雨上がりの午後

Chapter 25 音と気持ちの合わせ時

written by Moonstone


 その日のバイトは何時もと同じように慌しく、そして楽しく過ぎていった。
そして10時少し過ぎに店を閉めて手分けして掃除をして、「仕事の後の一杯」を自分の指定席に座って飲むところまではさしたる変化はなかった。

「さあて。ひととおり音を出してみるか?」

 マスターの一言でこれまでの日常の流れから大きく方向転換する。
カップ1杯のコーヒーは今日の仕事の幕引きじゃない。次に控えるものを前にしてのひとときの憩いだ。
 一服を終えた俺達は、カップを置いて誰も居ない客席に向かう。
何時もは掃除の後で落とされる客席とステージの照明は、今日はそのままになっている。
夜に客が途絶えることを殆ど見たことが無い俺には、夜のこの閑散とした店の光景が物珍しく思える。

「今日はこれまでの練習の成果を披露する感じでやってみよう。まだプログラムを全部決めてないし。」
「どういう順番で?」
「そうだな・・・。手始めにソロから行くか。誰からするかはじゃんけんで決めよう。」
「じゃんけん、ですか・・・。俺、かなり弱いんですけど・・・。」
「まあ、勝っても負けても順番が多少前後するだけだから気にしない、気にしない。」
「最初はちょっとなぁ・・・。」

 実のところ俺はじゃんけんに弱い。勝ち残りだと1回か2回で脱落するし、負け残りだと決勝−と言うのか?−を争うことも珍しくない。
それにこういう場合はたかが順番、されど順番。最初はめっぽう緊張することはこれまでのライブで経験済みだ。
客の顔がピーマンに見えるどころか、暗闇でハロウィンに出くわしたような気さえしたものだ。
 だが、年齢順を持ち出したら俺からになるのはほぼ間違いない。大抵の場合は年齢順=若い順だし、そうなったら絶対俺が最初になっちまう。
もうマスターはじゃんけんをする気でいる。こうなったら腹を括るしかない。

「いくぞ。せーの・・・じゃんけん。」
「「「「ぽい。」」」」

 カウンターに出された4つの手は・・・「グー」が1つに「パー」が3つ・・・。その「グー」は・・・マスターだ。

「あ、マスターの負けですね。」
「うっ、読みが甘かったか・・・。」
「じゃあ最初はマスターで決まり。祐司君、晶子ちゃん。次行くわよ。せーの・・・。」

 ・・・数回のあいこを経て決まった順番は、マスター、潤子さん、俺、そして井上となった。
此処まで勝ち残れたのは珍しいが、前がマスターと潤子さんだから、別の意味でプレッシャーがある。井上はもっとそうかもしれない。

「うーん・・・。まさか俺からになるとはな・・・。」

 結局言い出しっぺから始めることになってしまったマスターは、苦笑いしながら席を立ってステージに上がる。
何時もは閉店と同時にケースに収まるアルト・サックスを手に取り、ストラップを肩に通してマイクの電源を入れる。

「最初は・・・『STILL I LOVE YOU』から。」

 「合宿」の最初を飾る曲としてマスターが選んだのは「STILL I LOVE YOU」・・・。優子に振られて間もなかった俺が、思わず涙した曲だ。
泣く羽目になった記憶じゃなくて、泣いたときの気分がフラッシュバックして来る。泣いたときのことを思い出すのはあまり良い気分じゃない。
 俺のそんな思いを他所にマスターのサックスが閑散とした室内の空気を震わせ始める。
ブロウした音色が切なげに、そして妙に色っぽく揺れる。
サビの部分で音程が一歩一歩上がっていくところで、目頭が熱くなってくる。
思わず口を右手で覆うが聞いているのが・・・辛い。なまじ演奏が上手い分、余計に心を震わせる。まったく人泣かせだ・・。

 演奏が終わると3人の聴衆から拍手が起こる。
空調が整っている店内でマスターはすっかり汗だくになっている。
以前マスターは、演奏は楽器やステージそのものと格闘しているようなもんだ、とか言っていたが、実際そうだと思う。

「ふう・・・。演奏のときは長袖はやめた方が良いかな。」
「随分力篭ってましたね、マスター。」
「この曲は抑揚を大きくした方が聞こえが良いからね。・・・それにしても暑いな。」
「本番のとき空調を少し控えめにした方が良いわね。今日は4人だけだから空調がないと寒いけど。」
「じゃあ交代しよう。次は・・・潤子か?」
「ええ。」

 額の汗を袖で拭いながらステージを降りるマスターと入れ違いで潤子さんがステージに上がる。
潤子さんのソロ曲と言えば、やっぱり「Energy flow」で決まりだろう。

「私は『Energy flow』で・・・。」

 潤子さんはマイクに向かって曲名を告げる。予想どおりだが、やはりこれは欠かせないだろう。
日曜のリクエストタイムでの争奪戦は未だもって健在だ。それだけこの曲と演奏に魅力があるということだろう。
 潤子さんは椅子に腰掛けて、一度髪をかきあげてからピアノの鍵盤に両手を添える。こういう何気ない仕草を見るとドキッとする。
そして・・・優しい音色が空気に浮かび、そして溶け込んでいく。
この曲では井上が初めて聞いたときに泣いたんだったな・・・。もっとも俺とは違って感動してのことだったが。今はどうなんだろう?
 ちらっと井上を見ると、胸に両手を当ててやや俯き加減になっている。
その横顔が儚げで切なげで・・・何か思い出したんだろうか?昔の切ない思い出とか・・・。
そう言えば、井上の過去はふられたことがあるということ以外、詳しく聞いていない。
井上は言ってないし、俺も聞いたことがないから当然なんだが、この横顔を見ていると・・・何だか気になって仕方が無い。
 俺が聞いてどうなるわけでもないだろう。聞かない方が、知らない方が良いことだってある。
急に聞きたくなったのも変な話だ。だけど・・・聞きたい、知っておきたい。今は・・・無性にそう思う。

 そんなことを考えていたら、潤子さんの演奏はあっという間に終わってしまった。
毎週日曜日に必ずリクエストされて聞けるとはいえ、バイト中だから腰を据えてじっくりと、というわけにはなかなかいかない。
考え事をしていたとはいえ、勿体無いことをしたと思う。
 潤子さんは席を立って再び髪をくいっとかきあげる。ストレートの黒髪の一部がふわりと舞う。
無意識か癖かは分からないが、この仕草は大抵の男を引き付ける。長髪の男がやっても、恐らく様になるまい。
潤子さんはステージを降りる。その額にはマスターほどではないがしっとりと汗が滲んでいる。

「どうかしら?」
「文句無いですね・・・。プレッシャーになりますよ。」
「じゃあ、次は祐司君だな。」

 こんな演奏と比べられるとかなわないが、順番はもう決まったことだし、半分過ぎたところでどうこう言っても今更遅い。
俺は潤子さんと入れ違いでステージに上がる。
 ギターのストラップを肩にかけながら客席の方を見ると、潤子さんの時には俯き加減だった井上が俺をじっと見詰めている。
観客が少なくてそれも近い場所に居るせいか、普段よりその視線を強く、熱く感じる。
・・・余計にプレッシャーになる。だが、それが重荷じゃなくて何と言うんだろう・・・やってみるか、という発奮を即す。
これは・・・あの女、優子と付き合っていたとき、優子が俺のバンドのライブを見に来た時と同じ感覚だ・・・。
今は兎に角、練習の成果を披露するのが先決だ。俺のソロ曲といえば・・・。

「俺は・・・『AZURE』です。」

 初めての演奏でマスターと潤子さんから高い評価を貰って、そして、井上がこの店で耳にした最初の曲だ。
今回こうしてコンサートのプログラムにも含まれているなんて、何か因縁めいたものを感じる。
 椅子に腰掛けてチューニングを合わせた俺は、ギターを爪弾き始める。
・・・良い感じだ。音の粒がはっきりしている・・・。フレットを動く指も滑らかだ。
たちまち3人の観衆の視線が引き起こすプレッシャーや失敗の恐怖は音と共に虚空に消えて、意識が演奏にのめりこんでいく・・・。

 エンディングを終えて顔を上げると、惜しみない拍手が起こる。
3人の聴取の表情は一様に柔らかい。井上に至っては、手が痛くなりそうなくらい強く叩いている。
初めて井上がこの店に来たときも、感心頻りだったか・・・。

「全く問題ないな。いや、恐れ入ったよ。」
「腕上げたわね、祐司君。」
「ありがとうございます。」
「凄いです。やっぱり何時聞いても本当に凄いですね。」
「そうかな・・・?」
「ええ。初めて聞いたときの気持ちを思い出しますよ。」
「おーい。お楽しみは練習の後にしてくれー。」

 マスターのからかい調子の声に俺と井上は我に帰る。
そう・・・俺の意識はさっき、井上の方に集中していた・・・。

「それじゃあソロの最後は、井上さんだな。」

 マスターが言う。井上の表情が少し硬くなる。本番を前に気を引き締めて、といったところだろうか?
それとも連続で良い演奏が続いて−俺が言うと自惚れになるが−プレッシャーを感じてるんだろうか?
だが、一緒に練習を重ねてきた俺に言わせると、益々ヴォーカリストとしての腕前に磨きがかかっている。
もう歌うことが、そのための練習が楽しくて仕方が無いという感じだから、腕もめきめき上がるというものだ。
 勿論俺はステージに残る。井上はソロといってもアカペラじゃないから俺が演奏を担当する。何時ものように・・・。
井上はステージに上がってマイクの高さを合わせ、一呼吸置いてから言う。

「私は・・・『Fly me to the moon』です。」

 コンサートのプログラムに入ったのは、この曲・・・。
井上のレパートリーに加わった最初の曲、今やリクエストでも定番となったこの曲を井上は歌う。
俺の演奏に合わせて、いや、俺の演奏と一緒に・・・。
 井上は本人曰く「歌うときの癖」という、両手をマイクに乗せる姿勢になる。
座り直してチューニングの確認も済んだ俺は、井上が歌う準備が出来たのを確認して一呼吸置いてから、
リクエストや練習で半ば日課のようになったイントロを奏で始める。
 8小説のボサノバ調のイントロが終わると、井上の歌声がマイクを通して店内に拡散し始める。
・・・何時にもまして良い声だ。
練習を重ねてきたが故に構築された確かな自信の上に立ったその声は、肌を通して心にじんわりと染み込んで優しく揺する。
演奏する俺も歌声の心地良い揺らぎに身体を自然と委ねる・・・。

 俺がエンディングで締めると、聴衆が2人だけとは思えない拍手が飛ぶ。
マスターも潤子さんも驚きで声が出ないという表情で、その感情を拍手で代弁しているみたいだ。

「・・・文句なし。いや、これは凄いよ。」
「毎日聞いてるけど、今日の出来はまた一段と良いわね。立派なものよ。」
「今日は何時も以上に気持ちよく歌えました。」
「声の透りが良かった。良い意味の透明感が備わってきたね。」
「祐司君はどうだった?」
「どうも何も・・・俺が言うことなんてもう無いくらいの出来でしたよ。」

 本当にそう答えるしかないくらいの出来栄えだった。
リクエストや練習で間近で聞き慣れている筈の俺でもそう思うくらいなんだから、マスターや潤子さんが驚くのも無理は無いだろう。
 ・・・何だか、井上が誉められることが自分のことのように嬉しく思う。
これは初めの頃からずっと専任として教えてきた自分の成果だと思っているからか・・・?
否、違う。そんな支配被支配の気持ちじゃない。もっと・・・近い立場にある感情だ・・・。

「この分だと、今年のコンサートは凄いことになりそうだな。」

 マスターが珍しく興奮気味に言う。確かにこれだけの腕を備えた面子が揃うコンサートなら、期待も膨らむだろう。
実際、俺もそうだ・・・。このメンバーでコンサートが出来るなんて、本当に良かったと思う。今は素直に・・・そう思える。

 その後も音合わせは続く。これまでのソロは慣らしでこれからがむしろ本当の意味での音合わせだ。
ソロは普段のリクエストで演奏している中でも馴染み深い、人気のある作品だ。
当然演奏回数も多いから、ある意味きちんと出来て当然ともいえる。
 あまり機会の無い、或いは今回初めての組み合わせもある。
俺は潤子さんとペアを組むのは初めてだし、井上は俺以外と組むのは恐らく初めてだろう。勿論それはマスターと潤子さんも同じだ。

「じゃあ次はペアだな・・・。どのペアからにする?」
「初めてのペアを優先的にやりましょうよ。今、祐司君がステージに上がってるから、私とのペアからはどう?」
「曲は・・・『EL TORO』か。かなり難度高い曲だし出来具合も興味があるから、これから始めるか。」
「ええ。祐司君は良いかしら?」
「あ、はい。」
「それじゃ・・・晶子ちゃん、ちょっと借りるわね。」
「な・・・。」

 井上の顔が赤くなると同時に強張る。席を立ってステージに上がった潤子さんは対照的に悪戯っぽく微笑んでいる。
井上は足早にステージを降りて席に戻るとステージの方を凝視する。
その視線が・・・ちょっと怖い。背後に炎が見えるような気がする。

「それじゃ、私と祐司君のペアで『EL TORO』を。祐司君、音合わせは初めてだけどよろしくね。」
「は、はい。こちらこそ・・・。」

 マイクを通して呼びかけられて、俺は慌てて返事をする。
ちらっと井上を見ると、表情が・・・かなり怖い。思わず目を背けてしまう。
何はともあれ、潤子さんと初めて演奏する曲は『AZURE』と作者が同じだが、難度はかなり高い。
ピアノとギターの緻密な連携が要求されるだけに、神経を指先に集中させないと・・・。
 俺が弱起(半端な拍数から始まること)のフレーズを始めると間もなく、潤子さんのピアノのアルペジオがすっと自然に入ってくる。
俺はテンポに気を配りながら演奏を進める。潤子さんのピアノを同じ高さで聞くのは−ステージの上でという意味だ−初めてだが、音圧は想像以上に凄い。
寄せては返す、打ち付けては砕ける波・・・如何に技術が発達しても電子楽器が本物の楽器を越えられないというのは、こういう魂を直接揺さぶる音の波だ。
 決して大袈裟じゃない。
CDやMDが幅を利かせてもライブがなくならないのは何故か?
高機能の電子楽器が当たり前になっても生楽器がなくならないのは何故か?
俺が間近にしているこの音圧が何よりの答えだ。

 事前の打ち合わせどおり、4小節分フリーのエンディングを終えると拍手が飛ぶ。
それと同時に全身を包んでいた緊張感が一気に解けて、思わず大きな溜息を吐く。
圧倒される音圧の波をまともに受けながら、尚且つ整然とした演奏を乱すまいと懸命になっていた。この辺、経験と技量の差だろう。

「うん、良い感じだったな。初めて音合わせするとは思えん。」
「祐司君、凄いわね。」
「いえ、ついてくのが精一杯でしたよ。」

 自分で思うより反応は良い。始まる前、視線が怖かった井上はどうだろう?
ちらっと見てみると・・・少し驚いたような顔をしているが、視線の刺々しさはなくなっている。
改めて緊張が解けるのを感じる。・・・それだけ井上を意識しているってことか。
 初めてのペアで緊張したが、俺と潤子さんの『EL TORO』は一先ず大丈夫のようだ。
もっとも俺としては、潤子さんの演奏にどうにか追い縋っているという印象は捨てきれない。
本番では客から受けるプレッシャーが加わるから、もっと自信をつけておかないと音圧と板挟みになって潰されかねない。
ま、それは今回見つかった課題としておくことにしよう。まずは一つの難関を突破したことだし。

「それじゃ次のペアは・・・俺と潤子で行くか。祐司君はとりあえずお疲れさんだな。休憩がてら聞いててくれ。」
「はい。そう言えば3曲連続か・・・。」

 高校時代のバンドみたいにロックの激しいステージじゃないから疲れないかと思いきや、演奏に使うエネルギーは大して変わらない。
それにさっきのはなまじ相手が俺より上手(うわて)だから、その分精神的なエネルギーの消費は大きい。
額を拭ってみると、手にじっとりと張り付いた汗が照明を乱反射している。呼吸も早まっていることに気付く。

「・・・大丈夫ですか?」

 さっき俺を身震いさせられた視線は何処へやら、井上が心配そうに尋ねる。本当によく顔が表情に出るタイプだ。

「ああ、さっきはちょっとしんどかったけど、1曲分くらい休めば・・・。」
「凄く神経使ってるみたいでした。表情硬かったですよ。」
「・・・やっぱり、そう見えた?」
「安藤さんが演奏するときにあんな顔するの、初めて見たから・・・。今までは良い気分で演奏してるように見えたし・・・。」

 どうやら、俺も井上に負けず劣らず感情を隠せないタイプらしい。
・・・不器用な人間だから無理も無いか。こういうときにも不器用さは出るようだ。

「じゃあ、俺と潤子のペアで『WHEN I THINK OF YOU』。」

 また意味ありげな曲を・・・。思わず苦笑いが漏れる。
潤子さんのピアノのイントロがゆっくりと始まる。
落ち着いているときの呼吸に近いテンポの4小節が終わろうとしたところで、マスターのアルトサックスが加わる。
『Still I LOVE YOU』の時と似ているようで・・・違う音色だ。
あの時は切なさを歌うような音色だったが今は・・・好きな相手に愛の言葉を囁くような・・・。
 心身の具合で同じ音が違って聞こえることはよくある。
普段なら気にならないような車の音が、苛立っている時や集中したいときには酷く耳障りに聞こえるなんて、受験勉強の時にも経験済みだ。
前に聞いたとき、井上が俺を追った結果、客として偶然この店に来た日に聞いたときは、鬱陶しくすら感じた。こんな曲鳴らしてくれるなとも思ったくらいだ。
だけど、今は・・・心地良く揺らぐ音色に浸るような気分だ。
頬杖をついて呼吸を無意識にテンポに合わせると、本当に気持ち良い・・・。

「・・・さん。・・・どうさん。」

 ・・・誰だ?霞がかったような声だな・・・。

「・・・どうさん。安藤さん・・・。」

 ・・・俺を呼んでる?でも・・・何で?

「安藤さん・・・。起・き・て。」

 耳元で色っぽい囁きが聞こえる。次の瞬間、ばっと目の前の風景が開ける。
周囲をゆるりと見回すと、白を基本にした洋風の椅子とテーブル、楽器が並ぶステージ、
そして・・・そのステージの上からこっちを見ているマスターと潤子さんが見える・・・?!
 ようやく自分の状況が理解できた俺は、全身が急激に熱く火照るなるのを感じる。
マスターと潤子さんの『WHEN I THINK OF YOU』を聞いているうちに、何時の間にやら本当に眠ってしまったらしい。

「随分お疲れみたいだな、祐司君。」
「す、すみません。」
「いや、音楽を聴いて眠くなるのは別に不思議じゃない。あの曲でそうなったならむしろこっちとしては願ったりだよ。」
「それよりどうだった?目覚めの囁きは。」
「目覚めの囁き・・・って、ああ、さっきの・・・。」

 横を見ると、座っていたはずの井上の姿が椅子には無くて、俺の直ぐ傍に立っている。頬がかなり紅い。

「マ、マスターが『そうすれば絶対に起きる』って言うから・・・。」
「さっきの声って・・・井上?」
「そうよ。良い気分で起きれたんじゃない?」

 井上の頬が赤い理由が分かった。
普通に呼んでも目を覚まさない俺を起こすべく−そんなにぐっすり寝ていた実感はないが−マスターと潤子さんが嗾けたんだ。
もっとも目的は俺を起こすだけじゃないのは、さすがに俺でも判る。

「やっぱりバイトの後で3曲連続演奏は堪えた?」
「いえ、単にちょっと寝不足気味なだけです。帰ってから練習とかしてるんで・・・。」
「何だ。てっきり井上さんと・・・」

 マスターがそう言いかけたところで、叫び声を噛み殺すように顔を顰める。
その横で潤子さんが眉間に皺を寄せているから、多分後ろで抓られているんだろう。

「・・・どう?今日はこのくらいで切り上げる?」
「いえ、大丈夫です。折角の泊り込みの機会にきちんと音合わせしておかないと・・・勿体無いですから。」
「無理だけはしないで下さいね。」
「転寝(うたたね)だから大丈夫。」

 気持ち良さに任せた居眠りでちょっとした騒動になってしまった。
幾ら心地良くても音合わせの時には転寝はしない方が良さそうだ。

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