雨上がりの午後

Chapter 155 3度目の音の宴の前

written by Moonstone


 早いもので、クリスマスコンサートはいよいよ明日に控えている。
俺と晶子は去年と同じくマスターと潤子さんの家に泊まりこんでいる。店を閉めた後に練習をするのと、しぶとく講義とレポートの嵐が続く俺の生活を
安定化させるためでもある。
実験がある月曜の夜は、晶子が大学で待っていてくれて、潤子さんが食事を用意してくれた。
 今年はクリスマスイブとクリスマスが土日だから、入場者が去年より更に増えると見込んで、チケット前売り制で当日入場はなしにした。
1000円と引き換えに2日分があっという間に売切れてしまった。買うと言うより1000円と交換で掴み取りすると言うほど、凄い売れ行きだった。
 俺と晶子は、一つの部屋に布団を並べられている。言い換えれば寝起きを共にしている。
俺は体裁上去年までと同じく別々にしてくれと言ったが、どうせ一緒に寝るんでしょ、と潤子さんに突き返されてしまった。
もう「寝た」ことはばれてるし、俺と晶子を信用している証拠でもあり、その先を期待しているということでもあると思う。
 今日もバイトと練習が終わった。コンサート両日は開場19時開演20時で、店の営業は休みとして準備に余裕を持たせている。
土日になってくれたのはありがたい面がある。
講義が終わってから店に駆け込んで準備をしていたら、入場町の客を長時間待たせることになる可能性もあるからだ。
俺も晶子も講義は休まないし、マスターも潤子さんもそこまで望んでいない。
 1番風呂から上がった俺は、パジャマにジャンパーを羽織ってキッチンに居る。潤子さんが入れてくれた茶を飲んでいたりする。
マスターと潤子さんは向かい側で並んで座っていて、同じく茶を啜っている。
今は晶子が風呂に入っている。俺が晶子の風呂上りを待っている状態だ。

「お待たせしました。」

 晶子が姿を現す。ピンクのパジャマに半纏を羽織っている。
水分を吸った長い茶色がかった髪が、電灯の光で艶かしくも見える煌きを放っている。俺は残りの茶を飲んで席を立つ。

「それじゃ、お休みなさい。」
「お休みなさい。」
「おう、お休み。」
「お休み。」

 マスターと潤子さんと挨拶を交わして、俺と晶子は階段を上る。オレンジ色の光で照らされた階段や廊下は、今日に限ったことじゃないが静かだ。
俺と晶子は何時の間にか、これも今日に限ったことじゃないが手を繋いでいる。
ドアを開けて明かりを点ける。俺と晶子がレポートを作るために用意された机は隅にやられ、二つの布団が並べて敷かれている。
 晶子が半纏を脱いで先に布団に入る。次に俺がジャンパーを脱いで灯りを消して布団に入る。
相手の呼吸音しか聞こえるものがないくらい静まり返った暗闇一色の部屋の中で、俺と晶子は何時ものように身を寄せ合う。

「・・・明日からですね。」
「ああ。」

 晶子の囁き声に無声音で応える。今日も晶子の頭を抱き寄せ、脇に独特の柔らかさを感じている。
甘酸っぱくて芳しい香りがそれらと共に、今日1日の疲労感を心地良いものに変えていく。

「祐司さん、今日まで大変でしたね。お店が終わったら練習してレポートを作って・・・。」
「レポートがあったのは晶子も同じだろ?」
「私と祐司さんとでは、量が違いますよ。祐司さん、講義もびっしりですし・・・。」
「講義は選択教科も含めて自分で選んだものだから、そうなって当然さ。その分レポートも多くなるし。」
「それでも全部しっかりこなしてるのを見ていて私、祐司さんが本当にまじめな人なんだな、って改めて実感しました。」

 晶子が俺の肩口に頬擦りをする。そんなに感激することなのか?まあ、晶子が俺を好きで居てくれるなら、それに越したことはない。
 俺が左手で抱え込むように抱いていた晶子の頭が徐に持ち上がり、俺の真上に来る。
鼻と鼻とが触れ合いそうなほど、目に相手の顔しか映らないほどの至近距離だ。
晶子が俺に乗りかかっている。そう思った瞬間、身体の奥がむずむずし始める。

「晶子・・・。」

 俺の呼びかけに、晶子はただ俺を見詰め続けることで応える。
闇に慣れた目にほんのりと浮かぶ、何かを訴えかけるような晶子の顔・・・。まさか今夜、俺を求めてるのか?
 俺は晶子の頭に回ったままの左手を、ほんの少し自分の方に近づける。晶子は何の抵抗もせず目を閉じる。
俺は思わず生唾を飲み込む。鼻先が触れ合っているのを感じつつ、俺は晶子の頭をそっと抱き寄せる。
 晶子が全身を沈めて来る。それと同時に俺の唇に柔らかくて温かい感触が伝わる。
唇に柔らかさを感じ、胸にも別の柔らかさを感じつつ、俺は晶子と唇を合わせ続ける。
頬に感じる微風が吹き付ける周期は思いの他ゆったりしている。気持ち良さより−生々しいが−幸福感を感じてるんだろうか。
 俺は身体を捻って体勢を入れ替える。唇と胸に感じる、それぞれが持つ独特の柔らかさがより鮮明になる。
首に何かが回り、引き寄せられる。俺は晶子の背中に両腕を回してそっと抱き締める。
 キスの時間がゆっくり流れていく。全身が軽く痺れている。身体がこの先を欲しているのは間違いない。だけど、このまま進むのに躊躇する。
晶子はキスまでと思っているかもしれない。明日は朝から準備と練習が・・・。
駄目だ。一旦噴出した身体の欲求にはそう簡単に逆らえない。
俺は晶子からゆっくり唇を離し、僅かな距離を保ちながら晶子の首筋に唇を落とす。
 悩ましい吐息が浮かぶ。俺の唇の動きに合わせて晶子は首を動かす。無声音の周期が早まり、深さが増していく。
首筋に一頻り唇を這わせたところで、俺は再び晶子の唇を塞ぐ。確認の意思を込めて。
俺の首を抱き寄せる晶子の両腕から力は抜けない。晶子は俺を求めてる。そう思うと、身体が急速に熱くなる。

晶子・・・!

 ・・・うじ君。あ・・・。晶子・・・?
 闇からの呼びかけで、俺の目の前が白んでくる。
俺の顔を覗き込んでいるのは・・・潤子さん?俺は何度か目を瞬かせて改めて見るが、俺の視界に映るのは晶子じゃなくて潤子さんだ。

「あ、潤子さん・・・。」
「ちょっと寝不足みたいね。まあ、無理もないでしょうけど。」

 !そう言えば晶子は?左隣を見ると、茶色がかった髪に半分隠れた寝顔がある。
晶子は俺に横から抱きつくように眠っている。間近に見える寝顔はよほど深く眠っているのか、俺と潤子さんとの会話でも目覚めに向けた変化がない。

「朝ご飯の準備は出来てるから、一緒に食べましょ。お姫様は起こしてあげてね。」
「あ、はい。」
「それにしても晶子ちゃん、ぐっすり眠ってるわね。昨夜、祐司君にいっぱい愛を注ぎ込んでもらって満足したのかしら?」
「あ、その・・・。」

 やっぱり聞こえてたのかな・・・。晶子、結構声が大きいから。
そう言えば、マスターと潤子さんは俺と晶子より後に風呂に入ることになってたよな。
風呂から上がって寝室に向かうまでに廊下で声を聞きつけて、そのまま覗いてたとか・・・。ありえる。

「それじゃ、下で待ってるわね。」
「あ、はい。」

 潤子さんが静かに部屋を出て行く。その過程で物音がしたが、晶子の寝顔に変化はない。本当にぐっすり眠ってるようだ。
間近に見る、髪に半分ほど隠された晶子の寝顔は、安堵感を誘う。
このまま目覚めるまで寝顔を見ていたい気もするけど、マスターと潤子さんが待ってるからな・・・。俺は身体を捻って晶子の身体を軽く揺する。

「晶子。朝だぞ。」
「ん・・・。」

 いかにも眠そうなくぐもった声に続いて眉間に少し皺が出来た後、晶子の瞼がゆっくり開き始める。
俺が見えているのかいないのか、そのまどろんだ表情が色っぽくも見えるし、子どもっぽくも見える。
ようやく開いた大きな二つの瞳は何度か瞬きをした後、改めて俺の顔を映す。

「祐司さん・・・。」
「おはよう。」
「おはようございます。」
「さっき、潤子さんが起こしに来てくれたんだ。着替えて下に行こう。」
「潤子さん、何時の間に・・・。」
「全然気付かなかったのか?」
「ええ・・・。祐司さんの声が聞こえたから目を覚ましたんです・・・。」

 目覚めの悪い−寝不足なのもあるだろうが−俺より、晶子は確実に寝起きが良い。俺の方が先に目覚めたのを思い出す方が難しいくらいだ。
なのに潤子さんが起こしに来ても眠ったままで、俺が起こしてもまだ眠そうだ。
そんなに疲れたのか?・・・そりゃ、昨日終わった時は俺だってへとへとだったけど。
 ・・・考えてても仕方ない。起きないと。俺は上体を起こす。その瞬間、背筋が一瞬にして凍る。
今日は何時にも増して冷え込んでるな。布団の温もりから出たく・・・ない・・・んだが、今日はそんな悠長なことは言ってられない。
布団の脇に散らばっているパジャマの中から下着を引っ掴んで穿いて、枕元に置いておいた服を掴んで手早く着る。冬はこの瞬間が一番辛いんだよな。
 くしゅん、と音がする。
見ると、背中を剥き出しにした晶子が両腕で自分を抱え込むように身を縮こまらせている。俺は掛け布団の端を掴んで晶子の身体を包む。

「今日は凄く冷えてるんだ。早く服着ないと風邪ひくぞ。」
「はい・・・。」
「具合・・・悪いのか?」

 俺の胸の奥に暗雲が立ち込めてくる。
今日はコンサート当日。誰一人欠けるわけにはいかない。夏のコンサートの時には俺が熱を出したが、冬は晶子の順番だとでも言うのか?

「いえ・・・。眠くて・・・。」
「眠いって・・・。まあ、俺だって眠いけど、それを差し引いても動きが鈍すぎないか?何時もなら俺より先に起きてて元気に動いてるのに。」
「寝不足なだけです・・・。身体がまだ気だるくて・・・。」
「・・・兎に角、早く服着て。マスターと潤子さんが下で待ってるし。」

 俺は同じく枕元に置いてあった晶子の服を取って膝の上に置いて、布団の脇にある晶子のパジャマの中から下着を取って渡す。
脱がすのは出来ても着せるのは出来ないからな・・・。
とりあえず服を着るまで待ってないと、本当にこのまま寝こけてしまいかねない。
 晶子は服を着始める。だが、その動きは明らかに鈍い。服を着るのも億劫って感じだ。
見かねた俺は、晶子に次に着る服を手渡して、着衣を促す。立ち上がってズボンを穿いたところで、薄手のセーターを渡す。
ようやく晶子の着衣は完了。思わず溜息が出る。支えてないと布団に倒れこんでしまいそうだと思って、晶子の肩を抱く。

「本当に大丈夫か?」
「ええ。眠いだけですから。」
「それにしても今日は酷くないか?」
「何時でも女の方が目覚めが早いわけじゃないですよ。」

 晶子の微笑にはまだ眠気が残っている。
俺は晶子の肩を抱いたまま部屋を出て廊下を歩き、階段を下りる。階段は結構傾斜が急だし、今日は晶子がこの状態だから気をつけないと・・・。
俺は足元と隣に交互に視線を飛ばして階段を下りて、晶子を下ろす。
・・・ふう、どうにか1階に来れたか。階段がこんなに長く感じたのは初めてだな。
 まだ何となく晶子の足取りはおぼつかない。大丈夫かな・・・。
当の本人は頻繁に小さい欠伸をしている。眠いだけ、なら良いんだけどな。俺は晶子の肩を抱いたままキッチンに入る。

「おはようございます。」
「おはようございます・・・。」
「おう、おはよう。って井上さん、随分眠そうだな。」
「あ、分かります?」
「顔がとろんとしてるぞ。そりゃあ昨日は激しかったから仕方ないだろうが。」

 新聞を広げていたマスターの言葉で、顔が内側から瞬間的に熱くなる。
夢じゃないから今でもはっきり思い出せる。俺の下で悩ましく喘ぎ、俺の上でしなやかに動いた白い身体・・・。
レポート作りとバイトで溜まった疲れそっちのけだった夜。此処がマスターと潤子さんの家だってことを完全に忘れていた。

「あの・・・。何のことですか?」
「あら、とぼけちゃって。隣のお姫様を寝不足にしたくせに。」
「・・・見てたんですか?」
「お姫様の声は結構聞こえて来たわね。」

 やっぱり聞こえてたのか・・・。
声を出すな、って言うわけにもいかないし−そんな雰囲気でもないし−、俺自身場所なんかを失念して没頭してたから、照れ隠しに視線を脇に逸らすしかない。

「さ、眠気覚ましにお茶でも飲んで。」
「はい。ほら、晶子。」

 晶子は黙って頷く。まだその横顔から眠気は消えていない。
俺は晶子を昨日の夕食の席−泊めてもらう時の指定席と言える−に座らせて自分も座り、出された茶を飲む。
程好く熱くて濃い茶が、まだ若干だが身体に残っていた眠気を消し去る。晶子は・・・湯飲みを置いた横顔は、まだ眠そうだ。
 目の前に朝食が出揃う。ご飯に味噌汁、焼き鮭−生姜が添えられているのが旅館みたいだ−、漬物、目玉焼きに付け合せの野菜。
マスターが新聞を畳んでエプロンを外した潤子さんが着席して、全員揃って食べ始める。4人揃って迎える平和な朝食のひと時は、今日も変わらない。
 大学に進学するまで、特に高校時代は家族で食事というのは嫌だった。
それよりバンド仲間と学校に泊り込み合宿をしたり、当時付き合っていた宮城と夜の街をぶらりと歩いて喫茶店に立ち寄って食事、というのが好きだった。
この町に来てからも基本的に独りの時間が長かったし、その方が良かった。
 だけど、宮城と別れて晶子と付き合い始めて、独りの食事が機械作業的に思うようになった。
単なるバイトでしかない俺と晶子を大切にしてくれるマスターと潤子さんとの食事を重ねるうち、親が食事は家族一緒に、とその時は疎ましくさえ思った
言葉の背景が分かったような気がする。
人間独りでは生きていけない、というのは独りにならないと分からないものなのかもしれない。

「あ、そうそう。」

 潤子さんが箸を置く。

「祐司君と晶子ちゃん。会場の準備が済んだら一緒に買い物に行きましょうね。」
「買い物、ですか。」

 喫茶店に限ったことじゃないが、飲食店での食材の消費量は通常の家庭のそれを大きく上回る。
店はかなり広いし、この夏のサマーコンサートと前後して連日大入りが続いているから、買い物の量も半端じゃない筈だ。

「準備してからで間に合いますか?」
「飲食業関係の専門店だから量の面では大丈夫。問題なのはそれを運ぶだけの人手なのよ。」
「あ、なるほど。」

 一般のスーパーやデパートとは別に、飲食業関係者を対象にした専門卸売店−店と言うより市場と言う規模だが−がある。
スパゲッティ一つを取っても消費量が凄いから、普通の店じゃ買占めレベルになることもあるからだ。
それに一度に大量に仕入れた方が利益分を上乗せしても一般の店より安くなるから、買う側は勿論売る側にもメリットがあるわけだ。

「今までもお店が休みの日とかに行ってたんだけど、このところ買う量が多くて車まで運ぶのが大変だったのよ。良いかしら?」
「あ、はい。」
「私も大丈夫です。」

 晶子の声にはまだ何時もの張りが足りない。相当眠いんだろう。瞼も重そうに見える。
まあ、俺が止めても行くって言うだろうし、晶子を一人残して行く買い物なんて不安で手につかないだろう。

「店までは車で30分くらいあるから、晶子ちゃんはその間寝てても良いわよ。」
「はい。」

 返事した晶子はまた小さい欠伸をして、何度か目を瞬かせる。晶子自身も眠気と格闘しているのが分かる。
コンサート当日なのに自分だけ寝こけているわけにはいかない、っていう責任感もあるんだろう。

 朝食が済んだ後、晶子と潤子さんが後片付けをして、会場準備に取り掛かった。
広い店内にある全てのテーブルと椅子をステージ脇に積み重ねるのは、かなりの重労働だ。
椅子はまだしもテーブルは重いから俺とマスターが担当した。店内ががらんどうになった時にはすっかり汗だく。冷房が欲しくなったくらいだ。
 その後、店の飾りつけ。これは作業自体は楽だが人手が要るから、それなりに時間がかかった。
店がライブ会場に変貌したのを見て、ちょっと感じた達成感。
同時に、今日明日の2日間、店の年納めとも言うべき大イベントの開催が近いことを、ステージの上から実感した。
 全員揃って台所で一服してから、買い物に出発。4人が乗り込んだところで、マスターがエンジンをかける。
カーステレオから「BAD BOYS&GOOD GIRLS」が流れてくる。ミドルテンポの軽快なサウンドに乗って、師走の住宅街を走る。
住宅毎のイルミネーションも今はお休み。澄み切った冬空が見ていて気持ち良い。
 車は住宅街から大通りに出る。交通量はかなり多い。
止(とど)まる気配がない流れに乗って車は走る。曲は「ANCHOR'S SHUFFLE」に移っている。
 左肩に軽い衝撃を感じる。見ると、晶子が俺に凭れかかって寝息を立てている。
会場設営はしっかりこなしたが、その分眠気が蓄積したんだろう。枕になっている俺は、その寝顔を見て笑みが浮かぶ。

「井上さん、寝ちゃったようだな。」
「はい。」
「バックミラーで見てたんだが、車に乗ってからずっとうつらうつらしてたから、相当眠かったんだろう。」
「そうみたいですね。晶子が眠気を翌日まで残すのって、初めて見ます。」

 俺の肩に凭れて眠っている晶子は、まったく目覚める気配がない。完全に熟睡しているようだ。そんなに昨日の夜疲れたのかな・・・。
俺も多少寝不足の感はあるけど、今まで引き摺るほどじゃなかったし・・・。
ま、何時もは晶子に起こしてもらってるんだから、こういう時くらい寝させておいても罰は当たらないだろう。
 車は暫く大通りを走り、やがて横道に入る。更に暫く進むと、倉庫のような大きい建物が見えてきた。あそこだろうか?
俺が車窓から見詰める中、マスターが運転する車は徐々にではあるが確かにその建物に近付いていく。
 車は建物横の駐車場に入る。そこにはワゴン車など比較的大型の車が何台も陣取っていて、トランクに食材を詰め込んでいる姿がちらほら見られる。
車の速度がより一層遅くなって、建物の正面入り口らしい巨大な洞窟−そう表現するのが妥当だ−の近くで停車する。

「よし、着いたぞ。」
「はい。晶子、起きて。」

 俺が呼びかけつつ身体を軽く揺すると、晶子はくぐもった声を出してからゆっくり目を開ける。そして俺の肩から頭を上げて小さい欠伸をする。

「着いたんですか?」
「そうらしい。俺は来たことないから詳細は不明だけど。」
「間違いなく此処よ。降りましょう。」

 マスターと潤子さんに続いて、俺と晶子は車から降りる。マスターが車にキーを向けてドアをロックして、先頭になって洞窟へ向けて歩き出す。
・・・本当に大きい。これは店と言うより倉庫だ。高校時代、親に荷物運びのために連行されてこの手の店に来たことがあるが、この店の規模は相当なものだ。
恐らく新京市だけでなく、小宮栄を含む周辺の市町村の飲食店関連業者を対象にしているんだろう。

「祐司君はマスターと一緒に、籠に食材を入れていって。私と晶子ちゃんは品物を選ぶのと探すのを担当するから。」
「分かりました。」
「よし、早速買い込むか。」

 マスターから渡された籠、否、荷台と言うべき大きなカートを押して、店内を回る。
店内には膨大な量の食材が巨大な冷蔵庫や冷凍庫に収納されている。
そこから優に一抱えはある食材を抱えてレジへと向かう人の姿が彼方此方にある。本当に店と言うより卸売市場だ。
 潤子さんが先導する形で店を回り、俺とマスターがカートに選ばれた食材を入れていく。
量は半端じゃない。普通のスーパーとかで売っているパックが小さく見えるくらいだ。
それだけ買わないと消費に追いつかないと言うことでもある。店としては良いことではあっても悪いことではない筈だ。
 だんだんカートが重くなってくる。キャスターは勿論付いているが、それでも押すだけでそれなりに力が要る。
こんな買い物を−仕入れと言うべきだな−マスターと潤子さんだけでやってたんじゃ、そりゃ人手が欲しくなって当然だ。
このためだけにバイト雇いたいかもしれない。
 それにしても、本当にこの店は広い。中に入って見渡してみると、その広さと食材の種類と量を再確認出来る。
これだけの食材が色々な店に運ばれていって、そこで料理されてメニューになる・・・。人の流れと物資の流れの一つの集約点を見ているわけだ。

「随分買い込みますね。」
「今日は幸い店はコンサート以外は営業休止だし、祐司君と井上さんが朝から家に居てくれたからこれだけ一気に買い込めるんだ。普段は潤子と一緒に、
車と此処を何往復もしてる。」
「そうなんですか。」
「特に夏のサマーコンサート以降、店の売り上げは凄いからな。生演奏だけじゃなくて潤子と井上さんが作る料理も評判だから、その分買い込む食材の量も増える。」

 確かに、店を訪れる客はまさに「客が客を呼ぶ」というやつで、「美味しい料理を食べながら生演奏が聞ける」とか「美人二人が料理を作ってる」という声を、
初めて訪れた客からよく聞く。生演奏は聞けても料理が不味いと、それならCDを買うなりレンタルするなりして家で食べてた方が良い、ってことになる。
店の本来の形は喫茶店なんだから、料理の味が第一だ。
 その点からすれば心配は要らない。潤子さんの料理の腕は折り紙付きだし、晶子の料理の腕前は俺自身も知ってる。
営業中、晶子と潤子さんはキッチンで忙しく働きながらも、料理のレパートリーを話して盛り上がっていたりする。
その様子を見ていて、俺も料理が出来たらな、とたまに思う。
もっとも、俺の料理が人に食べさせられるようになるまで、誰がその料理を食べるんだ、という、ある意味ロシアンルーレット並みに緊張と恐怖を強いられる
命題があるが。

「このくらいで良いわね。」
「そうだな。よし、レジへ行こうか。」

 俺と晶子が押しているカートには、上も下も−入れる部分は上下2段ある−食材でぎっしりだ。当然のことながら重い。
キャスターがあるから良いようなものの、これをマスターと潤子さんの二人でやってたら、確かに車と店とを何往復もしないと厳しいな。
 レジには行列が出来ていたが何台もあるせいで回転が速く、順番は程なく回って来た。
金額は・・・軽く万の位に乗った。そりゃ、これだけ買えば当然だろう。むしろ、十万の桁に乗らなかった方が不思議と言えるかもしれない。
 清算を済ませた俺達一行はカートを出入り口脇に戻して、手分けして荷物を運ぶ。・・・確かにマスターと潤子さんだけじゃ、何往復もしないといけない量だ。
片手に袋を2つ3つぶら下げているから結構重いが、文句は言ってられない。
 どうにか全ての食材を車のトランクに詰め込む。本当に「詰め込み」と言う表現が相応しい。よく収納出来たもんだとさえ思う。
こんなことを毎週、マスターと潤子さんは二人でやってるんだろうか?
2人の店だし、俺がどうこう言う筋合いはないと言えばそうだが、華やかな店の舞台裏は結構汗臭いということは何処でも変わらないということか。

「よし、お疲れさん。帰るとするか。」

 マスターは車のドアのロックを外す。全員が往路と同じ座席に乗り込んだ後、マスターがエンジンをかけて車を動かし始める。
車や人が点在する駐車場をゆっくり抜けて、車は道の広さにしたがってスピードを上げる。

「悪いけど、帰ったら食材の収納も手伝ってもらうよ。」
「はい。」
「終わったら休憩しましょうね。」

 潤子さんが助手席から振り向いて言う。
乗りかかった船、と言うのは変だが、今年は俺と晶子の事情を考慮して時給を上げてもらっている。
確かに客の入りは好調そのものだが、時給1500円なんて飲食店のバイトとしては格段の待遇だ。
それに晶子との非常連絡手段を購入・維持するためという個人的そのものの理由にもかかわらず、だ。それが手伝いで少しでも感謝が示せるならそれで良い。
 晶子は・・・やっぱり眠そうだ。頻繁に小さい欠伸をしている。
朝あれほど緩慢な動きになるほど眠気が溜まっていたんだから、30分程度の仮眠で完全回復、というのは無理な話だ。
・・・俺は晶子の頭をそっと抱き寄せて自分の肩に凭れさせる。今日は俺の番だ。

「祐司さん?」
「少しでも寝た方が良い。帰ったらまた一仕事あるし、少しでも身体を休めて。」
「はい。」

 晶子は眠そうな顔に微笑を浮かべると目を閉じ、直ぐにすーすーと寝息を立ててしまう。
此処まで尾を引くほど疲れさせた原因は俺にもあるしな・・・。俺に出来る気遣いと言えばこの程度だが、出来るだけのことをするに越したことはない。

「晶子ちゃん、よっぽど眠かったのね。」
「はい。」
「会場の準備も済んだし、食材の収納は3人で出来るから、井上さんは帰ったら部屋で寝ていてもらおうか。寝不足のままで重い荷物を運んで、転んで怪我でも
されたらそれこそ重大問題だから。」
「そうですね。俺が晶子の分まで手伝います。」
「頼むよ。」

 4人を乗せた車は大通りを走っていく。車は多少揺れるが、それでも晶子はまったく目覚めない。
突然−俺からしてみればの話だが−OKサインを出して来たのに男の本能を剥き出しにしてしまったが、あの時「今日はゆっくり休んで明日に備えよう」と
言うべきだったかな・・・。
男の性欲は一度火が付くともう完全燃焼するまで止められないから厄介なんだよな。
 ゆっくり寝てくれよ、晶子。帰ってからのひと仕事は俺がやっておくから。
普段何かと俺を気遣ってくれてるんだ。たまには俺が気遣いしないと、駄目だよな。

 ・・・どうにか終わった。もはや仕入れと言うべきレベルの食材の収納は、俺とマスターと潤子さんの3人で済ませた。
あれだけの食材を普段二人で買いに行って運んで収納するんだから、肉体労働的側面はあるもんだと改めて実感する。
収納スペースは勿論ぎっしり詰まったが、出しやすいようにきちんと区分けされている。これは潤子さんの指示によるものだ。
 マスターが入れてくれたアイスコーヒーを飲み終えて、俺は身体の力を抜く。それと同時に溜息が出る。
夜からコンサート本番だが、その前に結構疲れてしまった。普段力仕事をしないからその分体力が落ちてるんだろうな。
バイトで店中動き回っているが足腰の鍛錬になるほどのものじゃないだろうし、マスターと潤子さんと違って、午後6時から午後10時までの短い時間だし。
 晶子は2階の部屋で寝ている。やっぱり相当眠かったんだろう。部屋に連れて行って布団に横になったら直ぐ寝てしまった。文字どおりバタンキューだ。
十分寝てもらって、普段の見ているだけで自分も元気になる元気いっぱいの様子を見せてくれればそれで良い。

「それにしても、やっぱり人が居ると違うな。」

 マスターがコップを置いて言う。

「普段は俺と潤子でやってるんだが、結構時間がかかるんだ。土日は向こうの開店時間に間に合うように店に行って、急いで買い込んで運んでこっちを
開ける、っていうパターンもあるんだ。」
「そうなんですか。」
「昼間も結構お客さんが来るのよ。ほら、今は中学や高校も土曜日が休みでしょ?それで塾の行き帰りに此処で一服、っていう感じみたいよ。お昼ご飯を
此処で済ませてる、っていう子も居るし。」
「へえ・・・。」
「前にこの学区の中学校のPTAが来て、煙草を売ったり吸わせたりしてないか、って聞き込みに来た。此処では見てのとおり煙草は売ってないし、仮に学生が
吸ってるのを見つけたら止めさせる、と言っておいた。それで帰っていったが、納得したかどうかは知らない。」
「・・・。」
「まあ、親や学校が行くな、って言っても来る子は来るし、料理や飲み物っていう商品と引き換えに金もらうんだから、正当な理由もないのに来る客を
追い返すわけにはいかないよ。第一、ゆとりだの何だのと言って授業時間を減らしてそこに今までのカリキュラムを詰め込んで、挙句の果てに塾に通わせてる
親や学校に、子どもの行動をあれこれ言う資格はないと思ってるけどね。」

 マスターの言うとおりだと思う。学校でも競争、帰ってからも競争、じゃ疲れて当然だ。息抜きしないと妙な形で暴発しかねない。
そもそも、子どもが夜で歩くのを云々言うなら、出歩く理由や環境を作る、すなわち塾へ行かせている側の方が問題だ。それを子どもや別の対象に
八つ当たり的に責任転嫁するほうがどうかしてる。

「祐司君と晶子ちゃんが良い子で本当に助かってるのよ。普段もきちんと働いてくれるし、今日の買い物みたいに、今日明日のクリスマスコンサート以外の
仕事もしっかりやってくれるし。本当に、祐司君と晶子ちゃんが抜けた後どうするか、悩みどころなのよね・・・。」
「募集条件は緩和しないんですか?接客や料理以外に楽器演奏が出来ること、っていう。」
「それはしない。生演奏が聞けて誰もが気軽に立ち寄れる喫茶店、っていうのがこの店の経営方針だ。それに、祐司君と井上さんの働きぶりを3年近く見ていて、
これだけの子が抜けた穴はそう簡単に埋められない、と思ってる。」
「そうですかね。飲食店で時給1000円なんてまずないですし、楽器が出来る奴はそれなりに居ますよ。」
「祐司君が来る前に何人か来たんだが、態度が良くないか演奏がからっきし駄目かのどちらかで全部落としたんだよ。接客態度は飲食店に限ったことじゃないが、
店の印象を決定付ける重要な要素だ。それがなってないことにはとても採用出来ない。この店の経営に関わる問題だからね。その点からしても、祐司君と
井上さんは本当によくやってくれていると思うよ。」
「だから、コンサート前から此処に来てもらってるのよ。祐司君は特に大学の方が忙しいから、食事や洗濯とかにかける時間や神経を減らしてもらうためにね。
祐司君と晶子ちゃんの二人とこのお店は、持ちつ持たれつなのよ。」
「それもあるし、来年は祐司君と井上さんは4年になる。井上さんの方はもうゼミに配属されているけど、祐司君も研究室に配属になって卒業研究に入る。
そうなると、こっちに来てもらえるだけの余裕があるかどうか、っていう問題があるんだよ。」

 マスターと潤子さんの言ったことは、俺にとっても晶子にとっても重要な問題だ。
4年の学費を払える分は貯まっている。だが、生活を維持するにはバイトが欠かせない。
講義で使う教科書となる専門書を買ったりすると仕送りだけでは厳しい。かと言って卒業に関わる卒業研究をおざなりには出来ない。
大学とバイトの両立は益々厳しくなると考えた方が良いだろう。
 バイトに行けなくなると金銭的問題は勿論だが、晶子と会えなくなるのが一番気がかりだ。
過去に距離が出来たことで結果的に付き合っていた相手と別れるという苦い経験をした。
気持ちの整理はとっくに出来てるが、思い返すとやっぱり苦い。あんな思いを好き好んで味わう気にはなれない。

「まあ、とりあえず今はコンサートに集中してもらって、年末年始にでも井上さんとゆっくり話し合って考えると良い。勿論此処に来てもらっても良い。
相談に乗れるものなら乗りたいし、それで問題解決の方向性に寄与出来るなら、こっちとしてもありがたい。」
「ありがとうございます。」
「私達で出来ることなら遠慮なく言ってね。祐司君と晶子ちゃんには本当に良く働いてもらってるから、最善の環境で残り少ない大学生活を送って欲しいし、
これからのことも時間が許す限り考えて欲しいから。」

 マスターと潤子さんの言葉が胸に染みる。俺と晶子のことを本当に気にかけてくれている。
この厚意を無駄にしたくないし、晶子とのこれからを見据えるためにも、思いっきり考えて思いっきり悩んで、心行くまで話し合いたい。
混沌としているからこそ真剣に向き合わなければならないし、真剣に向き合いたい。今を大学時代の思い出の一ページだけにしないためにも、絶対に・・・。

「そろそろお昼ご飯にしましょうか。祐司君。悪いけど、晶子ちゃんを起こして来てくれない?」
「あ、はい。」
「眠ったお姫様は王子様のキスで起きるっていうのが定石だからな。丁度良い。」

 何が丁度良いのか分からないが、俺は席を立って俺と晶子が貸してもらっている部屋、つまり晶子が寝ている部屋へ向かう。
階段を駆け上って廊下を歩いていくと、ドアが正面にある。一応ノックなどしてみたりする。・・・応答はない。まだ寝てるんだろうか?
俺は静かにドアを開ける。
 中を覗きこむと、盛り上がった掛け布団と、晶子の寝顔が見える。余程疲れてたんだな。
俺は中に入って晶子の枕元に屈み込む。狸寝入りをしている時の様子、閉じた瞼がぴくぴくしているということはない。ぐっすり眠ってるようだ。
ちょっと起こすのは忍びないな・・・。でも、昼食は皆で食べないと。俺は晶子の耳元に顔を近づける。

「晶子。そろそろ起きて。」
「ん・・・。」

 くぐもった声に続いて顔が少し動く。改めて顔を覗き込むと、晶子がゆっくりと目を開けている途中だった。
一度目を開けた晶子は何度か瞬きをして、まじまじと俺の顔を見る。

「祐司さん・・・。」
「昼飯だから起こしに来たんだ。よく眠れたか?」
「ええ。」

 晶子はゆっくり上体を起こして目を擦る。欠伸の代わりに深呼吸をして俺の方を向く。その顔からは眠気は感じられない。

「食材の収納は?」
「心配ない。もう終わったから。」
「そうですか・・・。私一人ですっかり寝ちゃってたんですね。」
「良いさ。マスターと潤子さんも晶子を寝させることを了承してくれたんだし。それより、さ、行こう。」
「はい。」

 先に俺が立って手を差し出す。晶子は少し驚くが直ぐに笑顔に変えて、俺の手に手を乗せて立ち上がる。その過程で心持ち少し引っ張ってやる。
立ち上がった晶子の、少し乱れた髪を手櫛で整えてやる。よく手入れされた滑らかな髪は、何度か指を通してやれば直ぐ元通りになる。

「これで良し。」
「ありがとうございます。」

 晶子は嬉しそうに微笑む。俺は笑みを返して、晶子の手を引いて部屋を出る。そのまま廊下を歩いて階段を下りて・・・。
階段の途中では歩調を落として、晶子をエスコートしてみる。エスコートというのは程遠いかもしれないが、たまにはこういうのも良いだろう。
晶子が最後の段を下りたのを確認して、そのまま台所へ向かう。
 台所では、潤子さんが焼き飯の入った大きな鍋を煽っていた。マスターは悠然と新聞を読んでいる。
潤子さんは見た目細身だけど、大きな鍋を片手で軽々と煽ったり出来るほど力があるんだよな。マスターが気配を感じたのか、俺と晶子の方を向く。

「おっ、王子様がお姫様を連れて来たか。」
「もう直ぐ出来るから待っててね。」
「「はい。」」

 俺と晶子はそれぞれの席に座る。ザッ、ザッという焼き飯が鍋の表面を擦る音が軽快に台所に響く。
夜からのコンサートに備えて、今はつかの間の休息といったところだな。
やがて潤子さんは鍋を煽る手を止め、コンロの火を止めて鍋から隣の空きスペースに置いてある皿に等分する。
晶子が席を立って潤子さんの隣に行き、皿を持って4人の席の前に並べる。潤子さんはエプロンを外して席に着く。

「「「「いただきます。」」」」

 4人揃っての昼食が始まる。微塵切りになった人参やピーマンが彩りと食感に花を沿え、適度にスパイスが効いた焼き飯は文句なしに美味い。
食材を運んで収納するという一仕事終えた後だから、食も尚のこと進む。

「晶子ちゃん、もう眠くない?」
「はい。もう大丈夫です。・・・私一人寝ちゃっててすみませんでした。」
「良いのよ。眠い時は寝ておかないと身体がもたないし、転んで怪我でもしたら、それこそ一大事だもの。」

 潤子さんの顔と口調は明るい。言うことはもっともだし、晶子を単なるバイトと軽く見てはいないことが改めてよく分かる。

「それに、晶子ちゃんが寝不足になったのは、隣の王子様が満足に寝かせてくれなかったからだものね。」
「え・・・。」

 俺の手が止まる。顔が内側から火照って来るのが分かる。潤子さん、それを持ち出さないでくださいよ・・・。
昨夜俺が目にした光景が、脳裏に次から次へと浮かんで来る。こういうのは一度噴出すともう止まらない。
晶子が悩ましく喘ぐ様子、髪を揺らしながら動く様子・・・。胸の奥がむず痒くなって来た。

「普段寝起きの良い晶子ちゃんが、あれだけ眠たそうだったんだもの。祐司君も罪作りよね。」
「・・・やっぱり、見てたんですか?」
「私とマスターが2階に上がって来た時、お姫様の声がよく聞こえて来たってことは確かよ。」

 見てたか見てなかったかの言及はしないで、昨夜の様子を外野席から聞いた様子だけはしっかり答えてくれる。
全身が熱くて身体の奥がむず痒くて、食べるどころの話じゃない。横目で晶子を見ると、スプーンを手にして頬を赤くして俯いている。
・・・そりゃそうだよな。俺は照れ隠しにコップに手を伸ばす。

「週何回なの?」

 潤子さんの放った爆弾で、俺は口に入れたばかりの水を噴出しそうになる。
そ、そんなこと聞かないでくださいよ・・・。俺はどうにか水を飲み込む。
チラッと潤子さんを見る。・・・う、潤子さん、目が輝いてる・・・。
晶子に向いていた視線が一瞬俺の方に向けられて、俺は慌てて視線を逸らす。

「・・・週何回、とかいう単位じゃないです。一月とか・・・、結構間隔が空いてます。」
「え?そうなの?随分控えめね。」
「私からOKサインを出した時でないと、祐司さんが私を求めてくることはないんです。」
「避妊すれば安心なのに。」
「それだと、祐司さんの想いを全部感じ取れませんから・・・。」

 晶子が潤子さんの設問に答える。
最初は答えなくて良い、と思ったが、マスターと潤子さんになら「実情」を話して良いか、と思えて来た。
マスターと潤子さんには、俺と晶子の関係の深さは知られてる。
前に晶子が自滅して二人分の墓穴掘ったからなんだが、そうでなくても昨夜の時点でばれてしまってるし。

「それだと祐司君、結構辛くない?」

 潤子さんの視線と設問の方向が俺に向く。ここまでばれたばらしたなら、何を隠しても無駄か。

「適当に処理してますよ。それに、忙しいのにかまけて都合良く忘れてる時も多いですし。」
「昨日は晶子ちゃんからOKサインが出たから、祐司君は待たされた分たっぷり愛を注ぎ込んであげた、ってところね?」
「そういうことに・・・なりますね。」

 やっぱりこういうことを言ったり答えたりするのは恥ずかしいな・・・。
昨日は俺自身場所を失念してたとは言え、他に話す習慣というか傾向というか、そういうものが元々俺にはないし・・・。

「祐司君、週明けの講義は?」
「あ、実験はありませんから月曜はレポートを提出しに行くだけです。28日まで補講がありますけど。」
「晶子ちゃんは?」
「私はお休みです。」
「それなら、祐司君がレポートを提出しに行く時間に遅れないように起こしてあげれば大丈夫ね。」
「だ、大丈夫って・・・。」

 場所は貸すし寝過ごしても大丈夫なようにしてあげる、っていうことだよな・・・。今日晶子と同じ部屋で寝るのがちょっと躊躇われる。
昨日良かったからって今日も良い、ってわけにはいかないだろうし、変な表現だが、味を占めて今日も、となりやすいのが男の性だ。
今日のクリスマスコンサートで発散させておいて、後は風呂入って寝るだけ、という状況にしておいた方が良さそうだな。否、そうしておくべきか。

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