雨上がりの午後

Chapter 289 家庭の柱を補う時間(前編)

written by Moonstone

 俺の高須科学採用試験まであと1週間を切った金曜日。俺は絶えず緊張と不安に晒されている。採用試験の方もさることながら、晶子の方のウェイトが
高い。否、採用試験は高須科学の和佐田さんや久野尾先生や増井先生から、当日ドタキャンしない限り大丈夫と太鼓判を押されているから、晶子の方が
殆どと言って良い。
 1つは…ついに、と言うべきか、晶子が倒れてしまったことだ。
小宮栄に遊びに行った日から暫くして、晶子の顔色に悪い影が差し始めた。少し疲れが溜まっているだけ、と晶子は笑って言ったが、週末を挟んでも状況は
変わらず、週明け早々にとうとう熱を出して寝込んでしまった。どれだけ夜が激しくても翌朝には何もなかったかのように朝起きて朝飯を作ってくれるのが普通
だった。だが、その日は俺より起きるのが遅く、俺が起きたのを感じて−それまで寝ていた−慌てて起きて支度をしようとしたが、ベッドから出たところで座り
込み、そのまま床に伏してしまった。
 その日が店の定休日の月曜日だったのが不幸中の幸いだった。俺は大学を休むと野志先生に電話で伝え、更に晶子からゼミの戸野倉先生の電話番号を
聞いて晶子が休むことを電話で伝えた後、晶子をベッドに運んで看病を始めた。大学を休ませたことを詫びる晶子を抑え、朝晩の投薬と簡単な食事、その他
諸々を続けている。
 渡辺夫妻にも晶子が倒れたことを伝えてある。渡辺夫妻は電話して直ぐ駆け付けてくれて、マスターからは緊急時には何時でも電話すれば救急車兼
タクシーになることの確約を、潤子さんからは雑炊やうどんなど消化が良くて栄養も豊富な料理のレシピと薬をもらった。俺の家での食事はそのレシピによる
ところが大きい。
 今のところ晶子の容体は安定している。だが、熱は下がる気配がない。何時研究室に連絡が入るか分からない大事な時期だから、と晶子は火曜日以降俺を
大学に送りだしている。確かに公務員試験を含めた他の候補の準備もしているが、晶子の様子が気になって集中するのが大変だ。
 もう1つは…、これもついに、と言うべきか、田中さんが晶子に宣戦布告したことだ。
俺は晶子から聞いたことだが、田中さんはゼミの書庫に居た晶子に声をかけ、別室に呼び出して宣戦布告したそうだ。晶子を貶めるわけでもなく、勝利を
確信して余裕ぶるわけでもなくただ一言、「安藤君が好きだから貴方に挑む」。間接的に聞いた俺も冷やかしではない強烈な意志を感じた。
 2つの事象は密接に絡んでいる。晶子の顔色が悪くなったのは田中さんの宣戦布告があった翌日。以降、晶子は体調が悪いことを押して自ら夜を求め、
激しく乱れた。流石に俺も土日は晶子の身体の限界を感じて懸命に説得して睡眠に努めさせたが、手遅れだった感は否めない。晶子は自分の体調管理の
甘さだけを原因として俺を一言も責めないが、それが余計に責任を感じさせる。
 田中さんの宣戦布告はタイミングが悪過ぎる。全滅全敗が変わらない晶子の就職活動に心身の疲れが溜まっていたところに、予想はしていたが現実に
なって欲しくなかったことが明瞭に目の前に突き付けられたことで、強力な心理的プレッシャーがかかった。肉体的疲労に精神的疲労が二重三重に上乗せ
されれば、身体が丈夫な方の晶子でも参ってしまうだろう。田中さんにその意図がなかったと言いきれないことも、晶子を倒れさせたことへの後悔を募らせる。
 居室のデスクで、大川さんが作ったディジタル信号処理回路のシミュレーションをしながら、傍らに置いた携帯を気にかける。晶子には何かあったら
躊躇わずに電話でもメールでもするようにと念を押してある。晶子のことだ。そうでもしないと遠慮して具合が悪くなっても俺が返ってくるまで、否、俺が帰って
来ても我慢するだろう。何かあってからでは遅い。1人で寝込んでるんじゃないことを晶子に利用して欲しい。

「祐司ー。」
「…ん?ああ、何だ?」

 パーティションの向こうから智一が顔を覗かせていることに気づくのが遅くなった。意識を智一に向けて何時ものとおり講義のレポートの質問に答えるが、
やっぱり携帯が気になる。

「−ってわけ。電流の流れる方向を意識して、生じる電位差を順々に算出していけば出来るようになってる。」
「ああー、なるほど。本当に祐司の説明は分かりやすいな。」
「それはどうも。じゃ、俺は卒研に戻る。」
「…心配なんだな。晶子さんのこと。」

 座りなおした俺に、智一は今度はパーティション越しじゃなくて俺の後ろに回って、少し声を落として言う。作業に専念しようとした俺の手が反射的に止まる。

「…心配じゃないわけない。熱が4日も下がらないんだから。」
「長いな。病院には連れてったのか?」
「月曜に早速連れて行った。過労とストレスによるものだから当面安静にするように、だとさ。」

 素人考えで病気を判断して悪化させてはいけない、と思って月曜の午後に病院に連れて行った。勿論晶子を歩かせるわけにはいかなかったから、
引っ越して初めてタクシーを呼んだ。出された診察結果にはむしろ安心している。大病だったら洒落にならない。
 引っかかるのは病院の中だ。晶子は俺の支えがないと座っているのも辛い状態だったが、明らかに病院に来る必要がない元気あふれる老人達が群れを
成していたから、診察の待ち時間はやたらと長かった。そういう老人ほど、時間待ちが長いと何度も受付に自分の診察時間を聞きに行く。それだけなら
まだしも、こっちを見てはひそひそとこれ見よがしに陰口を叩く。晶子が居なかったら本格的に入院しなきゃならないようにしていたところだ。

「こう言うのは何だが、共倒れには注意しろよ?」
「…晶子と同じこと言うよな。」

 病床の晶子が詫びの言葉に混ぜる決まり文句が、自分を心配するあまり俺の今後が崩れてしまうこと、一言で言えば共倒れだ。
実際、俺は来週末に高須科学の採用試験が控えている。晶子の容態を気にかけて集中が散漫になり、本来なら合格出来るところが出来なくなることを、
晶子は一番懸念している。
 俺は、他にも就職課が開示している求人票と大学推薦の枠を照合して、幾つか他の企業も目星をつけてはいる。高須科学は俺の採用にかなり前向きとは
言え、採用を保障するものじゃない。高須科学が駄目なら他を当たることは十分織り込んでいる。だが、今のところ高須科学が業務内容の面でも職場環境の
面でも最高水準なのも確かだ。折角の機会をむざむざ逃すのはあまりにも惜しい。採用試験に向けても集中するようにはしている。だが、晶子の容態が気に
なるのは否めない。このまま晶子の容態に気を取られて採用試験が駄目になり、その後悔やショックからそのままずるずると他の試験も崩れていくことを、
晶子は自分の容態より懸念して、自分は無視して俺のことに集中して欲しいと半ば懇願している。それがすんなり出来るほど俺は冷酷じゃないが、晶子の
気持ちは十分理解出来るだけに悩みが深い。

「何か困ったことがあったら、言ってくれよ。病院の手配くらいなら出来るぜ。」
「ああ。その時は頼む。」
「お前にはなんだかんだと世話になってるし、晶子さんが寝込んでるなんて俺も気が気じゃないんでな。」

 過労とストレスによる発熱にしては長引いている。今まで溜めこんできたものが一気に噴き出したんだから仕方ないのかもしれないが、このままだと晶子は
合同説明会どころか公務員試験も受験出来なくなる。それなら短期間でも入院させて集中的に治療した方がむしろ効率的な場合もある。金銭的にはさほど
問題じゃない。入院期間が何ヶ月とかになると流石にきつくなるが、長くてもひと月くらいなら俺の貯金で十分払えると思う。むしろ、数万とか10万20万で済む
なら入院させた方が良いと思っている。
 昼飯が弁当から生協のランチメニューになっているのも、寂しいことを除けば問題じゃない。兎に角今は晶子に早く治って欲しい。…それだけだ。何時も
快活で朗らかなことが大きな魅力であり、どうもネガティブになりやすい俺の憧れでもある晶子が、病気で赤い顔をして辛そうに荒い呼吸をする日々から解放
させたい。
 帰宅。俺はインターホンを鳴らす。奥で音が響いてから暫くして、中から人の気配が近づいてくる。ドアがゆっくり開く。

「ただいま。」
「おかえりなさい。今開けますね。」

 晶子は一旦ドアを閉める。ドアノブ周りで金属音がして、ドアが改めて俺を迎え入れるように大きく開く。俺は素早く中に入ってドアを閉めて鍵をかける。ドア
チェーンは俺が外に出るたびに晶子が起きて開け閉めする必要があるから本来なら避けたいんだが、防犯の観点から止むをえない。

「おかえりなさい…。」

 俺が靴を脱いで上がると直ぐ、晶子が抱きついてくる。倒れこむついでのようだ。俺は晶子を抱いて支え、ベッドに運ぶ。此処で初めて家の電灯を点ける。
日が長くなってきたとはいえ、日は西に大きく傾いているから日差しは殆ど入ってこない。その分家の中は暗くなる。心細かっただろうと思うと胸が締め付け
られる。

「熱の具合はどうだ?」
「38℃台で変わりません…。」

 熱が下がっていることを期待していたんだが、今回も期待外れで終わった。38℃台は晶子が倒れてからずっと続いている体温でもある。変なところで
頑固さが出てしまっている。もっとも発熱は晶子のせいじゃないんだが。

「お昼ご飯、美味しかったです…。」
「そうか…。食べられるならまだ大丈夫だな。」

 いくら寝込んでいると言っても腹は減って来るもんだ。しかし、体調が悪い時に食べられる食事の種類は限られてくる。俺も潤子さんのレシピに頼りっきり
だからそれほどレパートリーはない。今日は柔らかめに煮込んだ雑炊。昨日の夜から準備して温めて食べられるようにしてから出発した。
 台所に行く。シンクに置かれた小さい土鍋を洗って洗い桶に入れる。もう少しすれば今度はバイトに行く時間。マスターと潤子さんからは休んでも構わないと
言われているが、店の状況と今後を考えると休むのは憚られる。病床の晶子を再び置いて行くのは後ろ髪をひかれる思いなのは言うまでもない。

「祐司さん…。」

 郵便受けをチェックしてから戻ると、晶子が呼びかける。

「色々させてしまって…御免なさい…。」
「晶子が居ることのありがたみをしみじみ感じてる。俺の生活は晶子に支えられてたってことがよく分かるよ。」
「…。」
「1人だったら治るまで寝込んでるしかないけど、2人なら看病も出来るし家のこともそれなりに出来る。だから、何も気にせずに安心して休んでて良い。」
「はい…。」

 病気になるとどうしても弱気になる。身体が思うように動かないこともそうだし、それが原因で予定していたことが思うように出来ないからだろう。その時独り
寝込んでいると寂しさが募る。弱気になったところに寂しさが募れば、思考もネガティブになりやすい。早く治って欲しいのは山々だが、願って祈って治るもの
ならとっくにそうしてるし、祈祷師やら自称○○の生まれ変わりが世間に幅広く認知されるに違いない。そうはいかないからこそ、回復まで根気良く付き合う。
空いた穴を埋める。それが親子とは違う夫婦という関係での看病だと思う。

「そろそろ行ってくる。」

 バイトに行く時間になった。何時もの時間だが、やっぱり後ろ髪ひかれる。晶子が起き上がるのを支えてやる。バイトに行っている時間も、用心のためにドア
チェーンをかけている。そのためには晶子が起きないといけない。

「俺が出かけたら電話もインターホンも出なくて良いからな。」
「はい…。いってらっしゃい。」
「行って来ます。」

 俺は晶子の頬にキスをして家を出る。俺が閉めたドアの向こうで金属音がする。これからバイトの4時間、同じく不安で不安でたまらない時間が始まる。
バイトを片付けて早く帰ろう。出来るだけ長く晶子の傍に居ることが、俺に出来る最も晶子を安心させられることだから。

 バイトは終わった。晶子が居ないからといって客は出入りや注文を加減してくれない。キッチンは潤子さんがフル回転で、時々マスターが手伝っている。
食器の出し入れや洗いものが殆どだが、全て1人でするよりは楽だろう。

「晶子さんの具合はどうだ?」
「熱は38℃台から変化ありません。小康状態というところでしょうね。」

 BGMは「Fantastic Story〜時間旅行〜」。普段はバラード調のものだが、晶子が倒れてからは軽快なものになっている。マスターと潤子さんの気配りだろう。
晶子が居ないことによる負担の増大は、特に潤子さんが大きい筈。

「熱がずっと続いているけど、食事が出来ないわけじゃない。熱も異常に高いわけじゃない。だけど、まったく状況に変わりがない。…難しいね。」
「病院でも過労とストレスによるものだそうだから、風邪をひいて熱を出したって感覚は通用しないようね。晶子ちゃんは就職活動が全滅続きだったし、積み
重なった疲労やストレスが限界に達したことが、長い発熱になって出ているのかもね。」

 マスターと潤子さんには、田中さんの晶子への宣戦布告は話していない。引き金になったのは間違いないが、原因の大本は過労とストレスによるもの。
田中さん自身の責任じゃない。今俺が背景を話せば、田中さんが全ての原因と等価になる。タイミングが悪過ぎたのは否めないが、それで以って田中さんが
諸悪の根源とするのは違うと思う。
 その田中さんは、今のところ店には来ていない。気まぐれなのか俺と晶子への揺さぶりなのか、それとも晶子が倒れたのを知って−俺が戸野倉先生に
電話を入れているから知っている筈−気が引けているのか分からないが、俺は客の1人として接するのみだ。これは変わらない。

「もう暫く様子を見て、容体が改善しないようなら入院を視野に入れた方が良いわね。このままだと祐司君の負担も大きいし、共倒れが一番良くないから。」
「祐司君の高須科学の採用試験は来週だったね?」
「はい。」
「このままでは厳しいと思ったら、遠慮なく言いなさい。晶子さんを家で療養させれば祐司君の負担は減らせるだろうし、入院も病院のあてはあるから。」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします。」

 智一からに加えて、マスターと潤子さんからも入院のつてが出来た。俺ではどうにもならないと思ったら、迷わず頼るべきだな。多くの人が懸念している
ように、これが発端になって共倒れすることが最悪のパターンだ。それだけは避けないといけない。

「ただいま。」
「おかえりなさい…。」

 帰宅して中に入ると直ぐ、晶子が抱きついてくる。家を空ける時間は昼の方が長いんだが、夜の方が心細いと一昨日晶子は言った。夜は人の気配がぐっと
減るし、元々静かな部類に入る家が不気味なくらい静かになるからだそうだ。晶子に抱きつかれるのはむしろ嬉しいから、諌める理由はない。
 俺は晶子をベッドに運んで寝かせる。そしてジャンパーを脱いでハンガーにかけてタンスにしまう。何時もだとクッキーやホットミルクが出て来るんだが、
それは無理な相談。クッキーは作れないがホットミルクくらいは出来る。牛乳を温めるだけだからな。晶子の分も鍋で牛乳を温めて、少し冷ましてから
それぞれのコップに注ぐ。ベッドまで運び、晶子に手渡す。俺は椅子に座って、晶子は上体を起こして飲む。1日の終わりはそれほど変わらない。

「美味しいです…。」
「熱いからゆっくり飲むんだぞ。」
「はい。」

 晶子は少しずつホットミルクを飲む。その様子もやっぱり弱々しい。1日を終えて寛ぐところも、健康な方が良い。当たり前のことだが、空気のようになると
それがなくなるまでその重要性が分からない。人間の性かな。
 ホットミルクを飲み終えたら、後は歯を磨いて風呂に入って寝るだけだ。大学が休みになる土日と金曜の夜はギターの練習をするんだが、晶子が寝込んで
いる今は晶子の療養の妨げになる。共倒れを避けるためにも、俺も早めに寝た方が良い。明日は買い物に行かないといけないし。

「風呂は…まだ無理だな。」

 風呂の準備をしてから晶子の熱を測ってみる。0.1℃下がったが小さな変動の範囲と見た方が良い。整数1ケタ目は8で変わらない。これで風呂に入るのは
無理がある。となると…。

「身体は…拭いた方が良いな。ついでに服も着替えるか。」

 風呂は無理だとしてもそのままだと汗でべたついて気分が悪いし、良くなりそうなものも良くならない気がする。着替えと入浴代わりの身体を拭くことは
欠かせない。俺は晶子の服の包みからパジャマと下着を取り出し、風呂場に行って洗面器に湯を汲み、タオルをタンスから取り出してベッドへ運ぶ。
 晶子は上のパジャマを脱ぐ。俺は胸が露わな晶子に内心ドキドキしながら−今更な気もするが−、湯に浸して絞ったタオルで晶子の身体を拭く。気持ちが
良いらしく、この間晶子は目を閉じて俺に身を任せる。前を拭く時は変に気を使うなぁ…。
 拭き終えると直ぐに新しいパジャマを渡す。拭いたは良いが放置すると悪化するのは必然。晶子が着るのを手伝ってやる。それに続いて、晶子は布団を
捲って下のパジャマと下着を脱ぐ。腹や足は拭かなくても良いように思うんだが、こういうところでも晶子の頑固さは健在だ。くびれが明瞭なウエスト、適度に
肉がついてふっくらした腰と下腹部、同じく適度に肉がついて引き締まった2本の脚。あまりにも無防備な状況に思わず生唾を飲み込む。
 どうにか拭き終え、新しい下着とパジャマを渡す。晶子が着たのを確認して横にさせて掛け布団をかける。身体を拭くのは意外に力仕事だ。こういうのを
毎日何人もしている看護師や介護士は体力仕事なんだろう。さて、俺は風呂に入るか。俺の風呂は何時もどおりだ。髪を洗ってすすいで、身体を洗って髭を
剃り、湯船に浸かれば完了。烏の行水を地で行く俺1人のために湯船に湯を張るのは勿体ない気もするが、これで身体の疲れが取れるのも事実だ。残り湯は
明日の洗濯に使うし、まったくの無駄じゃない。
 歯を磨けば完全に寝るだけとなる。戸締りを確認して電気を消す。俺はベッドに入る。この家にはベッドは1つしかない。当然晶子と一緒に寝る。多く、否、
殆どの場合、これから夜の営みに入るんだが、今は無理な相談。急にセックスレスになったことで俺はいささか欲求不満になっている。それを知ってか
知らずか、晶子は何時ものように擦り寄り、俺の肩口を枕にする。

「具合はどうだ?」
「全身が火照っていて…だるいです…。食欲はある程度ありますけど…。」
「過労とストレスが暴発したっていうより、中火くらいで晶子を煮込んでるようなもんかな。」
「そんな感じですね…。」

 俺は晶子の頭を左手で撫でながら、右手で脇腹を撫でたり胸を軽く触ったりする。晶子は少し身をよじるが、嫌がる様子はない。こうして溜まった欲求を
発散させている。今までが今までだったから、こうしないと誤魔化せない。

「我慢させて御免なさい…。」
「気にしなくて良い。男はこういう生き物だから。晶子は自分の身体を治すことだけ考えれば良い。」
「…楽にしましょうか?」
「病人の体力を削るようなことは出来ない。我慢出来る。」
「手でなら…体力は使わないかと…。」

 晶子の言葉が強烈な誘惑に聞こえる。確かにそうしてもらえば快感は自分でするよりずっと大きいだろう。だが、曲がりなりにも熱を出して療養している身の
晶子にそんなことはさせられない。俺にも理性ってもんはあるつもりだ。

「否、良い。気持ちだけありがたく受け取っておく。」
「…御免なさい。」
「謝る必要なんてない。病人にそんなことさせられないだけだから。…さ、そろそろ寝ろ。」
「はい…。」

 1日寝ていると夜寝られるかという不安もあるが、体力が低下しているせいかその不安は無用だったりする。暫くして規則的な寝息を立て始めた晶子を、軽く
抱きしめる。この温もりや柔らかい感触。薄い服1枚を脱がして思う存分味わいたいのは山々だが、今はこうして別の角度からの快感や幸福に浸ろう。妻の
病気の治療を邪魔するなんて、夫のすることじゃない。
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