雨上がりの午後

Chapter 127 食を共にし、願いを札に

written by Moonstone


「お弁当食べましょうか。」

 何時もの表情に戻った晶子が話を持ちかけてくる。そう言えば腹減ったな・・・。
此処に来るまで緊張の連続だったし、朝起きたのがやたら早かった−9月からはその「やたら早い時間」より早く起きなきゃいけないんだが−から、
その分腹減っても無理ないか。

「そうだな。ちょっと早いかもしれないけど。」
「お休みの日くらいは、時間に縛られずに過ごしましょうよ。」
「・・・ああ。」

 晶子の言うとおりだ。
講義が始まったら月曜は実験が待っているし、半月過ぎたら試験が控えているから、バイトが休みだからといって思うように羽を伸ばせないのは目に見える。
だからバイトからも大学からも解放されている今日は、二人の時間を思う存分満喫すべきだ。今度の冬以降はどうなるか、まったく分からないしな。
 俺はギターのストラップから身体を抜いてギターをソフトケースに収める。ファスナーを締めてギターの収納は完了。
晶子の方を向くと、バスケットと同じような形状の弁当箱と底の深い弁当箱を一つずつ、二人分のウェットティッシュを出している。
俺は晶子と距離を開ける。晶子の膝の上で弁当を広げるのは無理があるし、何より晶子の負担になる。

「終わったんですか?」
「ああ。これくらい離れれば弁当広げられるか?」
「ええ。十分ですよ。」

 晶子は笑顔で俺と晶子の間に弁当箱を置いて、蓋を開ける。
バスケットと似た形状の方にはラップに包まれた、綺麗に形の整ったおにぎりが詰まっていて、もう一方の弁当箱には俺の好物の唐揚げをはじめ、
きんぴらごぼうや肉じゃがといった煮物、焼き魚など、彩り豊かで見るからに美味そうな料理が詰まっている。

「美味そうだな。」
「そうですか?でも、味の方もしっかりさせたつもりですよ。」

 晶子はビニール袋に入ったウェットティッシュを差し出す。俺はそれを受け取る。

・・・そう言えば・・・。

俺は袋を破る前に周囲を見回して「あれ」を探す。「あれ」は駐車場の隣に3台ばかり林立している。

「飲み物、買って来る。」

 俺がそう言って立ち上がると、晶子は目を見開いて口を手で塞ぐ。

「す、すみません。飲み物忘れてました・・・。」
「弁当作って持って来てくれただけでも十分だよ。何が好い?」
「え、あ・・・、お茶で好いです・・・。」
「分かった。それじゃちょっと待っててくれ。」
「すみません。本当に・・・。」
「気にしない、気にしない。直ぐ戻るから。」

 すっかり恐縮している晶子に声をかけてから、俺は「あれ」、即ち自動販売機のあるところへ向かって走り出す。
走らなくても良い距離ではあるが、早く弁当を食べたいし、晶子を一人にしておくのは何となく不安だ。
決して晶子が他の男に色目を使うとは思ってないが、直ぐ戻る、と言った手前もあるし。
 自動販売機はオールシーズン対応を考えてか、温かいものと冷たいものがほぼ均等に揃っている。
今日は陽射しこそ厳しいがそんなに暑くないから温かいものでも良いかもしれないが、弁当を食べることと季節を考えると、冷たい方が妥当かな。
俺はズボンのポケットから財布を取り出して自動販売機に小銭を入れ、小型のペットボトルの緑茶の冷たい方を二本買う。
釣り銭を取って財布の小銭入れに放り込んで財布をポケットに入れて、取り出し口に出ていた二本のペットボトルを手にして晶子のところに戻る。

「お待たせ。冷たい方で良かったか?」
「ええ。それは全然構いません。それより・・・本当にすみません。うっかりしてたとは言え・・・。」
「お詫びは弁当を食べさせてもらうことで換えさせて貰うよ。それで良いだろ?」
「・・・はい。」

 晶子にようやく笑みが戻る。
俺は晶子にペットボトルを一本渡してから、もう一本のキャップを捻る。
そして置いておいたウェットティッシュの袋を破って取り出したウェットティッシュで手を拭き、晶子から差し出された箸を受け取る。
まずは・・・やっぱりおにぎりから手をつけるか。

「それじゃ、いただきます。」
「はい、どうぞ。」

 俺はおにぎりを一つ取ってラップを剥がす。海苔が巻かれたそれに齧り付き、何度か咀嚼する。
控えめな塩加減のご飯を背景にしたオカカの味が絶妙だ。
十分噛んで味わってから飲み込み、晶子に向き直る。その表情はやや不安げだ。
見た目だけじゃなくて味もしっかりさせたつもりだ、と言っていたが、いざとなると不安なんだろうか?

「美味いな、これ。」
「そうですか?良かった・・・。」

 晶子は表情を明るくしておにぎりの一つを取り、ラップを剥いて食べ始める。
俺はおにぎりを一つ食べ終えると、好物の唐揚げを一つ箸で摘んで口に放り込む。
たっぷりの肉汁と醤油味がこれまた絶妙なハーモニーを奏でる。自然と目が細くなる。

「うん、唐揚げも美味い。」
「祐司さん、鳥の唐揚げが好きですからね。もっと美味しくしようと思って、昨日から鶏肉を漬け込んでおいたんですよ。」
「へえ・・・。頑張ったんだな。でも、昨日から準備するなんて大変じゃなかったか?」
「いいえ。今日のデートが凄く楽しみでしたから、絶対美味しいお弁当を作ろう、って意気込んでたんですよ。」
「その努力と苦労は十分反映されてると思う。」
「そう言ってもらえると尚嬉しいです。」

 晶子は笑顔を浮かべる。やっぱりこういう場面には笑顔が一番よく似合うよな。
俺は唐揚げを飲み込むと、焼き魚の他に肉じゃがやきんぴらごぼうといった煮物関係にも手を出す。
晶子はもう十分俺の味の嗜好を知っているし、店では潤子さんと一緒にキッチンで料理を手がけている程の腕前だから、安心して食べられる。
どの料理も濃厚だがしつこくない味付けが施されていて、食が一層進む。

「祐司さんって、私が作る料理を凄く美味しそうに食べてくれますよね。」
「実際美味いものを食べてるから、そう見えるんだよ。」
「作った側としては、黙々と食べられるよりはやっぱり美味しそうに食べてもらえる方が嬉しいに決まってるんですけどね。」
「美味いものを食べれば自然と食が進むし、表情も明るくなるさ。それに晶子と一緒に食べてる、ってのも大きな要因だな。」
「・・・私もです。」

 譬え今食べているものとまったく同じものだとしても、一人だったら、ああ、結構美味いな、と思う程度で済んでしまうだろう。
晶子が手間隙かけて作った料理を晶子と一緒に食べているからこそ、これだけ美味いと感じるんだと思う。
晶子は俺にとって最高のシェフであると同時に最高の・・・何て言ったら良いんだろう・・・パートナー・・・、かな。良い言葉が思いつかないのが悔しい。
 二人でこうして外で弁当を食べるのは春のピクニック以来だ。
晶子の料理の腕により磨きがかかっているのもあるんだろうが、月曜の夜に晶子の家で夕食をご馳走になる時より、こうして外で食べる方が心なしか
より美味く感じる。
今日が厳しいと言われる今年の残暑真っ最中にしては、湿気が少なくて爽やかなせいもあるとは思う。
でも、まだ長袖が手放せなかった時期に外で食べた弁当も、こうして今食べている弁当も、やっぱり晶子の家で食べる時とは違った美味さがあるように思う。
これもやっぱり・・・晶子と一緒だからだろうか。多分、否、きっとそうだろう。

「「ご馳走様(でした)。」」

 弁当箱がすっからかんになったところで、俺と晶子は同時に唱和して箸を置く
。料理は味もさることながら、量も多過ぎず少な過ぎずというもので−晶子が遠慮していたのかもしれないが−、思わず満足の溜息が出る。

「美味かったよ。」
「ありがとうございます。」

 晶子は嬉しそうに目を細める。俺と晶子はウェットティッシュで口を拭き、晶子がゴミをおにぎりが入っていた弁当箱に纏めて片付ける。
出先でのゴミは持ち帰るのが基本だ。俺が言うまでもなく、晶子はそれが分かっている。こういうところも晶子と一緒に居て安心出来る点の一つだ。
 晶子が弁当箱をバスケットに納めた。さて・・・、これからどうしようか。
生憎この辺の地理には疎いから−家の近くでもコンビニと本屋と駅くらいしか知らないが−、次はあそこへ行こうか、なんてことは言えない。
晶子はどうなんだろう?

「これからどうする?」
「このまま此処に居るのは駄目ですか?」

 我ながら頼りないと思う問いを投げかけると、晶子から意外な答えが返って来た。
俺は一瞬どう答えれば良いかと迷ったが、晶子が此処に居たい、と言うならそれに反対する理由はない。
それに俺も此処に居たい、と思うし。

「俺は良いよ。」
「それじゃ・・・。」

 晶子は腰を浮かすと、俺との距離を詰める。そして俺の肩に凭れかかってくる。
一瞬どぎまぎしたが−何なんだろうな、俺は−、心地良さそうな晶子の顔を見ていると、俺の表情が緩む。
このままこうやって晶子と二人でゆっくり流れていく晩夏の時間を過ごすのは、ある意味至高の過ごし方と言えるだろう。
 講義が始まったら直ぐ試験が待っている。その後に何が控えているか分からない。
就職に関する説明会みたいなものがある、という話をチラッと耳にしたことがある。
俺ももう3年生。自分の将来というものを真剣に見据えなければならない時期が現実味を帯びてきたことには間違いない。
今度は何時こんな機会が持てるか分からないなら、今という時を大切に、大切な人と過ごしたい。
 俺は晶子の肩を抱く。晶子は何ら抵抗しない。
晶子の家で晶子の肩を抱くことは別に珍しいことじゃないが、悲しい男の性(さが)故に、家という密閉空間だとどうしても身体の芯がむずむずしてくる。
今は幸福感が胸を満たしている。このまま時間が止まれば、というフレーズがあるが、今俺はまさにそんな時間を過ごしている。
 俺は晶子の肩を抱き、左肩に微かな重みを感じつつ、目の前の景色を眺める。
カップルが入れ替わり立ち代わりしていくのが分かる。それに伴って陽射しが徐々に優しくなっていく。
もう秋はそこまで来ている、と実感出来る。湿気の少ない風が時折吹き抜けていく中、俺と晶子は二人の時間を過ごす。
 どれくらい時間が過ぎただろう。空に紅が差し始める。
蒼の中にポツリポツリと白が浮かんでいた世界が紅に染まっていく。
夕焼けを見るのは別に今日が初めてのことじゃない。だが、今日の夕焼けは、綺麗だな、とのんびり眺めていたい気分にさせる。
晶子とは何も話していない。でも、晶子は心地良さそうだし、俺もこうしているのが心地良い。

「祐司さん。」

 ぼうっと前の景色を眺めていた俺の耳に、晶子の声が流れ込んでくる。
左肩に感じる微かな重みはそのままだ。見ると、晶子は俺の肩に凭れたまま上目遣いに俺を見ている。

「何だ?」
「此処が何て呼ばれてるか、知ってます?」

 此処って名前というか通称というか、そんなものがあったのか?
俺は此処に初めて来たし、来るにしても晶子の道案内に従ってのものだったから、そんなもの知る筈もない。

「否、知らない。」
「此処は『別れずの展望台』って呼ばれてるんですよ。」
「別れずの展望台・・・?」

 俺はおうむ返しにその名を口にする。
別れずの展望台、か。どうりでカップルがやたらと多い筈だ。景色の良さもあるんだろうけど。

「てことは、何かジンクスがあるわけか?」
「ええ。此処から二人の名まえを書いた札を投げ込むと、一生結ばれるんですって。」
「よく知ってるな。」
「・・・今此処でこんなこと言うべきじゃないとは思いますけど・・・。」

 晶子の表情が少し曇る。どうしたんだろう?

「憶えてます?祐司さんと私が付き合う前、私が伊東さんにデートに誘われてそれをOKしたことで喧嘩・・・というより、私の一方的な気持ちの押し付けで
祐司さんが怒った時のこと。」

 晶子の言葉を引き金にして、あの時の記憶が鮮明に蘇ってくる。
俺に、好きだ、と言っておきながら智一のデートの誘いをOKしたことに腹を立てて口論、否、俺が一方的に怒鳴りつけるだけのやり取りの後、
晶子が一人走って闇の中に消えていったあの夜・・・。
どうしようもなく悔しかった。そして腹立たしかった。
まだ癒えていない過去の傷の深さに怯えるあまり、自分の気持ちに真正面から向き合おうとしなかった自分が・・・。

「・・・ああ、憶えてる。」
「そのデートで伊東さんに連れて来てもらった場所の一つが・・・此処なんです。此処の通称もジンクスも、その時伊東さんが言っていたことの受け売りなんですよ。」
「そうか・・・。」

 俺は改めて前を見る。
手を繋いだり男が女の肩を抱いたりして身を寄せ合っているカップルも居る中、何かを海の方に投げている男とそれを見守る女というカップルも居る。
ジンクスにあやかろうとしているんだな。
 それはそれとして、やっぱりどうしても気になることがある。
多分、否、きっとないとは思うし、そう思いたいが、どうしても引っ掛かることがある。
聞くべきじゃないとは思うが、心の片隅にこのどうにももどかしい引っ掛かりを残したままジンクスにあやかりたくないから、聞いておこうか。

「で・・・、晶子は智一とそのジンクスにあやかって札を投げた・・・わけないか。悪い。どうしても気になってな・・・。」
「あの時自棄になった勢いで伊東さんとジンクスにあやかろうとした、って祐司さんが思うのは無理もないことですよ。」
「・・・。」
「変な言い方ですけど・・・大丈夫ですよ。此処に連れて来てもらって、景色を見ているうちに決めたんです。今度来る時があったら祐司さんと来るんだ、
そしてその時祐司さんとジンクスにあやかろう、って。それより前に・・・、私がどれだけ自分を偽っているかを十分思い知らされましたけどね。」

 やっぱり智一とジンクスにあやかろうとはしなかったんだな。
俺みたいに宮城にふられたショックで自棄酒飲んで不貞寝した挙句にバイトを無断欠勤する−もっともそんなことがあったからこそ、あの日あの夜晶子と
出会えたんだが−なんて衝動的なことこの上ないことを晶子がする筈はないよな。
分かってたつもりだが・・・心の片隅にこびり付いていた小さな、それでいてしつこい欠片が完全に消えてすっきりした。

「今日・・・私の名前の隣に・・・祐司さんの名前を・・・。」

 そこまで晶子が言ったところで、俺は晶子の口を手で塞ぐ。
こういう時の言葉は男の俺が言うべきだろう。
事実上プロポーズとも言えるこの言葉は、離れろと言っても離さない、と言ってくれた、そして俺と一緒に未来を歩くことを約束してくれた晶子に対する
俺の返事でもあるんだから。

「俺と晶子の名前を札に書いて・・・出来るだけ遠くに投げよう。ずっと・・・何処までも・・・一緒に居られるように、っていう願いを込めて・・・。」

 俺の手で口を塞がれたままの晶子は、目を細めて一度だけ、でもはっきりと首を縦に振る。
俺は晶子の口を塞いでいた手を離し、その肩を抱いたままゆっくり腰を上げ始める。晶子は俺の動きに合わせて立ち上がってくる。
 完全に立ち上がったところで、晶子は俺の肩から頭を退ける。
俺と晶子はあまり身長の差がないから、凭れたままだと首が痛くなるだろうからその方が俺としても良い。
俺は周囲を見回す。すると東の方にカップルが群がっているところが目に入ってくる。多分あそこだな、札を売っているところは。
 俺は傍らに立てかけておいたギターを右肩に担いで、人だかりの方へ歩き始める。
晶子の肩を抱いたままだが、晶子は少しも抵抗する様子を見せない。
そりゃ抵抗されたらジンクスにあやかるどころの話じゃないんだが、こうして晶子の肩を抱いて歩いたことなんて殆どないから−バイトから帰る時に
手を繋いではいるが−、ちょっと緊張感を感じる。
 「その場所」に近付くにしたがって、推測は確信に変わる。
社務所を小さくしたような建物の壁には「恋愛成就の札 販売所」という看板がかかっている。
そこでカップルが二人揃って何かしてから、嬉しそうな顔で立ち去っていき、それで出来た空間に別のカップルが入っていく光景が繰り返されている。
札を買って二人の名前を書き込んでいるんだろう。
 俺は空間が出来るのを少し待って、あるカップルが立ち去って出来た空間に晶子と一緒に入る。
そこでは巫女の衣装を着た−本当に社務所だな−二人の髪の長い若い女性が居て、一人は札を別のカップルに手渡していて、もう一人は所謂営業スマイルで
こっちを見ている。

「札、一枚下さい。」
「はい。500円になります。」

 おい、結構ぼったくるじゃないか。どうせジンクスに便乗した商売だろうに。
まあ良い。一生結ばれるっていうジンクスにあやかれるなら、500円くらい安いもんだ。
 俺が晶子の肩から手を離して財布をズボンのポケットから−財布は左のポケットに入れている−取り出そうとすると、晶子が素早く500円硬貨を差し出す。
女性はそれを受け取ると、どうぞ、と言って縦20cm、幅10cmくらいの白い札を一枚差し出す。

「お昼にお茶をご馳走になったお礼を兼ねて。」
「律儀だな。あの程度のこと、気にしなくて良いのに。」
「それより名前、書きましょうよ。」
「そうだな。」

 晶子が先に紐が結わえられたボールペン−何処の世界にもこういうものを持ち去っていく奴が居るからな−と札を俺に差し出す。
まずは俺から書いてくれ、ということか。
俺は晶子からボールペンと札を受け取って、札の表面の右側に自分の名前を書き込んでから晶子に手渡す。
晶子はいかにも待ち遠しいという表情でそれらを受け取ると、さらさらと札に名前を書き込む。
 商売の邪魔にならないように、俺は晶子の手を引いてその場を後にする。札は晶子が持っている。さて・・・何処から投げるか・・・。
手すり付近はカップルでいっぱいだ。
ふと空を見れば夕焼け真っ盛り。燃えるような紅に染まる空と雲は雄大で、同時に神秘的でもある。ジンクスを演出するには最高の舞台と言えるな。

「あ、あそこが空いてますよ。」

 そう言うが早いか、晶子が走り始める。俺は一瞬前につんのめりそうになったが、どうにかすっ転ばずに晶子の隣に並ぶ。
そして偶々空いていた小さな空間に飛び込む。割り込む、と言った方が良いかもしれないが。
 自然が醸し出す紅を主体にした眺めは荘厳の一言だ。
鮮やかな紅に染まった空と海が、定規で引っ張ったかのような綺麗な横の紅い直線を描いている。
朱肉のそれでも血のそれでもない紅さは、一大交響曲のクライマックスを髣髴とさせる。
昼の終焉と夜の到来を告げる自然のオーケストラは、音がなくても見る者の心を鷲掴みにするには十分なものだ。

「祐司さん。これ、投げてください。」

 目の前に広がる風景に見入っていた俺に晶子が札を差し出す。
そうそう、肝心なことをおざなりにしちゃいけない。此処から二人の名前を書いた札を投げたら、二人は一生結ばれる。
そんなジンクスにあやかるべく、俺は右肩に担いでいたギターを降ろして右手に札を持ち、大きく振りかぶって渾身の力を込めて札を投げる。
札は回転しながら見る見るうちに小さくなっていく。

「祐司さんとずっと一緒に居られますようにー!」

 晶子がもう札が見えなくなった水平線に向かって叫ぶ。

「晶子とずっと一緒に居られますようにー!」

 俺もありったけの想いを込めて叫ぶ。何処へ飛んで行ったか分からない札に、何処までもずっと一緒に居られるように、という想いを込めて・・・。
きっとジンクスは働くだろう。否、働かせるんだ。晶子と手を携えて。
ジンクスにあやかっておいてこんなことを思うのも何だが、願っているだけじゃ、思っているだけじゃ叶うものも叶わない。
未来は自分達の手で作るものなんだから。

「ずっと・・・一緒に居ましょうね。」

 清涼感のある晶子の声が耳に届く。
晶子も俺と同じことを思っていたんだろうか。何にせよ、答えに迷う必要は欠片もない。

「ああ。ずっと・・・一緒に居よう。」

 俺は改めて晶子の肩に手をかける。すると晶子は俺の肩に凭れかかってくる。心地良い重みが左肩を通して伝わってくる。
紅が徐々に西に消え、東から深い藍色が染み出してくる幻想的でさえもある光景を見詰めながら、俺は晶子の肩をしっかり抱く。
離せと言っても離さない、と晶子は俺に言った。
俺も離さない。離すもんか。

絶対に・・・。


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