雨上がりの午後

Chapter 285 大舞台を終えて見える明暗

written by Moonstone

 翌日。研究室に出た俺はPCを起動して和佐田さんに昨日の礼を言うメールを送り、その足で久野尾先生の居室に向かう。居室脇の行先表示が「在室」に
なっているのを確認して、ドアをノックする。応答を受けてドアを開けて中に入る。

「おはようございます。」
「おや、安藤君ですか。何時も早いですね。」
「習慣になっているので。それより、昨日の高須科学訪問の報告に来ました。」
「そのことですか。立ち話も何ですから座ってください。」

 俺は居室中央のソファに座る。久野尾先生は向かいに座る。俺は高須科学の中央研究所にある機器開発2課の業務の流れに沿った各種ルームを見学した
こと、質疑応答では自分が申し出た卒研に関するプレゼンをして、予想外に役職者を含む多数の参加者が来て質疑応答の時間が長引いたこと、その分
色々な話が聞けて非常に有意義だったことを話す。

「非常に順調に進んだようですね。」
「はい。先生も今回の訪問に際してバックアップしていただいたそうで、ありがとうございます。」
「実質採用試験という位置づけだと思って、増井先生と一緒に念押ししたんですよ。」

 実質採用試験…。本当だとしても意外という感じはしない。1学生の非公式訪問のプレゼンに関連3課の課長と部長の代理が顔を並べ、広大な会議室の
半分以上が埋まるほどの職員が出席して質疑応答に相当な時間をかけたくらいだから、単なる余興や体裁のためとはとても思えない。

「こちらとしては非常に優秀な学生を出すわけですし、他にも多数引き合いがあるからぞんざいな扱いはしないで欲しいに言っておいたんです。高須科学も
そのつもりは毛頭ないし、プレゼンの申し出が安藤君からあったことを上にも報告したら非常に乗り気で部署全体に案内のメールを流した、プレゼンと質疑
応答を見て本採用に向けて動く、と言っていました。」
「実際、プレゼンと質疑応答では機器開発部の3つある課の課長と部長の代理をはじめ、多くの人が参加して驚きました。」
「今回の話でもあったように、高須科学の側は内部の開発力増強のために学生を探しているんですが、知名度や電気電子系学科との関連性の薄さから
なかなか採れない。けど妥協はしないという姿勢でしたから、やる気があってレベルが高い学生が来るとなれば、部署全体で強い関心を持って動くでしょう。」

 久野尾先生は一呼吸置く。

「世間は不況と言われる情勢ですし、就職難とも言われていますが、大学と学部学科によって差があるんです。前の就職ガイダンスで増井先生が話された
ように、この大学の電気電子に関しては求人の数を心配するより自分のレベルと卒業や修了を心配するべき状態です。確かに電機メーカーの採用枠は
減っていますが十分な数がありますし、高須科学のような電機メーカー以外の企業からの求人はむしろ増えているくらいです。電気電子と機械はこれからの
時代、必要性が高くなっても低くなることはありませんからね。」
「…。」
「増井先生とも話をしたんですが、優秀な学生ほど良い話が来たり、自分で良い就職口を見つけてさっさと卒業や修了をしてしまうものなんです。本当は
そういう学生ほど修士や博士に進学して欲しいんですが、なかなか噛み合わないものです。」

 訪問前に増井先生と面談した時もそんな話をしていたな。院試の準備は研究室の半分以上が進めているようだが、講義を受けに行く必要があってなかなか
思うようにいかないらしい。院試レベルの問題をそこそこ参考書なしで解けるようになったが、そのレベルにも達していない学生を院に進めたくないのが
教官側の本音のようだ。

「少し話がそれましたが、企業側は優秀な学生を早めに確保したいと考えています。どうしても知名度の面では電気電子ですと電機メーカーが強力です
から、その他の企業はOBや委託研究先などを通じて大学に接触して先に学生を取ろうとするんです。就職活動の早期化は大学側としては学業に支障を
きたすので好ましくないんですが、明確な法的拘束力がない以上、企業側の論理が優先されやすいんです。」
「高須科学から今後話が本格化すると考えて良いでしょうか?」
「まず間違いなくそうなるでしょう。最終的には高須科学内部の判断次第ですが、本採用に向けて動くでしょう。そうならなかったら、安藤君には別の良い話を
回すだけのことです。」
「ありがとうございます。」

 ひとまず順調に推移する様相だ。このまま全てつつがなく進むと思いこまない方が良いだろうが、色々な選択肢を視野に入れつつ卒研と院試の準備を
進めていこう。今出来ることをする。これを基本姿勢にしていけばそれほど道を誤ることはないだろう。
 増井先生にも礼を言いに行って居室に帰還。増井先生もやはり事前に高須科学に対して、良い学生を出したからぞんざいな扱いをしないようにと念押し
してくれていた。委託研究先の教授直々の電話だと威力が増すだろう。それを見越してのことかもしれない。
増井先生の観測も久野尾先生と同様だった。プレゼンと質疑応答でかなり上位の役職者が出てきたから、前回の訪問は実質第1次採用試験という位置
づけと見て良いだろう。高須科学は俺の本採用に向けて動き始めるだろう。そう言っていた。
本格的な採用試験がどういう形式なのかは不明だが、エントリーシートを提出することから始まる自由応募とは異なる形式だろう、という話だ。工学部には
多数の求人が入って来ているが、この大学のこの学部学科で何名募集という具合で枠を伴っている。採用枠というものだが、大学側は学部学科の学生を
募集して推薦する。これで内定を得られる可能性はかなり高くなるそうだ。
 採用枠での応募の場合、採用試験は何度も筆記試験や面接をしたりしないで、1回で済ませることもある。どうしようもない学生だと企業側も大学側も困る
から落とすが、基本的に大学と企業の関係で成立している一種の取引だから、落とすことを前提に採用試験をすることはない。工学部、特に電気電子と
機械が不況でも就職に強いと言われる背景には、この採用枠が非常に豊富なことがあるそうだ。
 高須科学の場合は採用枠を正式に大学に出す前に、委託研究先でもある増井先生に偵察を兼ねて話を回した。増井先生はまず自分の研究室の学生に
当たってみたが反応なし。かと言っていい加減に選んで出すわけにもいかないから、就職希望で成績優秀な学生ということで俺に白羽の矢を立てたという
流れだ。
 高須科学の側からは採用枠の提出という形はとるが、実質俺の本採用に絞って進めるだろうという話だ。予備試験でもあった昨日の訪問の結果次第では、
その話は早めに進めて来る可能性があることも言われた。学生が取れないところに体良く俺が飛び込んだから、早めに確保しようとするんだろう。
 無論、他の企業や公務員試験、果ては院進学も並行して進めて良いという許可は得られた。何処に決めるかは自分で判断すれば良いし、俺にはそれが
可能な条件がかなり揃っている。増井先生はそう言っていた。必須と選択両方の必要単位を取得し、国家資格と教員免許関係の講義だけだから、卒研の
傍ら企業訪問や試験対策をすることは十分可能だ。それは俺が現在進行形で進めていることでもある。
そのことを話したら、増井先生はしきりに感心していた。それだけ勉強熱心なら院試の完全回答は容易いだろうし、他の筆記試験も余程変なものでない限り
問題ないだろう、院に進学しないのが惜しくてならない、とも。やっぱり今まで苦労してきた甲斐はあった。
 基本的に卒研の生活リズムは変わらない。1コマ目の講義に間に合う時間に入って、PCを起動してメールソフトを立ち上げ、メールを受信してからFPGA
開発用のIDEを立ち上げて演習問題や過去の蓄積を解析したり、筆記試験に備えて院試レベルの専門教科の問題を解く。これを4コマ目終了の時間くらい
まで続ける。
 週1のゼミ担当は最初だったから、次回は6月中旬くらい。中間発表と前後する可能性がある。今のところかなり進んでいるようだが、出来ることなら
これまでの蓄積の総括だけじゃなく、何か新しい試みや結果を出したいという欲が芽生えている。それを満たせるかどうかは自分次第だ。

「おはよーう。」
「おはよう。」
「安藤君、何時も早いねー。」
「そうかな。」

 学部4年がボツボツ到着する頃だ。今日はゼミの日だから主体的に進める立場の学部4年は始まる前には来る。特に進行役は必ず来る。止むをえない
場合は別として就職活動なりで欠席する場合は早めに連絡して学部4年で調整するように、と言われている。これは当然だろう。仮配属中の3年を
放ったらかしにするわけにはいかないし、社会人になったらそんないい加減なことは通用しないだろう。

「おはよーっす。」
「おはよう。」
「おはよう。」
「あー、今日は俺の番かー。今から緊張するー。」

 居室が順当に賑やかになってくる。普段は単位を落とした講義の再受講やそれぞれの卒研で空席率が結構高い学部4年の居室だが、こうして賑やかに
なると卒研で研究室に配属されているという実感がわく。閑散とした部屋で過ごしていると、図書館や家とそれほど変わらないんだよな。
 ゼミが終わって居室に戻り、卒研を再開。PCの新着メールは…なし。ほっとしたようなじらされるような、複雑な気分だ。5分ごとに新着メールをチェックする
設定にしてあるし、新着メールがあればタスクトレイにアイコンが表示されるから分かるんだが、どうしても気になってしまう。
 携帯の方は…来てる。晶子からだな。今日は、否、今回はどうしたんだろう?
送信元:安藤晶子(Masako Andoh)
題名:公務員試験の準備中です。
携帯メールで相談するのは変かもしれませんが、祐司さんの意見を聞きたいので。
今のところの受験候補は、国家U種の行政、県庁上級、新京市、小宮栄市の事務職員です。
祐司さんは知っていると思いますが、市役所より県庁、県庁より国家の方が転勤の範囲が
広がります。国家U種も官庁によって範囲は異なるそうですが。
仮に国家U種に合格して採用となっても、当面別居することを引き続き許してもらえますか?
お返事は帰宅してからでも構いません。
 晶子が公務員試験に絞っているのは俺が一番よく知っているつもりだ。今回はその内訳と採用された場合の別居婚の許可だ。これは改めて考える必要は
ない。
送信元:安藤祐司(Yuhji Andoh)
題名:公務員試験と採用について
メールありがとう。今住んでいるところと何かしら関連があるところに絞ったんだな。
受験地と種類は勿論だけど、合格・採用となった場合の別居も俺は賛成する。
晶子が自分の力も使って貯金を増やして子どもを安心して産みたいと思っていると分かってるから、
俺は当面の別居に賛成したんだし、それは今も変わらない。
一緒に住めるならそれに越したことはないが、今は試験に合格して採用されることだけを考えて良い。
どうやって生活するかとかはお互いの進路が確定してからでも遅くない。
だから、安心して公務員試験の準備(と卒研)を進めて欲しい。
 送信っと。
 晶子の気持ち−俺におんぶに抱っこにならずに貯金を増やして安心して子どもを産もうと考えていること、そのためには自分も就職するのが当然と考えて
いることは分かっている。それに反対する理由はない。だから俺は別居婚になることを認めた。
無論、一緒に住めればその方が良い。今までも、そして今に至っても俺の妻であろうとしている晶子が別居を契機に浮気をするとは思えないが、万が一という
不安は完全には消せない。どうしても過去に遠距離恋愛で破局した経験があるだけに、顔が見えない、相手の行動が簡単に把握出来ないことがすれ違いや
浮気を誘発するのは否定出来ないと思う。
 だが、俺に別居婚の可能性を持ち出し、許可を申し出た時の晶子の真剣な説得の背後にある真摯な気持ちを信じたい。万が一自分が浮気をした場合の
制裁−離婚を含む−に一切異論を挟まないなど俺の望みどおりの誓約書を書く、それを行使される状況になっても一切文句は言わない、とまで言って頭を
下げた晶子。その場その時の口から出まかせとは思えない。一緒に住めるならその方が良いのは言うまでもない。だが、晶子の夢とそれに対する真摯な
気持ちを俺も支えたい。
 …胸ポケットの携帯が震える。晶子からの返信だな。晶子からの返信はかなり早い。俺はどうも携帯のメールが上手く打てないんだが、晶子は相当早い
からな。
送信元:安藤晶子(Masako Andoh)
題名:ありがとうございます。
私の気持ちを十二分に分かってくれていて嬉しいです。
祐司さんの足手纏いにならないためにも、祐司さんの厚意を無駄にしないためにも、
私は公務員試験の準備を進めて合格を目指しますね。

私は、こんなに理解と愛情にあふれた男性に夫になってもらえて幸せです。
 何だか照れくさいな…。成果が出ないことで一番苦悩しているのは晶子自身の筈なのに。俺も今の状況に安住しないで出来るだけ早めに進路を確定
させよう。その方が晶子もより安心して準備を進められる筈だ。
 今日の卒研を終えて学生居室を後にする。かなり気分は軽い。その原因は午後に来た和佐田さんからのメールだ。
新京大学工学部電子工学科 安藤祐司様

平素はお世話になっております。高須科学機器開発部機器開発2課の和佐田です。

>昨日はご多忙な中、丁寧なご説明と質疑応答における貴重なご意見をいただき、
>ありがとうございました。
こちらこそ昨日はお世話になりました。
非常に有意義な時間となり、参加者は一様に満足しております。

ここからの内容は公式発表ではありませんので、他言無用でお願いします。
昨日のプレゼンと質疑応答を受けて、2課課長の山下をはじめ、参加した役職者は安藤様の本採用に向けて
強力かつ迅速に動くことを決定したそうです。
私をはじめとする機器開発2課の面々も、安藤様の本採用を強く支持しています。
出来るだけ早い時期に改めて工学部の事務室を通じて、アプローチがあると思われます。
是非とも弊社に就職活動を注力いただければと思います。

次にお会いできることを楽しみにしております。
ご意見ご質問などありましたら、遠慮なくお知らせください。
 内定に大きく情勢が近付く状況になった。就職活動が思いのほか順調に推移することに驚きや意外性を感じるが、久野尾先生や増井先生の話でも昨日の
訪問とプレゼンが実質的な第1次採用試験だったようだから、その結果が良好なら次に向けて動くのは必然ではある。
俺としては幾つも内定を取ってひけらかすより、早々に「これは」と思ったところから内定を受けて、卒研に専念したい。晶子との生活基盤を確立する点でも、
早期の内定獲得は好ましいことだし、晶子の就職活動の心理的なバックアップにもなるだろう。
 俺は文学部の研究棟に向かう。無論、晶子を迎えに行くためだ。このところゼミの学生居室には晶子を迎えに行って直ぐ退散している。俺自身晶子を
迎えに行くと、ゼミの空気の悪さと晶子に向けられる刺々しさをひしひし感じる。就職活動が全く振るわないのは晶子も同じだし、俺のせいでは勿論ない。
だが、そういった正論が通用しない。
 文学部の研究棟に入り、目を瞑っても行けそうな同じ経路を辿って学生居室の前に到着。ノックをして応答が帰って来たのを確認してドアを開ける。この
時点で何となく躊躇われてしまう。

「あー、晶子の旦那かー。何時もお疲れー。」

 間延びしたような、面倒くさそうな声で迎えられる。今回に始まったことじゃないから気にしない。迎えの声があるだけましと思っている。晶子が席を立って
駆け寄ってくる。空気の悪さは晶子も感じている。晶子だから余計に強く感じることがあるのは、今までの話から分かっている。実害が出ていない以上静観
するしかない。

「旦那としてはさー、嫁に寄りかかられるのってどう思ってるのー?」
「…寄りかかるつもりはないって言ってるし、それは俺も知ってる。」

 退散しようとしたところで声がかかる。多分に晶子に対する嫌みが篭っているのが分かる。

「でも、就職全滅だったら専業主婦出来るんでしょ?逃げ道があるって良いよねー。」
「そんなつもりは…。」
「行こう、晶子。」

 反論しようとした晶子を制して、晶子を連れて学生居室を後にする。一応部外者の俺でもかなり気分が悪くなる。晶子はよく毎日来られるもんだと感心して
しまう。

「あの手の輩は相手にするだけ損だ。どんなことを言っても嫌みにしか受け止めないし、嫌みしか言わない。」
「御免なさい。折角迎えに来てもらったのに…。」
「晶子が悪いんじゃないから、それは気にしなくて良い。それにしても…、就職活動の改善の兆しはないようだな。」
「誰も内定どころか一次試験すら受験できない状況が続いてるんです。」

 同じ大学なのに学部でこうも違うのかと改めて実感する。順調過ぎるとも言える俺以外も、就職希望の学部4年で就職活動に手ごたえがないという話は
聞かない。求人が多数舞い込んでいるのは工学部の事務室に行けば確認出来る。この企業のこの部門でなければ、というこだわりがない限り、内定を複数
得るのはそれほど難しいことじゃなさそうだ。

「ゼミもそうですが、学部全体の空気がどんどん重くなってます。採用試験にこぎつけられた人はごく一部だそうです。」
「学部に求人は来てないのか?」
「事務職に関しては殆どないです。それに、その募集に応募できる確率もかなり低いんです。私達は基本自由応募ですし絶対数が少ないですから、他の
大学や学部に先手を取られるともう打つ手がないんです。チェックはこまめにしてるんですけど…。」
「残るは説明会で採用試験にこぎつけることだけど、それもまず門前払い、か。」

 晶子は小さく頷く。文学部の就職活動は圧倒的に不利で厳しい状況が続いている。この分だと内定を1つも取れないまま卒業する羽目になる人がかなり
出るかもしれない。企業にこだわる以前に枠がろくになくて、説明会でもまともに採用する気がないとなれば打つ手がない。

「公務員試験にシフトする人も多いんじゃないか?」
「かなり出てきています。企業では先が見えないと見切りをつけざるをえない、と言った方が適切かもしれませんが…。」
「説明会への出席、エントリーシートの提出、公務員試験の準備…。これらが重なると卒研どころじゃないな。」
「ええ。多くのゼミが半分休業状態になっているようです。今日も祐司さんが迎えに来てくれた時、そこそこの人数が居ましたけど、殆どは企業の募集をPCで
チェックしていたんだと思います。今は卒論より兎に角採用試験を受けることが最優先ですから。」

 そうならざるを得ない。就職出来ないことには卒業しても無職だ。学生なら享受できる色々な恩恵−たとえば通学定期の学割−も卒業したら受けられなく
なる。職がないことには収入が得られない。貯金も出る一方では何れ底を突く。当然だが生活が成り立たなくなる。
大学を出てからの生活の前提条件が存在しないのは重大問題だ。無職は御免なのが普通だから、最悪卒論の完成を意図的に遅らせる、つまりは1年留年
して就職活動を続けるしかない。学生生活最後の年にとんだ災難に直面したとしか言いようがない。
 だが、晶子に八つ当たりするのはおかしい。晶子も就職活動で全く成果が出ず、公務員試験にシフトして懸命に準備をしている。決して俺に依存する
つもりはないからこそ、形は違えど就職活動を続けている。俺が居るから就職しなくても安泰というのは勝手な思い込みでしかない。その思い込みを基に
晶子を中傷するのは筋違いだ。

「ひとまず、晶子は自分のことに専念すれば良い。今日のメールにもあったように、公務員試験の準備を中心にな。」
「はい。…今日のメール、凄く嬉しかったです。私の我儘を引き続き許してもらえて…。」
「我儘とは思ってない。俺と晶子のことだからな。」

 我儘だったら、それこそ就職活動を放棄して俺の就職先を吟味してああだこうだ言うのに徹するか、就職先の対外的なブランドや収入の低さに見切りを
つけて俺から離れるだろう。晶子がやがて産む子どものために、ひいては俺と晶子自身のために働ける間は働いて財政基盤を少しでも強固にすることを
目標としてしっかり見据えている。そのために一時的に別居になることは我儘とは思わない。
 ただ、晶子には高須科学との話がかなり進みつつあることは当面伏せておく。本決まりじゃないし、あまりにも差があり過ぎる状況に晶子がやる気を削がれる
恐れもある。高須科学に限らずもっと話が固まってから話した方が良いだろう。晶子の状況も見ながら、だな。
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