですが、まだ「雨上がりの午後」はようやく安藤祐司と井上晶子の二人の交流が始まったばかりです。この話が完結を迎える頃に連載の数字が幾つを数えているか私自身判りません。何処かにあるかもしれないゆったりと紡がれる心の交流を、皆様のひとときにこれからも加えて頂ければ幸いです。

皆様、いつも本当に有り難うございます(深謝)。

「いやあ、それにしても今日は二人とも本当に良くやってくれたよ。」

 マスターがこれ以上ないという程の満面の笑みを浮かべる。「秘密兵器」だった井上が予想以上の出来だったことはやはり嬉しいらしい。潤子さんの口添えで井上をバイトさせるようにしたとは言え、マスターがナイトカフェへの拘りをそう簡単に棚上げできるとは思えない。
 それに加えて、当初あれだけ井上を避けていた俺と井上を敢えて組ませることが成功したことが嬉しいのかもしれない。音楽という共通項で交流を持ち、やがて・・・とシナリオを考えているとしても不思議じゃない。それは度々仄めかしていたことだし。生憎マスターのシナリオ通りにはならず、俺には恋愛感情はない。だが、井上に対する感情が変化したのは事実だ。少なくとも「バイト仲間」として井上を見れるようになった。

「晶子ちゃん、ステージに立って歌った心境はどう?」

 俺から見てマスターの向こう側から、潤子さんが問い掛ける。井上はカップを置いて少し考えてから答える。

「・・・歌い始める前までは本当に、安藤さんが初ステージの時は怪獣に見えたって聞きましたけど、お客さんが怖かったんです。」
「ほうほう。」
「で、演奏が始まって歌の部分になってえいやっ、って声を出したら、何て言うか・・・胸の痞えが取れたって言うか、そんな感じがしたんです。歌っていくに連れてちょっと変な表現ですけど、凄く気持ち良くなってきて・・・。」
「それは良い事だよ。音楽は自分がやってて気持ち良くならなきゃ駄目だ。そうでなきゃ、お客さんを喜ばせるなんて出来やしないからね。」

 自分の技量やセンスを披露してそれが客に受け入れられる感動は、ステージに立った者だけが分かる至福の時だ。これを覚えると、次のステージに対する良い意味の欲が生まれるだろう。

「じゃあ、祐司君の指導はどうだった?」

 俺は無意識に意識を井上の方に集中する。思えば今回初めて、俺の指導者としての力量が問われたわけだ。井上の評価は・・・どうなんだろう?

雨上がりの午後 第100回

written by Moonstone

 宴の後も余韻はまだ残っている。井上の初ステージの後、俺自身初めて目にするアンコールが飛び、井上はその後のリクエストを含めて2回余分に歌うことになった。恒例の「仕事の後の一杯」の席で、井上は喉を押さえて何度か軽く咳払いしている。明日は店も定休日だし、練習も休んだ方が良いだろう。ここで無理をして喉を潰したら取り返しがつかない。楽器は壊れても修理が出来るが、人間の身体はそう簡単にはいかない。
 俺と井上は、それぞれ用意された飲み物を飲む。俺やマスター、そして潤子さんは何時もの通りコーヒーだが、井上だけはホットミルクだ。喉に良いから、と潤子さんが用意したものだ。井上は手頃な温もりの白い液体を喉に流し込んで、一度溜め息を吐く。今ようやく大舞台が終わったことを実感したのかもしれない。

2000/1/24

御来場者30000人突破です(大歓喜)!

 ・・・隔週で更新というのがこのページの大原則となっていますが、昨日ばかりはさすがに見合わせようかと思いました(^^;)。恐らく今までの中で最小規模だったんじゃないですかね・・・。多忙と疲労で作品製作が思うように進まなかったのが原因だとは分かっていますが、それを免罪符にしたくないので、次は充実させるようにします。

 話は変わりますが、最近ようやくショートカットキーを覚えてきました。WINDOWSを使う割合が多くなるにつれてマウスに頼ることが多くなったのですが、キーボードとマウスを行き来させるのがどうも億劫に感じることがありました。最近必要に迫られたのもあって覚え始めたのですが、慣れるとかなり便利です(^-^)。セーブとかの雑用的(でも重要)な操作も左手を少し動かすだけで出来てしまうのが嬉しいです。ネスケをキーだけで操作するのはちょっと不思議な気分がします(笑)。

 また話が変わりますが(笑)、昨年の10/1から始めた連載「雨上がりの午後」が、明日でいよいよ100回を数えます。御挨拶は明日改めてしますが、ようやく「恋愛もの」の兆しが見え始めた(笑)ゆったりとした時の流れに、これからもお付き合い下さい。なお、100回目を迎えるにあたって皆様からのメッセージを募集したいと思います。キャラへの思い、今後の予測などお気軽にお寄せ下さい。
 俺は意識的にほんの少しテンポを落として演奏を進める。緊張しているとどうしても先走り易くなるので、井上に注意を即す為だ。井上は身体を規則的に揺らしてリズムを取りながら演奏に合わせて歌う。俺はその動きに合わせるようにテンポを微調整する。二人三脚でもするように、互いに歩調を合わせて前へ進めていく。

キーは合っている・・・。
声は最初こそ怖々していたが、徐々に張りが出てきた・・・。
テンポも思いのほか安定している・・・。

・・・大丈夫だ・・・。あとは・・・最後まで歌いきるだけだ・・・。

 ダウン・ストロークの和音が消えると、客席から一斉に拍手が起こる。照明が戻り、客席の好感触が手に取るように分かる。中高生の男性客に至っては「井上さーん」とか「最高ー」とか歓声を上げている。これは極端にしても、客の表情は一様に柔らかい。最高の初ステージといえるだろう。
 井上はマイクに両手を乗せて固まったままだ。歌い終わったことで緊張から一気に解放されたことに、思っても見ないほどの好感触が加わって戸惑っているんだろう。マスターが拍手をしながらステージに上り、井上の肩を叩いて我に帰らせる。ようやく初ステージが成功に終わったと実感し始めたのか、井上は客席に向かってぺこりと頭を下げる。

「井上さんの初ステージ、如何でしたでしょうか?」
「最高ーっ!」
「そうですか。私も今日初めて彼女の歌声を来たのですが、予想以上に素晴らしい歌声で驚きました。彼女は今日、ヴォーカルという新しい楽器演奏を皆様にお聞かせすることが可能になったと宣言してよろしいでしょうか?」

 マスターの問いかけに、客席は再び歓声の混じった拍手で応える。俺もそれに加わる。唯一最初から井上の歌声を聞いてきた俺にしても、客の前で披露するだけのものは十分あると思う。これは井上がどうとかいう問題じゃなくて、音楽に親しむ同じ人間としての見解だ。

「まだ彼女は音楽の世界に足を踏み入れたばかりです。しかし、これから徐々に歌数を増やし、皆様に聞いて頂ける機会が増えていくと思います。どうぞよろしくお願いいたします。」

 マスターが頭を下げると、客席からの拍手と歓声がより大きくなる。これで井上も「楽器が出来る」というこの店でバイトする条件を満たしたと判断して良いだろう。俺の中で少しだけ・・・井上を認めようという気持ちが芽生えたようだ。だが・・・もう、否定する理由はない・・・。

雨上がりの午後 第99回

 客席は演奏が始まるのを今か今かと待ち構えている。物音一つしない蒼の濃淡だけの世界に、井上の姿が際立つ。今気付いたが、井上はエプロンを外していない。まあ、楽器演奏でないから気にならないし、それよりも緊張でエプロンに気が回らなかったということだろう。
 もう待たせるわけにはいかない。客も井上も。俺はギター用にアレンジしたアルペジオ(分散和音)のイントロを爪弾く。原曲ではストリングスのイントロが終わると、この曲の基本のリズムである、ボサノヴァのバッキングに移る。これを4小節分奏でると、いよいよ井上のヴォーカルの出番だ。ちらっと見ると、井上の喉が一度上下に動く。

・・・準備は良いか・・・?

 俺のギターがヴォーカルの部分に突入する。と同時に井上の口が開き、あの歌詞がマイクを通して響き始める。少し怖々とした印象があるのは否めないが、練習で何度も聞いた歌声に違いない。

これなら・・・いける。

2000/1/23

 本日は定期更新の日・・・なんですけど、ご覧のとおりちょっと品薄です(^^;)。昨日お話してから製作作業を始めたのですが、最大の敵ともいえる睡魔に襲われて抗うことが出来ずにダウンしてしまいました(汗)。結局半日は寝ていた計算です。このお話を終えたら、次回の更新に向けて製作活動を始めることにします。

 招かざる客、という言葉があります。私にとってそれはセールスや勧誘のためにあります。遅くまで寝ている時にベルを鳴らし、さらにはノックをして引っ張り出そうとする、ドアを開けると閉めさせまいとする、一方的に喋り続ける・・・。
 特に質が悪いのは新聞です。ものと引き替えに取ってくれと迫る古典的な手法は勿論、廃品回収を兼ねていきなり勧誘して来るという新手の手法もあります。何にしても取る気はないと告げると、途端にぶっきらぼうになるのはざらです。勝手に訪問して断られると怒るなんて、マスコミの体質そのものだと思うこと頻りです。
 新聞を取っている方は、親の代から、とか勧誘を断れなくて、とかいう理由が大半ではないでしょうか?前にもお話したように、高みから大本営発表をならべている程度の記事しか書けないような新聞は、我々の側から切り捨てていくべきではないかと思います。
 井上がマスターの左隣に立っているので、俺は右隣に立つ。別にお前を避けると井上に暗喩するつもりはないが、男性客に人気が高い井上とくっついてきつい視線を浴びたくないし、何よりそれを井上が見て緊張が不安に転じるようなことは避けておきたい。ほんの何十cmか高いだけのステージだが、客席の様子は意外によく見える。学校の朝礼とかで居眠りやお喋りが後ろの方でむしろ目立ってしまうのと同じ理由だ。

「祐司君はギター演奏のキャリアが長くて、楽譜の読み書きやアレンジも出来ます。その能力を生かして今回、井上さんの指導もやってもらいました。」

 ・・・これじゃ何のために井上の隣を避けたか判りゃしない。案の定、客席の一部に少々不穏な空気を感じる。誤解しないでもらいたい。俺はあくまで井上に音楽を教えただけだ。男と女が何かを一緒にすると、只ならぬ関係があると勘ぐるのは、俺だけじゃなくて割とありがちな思考パターンなのかもしれない。

「論より証拠といいますが、私の論はこのくらいにしておいて、一月に及ぶ練習の成果を聞いて頂きましょう。それでは二人には準備を・・・。」

 俺は早速ギターの準備を始める。ストラップに肩を通して小さな椅子に腰掛けて、チューニングを合わせて・・・何時もの順番で準備を進めていく。頭の中で楽譜を早送りする。・・・大丈夫だ。
 ちらりとステージを見る。潤子さんによって少し絞られた照明の中に、観客の視線が浮き彫りになる。俺が初ステージの時怪獣に感じたものだ。初ステージを踏むものに向けられる期待と訝りが交錯する視線。井上はこの視線を乗り越えて称賛に変えるだけの歌声を披露しなければならない。

「準備が整ったようです。それでは聞いて頂きましょう。『Fly me to the moon』です・・・。」

 マスターがスタンドにマイクを戻してステージを降りると、さらに照明が絞られ、代わりに井上が淡い青のスポットライトで浮かび上がる。井上はマイクに両手を乗せて正面を向いたまま動かない。大丈夫か、なんて声を掛けるわけにはいかない。

・・・やるしかない。

雨上がりの午後 第98回

 ・・・一つ気になる嘘があるが、それより自分の名前が出たことで俺もそれなりに緊張感が高まる。初めて歌と合わせるということは勿論だが、リクエストの時以外で最初から注目を集める演奏の機会はそうそうなかったと思う。高校時代は最初から注目されるのが当然だったんだが。

「では、祐司君もステージへ。」

 マスターに言われて俺もステージへ向かう。井上に集中していた視線が一斉に俺の方に向きを変えたのが分かる。久しく味わったことのない緊張感に少し戸惑うが、ここは多少なりともステージ慣れしている俺の腕の見せ所だろう。

2000/1/22

 終了直前で肝心要のOSがダウンして、今までの経過が全部吹っ飛んだらどう思いますか?一昨日に続いてまたしてもそれをやられました(怒)。セキュリティの向上が逆に復旧の仇になって、OSからの再インストールを余儀なくされました(激怒)。インストールは時間をやたら使う割に本題とは直接関係ないので、余計に空しい気分になります。割と新しい状態のものがセーブしてあったからまだ良いようなものの、こうして疲労が溜まっていく、と・・・(- -;)。
 そんなこんなで平日に製作時間が殆ど取れないという最悪の状況の中、明日の定期更新を迎えます。このお話を終えたら早速追い込みに掛かります。御来場者30000人を迎えようという時にこんな状況なのは管理者として情けないことですが、可能な限り整備しますので是非お越しくださいませ(_ _)。

「鏡」のカードが欲しい〜!(魂の叫び)

 ・・・判らない方、すみません(汗)。

「・・・この店でバイトさせてもらうようになってから一月・・・。今までずっと、ステージに上がることはありませんでした・・・。私、楽器を弾けなくて・・・だから・・・歌を練習して来ました・・・。」
「・・・。」
「マスターも潤子さんも安藤さんも・・・本当に演奏が上手くて・・・私がそこまで出来るとは思えませんけど・・・練習の成果を、聞いて下さい。」

 井上が話し始めて一旦静まっていた客席が、井上の話が終わるとより大きな拍手を巻き起こす。考えてみると、司会でマイクを握るマスターを除いて、ステージに立った者が話す機会は殆どない。俺もこの店での初ステージで一度挨拶をしたくらいだ。俺が知る限り、潤子さんがステージで何か話したという記憶はない。今日この場に居る客は、井上の初ステージだけじゃなく、滅多に聞けない話も聞けたわけだ−妙な団体みたいだが−。特にファンにとっては願ってもない機会といえる。
 マスターが予想もしない拍手喝采に戸惑っている様子の井上にマイクを戻してもらい、掌を下にして上下に振って、抑えて抑えて、というジェスチャーをする。客席が静まったところでマスターが再び口を開く。

「井上さんからのご挨拶でした。さて・・・記念すべき初ステージで彼女が皆様に歌声を披露する曲ですが、それにはこの店のスタンダード・ナンバーの一つとも言えます、『Fly me to the moon』を選びました。」

 客席からどよめきが起こる。常連の割合が多い上に、『Fly me to the moon』は俺とマスターと潤子さんの3人がそれぞれのアレンジを持っていてよく演奏する、まさにスタンダードナンバーだけに客の期待は否が応にも高まるだろう。逆にそれだけ井上のプレッシャーは強まることになるのは皮肉だ。

「アカペラでも良いのですが、何分初ステージの彼女には、キャリアのある演奏者をつけた方が心強いでしょう。入念な話し合いの結果、歌の伴奏に相応しい楽器でなおかつ原曲に近いアレンジを持つということで、祐司君が担当することになりました。」

雨上がりの午後 第97回

 ややリバーブ(エコーの音響用語)が掛かって聞こえる井上の声はやはり強張っているように感じる。声や目というのは感情の鏡みたいなもので、表面上平静を装っていても−今の井上は装うどころの話じゃないが−声や目には感情の動きが忠実に表現されるものだ。俺が意を決して抱き寄せたことなど、恐らく忘却の彼方に消え失せているだろう。・・・これじゃ意味が無い、と文句を言っても始まらないか。
 客からは再び拍手が起こる。初々しさに声援を送りたいと思うのか、単に如何にも緊張しているという様子が面白いのか判らないが、客も井上の様子がよく分かるのは間違いない。

2000/1/21

 う〜ん・・・。疲れてますぅ〜・・・。w(_~_)w<=こんな風にぐったりしています(汗)。仕事を進めたのと引き替えに体力を使い果たしました。連載はまだしも、日付上明後日に迫った定期更新を量的に揃えられるか非常に危ない状況です(大汗)。充実したものとするべく金曜の夜からみっちり作り込む予定です。多分徹夜だな・・・(^^;)。天候次第では撮影にも出ますし。

 トップは30000人突破まであと少しとなりましたが、このコーナーも順調に票を・・・ではなく(笑)リスナーを増やして2000人が近付いて来ました。これまで777人目、1000人目の方々にご協力を賜って企画を実現して来ましたが、次の2000人目でも何か企画をしようと考えております
 内容はまだ検討中ですが、連載にゲストキャラとして登場していただくとか、或いは一日このコーナーをお貸しするとか(一日DJね(笑))・・・。これは、という御意見がございましたらメール若しくはJewelBoxまでお気軽にどうぞ。

「当店は楽器の生演奏をお聞かせできるのを特徴としているのは、皆様ご存知だと思います。私はサックス、潤子はピアノ、そして祐司君はギターとそれぞれ得意の楽器で皆様の憩いのひとときを演出させて頂いております。」
「・・・。」
「そんな中・・・一月ほど前に新しく店の仲間に加わった彼女、井上さんもそれに続こうと懸命に練習を重ねて参りまして、この度皆様にお披露目出来る運びとなりました。」

 一旦収束していた店のざわめきが大きくなり、同時に客の視線が一気に井上に捕捉して集中する。井上は普段とは全く違う注目にエプロンの裾をきゅっと握り、肩と表情を強張らせる。・・・大丈夫か?

「先に挙げた三人は楽器演奏をお聞かせしておりますが、井上さんは人間が生まれながらにして持つ楽器といえる声を使って、新しい演奏の形をお見せすることになります。では井上さん、ステージへどうぞ。」

 マスターが手招きすると、井上は視線を一身に浴びてゆっくりとした足取りでステージへ向かう。ゆっくりと、というよりぎこちなく、というべきだろう。上半身は完全に固まっている。大勢の視線を一斉に浴びる緊張感には耐えられないのだろうか?
 しかし、此処まで来たらもう後戻りは出来ない。井上の発奮に期待する他ない。俺も同じステージに立って音を合わせるとは言え・・・心まで歩調を合わせることは出来ないんだから。それが・・・口惜しく思う。
 井上はステージに上がると、緊張してますと宣言するような固まったままの表情を客席に向ける。すると、客席から拍手が起こる。如何にも初めてという初々しさが良いのか、男性客からは指笛や声援が飛ぶ。

「手始めにまず、ご挨拶をお願いしましょうか。」

 マスターが井上にマイクを手渡す。井上は右手でマイクを持ち、左手を強く握って胸に押し当てて固く結ばれていた唇を開く。

「・・・こんばんは。井上です・・・。」

雨上がりの午後 第96回

 時刻が8時を少し過ぎた頃、一頻りサックスを拭き終えたマスターがマイクを握る。いよいよ間近に迫った井上の初ステージを前にして、俺も少なからず緊張感を覚える。「Fly me to the moon」は何度も演奏して来たものだが、歌と合わせるのは初めてだ。そういう意味では俺も初ステージといえなくも無い。
 俺と少し離れた場所に居る井上は、真剣な表情でマスターの方を見ている。今マスターが立っているところが、丁度井上が歌声を披露する場所になるから、ステージを見る目が何時もと違って見えるだろう。

「さて・・・、本日この場にいらっしゃる皆様は、非常に幸運だと思います。何故なら記念すべき瞬間をお目に出来るからです。」

 マスターの思わせぶりな台詞に客席が少しざわめく。マスターはサックスの腕も然る事ながら、こういう演出にも長けている。相当場慣れしているのと話し上手とを兼ね備えている証拠だ。まさにステージ向きといえる。

2000/1/20

 疲労困憊・・・。m(=_=)m<=こんな風に今にも居眠りしそうな状況です。自分の仕事に加えて居室にほぼ単独で居るような状況だったので、あれやこれやと切り盛りしてもうぐったり・・・。この分だと、定期更新直前に余程追い込みを掛けないと量的に間に合いそうにないです(大汗)。うう、WINDOWS NTなんて大嫌いだ〜!(絶叫)・・・新しいものが良いと限らなくて時に迷惑を被ることは、技術に携わると実感します。

 最近お気に入りのCCさくらを読んでいて(いきなりだな)「変わったなぁ」と思う事があります。男性でもよく料理をしたりするということです。私が学生の時は(10年ほど前)まだ性別役割分担が漫画でも幅を利かせていました。李小狼なんか相当器用で、部屋は私より絶対奇麗です(汗)。
 私自身何度もお話しているように和洋中華とそれなりに出来ますし、掃除は嫌いですが(笑)大抵のことはこなせます。料理の基本は母親に教わりましたが、それ以外は殆ど自分で覚えたものです。生活していく上で必要なことですし、特に料理は自分で目的の味が出せた時は嬉しいです。この楽しみを女性限定にするには勿体無いと思っています。
 不意に俺の背中に軽い圧迫感を感じる。何かと思って視線を徐に下に移すと、井上の腕が俺の脇腹から背中へ抜けているのが分かる。俺の身体は井上の両腕に挟まれた格好になっている。

井上が・・・俺を抱き締めてる・・・?!

 そう悟ると、全身がより一層熱くなる。今度は俺が緊張する番だ。俺の両手が掴んでいる井上の腕からは、驚きか緊張かどちらかが生んだ強張りがなくなり、逆に俺の背中をじわじわと井上の方へ引き寄せていく。

・・・。

 ・・・俺の中で時間の間隔が消えてどれくらい経ったか知らないが、井上がゆっくりと束縛を解く。それに併せるかのように俺の全身の硬直が解けていく 。井上の両腕が俺の背中から離れたとほぼ同時に、俺は井上を自分から離す。
 井上の頬は真っ赤という他ない。俯いているから表情ははっきり分からない。ここで何を言えば良い?お前を落着かせようと思って抱き寄せてみた・・・そのつもりだったが、かえって動揺させてしまったんじゃないか?少なくとも俺は動揺どころではない。恐らく顔は井上に負けず真っ赤だろう。

「・・・あの・・・何て言うか・・・。」
「・・・。」
「・・・気は・・・楽になったか・・・な?」
「・・・はい。」

 小さく頷く井上の「はい」には、さっきまでの緊張感から来る強張りはなくなったように感じる。思い込みかもしれないが、別のことに気を逸らして緊張感を和らげるという試みは、結果的に上手くいったようだ。上手くいかなかったらとてもステージどころじゃなくなっていただろう。今更だが、無茶なことをしたものだ。

「お願いしますね。今日の演奏。」

 そう言って顔を上げた井上の表情は、普段のそれにかなり戻っている。これなら大丈夫だろう。・・・あとは、初ステージを待つばかりだ。

雨上がりの午後 第95回

written by Moonstone

 ・・・軽かった。ふわりと持ち上がった茶色がかった長い髪も、華奢な背中を伝って元通り下に流れ落ちている。軽いショックで多めに舞い上がったのか、甘酸っぱい芳香が強めに、しかし不快に感じることなく鼻腔に染み渡る。・・・早く激しい鼓動が脳天に伝わって来る。これは俺のものだろうか?それとも・・・井上のものだろうか?
 とっさに思いついたこととは言え、物凄いことをやってしまったと今更思う。そう、俺の腕の中には・・・抱き寄せた井上が居る。顔は俺の肩口に埋もれていて見えない。両腕はだらりと垂れ下がっているのは硬直か、それとも放心か。俺自身は井上を抱き寄せたまま硬直してしまっているのが自分でも分かる。
 全身が熱い。井上を離そうにも腕が硬直して動かない。第一、井上を離してもどんな顔をすれば良いのか、どんな言い訳をすれば良いのか、全く分からない。かといって落着くまで待っていれば、潤子さんやマスターに怪しまれるだろう。どうすれば良いのかさっぱり判らない。

2000/1/19

 いきなり寒くなるなよ〜(泣)。まあ、これが冬らしいと言えばそうなんですが、暖房を使っていても足元が冷えるのは迷惑です(- -;)。かといってストーブの直射は熱いし・・・。膝掛けを足元にずらして凌いでいますが、やはり炬燵のほうが有利ですね。でも、製作どころじゃなくなりそう(笑)。

 第1SSグループで序盤だけ公開したままほったらかしになっている(^^;)「ねるふ・はざーど」ですが、シナリオと同時進行でプログラミングを進めています。今のPCには擬似サーバーがインストールされていて、自前でCGIが試せるようになっています。CGIは思いのほか多くのファイルが必要な上に、パーミッションの設定とか色々あるので、自分のPCで十分確認してからにした方がサーバーに余計な負荷を掛けずに済むでしょう。
 想定している分岐型を構築するには条件分岐が不可欠ですが、当然シナリオをしっかり作っておかないと大混乱必至です(^^;)。何分初めての試みなのでどの程度の規模にするか、そして何より面白さを損なわないようにと思案しています。

「・・・緊張してる・・・みたいだな。」
「・・・はい。」

 圧し掛かる緊張感の重みからか、井上は視線を下に落としている。その表情も強張り、痛々しいほどだ。

「まあ、緊張するなって言う方が無理だよな。食事の時も言ったけど、俺だって初ステージの時は緊張したし、それこそ観客が全員怪獣に見えたくらいだからな。取って食われるんじゃないかって。」
「安藤さんも・・・そんなに緊張したんですか?」

 井上は顔を上げて見るからに驚いたという表情を見せる。・・・こいつ、さっきまで助けを求めるような顔をしてたくせに。

「・・・どうにも信じられないって言いたそうだな。」
「あ、だって安藤さんがそんなにステージで緊張したなんて、普段のステージを見てると想像できなくて・・・。」
「何度もやってりゃそれなりに慣れて来るさ。慣れて来た頃が一番危ないんだけど。」
「そうなんですか?」
「慣れるとそれが油断になるんだ。だから緊張するくらいの方がむしろ良い。」

 井上は興味深そうに聞き入っている。結局俺に出来るのは実体験とそれに基づく考察くらいだ。というよりそれしかできない。緊張感が決して悪いものじゃないこと、同じ状況で緊張するのは自分だけじゃないと分かれば、意外に気が楽になるものだと思うが・・・。

「でも・・・私はまだそこまで行かないんですよね・・・。もう、胸が痛いくらい心臓がドキドキしてるんです。」
「・・・。」
「それに何て言うか・・・自分の身体が自分のものじゃないみたいで・・・。」

 やはり襲い来る緊張感をそう簡単にやる気に転化するなんて出来ないようだ。緊張感を克服するノウハウを説明しても恐らく効果はないだろう。緊張感を忘れられるようなことがあれば・・・。

・・・やってみるか・・・。

雨上がりの午後 第94回

written by Moonstone

 井上と共に店の奥、俺が着替えに使う更衣室の前に井上と来る。此処に井上が来るのは2回目か。最初は一月ほど前、前に付き合っていた女とよりを戻そうと懸命だったことを「気持ちの押し売り」と言われたと勝手に思い込んで癇癪を起こしたその翌日、俺を待っていた時だったか・・・。何だか随分前のことのようにも思えるのは不思議だ。
 廊下に電灯は灯っているが明るいといえるほどではない。井上の表情はそれこそ3年ほど前、ギターの練習中だった俺のところに友人数名を引き連れて来たあの女を彷彿とさせる。・・・妙な気分だ。かと言って、俺が一緒になって動揺しても無意味だ。俺の役目はあくまで、初ステージに同席する者として井上の破裂しそうなほどに膨れ上がった緊張感を鎮めることだ。

2000/1/18

御来場者29000人突破です!(歓喜)

 ・・・無茶苦茶早い(汗)。定期更新でもないのに1週間経たずに1000人も増えるとは・・・。別に「鏡」のカードで自分のコピー(?)を用意して連続リロードをしたわけでもないし(笑)、大規模な検索ページに登録したわけでもないし・・・。
 次はいよいよ30000人ですか。まさか此処まで増えるとは思っていなかっただけに、イベントも何も考えてません(^^;)。20000人突破企画が進行中ですから、それにプラスアルファというところでしょうか?・・・それ以前に実感が湧かないです(笑)。

 音楽グループの更新が滞るを超えて固まっているのが私自身気になっています(^^;)。思いつくフレーズやリズムは断片的なものが大半な上に、全体のイメージが出来るまでなかなかデータ製作に取り掛からないタイプです。この辺りは半ば癖のようなものなので、どうにもなりません(^^;)。
 日曜も久しぶりに大幅に製作時間を充てて取組んだのですが、リズムの基本部分と楽器の一つが16小節程度で4時間以上(- -;)。思いついたものを形にするのが思い通りに行かないのが、更新が滞る根本的な原因です。
 正直な話、井上がプレッシャーを感じるようには思えなかった。しかし、初ステージに臨む緊張感やプレッシャーはやはり誰でも同じということか。いくら練習して来たとは言え、自分を見る相手の数が格段に違うし、練習の時と大きく違うのは、「もう一度最初から」が通用しないことだ。仮に躓いたとしたらそこで絶対に止めたりせず、そのまま続行することが不可欠だ。
 実は俺が一番気がかりなのはそこだったりする。練習ではもう失敗するようなことはないが、初ステージという条件の下では緊張で声が上ずったり、場合によっては歌詞やフレーズが突然頭から消えたりするかもしれない。そうなった時経験が少ないと焦ってしまい、「続ける」という肝心なことを忘れてしまいかねない。練習でもその対処を教えるのは口で言うのが精一杯だ。これは経験が物を言う話だが、あまり経験したくないことでもあるから余計に厄介だ。

 ステージはリクエストとは別枠で行う。時間は20:00と予定してある。このままいきなり混雑しない限り、予定通り決行することになる。・・・あと30分もない。ステージではマスターが「WHEN I THINK OF YOU」を吹いている。

「・・・あの・・・安藤さん。」

 キッチンと客席の忙しない往復に一段落付いてカウンターで休んでいた俺に、やはりキッチンの整理を終えた井上がカウンター越しに話し掛けて来る。今まで見たこともないような、思い詰めた表情だ。緊張感が相当なレベルに達しているらしい。

「・・・どうした?」
「・・・ちょっと良いですか?」

 俺は少し考えた末に、井上の横で仕込みをしていた潤子さんに尋ねる。

「・・・潤子さん。少し外して良いですか?」
「店の奥は誰の目にも付かないから、そこがお勧めよ。」

 潤子さんの間接的なOKを受けて、俺はコップの水を飲み干すとキッチンの方へ廻り、井上と共に奥へ向かおうとする。その時、潤子さんが俺に耳打ちする。

「祐司君に任せるわ。お願いね。」

雨上がりの午後 第93回

written by Moonstone

 食事を終えてバイトが始まる。今日もまずまずの客入りだ。元々常連が多い上に店の「顔」が増えたことで、男性客の数が増えたように感じる。いつになったらリクエストの対象になるのかという問い合わせも日を追うごとに増えて来ている。今日初ステージということは秘密だ。公開するとごった返す可能性もあったので、4人の話し合いで敢えて伏せることに決まった。
 だから今日居合わせた客はラッキーといえる。もっとも、当事者の井上にはその数だけプレッシャーが増すらしく、既に何処となく落着かないような素振りを見せている。

2000/1/17

な、何だぁ?!御来場者数がどこっと増えてるぞ?!(衝撃)

 昨日の夜、更新から暫くしてネットサーフィンして確認がてら見てみて驚きました(^^;)。28000人突破!と書いてからまだ1週間経ってないんですけど(汗)。来週の定期更新はより良いものにしなければ、と思います。でも、本業の方で製作時間が少なくなりそうなのが厳しいですね・・・。

 昨日の話の続きですが、マスコミ、特に新聞の記者はろくに物を知らないとつくづく思います。昨日お話したような例は勿論、現状を批判しているようで実のところはしっかり援護してますし・・・。肝心なことを書かないとか、本題より勢力争いを真剣に考察するとか、ジャーナリズムが聞いて呆れます。
 所詮高みの見物というか、我々の生活がどうなろうと関係ないという意志が端々に見えます。規制緩和を叫びながら、自分達にそれが及ぶと(再販制度です)途端に文化だ国民の権利だと考えてもいないようなことを持ち出して騒ぎ立てるところを見れば、マスコミの言う報道精神などまさに奇麗事だということは明らかではないでしょうか?
「ふんふん。」
「それに俺が伴奏で関わるわけでしょ?だから他人事じゃないですよ。それに井上が歌う曲を教えたのは俺ですし・・・。歌に問題があるって言われたら、それは俺の教え方に問題があったっていうことだから、言い換えれば、俺の代わりに井上が責められるようなもんでしょ?それなりに責任は感じますよ。」
「良いこと言うねぇ〜。教える者の鑑だよ。うんうん。」
「あなた・・・。でも、きちんと教えた相手のことを考えてるのは立派よ。やっぱり祐司君にやってもらって正解だったわね。」

 褒められたくて引き受けたわけじゃないが−大体、断るかどうかよりも前に、なし崩し的に任せられた−、やっぱり褒められるというのは嬉しいものだ。人に教えるのは初めてで、それも相手が井上ということもあって試行錯誤と葛藤の連続だったことも、潤子さんの一言で昇華される。

「?あら、晶子ちゃん、どうかしたの?」
「べ、別に・・・。」

 潤子さんに尋ねられた井上が視線を食事の方に逸らして口篭もる。積極的というか、押しの強いのが特徴の井上にしては珍しい。少し眉が傾いている。怒っているというか・・・そこまで行かなくても苛立っているという横顔だ。別に俺は井上を怒らせた覚えはないんだが・・・感情がころころ変わる女っていうものはまったく厄介だ。
 対して潤子さんの方はそんな井上を見て微笑んでいる。井上の仕草が面白くて笑っているというより、娘や妹の我が侭や駄々を微笑ましく思うような優しい瞳だ。こういう余裕がある女性には憧れる。

「祐司君から見てどう思う?晶子ちゃんの今までの成果は。」

 不意に俺に話を振って来た。唐突にかなり難しいこと−他人の技量を批評するのは本来難しいものだ−を聞かれてちょっと戸惑うが、これまでの過程を頭の中で一気に巻き戻して早送りで再生して振り返ると、こう思う。

「・・・格段に進歩してると思いますよ。最初はフレーズを楽譜で追うのも一苦労だったんですけど、上達はかなり早かったですね。」
「じゃあ、期待して良いかしら?」
「・・・良いと思います。」

雨上がりの午後 第92回

「・・・そりゃ、気にはなりますよ。」

 追及を躱そうと思案していると無意識にこんな言葉が出てしまった。ふと見ると、少し驚くと同時に見守るような優しい眼差しを見せる潤子さん、シナリオ通りの展開とばかりに目を輝かせて「次」を窺うマスター、そして、見るからに嬉しそうな井上が俺に注目している。・・・まあ、客観的に見て思うことを言っておこう。

「俺にも初ステージの経験はありますからね。あの時は凄く緊張したのを覚えてるし、此処で初めてステージに立った時も結構緊張したから、音楽経験も少ない井上なら尚更じゃないかな、って。」

2000/1/16

 第1創作グループで圧縮ファイルを用意しました。ファイル数が多いのでリンク部分の編集(イメージを省く)もそれなりに大変でしたが、公開分の4割くらいで150kBあるという容量には参りました(- -;)。ひたひたと迫り来る「容量不足」の足音が聞こえてきます。精神衛生上、100MBは絶対欲しいですね。容量は多いにこした事はないでしょう。

 半月以上過ぎましたが、2000年問題は結局何も起りませんでした。というより、あんなに大騒ぎする必要はなかったんです。「家電製品にはコンピュータが内蔵されているから危ない」・・・これを聞いた時、私は呆れました。ビデオなどのタイマーで西暦まで扱っているものならちょっと違いますが、単に「どれだけの時間過ぎた」などの機能は時刻を使わずとも出来るので、2000年になろうが動作には関係ないんです。
 コンピュータ=日付管理=2000年問題と短絡的に考えて騒ぎ立てた浅はかさというか、科学技術の知識が無いのに、大問題だと騒ぐマスコミのいい加減さは、松本サリン事件で何ら勉強してないようです。あれも合成化学の知識があれば、庭先で製造しようものなら一番近くに居た人は間違いなく死んでいることくらい容易に分かったのであり、ましてやその人を犯人扱いすることはなかったんですから・・・。
 以前、と言ってもつい一月ほど前なら遠慮なく言葉の槍を投げ付けていたかもしれない。しかし、今は状況が違う。井上は今日初めてのステージを踏む緊張の中にあるし、俺はその一大事に伴奏として密接に関係する。俺がパートナーの−あまりこの言葉は使いたくないが−井上の心理状態を乱すなんて、それこそ俺の心理状態を疑われても仕方が無い。
 俺は誤魔化すようにカウンターの席に着く。井上もそれに続いて俺の左隣に座る。土日一緒に来るようになって以来、この位置関係は変わらない。俺と井上は無言のまま、夕食が仕上がるのを待つ。井上は俺が手を振り払った理由を勘付いたのだろうか?正直言って少し気まずく思う。・・・一月前はこんなこと思いもしなかったが・・・。

「はい、お待たせ。」

 潤子さんがトレイに乗った二人分の夕食を差し出す。俺と井上はそれを受け取ると早速食べ始める。

「今日の気分はどう?」
「・・・ちょっと緊張してます。」

 潤子さんが尋ねると井上が少し苦笑いを浮かべて答える。やはり緊張感は消えないようだ。もっとも場合が場合だけに緊張感を完全に無くすなんて、余程神経が太くないと無理だろう。

「でも、折角ステージに立てるんだから、楽しんで歌おうって思ってます。」
「良い心構えね。」
「安藤さんにアドバイスしてもらったんです。」

 唐突に名前を出されたことで、俺は思わず吹出しそうになる。俺とのことは別に言わなくても良いのに・・・。それに、こんなところで俺の名前を出したりしたら・・・。

「ほほう。祐司君もやっぱり晶子ちゃんを気にかけてるんだな。」
「そりゃそうよね?祐司君は初ステージのパートナーでもあるんだし。」

 やっぱり俺に矛先が向けられる。以前なら「そんな筈ない」と頑強なまでに否定できただろうが、今日はそう言うわけにもいかない。・・・どうしよう?

雨上がりの午後 第91回

 俺は反射的に袖を振り払う。井上はそれで我に帰ったのか自分の手と俺を交互に見る。井上は無意識のうちに俺の服の袖を掴んだようだ。

「おいおい祐司君。そう邪険にすることないだろ。」
「べ、別に・・・そんなつもりは・・・。」

 俺はそこまで言ったが次の言葉が続かない。井上の手を振り払った理由は大凡想像が付く。だが、今は言えない。少なくとも本人が直ぐ傍に居る今は・・・。

2000/1/15

 昨日夕飯食べた後から何故か気分が悪くなって、暫く横になっていました。あまり状況は好転せず、身体がどうも熱っぽいような・・・(汗)。今、本業の方が(webページの運営ではありません。念のため(笑))立て込んできましたし、年末年始のことを考えて健康管理には注意していたつもりなんですが・・・。

 とうとう「雨上がりの午後」の連載が90回目を迎えました。毎日更新、それも新聞みたく小説を載せていくという無謀極まりない試みとして始めましたが、どうにか100回まであと10回までにこぎつけました。「恋愛もの」と銘打って始めた割にはなかなかその気配が見えないにも関わらず(^^;)、ここまで来れたのもひとえにリスナーの皆様のお陰です。改めて御礼申し上げます(礼)。
 恋に傷付いた安藤祐司とひたすら彼を追う井上晶子。この二人の今後はどうなるのか、これからも見守って頂きたいと思います。

じゃあ、その引っ掛かりが無くなったら、俺は・・・?

「こんばんは。」
「こんばんは〜。」
「あら、いらっしゃい。」

 店に入った俺と井上を出迎えたのは潤子さんだ。心なしか何かを期待しているような表情だ。期待はやはり今日初めて聞く井上の歌だろう。

「夕食、直ぐに用意するから座って待ってて。」
「マスターは?」
「俺ならちゃんと居るぞ。」

 何処からかマスターの声がする。辺りを見回すと正面のカウンターから首を出す物体−マスターだ−と目が合ってしまう。

「きゃっ!」
「うわっ!」
「そんなにびっくりするなよ。収納庫の整理してたんだから。」

 俺と井上は思わず悲鳴を上げる。驚いて当然だ。黄色がかった照明に照らされて髭面の男がぬっと首を出したんだから。さっきので驚かないのは潤子さんくらいのものだろう。お化け屋敷でやれば失神者続出かもしれない。
 そんなことを思っていると、マスターが今度はにやにやと笑い始める。止めてくれ。夢に出たらどうしてくれるんだ。

「・・・おっ、随分仲の良いことで。」
「?」
「今日も息の合ったところを見せてくれよ。」

 マスターの視線が向いている方に視線を移すと、井上の手が俺のコートの袖を掴んでいる。唇をきゅっと結び、見るからに脅えた様子だ。

雨上がりの午後 第90回

 ・・・もう一つ、大切なことを言っておきたい。音楽をする上で、否、音楽に限らず何かをする上で大切なことだと思うことだ。あの時を思い返して、改めて実感したことでもある。

「あとは、ステージに立って歌うことを楽しめば良い。あのステージに立てるのは店の人間4人だけなんだから。」
「・・・そうですね。安藤さんと知り合ってなかったら、こんな経験できなかったんですよね。」
「俺のことは別。」
「別には出来ませんよ。元を辿ればあの日の出会いなんですからね。」

 ・・・そりゃそうだが・・・やっぱり油断ならない。音楽を通してなら井上と過ごすことは出来る。だが、それを除いての付き合いは出来ない。少なくとも2つの引っ掛かりがある以上は・・・。

2000/1/14

 いきなりですが、ここで問題です。

水彩絵の具と色鉛筆の合いの子のような画材、スキャナ、Gペン、
インク、ホワイト。これらがMoonstoneにとって意味するものは何でしょう?

 ・・・答え。宝の持ち腐れ(爆)。絵を描くつもりで買い集めながらも、ろくに、或いは殆ど使っていないものです(^^;)。文章考えたり書いたりする時間が長いですからね(半分以上は考える時間です)。折角各グループに常駐させた担当をもっと具体的にしたいんですが・・・。
 こういうときにCGは絶大の威力を持ちますからね。頭の中ではこんな顔つきとかイメージは出来るんですが、それを表現する技量が全くありません(泣)。それに描いたCGで「こんなの違う!(怒)」と思われても「これが自分のイメージだから(きっぱり)」と言い切る自信がありません。これが最大の問題でしょう。打開策が全く見えない状況では迂闊に手も出せません。・・・ふぅ(溜め息)。
「だから、井上が歌わなきゃ何も始まらない。どんなことだって最初の一歩はあるんだから、それを踏み出すかどうかは本人次第だ。それに昨日、マスターと潤子さんに「やってみます」って宣言しただろ?」
「・・・はい。」
「じゃあ、やってみれば良いさ。別に失敗したからって命取られることはないんだから。それに失敗しても、最初だから客は大目に見てくれる。」

 井上が何時、どんな形でステージに上がるのか、客の間では色々な推測が飛び交っている。ヴォーカルという推測はかなりの少数派だ。今までマイクは司会でマスターが使うのと、音量が制限されるアコギの音を拾うくらいにしか使ってない。
 しかし、自分が言ったことにちょっと違和感を感じる。失敗しても良いっていうのは・・・前に俺があの女のことを思い出して散々な演奏をしてしまった時、井上が俺に言ったことと同じだ。・・・今日は立場が逆転してしまったわけか。
 俺が今失敗しても良いなんて言っても、当の井上は初めての晴れ舞台を無残なものにしたくないという思いも在るかもしれない。ちょっと・・・アドバイスとしては軽率だったか。じゃあ、どうやって緊張を解せば良いんだ?

「気休めにならんかも知れんが、ステージには俺も居るし・・・。」
「・・・そうですよね。安藤さんが演奏してくれるんですよね。」

 急に井上の表情が晴れて来る。俺が居るとそんなに心強いんだろうか?まあ、一月程自分が歌う曲の練習で顔を突き合わせた相手が一緒に居れば、自分だけじゃないと心強く思えるのかもしれない。

「・・・歌う時は耳も活用するんだな。演奏に合わせて歌うんだし、声を出しっぱなしじゃ駄目だ。音はまず耳で感じるんだから。」
「確認しながら歌えってことですね?」
「そうそう。音に注意を向けていれば、客のことなんて何時の間にか忘れちまうさ。」

 俺だってそうだ。井上が客として店に来た時、アレンジして間も無い新曲「AZURE」をリクエストされた。あの時井上の方を気にしていたら、それこそ無残な失敗を客の前で晒していたかも知れない。だが、店の雰囲気に浸り、そして演奏に浸るうちに「何時の間にか」井上にリクエストされたことも気にならなくなって、自分でも演奏を楽しむことが出来たんだ。

雨上がりの午後 第89回

 井上が俺の顔を見る。どうして良いのか分からないといった表情だ。緊張している最中にありがちではないアドバイス−井上にはアドバイスかどうかも判らないかもしれない−を受けて、少し混乱しているようにも見える。日頃こんな表情は見せないだけに、相当の緊張状態にあることが分かる。

「・・・言った意味がよく分からないって顔だな。」
「・・・ええ・・・。」
「ステージに立って歌うのは井上だろ?だから、井上が歌わないことには誰も上手いとか下手とか言えないってことだ。」
「そ、それはそうですけど・・・。」

2000/1/13

御来場者28000人突破です(歓喜)!

 27000人突破が1/8ですから5日で1000人増ですか・・・?更新の効果といいましょうか、本当に「どこっ」と増えます。従量料金というハンデの中で芸術創造センターに御来場下さる以上、やはり「生きている」ページにしたいという思いです。そういう意味でも音楽グループはどうにかしないと・・・(汗)。

 昨日はPCの問題をお話しましたが、今日はサーバーについて。今ある容量は初期値の15MB。プロバイダとしてはかなり多い方だと思います。しかし・・・写真や圧縮ファイルが増えて、そこに第1創作グループというヘビー級(公開中の本編だけでも760kB超!)が加わると、将来的に容量オーバーになる日は近いという予測があります。テキスト主体でこんなに容量を食うとは・・・(汗)。
 また、第1SSグループで「ねるふ・はざーど」が止まっているのはCGIが使えないからです。経験のあるPerlでCGIが組めることと容量増加を満たす選択肢・・・。以前ここでお話したことがいよいよ判断を迫られそうです。どうしよう・・・?
 もっとも月曜の夕食を一緒に摂るようになったことは、厳重に井上を口止めしている。これが知れたら、俺は毎日マスターに突つかれる羽目になるのは間違いない−今でも土日一緒に来るだけで十分突つかれているが−。それに憶測に尾鰭が付いて、俺と井上が同居するとかろくでもない方向に飛躍してしまいかねない。
 嘘も百回言えば本当になるって言う。今も「何時の間にか」と「成り行き」と「積極的(俺に言わせれば強引)な行動」でこんな状況になっちまったわけだし・・・。

 井上に音楽を教えることが嫌だという気持ちはない。そりゃ最初のうちは俺のイメージ通りにすんなり進まないことに苛立ったこともあったが、最初は中学程度の音楽知識しかなかったから仕方が無い。
 それより井上の覚える早さは相当なもので、歌詞を見ながら何度かCDと俺のギターを聞くうちにフレーズに合わせて口ずさめるようになり、3週間あまりで俺のギターに合わせてひととおり歌えるようになったくらいだ。俺がギターを弾けるようになるまでの過程を考えれば、優秀という他ない。
 ただ・・・あれほど最初井上との接触を拒んでいたのに、それこそ「何時の間にか」井上と時間を共有することが増えたのは、正直言って・・・怖い。自分の都合で電話一本で俺を捨てたあの女と同じ「女」であることには代わりはないし、「先約」を踏み躙るようなことに手を貸してしまっているんだから・・・。それでも尚、俺が拒みきれずに居るのは、やっぱり・・・寂しいからなんだろう。俺の弱さには我ながら呆れる。

 その井上は今日、ステージで歌を披露することになっている。昨日マスターが切り出すと潤子さんも乗り気になり、井上は簡単に「やってみます」と宣言してしまったのだ。俺が止める間も無かったのは言うまでもない。
 どうやらその時が近付くにつれて、井上は事の重大さを認識し始めたらしい。そう、練習の時は聞く相手は事情を知っている俺だけだが、ステージに上がればそうはいかない。極端な言い方をすれば、目の前全てが敵に回る可能性だってある。俺が最初のステージを踏んだ時、観客が全て怪獣に見えたのと同じだ。

「・・・ちゃんと歌えるかな・・・?」

 井上が不安そうに前を見たまま呟く。昔の俺を見ているようだ。こういう時、単純に「肩の力を抜け」なんてアドバイスは逆効果だ。自分でどうにも制御できないから緊張するんであって、「力を抜け」と言われてできるくらいなら緊張する筈がない。だから俺は自分の経験から、井上のこうアドバイスする。

「お前が歌わなきゃ始まらないんだぞ。」

雨上がりの午後 第88回

written by Moonstone

 今日も俺は井上と共に「Dandelion Hill」へ向かう。今日の井上はいつになく緊張した面持ちだ。その理由は昨日に溯る。

「そろそろ聞かせてもらいたいな、晶子ちゃんの歌。」

 昨日のバイトが終わってからの「仕事の後の一杯」で、何時の間にか井上のことを晶子ちゃんと呼ぶようになったマスターが切り出したことが発端だ。井上が「Fly me to the moon」を歌えるように俺をくっ付けるようにお膳立てしたのはマスターだから、当然俺が教えていることは知っている。

2000/1/12

CCさくらのコミックス10巻、売り切れてた!(衝撃)

 ・・・まあ、それは置いといて(笑)。私のPCのキーボードが少し調子が悪くて困ってます。漢字変換で多用するスペースキーと「(」を入力するための「8」のキーが(98系なので)、反応しない時があるんです。スペースキーは叩く位置が決まっているので、横から見るとキーが傾いているのが分かるほどです(^^;)。原因はまずこれだと思いますが「8」のキーは判りません。
 やっぱりノートパソコンを早めに買った方が良いかな〜?今のPCより絶対早いし(笑)、寝転がってでも出来ますからね。

 もう一つ今のPCについて。辞書がちゃんと学習しないんです(怒)。「使って」が「浸かって」(何故?)になるし、「仕事と私生活が」が「死後と都市生活が」(何だよそれ)になるし・・・(汗)。特に「使って」なんて、それこそ何回使っても覚えてくれない・・・。「PCはオーナーに似る」とも言われますが、じゃあ私って一体・・・?(大汗)
 そして正味2時間ほどの練習を終えた後、土日はそのまま一緒にバイト先の「Dandelion Hill」へ向かい、月曜は・・・最初の練習があった週から夕食を一緒に摂るようになった。智一が知ったら絶対ただでは済まないだろう。
 最初の練習の日−その日は曲を何度か聞きながら楽譜とギターを交互に使って、フレーズを説明したくらいだったが−、練習が終わって帰ろうとした俺に井上がいきなり夕食に誘ってきたのだ。勿論、俺は驚いたし断るつもりだった。食事をどちらかの家で一緒に摂るなんて、以前のあの女とでもそうそうなかったし、まさに井上の仕掛けた罠に嵌まり込むようなものだと思ったからだ。
 だが、「コンビニで買うより安くつきますよ」という井上の説得(?)と、子どもの悪戯を事前に発見した母親のような表情−あれには弱い−に、仕方がない。ものは試し、と応じたのが間違いだったというか・・・。予想外に美味かった。話によると自炊しているという。成る程、バイトで潤子さんとキッチンを遣り繰りするだけのことはある。さすがに品数や、メニューが洋食にやや偏っているのは−料理は洋食の方が初心者向けだという−潤子さんに負けているが、少なくとも俺よりは圧倒的に達者だ。というか、包丁をまともに使えない俺と料理の腕を比較すること自体、多大に無理があるんだが。

 それに・・・井上はよく喋る。話題は別に大した事じゃない。その日の練習についてやバイトでのこと−前は何を血迷ったか、井上におかわりのコーヒーをお酌してくれと言った奴が居たが−、自分の好きな小説やCDとか・・・小説は殆ど分からんから聞いているしかないが、CDは共通項が意外に多くて−「AZURE」を知っているくらいだから−俺も知らず知らずのうちに最近買ったCDや好きな曲、アレンジの方法論とかを話すようになった。
 ・・・そう、コンビニの弁当やカップ麺を一人で食べている時とは違って、・・・食事が楽しいと思うようになっていた。「Dandelion Hill」で潤子さんの作る夕食を食べる時にも勿論色々会話はあるし、潤子さんの料理に非の打ち所はない。何というか・・・「Dandelion Hill」での食事は仕事の前のひとときで、井上との食事は・・・言い難い表現だが、家庭の団欒といえば良いのか?何れにしても雰囲気が違う。

 結局俺はまた一歩、井上の仕掛けた甘美な罠に嵌まり込んでしまったわけだが・・・この気分に浸るのも悪くはないと思うようになってきた。あの痛手から一月あまり・・・。そろそろ傷が癒えてきて、がむしゃらにあの痛手の予兆に脅えて、女を拒絶することがなくなったのもあるだろう。だが、久しく感じなかった雰囲気が・・・井上との食事には確かにある。

雨上がりの午後 第87回

written by Moonstone

 それから一月の間、俺は井上の家に足繁く通うことになった。年々暖かくなってきてるというが、それでも寒さがますます厳しさを増して来る中、俺はギターとアンプを持って土日の昼間、そして月曜の夜に15分ほどの道のりを往復した。
 最初の頃はどうしても、何で俺が寒い中を毎日井上の為に、という思いと音楽を教える責任との葛藤に一人で悩んでいたが、何時しかそれは消えていた。井上は毎日玄関先で俺を出迎えて、駆け付け一杯の紅茶と菓子を−菓子は2日目からだった−用意して待っていた。・・・あれは体にじんわりと染みる。・・・俺は・・・井上の家に入ることで安心しているんだろうか・・・?

2000/1/11

 昨日メジマグロを捌いたのですが、手が未だに匂います(^^;)。新鮮だったので捌き易かったのですが(古いと皮が上手く剥けない)、これまでにない大量の血(!)で俎板と手が真っ赤に染まりました(^^;)。1/4が刺身になって、1/4がそのまま冷凍、後の1/2は酢に軽く漬けて後の鉄火丼(笑)。背骨部分は味噌汁と煮物の出汁取りに、カマ(頭)は後の煮物の材料とすべく冷凍保存。捨てるだけの部分は殆どないですよ。魚は1匹そのまま買いましょう(^^)。

 えっとですね・・・。CCさくらのコミックス買いました(爆)。某チャットで紹介されたURLで絵柄を見たのが間違いだったな・・・(^^;)。絵柄が気に入ると一気にのめり込む癖が出てしまいました。CCさくらを扱うグループが登場したら、もう笑ってやって下さい(^^;)。だって・・・観月歌帆が気に入っちゃったんだ〜!(絶叫)・・・重症だな、これは(大汗)。
 まあ、それは良いとして(笑)、話の展開が明るくて前向きなのが気に入った要因の一つです。「だいじょうぶ なんとかなるよ」「絶対だいじょうぶだよ」・・・5巻にあった主役のさくらが言ったこの台詞、エヴァではなかったですからね(^^;)。どっちが良いとかいう問題ではなくて、また別の良さを見つけた・・・。そういう思いです。表紙がもろ少女漫画なので、レジに持っていくのは勇気が要りますが(笑)。
 チューニングを終えると、俺は一度浅い深呼吸をしてから演奏を始める。寒さで悴(かじか)んでいた指もすっかり元通りになって、ひとりでに動く。これなら大丈夫だ。とくと聴いてもらおう、俺のアレンジを・・・。

 ・・・ダウンストロークで演奏が終わり、弦から指を離すと井上が拍手する。勉強の一環だということを忘れて「たった一人のコンサート」気分で聴いてたんじゃないか、と思うが、見るからに嬉しそうな顔で拍手されるのは悪い気分はしない。・・・だが、これに騙されると、後で痛い目に遭わされる。本当に用心してないと気付かないうちに泥沼に嵌まり込んでしまいそうだ。

「凄ーい・・・。CDだと楽器がいっぱいあったのに、ギターだけでも十分雰囲気が出せるんですね。」
「これがアレンジっていうんだ。俺の技術はまだまだ未熟だけど。」
「そうなんですか?そうには思えませんけど・・・。」
「潤子さんのバージョン聞いただろ?あれくらい出来るようになるのが俺の目標だ。」

 潤子さんはピアノの腕は勿論、アレンジの技術やセンスも一級品だと思う。だからこそ日曜日になると潤子さんを指名してリクエストしようと血眼になるんだが、俺もそれくらい有無を言わせぬ説得力を身につけたいと常々思う。まったくマスターはどんな魔法をかけたんだろう?
 ・・・井上の表情が沈んでいる。視線も輝きを失って俯き加減になっている。何か変なことを言っただろうか?思い返してみても心当たりはないんだが・・・。

「・・・潤子さんって、安藤さんから見てもやっぱり魅力的ですか?」
「?そりゃあな・・・。」
「・・・じゃあ、もっともっと頑張らないと駄目ですね。」
「??あ、ああ。」

 再び顔を上げた井上の表情は決意に満ちている。潤子さんのレベルに達するのは相当難しいと思うが・・・やる気になったのならそれで良い。教える俺としても熱が入るというものだ。

何となく自分の解釈に違和感を感じるんだが・・・気のせいだろう。

雨上がりの午後 第86回

written by Moonstone

 ・・・今は演奏に集中しよう。俺はアンプの電源を入れてボリュームを少しずつ上げて、五月蝿くならないような音量にしてからチューニングを確認する。井上は興味深そうに俺の手を見ている。間近で見られると妙に緊張する。最初にステージに上がった時は観客が怪物に見えて足が竦んだことを思い出す。今はさすがにそこまで酷くはないが、見ている相手が相手だけに、別の意味の緊張もあるから厄介だ。・・・失敗したら洒落にならないというのに・・・。

2000/1/10

 定期更新の内容は如何でしたでしょうか?公開する作品を揃えて思ったのですが、このところ自分が書いている文芸作品はどうもシリアス(それも重い^^;)に偏っているなぁ、という印象を受けました。詩的な恋愛ものとかを意識的に避けてるわけではないのですが、私の性格は重たいシリアス向きなのか?(^^;)もう少しエンターテイメントの色彩を強めるべきかもしれませんね。

 本当はこの連休中に第1写真グループの新作の撮影に行こうと思ったんですが、天候がはっきりしないので諦めました(T_T)。まあ、その分キーボードを夜中ぶっ通しで叩いて次回以降公開する作品製作を進めましたが・・・。もっと時間的に余裕が出来たら、本格的に撮影旅行に出掛けたいものです。最近殆ど行っていない関西方面、特に奈良や京都、神戸に行ってみたいですね(^^)。その間に晴れと曇りと雨と雪があれば最高なんですけど・・・都合が良すぎますね(^^;)。

やっぱり、女を意識しないなんて無理だ。
この匂いをさせる存在を意識しないなんて・・・

 柔らかいストリングスが響いて曲が終わる。井上が顔を上げてCDを持っていたリモコンで止めて俺の方を向く。色々な驚きが入り混じっているらしい表情を見せる。井上は表情が豊かというか・・・感情はストレートに表情に出るタイプのようだ。

「良い曲ですね・・・。こんな曲が歌えたら良いなぁって思いました。」
「店では事実上のスタンダード・ナンバーだからな。俺もマスターも潤子さんもそれぞれのアレンジ・バージョンを持ってる。」
「じゃあ、歌い方もそれぞれ変わるんですか?」
「マスターはサックスだから、あれは完全にソロ用だな。俺はCDに沿ったアレンジだけど、潤子さんはバラード調にアレンジしてる。昨日聞いただろ?」
「・・・ああ、そう言えば潤子さん、リクエストされてましたね。あれも凄く奇麗でした。」
「まあ、歌い方は変わっても歌詞は変わらないから、一度覚えればそれなりに対応できるようになると思う。楽譜を読めると良いっていうのは、潤子さんの演奏で歌う時も楽譜を見れば打ち合わせとかがやり易いだろうと思ったからだ。」
「そうなんですか・・・。」

 井上は納得したらしく何度も頷いている。必要性があればそれなりに理解も早いだろう。聞くだけなら知らなくても良いが、楽譜が読めないで音楽をするのは俺に言わせれば邪道だ。共通の連絡手段を知らないでその世界のことを云々するなんて、言葉が分からない国で政治家になろうとするようなものだ。

「じゃあ、次は俺のアレンジを聴いてもらうか・・・。歌が入る時はまたアレンジし直すけど、歌う時はCDと同じイメージで良いから。」
「あ、聞かせて下さい。」
「・・・コンサートじゃないぞ。」
「分かってますよ。」

 そうは言うが、井上は目を輝かせるという表現がぴったりの表情だ。絶対勘違いしていると思いつつ、俺はソフトケースからギターを取り出してアンプを繋ぐ。アンプの電源プラグは井上が近くの壁のあるコンセントに差す。気が利くというか・・・行動が素早い。ストーカーさながらの行動力を誇る井上ならではと言おうか。

雨上がりの午後 第85回

「クッション使います?」
「・・・要らない。」

 声に動揺のビブラートがかからないか不安だ。井上の奴、隙を見つけては接近を画策して来る。そういう積極性は「先約」だけに出してもらいたいものだ。俺を誑かして「先約」と下らないドラマさながらの三角関係に持ち込んで、「私の為に争わないで」でやりたいんだろうか?だとしたら迷惑極まりない。女王様気分の女は大嫌いだ。
 ・・・聞き慣れたあの歌声が聞こえて来た。ちらっと井上を見ると、CD付属の歌詞を見ながら、微かにリズムを取る動きを見せている。俺は一安心して身体の警戒の硬直を少し解く。どうやら井上は曲の方に意識を集中しているようだが、俺は隣から漂って来るあの甘酸っぱい芳香が気になって曲を聞くどころじゃないというのが正直なところだ。

2000/1/9

 今年最初の定期更新です。当初は今日から活動再開としていたのですが、ご覧のとおり4日切り上げております(^^;)。圧縮ファイルはまず3つを御用意しました。以後順次揃えていくつもりですが、第1創作グループは大問題です(^^;)。フレーム無しにすると編集作業が洒落にならないようですし、フレームありだとファイル数が膨れ上がりますし・・・。一括は諦めて分割にしようかと思っています。MBの容量をオンラインでダウンロードするのは結構時間かかりますからね。

 明日くらいに写真撮影に出掛けようと思っているのですが・・・このところ曇り続きで目的のイメージが取れる可能性は低いです。夜になると星が見えるのに(^^;)。屋外は天候の影響をまともに受けるので、頃合いを見計らって決行するしかありません。雨乞いならぬ「晴れ乞い」でもしましょうかね・・・(笑)。今度はちょっと遠出する予定です。
 ドアを開けた先は台風一過のような俺の部屋と違い−あの日は言わば爆撃の後に竜巻が来たような惨状か−、やはり奇麗に整頓されている。元々物が少ないのも大きな要因のようだ。あるのは小さなテレビとオーディオが入った棚に机、その上にあるノートパソコン、部屋の中央にあるガラスのテーブルにクッションが・・・1つ。そして箪笥とベッド。8畳くらいの空間に整然と収まっている。
 意外なのはクッションが1つだということだ。「先約」を考えると2つあるのが自然だと思うんだが、そんなことを問い質すつもりは無い。・・・こんなことを考えていること自体、「先約」という詞書きになって仕方ないと言っているようなものだが。
 俺は持って来たギターとアンプを隅に置くと、持って来たCDと楽譜を井上に差し出す。これが井上に曲を教える為の教材だ。

「このCDに問題の『Fly me to the moon』が入ってる。これは暫く貸すから、何度も聞いて曲の感じを掴んで。」
「はい。」
「それから・・・これは楽譜。読み方も少しずつ教えて行く。自分で練習する時にも読めると便利だからな。」
「へえ・・・。これって、安藤さんが書いたんですか?」
「ああ。ギターソロ用にアレンジしたやつだ。店で演奏する時は大抵一人だから、アレンジしないとしょうがない。」
「凄ーい。こんなことができるんですねー。」

 俺は何も凄いとも思わないが−出来ないとどうしようもない−、知らない人間にはやっぱり驚異的らしい。小学生までは男で音楽が出来ると「女の子みたい」とからかわれたりするらしいが、中学生くらいになると立場が一変する。かく言う俺もギターを始めたのは中学からだ。

「早速かけますね。」
「ああ。2番目に入ってるから。」

 井上はCDを棚に小ぢんまりと納まったオーディオにセットに行く。俺は絨毯が敷かれた床に腰を下ろす。井上はCDをセットすると、俺の隣に腰掛ける。反射的に俺は身体を強張らせる。

雨上がりの午後 第84回

 紅茶を飲み終えて体も十分温まった。井上もほぼ同じに紅茶を飲み終わる。わざわざ俺のペースに合わせて飲んでいた。俺は飲み慣れないものを前にしてかちょっと戸惑ってしまって湯気が僅かに立ち上る程度まで待っていたが、その間井上も待っていたくらいだ。別に先に飲んでも一向に構わないし、そうされると逆にこっちが余計な神経を使ってしまう。

「じゃあ、私の部屋に案内します。」

 井上は席を立って奥のドアの方へ向かう。俺も荷物を持ってそれに続く。・・・妙に緊張するのは何故だろう?やっぱり初めて入る女の部屋だからだろうか?俺を捨てたあの女の部屋に初めて案内された時も同じ様な気分になったことを思い出す。これは男の性なんだろうか?

2000/1/8

御来場者27000人突破です!(歓喜)

 ・・・明日の定期更新を前に嬉しいです(^^)。新年最初ということもあって、質、量ともに充実した内容にするべく懸命に製作をしています。文芸グループの勢いに対して音楽グループがなかなか動かないのが困りものですが・・・(汗)。

 昨日もお話しましたように圧縮ファイルを並行して用意しているのですが兎に角サイズがでかい。第1CGグループのCGや大きめの写真、音楽部門のMIDIくらいあります(100kB超もあり)。「Saint Guardians」なんて30以上あるのに、と気がかりなのは勿論、このままだとサーバー容量を圧迫するのは必然。CGIも含めて、早急な対策を迫られそうです。どうやって増やそう・・・(- -;)。
 ・・・先約・・・やっぱりこれを気にしてないといえば嘘になる。「先約」があるのに他の男を家に連れ込んだりするのは俺には理解できないし、その「先約」の相手が傷付くことを考えると、俺も共犯だろう。「先約」がなければ良いのに、と思う気持ちもあるかもしれないが、それはこの笑顔の魔術が生み出す蜃気楼だと信じたい。否、そうに決まってる。
 魔性の女、という言葉があるが、その言葉は井上の為にあるのかもしれない。その魔術に誑かされないようにするには・・・あくまでも接点を音楽くらいに留めておくことが肝要だろう。もうあんな痛い思いをするのは御免だし、「先約」を傷つける共犯になるにしても、きっぱり切れるようにしておけば、最悪でもドロドロした事態は防げるだろう。
 ・・・どうして男と女は恋愛から逃れることが出来ないんだろう?恋愛なんてものがなければ、どんなに気が楽になるか。どれだけ泣かなきゃならない人間が減るか・・・。恋愛が無くなって困るものといえば、歌詞や小説、あとクリスマスだのバレンタインだのという、商売絡みの全国的なイベントくらいだろう。

「・・・さん、安藤さん?」

 井上の呼ぶ声で俺は我に帰る。どうもあの日以来、あれこれ考え始めると周囲から完全に意識が遮断されてしまうほど、思考の深みに嵌まってしまう癖がついたようだ。

「悪い。ぼうっとしてた。」
「具合、悪いんですか?」
「いや、全然。」
「なら良いんですけど・・・。風邪ひきそうだったら無理しないで下さいね。」
「大丈夫だよ。これ飲んだら早速始めよう。」

 そうだ。俺は井上に音楽を教えに来たんだ。それ以外のことは考えないようにしないと、また前みたいにみっともないところを晒してしまうだろう。あれだけはどうしても避けたい。初めてでいきなり前のような失敗をやらかしたら、もう教えるどころの話じゃない。俺自身がまっとうな演奏が出来るように誰かに教えてもらうべきだろう。

雨上がりの午後 第83回

「じゃあ、ラベンダーとかもあるわけ?」
「ええ、ハーブティーって言って、色々種類があるんですよ。私はまだそんなに揃えてないですけど。」
「ちょっとしたコレクションになりそうだな。」
「全部揃えようとすると、紅茶のお店になっちゃいますよ。」

 井上は楽しそうに笑う。何も知らない男なら感嘆に心が蕩けてしまうそうな笑顔を見せる。俺も失恋した直後じゃなかったり、先約があるという言葉を気にしてなければ・・・この笑顔にやられているだろう。

2000/1/7

 このコーナーの1000HIT企画の最後で触れている圧縮ファイルですが、現在少しずつ揃いつつあります。次回1/9の定期更新で幾つかご利用頂けると思います。公開しているものをそのまま圧縮するのではなくて、多少使っているイメージを削除したりファイル名を整えたりして(拡張子がhtmlだと長いってさ(^^;))、体裁を整えた上で圧縮するようにしています。
 「長いし濃いし、オンラインじゃおちおち読んでられない」と敬遠されていた方、圧縮ファイルを是非ご利用して頂いて、この機会にMoonstoneの世界に触れて下さるようお願いいたします(礼)。
 問題なのは第1創作グループです。ファイル数が無茶苦茶多いし(^^;)、その上フレームを使っているので、それをどうするかを検討中です。フレームまで圧縮するのも手ではありますが・・・。
 井上の声が少し離れたところから聞こえて来る。先に歩き始めて、俺が居ないことに気付いたんだろう。

「・・・何でもない。」

 今日の俺は・・・自分と戦い続けているような感じがする。電話口で妙に緊張したり、此処に来たら来たで井上の幻術に惑わされそうになって・・・。精神的に不安定っていうのは、こういう状態を言うんだろうか?

 井上に先導されて俺は再び井上の家に案内される。相変わらず整理整頓された部屋だ。昨日は効いていなかった暖房も今日は最初から行き届いている。俺はギターやアンプを床に置くついでにコートとマフラーを脱ぐ。ギターに被せるように置こうとすると、井上が俺に手を差し出す。

「ハンガーがありますから、それに掛けておきますよ。」

 ・・・随分用意が良い。まあ、先約とやらで慣れているんだろう。俺は無言で好意(と言えるのか?)に甘えることにする。井上は両腕にコートとマフラーを抱えて奥の部屋に消える。手持ち無沙汰になった俺は勝手に椅子に座る。
 井上は直ぐに戻って来て、紅茶の用意を再開する。いつもながら手際が良い。少し待った後には二つのお揃いのカップに赤茶色の香ばしい液体が注がれる。昨日は直ぐにミントと分かる香りだったが、今日のは随分控えめだ。だが、何処かで嗅いだことがあるような、懐かしいというかそんな気がする匂いだ。

「今日のは何か分かりますか?」
「・・・いや、判らないけど・・・何か嗅いだ覚えがあるような・・・。」
「あると思いますよ。それ、ストロベリーなんですよ。」

 ・・・ストロベリーか。成る程、嗅いだ覚えがある筈だ。それにしても昨日のミントといい今日のストロベリーといい、色々なものが紅茶になるもんだ。香りのあるものなら大抵紅茶になるんだろうか、と思ったりする。

雨上がりの午後 第82回

「遅れて御免。」
「いえ、もう大丈夫なんですか?」
「それはもう、すっかり。」
「寒かったでしょ?日が暮れそうになって急に風が強くなって来ましたから・・・。」
「確かに風はきつかったな・・・。」
「さ、早く行きましょ。」

 俺が来るのを待たれているのは・・・悪い気はしない。それどころか・・・何だろう、帰宅した俺を出迎えられるような気がする。
 ・・・錯覚だ。これは錯覚だ。俺が勝手にそう思おうとしているだけだ。井上はとっくに予約されてるって自分で言ってたじゃないか。・・・分かっているのに・・・また騙されようっていうのか?

「?どうしたんですか?」

2000/1/6

 昨日の西暦が一時1999年になってました(汗)。月が変わる時もそうですが、私はこういう時にすんなり切替えられないんですよ。今年は4桁全てが一気に切り替わったので、余計に切替えが鈍いというか・・・。あまりmillenium(千年紀)に対する実感がないのが原因なんだと思います。
 まあ、大きな節目だといえば確かにそうなんですが、普段元号しか使わないのに今年はいきなり2000年と西暦を使っているのを彼方此方で目にして、いい加減さというか、節操の無さの方がより強く実感できます。まあ、信念より儲け狙いの便乗や迎合が先に出るんでしょうね。2000年にちなんで2000円札を発行だなんて安直な案が平気で出て来るくらいですから。
 マフラーを巻いて外に出る。朝晩の冷え込みがますます厳しくなって来ている。それに風が強くなって来ている。思わず身を縮こまらせた俺は、鍵を閉めると急ぎ足で井上のマンションへ向かう。こんな時期は出来るだけ外へ出歩きたくないもんだ。
 ・・・今改めて考えてみると、どうして俺がこの寒い中、井上の為に外へ出なきゃならないんだろう?普通、教わる側が教える側の所へ通うんじゃないか?・・・あ、家庭教師は別か。・・・こんな小さなこと、どうでも良い筈なんだが、妙に拘ってしまう。やっぱり井上のペースに乗せられたことが無意識に引っ掛かっているんだろうか?多分そうだろう。電話番号まで教える羽目になったし・・・。
 でも、俺の家に来い、なんてあの時の俺に言えただろうか?・・・きっと無理だ。そんなこと考えもしなかったし、例え思いついても言わなかっただろう。部屋が散らかっているのもあるが・・・家にはまだ、あの女の記憶の残骸が漂っているように思う。そんな空間に井上を入れたら・・・俺はどうなるか判らない。残骸を踏み躙られるような気がして井上を激しく拒絶するか、それとは逆に、井上に残骸を消し去ってもらおうとして井上を激しく求めるか・・・何れにせよ、俺にとっても井上にとっても良い結果にはならないだろう。
 思い出すことすら嫌悪するような時期は過ぎた。多少なりとも傷は癒えたのかもしれない。だが、あの記憶の良い部分だけを思い出として留めておくような整理はまだまだ先の話になりそうだ・・・。男は女より過去の傷に拘るというが、少なくとも俺に関してはそのとおりだろう。
 そんな事を考えて歩いていたら、何時の間にか井上のマンションの前に着いた。セキュリティのある玄関の奥にあるロビーのような、ソファが並んでいる場所が透かして見える。そこに玄関の方を向いて・・・井上が座っている。少し俯き加減でまだ俺には気付いてないようだ。
 玄関にもう少し近付くと、井上がふと顔を上げる。憂いを帯びたようなその表情が晴れやかになって行く様子がはっきり分かる。井上はすっと立ち上がると、こっちに向かって走り寄って来る。管理人室らしい窓口に何か告げて程なく、正面のドアがひとりでに開く。管理人に告げて周囲を確認してもらったりしているんだろうか?俺が直ぐに玄関を潜ると、ドアは再び閉じる。井上が走り寄って来る。如何にも待ち侘びたと言いたげな表情だ。待たせて悪かったと思う自分に気付く。

雨上がりの午後 第81回

written by Moonstone

 ・・・暫く横になっていると、どうにか心臓の震動が収まって来た。外から差し込んで来る光はかなり弱まって来ている。この時期は日が暮れるのが早くなって来たとは言え、帰宅してからかなり時間が経っているんだろう。
 俺は起き上がると直ぐに服の埃を軽く払って、持ち物を揃える。マンションだから隣近所の問題もあるからエレキギターと練習用の小さいアンプ、ヘッドフォン、それに課題曲「Fly me to the moon」の収録されたCD。後は・・・俺が音を取って書いた楽譜。こんなところだろう。

1999/1/5

 年始の挨拶はトップにありますので、そちらをご覧ください。・・・いきなり手抜きみたいですけど、何度も繰り返すのもねぇ(^^;)。
 シャットダウンの予定を切り上げて復帰致しました。今年は曜日の関係か、あまりのんびりできなかったです。風邪はほぼ治りましたが、鼻がしつこくぐずってます。結局、キーボードがないと思うように作品が作れないことを実感しました。早くノートパソコン買おう。お金があればですが・・・(^^;)。

 帰省の折、初めて携帯電話の「着メロ」を間近で聞きました。弟のものだったのですが、それが酷い音痴(爆笑)。「どうにかしてくれ」というのでデータを見てみると、シャープやフラットがもう目茶苦茶(^^;)。楽譜を見て入力したのは良いが、その読み方をまともに知らなかったそうな。って・・・楽譜読めないのに楽譜見て入力するなよ(呆)
 楽譜の読み方を説明したが埒が明かず、結局ご丁寧にも私がドレミと入力する音符を書き出しました。それも3曲も(- -;)。成る程、携帯電話に新作「着メロ」を受信できる機能が加わったのが分かります。音痴な「着メロ」は非常に迷惑ですから、音楽に自信がない人は素直に利用して下さい(笑)。
 何て言えば良いんだ?今からそっちへ行くから・・・これじゃ何だか恋人同士みたいだ。教えに行くから待っててくれ・・・これでも駄目だ。もっと良い言い方はないか?色々考えてみるが、同じ様な台詞しか思いつかない。こんなに緊張しなきゃならない自分が情けない。
 兎も角、受話器の前でおたおたしててもしょうがない。もう一度受話器を取って注意深くメモと見比べながらボタンを押す。10個・・・押した。呼び出し音が聞こえる。同時に心臓がバクバク音を立てる。向こうに聞こえるんじゃないかと思うくらい、激しい震動が伝わって来る。

「はい、井上です。」

 !井上が出た!・・・って、それが当然か。井上の家に電話を掛けたんだから・・・。何て言おう、何て言うんだったっけ?・・・あ、頭の中が真っ白だ。困った。何を言うのか全然思いつかない。

「あの・・・どちらさまですか?」

 井上が問い掛けて来る。ちょっと不安そうな声だ。いかん、このままじゃ単なる悪戯電話になっちまう。女の一人暮らしだからこういうのは余計に警戒するだろう。と、兎に角ここは何か言わないと・・・。

「あ、あの・・・俺、安藤・・・祐司だけど。」
「安藤さん?何だ、脅かさないで下さいよ。悪戯電話かと思っちゃった。」
「わ、悪いな・・・い、急いで帰って来たばかりなんで・・・。」
「そんなに急がなくっても良いのに。大丈夫ですか?」
「い、いや、大した事ないから・・・。」

 大嘘だ。心臓は破裂しそうな勢いで脈動している。声にまでその震動が乗っているんじゃないかと思うくらいだ。だが、井上は疑っている様子はない。今回は井上の人の良さに感謝した方が良いな・・・。そうそう、用件を伝えないと・・。

「い、今からそっちへ行くから・・・その・・・。」
「ええ、玄関で待ってますから、落着いてから来て下さいね。」
「そ、そうする。それじゃ・・・。」
「はい、待ってますね。」

 俺は受話器をそっと置くと、大きく深呼吸して床に横になる。胸に手を当てると心臓の動きがはっきり分かる。電話くらいでこんなに緊張してて・・・大丈夫なんだろうか?別に何も期待しちゃいない。だけど・・・一人暮らしの女の家に向かうのは事実なんだ・・・。そう思うと、心臓の鼓動が・・・収まらない・・・。

雨上がりの午後 第80回

written by Moonstone

 いつも乗る電車に乗って帰り、いつもと同じ道のりで帰宅する。此処までは同じだ。だが、ここからが違う。井上に今からそっちへ行くことを前もって伝えておかないと、あのセキュリティでガチガチのマンションに入れない。当然電話になるわけだが・・・また女の家に電話するなんて何となく嫌な気分だ。つい1週間くらい前、その電話で一方的に突然絆を断たれたんだからな・・・。
 井上に昨日貰った電話番号のメモは・・・テープで戸棚に貼り付けてある。普段滅多に自分から手に取らない受話器を手に取る。メモとボタンを交互に見ながらボタンを押して行くが・・・駄目だ、やり直しだ。俺は受話器を置く。別に押し間違えたわけじゃないが・・・異常に緊張してしまうんだ。
 だが、電話を掛けないことには話が進まない。女性専用のマンション前でうろうろしていたら、変質者扱いされて警察行きになりかねない。俺はもう一度受話器を取ってボタンを押して行く・・・。駄目だ、もう一度だ。

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