Saint Guardians

Scene 13 Act1-2 打開-Breakthrough- 雪残る頂を超える旅(中編)

written by Moonstone

 窓ガラスが不規則に揺れる音で、リーナは目を覚ます。イアソンとの通信を終えた後も様々な方面で悶々としていたため爽やかな目覚めとは到底言えないが、窓ガラスの不穏な動きでもしやと思ったリーナは、ベッドから出てカーテンを開けて原因を即座に把握する。
 外は白一色の背景に雪が横殴りに降りつけている。リーナは初めて見る、しかも季節外れの吹雪に愕然とする。
 一応日中ということで世界を照らす日光を、一面の雪が反射することで思ったより明るいものの、視界はゼロに等しい。こんな条件で出発したら遭難からの凍死に向けて踏み出すのと同じだ。寒さはと空気の薄さはどうにもならないとしても、吹雪が収まるまでは山小屋に留まるしかない。

「雪が鬱陶しいと言われる理由が分かるわね…。」

 リーナは溜息を吐いて風雪に耐える窓ガラスから離れ、着替えて食堂に向かう。
 食堂には主の男性の他にアレンとリーナが居た。軽い高山病を罹患したルイは、服薬と静養とアレンの看護が奏功して順応できたようで、頭痛に苦しんでいる様子は微塵もない。

「おはよう、リーナ。」
「おはようございます。」
「おはよう。相変わらず朝早いわね、あんた達。」

 リーナは、アレンとルイの向かいに座る。
 洗い物を減らしたり、何時訪れるか分からない訪問客に備えるため、食事は大皿から各自取り分ける形式で固定している、と主の男性が説明する。リーナはそれを了承して、空いた取り皿に料理を取って食べ始める。個別に配膳されていないと無理と思うほどリーナは潔癖症ではないし、降ると言うより叩きつけるような雪を伴う風を防ぎ、炎を維持し続ける暖炉がある暖かい空間で食事を摂れるだけありがたいと思うべきとリーナは認識している。

「窓ガラスがガタガタ揺れてる音で目が覚めたんだ。まさか吹雪なんてと思ったよ。」
「昨日到着直後から横になっていた私が言うのも何ですが、この吹雪では出発できませんね。」
「遭難したいなら別だけどね。あたしは御免よ。」
「吹雪が何時収まるかは天候次第としか言えん。視界が明瞭になるまでは此処に留まることだ。」

 道があるだけましというレベル、しかも土地勘がない行程だから、視界が悪いことは遭難に直結する危険が高まる。厄介なことに、吹雪が何時収まるかは全く予想できない。外を見ても雪しかないところに雪が降りつけるだけの光景しか見えない単調極まりない環境で、じっと時が来るのを待つしかない。

「高地に順応するには、一定期間留まるのが良い。これから先この山を越えるんだから、高地順応の機会と捉えるべきだな。」
「ごもっとも。次の山小屋が営業してる保証なんてないし、此処で十分順応したり体力を回復しておくべきね。」

 リーナはさらっと衝撃的なことを言ったが、至極正論である。
 この世界における山小屋の経営は、自身の牧畜を中心に宿泊場所の提供と引き換えに行商から提供を受ける、或いは安値で購入する物資で成り立っている。アレン達パーティーが滞在する山小屋はまだ牧畜が十分可能な高度だが、これより高度が高いところでは、牧畜が難しいと予想される。耕作しようとしても雪が多く、気温も低い高地ではより困難だ。山小屋の営業を中断或いは断念していると考えるのは、神経質どころか現実的と言える。
 更に言えば、ハブル山脈を越えた先にあるという山小屋も営業している保証はない。アレン達パーティーの物資はまだ余裕があるが、今後ハブル山脈超えと重要な拠点となるであろう独立都市ラクシャスまで行程を補給なしで乗り切ることも想定し、吹雪で足止めされる間に十分休養し、英気を養っておくのが賢明だ。

「そう言えば、新婚の嫁の高山病は解消したそうだ。」
「そのようね。」
「薬が良く効きました。ありがとうございました。」
「…どういたしまして。」

 リーナはどうも気恥かしく、素っ気ない対応をする。
 リーナは他人から感謝された経験が殆どない。養父フィーグの指南もあって薬剤師を目指して勉学に励み、時々ドルフィンが居れば伴って気晴らしに買い物に出る生活で他人と触れ合う機会が少なく−更に現在はかなり改善されて来たが人嫌いが激しかった−、レクス王国有数の薬剤師の一人娘という位置づけで平伏されたり嫉妬を買ったことはあっても、感謝されることはなかった。
 一方、リーナと同様に苛烈な過去を持つ筈のルイは、聖職者として修行を重ね、称号と地位を向上させる過程で蔑みや軽蔑を感謝や平伏に変えて来たが、他人の厚意には率直に謝意を表す。そのルイの治癒や防御など重要な後方支援能力と、旅先での家事能力の低下や停止は自身の生命の危機に直結すると感じてリーナは服薬指導をしているのだが、それに率直に謝意を表されると戸惑ってしまう。
 同時に、リーナはルイが眩しく見える。期間限定と銘打ったアレンとの夫婦関係は、ルイにとっては格段の幸せを基礎にした自己肯定感、そしてそこから派生する心理的余裕を強固にするものとなっている。かつてのような悪意に晒されても、今はアレンという絶対の味方が居るから頼れば良い。そう認識できることで生まれる幸せオーラは、クリスへの警戒感やイアソンとの関係に対する苦悩に翻弄されるリーナにはあまりにも眩しく、そして羨ましい。

「あたしは休養重視で行くわ。あんた達夫婦はよろしくやってなさい。」
「よろしくやって、って…。」
「言い訳無用。10代の新婚が毎晩1つの寝床で密着しておいて、何もしてないとは言わせないわよ。」

 揃って固まって頬を赤らめたアレンとリーナを見て、図星かと確信したリーナはニヤリと笑って席を立つ。
 元よりフィリアの妨害から遠く離れ、リーナも妨害や干渉をする気がないと分かって安心して仲を深められる状況。その上、夜は屋内屋外問わず2人きりで居られる環境がある。この状況で熱愛関係にあり、揃って性的な自我に目覚めたアレンとリーナが、寝床に入って即就寝して目覚めまで何もなしと考える方が不自然だ。
 ルイの嬌声やベッドが周期的に軋む音などは聞こえて来ないからまだ最後の一線を越えてはいないようだが、久しぶりにベッドで寝られた昨夜は、ルイの高山病が解消し、その過程でアレンの前では無防備で無力な1人の女性でも良いと確信したことで、むしろルイの方が積極的にアレンに身体を許しているとリーナは推測している。
 状況証拠は他にもある。テントは構造上出入り口に鍵をかけられないが、この山小屋の部屋は個別に鍵がかけられる。そして昨夜リーナが確認に赴いた時、部屋の鍵は消えて鍵がかけられていた。くっついて寝るまでに何らかの営みがあり、念のためリーナにそれを邪魔されないように鍵をかけたという推論に行きつく。そしてそれは、やはり事実と符合する。

 リーナは主の男性に、これから改めて寝るから昼の食事は不要と告げて部屋に戻る。ベッドに横になり、ガタガタと音を立て続ける窓ガラスを余所にぼんやりと天井を眺め、ルイの変貌を振り返る。
 自身も飛び入り参加で本選出場となったシルバーローズ・オーディションで、定数1のヘブル村予選を得票率80ピセル超えの圧勝で乗り切っただけあって、容貌は元から高いレベルだ。しかし、当初とは表情や行動から感じる雰囲気が明らかに違う。
 かつては、何処か思い詰めたようなものを感じた。自分より領域は狭いが、「此処から先は他人が踏み込むのを許さない」とする領域の境界線を明確に引いて、そこに近づけまいとしているように感じた。
 それは後に苛烈な過去とそれを生み出した実父フォンへの強い怒りから来るものだと知ったが、ある時期を境にそういった強い警戒感や思い詰めた雰囲気が消えた。その時期とは紛れもない、アレンとの交際が始まった時期だ。
 1つの節目やけじめとして、双方自信を持てる服装で対面して告白し合い、カップル成立と相成ったが、それ以前のホテル滞在時の後半から両想いだとリーナは感じ取っていた。当初から相互に好印象を抱いている雰囲気を感じたし、ルイがクリスにも話さなかった自身の出生の秘密とオーディション本選出場の本当の目的をアレンに明かしたのが後にその時期だと知った。
 ルイにとって自己と他者を線引く重大な境界線である出生の秘密やフォンへの強い怒りをアレンに明かしたということは、それだけルイが覚悟を決めて、同時にアレンを信頼したことの証であり、それを超えて互いに全力で助け合ったことで両想いを確定させたのはごく自然な流れだ。自分の全てを委ねられる存在は居ないと思っていたところにアレンが現れ、絶対の味方であることを証明したのだ。ルイの安心感はこの上ないものであり、警戒も思い詰める必要もなくなったと確信するには十分だと分かる。
 対して自分はどうか?自分から新たな関係構築を申し出ることを、相手への屈服とさえ見なすプライドが、イアソンへの言葉を出すことを頑強に阻んでいる。クリスの台頭は無視できないレベルになりつつあると感じるが、それを踏まえても尚新しい関係に踏み出せない。イアソンから言い出せば万事丸く収まりそうではあるが、現在の自分との関係ではイアソンに警戒心を抱かせて言い出せない状況にあると読んでいる。
 そこまで読めていながらプライドが邪魔してがんじがらめになっている自分。元凶であるプライドを捨てることをどうしても躊躇してしまう自分。そうこうしているうちにクリスがイアソンに本格的にアプローチし始め、自分へのアプローチに手応えを感じず疲弊したイアソンが応じたら、フィリアに嘲笑されるのは確実。だが、それでも尚プライドが強固に心の中央に鎮座して退こうとしない。
 リーナは重い溜息を吐いて目を閉じる…。
 その日の夜。リーナは人の居ない食堂で暖炉にあたりながらイアソンからの通信を待つ。
 リーナは昼寝と称して断続的に居眠りをして、夕食を済ませてから久しぶりの入浴を楽しんだ。まさかこんな山小屋、しかも突発的な吹雪の中で入浴が出来るとは思わなかったが、アレンとルイが山小屋周辺の雪を除雪したことで、それを利用した形だ。
 主の男性によると、暖炉の熱は食堂と主の男性の居室、そして浴室とトイレを暖めるように、我々の世界で言うところの床暖房や壁暖房が出来る構造になっている。また、それを利用して雪解け水などを暖めることで、水量が潤沢であれば入浴できるほど湯を湧かせる。一体誰が設計・施工したのか疑問だが−主の男性は継承したもので、継承時には既に存在したと言う−、中継地点としては十分快適だ。
 問題はこの吹雪が何時収束するかだ。バシンゲンなどより高地なため低温ではあるが、季節が大きくずれるほど距離は離れていない。しかも本来吹雪などあり得ない時期だ。山の天候は変わりやすいと言うが、突発的と言っても吹雪はおかしい。しかしこの吹雪に抗って出発すれば遭難と凍死は確実。高地順応という観点では貴重だが、山小屋とパーティーの物資を考えるとあまり長居は出来ない。

『リーナ。聞こえるか?』

 眠りとの境界が曖昧になりかけていたリーナの意識が一気に現実に戻る。リーナは握り締めていた通信機を急いで口元に持って行く。

「ええ。聞こえるわよ。…早速聞きたいんだけど、この季節に山岳部で吹雪ってあり得る?朝からずっと吹雪で足止め食らってるのよ。」
『吹雪?そうだな…。単純に季節だけで考えればあり得ないが、山岳部という条件なら低確率だがあり得るな。』
「そういうもの?」
『季節外れってことは山岳部では起こりやすい。気象の変化が読み辛いのは晴れと雨の変動だけじゃなくて、低温もプラスされるからな。』

 高気圧と低気圧と天候の関係は天気予報などで見ることが出来るが、そのメカニズムは意外と忘れられやすい。
 高気圧と低気圧は周辺気圧より気圧が高い或いは低いため、高気圧では地表付近で風が吹き出し、それを補充するように空気が下降気流が発生する。低気圧では逆に地表付近で風が吹き込み、空気は上方に向かう。等圧線が「気流は気圧の高い方から低い方へ向かう」という印象を抱かせるため、低気圧で上昇気流が発生することは直感的に理解し辛いが、空気の存在位置に高度差はないことと高気圧と低気圧は他から独立した存在ではないことを踏まえれば、高い方から低い方に流れた気流の行き先は、低い方に集中して上に向かう、すなわち空気は気圧差によって循環すると想像できるだろう。
 その上昇気流で気流が高度を上げると、低温に晒される。気流が上昇する前に太陽熱や海の水温が高ければ水分をより多く含むと、低温に晒されることで空気中に水蒸気として存在できる量を超えて水分になる、すなわち結露する。結露した水分が空中に存在するのが雲であり、それが雨を降らせる。
 翻って山で急激に天候が変動するのは、この上昇気流による雲の形成と同じメカニズムである。水分を含んだ空気が山に吹きつけられると、斜面に沿って上昇する過程で低温に晒される。これが雲を形成して雨を降らせ、低温であれば雪となる。ジャングルが形成される熱帯雨林の気候でも、高地であれば積雪があるのは、このように気圧の差とそれで生じる空気の流れ=気流、そして結露の条件である湿度が気温で変化することから生じる、一見不可思議な気象現象の共存である。

魔法で吹雪を起こすことが出来る2)って聞いたことがあるけど、それとは違う?」
『可能ではあるが、範囲は限定される。周辺を一気に、しかも丸1日とか続けるのは、ドルフィン殿やシーナさんクラスでないと無理だろう。季節外れの珍事と見た方が良い。視界が悪いし、高地に順応するためには良い機会でもある。』
「山小屋の主と同じこと言うわね。でも実際そのとおりだし、大人しく吹雪が収まるまで滞在するしかないか。」
『天候には誰も逆らえない。特に山で逆らったら死が待っている。先を急ぐ気持ちは理解できるが、命あってのものだ。』
「そうね。山越えは高山病と天気を凌げば良いけど、ファイアクリスタルの入手はそれどころじゃないだろうし。」

 リーナは一度溜息を吐くことで間を置く。その溜息は気まぐれなくせに収束が見えない山の天気に向けてのものか、それとも別のものに向けてのものか。

「イアソン。あんたの方はどう?」
『俺達パーティーとの和解交渉の任を担った使者はまだ帰還していないから、結果などは分からない。往復で丸1日かかるから、帰還は早くて明日だろう。国王側は、貨物船をはじめとする航路で必要な物資の無償提供と黒幕のマタラ元内相の厳重な処罰を柱に、最大限譲歩する方針だ。此処で俺達パーティーと和解できないと色々不都合が生じるから、国王側は交渉の結果を待ち侘びている様子だ。』
「ドルフィン達が居るバシンゲンの様子が分からないのが残念ね。もっとも、ドルフィンが此処で国王に譲歩するとは思えないけど。」
『今回は何しろ国王側が圧倒的に不利だ。臣下の重大な不始末の尻拭いとは言え、俺達パーティーに重大な損害を齎したのは事実。しかも実質的な外交使節でもあり、聖地ハルガンの動向を探るためのランディブルド王国国王と王国教会の代理でもあるルイさんが加わっているパーティーに対しての狼藉は、ランディブルド王国に喧嘩を売ったようなもんだからな。』
「マタラの処刑はまだ?」
『国王側は、マタラ元内相の処遇を交渉条件の1つにしている。俺達パーティーが要求すれば処刑するという体だ。』
「要求に従ってマタラを処刑するから何卒ご勘弁を、ってこと?」
『そういうことだ。ドルフィン殿がそれで納得するかは別として、マタラ元内相の運命は破滅しか残されてない。』
「呆気ないほどあっさり転落したもんね。欠片も同情しないけど。そのマタラを実質支持する軍の強硬派はどうなの?」
『そちらの動きはない。今動くのはタイミングが悪過ぎる。軍部でも強硬派は将校クラス、特に若手くらいで、大多数を占める一般兵は明らかにマタラ元内相から離反している。クーデターを起こしてマタラ元内相を救出するには、兵力が圧倒的に足りない。将校と言えど所詮は階級だけの話。自分の実力でことを進められるわけじゃない。』

 タリア=クスカ王国軍部の強硬派がマタラ元内相の復権を目指してクーデター画策へ向かう胎動があるが、現実は厳しい。
 既に国王が内相兼務を宣言し、まず先住民族との事実上の停戦と銘打って平時体制への再復帰とローテーションでの休暇を指示した。鎮魂祭開催に合わせて一時は平時体制になったが、マタラ元内相が自作自演で起こした王城爆破事件で再び何時終わるともしれない臨戦体制に逆戻りしていた。王城爆破事件は衝撃的だったもののそれ以降先住民族から攻撃らしいものがなく、神経をすり減らすだけだった一般兵や下級士官にとって、平時体制への再復帰と休暇は国王への求心力を回復するものになった。
 強硬派の将校が命令で兵を動かそうにも、軍部の最高司令官は国王であり、その国王が発した命令に背いた命令を出そうとすれば、一般兵や下級士官から反感を買い、国王に報告される危険が高い。
 しかも今は非常に時期が悪い。国王の命に反するだけでも専制国家では重大犯罪だが、その国王に事実上のクーデターを仕掛けようとしたマタラ元内相の処刑時期が取り沙汰されている現状で兵を動かそうとすれば、マタラ元内相と同じ反逆分子と見なされ、直ちに収監、ひいては前座としてマタラ元内相より先に処刑されかねない。せいぜい秘密裏に決起集会を開いて強硬派内で士気を高めるくらいしか出来ない状況だ。

「一応手を打っておいた方が良いだろうけど、その辺どうするつもり?」
『和解交渉の結果を待って、国王が軍部上層部との面談を行うよう情報操作する。マタラ元内相に奪われていた軍部の求心力を回復するには、やはり上層部との意思疎通が必要だ。』
「国王に反逆しようって魂胆なんだから、崇拝するマタラ元内相と同じ末路を歩ませた方が良くない?」
『先住民族に対して強硬一辺倒だったマタラ元内相から軍部の方針が抜本的に変わったことを内外に印象付けるには、敢えて釘を刺す程度に留めておいた方が良い。反対派は悉く粛清って態度は禍根を残すし、今後見込まれる先住民族との停戦や和解の交渉にも影響が出る恐れがある。』

 イアソンの調査で、国王は元来好戦的ではなく、国民を疲弊させ国力を低下させる一方の先住民族との抗争を収束させたい考えだったと分かっている。奇しくも軍部を掌握していたマタラ元内相が事実上のクーデター疑惑の発覚で失脚し、国王は軍部に対しても大幅な方針転換を打ち出せる機会に恵まれた。
 1つは既に発令した平時体制への再復帰とローテーションでの休暇だが、マタラ元内相と密接な関係にあった上層部に対しても、マタラ元内相の失脚がイコール軍部上層部の粛清ではないこと、方針は変えるが上層部の首まで挿げ替えるのではないと強調し実践することで、強硬一辺倒だったマタラ元内相との違いを強く印象付けられる。
 マタラ元内相に軍部を掌握されていたことで、軍部との意思疎通が出来ていないのが国王の重大な課題だ。自分の方針を伝え、軍部上層部の連帯責任への警戒感を払拭して軍部の面からも政治体制の安定化を図るには、やはり地道な意思疎通が王道だ。相互理解は強制や処罰で培えるものではないことは、歴史が証明している。

「そういう考えもありか。その辺はあんたに任せるから、十分注意しなさいよ?」
『ああ、分かった。それにしても、リーナは夜でも平気だな。アレンはやや眠そうな時があったんだが。』
「あたしは夜行性だからね。アレンは健全な早寝早起き型だし、今は嫁とよろしくやってるか、終わって熟睡中じゃない?」
『ちょ、ちょっと待て。あの2人、もうそんなに進んだのか?』
「最後の一線は越えてないみたいだけど、それに近づいてるみたいよ。あたしが今朝鎌かけたら図星だったようだし。」

 流石にテントではリーナに聞こえるし見られると感じて、主にアレンが衝動を堪えながら密着して寝るに留まったが、鍵付きの個室が用意された山小屋では、それまでのルイの軽い高山病関連の経緯もあって、アレンが床に入ったことで双方の衝動が抑えきれなくなった。詳細な描写は割愛するが、吹雪を伴う空一面の雪雲特有の鉛色で弱められていたとは言え、朝陽が差し込む室内で先に身体を起こしたルイが下着姿を晒しても何ら隠そうとしなかったこと、2人の服は下着を除いてベッド下に積み重なっていたことだけを記しておく。
 期間限定とはいえ夫婦関係を締結し、唯一にして最大の妨害者であるフィリアの目も手も及ばない場所で、アレンとルイは着実に信頼と愛情を強め、仲を深めている。このまま2,3日山小屋に滞在すれば、部屋からルイの嬌声が聞こえて来るのではないかとすら、リーナは推測している。

『俺は最早言葉が見つからない。この先更に進展しそうではあるとだけは言える。』
「夜に騒がしくするのは、あたしが寝るのを邪魔しない程度に抑えて欲しいんだけど、釘を刺すタイミングが取り辛くてね…。新婚の営みに口を挟むなんて姑や小姑みたいで何か嫌だし。」

 入浴時、リーナは少しルイと話をした。リーナは昨夜のことには敢えて触れず、夫婦関係を締結したこの期間中にアレンに身体を許す考えはあるのかという1点に絞った。
 ルイからの回答は、「シチュエーションと相互の感情が一致すれば、アレンさんに全てを捧げます」。少し時間をおいての回答だったことから若干の迷いはあるようだが、絶対に拒否するつもりはなく、むしろ身体を許すことを前提にアレンにムードを盛り上げて欲しいと願っていると感じ取った。
 リーナはルイが軽い高山病を罹患したことを挙げて、今後更に高度を上げるからより高山病罹患の確率が上がること、そうなったら最悪下山するしかなくなって旅の目的、つまりはアレンの剣復活の計画が頓挫してしまい、宿敵ザギとの決戦やアレンの父ジルムの救出にまで悪影響が及ぶことを説き、山越え完了までは身体を許すのを避けるよう勧告した。ルイも旅の目的は忘れていないようで素直に了承したが、リーナはその際、自分の睡眠を邪魔するほど大きな声や音は出さないよう旦那にも言っておけ、と釘を刺すべきだったと後悔している。

「2人の監視役に名乗りを上げて町を出たのは良いけど、こうも熱愛ぶりが隣で続くと精神的にちょっときついわね。あたしはその手のことに耐性が低いし。」
「じゃあさ…。いっそリーナも耐性を上げるために、俺と熱愛してみないか?」

 リーナがアレンとルイの関係を羨ましく思っていると察したイアソンが、久しぶりにストレートなアプローチを試みる。
 察しの良さではパーティー随一のイアソンは、リーナがバシンゲンの町を出てからの口調が日を追うごとに変化していると感じていた。それはイアソン以外には感じ取れない微妙なものが多いが、リーナが何か言いたげな、現状を変えようともがいている雰囲気が口調に滲み出ていると察し、それはアレンとルイの熱愛ぶりに当てられ、自分もそうなりたいとある意味感化されてのものだと推測していた。
 偶然リーナからアプローチを促すような言葉が出たことで、イアソンはアプローチで返したのだが、リーナからの反応はまったくない。唐突なアプローチに耳を疑っているのか、あまりに場を弁えないアプローチと受け止めて怒りに身体を震わせているのか、姿が見えない状況でのリーナの沈黙はイアソンの冷や汗を増やすだけだ。
 イアソンはどうやってこの重苦しい沈黙を打開しようかと必死に思考を巡らす。
 長い検討の結果、ようやく出した結論である「怒りを鎮めるよう必死に謝る」を始めようとした時、イアソンの耳にリーナのか細い声が流れ込んで来る。

「…考えさせて。」

 時間を半日ほど巻き戻す。場所はバシンゲンの町の町長宅。その応接室はかつてない緊張感に包まれている。
 テーブルを挟んで片方に緊張で表情が強張った中年の男性。その向かい側には腕組みをしているだけで圧倒するような威圧感を感じさせるドルフィン。ドルフィンから見て左側に仲介役として町長が座っている。
 男性はタリア=クスカ王国国王がパーティーとの和解交渉のために派遣した使者。道中は護衛の兵士を複数伴っていたが、町の正門で止められ、男性が事情を話すとドルフィンが登場し、護衛は中央教会の礼拝堂で待機するよう指示し、男性は事前に話を通しておいた町長宅に案内して今に至る。
 使者の男性は、話をどう切り出すか迷う。使者の男性は交渉相手をルイと想定していた。ところが出て来たのは内務省経由で聞いていた浅黒い肌の美少女ではなく長身で筋肉質の男性。これだけでも威圧感を覚えたが、ルイと交渉したいと申し出ても、交渉相手がマタラ元内相率いる軍部の狼藉で船を沈められたパーティーであれば、その代表者は自分であり、自分が話を聞くとドルフィンが譲らなかった。更に真摯に交渉したいなら護衛の兵は同席不要、同席の強行は戦闘であり、その際全員の生命は一切保証しないと明言された。
 鎧も盾も装備していないが「戦ったら即殺される」と感じさせるドルフィンに護衛の兵も尻込みし、ドルフィンの要求を受け入れて中央教会の礼拝堂に移動し、使者の男性はドルフィンと1対1での交渉に臨むことになった。

「使者殿。まずは今回の交渉についての背景などからお話し下さい。」

 ドルフィンが発する威圧感に晒されて冷や汗まで流し始めた使者の男性に、町長が助け船を出す。
 使者の男性は慌てた様子で和解交渉で使用するため、内務省から託された文書を懐から取り出す。それも緊張のあまり手元が定まらず、何度も落としたり広げるため端を持ち損ねたりする。

「え、えー…。この度はマタラ元内相の指示により、軍部がルイ様をはじめとする皆様方に夜襲をかけたばかりか、皆様方がランディブルド王国から貸与された船舶を破壊し沈没させるという愚行を働きました。こ、この愚行の背景には、対外的には先住民俗排斥、対内的には近年国内に蔓延する謎の病への対策を国王に求めたマタラ元内相が、皆様方のご尽力による特効薬の無償配布をあろうことか謎の病の蔓延と結びつけ、排斥と追放により対内的な有効策を講じたと宣伝するための策謀であったことが、国王陛下直々の事情聴取で明らかになりました。」
「やはりそういう背景がありましたか…。」
「…。」
「そ、その上、マタラ元内相は王城爆破を自作自演し、先住民族の仕業だと主張する愚行まで働いたことが明らかになりました。国王陛下はこれらを国家並びに国王陛下に対する反乱を企図した重大な犯罪と見なし、マタラ元内相を罷免し収監しました。」
「な、何ということを…。」
「…。」
「そ、そこでこの度国王陛下は、船舶の喪失をはじめとする甚大な損害を被った皆様方に真摯にお詫びすると共に、以下の条件を提示してご了承いただきたいと思い、国王陛下に代わりまして私、タリア=クスカ王国外相ブランゴ・ディアグロが馳せ参じた次第でございます。…こ、こちらをご覧ください。」

 使者であるブランゴ外相は、読み上げた口上とは別の文書をテーブルに広げる。そこに記載された和解条件は以下のとおりである。

1.喪失した船舶に換えて、タリア=クスカ王国所有の貨物船を無償・無期限で提供する。
2.1で無償提供する貨物船に積載する物資は、タリア=クスカ王国が無償で提供する。
3.一連の狼藉を企図並びに首謀したマタラ元内相を厳重に処罰する。実行した兵士は厳重注意する。
4.一連の狼藉による皆様方への被害について、ランディブルド王国への報告は控えていただく。

「…い、以上でございます。ご質問などございますか?」
「4は船と物資を無償提供して、マタラを始末するから表沙汰にするな、と読めるが、船が変わっていたらランディブルド王国が看過する筈がない。その際も黙っていろというのは、俺達パーティーが貸与された船を沈めたからタリア=クスカ王国から貨物船の無償提供を受けた、とあたかも俺達パーティーの不始末をタリア=クスカ王国が補填したことにしろというのと等価だ。この条項は到底受け入れられん。」
「え、そ、その件に関しましては、今後の2国間の関係を良好に保ちたいことから、何卒穏便にしていただきたいというのが、国王陛下の御意向でございます。」
「臣下の暴走を止められなかった不始末を、俺達パーティーに泥を被らせることでなかったことにしようとする魂胆が気に入らん。」

 2国間関係を考えればブランゴ外相の主張は適切だが、パーティーが失態を犯したことにしろというのは、ドルフィンには受け入れられるものではない。
 ランディブルド王国の国民という認識があるルイならまだ譲歩の余地はあっただろうが、ドルフィンは2国間関係とは無縁の存在。しかもドルフィンは、今回の事態がタリア=クスカ王国側の圧倒的に不利な状況であると見通し、パーティー側が全面有利な条件が揃わない限り和解はないとの方針を貫く考えだ。ブランゴ外相は打開の糸口を見いだせず、言葉が出ない代わりに脂汗を出す。

「もう1つ。3のマタラの処分について具体的な刑罰がないのは何故だ?」
「け、マ、マタラ元内相の刑罰は未定の段階でして…。現在、余罪や背後関係等について尋問中でございます。」
「こちらの要求の刑罰を与えることで、交渉を有利にしようとしているなら、それは無効だ。」

 交渉カードを見通したようなドルフィンの発言に、ブランゴ外相は内心酷く動揺する。
 ランディブルド王国教会全権大使という肩書を持つとはいえ弱冠15歳のルイなら、少し強く出れば譲歩を引き出せたかもしれない。しかし、ドルフィンにその策を使えば直ちに交渉決裂の上、バシンゲンの町から蹴り出されるのは目に見えている。
 こちらの条件を全て受け入れなければ交渉は成立しない、との態度が威圧感に含まれて溢れ出すドルフィンに対して譲歩を求めることはまず不可能。しかしブランゴ外相は、マタラ元内相の処遇を交渉カードとして提示する条件でパーティーと和解交渉を成立させるよう命令されている。あちらを立てればこちらが立たず。八方塞とはこのことだ。

「貴様では埒が明かん。国王と直接交渉させろ。」
「こ、国王陛下と直々にですと?!」
「回答期限は3日後。伝令なら護衛の1人2人に行かせれば良い。滞在場所はあるから心配要らん。」
「し、しかし、国王陛下はマタラ元内相の業務をも兼任され、長年の先住民族との抗争で疲弊した我が国を立て直すため昼夜分かたずご尽力中であって…。」
「外相という職階は飾りか?使者とは名ばかりの傀儡か?」

 ドルフィンが更に威圧感を高めながら迫る。ブランゴ外相は思わず身を引いてしまい、ソファの背凭れに身体をめり込ませる。

「何なら俺が今から直接王城に乗り込んでも良いが、交渉決裂の上に何の連絡もなく交渉相手に王城に乗り込まれたら、貴様の立場も危うくなるだろう。それでも良いのか?」
「…わ、分かりました。こ、国王陛下に伝えますので、し、暫しお時間を…。」

 ドルフィン相手では国王の意向に沿った和解交渉は到底成立しない。ドルフィンの威圧感に圧されながらそう判断したブランゴ外相は、ドルフィンの要求を受け入れる。否、受け入れるしか選択肢はない。
 パーティーとの和解交渉が成立しなければ、先住民族との停戦や共存への道を開く和平交渉を進めるにあたって、後方に爆弾を抱えることになる。更にドルフィンからランディブルド王国に事の次第が報告されれば、最悪国家間紛争に発展する。長年の内戦で疲弊し、国力も減退している現在のタリア=クスカ王国では、政情がかなり安定していて軍部が統率されているランディブルド王国との紛争で勝算はない。

「回答期限は3日後だ。くれぐれも忘れるな。」
「も、勿論です…。」

 ブランゴ外相は逃げるように応接間から出て行く。陪席の町長は、一国の外相相手に一切妥協せず、逆に圧倒してより有利な交渉へと持ち込むドルフィンの迫力に背筋が寒くなる。ブランゴ外相が退室した後も、ドルフィンは次の状況に向けて対策を講じているのか、真っ直ぐ正面を見据えて身動き一つしない…。

用語解説 −Explanation of terms−

2)魔法で吹雪を起こすことが出来る:魔法名はブリザード。力魔術の1つで氷系に属する。激しい吹雪を起こして視界を遮ると共に敵をマイナス数十度の低温に晒す。変温動物には特に効果が高く、視界を遮ることで間接的に敵の攻撃能力を低減する効果を有する。水と風の複数同時制御がやや難しいため、Conjurer以上で使用可能。

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