雨上がりの午後

Chapter 42 想いを乗せた贈り物

written by Moonstone

※本文中「♪」で始まる文節は、本作品作者Moonstoneの作品です。

 それから後はケーキと紅茶をそれぞれ交互に食べたり飲んだりする。これは流石に同じ動きというわけにはいかない。
でもゆったりした気分でささやかなパーティーの時間が流れていく。
勿論食べたり飲んだりしているだけじゃない。腕と腕が触れ合う距離で俺と晶子は色々なことを話す。
専ら話題はほんの1時間ほど前に終わったコンサートについてのことだが、共通の話題があることで−寝食まで共にしたくらいだ−会話も弾む。
普段の俺は他の奴等との共通の話題について殆ど知識がないから滅多に話の輪に入ることはない。
だから何故か気の合う智一以外とは疎遠になってしまうんだが。
 智一といえば・・・折角伝を当たって晶子の住所と電話番号を調べたのに、俺が「先取り」する形になって苦労が水の泡になったんだったな。
まあ、智一は智一なりにイブの夜を過ごしただろう。別の女を誘うって言ってたし。
だが、まるっきりショックがないというわけではないだろう。
「念願」、否、「悲願」だった晶子の住所と電話番号を手に入れて舞い上がっていたところに俺の交際宣言だ。ショックを受けないほうがむしろおかしい。
もっと早く決断していたら、もっと早く過去の影を払拭していたら、智一をあんな目に遭わせることはなかっただろう。それだけが悔やまれる。

「どうしたんですか?」

 晶子の声が耳元で聞こえて、俺ははっと我に帰る。
しまった。また考え事に熱中するあまり動きが止まってしまっていたか。

「いや・・・ちょっと智一のことを考えててさ。」
「伊東さんのこと?」
「ああ。智一とのことにしても晶子とのことにしても、結局俺があれこれ考え込んで何も行動を起こさなかったことで、傷つけたんだと思うとな・・・。
それだけが引っ掛かるんだ。」
「それは仕方ないですよ。祐司さんには祐司さんの事情があったわけですし、それで悩んだり苦しんだりするのを咎める権利は誰にもないです。」
「・・・そう言ってもらうと救われる。」
「何事も真面目に取り組むところが祐司さんの魅力なんですよ。でも行き過ぎると祐司さん自身が大変ですから、程々にして下さいね。」
「ああ。」

 晶子の心遣いがじんと心に染みる。冷え切った両手で温かいものを包み込んだときのような・・・。
俺にしつこく付きまとうだけの存在だった晶子が、今や自分を労わってくれるようになるなんて、あの時想像できただろうか?
ほんの一歩踏み出すだけでその後が大きく変わっていくものなんだと実感する。

 ケーキも食べ終わり、かなり冷めた残りの紅茶を飲みながら、俺と晶子は会話を進める。
コンサートの話題もそろそろ尽きてきたかな、と思ったところで晶子が言う。

「ところで祐司さん。」
「ん?何?」
「年末年始、如何するか決めました?」
「コンサートのことばっかりですっかり忘れてたな。んー、帰ろうと思えば帰れない距離じゃないけど、
親戚回りだの何だのでゆっくりできそうにないし・・・。今迷ってる段階。」
「私は一昨日実家から電話があって、年末年始帰ってくるのかって聞かれたんですよ。」
「それで?」
「今年は帰るつもりはないって答えました。今のバイトを始めたことは前に言ってあるし、私の実家はちょっと遠いんで、
帰っても直ぐこっちに戻ってくるような感じになりますから。」
「そうか・・・。確かにバイトの休みは1週間だし、往復だけで大体2日は潰れるから、休みが勿体無いような気がするな・・・。」

 そう言えば、俺もコンサートの準備一色だった12月の半ばくらいに実家から電話があったな。
その際帰ってくるのか、と聞かれたが、そのときは今バイトが忙しいから後で返事するって言った覚えがある。だったら尚更早くどうするか決めないと・・・。
 帰らなくても別に支障はない。仕送りにバイトで得た金を合わせれば充分年も越せるし、今の家で一人ゴロゴロしてるのも悪くない。
勿体無い過ごし方かもしれないが、大学とバイトに明け暮れた1年の最後と次の1年の始まりくらい、のんびり過ごしても罰は当たらないだろう。

「俺も帰らないでこっちに居るかな・・・。」
「そうしましょうよ。そうすれば一緒に年も越せますし、初詣だって一緒に行けますし・・・ね?」

 ぼそっと呟くように出た言葉を、晶子は聞き逃さない。なかなかの地獄耳だ。
一緒に年越し、そして初詣、というスケジュールが晶子の中で既に出来上がっているようだ。
以前なら俺はそんなこと夢にも思わなかっただろう。仮に夢でそうなったら悪夢扱いしていたに違いない。
 だが、今は正反対だ。このパーティーと同じように、二人で一つの時間を共有する機会を多く持ちたいと思う。
そういう機会がなかなか持てなくなったことが、優子との関係が切れる原因の一つになったんだ。
だったら尚更のこと、二人の時間を多く持ちたい。そしてそれを大切にしたい・・・。
今は過去の傷を忌み嫌うだけじゃなく、教訓にすべき時なんじゃないか?

「そうだな・・・。そうするか。」
「本当?」
「・・・ああ。」

 ただでさえ至近距離なのに、さらに距離を詰めて晶子が俺の顔を覗き込む。
それこそ視界いっぱいに、ほんの少し顔を近づければ鼻先が、少し顔を傾ければ唇が触れ合う距離で・・・。
俺は胸の激しい鼓動を感じながら、短く答えるしかない。
 晶子は安堵の表情と共に微笑を浮かべる。俺が帰省せずに此処に残ることが本当に嬉しいと言っているような表情だ。
こんな表情を間近で見せられたら、俺はもう身動きが取れない。ただ荒くなりそうな呼吸をどうにか押さえて、晶子をじっと見詰めるしかない・・・。

「・・・祐司さん。」
「・・・何?」
「あの曲、聞かせてくれませんか?祐司さんが以前作ったっていう曲を・・・。」

 晶子に言われて突然思い出す。
俺が店からギターを借りてきたのは、晶子に2年間封印してきたオリジナル曲を聞かせるためだった。
今まで二人だけのパーティーに夢中ですっかり忘れていた。
 勿論アレンジは出来た。だが、元々俺が高校時代にやってたバンド用に作った曲だから、弾き語りにするのはかなり違和感があった。
正直なところ、晶子に満足してもらえるかどうか分からない。

「ちょっと出来に不安はあるが・・・聞いてくれるか?」
「私が聞きたいって無理言ったんですから、勿論聞きますよ。」
「それじゃ・・・ちょっと待っててくれ。」

 俺は立ち上がって壁に立てかけておいたギターを手に取って、ストラップに体を通しながらベッドの上に腰掛ける。
念のためというかおまじない的にチューニングを済ませてから、俺の方をじっと見詰める晶子に曲を紹介する。

「曲の名は『聖夜に愛育む』・・・。」

 自分で言って何だが身体がむず痒くなるタイトルを言って、ギターの弦を爪弾き始める。
8小節のイントロを終えると、俺は歌詞をメロディに乗せて歌にする。

♪息も凍る寒さの中で、君は佇んでいた。僕よりも早く
♪身を縮め、両手に白い息を吹きかけていた君の手を取る
♪待ちきれなかったんだろうか、僕が来るのを
♪待ちきれなかったんだろうか、愛を抱く時を

♪人は僕達を笑うかもしれない。何を今更と
♪だけど、愛を確かめ合う時のリピートは必要なんだ
♪僕達の愛の日記を続けていくために

♪聖夜の中、愛を告げ、その気持ちを抱き締めあう
♪僕の言葉に君は微笑み、そして同じ言葉を返す
♪なかなか言えなかった一言が、今は大切な愛の鍵
♪今が思い出の雪となって、積み重なっていく
♪舞い散る雪より早く。通り行く人より多く。

 4小節のエンディングを終えると、一人分だけだが熱い拍手が贈られる。
晶子が身体も俺の方に向けて、何度も何度も痛くないのかと思うほど手を叩いている。
満面の笑みがプレゼントされた歓びの大きさを物語っている。

「・・・気に入ってもらえたかな。全部空気に消えてしまったプレゼントだけど。」
「勿論ですよ。こんなプレゼントが貰えるなんて、私、何て言って良いか・・・。」

 晶子は涙ぐんでさえいる。これだけ喜んでもらえたなら、睡眠時間を削りに削って考えに考えただけの甲斐はあるというものだ。
俺はストラップから身体を通してギターをベッドの脇に立てかける。
晶子は手を叩くのを止めると、すっと立ち上がって戸棚の方へ向かう。そして戸棚を開けて何か包みを取り出して戻ってくる。

「私からは・・・2つあるんです。」
「2つ?」
「ええ。一つ目はこれです。どうぞ。」

 晶子からシンプルな、しかしセンスのある包みを渡され、俺は丁寧に包みの封を外して中身を見る。・・・マフラーだ。
丁寧に畳んであるマフラーは触感がとても柔らかい。柔軟剤の柔らかさとは気分的に全然違う。

「練習の合間に少しずつ編んでいたんです。祐司さん、マフラー持ってますけど、たまには使ってあげて下さいね。」
「ありがとう。今使ってるマフラーは結構くたびれてきてるし丁度良かった。大事に使わせてもらうよ。」
「喜んで貰えて良かった・・・。でも、まだもう一つありますよ。」

 そう言うと、晶子の表情が急に真剣なものになる。俺は身に覚えがないし、一体どうしたっていうんだ?

「一先ず・・・床に座って私の方を向いてもらえませんか?」
「床に・・・?ああ、分かった。」

 何をするか分からないから、俺は大人しく晶子の言うとおりにするしかない。まさか平手打ちなんてことはないと思うが・・・。

「じゃあ、目をぎゅっと閉じてください。絶対開いちゃ駄目ですよ。」
「わ、分かった・・・。」

 晶子の迫力に気圧されて、俺はぐっと両目を閉じる。
何が起こるんだろうという不安とその裏返しの期待がどんどん強くなる。
目を開けて確認したいのは山々だが、絶対開いちゃ駄目と言われているから、そうするしかない。
 そう思っていたら、何か柔らかいものが唇に触れたのを感じる。
これは・・・もしかして・・・否、

もしかしなくてもキスじゃないか?!

俺は目を開けそうになるが、再び目をぎゅっと閉じる。
急に膨らんできた緊張感と興奮を押さえるためだ。
 唇に感じる柔らかくて温かい感触が少し圧力を増す。そして俺の胸に晶子の両手が触れるのを感じる。
晶子が顔だけじゃなく、身体まで距離を縮めたということだ。
溢れて激しく渦を巻く緊張感と興奮で、俺は両手を床について身体を支えるのが精一杯だ。

 ・・・どれだけ長い時間が流れたか分からないが、唇に感じる感触が静かに遠のいていく。胸にあった両手の感触も消える。
晶子の気配が遠のいたことを確認してゆっくりと閉じていた目を開ける。
 クッションの上にちょこんと正座して、やや前のめりに両手をついた格好の晶子は頬が薄紅色に染まっている。
俺はただ呆然と後ろめりに倒れそうになる身体を両腕で支えて晶子を見詰める。

「・・・い、いのう・・・え・・・。」
「晶子、でしょ?二人だけのときは・・・。」
「あ、ああ・・・。そうだったよな・・・。」

 俺と晶子はゆっくりと姿勢を正して−何故か両方共正座だ−見詰め合う。
ただ見詰めあうだけの時間が粘性たっぷりに流れ行く。
どうやって、どんな話を切り出そうかとあれこれ考えてはみるものの、晶子にキスされたという事実がずんと圧し掛かって纏まる気配がない。

「・・・さっきのが二つ目のプレゼントです。」
「・・・な、何で・・・。」
「私に音楽の楽しさを教えてくれたお礼と・・・付き合うようになった思い出を作りたかったから・・・。」
「・・・そ、そう・・・。」
「ちょっと・・・物足りなかったですか?」
「・・・そんな筈・・・あるわけないだろ?」

 緊張と興奮が鎮まってきた俺はようやく足を崩す。
指先で唇に触れてあの柔らかい感触の残像を反芻すると、何度でも鮮明なものとなって脳裏に蘇ってくる。

「好きな相手にキスされたら・・・嬉しいのと照れくさいのどちらかだよ。・・・今回は何があるのかと思ったら、
いきなりキスでびっくりしたってのはあるけど・・・。」
「キスさせて、って言ったらプレゼントの内容がばれちゃうじゃないですか。」
「そりゃそうだけど・・・。」
「相手が私じゃ、不満でしたか?」
「それは・・・ない。絶対にない。」

 俺は首を強く横に振る。不満だなんてとんでもない。
唇と唇が触れ合いそれが少し密着を増すあの感触は、他で味わえるようなもんじゃない。そして相手が他の誰でもない、晶子だからこそ・・・
あの緊張感や興奮、そして幸福感が感じられるんだ。
 晶子もようやく足を崩す。やっぱり今まで緊張してたんだろうか?
相手からされるのと自分からするのとでは、やっぱり緊張感が違うんだろうな。
引き合いに出すのは晶子に悪いが、優子と付き合っていたとき、俺の方からキスするのと−ファーストキスはそうだった−
優子の方からキスされるのとでは、全然緊張感や後で湧き上がる感情が違った覚えがある。嬉しいとか幸せだな、とかいう感情は別にして。
 俺と優子はそのまま横を−テーブルの方になる−向いて押し黙る。
何か話そうにも話題がさっきのいきなりキスのせいか思いつかない。
それにキスは初めてでもないのにこれほどどぎまぎするなんて思わなかった。
幾らいきなりでも少し驚くくらいかと思っていたが−何時かキスするのかと思ったことがある−、見事に予想は外れた。
キスの感触を忘れていたからだろうか?まあ、それは多少あるだろう。
優子と切れて2、3ヶ月しか経ってないし、最後のキスも覚えている。だが、感触までは殆ど思い出せない。キスの感触は意外に昇華しやすいらしい。

 兎に角この沈黙を何とかしないと・・・。時計を見ると既に12時を回っている。
家に帰れば間違いなく午前様だ。別にそれで怒る相手が俺の家に居るわけじゃないが。
それともまた御一泊か?・・・恐らく晶子は拒まないだろうが、キスされたという衝撃が未だ頭の中をぐるぐる回っている状態で、
果たして平静で居られるだろうか?・・・ちょっと自信が無い。
 会話が出来なければ触れ合う時間を持てば良い。
咄嗟にそう思った俺は、ゆっくりと左腕を上げて晶子の背後に回し、そして晶子の左肩を包むように優しく掴む。
この時点で心臓は再び激しく脈打ち、喉も潤いを失っていく。
キスは勿論、肩を抱いたりするのは別に初めてじゃないのに−肩を抱くことはあまりしなかったが−、緊張で身体が細かく震えるのを感じる。
俺が緊張して如何するんだ?全く・・・。
 程なく、左肩に軽い重みを感じる。
チラッと横を見ると目を閉じた晶子が俺の肩に凭れている。その表情は柔らかくて幸福感に満ち溢れているとでも言おうか・・・。
俺の目では安心して俺の肩に凭れているように見える。
俺は信頼されてるんだと思うと、それだけで心にじんわりと暖かい何かが染み出してくるように感じる。
 晶子が身体を水平にずらしてさらに俺に近付いて来る。
二人の距離が縮んだことで、よりしっかりと、そして優しく晶子の肩を抱ける。
そしてちょっと汗の匂いが混じった、でも甘酸っぱさは輪郭を失っていないシャンプーの匂いが俺の鼻を擽る。
それでさらに俺の中での幸福感が増す。

「・・・高価なプレゼントも豪華なディナーもない。生憎俺にはそんな甲斐性はないしな。けど、俺は晶子とこうして一緒に居られる時間が・・・凄く大切で幸せに思う。」
「私も・・・こうして祐司さんと一緒に居られれば、着飾った演出なんて要らない。こうして二人で同じ時間を共有できて・・・幸せです・・・。」
「・・・晶子。」

 俺は肩を抱いた晶子を自分の正面近くに引き寄せる。俺と晶子は至近距離で向き合う。
そしてどちらからでもなく自然に目を閉じて距離をさらに縮めて・・・

もう一度唇を重ね合わせる・・・。

 俺の腕を取って服をきゅっと握る晶子。俺は晶子をより自分の正面に抱き寄せる。
晶子は何の抵抗もせずに俺の左腕と身体が密着するまで距離を詰める。
 俺は晶子の肩に置いていた手を晶子の後頭部に回す。
そして空いている手で晶子の腕を取る。自分から晶子を引き寄せるのは・・・何時以来だろう?
ああ、そうだ。晶子が初ステージに臨む前、落ち着かせようと思って咄嗟に抱き寄せたんだったっけ・・・。
あの時は恋愛感情なんて欠片も無くて、ステージ以外のことに意識を向ければ少しは緊張感が和らぐだろう、という思いだった。単純にそれだけだった。
それが今では・・・。

自分から抱き寄せたい、離したくないと思ってそうしている・・・。

 長いキスの沈黙の後、晶子が唇を離す。離すといっても顔が視界いっぱいを占める距離でだ。
・・・ちょっと気になって目を開けてしまった。晶子は目を閉じたままだ。一度小さな呼吸を鼻先に感じる。
 すると晶子の唇が俺の唇を再び塞ぐ。さっきのは軽い息継ぎか・・・。
俺は唇を離すのを許すまいとしてか、晶子の後頭部に回した手をぐっと自分の方に近づける。晶子の唇を自分の唇により密着させる格好になる。
俺の服を掴んでいた晶子の手が、俺の服から離れて俺の腕そのものを掴む。
 微かに鼻の横辺りに感じる呼吸、胸に感じる柔らかい感触、そして何より唇に伝わる温かくて柔らかい感触・・・。
これら全てが晶子の感触。どれも離したくない・・・。このひとときがずっと続けば良いのに・・・。

 −どのくらい時間が経ったか分からない。
ゆっくりと晶子の唇が俺から離れる。俺も晶子の後頭部に回した手の力を緩める。ずっと目を閉じていた晶子が目を覚ますように瞼を開く。
だが、互いに腕を取り合ったままで、俺のもう片方の手は晶子の後頭部にある。その気になればもう一度引き寄せて唇の感触を感じることが出来る。
だが、どうもそれは躊躇われる。
もうキスが嫌になったわけじゃなくて、これで今日のキスは終わりにした方が後味が良い感じで残るような、そんな気がする。
 俺は晶子の腕から手を離して、頭に添えていた手を再び肩に戻す。
晶子も俺の腕を取っていた手を離し、半ば俺の前に乗り出していた身体を再び俺の横に戻す。そして頭を俺の肩に乗せる。
丁度キスをする前の状態に戻ったわけだ。違うところといえば、可能な限り俺と密着していることと身体が内側から熱く火照っていることか。
これほどの身体の火照りは、晶子と付き合うようになって初めてだ。
キスすることそのものは初めてじゃないのに・・・相手が違うと−晶子には悪い表現だが−やっぱり「初めて」は「初めて」になるのか。
とうとうキスしてしまった、という思いが緊張の鎖となって身体をがんじがらめにする。
 その緊張を少しでも和らげようと、俺は晶子の肩を抱く手をより自分の方に寄せようとする。
晶子との距離はもう詰まりきっているが、そうでもしないと落ち着かない。

「もっと・・・近づけたいですか?」
「え、いや・・・。」

 晶子の不意の問いに如何答えようか戸惑っていると、晶子が腰を上げて俺の方を向き、がばっと抱き付いてきた。両腕を首に回して頬を摺り寄せて・・・。
俺は少し固まっていたが、宙に浮いていた両腕を晶子の身体に回す。晶子の初ステージの前以来、正面から晶子を抱き締める。
あの時は俺の一方的なものだったが、今は・・・互いに相手をしっかり抱いている。
 二人の時間なんて色々あるが、俺はこういう触れ合いの時間が好きだ。
そこに言葉は取り立てて必要ない。不器用な俺は美辞麗句を並べて相手を誉めるのが恥ずかしいし難しい。
ただ相手をしっかり抱き締めていれば良い。
 晶子は時々頬を摺り寄せてくる。俺は髭が薄い方だからあまり下ろし金のような感触はしないだろう。
それにしても晶子は手を繋いだり腕を組んだり、こうして抱き合ったりすることに俺よりずっと積極的だ。
しかし、俺が抱き締めているのと晶子がしっかり抱きついていることで、胸に伝わる弾力を含んだ柔らかい感触がより強く感じられる。
こういうのはちょっと・・・正直に言えば悪い気はしないが−男だからな−、どうしても意識がそっちの方に向いてしまう。
 ふと時計を見るともう日付が変わっている。午前様確実。それにこの家から出たくない、と思う。
それに今までの経験から、俺が帰ると言っても晶子はご一泊を勧めるだろう。それならいっそこっちから切り出してみようか。

「・・・なあ、晶子。」
「はい?」

 囁くような晶子の声が耳元で聞こえる。声に混じった吐息が耳を擽る。

「今晩・・・泊まっていって良いか?」
「勿論良いですよ。今日は汗かいたから、お風呂も入ってくださいね。でも・・・。」
「でも・・・何?」
「祐司さんの方から泊まっていくていうの、初めてですね。」
「何か・・・あまり自分の家に帰る気がしない。帰っても部屋は寒いだけだし、今までの経験から言うと、晶子が御一泊案内をすると思って。」
「よく分かってますね。」
「分かるよ、そりゃ・・・。此処で寝泊り案内されるのは初めてじゃないんだから・・・。」
「そう言えばそうですね。」
「俺の方から泊まっていくって言うのは初めてになるのか?」
「そうですね。それだけ祐司さんが積極的になったってことですよ。」
「・・・積極的になったっていうより、何か俺が上手く晶子にそうなるように仕向けられてきたって感じがするな・・・。」
「あ、そんなこと言います?」

 晶子が少し怒ったように言うと、直ぐ耳たぶの辺りに何かが這うように動いたのを感じる。
少しのタイムラグの後、晶子が何をしたか分かった。こいつ、耳たぶに舌を這わせたんだ。
そう確信すると、少し落ち着き始めた体の火照りが一気に急上昇する。
積極的なのは・・・正直嬉しいが、あまり度が過ぎると身体の火照りが爆発して理性の蓋が吹き飛ばされちまいそうだ。
 だが幸にも(?)晶子からのそれ以上の攻勢はなく、ただしっかりと俺の首に抱きついている。俺は改めて晶子をぐっと抱き締める。
直ぐ近くにある茶色がかった長い髪が電灯の光を帯びて金色に煌いている。俺はその髪を撫でるように手を動かす。
凄く滑らかでよく手入れしていることが分かる。
 今宵は何時眠るんだろう?・・・ふと思ったが、もうそんなことはどうでもよくなってきた。
身体に感じる微かな呼吸の風や弾みのある柔らかさ、温もり、そして初めて手に触れた髪の滑らかさ。
それら晶子の持つ全ての感触を今こうして堪能できるんだから・・・。

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