雨上がりの午後

Chapter 38 訪れた告白の瞬間

written by Moonstone


 俺が晶子を先導する形で部屋を出て自転車の鍵を外す。
俺が自転車に乗ると晶子も後ろに座って俺の腰に手を回す。今度は密着度が割と低い。
今まで自転車に乗るときは思い切り密着して当たり前だっただけに、晶子の様子が気になる。
俺は自転車を闇に漕ぎ出す。それと同時に前輪近くにあるペダルのような部分を踏んでライトを点ける。
こうすると数段ペダルが重くなるが、無灯火だといきなり自転車や歩行者と出くわしたりするから、点けておかないと危ない。
 通りに出てから少し進むと緩やかな上り坂がある。歩く分には大したものじゃないが、自転車で、しかも二人乗りだとかなり辛い。
ペダルを回すのがかなり大変だ。だが、此処で晶子に下りてくれ、なんて言えない。懸命にペダルを回して坂を登る。
坂を登りきればあとは殆ど水平だ。
坂で手間取った分、俺は快調に自転車を走らせる。自転車なら5分ほど走れば晶子の家に着く。
俺と晶子を乗せた自転車が晶子のマンションの前に着く。
すると直ぐに晶子が自転車を降りる。何時もは降りてくれと言うまで降りないのに・・・。
今に限って何だ、一体?

「・・・祐司さん。」

 マンションの出入り口を背景に晶子が語りかけてくる。
背後の光を逆光で受けるその表情は何所か切なげで、見ているだけで罪悪感を感じてしまう。

「まだ・・・言ってくれないんですね。」
「・・・。」
「待てるだけ待ちますって言ったのは私ですけど・・・返事が待ち遠しくてじれったくて・・・。今までにも何度かチャンスはあったと思うんですけど、
祐司さんは何も言ってくれなかった・・・。」
「・・・。」
「待てるだけは待ちます。これは確かです。でも、何時まで待てるか分かりません・・・。無理強いするつもりじゃないですけど・・・早く言って欲しい・・・。
そうでないと、私・・・。」
「晶子・・・。」
「待ちきれないかもしれない・・・。」

 晶子の言葉はずるずると返事を先延ばしにして来た俺にとって最後通牒に等しい。
智一が今日突きつけた宣戦布告と相俟って、俺は返事をするかどうかぎりぎりのところまで追い詰められたような気がする。
何故待ってられないのかと晶子を責めることは出来ない。待てるだけ待つということを受け入れたのは他ならぬ俺なんだから。
それに、待てるだけ、というのは一生を約束したものじゃない。晶子が限界と感じたときまでだ。
 そんなことは分かってた。分かっていたけど・・・俺は晶子の忍耐力の上に胡座をかいていたんだ。
俺が好きだから、ずっと待っていてくれるものと勝手に思い込んでいただけ・・・。自惚れもいいところだ。
 智一は何時晶子を誘い出すか分からない。
気持ちが揺らいでいるところに誘いを受けたら・・・もしかするとコンサートに出ずに誘いに応じるかもしれない。
今まで練習してきたからといって必ず出るという保証はない。だとしたら俺は、俺は・・・。
 でも、まだどうしても喉の奥から言葉が出てこない。何故だ?
緊張しているからか?否、違う。
返事を告げて恋人同士になれば終わりがないとは絶対言い切れないからだ。実際前がそうだったんだから。
 今の関係なら仮に疎遠になってやがて思い出の一つに変わっても、あんなときがあったなぁ、と懐かしく思い出せるだけで済むだろう。
しかし、仮にも恋人同士になったら、そんな綺麗な終わり方を望むのははっきり言って無理だ。必ずどちらかが傷つくんだ。
もう、あんな思いをするのは御免だ、という気持ちが喉に蓋をしてしまっているんだ。

「・・・晶子・・・。」
「・・・はい。」
「俺は・・・結局逃げてるんだと思う。返事をして今の関係が変わることで、終わりが来るかもしれない、それでまた傷つくかもしれないって、
怖がってるんだと思う・・・。」
「・・・。」
「正直な話、今の関係が気分的に楽なんだ。変に気を使わなくて良いし、勘繰ったり詮索したりしなくて済むし・・・。結局これも逃げ口上だけどな。」
「・・・それは、私も同じですよ・・・。」

 寒空の下、充満する冷気の中で俺と晶子は向かい合う。

「私は雰囲気があった勢いでいえたようなものなんです。本当はあのままでも良かったかもしれない、って思うこともあります。
でも、もっと深く付き合いたい、もっとこの人のことを知りたい・・・前からそう思ってたんです。それには今の関係から一歩前に進まないといけない・・・。
そのための言葉があのときの言葉だったんです。」
「・・・。」
「勇気は凄く要りました・・・。私だって祐司さんとよく似てる、ううん、殆ど同じなんですよ。ふられたことだってあるし、
それまで続いていた良い関係、私から見てですけどね、それを壊してしまうかもしれない・・・。
そう思うとそう簡単に大切な言葉を口には出来なかったんです・・・。」

 晶子も俺と同じだったんだ・・・。境遇も心境も。
でも、晶子はさらに親密な関係を望んで大切な言葉を口にしたんだ。
それに俺が応えなけりゃならない義務はない。義務はないが・・・。
言わばぬるま湯のような今の関係に浸りきって、そこから前へ進もうとしない。進めないし、進みたくない。
けど此処で進まなかったら今度は何時こんな恵まれた状況に巡りあえるか分からない。如何すりゃ良いんだ・・・?
 このままバイト仲間と音楽のパートナーの関係だけで良いのか?
それはずっと続くわけじゃないってことくらい分かってる。
3年になれば俺は実験やレポートが格段に増えるらしいから、今みたいに毎日バイトには来れなくなるだろう。
それにこのご時世だ。就職活動だって始めないといけないかもしれない。今の関係のままじゃ、だんだん晶子と疎遠になっていくのは自然の成り行きだ。

・・・今の関係をそのまま思い出に変えるつもりか?
それは・・・嫌だ!

 このまま良い思い出だけで終わらせたくない。もう・・・思い出だけの関係なんて沢山だ!これがどんな結果になるかどうかは、
先へ踏み出さないと・・・分からないじゃないか!

「・・・それじゃ、お休みなさい。」

 俺に背を向けて左手の手袋を外した晶子。まだ言葉が出てこない。
もう此処で言葉を出さないと、晶子が・・・行ってしまう!

「・・・晶子!」
「は、はい?!」

 喉に嵌った蓋を吹き飛ばすように出た呼び声に、晶子は驚いて振り返る。
俺は叫んだ勢いそのままに肩を上下させる。晶子は呼び止められた。
後は俺が言うだけだ。ずっと先延ばしにしてきたあの言葉を・・・。

「・・・俺は・・・このとおりはっきりしない臆病な奴だ。まだ過去に振り回されている・・・。」
「・・・誰だって・・・同じですよ。」
「だけど・・・何時までもこの関係が続けられるなんて思わない。学年が上がればだんだんとバイトだけで繋がっている関係は薄くなっていく。
それで晶子と離れて思い出に変わるのを待つなんて・・・嫌なんだ・・・。」
「・・・祐司さん。」
「今の関係は確かに心地良い。だけど・・・そのままで終わらせたくないんだ。だから・・・俺と・・・

付き合ってくれ・・・!」

 最後の言葉は晶子の耳にはっきり届くようにいった筈なのに、搾り出すような声しか出てこない。肝心なところで声にブレーキがかかったか・・・。
はっきりというには程遠いが、どうにか言えた・・・。晶子は?
 晶子は左手の手袋を外したまま、俺と向かい合う形で立ち尽くしている。そして手袋を外した左手を口の前に持っていく。
俺の言葉は届かなかったんだろうか?
 晶子が一歩一歩俺に近付いて来る。暗がりの中で見えなかった晶子の瞳は涙で潤んでいる。
両手を後ろに回して俺の胸に額をくっつける直前には、溢れた涙が頬を伝い始めていた。

「・・・言って・・・くれましたね。」
「・・・何とか、な。」
「ちょっとずるい言い方でしたね、私・・・。言うのを急かすみたいで。」
「正直、そんな感じはした。」
「御免なさい・・・。」
「良いさ。言うのをずるずると先延ばしにしてきたのは俺だし。」

 俺は空を見上げる。晶子のマンションや他の家々の間から見える空には眩いばかりの星が無数に煌いている。
星が祝福している・・・なんて俺には似合わないか。でも、今は不思議とそう思う。

「もし・・・俺が何も言わなかったら晶子はどうしてた?」
「今までどおりの付き合いだったかもしれない。でも、これから後で他の人に好きだって言われたら・・・分からない。
祐司さんが今までずっと言わかったのは、気持ちが私の方を向いてないからだって思ったら・・・私を好きだって言ってくれた人の方に
気持ちを向けてたかもしれない・・・。」
「・・・そうかもな。」
「何にしてもクリスマスまでは絶対待つつもりでした。TVとか雑誌とかでよくいってるのとはちょっと違いますけど・・・
ああいう雰囲気に憧れがないわけじゃないから・・・。」
「聖夜の中、愛を告げ、その気持ちを抱きしめ合う・・・か。」
「?何ですか?それ。」
「俺、高校のときバンドやってただろ?そのときのクリスマスコンサートのときのために俺が書き下ろした曲の一部。
高2のときだけだから1回しか客に披露したことないけどな。」
「・・・それ、私も聞きたい。」

 晶子が顔を上げる。
頬には涙の跡が生々しいが、その表情は眩しいほどに輝いている。

「そのフレーズ、凄く素敵だったし・・・今日此処で気持ちを確かめ合った私達の思い出作り第1号にしたいから・・・。」
「あの曲はバンド用になってるからな・・・ギターだけだとちょっとショボい感じになるぞ。」
「じゃあ、クリスマスまでに弾き語り用にアレンジして下さいよ。お店のコンサートが終わってから私の家でするパーティーで演奏してください。」
「クリスマスまで、か・・・。」

 店のクリスマスコンサートの練習だけでも手一杯で、そこにもう一曲新たに一からアレンジするとなるとかなり大変だ。
だけど・・・聞かせてやりたい、否、聞いて欲しい。
だってあの曲は・・・晶子は聞いてなくても優子は聞いている。正直な話、優子との思い出になるように作った曲だから・・・。
 優子との思い出になるように作った曲を晶子に聞かせるのは、何となく詐欺のような気がしないでもない。
でも、晶子に聞いてもらうことで、晶子との思い出が出来て優子への変な蟠りを捨てられるきっかけになるかもしれない。

「・・・まあ、何とかする。」
「本当ですか?」
「ああ。時間が少ないからちょっと様にならないかもしれないけどな。」
「そんなこと、気にしなくていいですよ。だって、どんなことだって思い出になるんですから。」

 晶子は俺との思い出を作りたがってる。やはり明らかになった俺の過去、優子とのことが気になるんだろうか?・・・多分そうだと思う。
晶子のことだ。俺に多少の無理を承知で敢えて曲を聞かせるようにせがむのも、俺の過去を新しい思い出の雪で柔らかく包み込もうというつもりなんだろう。
 俺は晶子の左腕の上の方に手をかけて少し抱き寄せる。
すると晶子が身体を寄せもう少し俺の方に寄せて、俺の背中にそっと手を回す。
抱き合っている、とは言い難いが、晶子の温もりを間近に感じる。
 こういうことが自然に出来るようになったのは、俺が晶子の方に一歩近付いた証拠なんだろうか?
今までだったら硬直するのは勿論、自分から抱き寄せるなんてことは出来なかっただろう。

「私から言い出して何ですけど・・・無理はしないで下さいね。」
「まだ多少の無理はきくさ。今までも練習やアレンジとかで夜を明かすことなんて珍しくなかったし・・・。」

 実際、クリスマスコンサート用に揃えた曲のアレンジで結構夜更かしを連発したし、もともと夜には強い方だから無理なことじゃない。
それよりも2年間封印してきたあの曲を晶子に聞いて欲しい。その時きっと、俺の中で思い出が昇華され、新しい思い出が生まれるだろう・・・。

星の輝きって、こんなに綺麗だったっけ・・・。


 翌日、まだ補講のある俺は朝の冷気を振り切ってどうにか起きる。
身支度や食事と朝は何かと忙しい。朝が苦手な俺にはこのときが一番辛い。
でも、今日の補講は2コマ目からだからまだましな方だ。1コマ目からだったら起きれたかどうかすら怪しい。あの時間の寒さは半端じゃないからな・・・。
ちゃんと効いて来る頃には出掛けなきゃならない時間になるだろうが、気休め程度に暖房のスイッチを入れて、食事を先に済ませる。
それから着替えてみっともなくない程度の身づくろいを整えて大学に行く段取りだ。
 一先ず食事は済んだ。食パンのトーストに苺のジャム、そしてコーヒーというメニュー・・・というにはさもしい内容だ。
今となっては泊り込みのときの潤子さん手製の食事が懐かしい。
続いて手早く着替えを済ませる。
一時とはいえ冷気に肌を多く晒すことになるからのんびり出来ない。積み重なった服から適当に選び出し、コートを持って準備完了。
 身づくろいもちょいちょいと済ませてエアコンの電源を切ってさて行くか、というときになってインターホンがなる。
相変わらず無駄に良く響くインターホンだな・・・。
しかし、こんな時間に来る奴は、大抵何かの勧誘員だ。これから出掛けると言って振り切れば良いだろう。
本当は顔を見たくないんだが、ドアを開けないことには俺が出られない。仕方無しにドアを開けると・・・

「おはよう、祐司。」
「・・・何で・・・?!」

 ・・・優子が立っていた。俺はその場に立ち尽くす。
まさかこんな時に押しかけてくるとは思わなかった。何で、何で優子が此処に・・・。

「近くに来たから寄ったの。この近くにある会社の面接を受けるからさ。」
「・・・俺は補講があるんでな。それじゃ。」

 俺は前に立っていた優子を押し退けるように外に出て、ドアの鍵を閉める。電車までそんなに余裕があるわけじゃない。
なのに、こいつと暢気に世間話と洒落込むわけにはいかないし、そんなつもりも毛頭ない。
 大体こいつ、どうしてこうもあっけらかんとしていられるんだ?まるで恋人関係は終わったら友達関係になった、といわんばかりだ。
冗談じゃない。お前はお前の方から俺との関係を切ったんじゃないか!
それとも恋人じゃなくなっても友達になれるっていうつもりか?ふざけるな!!

「ちょっと祐司!折角来たのに何の挨拶もないわけ?」
「・・・今更何を言うことがあるっていうんだ。俺達は・・・終わったんだろ?」

 俺は自転車のチェーンロックを外すとさっさと自転車に乗り、優子を無視して走り出す。
後ろで俺を呼ぶ声らしいものが聞こえるが、あの声で自分の名を呼ばれるのはもう嫌だ・・・。

 駅に着くと自転車置き場の適当なスペースに自転車を突っ込んで改札を通ってホームに向かう。
時間的には多少余裕がある。あの女の声を振り払おうとペダルを力んで漕いだのが良かったんだろうか?
 そういえば今日の優子の服装は、前に出くわしたときと同様の所謂リクルートスタイルってやつだったな。まだ就職活動は続いてるってことか・・・。
それにしても、前と同様、近くに来たからついでに寄った、なんて感覚が俺には全く理解できない。
女って恋人と友人の割り切りが出来るものなのか?それともただ俺が厳密すぎるほどの区切りをつけているだけなんだろうか?
 やがてお決まりのアナウンスが流れ、遠くの方から電車が近付いて来る。その姿を確認してから、俺は何時もの位置に立つ。
少しして電車が減速しながらホームに滑り込んでくる。通勤ラッシュはとっくに過ぎたから結構空いてるな・・・。
周囲にいる乗客を見回してもどうやら座れそうだ。たまには座って大学に行くのも悪くない。
 何時もの駅に着いて無意識に肩をすぼめて歩いていると、後ろから肩をぽんと軽く叩かれる。
こうやって俺に挨拶する奴は決まっている。

「よっ、祐司。」
「智一・・・。」
「相変わらず暗い後姿だな。この時期そんなんだと寂しい一人者って思われるぜ。」
「大きなお世話だ。」

 別に思うなら思えば良い。どうせ俺の事情を知らないんだから見た目で勝手に推測するしかないんだから。
それに今年は・・・本当に一人じゃない。
昨日どうにか踏み出した一歩で、晶子と気持ちを近づけあうことが出来たんだから。

「そうそう、俺さ、晶子ちゃんの電話番号掴んだぜ。」
「?!どうやって?!」
「文学部の連れに頼んで名簿を貸して貰ったのさ。そしたらありましたよ。晶子ちゃんの住所と電話番号が。」

 智一はしてやったり、という表情でニヤニヤ笑っている。
住所は兎も角、電話番号を知って豪華ディナーに誘い出すとか言ってたな。

「どうだ、お前も欲しいか?」
「いや、要らない。」
「あれ?仮にもお前の方を向いている晶子ちゃんの住所と電話番号を知っておくのは必要だと思うけどなぁ。」
「・・・いや、いい。」

 知らないも何も、電話番号はずっと前に交換し合ってるし、住所も言わずもかな、だ。
今年のクリスマスは−イブは別として−晶子とささやかなパーティーをするって決まってるんだから。
 この一連のことを智一に言っておくべきだろうか?・・・言っておいた方が良いだろうな。
優越感はないが、俺と晶子が気持ちを確かめ合い、距離を近づけあったことは事実なんだから。

「俺、とっくに知ってるから・・・。」
「知ってるって・・・。祐司、お前まさか?!」
「・・・ああ。正式に俺が付き合ってくれ、って言ったのは昨日だけどな。それより前に前に・・・井上から好きだって言われて、
俺がずるずると先延ばしにしてきた、って感じ。」

 俺と智一の間に隙間風が吹き抜けたような気がする。
智一は本当か、といいたげな表情で固まってるし、俺はばつの悪さを感じる。
言ってみれば、俺は挑む準備を整えた智一の見えないところで、智一の標的と付き合いに合意したようなもんだからな・・・。
ある意味、反則と言えなくもない。

「何だそりゃ?結局両想いだったってことで、お前が一言言うのを今の今まで怖がってきたってことか?」
「・・・そういうことになるかな。」
「何だ何だ!結局俺ってピエロみたいじゃねえかよー!それも晶子ちゃんの方から好きだって言ったんじゃ、俺が入る余地なんて何所にもねえ!」

 智一がそう言って顔を手で覆って天を仰ぐ。してやられた、という様子だ。オーバーアクションに見えなくもないが、実際智一に恨まれても仕方ないだろう。
位置関係や状況はちょっと違うが、俺も前によく似た経験をしたからな・・・。
遠距離であまり会ったりしなくても気持ちは通じるって信じてたところに、相手が別に男を作って俺を切り捨てたんだから・・・。
あの時俺は優子を恨んだのは勿論、その「身近な存在」とやらにもどうしようもない気持ちを覚えたものだ・・・。智一は・・・どうだろう?

「まあ、それなりに分かってはいたけどな。お前が気にならないかって聞いたらそうじゃないって言うし、晶子ちゃんに至っては、
俺とのデート中にお前の様子を聞いて、寝込んでると分かるや飛んで帰ったからな。お前と晶子ちゃんが相手の方を向いてたから、
俺が割り込む余地はとっくになかったのかもな。」
「・・・。」
「まあ、イブのディナー予約は別の女を誘えば良いからいいとして・・・何で昨日まで言わなかったんだよ。」
「何でと言われても・・・今までの友達感覚が良かったというか、恋人同士になるのが怖かったというか・・・。」
「なんて理屈だ。それでも待っててくれたなんて、ある意味お前、凄く運が良いぞ。分かるか?女は待つのが苦手な生き物なんだ。
もっと待たせていたら、俺が誘ったときに俺のほうになびいたかもな。」

 智一の言葉で、昨日の晶子の言葉を思い出す。
待ちに待って待ち侘びてたこと、もしこのまま言わなかったらどうなっていたか分からない・・・。
智一の言うとおり、俺は本当に運が良かったのかもしれない。晶子が気長で一途で・・・。
その運の良さをもう少しのところで逃してしまうところだったのかと思うと、あの時言って良かったと改めて思う。
もしあの機会を逃していたら、俺と晶子は単なるバイト仲間で終わっていただろう。
そして晶子は、もしかしたら智一の方に心を向けていたかもしれない。
あの時は言葉に出すことの難しさと大切さを同時に味わった瞬間といって良いかもしれない。
 俺の胸には勝利や優越感は少しも沸いてこない。晶子を延々と待たせ、智一に成り行きを黙っていたばつの悪さくらいのものだ。
こんなことならもっと早く晶子に好きだと言って、智一に付き合っていることを宣言するべきだった。
智一は俺の思いなど他所に、両手をコートのポケットに突っ込んで飄々とした様子で歩いている。気持ちの切り替えが早いな・・・。
俺は切り替えが出来なくてその晩は荒れに荒れて、暫く極度の女嫌いになった俺とはえらい違いだ。

「でさあ祐司。クリスマスの予定はあるんか?」
「イブはないけど、クリスマスの夜にちょっとしたパーティーをするつもり。」
「お前、クリスマスと言えばやっぱりイブの夜だろ?それを別々に過ごす恋人同士なんてあるのか?」
「現にその片割れが此処に居るだろ。」
「うーん、その辺の妙な思考回路が、お前が女にもてない理由の一つじゃないか?」
「別にもてようと思わないから良い。」

 智一は首を捻る。クリスマスは12月25日。24日じゃない。何所か間違ってると思うのは俺くらいなもんだろうか?
それとも24日も大切な日なんだろうか?どっちも正しそうで俺には何ともいえない。
だが、俺の場合は店のパーティーが終わってから、晶子の家で二次会みたいにパーティーをする。それだけだ。

「あ、そう言えばお前、プレゼントは用意してあるのか?」

 智一からの次の問いに俺は急に何かを思い出したような気になる。
そう言えばパーティーのことは頭に焼き付いているが、そこで晶子がケーキと紅茶を用意するということ以外、何も考えていない。
・・・あ、良いのか。俺はクリスマスまでに以前作った曲をアレンジして披露できるようにしておけば。
というか、それが晶子との約束だったっけ・・・。

「お前どうしたんだ?表情くるくる変えて。」
「あ、ああ。プレゼントの件は大丈夫だって思い出してさ。」
「ふーん。お前もやるときはやるってことか。指輪かアクセサリーか?」
「いや、値段はない。自前で用意するやつだから。」
「何、お前マフラーでも編んで渡すつもりか?」
「んな馬鹿な。」

 自分がマフラーを編んでいるところを想像するが、全く様にならない。
それに編んでいるものも口で言わないと分からないし、言っても信じてもらえそうもない物体が出来そうな気がする。
音となっては消えていく、耳でしか感じられないプレゼント。俺に出来るのはそれくらいのものだ。
だからそれを残された時間でアレンジして晶子に聞いてもらう。それが俺が今出来る最大限のことだ。
 既に休みに入っている学部も多くてキャンパス内は閑散としている。
そんな中続く俺と智一のいる電子工学科の嫌がらせのような補講も今日でどうにか終わる。
週末までの時間は晶子に送る曲のアレンジと練習に費やすことが出来る。

「あーあ。結局今年は愛しい人とロマンチックな聖夜、というわけにはいかなかったな。」
「でも、ディナーには人を誘うんだろ?」
「女友達の中で一番仲の良い奴だけどさ、やっぱり好きな人とって言うのがないとなぁ・・・。」
「どうしてクリスマスに拘るんだろうな、日本人って。別にキリスト教でもないのに。」
「お前も分からん奴だな。日本のクリスマスは恋人達のためにあるようなもんだ。恋人がいない奴は独り者として物笑いの種になる。
俺はそうはなりたくないんだ。」
「じゃあ、好きでもない相手と過ごすのは何で?」
「仕方ねえだろ。狙ってた相手をお前に見事に取られちまったんだから。イブの夜を一人で迎えたくないんでね。」
「・・・好きでもない相手と一夜を過ごすなんて・・・。そんなこと出来るのか?」
「俺は出来るぜ。その夜限りの関係ってのも悪くない。俺にとってはな。」

 何と言うか・・・女友達に不自由しない智一ならではの余裕の台詞だ。
だが、その余裕が単に寂しさを紛らわせようとしているように感じるのは気のせいだろうか?

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