雨上がりの午後

Chapter 170 ある雪里の光と陰−前編−

written by Moonstone


 気の向くままに歩いていたら、空腹を感じ始めた。
携帯で時間を見たら丁度昼時。何処かを狙って歩いていたわけじゃないから場所を探すのに少し手間取ったが、割と近くにあった料理屋に入った。
 外見と中身のギャップはなく、テーブル席と座敷席が半々ほど。昼時ということで割と混んではいたが、待つほどでもなかった。
テーブル席はいっぱいだということで座敷席に案内された。
やっぱり客層の年齢は高めだ。俺と晶子は見ようによってはかなり目立つ。それを気にしていても仕方ないから、「お品書き」と書かれたメニューを広げる。
 内容は和風の料理屋のそれそのものだ。天ぷら定食はお約束。
地元産にこだわりがあるのか、牛刺身定食というのもある。「地元牛肉使用」と対処してある。
牛肉を刺身で食べるのは食当たりを起こしそうな気もするが、新鮮なものなら大丈夫だろう。
食中毒騒ぎは飲食店にとっては致命的ダメージだから、その辺の対策はしてある筈だ。
 俺は店員を呼んで、2人揃って牛刺身定食を注文する。多少値は張るが、どんなものか食べてみたいという気持ちの方が先行した。
程なく運ばれて来たお絞りで手を拭って茶を啜る。
 少しして運ばれて来た定食は、昼飯とするには勿体無いと思うほどの豪華さだ。
メインとなる赤みの濃い牛刺身の他茶碗蒸し、味噌汁、漬物、ご飯が乗った盆−トレイと言うべきではないだろう−は、俺と晶子が座る2人用の机をほぼ完全に
占拠してしまった。メニューには写真が載ってなかったし、こういう店だとあまり量がないという先入観があったせいで、余計に多く見える。
 眺めてても仕方ないから食べ始める。まずは牛刺身。普通のステーキ肉くらいの大きさと十分な厚みの肉を刺身サイズに切り分けてある。
薬味は摩り下ろした生姜と刻み葱。薬味を刺身の上に少し乗せて、軽く醤油に浸して口に入れる。
・・・思ったより柔らかい。マグロの刺身より重厚感があるが、しくこくない。薬味の刺激が程好く混じって、ふわりと口の中で溶けて旨みを広げる。

「美味しいですね、これ。」
「そうだな。牛刺身っていうからどんなものかと思ったんだけど。」

 晶子も少し意外そうだ。牛肉を食べる機会はそれほど多くない。
焼肉をしようにも自宅じゃ煙が充満して大変なことになるだろうから出来ないし−火事に間違われるからしない方が良いと言われている−、バイト先で食べるにしても
晶子の家で食べるにしても、色々なメニューの中の1つという位置づけだからそう頻繁に出て来ない。俺は既に自炊を放棄しているから、自分で買って来て
云々という方法は度外視だ。
 思いがけないヒットも相俟って、食事は快調に進む。
茶碗蒸しも美味いし、味噌汁も白味噌だが−普段は赤味噌と白味噌を混ぜている−出汁が良く出ていてこれも美味い。
観光地の料理は時に当たり外れの落差が大きいとも言うが、この店に限って言えば大当たりと言えるだろう。
 出された時は驚いたが、食べてしまうとあっという間に思う。量も多くもなく少なくもない適量だった。
味は申し分ないし、満足満足。昼からの雪合戦に向けて準備は整った。
どんな大人数になるかは分からないが、子ども達のパワーに圧倒されるわけにはいかないからな。

「出ようか。」
「はい。」

 茶を飲み干して一息吐いてから、俺は伝票を持って席を立つ。伝票を改めて見ると・・・2人分で2600円。あの味と量から考えると割安と言って良いだろう。
 レジに持って行き、俺が伝票を出したところで、横から晶子の手が差し出される。その手にはしっかり1300円が乗っている。・・・律儀だな。
俺はそれを受け取って、自分の分と併せてカウンターに出す。丁度頂きます、との声と引き換えにレシートを貰う。レシートを集める習慣はないが、一応貰っておく。
ありがとうございました、の声に送られて店を出る。

「別に良いのに。」
「男の人に払わせるなんて、今時流行りませんよ。」

 こういうのを何の躊躇いもなく言えるのも晶子らしい。俺は傘を広げて差し、晶子を中に入れて雪が降り続く通りに出る。
改めて見ると、ここは宿へ続く道、つまり大通りだ。此処を直進していけば、昨日出逢った子ども達が雪だるまを沢山作って待っているだろう。
 観光地らしく人通りはあるが、雪模様を反映して静かな通りを真っ直ぐ歩いていくと、軒下に連なった大小の雪だるまが見えてくる。子ども達も居る。
俺と晶子は足を速めて子ども達の元に向かう。

「あ、昨日の兄ちゃんと姉ちゃんやんか!」
「約束どおり来たんやな。」
「約束だからな。」
「丁度ええ時間や。一緒に公園行こ。」

 携帯で時刻を確認していなかったが、どうやら遅刻はしなかったらしい。
たとえ遅刻しても此処の子ども達なら1分や2分くらいは目を瞑ってくれそうだが、待ち合わせで遅れるのは好きじゃない。
子ども達の後を追って碁盤目のような通りを前に右に進んでいく。蛇行しているが斜め前方に進んでいるのは確かだ。
 目の前が開ける。やがて案内された場所は・・・やはり昨日偶然見つけたあの広大な空き地だった。
子ども達が沢山居る。ざっと数えて100人くらいは居るようだ。それだけの人数を収納しても尚、空き地、否、公園には十分余裕がある。
雪も余るほどある。長靴を履いている子ども達は苦労しないが、普通の靴を履いている俺と晶子は、運動会か何かの行進のように大きく足を上げないと思うように歩けない。
俺と晶子を案内した子ども達の1人が、近くに居る中年の女性に駆け寄る。

「伯母ちゃん!待たせたなー!」
「おや、来たね。後ろの人達かい?あんたが昨日言うてたんは。」
「うん。入れたってええやろ?」
「ええよ。」

 あっさり了承された。かと言ってこのまま子ども達の中に加わるのも何だな・・・。俺と晶子は伯母さんに歩み寄る。

「はじめまして。こんにちは。」
「どうもはじめまして。こんにちは。」
「あー、どうもこんにちは。子ども達から昨日話聞いとります。仲良うなった若い兄ちゃんと姉ちゃんをこの会に入れたってくれ、言われましてね。」
「参加させていただいて、ありがとうございます。」
「本日はお世話になります。」
「いーえー。此処も年々子ども少のうなって来とるし、子どもがやることやから子どもの好きなようにさせとんのですよ。雪いっぱいありますで、しっかり
投げたってください。」

 この伯母さんは多分「始め」と「終わり」を告げたり、明らかにルール違反−石を入れるとか−な場合に止めに入るためのお目付け役だろう。
それも1人で良いということは、この雪合戦が子ども内できちんと受け継がれていっていることの証明と言える。

「会のルールは単純ですねん。二手に分かれてひたすら雪球投げる。今年の審判は私なんですけど、審判が「止め」言うて両手挙げたらおしまい。そんだけですわ。
で、お二方は二手に分かれてもらえませんか?大きいのが片方に2人も居ると不利ですんで。」
「分かりました。単純にじゃんけんで決めるか。」
「はい。」

 厄除けを兼ねた子ども達の祭りで、「一緒のチームに居たい」と駄々をこねる程馬鹿じゃない。元々2人大きいのが居れば二手に分かれるのは予想していたことだし。
 晶子をじゃんけんをする。俺がグーで晶子がパー。言うまでもなく晶子の勝ち。どちらに入るかは晶子から先に決めてもらおう。

「晶子からどっちにするか選んで。」
「じゃあ、向かって右側のチームにします。」
「それじゃ俺は左側ってことで。」

 別段どちらを選んだから得するわけでもないし、勝った負けたで騒いだり悔しがったりするものでもない。それこそ思いつきのレベルで決めれば良い。
俺と晶子は二手に分かれる。既に子ども達は二手に分かれている。間は・・・10mくらいか?公園が十分広いこともあって横方向に広がっているし、見た目まだ
小学1、2年くらいの子も居るから、これくらいの距離が良いんだろう。

「兄ちゃん。あまりきつぅ投げんといてな。」
「分かってるよ。」

 隣の子どもも、明らかに周囲と体格が違う俺が加わったことで、勢いの良い雪球が相手にぶつけられないかと心配しているようだ。
俺とてそんなつもりは毛頭ない。軽く握る程度に固めて肩慣らしのキャッチボールをする時の要領で投げるつもりだ。
 晶子は丁度俺と向かい合わせになる位置に居る。晶子は俺とあまり身長が変わらないこともあるが、やっぱり他より抜きん出て見える。
横方向に広がっていてスペースもかなり余裕がある。しかも積雪は十分過ぎるほどあるし、今でも空から補充されているから、雪の量を心配する必要は全くない。
雪合戦の間どれだけ多く投げるかが楽しみだな。

「じゃあー、はじめー!」

 伯母さんの声で雪合戦の幕が切って落とされる。雪球が小さい弧を描いて幾つも飛び交う。人数が多いから飛び交う数も多くなる。
俺は雪球を受けつつ、手にした雪球をほぼ手首の力だけで投げる。腕全体を使うとそれなりにスピードは出るだろうし、そうなると子どもの心配が現実のものになってしまう。
 結構な数の雪球が俺に当たる。厚着だしスピードもさほどないから痛くはないが、雪を拾うために屈んだ時でも容赦なく当てられる。開始早々雪だらけだ。
雪を手早く払いつつ、右手と左手で交互に雪球を投げる。俺は右利きだが、こういうスピードも力も、そしてコントロールもさほど要求されない場面では
左手で投げるのも良い。
 雪の降りが、まるで雪合戦で消費される分を補充するかのように増して来る。風はないが、かなり視界が遮られる。
そんな中でも雪球は飛んで行くし飛んで来る。少しでもぼんやりしていると直ぐ雪だらけにされてしまう。
今までなら遠くの子に当てようとしていたものが俺に当たってしまうのかどうかは分からないが、このまま的にされているだけで終わるわけには行かない。
雪球の硬さに気をつけながら、適当に方向を変えて雪球を放り投げる。
 歓声が大きくなって来る。元から大きかったが、雪の降りが強くなって前が良く見えない中で雪球が飛んで来るから、こっちこそ、と思ってヒートアップしているんだろう。
俺自身、立っていても屈んでいても雪球を立て続けに浴びせられて、雪球を投げるペースが速くなっている。近くの雪を適当に掴んで彼方此方に放り投げている。
 それにしても、どんなペースで投げているのか知らないが、兎に角雪球がどんどん飛んで来る。
雪には余裕があるし、空から自動的に補充されるから、手当たり次第に投げているんだろう。おぼろげではあるが、前列なら見える。俺は周囲に比べれば格段に
背が高いから、適当に投げたものでも当たってしまうんだろう。
 雪が空から降っているのか、横に飛び交っているのかが曖昧な感じがする。厄除けの祭りでもあるから、兎に角雪を沢山投げれば良い、という感じだ。
さながら節分での豆が雪に替わったというところか。
俺も何時の間にか雪を両手で固めず、片手で掴んだ分を軽く固めて投げる、という形になっている。こうしないと飛んで来る雪球の格好の標的にしかならない。
 投げる角度をどんどん広げていく。もう近くにある雪を引っ掴んで投げる、の繰り返しで、その間に投げつけられて服についた雪を払う、という感覚だ。
最初のうちは1個投げる毎に10個くらい当てられていたが、どうにか5個くらいに減らせたように思う。
飛んで来る分だけ投げ返すつもりでペースを挙げる。雪球を硬くしないように、スピードをつけないように、という配慮は忘れない。
ひたすら雪球を作って投げる。雑念という厄を払うには丁度良い。

「はーい!じゃあ、止めー!」

 歓声の中に伯母さんの声が割って入って来る。それを契機に、飛び交っていた雪球の数は急速に減っていき、やがて空から補充されるもの以外の雪はなくなってしまう。
雪合戦に熱中して声は聞こえてないと思いきや、実はしっかり聞こえていたようだ。
 俺は全身についた雪を払い落とす。子どもが前に居たから足は何とか「被弾」を免れたが、足より上は雪だらけになった。
雪を拾うときに屈んだ時に頭は勿論ご丁寧に背中にも当てられたから、落とすにはコートを脱いだ方が手っ取り早い。
雪を拾って投げるだけと言ってしまえばそれまでだが、かなりの運動量だったようで、コートを脱ぐと涼しく感じる。
 子ども達はわらわらと伯母さんの方へ向かう。皆それぞれ服についた雪を払い落としている。相手側に居た晶子も、コートを脱いで軽く叩いて雪を落としている。
どうやら晶子も結構当てられたようだ。

「皆、いっぱい投げとったなぁ。」

 伯母さんは満面の笑みを浮かべている。厄除けを兼ねているから雪合戦が盛り上がる方が良いだろう。雪の量を気兼ねしながらだと面白みに欠ける。

「これでこの町のオモは飛んでった。来年もええ年にしよな。」

 伯母さんの一声で子ども達が歓声を上げる。オモ・・・。厄除けもあるから、悪いものとかそういう意味だろう。それはそうと、言うことを言っておかないとな。

「今日はありがとうございました。」
「いーえー。お二方、すっかり子ども達に馴染んどったんで、見てて安心出来ましたわ。」
「参加させていただいてありがとうございました。雪合戦は久しぶりだったんですけど、本当に楽しかったです。」
「楽しんでもらえて何よりですわ。それにしてもお二方、よう子ども達に馴染めましたなぁ。お子さん、居るんですか?」
「あ、いえ、まだ・・・。」

 唐突な質問に曖昧な答えを返したが、「まだ」って言うのは拙かったかな・・・。まあ、良いか。

「子どもに好かれる、ええ親になりますよ。」
「だと良いんですけどね・・・。」
「あ、そうそう。折角の機会ですから、家に寄ってかれませんか?」

 え?今度は家に来て良いっていうのか?
幾らこの町の人が快いとは言え、ちょっと躊躇してしまう。普段こういうことはないからな。かと言って無下にするのも何だし・・・。

「今日雪合戦に参加させてもらっただけで十分なのに、そこまでしてもらわなくても・・・。」
「良いんですよ。家の孫もお二方を随分気に入ったようですし。」
「お孫さん・・・?」
「兄ちゃん、姉ちゃん。僕のことや!」

 頭に疑問符を浮かべた俺に足元から声がかかる。見ると、昨日俺と晶子が話しかけ、今日この公園に案内してくれた子どもの一人が居る。

「一回家に来てぇな。美味いぜんざいあるで。」
「孫も言うてますし、他に用事とかあらへんのでしたら、来てくださいませんか?」

 悪い人じゃなさそうだな・・・。意思確認のため晶子を見る。晶子は笑みを浮かべて頷く。

「それじゃ、お言葉に甘えてお邪魔させていただきます。」
「えーえー、じゃ、ついて来てくださいな。」

 伯母さんとその孫という子どもの後に続く。脱いだコートは右腕に引っ掛け、左手で傘を差す。掲げた左腕に晶子の手が添えられる。随分赤く染まっている。

「晶子。手が真っ赤だぞ。素手で雪合戦してたのか?」
「ええ。手袋はしてませんから。」
「左手はコートを抱えてるからまだ良いけど、右手くらいは・・・。」

 俺は口で右手の手袋を引っ張って取り、晶子に差し出す。
晶子は少し躊躇した様子を見せるが、笑みを浮かべて手袋を受け取り、右手に填める。俺の右手はズボンのポケットに突っ込んでおけば良い。
 子ども達が脇を駆け抜けていく。町の行事でもある雪合戦が終わったから、自分達の遊びに戻るんだろう。
妙に甲高い奇声とは違う、どこか懐かしい気分にさえなる子ども達の声。普段暮らしている町とは隔絶されたものが、確かにこの町にはあるように思う。
・・・そう思う歳じゃないだろうが。

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