女性帝国

written by Moonstone

〜この作品はフィクションです〜
〜登場人物、団体などは実在のものとは無関係です〜

第5章

 司法は「法の番人」として実直なまでに「女性の権利保護」を実践している。
判決が出る前から結果が決まっているような傾向は以前にもあったが、こと「女性の権利保護」に関しては100%女性の主張が通る。
もっとも幾ら女性側の主張が自己矛盾を来たしていたり、こんな言い分は身勝手だと思うことがあっても、裁判官は決して女性の訴えを退けるようなことを
しない。そんなことをすれば、次に被告席に立つのはその裁判官本人になるのは必至だからである。
 これなら「女性の権利保護」に関しては、わざわざ裁判を通したりしなくても、いきなり「女性の権利擁護委員会」から「貴方は有罪です」の通知を見せて
さっさと賠償金「確保」のために財産を差し押さえたり、「矯正施設」に連行した方が税金の節約になるのに、という声も押し殺されてはいるが存在する。
海外サーバーを利用したアンダーグラウンド系webページの掲示板やチャットでは、そんな不満や怒りの声に溢れている。
海外サーバーを利用するのは、国内だと「女性の侮辱的内容」があるかどうかを監視する義務がプロバイダーやサーバーレンタル業者に課せられていて、
発覚したら勿論「処罰」されるからであり、アンダーグラウンドになっているのも内容は決して卑猥なものではないが、やはり女性団体が「女性の権利擁護」を
目的にあらゆるページを監視しているから、迂闊に公開できないのである。

ちなみにそういった監視活動は、「女性の権利擁護」のために税金で行われている。

 いくら筋道の通った議論であっても、女性団体が掲げる「女性の権利擁護」に異議を唱えるような内容は決して許されない。
何故なら、「女性の権利擁護」に異議を唱えることは即ち「女性の権利を認めない」=「旧態依然の男性中心社会復活を目指す危険思想」とされるからだ。
女性団体は事なかれ主義や「ムラ社会」的な議論のない社会に不満を抱き、「筋道を通せ」「徹底的な議論を」と叫び、「女性だから」という決め付けに反対して
「女性を議論に加えろ」「女性の声を聞け」と主張していた筈である。
 しかし・・・何時の間にやら女性団体はこれまでの男性や社会にとって変わり、男性や社会が女性に加えてきた「理不尽」を実践してはいないか?
自分たちの方向性に反対するものは「旧態依然」と揶揄し、異論を一切受け付けず、徹底的に排除する。
議論の内容云々以前に「男性だから」と決め付けているのだ。

結局女性団体は、議論の内容や主張の正当性以前に、自分達が社会の中心になりたかっただけではないのか?

そう、自分達なりに解釈した「女性は太陽であった」時代を実現するために!

・・・しかし、何もかもがもう、「女性のため」になってしまったのだ。
女性の主張は絶対正しい、反論異論は男女差別だ。・・・こんな決め付けがまかり通る世の中に。
それは・・・「法の番人」たる司法は勿論、「法を守る」警察も変わりない・・・。
 その男性は朝、何時ものように混雑する電車に乗っていた。
通勤ラッシュの真っ只中故に鮨詰め状態の車内は、本来きついくらいの冷房も打ち消すほどの蒸れと熱が充満している。
当然人々に蓄積されるイライラもじりじりと上昇を続けているが、それぞれに「この車内では仕方ない」と言い聞かせている。
 その男性も無論、例外ではない。
日本の気候を無視した機密性の高いカッターシャツとスーツを着て、その上周囲を同じような暑苦しい服と、その下にある熱を内包する肉体を延々と
押し付けられているのだ。
吹き出る汗を拭いたくても、片手で鞄を掴み、片手で吊革を持っていて動かすことすら出来ない。
 だが、此処でイライラを爆発させれば、この狭く混雑した車内に確実に伝播し、彼方此方で誘爆が起こるだろう。
そうなったら、この狭い車内は凄惨な血塗れの現場になって、次の駅に到着することにもなりかねない。
経験と理性に基づいて、それぞれじっとイライラの上昇を感じてもそれを押さえ込んでいるのだ。

 車内に見事な、しかし抑揚に欠ける機械的なハーモニーが流れる。
何事かと周囲を見回す−それもなかなか難しいほどの混み具合なのだが−人々の視線が、自然にある方向に集約される。
今まで電車の走行音と焼け石に水の感すらある冷房の音、時折流れる車内アナウンス以外は無音だった車内のある地点に、やけに甲高い、そして
早口なくせに末尾だけが間延びしている声が聞こえ始めたからだ。

「もしもしぃー、あたしぃー。・・・うんー、今電車ぁー。・・・そうそう、もうムチャ混みでさぁー、熱いくせに冷房も効かないしおまけに周囲はムサい
オヤジばかりだしぃー、もう最低って感じぃ!」
「・・・。」
「今何処ぉー?・・・あ、セントラル街?うんうん!行く行く!今日EarthQuakeの新作出る日だし、今度のデートで買ってもらう服とか選びたいし、
あと新しいアクセサリーも欲しいしぃー、・・・そうそう、今度の流行になる銀のチェーンネックレス!!あれ超イケてるでしょ!ああいうのつけて歩くと、
彼氏も喜んでくれるかなって感じぃー!」
「・・・。」
「・・・え?大学ぅ?良いの良いの!男友達に言って代返やってもらうし、ノートは後でコピーしてもらえばオッケーでしょ?うん!じゃあ10時にそこで
待ち合わせね!」

 周囲の状況お構いなしの大声で話し始めたのは、タンクトップに短パン姿と軽い服装に、透明の大きな鞄を肩に下げた若い女性である。
話の内容からして大学生らしいが、透明の鞄の中には化粧品や着替えらしい服くらいしか入っていない。
その割に鞄はやけに大きく、周囲の混雑を押しのけるように前後に飛び出している。
否、周囲の混雑を押しのけるというより、周囲が止む無くそうしているというべきだろう。
 その女性の周囲は苦虫を噛み潰したような顔をするが、注意するあと少しの気持ちが出ない。
まあ、会話からしてもう少し我慢すれば済むことだろう、と半ば諦め気分で少しでも気を紛らわせようと、中吊り広告をじっくり読んだりする。
しかし、周囲のそんなささやかな期待は、程なく見事に裏切られる。

「でさぁー、今度合コンあるっていうでしょ?あれってどうする?・・・え?そうなのぉー?そこって結構イケてるクラブじゃない!それに大京学院大っていえば、
超お洒落な男子が多いって前に雑誌に載ってた載ってた!それじゃ行かなきゃ損って感じよねぇー!」
「・・・。」
「え?彼氏?そりゃ彼氏とは2ヶ月続いてるし今度デートするって約束しているけどさ、やっぱり良い方を取った方が得じゃん?やっぱりさ、彼氏は
見た目が良くてお洒落で私のこと理解してくれる方が絶対良いしさ。今の彼氏、ちょっと見た目が良くないからムカついてたのよねー。」

 たまたまその女性の左斜め前にいた男性は、イライラの蓄積が見る見るうちに頂点に達しそうなのを感じる。
会話の内容も然ることながら、何より問題なのは周囲の状況お構いなしに携帯電話で大声で喋っていることだ。
電車を降りたら広大なホームがあるし、外へ出れば雑踏の一部になるだろう。
せめてそれまで待てないのか?それほど重要なことか?
その男性は終息の気配が見えない会話を聞いているうちに、イライラがとうとう極限に達してしまう。

「おい!いい加減にしろ!!満員電車の車内で大声で携帯を使うなんて、どういうつもりだ!!」

 周囲は勿論、その女性はぎょっとした様子で男性を見る。
女性は何故自分が怒鳴られるのか理解できないらしくてきょとんとしているが、他の客−男性ばかりだ−は内心よく言ったと思うと同時に、この人は
これから大丈夫なのか、と不安に思う。
イライラの限界に達した男性は不安を感じる暇もなく、その女性にまくし立てる。

「携帯を使うのは自由だ!だが、こんな混雑した車内で大きな声を至近距離で聞かされる身にもなってみろ!
聞こうと思わなくても、聞きたくなくても聞かされるんだ!周囲に迷惑を少しは考えたらどうだ!」
「・・・ゴメーン。後で電話する。うん。じゃ、またね。」

 徐々に自分が怒鳴られていると実感してきたらしいその女性は、いかにも不快そうに眉間に皺を寄せて、声のトーンを1オクターブ落として電話を切る。
ふてぶてしいのは気に入らないが、その女性が会話を中断したことで男性は怒りを静めて再び混雑した車内に身を委ねる。
男性が降りる駅まではまだもう暫くある。

 電車が減速を始める。車内に停車と乗り継ぎの案内をするお決まりのアナウンスが流れる。
この混雑で慣性が強く働くのか、やや大きく前のめりになってから電車はホームに入る。
外を見ると、まだ入るのかと目を疑うほどの乗客がホームに控えているのが目に入る。
毎度のこととはいえ、この光景にはうんざりする。
 空気が抜けるような音がしてドアが開く。それと同時に車内の客が吐き出され始める。
男性は車内の内側に移動して、乗降をスムーズにしようとする。
その時、男性の腕を誰かががっしりと掴み、ぐいと引っ張る。
男性は何が何だか分からぬままに、降りる客の流れに乗ってホームに引っ張り出されてしまう。
ホームに出たところで分かった。腕を引っ張ったのは男性が携帯電話を注意した若い女性だったのだ。
状況が理解できない男性に構わず、その女性は男性の腕を引っ張って駅員の方へ向かう。
そして、駅員に声をかけると、その女性は男性が予想もしないことを口走った。

「この人、痴漢です!!」
「な、何だって?!」

 男性は思わず聞き返す。女性の携帯電話を注意したが、痴漢をした覚えも経験も皆無なのだ。
しかし、その駅員はすぐさま男性の腕をがっしりと捕らえる。

「ちょっと来てもらいましょうか。」
「な、俺が何をしたって言うんだ!」
「その女性が痴漢だといったじゃないか!」
「俺は何もしてない!」
「嘘ばっかり!男のくせに言い逃れする気?サイテー!」
「嘘言ってるのはどっちだ!ふざけるな!」
「話は警察で聞かせてもらおう!貴方も証言のためご同行願います。」
「おい!俺は無実だ!離せ!!」

 周囲の視線に晒されながら、その男性は身に覚えのない痴漢の容疑で、鉄道警察に連行される羽目になった。
しかし、連行されるだけでは終わらない・・・。

「だから俺は何もしてないって言ってるじゃないか!」
「何を言うんです!勇気ある女性の告発を嘘呼ばわりするつもりですか?!」
「ご自身の罪の重さを少しは実感したらどうですか?!」
「何もしてないのに罪の重さも何もあるか!!」

 鉄道警察の性犯罪専門の取調室では、男性に対する尋問が行われていた。
いや、尋問というよりそれは、罪を認めろと強要しているのだが。
男性の前と左右には専任の女性警察官が陣取り、男性を徹底的に「取り調べる」。
別の女性警察官に付き添われている「被害者」をいうその女性は、ショックを受けたといわんばかりに泣いている。
 この取調室にいる男性は、連行された男性しか居ない。後は全て女性だ。
警官の他にもカウンセリングを担当する「女性の権利擁護委員会」のメンバーが3人も控えている。
四面楚歌とはまさにこのこと。男性は身に覚えのない痴漢の罪を、有無を言わさず被せられようとしていることを実感する。

「痴漢をしたのは彼に間違いありませんか?」
「・・・はい。間違いありません。混雑した車内で私が抵抗できないのをいいことに、あの男は・・・。」
「何と言う卑劣な行為!これは重罪を覚悟してもらいますよ!」
「こっちの話を聞け!俺はその女の満員電車の携帯電話を注意しただけだ!」
「携帯電話で助けを呼ぼうとしたら、『車内で携帯電話を使うとは非常識な』って凄まれて、どうすることも・・・。」
「ますます悪質ですね、これは。」
「携帯電話を注意しただけだと言ってるだろう!」
「黙りなさい!男のくせに自分のしたことくらい素直に認めららどうなんですか?!」

 まるで話にならない。女性の言い分を何の疑いもなく聞き入れて、自分を悪質な痴漢と決め付けている。
痴漢をはじめとする性犯罪は数年前の法改正によって、非常に罪が重くなった。
そしてそれらは全て親告罪、すなわち被害者が被害を受けたと届けなければ捜査が行われない罪状のままである。
逆にいえば、「被害者」を自称すれば捜査が始まり、場合によっては加害者でなくても容疑者になりうるのだ。
そして今では、「被害者」が名指しした人間が即「加害者」と扱われる。
何故なら、女性が言ったことは、絶対正しいのだから。

「素直に自分の罪を認めなさい!事実否認はさらに罪が重くなりますよ!」
「何もしてないのに罪を認めるわけにはいかない!これは自分の尊厳に関わる問題だ!」
「尊厳?そのような旧態依然のことを持ち出して言い逃れをしようなんて、ますます悪質ね!」
「何が旧態依然だ!罪を認めろと強要されて、はいそのとおりです、と認めさせられて黙っていられるか!大体、怖くて声が出せないのに携帯で助けを
求めるなんて出来るわけがないだろう!少し考えてみれば、その女言うことがどれだけ矛盾しているか分かる筈だ!」
男のくせにまだ被害者の女性に責任があると言うつもり?まったく最低の男ね!」
「喧しい!!何かにつけて男のくせに、男のくせに、と!!お前達は女のくせに、と言われればぎゃあぎゃあ男女差別だ偏見だと喚き散らすくせに、
男のくせに、は問題ないのか!!結局お前らはお前らが嫌う男と同じように、性別で役割分担をしてるじゃないのか!!」

 我慢の限界に達した男性は、椅子を突き飛ばすように席を立ち、声を張り上げる。

「俺だって痴漢は犯罪だと分かってる!それを撲滅しようと努力するのは妨げやしない!本当に痴漢をされたら告発するのは支援するべきだ!
だがな!女が自分の気分で無実の人間を犯罪者に仕立て上げて良いって訳じゃないんだ!法律を自分の都合で凶器にするな!」
「五月蝿い男ね!連行しなさい!女性に対する陵辱行為禁止違反、女性の尊厳侵害、並びに暴言。厳罰は覚悟なさいよ!」
「そうやって気に入らない男を収容所送りにしていけば良いさ!そしてお前ら好みの男を作っていけ!かつての男と同じようにな!!」
「目障りな男!さっさと連れて行きなさい!」

 こうしてまた一人、男性が痴漢の罪を負わされることになった。
そう、またなのだ。決してこれは珍しいことではない。

 何故痴漢は親告罪なのだ?スリは現行犯逮捕しかできないのに。
犯罪の質が違うからか?だからといって、無実の人間を犯罪者に仕立て上げて良い筈がない。
しかし、先ほどのような事例は既に現実に起こっていることなのだ。
 女性の言い分なら何の検証もなく全て採用される。被害者を自称した女性によって無実の人間が犯罪者にされるのだ。
そしてこの世界では、一旦女性から見で容疑者や被告になったら、結果は目に見えている。

法律の運用は男女平等ではないのか?
それとも、女性に都合が良ければそれで男女平等だとでもいうのか?

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