雨上がりの午後

Chapter 181 雪里で友より送らるる言葉

written by Moonstone


「あっ、帰って来たか。」

 雪道を歩いてそのまま宿に帰った俺と晶子を出迎えたのは、面子全員だった。全員驚き半分呆れ半分の表情だ。

「部屋をノックしても全然応答がないし、渉の携帯から電話をかけても出やしないから、カウンターの小母さんに聞きに来たんだ。そうしたら、鍵の部屋と一緒に
携帯も預かってるって言うから。」
「心配かけて悪い。出かけてたんだ。頭を冷やしにな。頭を冷やすのは専ら俺だけど。」
「出かけるのは構わないが、携帯くらい持っていけよ。持ってなきゃ携帯の意味がないだろうに。」
「まさか皆が俺と晶子の部屋に来るとは思わなかったからな。悪かった。」

 耕次と勝平の批判は率直に謝罪する。次にカウンターで部屋の鍵と問題の携帯を受け取る。

「頭を冷やしに行った、ってことは・・・、例のことか。」
「ああ。晶子の勧めもあってな。結果的には気晴らしの意味合いが濃かったけど。」
「それは酒の匂いから分かる。」
「するか?」
「それなりにな。ま、何かと思い詰めやすい祐司には、浴びるくらい飲んでその勢いで言いたいことを言うだけ言うくらいでも良いんだが。」

 酒に強いらしい耕次は飲んだかどうかが分かるらしい。
酔ったと意識するほど飲むことは少ないから、自分が酒の匂いをさせているかどうかまで考えたことは一度もない。

「此処で立ち話も何だ。場所を上に移そう。」

 耕次の案内を受けて、俺達は移動する。上と言われれば場所は決まっている。俺と晶子の部屋だ。
心配して待っていてくれた面子の好意を無にする気はないし、晶子も2人でないと嫌だと駄々をこねたりはしないから、明日は丸一日空いていることも踏まえて、
一晩あれこれ聞いたり言ったりするのも良いだろう。・・・皆はそのために俺と晶子の、厳密には俺の帰りを待っていたんだろうし。

「晶子さんもお付き合い願えますか?」
「はい、勿論です。」

 階段を上る途中での耕次の問いに、晶子は即答する。何を話すかは晶子も分かっているようだ。・・・当然か。
気分転換に散歩に行こうと言い出したのは晶子だし、これまでの会話の流れを掴んでいれば、どんな話をするのか分かっているだろう。
 2階に到着する。俺が鍵を外してドアを開け、明かりを点けてからまず面子を中に入れる。次に晶子を入れて最後に俺が入ってドアを閉める。
既に布団は敷かれている。先に入った面子が机を隅に移動して壁に立てかける。年越しの時と同じく、輪になって話をする形にするつもりだろう。
 予想どおり、面子は空いた空間に円を描くように腰を下ろす。俺と晶子もそれに加わる。俺を起点として時計回りに晶子、渉、勝平、耕次、宏一という並びだ。

「話っていっても、俺達が自分の立場でああだこうだ言うと余計に祐司が混乱するだろうから、それはないってことを前置きしておく。」

 耕次が予想外の形で切り出す。てっきり全員が俺の話を聞いて助言なり意見するなりするものとばかり思っていたんだが。

「それに俺達としては、今まで祐司から送られてきた写真でしか見たことがなかった晶子さんをこの目で見られて、性格や祐司との親密さの度合いが
分かったことが嬉しいんだし。」
「どういうことだ。」
「祐司は良い相手と出会えたな、ってことだよ。」

 ちょっとむきになって問い質した俺に、耕次はさらっと答える。
晶子に関しては俺が今更言うまでもない。俺には出来過ぎと言っても過言じゃない良い彼女、否、良い妻だ。
年中イベントでの高価なプレゼントやレジャーといった、恋人や夫婦という特異な人間関係を利用した際限なく膨らむ自己欲の探求に突っ走ることのない、
ただ俺と一緒に居られることに満足と生き甲斐を見出す。
 ジェンダーフリー思想一辺倒の連中が聞いたら「女性の地位を貶める」「旧態依然の体質」とか叫んで目の色を変えて抗議運動を展開するだろうが、
俺は晶子に何も強要していないし、晶子は俺が言うより先に実行している。
 それに。晶子は内心、大学の時は弁当を作ることも想定している。
俺が「今年から頼む」とでも言えば即現実のものになるだろうが、晶子も学部は違えど卒研を含む進級を今年に控える大学生。そこまで負担をかけさせられないし、
かけさせたくない。

「晶子さんは祐司がどんな職業に−勿論犯罪に絡むことはないっていうことは大前提としてありますが、それでも生活を一緒にするつもりですね?」
「はい、勿論です。」
「例えば、祐司がインディーズのミュージシャンとして活動を自宅でするとして、晶子さんは昼間一般の、と言うと語弊がありますが、働きに行って帰って来て、
食事とかは2人で協力するなりなんなりする、っていう形式でもOKですね?」
「はい。夫婦の生活スタイルは千差万別ですから、一概にこうあるべきだ、と決め付けるのは良くないと思います。家父長制もそうですし、ジェンダーフリーもそうです。
あえて必要なことと挙げるとすれば、夫婦が協力して話し合ってそれぞれのスタイルを構築すべきだということです。」
「では、例えばの話を続けますが、祐司が自宅でミュージシャンとしてインディーズ活動を続ける、そして晶子さんは昼間働きに出る。職場や飲み会の席などの
会話の流れで晶子さんが夫が居ることを話して、夫が所謂まともな職に就いていないことを批判されたらどうしますか?」
「批判するのは別に構いません。価値観の相違ですから。でも、それで以って生活に介入するようなら、断固たる態度で臨みます。」

 耕次の問いに対する晶子の回答に、心なしかこれまでより力が篭る。その表情もやや険しいように見える。
・・・過去に凄く仲が良かった兄さんと距離を置かれたことで実家と断絶状態になった、否、晶子がしたんだから、今度は絶対許さないという気構えなんだろう。
 俺には晶子のような気構えが必要だ。
帰路の途中で実家に立ち寄るにしても、何時か晶子との結婚を伝える時も。押しの強さに弱い部分をそのままにしていちゃ何の進歩もないし、結果的に自分の信念を
曲げてしまうことにもなりかねない。こういう時期だからこそ、自分の信念を大切に守り抜いていかないと・・・。

「晶子さんの意思は確固たるものですね。」

 質問した耕次は満足そうに何度も頷く。

「前にも言ったと思いますが、祐司は真面目で誠実ですから、間違っても浮気するようなことはありません。たとえ前の彼女に復縁を迫られたとしても、
それを払い除けるくらいの気構えは持ってますよ。まあ、相手を出来るだけ傷つけないようにっていう、晶子さんから見れば余計とも思える配慮はするでしょうけどね。」
「はい。」
「あえて問題点を挙げるなら、祐司はかなり慎重なんです。安全だと自分で分かっていても躊躇してしまうこともあります。そういう時は『私も一緒だから』って
一緒に前に踏み出せば大丈夫。二人三脚そのままですよ。」
「私もむやみやたらに祐司さんの背中を押すだけにはしたくありません。祐司さんと一緒に・・・これからの人生を歩んでいきます。」

 晶子の言葉の最後の方は・・・結婚式とかの誓いの言葉に使える、否、そのものじゃないか?
間違いなく晶子は、生活条件を整えてから、否、今此処で俺が一言「結婚しよう」と言えば即応じるつもりでいる。
そこには真剣さを超えて切実ささえ感じる。そこまで自分を追い詰めての気持ち・・・。絶対壊したくない。

「今日も俺達はスキーをしてたんですけど、その中の約1名はゲレンデで一生懸命対女性限定の投網漁をしてましてね。」
「耕次。約1名って匿名になってねぇぞ。」
「その約1名が引っ掛けたうちの1人が偶然地元の大学生だったんですよ。帰省中とのことで。約1名は携帯の電番とかメルアドとか聞き出してたようですが、
その中で1つ、この町に関わる縁起物の話があったんで、その約1名から説明させます。」
「約1名になってねぇって・・・。」

 言われなくても分かるが、あえて皮肉られたことで渋い表情の宏一に話のバトンが移る。縁起物の話って・・・、もしかしてあの話か?

「この町の南に『黄金の丘』って場所があって、そこで婚約したカップルや夫婦が朝日を浴びると一生連れ添える、っていうジンクスがあるんですよ。」

 やっぱりそうだ。けど、「とっくに聞いてる」なんて言い方はしたくないから、そのまま聞く。

「大通りをずっと南に行くと、そのうち標識が見えてきますから、多分地図がなくても迷うことはないでしょう。まあ、日が昇るのが遅いので当然真っ暗ですから、
宿のカウンターで懐中電灯を借りていった方が無難でしょうね。丘の斜面がどうなってるかまでは聞いてませんし、階段でも坂道でも足元に注意しないと、
この寒さですからね。」
「カウンターで懐中電灯って貸してもらえるのか?」
「ほらよ。」

 宏一は懐に手を入れて俺に何かを軽く投げる。慌てて受け取ったそれは、紛れもなく懐中電灯だ。

「帰りが何時になるか分からないから、とりあえず借りておいた。祐司の名前で借りておいたから、そのまま返せば良い。朝起きられるかどうかまでは
面倒見切れねえけど、行って来い。」
「ありがとう。」

 宏一から受け取った懐中電灯。それは俺に更なる決意を促す面子からの無言のメッセージだ。
残された僅かな時間を精一杯使い切って答えを、すなわち俺の進路を決める。それが今の俺に唯一にして最大の課題。
面子からのメッセージが身体から離れないように、俺は懐中電灯を左手でしっかり握る。

「あとは祐司。お前次第だ。」

 纏め役の耕次が言う。

「俺達は助言や意見を言ったりは出来るが、決定権はない。決定権はあくまでお前が持つべきものだ。頑固なのも問題だが、周囲や多勢に流されるのはもっと問題だ。
そいつは生きてるんじゃなくて、
周囲や多勢の命令や刷り込みで生命活動をしているに過ぎない、言い換えれば生かされているだけだ。そんな奴が普段は政治や社会に文句を言いながら、
いざ選挙となれば文句を言う対象にとっちゃ見事な集票マシンになる。その繰り返しだ。」
「・・・。」
「話が逸れちまったが・・・、俺達は県下随一と言って良い進学校の中で、合格校実績を年々上げることしか考えてない教師達、特に学生は勉強して大人の言うことを
聞いてりゃ良い、っていう出世街道のベルトコンベアーに乗ろうと必死な生活指導の教師が睨むには格好の標的になるバンドを結成した。言い出したのは俺で、
まず誘いに乗ったのは同じ中学出の渉と宏一。そして祐司と勝平が加わって正式に結成して、早速活動を開始した。」
「・・・。」
「練習の場所や時間を懸命に捻出してバンドの活動を広げていって、特に生活指導の教師には目の敵にされた。まあ、その半分は俺の主義主張が奴らと
正反対だったからだろう。だが、我関せずじゃなくて客も含めた全員で応酬して、1年の時から文化祭のステージに立った。それから何度も全学規模の
ライブを演(や)ったが、あの時の感動は、俺は今でもはっきり憶えてる。」
「・・・。」
「バンド活動をしてることで成績が悪いって突っ込まれるわけにはいかない、ってことで全員で勉強にも取り組んだ。2年になる頃には、成績優秀者が揃う
頭脳派バンド、ってことで有名になった。そして大学受験では全員で公言したとおり、第1志望に合格した。その歴史には祐司。お前の存在は不可欠だった。」
「・・・。」
「泊り込み合宿の時に講師役になった延べ回数が一番多かったのはお前だし、受験問題の難易度もあって合格率五分五分、そこともう1つの国公立系大学しか
受験出来ない、その上彼女持ちっていう不利な条件が揃っていたのに、お前は俺達の受験勝負の最後を飾った。5人全員の合格証明書を、全員第1志望合格を
宣言した俺達を嘲笑った生活指導の教師達に突きつけて黙らせてやった帰り道、俺は、否、俺達はお前をバンドに引っ張りこめて本当に良かったと思った。
誰1人欠けても駄目だったのは言うまでもないが、一番ハードルが多くて高かったのはお前だ。」
「・・・。」
「そして今、4年進級を間近に控えて晶子さんとも連れ添ってる。・・・そんなお前なら、これからも出来る。俺達はそう確信してる。」
「皆・・・。」

 耕次だけでなく、勝平、渉、宏一が励ましの笑みを浮かべて頷く。胸の中で何かが熱くなるのを感じながら、俺も無言で頷く。
これから進む道は違っても、激動の高校時代を共に歩んできた面子との絆は変わらない。成人式会場前でのスクランブルライブの後で面子が俺にかけた言葉のとおり・・・。

「結婚式には・・・絶対呼ぶからな。」
「楽しみにしてるぞ。」
「祝儀は弾むから、期待しておけよ。」
「黒のスーツと白のネクタイを新調しておく。」
「二次会が楽しみだぜ。」

 それぞれの口調と台詞で期待の言葉が返って来る。
面子は俺が現実逃避にひた走らないように釘を刺すと共に、俺に自信を植え付けるために待っていてくれたんだ。

後は俺が・・・決めるだけ。


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