雨上がりの午後

Chapter 96 究極の選択、二回目の夜

written by Moonstone


 翌週頭の月曜日。俺は実験が長引いたお陰で帰りが遅くなった。
晶子には夕食を済ませておいてくれ、と連絡しておいたが、晶子の手料理を食べたかったのは言うまでもない。
生協で昼食も夕食も食べるのは、正直言ってレパートリーが限られてくるから飽きてしまう。
 教官に提出した実験結果とそれに対する考察の口頭発表にようやくOKが出たことで実験から解放され、俺は疲れ切った身体を引き摺るように
街灯が点々と灯る通りを歩く。
隣には・・・今日の帰りが遅くなった元凶が居る。

「いやあ、祐司。今日は悪かった。マジで悪かった。反省してる。」
「もう聞き飽きた。」
「いや、マジで悪かったと思ってる。勘弁してくれ。」
「まあ、装置を止めてしまって、最初から測定やり直し、って羽目になったのは俺を手助けしようとしてのことだってことくらいは分かるから、
もう謝らなくて良い。大体、智一の『悪かった』っていう言葉は著しく信頼性に欠ける。」
「ううっ、キツイことを・・・。」

 そう、今日の帰りが遅くなったのは、ただでさえ時間がかかることが分かっている−先に経験したグループから話を聞いていた−半導体の電流、電圧の
温度特性を測定する装置−恒温槽という−を、智一が測定終わり近くになったところで止めてしまったせいだ。
まあ、温度表示を見ながら電流、電圧の値を一人ノートに書きとめていた俺を見かねてか、智一が横から手を出してうっかり装置の電源スイッチを
切ってしまったんだから、不可抗力と言えばそれまでだが。
 正直言って、俺が入っている実験グループの人間は、智一を含めて三人共使い物にならない。
特に智一以外の二人は指示待ちで動くどころか、手が空いている他のグループの奴らと暢気に談笑していたりする。
これでよくこの大学に合格できたもんだ。まあ、実験が出来るかどうかは入試には関係ないんだが・・・なんかやりきれないものを感じる。
 智一は完全に俺の指示待ちだ。まだ動くだけ他の二人と比べればましだが、実験の邪魔になったりすることはしょっちゅうだ。
お陰で帰りが遅くなってしまう。今日はとうとう晶子と夕食を食べる時間をなくしてしまった。それが疲れた身体と心に余計に重みを加える。

「その分、講義のノートは心配するな。きっちり取ってるからさ。」
「見せない、って言ったらぶっ飛ばすところだからな。」
「や、やっぱり怒ってるか?」
「もう怒りを通り越して呆れてる段階だよ。せめて口頭発表くらい答えてくれ。」
「だってさ、俺には全然分からないからさ・・・。」
「俺だって無い知恵絞って答えてるんだ。ようはやる気があるかないかだろうが。」
「た、確かにそうだけど・・・。」
「お前に愚痴ったってしょうがないから良いや。今日も何とか終わったし。レポートは自分でやれよ。分かってるだろうな?」
「も、勿論。」

 智一の、勿論、って言葉もあてにならない。提出間際になって此処を教えてくれ、と泣きついてくるのも珍しくない。
俺が昼休みや空き時間に図書館で調べたりして懸命に仕上げたレポートのクローンがいとも簡単に出来てしまうのを目の当たりにし続けてると、
いい加減怒るのも馬鹿らしくなってくる。こういうのを「言うだけ無駄」と言うんだろう。
 俺は正門前で智一と別れて、一人歩いて駅へ向かう。
ホームは流石に閑散としている。最終電車じゃないが、遅い時間帯であることには違いない。
晶子はもう寝てるんじゃないかな・・・。否、流石にまだ早いか。小学生じゃあるまいし。
俺は溜息を吐いて、ホームに入ってきた中身ガラガラの電車に乗り込む。
 約10分、暖房が効いた電車に揺られて、俺は電車を降りる。
一転して冷たい空気が俺に飛び掛ってくる。俺は自転車置き場へ向かい、取り出し易くなった場所から−時間が遅いとこういう時は楽で良い−
自転車を取り出して外へ出て、電話ボックスへ向かう。
そして財布から10円玉を取り出して放り込み、受話器を手に取り、晶子の家の電話番号をダイアルする。
 だが、10回コール音がなっても晶子は出ない。
寝てるのか?否、これだけ何回も鳴れば大抵の人間は起きるだろう。それとも何処かへ出かけてるのか?
・・・もしかしたら、と思って、俺は一旦受話器を下ろして、今度は自分の家の電話番号をダイアルする。
3回目のコール音が鳴り終わったところで、ガチャッと受話器が外れる音がする。

「はい、安藤です。」
「俺、祐司だよ。」
「祐司さん・・・。よく私が此処に居るって分かりましたね。」
「もしかしたら、と思ってかけてみたら正解だったんだよ・・・。家に電話したけど出なかったから何かあったのかと思ったぞ。」
「心配かけて御免なさい。でも、今日は此処に来たくて・・・。」
「何か・・・あったのか?」
「・・・それについては、祐司さんの家でお話します。」
「・・・分かった。それじゃ、今からそっちへ行くから。」
「はい。待ってますね。」

 俺は増幅されてくる不安を感じながら受話器を置く。
まさか田畑に無理矢理交際を迫られたのか?考えれば考えるほど嫌な方向へ考えが増幅されていく。
俺は自転車に跨ると、懸命にペダルを漕いで自分の家、晶子が待つ場所へ向かう。
何があったのか聞かなきゃならない。場合によっては晶子を守らなきゃならない。頼むから無事で居てくれ・・・。今日は家までがやけに遠く感じる。

 自転車を降り、息を切らしながらドアの傍まで押していくと、明かりの灯った屋内から物音が速いテンポで近づいてくる。
俺が帰って来たことを察して鍵を開けに来たんだろう。でも俺じゃなかったらどうするつもりだ?
まあ、こんな時間−22時半を過ぎている−の来客といえば泥棒くらいのもんだろうし、それならご丁寧にも物音を立ててくるような間抜けな真似はしないか。
 俺はドアの前に立ち、インターホンを押す。するとドアが僅かに開く。
俺がドアの隙間から覗き込むと、ほっとした表情の晶子の顔が見える。
しっかりドアチェーンがかかっているところを見ると、防犯意識はしっかりしているらしい。
普段ガチガチのセキュリティで守られている家に住んでいるだけに衰えているかと思ったが、その辺は問題ないようだ。

「ただいま。」
「お帰りなさい。今、ドア開けますね。」

 一度ドアが閉まると、ガチャガチャと物音がして、ドアが人一人入れる分くらい開かれる。
俺がさっさと中に入ると、晶子が素早く、尚且つ大きな音を立てないようにドアを閉めて鍵とドアチェーンを掛ける。
室内は暖房が効いているようだが、玄関口は外ほどではないが流石に冷える。俺は靴を脱いで上がり、マフラーを外しつつ奥へ進む。

「今日は随分遅かったですね。」
「実験が最初からやり直しになる羽目になってさ・・・。途中で止めたらもう一度最初から、ってやつだし、測定そのものも時間がかかるやつだから。」
「相変わらず大変ですね。」
「専門教科の実験だからな。4単位もある必須科目だし逃げるわけにもいかないし、今の学科に入った宿命みたいなもんさ。」

 俺はコートを脱いで椅子の背凭れに被せ、鞄を机の上に置く。晶子は何時の間にか俺の隣に居る。
俺はとりあえず流しに向かい、顔を洗ってうがいをする。
この時期風邪をひいたら洒落にならない。かといって風邪の予防接種なんてないし、あってもそんなの受けてる時間はないから、原始的な、
しかし基本的なこの方法で予防するしかない。水が一気に顔と手の体温を奪うが、これは仕方ないことだ。
 タオルで顔を手を拭った後、俺は椅子に座って溜め息を吐く。晶子はベッドに腰を降ろす。
俺の雑用は済んだことだし、晶子が自分の家でなくて此処に来た−以前合鍵を渡したから何時だって入れる−理由を聞かなきゃならない。
正直聞きたくないという気持ちも若干あるが、まかりなりにも自分の彼女の悩みなんかを聞かないようじゃいけない。それは前の事件で嫌と言うほど思い知った。

「・・・なあ、晶子。」
「はい。」
「今日は何で・・・俺の家に来たんだ?」

 単刀直入に尋ねると、晶子は俺から視線を逸らしてやや俯く。俺は問い詰めるようなことはせず、晶子からの返答を待つ。
少しして、晶子がセーターの襟元に手を突っ込んでペンを取り出す。あれは・・・俺がこの前の週末に渡したICレコーダーじゃないか。
ということはやはり田畑絡みか、と思う俺の前で、晶子はペンの頭を一度だけ押す。
すると雑踏を小さくしてくぐもらせたような音に混じってドアが開き、閉じる音がして、その後何やら物音がして−多分椅子か何かに腰掛ける音だろう−
それに続いて音声が溢れ出してくる。

『折り入って話がある、って何ですか?先生。』
『井上さん。考え直して貰えないかな?』
『何をですか?』
『とぼけないでくれよ。僕と付き合うことをだよ。』
『冗談は止めてください。』
『冗談なんかじゃないさ。僕は真剣だ。君と付き合いたい。』
『生憎ですが、私には交際相手が居るんです。先生もご存知の筈ですが。』
『ああ、前の男子学生のことだね?でも彼は君に絶交を告げて立ち去ったじゃないか。君の言い分も聞かずに。』
『あれは私が彼に状況を話さずに居た上に、彼があんな現場を目の当たりして誤解してしまったからです。もうその誤解は解けて、今も彼と交際しています。』
『でも、彼と付き合うか僕と付き合うかは君次第であることには違いない筈だ。僕は真剣だ。そろそろ浮名流しは止めて真剣な交際をしたいんだよ。
気持ちを切り替えてみてはくれないかな?』
『それは出来ません。私は彼を愛しています。先生と交際するために、いえ、誰と交際するためであろうと、その気持ちを捨てることは出来ません。』
『・・・僕をその気にさせておきながら捨てるなんて、随分だな。』
『人聞きの悪い言い方は止めてください。確かに先生とは気軽にお話したり、生協で食事をご一緒したりしました。でもそれで以って、
私が先生と交際したいという意思表示だったと受け止められても困ります。』
『でも僕は、君に僕と交際する意思があると受け止めた。この気持ちはどうしてくれるんだね?』
『どうしてくれる、と言われても・・・。』
『君がこの大学を卒業できるかどうかは、僕の手の内にあるといっても良い。君が他の教科で全て優を取ったとしてもね。』
『・・・先生の講義の単位と引き換えに交際しろ、と仰りたいんですか?』
『そう受け止められても仕方ないね。まあ僕だって、この場で即答しろ、なんて野暮なことは言いたくないから少し考える余裕はあげるよ。
今後のことをよく考えた上で結論を僕に示してくれ。』
『・・・分かりました。この話、全て記憶しましたから。』
『良い返事を待ってるよ。』
『・・・失礼します。』

 ガタガタと物音がして足音が少し聞こえた後、ドアが開き、閉じる音がしたところで晶子がペンの頭を押して音声を止める。
俺は怒りよりも、とうとう来たか、という思いを感じる。
晶子は俺の方を向く。その大きな瞳は何かを訴えているようだ。否、訴えていると言った方が良いか。
 考えられる対策は・・・2つ。どちらを取るかは当事者である晶子の判断に委ねるべきだろう。
俺としては勿論1つの方を選んで欲しい。だが、それで万事丸く収まるとは限らない。晶子が見詰める中、俺は口を開く。

「・・・方策は2つだな。」
「2つ・・・ですか?」
「ああ。1つは大学のセクハラ対策委員会に訴えることだ。そしてもう1つは・・・俺と別れて田畑と付き合うことだ。」
「え・・・。」

 晶子は意外そうな顔をする。まあ当然だろう。俺との別れを選択肢に出されたんだから。俺は話を続ける。

「セクハラ対策委員会は秘密厳守という建前になってる。それにそんな鮮明な音声があって、そこで田畑自身がそう受け止められても仕方ない、と
明言しているとおり、単位と引き換えに交際を迫っているのは明白だ。田畑に懲戒処分が下るのはほぼ間違いないだろう。でも・・・。」
「でも?」
「懲戒処分といっても精々停職何ヶ月ってところだろう。それを受けて田畑が辞職するとは言い切れない。こんなご時世だから処分期間が終わったら
職務復帰する方を選ぶだろう。そうなったら晶子は、今後田畑とぎくしゃくしたまま大学生活を送らなきゃならない。」
「・・・。」
「それに、さっきの田畑の口ぶりからして、訴えられて処分されたことを逆恨みして、根も葉もない噂をでっち上げてばら撒く可能性がある。
そうなったら晶子は文学部に居辛くなるのは避けられない。」
「だからもう1つの選択肢に、祐司さんと別れて先生と付き合うということを挙げたんですね?」

 晶子の問いに俺は無言で頷く。
ことを公にすれば田畑に釘を刺すことは出来る。だが、その後が問題だ。
懲戒免職にでもならない限り、田畑がそれこそ逆恨みして「逆襲」してくる可能性は十分考えられる。そうなったら晶子は白眼視されることになる。
俺とは学部も居場所も違うから、晶子は孤立した状態でこれからの大学生活を送らなきゃならなくなってしまう。
 もう1つの選択肢を選んで欲しいとはさらさら思ってない。
強要された付き合いなんて息苦しいだけだろうし、噂が噂を呼ぶということになって、結果的に周囲から白眼視されることになるかもしれない。
そうなったら余計に息苦しくなるだろう。
これには究極の選択に近いものがある。
俺としては勿論、前者を選んで欲しいんだが・・・ここは当事者である晶子の判断を待つしかない。
どちらにしても厳しい現実が控えていると言って良い選択肢が2つだけだ。
あと1つあるといえばそうだが・・・これは晶子の学業生活を断つことだ。幾ら何でもこれは選択肢に挙げられない。

「・・・祐司さんと別れるなんて、出来ません。」

 晶子が俺を見ながら小さな、しかしはっきりした口調で言う。

「元はと言えば、先生をその気にさせるような軽はずみな対応をした私に責任があります。自分が蒔いた種は自分で刈り取らなければなりません。
ですから、訴える方を選びます。それ以外の選択はありえません。」
「その後、逆に晶子が追い詰められるようなことになっても良いんだな?」
「今回こんなことになったのは自分の責任ですから、その結果を受けるのは当然です。それに・・・。」
「ん?」
「私は元々学部では浮いた存在ですし、根拠のない噂をばら撒かれて周囲から白い目で見られるようになっても大して変わりありません。
どのみち白い目で見られる現実が待っているんですから、いいえ、譬えそんなことがなくても、私は祐司さんと一緒に居る方を選びます。
それ以外考えられません。」

 晶子の口調ははっきりしている。判断に迷いがない証拠だ。
自分で蒔いた種は自分で刈り取る・・・か。晶子は過ぎるほどに自分に責任があると思い、選択の結果待ち受けているかもしれない試練を受けると言う。
一度は晶子が自分と田畑を天秤に掛けていると思い込み、関係断絶まで告げた俺には、晶子の言葉が重く感じる。
 俺は椅子から立ち上がり、晶子の直ぐ傍に腰を降ろす。晶子の視線は俺の動きに追随する。
俺と晶子は至近距離で見詰め合う。俺の顔が映る晶子の瞳を見ていると、俺の心に強い決意が湧いてくる。晶子の心の支えになろう、と。
大学で孤立した生活を送らなければならなくなったら、幾ら今は平気だと言ってもやはり耐え難いことになるだろう。
そうなったら俺が晶子の心の拠り所にならなきゃいけない。それがまかりなりにも彼氏を名乗る俺の役割だ。

「こんなに事態をこじれさせて、こんなことを言うのはあつかましいとは思います。でも私は・・・。」
「・・・。」
「私は祐司さんを愛してます。この気持ちに嘘偽りはありません。」

 こんな至近距離でこんなことを言われるのは、夏に遊園地で観覧車に乗ったとき以来じゃないだろうか?
・・・胸が高鳴ってくる。返すべき言葉は・・・決まってる。

「俺も晶子を愛してる。」

 次の瞬間、晶子が俺に抱きついてきた。俺の首に両腕を回し、頬を摺り寄せてくる。
俺はその背中に両腕を回してそっと抱きしめ、その背中を擦る。
鼻を擽る甘酸っぱい香りに誘われるように、俺は晶子の首筋に唇を触れさせる。
すると俺の身体がゆっくり前方に引き寄せられる。そしてそのまま、俺は晶子の上に重なるようにベッドに横たわる、否、横たえられる。
 俺と晶子はどちらから言うこともなく、ベッドからはみ出た下半身をベッドの上へとずらす。
俺が晶子の首筋から唇を離し、顔を晶子の前に出し、目を閉じながらゆっくりと近づける。晶子の目もそれに合わせて閉じていく。
 二つの唇が音もなく重なる。直ぐにどちらともなく口を開いて舌を絡ませる。緩やかな、しかし濃厚な舌のチークダンスが微かな音を立てて続く。
俺が晶子の体を抱く腕と、晶子が俺の首を抱く腕に力が篭る。
厚着を通しても感じる晶子の胸の弾力感が、俺の胸の高鳴りをよりいっそう激しくする。頭を熱くする。
舌のチークダンスが自然に終わった後、俺と晶子は互いの服を脱がし合う。

・・・。

「・・・なあ、晶子。」
「はい?」
「こうなるって、予想してたのか?」
「ええ。」

 晶子の答えを受けて俺は小さい溜息を吐く。
電灯で照らされた室内の隅の方、一人用のベッドには俺と晶子が横になっている。布団と毛布を被っているが、勿論二人共裸だ。
暖房が効いているとは言え室内は割と冷えるから、ことが済んでから布団と毛布を被った。
ことの最中には冷えなんて感じなかった。もっともそんなことを考える余裕はなかったんだが。
 晶子に誘導されたような形とはいえ、俺は晶子を抱いた。晶子を抱いたのは大体3ヶ月ぶりくらいか・・・。俺の20歳の誕生日の夜以来だから。
一度関係を持った割には随分ご無沙汰だが、これまでそういう機会がなかったし、バイト帰りに晶子を家に連れ込んでベッドイン、なんてことは
考えたこともなかった。
それにしても・・・何で晶子はわざわざ俺の家に来たんだ?
合鍵を渡しているから何時でも入れるが、こうなることを予想していたのなら、それを避けることも出来た筈だ。

「・・・何で今日、俺の家に来たんだ?」
「相談に乗って欲しかったから・・・。」
「それだけなら、何時ものとおり、晶子の家でも良かったんじゃないか?」
「もう・・・。鈍いですね。」

 俺の肩口を枕にしていた晶子が−頭から布団を被っているような状態だ−頭を起こし、両手を俺の脇について俺の上に乗りかかる。
光沢を帯びた長い髪が肩を伝って敷布団に流れ落ちる。

「ああなるって予想が出来てるのに、女性専用のマンションに祐司さんを入れられると思います?」
「・・・確かに。」
「それに・・・あの日以来一度も祐司さんに抱かれてなかったから・・・。」

 つまりは俺に抱かれたかったってわけか・・・。
確かに今日の晶子の乱れ方は前より激しかった。
一度俺がダウンした時も−今日はただでさえ疲れてる−5分あったかなかったかくらいの小休止を挟んで晶子が俺を求めてきた。
だから今の俺には指一本動かす力も残ってない。文字どおりベッドにぐったり横たわっている状態だ。
 晶子は身を沈めて俺の直ぐ横に顔を埋める。
髪が俺の顔にかかる。繊細で滑らかな感触が心地良い。甘酸っぱくて芳(かぐわ)しい匂いが鼻を擽る。
この匂いは晶子の家のシャンプーのものだ。
俺の家に来る前に風呂に入ってきたんだろうか?そしてこの寒い中俺の家に来て、決して十分とはいえない暖かさの中で一人、俺を待っていたんだろうか?

「私の味方で・・いてくれますよね・・・?」

 晶子が耳元で呟くように尋ねる。やっぱり不安なんだろう。
俺にとっては嬉しい選択とは言え、根も葉もない噂を流されて白眼視される可能性もあるんだから。
こんな時こそ、まかりなりにも晶子の彼氏を名乗る俺がしっかりしないとな。

「勿論俺は、晶子の味方だよ。最後の一人になっても、俺は晶子の味方で居続ける。それが俺の役目だと思うから。」
「嬉しい・・・。」

 晶子は俺に頬擦りしてくる。滑らかな感触が頬を撫でるように行き来する。
俺の腕の近くで、何かが何かを探すようにもぞもぞと動いているのを感じる。
やがてそれは、俺の手を探し当てて指と指の間に入り込んでぎゅっと手を握る。俺も痛くならない程度に強く握り返す。
 晶子を少しでも安心させられるなら、晶子から笑顔を消さないためになるのなら、俺は何だってやってやる。悪魔にでもなってやる。
常に時間を共有出来ないのがこれほど悔しく思えたことはない。だが、その分俺は晶子をしっかり守る。
決して噂の飛び火を恐れたりはしない。恐れていたら話にならない。
わざわざ俺の家に来て、俺に抱かれることになるのを承知の上で俺の帰りを待っていたこの健気な命の灯火を守るのは・・・俺しか居ない。
 明かりが煌々と灯る室内はしんと静まり返っている。晶子は何度か頬擦りをした後、俺の手を握ったまま俺の直ぐ傍で安らかな寝息を立てている。
俺は晶子を起こさないように右手を離し、枕元の目覚し時計を右手一つで調整する。
俺の方が疲れで先に寝ると思っていたが、安心した晶子の方が先に眠っちまったか・・・。
まあ、夜を共にするのは久しぶりだし、安心して眠れたならそれに越したことはない。
・・・俺も眠くなってきた。後は自然の流れに任せよう。俺と晶子が互いを求め合った時のように・・・。

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