雨上がりの午後

Chapter 138 ある幸福な秋の朝

written by Moonstone


 ・・・ピピッ。ピピピッ。ピピピッ。
何処からか音が聞こえてくる。・・・あ、この音は・・・。

「ん、あ・・・朝?」

 俺の直ぐ傍で霞がかかった声がしたと思ったら、それが動く。
俺は眠気が残る目を擦る。隣で晶子が音量を増した目覚し時計を手にしてまごついている。
頭に色違いの部分があるから−それがスイッチだ−それを押せば止まることは察しがついたようだが、止めても少し間を置いたらまた鳴り始めるからだろう。

「そいつの音を消すには、こうするんだ。」

 俺は晶子の手から目覚し時計を取って、まず頭のスイッチを押して音を止めてから裏側のスイッチをずらす。

「俺はしょっちゅう夜更かしするくせに朝早いから、こういう癖のあるやつじゃないと駄目なんだ。それでも眠気眼(まなこ)でスイッチ操作して止めて
二度寝するから、朝大慌てするんだけどな。」
「今日はすんなり起きられましたね。」
「早く寝たからな・・・。」

 仰向けのまま黙った目覚し時計を枕元に戻して俺が言うと、隣で、否、俺の肩口でうつ伏せになっている晶子が微笑む。

「・・・おはよう。」
「おはようございます。朝御飯作りますね。」
「ああ。」

 晶子は俺の頬に軽くキスしてから上体を起こす。それに伴って掛け布団が一部捲れる。
10月も後半になると夜はそれなりに冷える。
昨夜愛し合ってから一頻りキスした後、晶子が俺から唇と身体を離して掛け布団を被った。そして晶子が俺の肩口を枕にして間もなく眠りに落ちた。
 晶子はベッドに腰掛けて下着とパジャマを着る。ボタンを全て填め終えると、半分ほど前に流れていた髪をかきあげる。
茶色がかった髪が、一瞬ふわりと宙に舞った時に虹色の輝きを残して背中側に流れ落ちる。その穏やかな横顔も相俟って本当に女神のようだ。
俺が見詰める中、晶子はすっと立ち上がってデスクの方へ向かう。
 朝飯作るんじゃないのか、と俺が思う一方、晶子はデスクの脇にしゃがみ込んで何やらごそごそする。
俺からは背を向けている格好だから何をしているのか分からない。
すると晶子は両手で髪を束ねて、それを左手で持つと右手を前に持っていき、再び後ろに戻す。
その後の動作を見てようやく分かった。髪をポニーテールにしていたんだ。忘れてないな。
 それで終わるかと思ったら、晶子はまだ立ち上がらずに何やらごそごそする。
少しして晶子は立ち上がり、それを「装着」する。
エプロンを着けた晶子はキッチンの方へ向かう。いよいよ朝飯を作るんだろう。俺も服を着るか。

「祐司さん。」

 俺が上体を起こしたところで、不意に晶子の声がかかる。

「あ、何?」
「ご飯が良いですか?パンが良いですか?」

 ・・・あ、何だ。朝飯の大まかな傾向を聞いてきただけか。

「ん・・・。そうだな・・・。今日の実験は長引くだろうから、腹持ちの良いご飯の方が良いな。」
「それじゃ、そうしますね。ご飯炊くのに時間かかりますから、まだ寝ていても良いですよ。」
「二度寝してしまうかもしれないし、晶子が料理してる間暢気に寝てるのも何だから。」

 俺はベッドに腰掛けて、下着とパジャマを着る。
キッチンの方から何やら砂を擦り合せるような音がする。見ると、晶子がボウルに手を入れて掻き混ぜている。あ、米を砥いでるのか。
そう言えば、月曜の夜晶子の家で夕食をご馳走になる時にはご飯は炊けてるから、米を研いでるところはあまり、否、殆ど見たことないな・・・。
ああやって毎日、自分で米を研いで炊いてるんだろうか。このくらいの時間に起きる、って言ってたから、多分そうだろう。
 晶子が朝飯の準備をしている間ぼうっとしてるのも何だな・・・。
とりあえずカーテンを開ける。目に飛び込んでくる朝日が眩しい。CDでもかけるか。
コンポの電源を入れると、少ししてCDプレイヤーの表示が出る。あ、昨日寝る前CDを取り出さなかったっけ。
全曲リピートに設定してから再生ボタンを押す。「明日に掛ける橋」がうっすらと流れ始める。
まだ朝早いし−少なくとも俺には−、外も静かだし、近所迷惑になるからこれくらいが丁度良いだろう。
 ふと晶子の方を見ると、米を研いでるその横顔が心なしか楽しげだ。それを見ているだけで俺も幸せな気分を感じる。
俺はデスクに向かい、鞄の中身を確かめる。
実験のテキスト、関数電卓、先週分のレポート、今日の実験の概要を纏めたレポート、グラフ用紙、筆記用具。・・・全部揃ってる。

「今日の実験が終わる時間は予想出来ますか?」

 テーブルの前に行こうとしたところで、晶子が尋ねてきた。
見ると、晶子は炊飯ジャーの前に立ってエプロンで手を拭いている。これからご飯を炊くんだろう。

「今まで以上に予想し辛い。長引くってことはほぼ確実だけど。」
「そんなに難しい実験なんですか?」
「先にやったグループからの情報は全部、梃子摺る、っていうものだったんだ。事前提出のレポートを書いてても、実際難しそうだ、って思った。」

 今日の実験は電動機−モーターの和名だ−の特性測定。これも一度測定を始めたら終了までやり直しが出来ないというし−基本的に測定は時間的に
連続で行わないといけない−、電動機は半導体並み、或いはそれ以上に癖があって測定し辛いという。その一方、項目は多い。実験が長引くのは必然的だ。
 今までは遅くても9時頃には終わったけど、今日はもっと遅くなるかもしれない。終了した頃には終電過ぎてた、っていうグループもあったらしい。
相も変わらずろくに動けない、というか動かない連中を引き摺っている俺のグループじゃ、深夜になっても何ら不思議じゃない。

「そうですか・・・。大変ですね。」
「だから、一段落ついた時点で電話する。あまりにも長引くようだったら・・・」
「私、待ってますから。」

 先に夕飯食べててくれ、と言おうとしたところで晶子が明るい表情で、しかしはっきりした口調で言う。
言葉を失った俺は、気が付いたら目の焦点すら合わなくなっていた。俺は晶子に焦点を合わせる。

「実験が終わった時点で電話してください。温める必要があるメニューは、その電話を受けてから温めますから。その方が美味しいでしょうし。」
「いや、俺は・・・。」
「一緒に夕ご飯、食べましょうね。」
「・・・ああ。一緒に食べよう。」

 期待感と幸福感溢れる晶子の顔を目の前にして、懇願とも言うべき念押しまでされたら、こうとしか答えようがない。
晶子は心底嬉しそうな笑顔を見せた後、冷蔵庫へ向かう。その足取りも跳ねているという表現がぴったりだ。
 晶子の月曜の講義は3コマ目で終わるから少なく見積もっても3時間はある。場合によってはその倍以上も・・・。
待たせておくのは心苦しい。だが、そこまでして晶子が望むのなら、俺はそれに応えたい。

 1時間後、俺の前に立派な食事が並べられた。
ご飯、味噌汁、ハムエッグ−こういう場合、卵焼き付きハム、と言うべきか−、焼いたシシャモ、納豆、そしてお茶。納豆以外は全て湯気を立ち上らせている。

「豪勢だな・・・。」
「祐司さん、今日は体力も精神力も使う実験でしょう?そうでなくても朝御飯はしっかり食べておかないといけませんよ。一日のエネルギー源なんですから。」
「これだけ立派なものを並べられると・・・、何か・・・これから一人で朝飯腹に詰め込むのが侘しくなりそう・・・。」
「祐司さん・・・。」
「あ、悪い。こんなことこんな時に言うもんじゃないよな。いただきます。」

 俺は雰囲気を切り替えるべく−自分で持ち込んでおいて何だが−茶を一口啜ってから目の前に並ぶ朝飯を食べ始める。
まずは味噌汁。一口啜って程なく良い感じの旨味と味噌の味が口に広がる。
最初はやや違和感があった白味噌との混ぜ具合が−俺の実家は赤味噌のみだ−口いっぱいに広がる。

「うん、美味いな。」
「良かった・・・。それじゃ、私も。」

 晶子は、いただきます、と言ってから食べ始める。
背景にうっすらと「明日に掛ける橋」が流れる、ゆったりした月曜の朝のひと時。
普段時間ギリギリまで寝ていて、朝飯に着替え、荷物の確認、そして出発という慌しい普段の月曜が嘘のようだ。
これが夢なら・・・という使い古された言い回しがあるが、今はそれを使いたくてならない。

「祐司さん。」

 ゆったりした雰囲気に浸り切って朝飯を食べていた俺に、晶子の声がかかる。俺は残りの味噌汁を飲んでから顔を上げる。

「ん?何?」
「今日、発売ですよね?」
「え?」
「祐司さんが何時も買ってる、ギターの雑誌。」

 思わず聞き返した俺に晶子が答える。
そう、今日は俺が毎月買っているギターの雑誌の発売日。
普段は昼休みに生協に−生協だと割り引かれる−取りに行くんだが、今月は月曜に重なっちまった。
月曜は昼食が遅いし不定期、その上買ってしまうと読みたくなるのが人の性(さが)。

「私が代わりに引き取りに行きますよ。」
「引き取りに行く、って、俺が注文してる生協の店舗は・・・。」
「場所は分かってますよ。」
「いや、そうじゃなくて・・・。」
「一度、祐司さんが居るところに行ってみたいな、って思って。」

 晶子はしはにかんだ微笑みを浮かべる。
そう言えば、俺は一般教養で晶子の居る文学部をはじめとする文系学部のあるエリアに行ったことがあるが、晶子は俺の居るところ、すなわち理系学部の
あるエリアに来たことがないな。縁もないから当たり前、と言ってしまえばそれまでだが。

「・・・俺は昼休みも実験の真っ只中かもしれないから、待ち合わせは出来ないけど。」
「実験の真っ最中なのに出て来てくれ、なんて言いませんよ。昼休みにそっちの店舗に出向いて、雑誌を引き取ったら戻ります。」
「それじゃ・・・、頼めるか?」
「はい。」

 俺は立ち上がってデスクに向かい、置いてある財布から生協の組合員証を取り出してテーブルに戻り、それをテーブルに乗せてずらす感じで晶子に差し出す。
これを提示しないと割引制度が適用されないのは勿論、代理の引き取りが出来ないからだ。

「一つお願いして良いですか?」
「何を?」
「雑誌、先に私が読んでも良いですか?」

 あまりにも呆気ない依頼で言葉を失った俺の前で、晶子は遠慮気味に言う。

「普段は祐司さんが読んだものを興味本位で見せてもらってるだけですけど、今日は一度私から読んでみたいな、って思って・・・。」
「・・・それで良いのか?」
「え?」
「いや、雑誌取りに来てもらうだけでも十分なのに、その程度で良いのか、って思ってさ・・・。」
「本来なら祐司さんが買って読む雑誌を先に読めるのも、祐司さんのパートナーである私の特権でしょう?それを使わない手はないな、って・・・。」
「勿論良いよ。」

 俺の承諾に、晶子はこれまた心底嬉しそうに微笑む。
言葉は悪いが、その程度で喜んでもらえるのなら、それで良い。

「あと、俺が帰るまでこの部屋にあるものは好きに使って良いから。」
「良いんですか?」
「勿論。CDかけるなり雑誌読むなり。それも晶子の特権だからな。」
「それじゃ、お言葉に甘えて。」

 晶子はやはり嬉しそうに微笑む。
俺と一緒に居られること、俺と時間を共有出来ることそのものに喜びや幸せを見出す女・・・。本当に俺は、何て素敵な女神と出逢えたんだろう。
その女神が抱えている想いと自分を追い込んだ状況。それを共有して幸せへの階段を一緒に上るのが、俺の特権であり、責任でもある。
・・・しっかりしないとな。

 長閑(のどか)な朝飯を済ませた後、俺と晶子は交代でシャワーを浴びてから−昨夜ひと汗かいたからだ−一緒に着替えた。
本当は俺が風呂場で着替えるつもりだったんだが、「見せ合っても問題ないでしょ?」という晶子の言葉で方針を切り替えた。
勿論カーテンは閉めた。俺だけならまだしも、晶子の着替えを見せるわけにはいかない。これも立派な独占欲なのか?やっぱり。
 俺は薄いブルーのシャツに紺のズボンとブレザー、晶子は白のブラウスにブルーのベストとフレアスカートという服装だ。
晶子の耳たぶには俺がプレゼントした、小さなエメラルドがついたイアリングがぶら下がっている。ちなみにポニーテールは解いてストレートになっている。
 それぞれ鞄や財布なんかを持ち−俺の生協の組合員証は晶子の財布の中だ−、二人揃って出たところでドアを閉めて鍵をかける。
・・・あ、念のため確認しておくか。大丈夫だとは思うけど。

「晶子。鍵は持ってるよな?」
「はい。」
「俺じゃあるまいし、確認する必要なんてないか。」
「私だって人間ですから、忘れてしまうこともありますよ。」

 晶子は穏やかな笑みを浮かべる。俺は表情が自然と緩むのを感じつつ、ドアの傍に立てかけてある自転車に近付く。
鍵を外そうとしたところでふと時計を見る。8時半過ぎ、か。
普段なら自転車でぶっ飛ばしていかなきゃならないところだが、今日は十分余裕がある。空は秋晴れという言葉が相応しい色合いを見せている。

「今日は歩いて行こうか?」
「え?良いんですか?」
「時間は十分余裕あるし、晴れの時にのんびり歩いて駅まで、っていうのも良いかな、って思ってさ・・・。どうだ?」
「喜んで。」

 晶子はやっぱり嬉しそうに俺の傍に並ぶ。
二人で歩くちょっと遅い、のんびりした朝の風景は、何処となく平穏に感じる。見慣れた風景な筈なのに、気分次第でこうも違うものなんだろうか?
そう言えば・・・宮城にいきなり最後通牒を突きつけられたあの日の夜以降暫く見るものが、特に女がどす黒くて醜悪なものに見えたっけ・・・。
目に映るものとそれを頭で感じるまでの間に、感情という名の特別なフィルターがあるからだろう。
 それにしても、こういう通学って良いな・・・。
火曜の朝以外は慌てて駅に駆け込むという毎日だし、土日は殆ど昼まで寝てるし・・・。時間的なゆとりは精神的なゆとりも生み出すようだ。
何かにつけてスピードを要求される風潮だが、こういうゆとりがないといけないと思う。

「祐司さんの居る工学部って、どんな感じなんですか?」
「どんな感じって言うと?」
「学部の雰囲気とか。」
「そうだなぁ・・・。熱心な奴は熱心だし、だらけてる奴はだらけてる。両極端だな。それに俺の学科は男が圧倒的多数のせいか、女関係の話がよく出て来る。」
「祐司さんは、私のことを話したことはありますか?」
「自分から話したことはない。聞かれて答えたことはあるけど。」
「どうしてですか?」
「聞かれたくないことまで根掘り葉掘り聞かれるのが嫌だから。」
「聞かれたくないことって言うと?」
「どこまで進んだのかとか、彼女のスリーサイズはとか、そんな話題。俺と晶子がこの春に撮った写真を智一に見せた時、智一が大騒ぎしたもんだから
学科の奴等が押し寄せて来て、写真の披露会みたいになったんだ。その時、凄い美人と付き合ってるんだな、って異口同音に言われたんだけど、
そこからさっき言った、どこまで進んだのかとか、彼女のスリーサイズはとかいう方向に突っ走り始めたんだ。勿論話さなかったけど。俺がこんな相手と
付き合ってる、ってことくらいは話しても良いけど、それ以上のことまで話す必要なんてないさ。」
「高校時代のお友達には話したんですか?」
「出逢ったきっかけとかアプローチはどっちから始めたとか、どうやって結婚指輪填めさせたのかとかは聞かれて話したけど、それ以上のことは話してない。
幾ら何でも俺と晶子が寝たとか、晶子のスリーサイズとか、そんなことまで教える必要はないだろ?」
「それはそうですね。私の時はせいぜい祐司さんの外見だけ評価されておしまい、だったんですけど、男の人だと相手との交際状況や相手の容姿の詳細にまで
話が及ぶんですね。」
「えてしてそういうもんだよ。それに、仮に自慢のつもりでそんなこと話したとすると、今日みたいに晶子と一緒に大学へ行ったり、晶子が工学部とかに近い
生協の店舗に姿を現した時、俺は兎も角、晶子が大変な目に遭うぞ。お前が電子工学科の安藤祐司と寝た女か、とか詰め寄られたり。そんなの嫌だろ?」
「ええ・・・。」
「だから、さ。」

 俺は何を言われても構わない。だが、俺のせいで晶子が余計な被害を受けることは絶対にしちゃならない。
これは、思いやりとかどうとか言う以前のレベルだろう。少なくとも俺はそう思う。

「私のこと、心配してくれてるんですね。」

 嬉しそうに微笑んでいる晶子を見ていると、俺まで嬉しくなってくる。

「そりゃ心配するし、大切にするさ。俺のパートナーなんだから。」
「パートナーって単語の中には、妻っていう単語も含まれてますか?」

 突拍子もない晶子の問いかけで、俺は思わずむせてしまう。
バンドのメンバーと宮城に続いて、本人である晶子の口からも一歩進んだ、否、俺と晶子の左手薬指に填まっている指輪の意味を確固たるものにする
単語が出るとは・・・。

「大丈夫ですか?」
「あ、ああ・・・。それよりどうして妻にまで飛躍するんだ?」
「だって、この指に・・・。」

 晶子は鞄を右手で持ち−普段は左手で持っている−空いた左手を見せる。
その薬指には、俺の左手薬指に填まっているものと同じ指輪が白銀色の輝きを放っている。

「こうして指輪を填めている以上、そこまで考えが及んでも何ら不思議じゃないでしょう?」
「先に聞くけど・・・、晶子はゼミや学部で結婚してる、って言ってるのか?」
「前の騒動で田畑先生が停職プラス減給になって以降、少なくともゼミや学部ではそう思われているみたいです。たまに生協で学食を食べてたり店舗で
本を見ていたり、講義室の移動の時なんかに声をかけられるんですけど、その時はこの指輪を見せて、私はこれが示すとおりです、って言ってますよ。」
「・・・つまりは、公言してる、ってことか・・・。」

 指輪を填めている場所が場所だけに格好の虫除けにはなるだろうが、まだ結婚はおろかプロポーズもしていない段階で既成事実を作られるのはな・・・。
まあ、晶子の強い要求を受けてペアリングを左手薬指に填めさせて填めたんだし、今の関係を大学時代の思い出にするつもりはさらさらない以上は、
晶子がそうしても不思議じゃないか。

「昼休みにそっちの生協の店舗に行くつもりですけど、私の顔は祐司さんの居る学科の人に知られてるんですよね?」
「ああ。写真を見せたからな。今も憶えてるかどうかは知らないけど。」
「時間が時間ですからもしかすると、祐司さんと同じ学科の人と出くわして尋ねられるかもしれませんけど、その時は指輪を見せて答えても良いですよね?」

 外堀は完全に埋め尽くされたな。ここまで来たなら覚悟を決めなきゃなるまい。少なくとも嫌じゃないし。

「良いよ。」
「祐司さんも聞かれたら答えてくださいね。」
「分かった。写真と指輪を見せれば一発だと思うけど。」
「まずは言葉で説明してくださいね。」
「そうする。」

 晶子の気持ちは分かるつもりだ。「夫」であるところの俺からも自分達の関係を公言して欲しい、ということくらい。
外堀はおろか、内堀も埋め尽くされていくのが分かる。でも、俺にはそれくらいの崖っぷちの状況が必要だろう。
晶子が自分をそれ以上の状況に追い込んでまで、俺との結婚と一緒に暮らすことを思い描いているようになるためには・・・。

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