雨上がりの午後

Chapter 35 攻める側、追い詰められる側

written by Moonstone


 白んだ瞼の向こうに朝陽を感じる。ぼんやりと目を開けると、部屋の中は僅かに黄色がかった白い光に満ち溢れている。
俺は眠気の残る目を擦りながら体を起こす。隣を見ると晶子の姿はない。代わりにドアの向こうから何か色々な音が混じって聞こえて来る。
 部屋には既に暖房が聞いているとはいえ、布団の温もりとは質が異なるから寒く感じる。
俺は身を少し縮こまらせながら音のするドアの向こう、ダイニングの方へ向かう。多分、朝食を作っているんだろう。
 ドアのノブにそっと手をかけてドアを少し開けると、懐かしささえ感じさせる味噌汁の匂いがしてくる。
髪を後ろで束ねてエプロンを着けて、俺に向かって斜め後ろを見せるような位置加減で野菜を刻んでいる。付け合せのサラダがそれとも漬物か・・・。
ここからだとよく見えないが刻んでいるものの色が濃いから多分漬物だろう。
 その甲斐甲斐しい様子をぼうっと眺めていると、晶子が包丁を動かす手を休めて湯気を立てているコンロの鍋の具合を見る。
そこで偶然、ふと横を向いた晶子と目が合う。

「お、おはよう・・・。」
「もう起きたんですか?もう少し寝てても良かったのに・・・。二コマ目からでしょ?講義って。」
「まあ、そうなんだけど・・・目が覚めて何か音がするから何かな、って思って。」
「見てのとおり、朝ご飯ですよ。普段よりしっかり作りましたから。」

 俺はダイニングに入る。此処も暖房は十分効いている。と言うことは、晶子は随分前から起きていたんだろうか・・・。
俺に膝枕をしている間起きてたとすれば、眠くて当然なのに・・・。ちょっと悪いことをしたな、と思う。

「もう座ってて良いですよ。あと、ご飯だけですから。」
「・・・ちゃんと寝られたのか?」
「ええ。」

 晶子は柔らかい笑みを浮かべる。その笑みの何処を探しても嘘偽りは見当たらない。目にも紅い寝不足の稜線は見当たらない。
心からの笑みだと分かると、俺も内側からほんわかと温かくなってくるのを感じる。
 俺は何時もの席−もう何だか指定席になった感がある−に座る。
晶子は鍋を時々かき回しながら俎板の上の野菜を刻んで二つの皿に盛り付ける。
既に俺と晶子の席の前には茶碗と箸、そして定番の味付け海苔が揃っている。後は副食の類が出揃うのを待つだけだ。
 晶子は鍋のかかったコンロの火を止めると、続いてもう一つのコンロの火をつけてフライパンをかける。そして冷蔵庫から卵を取り出す。
日本の朝食の定番、目玉焼きを作るつもりなんだろう。
 少しして晶子が片手で卵をキッチンの縁に何度か軽くたたきつけて片手で器用に割り込む。それを二回連続で見事に決める。
割った後の殻はすぐさま片隅にあるポリバケツに入れる。料理をしながら後片付けもする。この辺の手際は俺では絶対に真似できない芸当だ。
 軽い焼き音が暫く続き、晶子があらかじめ用意した皿に目玉焼きを盛り付ける。そしてフライパンをさっと流しに入れて水を通す。
目玉焼きの乗った皿を俺の前と自分の前に置き、さらに漬物の皿を持ってきて準備は完了だ。
まさか3日続けて和食の、それもこれだけしっかりした食事が食べられるとは思わなかった・・・。居眠りが功を奏したというべきだろうな、やっぱり・・・。
 朝食を共にするのはこれが2度目。前と違うのは場所と互いの服装くらいのものだ。
取り立てて会話をすることもなく、それでいて気まずくなることもなく、朝食は淡々と平和に進んでいく。
こうして二人で朝食を摂る時間が何の違和感もないのは、雰囲気に浸りきっているせいだろうか?
それとも、それが自然なものだという認識が自分の中に出来たからだろうか?

「祐司さん。」

 朝食が終わりに近付いた頃、晶子が話し掛けてくる。

「ん?何?」
「夕飯も・・・此処で食べませんか?」

 晶子の提案に俺は多少驚きはするが、むせたりするようなレベルじゃない。それよりむしろ・・・。

「良いのか?朝も晩も作らせて・・・。」
「食事を作るのは量の多いほうがやり易いんですよ。それに・・・。」
「それに?」
「・・・私がそうしたいから。」

 そう言って食事を続ける晶子の表情が少し翳ったような気がする。何か・・・俺に気付いて欲しいことだあったんだろうか?
俺は残りの食事をさっさと書き込んで食器を纏める。ちょっと気まずくなったような気がするこの場を変えるきっかけが欲しかったからだ。

「ご馳走様。・・・美味かったよ。」
「あ・・・そうでした?」

 少し沈んでいたような晶子の表情が見る見るうちにぱあっという効果音すら立てるかのように明るく代わっていく。
そんな大層なことを言ったつもりはないが・・・美味かった、という台詞がそんなに予想外で嬉しいものだったんだろうか?
 ・・・まあ、今まで無愛想が当たり前だったからな、俺は・・・。そんな俺だからさっきの反応は晶子にとっては予想外と言えなくもないな。
以前は仕方なかったとしても・・・もう無愛想にする必要なんてないんだよな。でも、何となく・・・素っ気無くしてしまう・・・。
 晶子も口に出さなかっただけで、心の何処かでもっと喜んで欲しい、とかもっと何か喋って欲しい、とか思ってたかもしれない。
そして・・・もっと自分の気持ちを正面から受け止めて欲しい、と思ってるのかもしれない。
だからさっきあんなに喜んだのかもしれない。

「俺、補講は2コマと3コマだから、割と早く帰ってくる・・・よ。」
「じゃあ、駅まで迎えに行きましょうか?」
「いや、良いよ。この寒空の中待ってもらわなくてもさ・・・。」
「お迎え、して欲しくないですか?」

 来た来た来た、晶子のこの表情・・・。少し上目遣いにじっと見詰めるこの表情で迫られると、断るのに物凄い罪悪感を感じるし勇気も伴う。
事実、今まで袖に出来たためしがない。

「まあ・・・して欲しくないことはないけど・・・寒い中突っ立ってなきゃならないんだぞ?」
「建物の陰とか、風を凌げるところは色々ありますから。」
「・・・風邪、ひかないようにな。今、大切な時期なんだから。」
「それは祐司さんも同じですよ。」

 晶子はそう言って微笑む。こういうところ、潤子さんと何となく似てるような・・・。
 晶子が片付けをする中、俺はコートを着て出発の準備をする。
途中自分の家に寄って荷物を置いたり着替えをしたりする時間を考えると、そろそろ出発しないと時間的に辛い。

「晶子、悪いけど、そろそろ俺行くよ。」
「あ、分かりました。ちょっと待ってくださいね。」

 晶子は手をさっとタオルで拭いて出る用意をする。
強靭なセキュリティを誇るこのマンションから出るには、住人が居ないとどうしようもない。必然的に晶子の手をまた煩わせることになる。

「悪いな、あれこれ手間かけて・・・。」
「誰だってお互い様ですよ。私だって映画行ったときは散々迷惑かけたでしょ?」

 晶子はしれっと言うが、それとこれとは全然違う。あの時俺は動揺こそしたが迷惑だとは思わなかった。
お互い様・・・。まさにそうなのかもしれない。
 晶子立会いの元で管理人にドアを開けてもらって、俺は外に出る。
通路をとおったときの数倍の冷気を伴う風が吹き付けてくる。今まで空調の効いた部屋に長く居た分、冬の厳しさが身に染みる。
だが、補講を落としたら自分の首が絞まるだけだ。行かなくちゃどうしようもない。
晶子はドアの向こう側から手を振る。外に出るとまたセキュリティがややこしいから仕方ない。

「じゃあ、行ってくるよ。」
「はい。いってらっしゃい。」

 顔を合わせて手を振って、俺は家路を急ぐ。吹きすさぶ風に肩をすぼめながら、さっきに言葉のやり取りを反芻する。
行ってきます、に、いってらっしゃい・・・。一人じゃ味わえない言葉のやり取りに妙に心弾む思いがする。
そして今日は晶子が迎えに来るという・・・いい一日になるような気がする。

 駅を降りて改札を通り抜けて、何時もの道を行く。正門にさしかかったところで、後ろから俺を呼ぶ声がする。
振り返らなくてもその声と調子で誰だか直ぐに分かる。智一だ。

「よ、祐司!元気か?」
「ああ、まあな。」
「おっ、今日は結構機嫌良いみたいだな。」
「そうか?」
「分かる分かる。万年仏頂面に低周波発生装置のお前にしては、表情も良いし声が弾んでる。」

 物凄い言われようだが、実際そう言われれば自分でもああ、そんなところがあるよな、と客観的に見れる。
この辺り、やっぱり俺は機嫌が良いんだと再認識する。確かに朝からこうやって調子良く喋れるのは自分でも違うな、と思う。

「この年の瀬ぎりぎりまで補講だなんて、理系学部は融通が利かないよなぁ。」
「補講って要は教授とかが自分の都合で休んだ分のつけなんだから、もうちょっと日程とか考えても良さそうなもんだけどな。」
「文系学部はとっくに冬休み。晶子ちゃんにも会えないし、こんなつまらんキャンパスライフもそうそうないぞ。」

 晶子、の名が出たところで俺はドキッとする。
俺はその晶子のマンションで流れのままに一緒に寝て、朝ご飯をご馳走になってさらに見送りを受けた身だ。
 そんな事情を知る筈もない智一を前にして、俺はまだ晶子との関係を話していないどころか、
「勝負」に勝っておきながら晶子に気持ちを伝えてすらいない今の自分が、物凄くずるいように思う。

「まあ、今年はクリスマスが週末だからな。クリスマスまで補講なんてかなわん。教授連中はどうでも良いだろうけど。」
「・・・そうだな。」
「で、お前の予定はどうなんだ?もうレストランとかの予約は済ませてあるのか?」
「い、いや、それはそう言うのは・・・。」
「何だ、違うのか?」

 智一の頭の中では世間で言うカップルのクリスマスのイメージがすっかり定着してしまっているようだが、俺はそんなつもりは毛頭ない。
 ・・・そう言えば、晶子が自分の家でちょっとしたパーティーをしよう、とか言ってたな・・・。
よくよく考えれば、クリスマスの夜を家族以外の人間と過ごすのは初めてだから
−優子のときは昼間デートで会ってプレゼント交換、という過ごし方だった−いまいち実感が湧かない。

「お前、さては・・・!」
「ん?」
「自分の家に連れ込む気か?!」

 智一が俺に詰め寄ってくる。
連れ込まれるのは俺の方なんだが・・・どうやって答えれば良いか分からず困っていると、さらに智一が畳み掛けてくる。

「そして小ぢんまりした逃げ場のない空間でケーキとシャンパンでも用意して、『今夜は二人きりだよ』とか言って持ち込む気だろ〜?」
「な、何に持ち込もうって言うんだ?!」
「ほほう、この俺が言わなきゃ分からんとでも言うか?」
「い、いや、そうじゃなくてだな・・・。」
「ま、お子様級のお前のことだ。どうせ乾杯して『メリークリスマス』で終わりだろ。」

 そう言ってふふんと鼻を鳴らす智一。どういうわけか自信たっぷりだが何かあるんだろうか?
第一、智一は晶子を狙ってたんじゃなかったのか?

「そういう智一。お前はどうなんだよ。」
「俺か・・・。聞いて驚くな。新京プリンストンホテルのスウィートルームに豪華フランスディナーを予約済みだ!」
「・・・張り込んだな。で、相手は?」
「決まってるじゃないか。晶子ちゃんを誘うのさ。」
「!!」

 今までそんな素振りは見せていたが実行に移したことはなかったのに・・・クリスマスというある意味絶好の機会に、
とうとう再び行動に出るつもりなのか、智一は・・・。
 俺の中で心拍数が一気に上昇する。喉が渇く。唾を飲み込んだくらいじゃ収まる筈もない。
俺と智一の間で見えない火花が激しく散り始めたように思う。
余裕たっぷりの智一に対して、俺は約束こそしているが背景があまりにも弱すぎる。何せまだ正式に付き合ってもいない状況なんだから。

「つまり、お前に再び挑戦するってことになるな。あれから多少は状況は進んでるかもしれないが、まだ俺が入り込む余地はあると踏んでるんでな。」

 智一の予測は妙に的をついている。こいつ・・・それを知ってて行動に踏み出そうと言うのか?
だとしたら、このままだと俺の方が心理的には圧倒的に不利だ。

「多分・・・いや、絶対、OKしないと思うが。前だって・・・。」
「確かに晶子ちゃんはお前の方を向いてる。でも、お前は態度がはっきりしてない。そこだよ。俺が狙ってるのは。」
 確かに・・・そのとおりだ。俺の中に焦りが生まれる。
今までは友達以上恋人未満で良かったかもしれない。実際、俺自身そんな関係に安穏としてきた感がある。
だが・・・もう時間も余裕もない状況に追い込まれようとしている!

「ま、俺が不利なのは仕方ないにしても・・・恨みっこ無しだぜ、祐司。」
「・・・ああ。」

 俺は自分に言い聞かせるように言う。クリスマスコンサートはあるし、多分晶子は智一の申し出を断るだろう。
だが、それに安住してはいられない。俺が態度をはっきりさせる、丁度良い機会だ。
 補講は何時もどおりの倦怠感と共に過ぎ行き、昼食を挟んで今日の分の補講は終了した。
後は帰って迫るコンサートの練習だ。そっちの方もあまり余裕を感じない。
晶子よりはステージ慣れしているとはいえ、ライブハウスや学園祭の体育館とは広さも雰囲気も全然違うから、
やっぱり日に日に増してくる緊張感は拭いきれない。
 それに加えて今朝の智一の「宣戦布告」だ。
コンサートと時間的に重なるだろうから、事実上智一に「勝利」の可能性はないが、もう諦めたものかとばかり思っていた智一が
最高の場所を用意して挑んでくるとは思わなかった。青天の霹靂とはまさにこのことだ。

「それでさ、お前に頼みがあるんだけど。」

 帰り道、智一が話を持ちかけてきた。
・・・まさか、晶子をよこせ、なんていうんじゃないだろうな?以前ならまだしも、今は絶対認めん!

「・・・何だ?」
「晶子ちゃんの電話番号、知ってるだろ?教えてくれよ。」
「な、何だって?!」

 いきなりな申し出に、俺は素っ頓狂な声を出す。
周囲にまばらに居た人間の視線が俺達に集中する。

「そんな声出すなよ。何事かと思ったぜ。」
「・・・そりゃ、こっちの台詞だ。何でだよ?」
「やっぱり電話番号まではやり取りしてたか。」

 智一がにやりと笑う。・・・そこでようやく感づいたがもう遅い。鎌をかけられてたんだ。まあ、本来の目的もあるだろうが・・・。

「・・・で、何で、ま・・・否、井上の電話番号が必要なんだよ。」
「何でも何も、どうやって誘うんだよ。」
「・・・あ。」
「はあ〜あ。こんな鈍い男に何で晶子ちゃんは・・・。」

 智一が溜息混じりに首を横に振る。よせ。俺だって不思議に思うくらいなんだから。

「で、番号は?」

 智一がにじり寄ってくる。今まで晶子が俺にだけ教えてくれた電話番号・・・。それを教えたくないという気持ちの方が強い。
・・・やっぱり、教えるわけにはいかない。

「悪いが・・・あれは・・・俺の電話番号と交換し合ったんだ。ま、否、井上の承諾無しに他人に教えるわけにはいかない。」
「おっと・・・。とうとう独占欲発揮か。」
「何とでも言え。」
「まあ良いや。学部に問い合わせるなり、伝を当たるなり、色々方法はあるからな。」
「・・・だったら最初からそうすりゃ良いじゃないか。」
「お前と晶子ちゃんがどの程度まで接近してるか、知りたくてな。」

 智一はこういう駆け引きや読みが巧い。
その点で劣る俺は・・・やはり自分の立場をはっきりさせておかないと、本当に晶子の向いている方向を奪われかねない。それだけは・・・絶対嫌だ!
 俺と智一は正門を出たところで別れてそれぞれの帰途につく。駅への道程を歩く間、俺の心の中はざわめいたままだ・・・。
智一のいきなりの宣戦布告、そして対する俺のあまりに脆弱な背景と曖昧な態度のままという現実を直視させられたこと・・・。
このままじゃいけないことは分かってる・・・。だが、一歩がどうしても踏み出せないままだ・・・。
 改札を潜って電車を待つ間、俺の頭は晶子に何時どうやって自分の気持ちを伝えるか、その一点だけしかない。
否、別に時間も場合も本来ならさほど深刻にならなくても良い。迎えにきてくれる今日でも良いし。コンサートの練習の合間でも良いだろう。
唯一欠けているのは・・・俺の勇気だけだ。

 程なくホームに走りこんで来た電車に乗る。時間のせいか随分空席が目立つ。
俺は空いている端の席に座ってあれこれと考え込む。出迎えてくれるであろう晶子の顔を思い浮かべながら・・・。
 ふと思う。俺に返事を告げることができないでいるのは、ひょっとしたら今の関係を一歩奥へ進めたくないという抵抗感なのかもしれない、と。
この関係のままなら終わりになってもさほど傷つくことがない、というある種の保証があるせいもあるだろう。
 でも、返事をすると約束したのは他ならぬ俺だし、今の気持ちで返事をすれば当然関係は一歩奥へ進まざるを得ない・・・。
今の関係が友達のままで居られないのは当たり前なんだ・・・。俺が女だったら、或いは晶子が男だったらと思うとそれにふと憧れてしまう。
 前に潤子さんは男と女の間に友情はあると思うと言った・・・。だけど、それは一部嘘だと思う。
全部が全部嘘とは言えない。俺が潤子さんに抱いている感情は恋愛感情じゃないと分かってるし、そういうのも友情の範疇に入ると思う。
 電車の窓は時々加速と減速を繰り返しながら、家々の稜線と田園風景の混在した郊外ならではの風景を映していく。
その稜線の何処かに自分とよく似た状況に居る人間が居るかもしれない。そしてそういう小説を書いてる奴も居るかも知れない・・・。
居ても全然不思議じゃない。驚きはするだろうが。
そう思うと、今自分が考えていることが他愛もないようにすら思える。事態は全然他愛もないことじゃないんだが、何となくそう思えてしまう。

 電車が減速を始め、俺が降りる駅の名前を何度か反復するアナウンスが流れる。
俺は鞄を持ち直して電車が完全に停止するより少し前に席を立つ。
別にドアが開くまで座ってても十分間に合うんだが、電車通学をしていると自然とそうなってしまうのは何故だろう?
 電車のドアが開くと客が少ないせいか載る人間と降りる人間のタイミングがほぼ重なる。
そんなにしてまで座りたいのか?まあ、自分も講義4コマ続いた日には座りたくもなるが・・・。
 ホームを歩き、改札の前に出たところで見覚えのある顔が目に入る。・・・晶子だ。
俺に気付いたのか、嬉しそうに笑みを浮かべながら手袋に包まれた手を小さく振っている。
しっかり着込んではいるが、着膨れと言うほどではない。
 晶子がこっちに向かって手を振るのを見て俺は勿論、周囲の男が自分のことか、というような反応を少し垣間見せる。
それに少しムカッとした俺は足早に改札を抜けて晶子の元に歩み寄る。
チラッと注意を見ると、明らかに落胆の色と羨望の視線を感じる。
やっぱり晶子は良い意味で人目を引く容姿を持っているのは間違いない。これで今までよく「一人」で居られたものだ、と改めて思う。

「予想どおりでした。」

 晶子がその微笑を絶やさず、少し得意げに言う。そんな様子にも少しも嫌味がないのが晶子らしい。

「3コマ目が終わるのが3時前でしょ?だとすると、この時間の急行に乗ってくるかな、って思って待ってたんですよ。」
「待ってたって・・・そんなに前からか?」
「いいえ。10分くらい前ですよ。予想さえ出来ればそんなに慌てる必要もないですから。」

 本当に10分くらいだろうか?晶子のことだから少なくとも30分くらい前からこの場所でじっと改札口を見ながら
俺が現れるのを待ってたのかもしれない。ちょっと心配交じりの疑いを向けてしまう。

「それより、早く家に行きましょうよ。」
「あ、ああ。そうだな。」

 晶子は少し甘えるような感じで俺を急かす。
俺もこんな寒風吹きつける中立ち話なんてしたくないから、さっさと自転車置き場の方へ向かう。
晶子には後ろに乗るのを楽しみにしているのか、言わなくても後をついてくる。
 自転車を半ば強引に引っ張り出し、自転車置き場を出るまでは俺が先導する形で歩いていく。
晶子は俺の後を何も言わずについてくる。自転車置き場を出たら直ぐにでも後ろの荷台に座るつもりなんだろうか。
まあ、俺もその覚悟というか予想というか、心構えは出来ているが。
 夕闇の気配漂い始めた外に出ると、自転車の後ろに重みがかかる。
後ろを見ると、晶子が素早く横に座って急かすような、懇願するような目で俺を見る。
晶子は目で訴えるのが本当に巧い。さっさと自転車に乗らなければならないような気になってくる。
自転車に乗るや否や、早速俺の腰にコートの両腕が回り、背後に密着感と微かな弾力を感じる。二人乗りの準備は万端と言ったところか。

「この時期、二人乗りは寒いぞ。バイクじゃないからまだましだろうけど。」
「祐司さんの背中、温かいから大丈夫ですよ。」

 背後からそんな声が聞こえて来る。俺は小さく溜息を吐くと自転車をこぎ始める。
徐々に加速していくにつれて冷気を切って生まれる寒風が強まってくる。手袋をしていても手の感覚が弱くなってくるくらいだ。
この時期の冷気は半端じゃない。本当に骨身に染みるという表現がぴったりだ。
 寒風が強まるにつれて、俺の腰に回っている両腕に少し力が篭ってくる。それに併せて背後の密着感が増してくる。
これが夏場だったら・・・と一瞬思うが、運転で生まれる風に他愛もない妄想は呆気なく吹き飛ばされる。
 晶子の家までまだ距離はある・・・。何か話をしようか?
・・・今日、智一に宣戦布告をされたことを話すべきだろうか?でもそんなこと話して何になる?晶子に俺か智一かどちらかを選ばせるのか?
智一に晶子の電話番号を教えなかったくせに、智一が晶子を豪華絢爛なもてなしをしようと目論んでいることをわざわざ伝えるようなもんじゃないか。
 本当に俺はどうすれば良いんだろう・・・。
智一のことだ。何らかの方法で晶子の電話番号を探し当てて誘ってくるだろう。
前みたいに妙な意地を張ったら・・・その時こそ本当にもう全てが終わりだ。今度は・・・絶対に止めなくちゃ。

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