TV健康ライフ

written by Moonstone

〜この作品はフィクションです〜
〜登場人物、団体などは実在のものとは無関係です〜

第1章

「高血圧は万病の元と言っても過言ではありません!」

 スーツ姿のタレント、かさごろうが熱の篭ったトークを展開する。
場所は東京・汐巻にある帝国テレビの第1スタジオ。観覧席は20代から更年期前後まで、幅広い年代の主婦でいっぱいだ。
平日の昼下がりに生放送されるこの番組「○(まる)得テレビ」には、健康問題を取り扱うコーナーがある。観覧席の主婦は、どれも真剣な表情でかさごろうを
見詰め、中にはメモとペンを片手に今か今かと次を待っている者も居る。
 かさごろうは高血圧が原因とされる病気をリストアップした後、出されたフリップの隠された部分に手をかける。いよいよか。観覧席の主婦は勿論、
スタジオに居るゲストのタレント陣の注目がピークに達する。

「そこで!高血圧予防にはこれ!」

 かさごろうが隠された部分を一気に剥ぎ取ると、「納豆」という単語が姿を現す。観覧席からどよめきが起こる。

「『高血圧には納豆を食べると良い』。これですよ、奥さん。今日の注目ポイントはここ!」

 かさごろうが指差した「納豆」の単語が、アップで映される。観覧席の中にメモを取り始めた人が居るのを見計らって、かさごろうは続ける。

「納豆は昔から身体に良い、と言われてきましたが、それには奥さん、実は科学的根拠があったんですよ。」
「はい。それでは、二宮先生に説明していただきましょう。」

 かさごろうの導入に続いてアシスタントの女性アナウンサーが、今日の「講師」を紹介する。ゲストのタレント陣から少し距離を置いたところに居る白髪頭の
「講師」は、今日は二宮正人。都内大学病院の医師だ。
 二宮は、納豆のネバネバの原因が細菌であること、その細菌が腸に良い影響を与えること、ひいては高血圧予防になることをスライドを使って紹介する。
観覧席の主婦はその紹介を真剣な表情で聞き入り、必死にメモを取る姿も彼方此方に見受けられる。勿論、タレント陣も二宮の紹介を真剣そのものの表情で
聞いている。TVはそんなタレント陣の表情を織り交ぜながら、二宮の紹介を放送する。

「−このように、ネバネバ納豆は腸にも良いし高血圧にも良い。まさに一石二鳥というわけですね。」
「はい。聞きましたか?奥さん。『納豆はネバネバしてて食べ辛い』とか『納豆はあの臭いがちょっと』なんて言ってたら損!健康丸損!今日から納豆を
食べて、高血圧予防も兼ねた健康ライフを送ろうじゃありませんか!」

 かさごろうの締めのトークに、観覧席の主婦は勿論、タレント陣は目を輝かせる。高血圧予防には納豆。この公式が観覧席の主婦やタレントは元より、
視聴者の脳裏にも強く焼き付けられる。
 かさごろうが司会を務める「○得テレビ」の視聴率は、他局の同じ時間帯の番組の中でも一、二を争う。しかも最近は独走状態が続いている。理由の一つは、
この番組の目玉となった健康問題を取り扱うコーナーの「普及」だ。かさごろうはTVだけでも週7本のレギュラーを抱える売れっ子タレント。その軽快な
トークが受けて、支持層は若者から年配者まで幅広い。そんなかさごろうが熱を込めて健康問題を取り扱うのだから、否が応にも視聴率が高まるというものだ。
 理由のもう一つは、昨今の健康志向の高まりだ。
BSE(牛海綿状脳症)や鳥インフルエンザ問題など相次ぐ「食」の問題や、肥満や高血圧などの低年齢化など、健康に纏わる話題には事欠かない。そんな
状態で「この病気予防にはこの食品!」と明快且つ詳細に示されるこの番組に注目が集まるのは必然的と言えよう。

「−それでは、この辺でCMです。」

 かさごろうの締めで、TV画面がCMに入る。ディレクターの合図でかさごろうが観覧席に歩み寄って、主婦と二、三会話をする。かさごろうに声をかけられた
主婦は、最初こそ少し当惑しつつも、直ぐに興奮気味にかさごろうと言葉を交わす。番組開始前やCM中のこの会話で、かさごろうは主婦の傾向を掴み、時に
番組のトークに少し加えることで一体感を増しているのだ。

「どうです?びっくりしたでしょう。」
「はい!納豆にあんな効果があったなんて、知りませんでした!」
「奥さんは、納豆食べてる?」
「いえ、嫌いで一度も・・・。」
「それは良くない。今日から納豆を食べましょうね!」
「はい!勿論です!」

 目を輝かせての主婦の回答に、かさごろうは満足げな笑みを浮かべる。

「本番、10秒前!」

 ディレクターの声で、かさごろうはいそいそと所定の位置に戻る。
健康問題を取り扱うコーナーは病気予防となる食品の紹介だけでは終わらない。その食品を使った料理のレシピの紹介もあるのだ。毎日の献立が頭痛の
種とも言える主婦にとって、かさごろうのこの番組はまさに一石二鳥である。
 ディレクターの合図で番組が再開される。かさごろうは新しいフリップが出て来たのを確認して、観覧席に向かってトークを始める。当然TVカメラは
かさごろうを映しているから、視聴者にはかさごろうが自分に話しかけているような印象を与える。

「さて。高血圧予防には納豆、と言いましたが、中には『どうしてもあのネバネバが』とか『あの臭いがどうにも』と仰る方もおいででしょう。納豆をそのまま
食べるのが無理なら、納豆だと分からなくすれば良い。ほら、奥さんも小さい頃人参嫌いと言ってお母さんを困らせて、ある時大好物のハンバーグとかが
出て来て喜んで食べてたらお母さんが笑いながら、『そのハンバーグには人参が入ってるのよ』って言われて驚いたことってないですか?好き嫌いを
なくそうとする親のテクニックを使わない手はありません!そこで!この番組をご覧の奥様方に、とっておきの納豆料理のレシピを教えちゃいましょう!」
「はい。ゲストの皆さんには実際に試食していただきます。」

 ゲストのタレント陣の前に運ばれて来たのは、ハンバーグや天ぷらなど、見た目納豆とは無縁の料理ばかりだ。
タレント陣はかさごろうとアシスタントに勧められて、出された料理を恐る恐る食べてみる。観覧席の主婦は固唾を飲んで見守る。何度か咀嚼(そしゃく)を
するうち、タレント陣の中にあった緊張感が解けていき、不思議そうに首を傾げる者も居る。

「これって・・・、普通のハンバーグじゃないですか?」
「天ぷらも美味しい。」
「実は、皆さんに食べてもらった料理には全て!納豆が入ってるんです!」

 かさごろうの衝撃的な「告白」に、試食したタレント陣は勿論、観覧席の主婦は一様に驚く。

「嘘でしょう?だって、全然納豆の臭いがしないですよ。」
「ネバネバもないし・・・。何処に入ってるんですか?」
「それですよ!それがこれからお話するポイント!納豆を使った料理のレシピを紹介しちゃいますよ!奥さん、メモの用意は良いですか?」
「はい。それではハンバーグから順に紹介しましょうね。」

 アシスタントが前面に出したフリップを元に、かさごろうがタレント陣に試食されたレシピを順に紹介していく。観覧席の主婦は食い入るように、それこそ
一字一句聞き漏らすまいとレシピに注目し、懸命にメモを取る姿も彼方此方に見られる。
フリップには略図が併記されているため、視覚的にも分かりやすい。これだけ見ていれば料理番組そのものだ。観覧席でメモを取る主婦が居るのと同じく、
視聴者の中にもメモを取る人が多い。このレシピ紹介に入るに前後して、「○得テレビ」の視聴率は更に上昇する。レシピを参考にする視聴者がそれだけ
多いということだ。
 レシピ紹介を終えると、かさごろうはゲストのタレント陣に質問をする。当然と言おうか、返って来る答えは「納豆にそんな使い方があるとは知らなかった」
「新鮮で驚き」といったものだ。かさごろうは、TVカメラが自分の方を向いたのを確認してアピールする。

「納豆もこれからは食材の一つ!使い方次第で様々な料理に変身するんですよ!奥さん!これで今日から貴方も納豆美人に変身!」
「さあ、ここでゲストの皆さんに食べていただいた料理のレシピをおさらいしましょう。」

 かさごろうの煽りを受けたアシスタントが、先程のフリップを使って料理のレシピの概略を紹介する。観覧席の注目はピークのままで、メモを取っていた
主婦は内容の確認と修正を急ぐ。それはTVの前でも変わりない。
高視聴率番組「○得テレビ」の目玉コーナーは終了する。しかし、世間はこれからが本番なのだ。

「さあ!夕方のタイムサービス開始ですよ!今日は納豆がお得!4つで100円!」
「数に限りがあります!お急ぎください!」

 その日の夕方、全国のスーパーやデパートの食品売り場は一斉にタイムサービスを開始する。タイムサービスは今に始まったことではない。変貌点は
売り文句にある。

「納豆は、今日の『○得テレビ』の生き生き健康食品のコーナーで取り上げられた、高血圧予防の健康食品!これを食べなきゃ、健康になれません!」

 そう。「○得テレビ」のコーナーで紹介された食材がタイムサービスの目玉商品になるのだ。
夕方の時間帯にスーパーやデパートに行くのは主に主婦。とりわけ夕方の食材が安く買えるタイムサービスは「待ってました」の時間帯だ。

買う側にとっても。売る側にとっても。

 店に訪れた人々の大半は、食品売り場の一角に設けられたタイムサービスのコーナーに殺到する。そこに山積みされた大量の納豆が、殆ど奪い合いの
様相で次々と数を減らしていく。「お一人様2パック限定」と書かれているから、主婦は自分の子どもにも買い物籠を持たせ、一つでも多く買おうと躍起に
なる。レジには当然のことだが、長蛇の列が出来る。連れて来られた子どもはお菓子を強請るが、納豆目当ての主婦にその声が届く筈がない。主婦の頭の
中には「今日は納豆を買う」「今日の献立は納豆を使った○○」といった、納豆とそれを使った献立しか頭にないのだから。
 瞬く間にタイムサービスのコーナーに山積みされていた納豆がなくなってしまった。その数実に1000パック。1パック100円だから、このタイムサービスの
納豆の売り上げだけで100000円に上る。大量仕入れ、大量販売を得意とする−ここではそう述べておく−大型量販店ほど、利益が拡大する仕組みが
ここでも出来ているわけだ。
 勿論、納豆が高視聴率とは言え昼の一番組みに過ぎない「○得テレビ」で紹介されたからと言って、直ぐに大量の納豆を仕入れられる筈がない。納豆に
限らず、加工食品は製造にそれなりの時間を要する。昼に放送された番組の商品が即売り場に大量出荷、或いは入荷出来るものではない。
では、ここで今日の「○得テレビ」の放送1週間前の、帝国テレビにおける番組編成会議を紹介しよう。

「現在市場では納豆がダブついているそうです。特に関東以北を中心に。」
「関東では納豆を食べる習慣がまだ根付いていませんからね。」
「それもあるでしょうし、大豆輸入量に対する消費が追いついていないという最近の市場動向もあるでしょう。」
「大豆加工業者からは、製造が比較的短時間で済む納豆を取り上げて欲しい、という要望が寄せられています。」
「では、来週の『○得テレビ』では、納豆を紹介することにしよう。」

 こういうからくりがあるのだ。
大豆加工食品としては納豆の他に味噌、醤油などがあるが、基本的にどれも発酵食品であるため、製造から店頭に並ぶまでに時間がかかる。更に、原料の
大豆がなければ製造のしようもない。逆に、原料がダブついていると、食品関係の商社などは在庫管理に余分なコストがかかる。そういった供給側の思惑が
番組に反映されているのだ。勿論、番組のスポンサーには大手食品会社が入っている。
TVが作って宣伝し、それを見た消費者が店に殺到する。買う側は「健康に良い」「夕ご飯の献立に悩まなくても済む」といった「安上がり」な理由でホクホク
気分だが、売る側はもっとホクホクだ。
 先程も触れたが、タイムサービスの一商品で1000個のパックを並べただけで100000円の売り上げになるのだ。こんな「オイシイ」事例を見逃す術はない。
それに店側としても、消費期限が比較的短い部類に属する納豆の在庫をタイムサービスに乗じて一挙に処分出来るのだ。主婦はこのように買った納豆を
その日1日、長くても翌日には使い切ってしまう。「腐らせては勿体無い」という心理が働くせいもある。だから、消費期限が迫っていた在庫を混ぜて
しまっても一気に処分出来るから、在庫コストも削減出来て一石二鳥にも三鳥にもなる。売る側の思惑で決められた消費傾向がそのまま消費者に反映
されるのだ。売る側は勿論、製造メーカーにしてみてもありがたい話だ。

 この日の夕方の家庭の食卓には、当然のことながら納豆を使ったメニューがひしめくことになる。

「お母さん。何?今日も料理がいっぱいだけど。まさか・・・。」
「そう!今日のタイムサービスでお得だったのよ。納豆4つ1パックで100円だもん。行かない手はないわ。」
「えー!納豆ー?!あたし、納豆嫌いー!」
「母さん。どうしていきなり納豆なんて・・・。」
「何言ってるの!納豆は日本の食文化の一つよ!それにね、納豆は身体に良いんだから!高血圧予防にはうってつけの食材なのよ!」
「だからって、納豆だらけのメニューなんて・・・。」
「見て御覧なさい!見た目納豆を使ってるなんて分からないでしょ?」
「否、見た目とかそういう問題じゃなくてさ・・・。」
「高血圧予防は若いうちから始めなきゃ駄目なのよ!利美は何かにつけてハンバーガーばっかり食べてるし、お父さんはしょっちゅう飲んで帰ってくるし。
お母さんはね。家族皆の健康を毎日考えて、情報収集して、その日の献立に反映させてるのよ!」

 誇らしげに言う母親だが、全て「○得テレビ」での納豆紹介の受け売りだ。家族は、またか、といった諦めの表情で溜息を吐き、ぼそぼそと納豆ハンバーグ、
納豆天ぷらなど、納豆尽くしの料理を食べ始める。
 家族は、母親の料理が「○得テレビ」の影響を受けていることを知っている。先週は豆腐ハンバーグと湯豆腐が出て来たよな。豆腐は低カロリー高タンパク
とか言って。昨日は人参と玉葱のサラダが鎮座してたっけ。血液をサラサラにする、とか何とか。
 納豆尽くしのメニューが、こうしてある日の夕食を支配した。
明日は何だろう、と別の方面からの予測をしながら、家族は納豆料理を手早くかきこんでいく・・・。
第2章へ進む
-Go to Chapter 2-
第2創作グループへ戻る
-Return Novels Group 2-
PAC Entrance Hallへ戻る
-Return PAC Entrance Hall-