Saint Guardians

Scene 12 Act2-2 悪意-Malice- 戦乱と混沌へ導く策謀の奈落

written by Moonstone

 アレン達パーティーによる謎の病への対症療法は着実にタリア=クスカ王国全土に広がり、定着しつつある。だが、根本的な解決には至っていないのは
事実。幾ら薬剤の効能が高いといっても、体力や持病によっては重症化して死亡する危険性もあるし、今後病が変質する危険性もある。やはり一時的にでも
病の感染場所である確率が非常に高い思しきカーンの墓を封鎖し、病の発生源を根絶する必要がある。
 だが、1000年以上経過した今も英雄と崇められ、そこに限っては先住民も人型の他種族も武器を置き、共に感謝と鎮魂の祈りを捧げる場所であるカーンの
墓を封鎖するのは、病の治療に大きな貢献を果たしたパーティーでもまず不可能だ。とすれば、政治力を行使するしかない。それが発揮できるのは国王
だが、それをパーティーから進言出来る可能性がある人物は1人しか居ない。

「国王陛下への進言、ですか。」

 その日の夜。夕食を済ませた後、アレンはルイを宿のラウンジに連れ出し、イアソンからの依頼を実行する。
フォン関係での仲介などであればアレンも気が進まないが、ことはタリア=クスカ王国全土に及ぶ。しかも、ハルガン航路の急な途絶とほぼ重なる形で発生
した謎の病の背後にはクルーシァ、特にザギの影が見え隠れしている。病の根絶によってその原因からクルーシァやザギの思惑を糸口でも掴み、ひいては
ハルガンの現況を窺い知るきっかけにもなる可能性がある。だが、ルイは権力を行使して他人を懐柔したり意のままに動かすことを良しとしない性格だ。
パーティーの誰かが「必要だから」と前置きして説得してもそう簡単に受け入れるとは思えない。頑固な側面もあるルイを説得するにはアレンが最適だ。
イアソンもそれを見越してアレンに依頼している。
 勿論、夕食が終わって直ぐにルイがアレンに連れ出されるのを見てフィリアが面白くない筈がないが、パーティーの今後を左右する行動を邪魔しないように、
とイアソンが釘を刺している。

「うん。一時的に墓への立ち入りを禁止して、その間に病の原因を特定して根絶する必要があると思うんだ。そうしないと、何時までもこの国の人達は病に
かかる危険を冒すことになるし、薬剤の材料になる薬草も無尽蔵じゃない。不作や買い占めで高騰したら大変なことになると思う。」
「私もそう思います。」
「かと言って、俺達にはカーンの墓への立ち入りを禁止する権限はない。それが出来るのは国王だけだろうから、全権大使のルイさんが進言することが唯一
実現可能な道だと思うんだ。…どうかな?」
「アレンさんの言うとおりだと思いますし、私の力が必要であれば、それを行使する準備はあります。」

 ルイが渋るかと思いきやすんなり承諾したことで、アレンは内心胸を撫で下ろす。
ルイが全権大使という肩書とそれに付随する強大な権限を、キャミール教やランディブルド王国への足枷であり、権限の行使はキャミール教やランディブルド
王国への借りとなって足枷を強めると認識しているのではないか、と思っていたためだ。

「その代わりと言っては何ですが…、アレンさんに1つお願いしたいことがあります。」
「俺で出来ることなら。」
「国王陛下への謁見の際に、アレンさんに同行してもらいたいんです。」
「そんなこと出来るの?ああいう場所って関係者以外近づけないんじゃない?」
「随行者を伴えるよう申し出るのは私がすることです。私1人では緊張や不安が大き過ぎますから。」

 全権大使の肩書を使って謁見を申し出るのはルイだから、余程無茶なことでない限り承諾されるだろう。謁見者が随行者を伴うことはさほど珍しくない。
厳粛な場である以上、随行者は謁見終了まで身動き1つするのも憚られるような窮屈さと強い緊張感に苛まれるだろうが、アレンにとっては呪文の暗記に終始
した魔術学校よりは楽だ。
 ルイとしては、全権大使の権限を行使するのはやはり気が進まないし、異国の国王に謁見するのを想像するだけでも緊張感を拭えない。だが、アレンが
同行してくれるなら心強いし、そのために全権大使の肩書を利用するのは悪くないと思う。このあたり、なかなかしたたかな思考と言えるし、フィリアにとっては
小賢しい破戒聖職者に映るのは致し方ない。

「アレンさんは同行してくれますか?」
「それは勿論だよ。同行が許可されるかどうかは分からないけど。」
「同行の申請が許可されるように私が申請しますから、アレンさんが気に病む必要はありませんよ。」

 ルイの発言は、アレンの随行が許可されなければ謁見を見送る考えだと匂わせるものだが、アレンは気に留めない。気に留まるほど考えが及ばなかった、
つまりは鈍感だったとも言えるが、ルイはアレンが姫でも扱うかのように自分に気を回すかどうか推し量るタイプではない。

「謁見のお話を聞いてふと思ったんですが…、国王陛下に謁見してカーンの墓への立ち入り制限を申し出るにあたって、具体的な行動計画を提示した方が
良いと思うんです。」
「どんなこと?」
「主には、カーンの墓への立ち入り制限の期間です。制限解除の見通しが立たないとなると、国民の不満が高まって政情不安を招く恐れがあると思います。」

 ルイの意見はもっともだ。
ある意味国民的英雄として崇拝されているカーンの墓への墓参制限は、国民の不満を呼び起こす危険性が高い。不満が外に向かって爆発すれば、現在は
謎の病の蔓延のため休戦状態となっている先住民との抗争が再開し、内部に向かって爆発すればルイが言うように政情不安を引き起こし、どちらにしても
パーティーの滞在が困難になる。
 戦争が続く中で当事者同士から情報収集をするのは、極度の緊張下における敵との誤認やスパイとの嫌疑を呼ぶ危険性が高い。立ち入り制限は具体的な
日程を極力絞って提示することは、パーティーの安全保障にも繋がる。

「そこまで考えてなかったな…。」
「私もアレンさんからのお話を聞いてふと思いついたことですよ。」
「立ち入り制限の期間をどのくらいに出来るかは、シーナさんの判断が必要だから、それは俺から言うよ。制限の期間が決まってからルイさんが謁見を
求める、って方針で良いかな?」
「はい。」

 打ち合わせが終わったアレンとルイは、そのままラウンジのベランダに出る。
ウッドデッキを2階に引き上げたような木製の広場には人気がない。空には今まで見たことがない配置で星が輝いている。これまで生きてきた世界から遠く
離れた、未踏の地という概念すら及ばなかった南の世界を象徴する空は、時折ドン、ドン、ドン…と低音で打ち鳴らされる太鼓のリズムを背景に賑わう夜の
バシンゲンの町に天からの彩りを齎している。他人の気配がなく、美しく輝く星が深い藍色の背景に贅沢に散りばめられた夜空と燃え盛る松明の静と動の
コントラストが映える異国の夜景は、アレンとルイのために用意された舞台のようだ。
 アレンとルイはどちらからともなく手を取り合い、互いの指の間に自分の指を滑り込ませる。そして互いに身体を寄せ合い、ルイがアレンの左腕に自分の
左腕を回して密着の度合いを強める。ランディブルド王国を出港してから2人きりになる機会は限られているが、ランディブルド王国で培った強い相互理解と
深い信頼をベースに、緩やかではあるが着実に仲を深化させていることが垣間見える。
 不十分な対処しか出来ず負の連鎖に陥りかけていたところに、効力の高い薬剤の調合の指導や各地域教会を介しての無償・安価な供給を齎したことで
パーティーの知名度や信頼は十分なものになってはいるが、やはり勝手が分からない異国の地。みだりに夜間に外出することは危険を強く予感させる。
宿から夜空を主体とする夜景を眺めるくらいがアレンとルイが今出来るデートの限界だが、まだまだ熱が高まる時期の只中に居るアレンとルイには、その
瞬間に2人きりで居られることそのものが嬉しくて楽しくて幸せでたまらない。
 2人はベンチを見つけて密着したまま腰を下ろす。特等席で夜景を眺めることでロマンチックな気分に浸る一方、アレンは別の気分の台頭を感じる。ルイが
手を繋いだ状態で左腕を回して密着することで、ルイの右側の胸がアレンの左腕に押しつけられている。ランディブルド王国−厳密にはリルバン家本館で
愛を育んでいた時期にも渡航が近くなる時期に幾度かこのような体勢になったが、かなり久しぶりとなる今回は以前より強く押し当てられている。密着がより
強いのが理由だが、それはルイの意向を反映してのものだ。
 アレンと出逢うまで、ルイは成長に伴いエルフの特徴が強く出て来た自分の肢体を、邪な欲望を引き寄せる忌まわしいものとすら認識していた。しかし、
アレンとの交流によって聖職者一辺倒でなくなったことで、ルイは自分の肢体を魅力として認めるようになった。特にヘブル村に一時帰還した際にアレンが
関心を示した胸は、自分の魅力の最たるものだと自覚し始めた。
 しかし、胸元が大きく開いた服などでは、アレン以外の男性の視線を引き寄せる恐れがあるし、それはルイの求めるところではない。高温多湿の気候13)
耐えるより快適さを優先するフィリアやクリスは急遽調達した半袖やミニスカートなどで凌いでいるが、ルイは薄手の服に交換する程度で、肌の露出を防ぎ
続けている。一方で、薄手の服にしたことで胸のたわみはより一層強く伝わる。しかもアレンは半袖だ。視覚からは遠のけられるが密着しているがゆえに
感触がより明瞭に伝わることで、アレンだけには見せたり感じさせたりするという意志表示としている。
 フィリアに言わせれば非常にあざとく、したたかな方法だが、特定の異性の肢体が僅かな衣類を通して感じられる幸福感と独占欲を同時に刺激されれば、
アレンが心揺らがない筈がない。「誰かが見ているかも」「現役聖職者のルイに迂闊に触れるのは憚られる」といった気持ちがどうにかブレーキをかけている。
 キャミール教の聖職者はこの世界において王侯貴族とは異なる方向で高貴な存在と見られやすい。14)ハルガンと並ぶ「本家」であるランディブルド王国
では、聖職者でも恋愛もすれば結婚もするし、離婚する場合もある。偶に複数の異性と関係を持ったり、酒池肉林に溺れる自堕落な者も出るが、教会人事
服務規則で厳重に罰せられるし、そのような輩が出るのは聖職者だけの話ではない。聖職者も人間である以上、様々な誘惑が精神的堕落の大穴へと引き
摺り込むべく付き纏うし、それを躾や教育によって構築した倫理観で防御している。だから聖職者と言っても特別な存在ではないのだが、宗教は宗祖など
「本家」から離れるほど、宗教の本質ではない高貴さや崇高さを帯びるものだ。その影響下で長く暮らしてきたアレンは、ルイとの仲を深めるにあたって、
ルイが聖職者であることがかなりの心理的ハードルになっている。
 星空を見るのもままならず誘惑と理性の激しいせめぎ合いに翻弄されるアレンに、ルイが次の一手を出す。

「私は…、聖職者である前に、1人の女性であるつもりです…。それで良いと教えてくれたのは…他ならぬアレンさんです…。」
「…。」
「暴力でねじ伏せて無理矢理でなければ…私は…別に…。」

 「遠慮なくどうぞ」を薄皮一枚で覆ったルイの言葉に、アレンの中で起こっていた誘惑と理性のせめぎ合いは、誘惑が徐々に優勢になっていく。直ぐ隣に
特別な感情を膨らませ続ける異性が居て、しかも女性ならではの部位を密着させているのだ。かつてなら慌てて払い除けていただろうが、長年の
コンプレックスを克服してルイと交際を始め、仲を深化させるハードルを1つ超えた今のアレンはそうはしない。
 アレンはルイの肩に手を伸ばす。アレンからの動きを察したルイは、手が届きやすいように身体の向きを少し捻って左肩をアレンの方に近づける。その
副作用でルイの右側の胸がより一層アレンの左腕に押しつけられ、大きく撓む。催促するような錯覚を覚えたアレンは、ルイの肩を掴んで引き寄せ、一気に
唇の距離をゼロにする。やや強引に映るアレンの行動にルイは一瞬驚いて目を見開くが、直ぐに目を閉じて今の環境と気分に浸かっていく。
 バシンゲン入りしてから昼は謎の病との遭遇に始まる薬草の購入や搬入、調合された薬剤の配達に追われ、夜は夕食と並行しての情報の集約と会議に
不慣れな地域での外出が憚られることから、2人きりになる機会が取れなかった。暫しの唇の感触の堪能に続いてほぼ同時に互いの舌の進入を受け入れた
今のアレンとルイの頭からは、誰かに見られているかもという不安は霧散している。ごく限られた領域である「2人きりの世界」を構築してどっぷり浸りきったが
故の忘却とも言えるが、あまりに強烈な濃密ぶりに他の者は近寄り難いとさえ思うだろう。ベンチの背もたれに隠れているが、密着ぶりはこれまで以上だ。
 何度かの息継ぎ的な間を挟んで続く深いキスの下で、ルイはアレンの左腕に抱きつくような形で最大限密着し、アレンはルイを抱き寄せた右手をルイの左の
胸に当てている。ルイは勿論アレンの手の位置を敏感に感じ取っているが、呼吸の粗さや頬の赤らみ具合に表れるだけだ。そのアレンの右手はと言うと、
ルイの胸をほぼ正面から覆う体勢ではあるものの、動きは全くない。手を自然なつもりで移動させてようやく辿り着いたまでは良いものの、その段階で興奮が
頂点に達してしまい、次を考える余裕がないためだ。
 片手落ちとか稚拙とか色々批判は出来るが、仲の進め方はそれぞれだ。触れるだけ、触れられるだけで興奮の頂点に達するのだから、新鮮で初々しいと
いう見方も出来る。どちらもこれまで感じたことがない感触や興奮で頭が完全にオーバーヒートして、密着して深いキスをする体勢から殆ど動きがなくなる。
 アレンが女性の胸に触れるのは初めてだ。しかも相手は交際中の異性であるルイ。顔や髪や手など普段から露出している部位以外は触れたことが
なかったし、以前偶然まともに見たことがある下着姿で垣間見えた、特定の関係でなければまず触れられる機会がない部位に触れている。手を動かさなく
ても覆うように置いた時点で、左腕に感じるものと同じ感触を感じた。それだけである種の達成感や高揚感が大量に溢れだし、興奮がピークに達した。
 ルイが男性に胸を触られるのも初めてだ。母がハーフのダークエルフだけあってか早熟な方で、クリスにしょっちゅう胸を揉まれて来た。聖職者として
それなりに出世した途端態度を180度変えた村の男性の視線が胸に集中したのもさることながら、それを不愉快に思う村の女性の視線も集めた。アレン達
パーティーと出逢い、参入してからも、それまでの感覚が抜けないクリスと、横恋慕してアレンに付き纏うフィリア−驚くべきことにルイの認識はこうだ−に、
ことあるごとに揉まれている。フィリアは多分にやっかみがあるらしく、揉まれると痛い時もある。そんなこともあって忌まわしいものとすら思っていた自分の
肢体、特に胸だが、アレンと出逢い、交際に至ってからはそれが自分の魅力の最たるものだと認識するようになっていたのは前述のとおりだ。自分の左胸に
触れるアレンの手は全く動く気配がないが、それは自分が痛くないように気遣ってくれて、力の入れ加減が分からないから触れたままで居るからだと思う。
思い違いそのものだが、これまでの「処遇」を考えればそう思うのもむべなるかな。そしてそれが幸福感と興奮を呼び起こし、他のことが何も考えられないほど
頭の中を埋め尽くした。
 ベンチの背もたれ側から見えるだけでも思わず視線を逸らしたくなる濃密ぶりを醸し出すアレンとルイは、余程強い眠気か敵の急襲でもない限り2人きりの
世界から脱しそうにない…。
 アレンからの提言で、リーナとシーナがカーンの墓の封鎖期間を検討し始めた矢先、パーティー発の薬剤が病に十分な効果を発揮しない事態が勃発した。
パーティーが拠点としている港地域教会には、他の地域教会の聖職者や薬剤師などが殺到し、特にシーナは朝から対応に追われることになった。
 港地域教会に運び込まれた患者をシーナは診察する。患者が呈する症状はこれまでの高熱と胸部から全身に拡散する痛みの他、赤い粒上の発疹が
全身に見られる。痒みはないものの、体内からの発熱に加えて全身を蒸しタオルで包まれたような熱のカプセルに封入されたような感覚だという。高温多湿の
気候と内外から絶え間なく襲う発熱が重なれば、満足に睡眠がとれず、体力が低下し、更に免疫力も低下して症状が重篤化する筋道が出来る。これまでの
薬剤では発熱と痛みには効果があるが、発疹には効果がない。しかし、それだけでは薬剤が十分な効果を発揮しない理由全てを説明出来ない。

「一般的な病気じゃない…。」

 細菌(やこの世界では知られていないウィルス)が原因となって罹患する病気では説明出来ないことは、魔法の効果だとしたら説明出来る。だが、そうだと
すれば、薬剤で対処するのは限界がある。
 多数の症状を同時に解消するのは困難だ。複数の薬剤の服用は、患者の体質によっては効果がないどころか、症状を重篤にしたり、ショック症状を起こして
最悪死に至る危険がある。現状で考えられる最善策は、症状の中で特に不快な痛みと発疹を緩和する薬剤を投与し、同時に栄養をつけさせて患者の
免疫力で病を退けることだ。当然、発疹を抑える薬剤はこれから調合し、症状に効果があることを確認する必要があるから、それなりに時間を要する。これから
病の根本を除去しようとしていたところで大きく後退した感は否めない。

「…病気ではなく魔法によるものだとしたら…。」

 硬い表情で溜息を吐いたシーナの横で、ルイが徐に呟いて患者の上で両手の人差し指から薬指までを軽く交差させて呪文を唱える。

「ユージュン・ラファオラ・ウェスリーク・エルダ。大いなる天使よ。その御力を癒しの衣とし、苦しむ者を包み清め給え。ディスペル15)。」

 患者の全身を銀色の光が包み、それが患者の身体に吸収されるように消える。すると、患者の全身を覆っていた発疹が消えていき、患者の苦悶の表情が
和らいでいく。シーナは一瞬呆気にとられるが、もしゃ、と思い患者を診察する。発疹は綺麗に消え失せ、発熱は収まり、患者に聞くと痛みも嘘のように消え
去ったという。

「…成功…でしょうか?」
「大成功よ、ルイちゃん。」

 再び患者で埋め尽くされた礼拝堂が、驚嘆と歓喜の声に包まれる。シーナは方針を転換し、回復した患者の体力回復を促す栄養剤の調合と配給、薬剤師
への調合の指導を行うに併せて、教会に居る聖職者には各地域教会への伝達を、アレンにはパーティーの滞在先である宿へ向かい、ドルフィンを中心とする
グループに自分の考えを伝言するよう指示する。
 ディスペルで症状が全快したことで、変質した謎の病が細菌による一般的なものではなく、魔法によるものであることが確定した。魔法によるものであれば、
ハルガンへの航路が途絶した時期とほぼ重なる形で病が発生したという不可解な事実も説明出来る。何者かがある意味自動的に人を呼び寄せるカーンの墓
付近に潜伏し、魔法を使用してその効果を「向上」すべく人を実験材料にしている確率が高いということだ。となれば、速やかに国王に謁見し、カーンの墓
への立ち入りを一時禁止して病の根源である魔術師なり聖職者なりを排撃する必要がある。
 今日の朝に病が変質したとの情報を受けて、グループに分かれたパーティーは情報の交換や共有のため、宿に依頼して受付に伝言板を設置してもらうと
共に、行動の融通が利くドルフィンのグループが定期的に宿に戻ることになっている。病の対処法と共に速やかに病の根源を断つ行動に出るべきであることを
伝え、聖職者に根回しすることで、カーンの墓への立ち入り制限を実現出来る唯一の方法である国王への謁見に道筋をつけることが必要だ。
 アレンはすぐさま教会を出て宿に向かう。リーナは栄養剤の調合を開始し、ルイは現地の聖職者にディスペルの有効性を説き、呪文を知らない者には
呪文を書いて指導し、シーナは薬剤師に効果的な栄養剤の調合方法を指導し、教会幹部にパーティー、少なくとも全権大使であるルイが国王と謁見出来る
よう陳情などをするよう依頼する。
 シーナは栄養剤の調合方法を指導しながら、この病の背後にザギの影を感じずにはいられない。シーナだけではなく、宿に走るアレンも、栄養剤を調合
するリーナも、ディスペルを連続使用するルイもだ…。
 3日後の夜。その日の活動を終えて宿に集結したパーティーは、王城地域教会からの伝言を受けて重苦しい空気に包まれる。

「先住民の攻撃への対応のため、謁見は当面不可能、か…。」

 昨夜、パーティーが夕食を摂っていた頃に爆発音のようなものが聞こえた。パーティーは再開された鎮魂祭の一環かと思っていたが、一夜明けて王城が
爆破されたとの一報が入った。直ちにイアソンを派遣して調査したところ、王城の営舎付近で爆発が起こり、兵士に多数の死傷者が出たこと、直後に
先住民の組織である「ジューリ・ハンダ16)解放民族戦線」から犯行声明が届いたこと、国王は王城の修復と先住民のアジト攻撃を指示したことが分かった。
一昨日に王城地域教会総長がパーティーの謁見許可を求める陳情を出していたのだが、この状況では謁見どころではない。今のところ他の地域に戦火は
及んでいないものの、鎮魂祭も中止の方向だという。パーティーは当面患者の治療と薬剤の配給などに終始するしかない状況に置かれた格好だ。
 解決への道筋が一向に立たないことに、パーティー内で焦りや不満が高まる。元々人助けに関心がないリーナと、アレンがルイにべったりなことに憤懣
やる方ないフィリアは、早々に見切りをつけてタリア=クスカ王国を出るべきと考えている。その考えも本来の目的と病や内戦に巻き込まれるリスクを考慮
すれば、誤りとも冷酷とも言えない。しかし、ハルガンの航路途絶とほぼ同時期に発生した、3日前に魔法によるものと判明した病の根源を突き止め根絶する
ことが、ザギやクルーシァの思惑を知る重要な手掛かりになる可能性があるのも事実。ドルフィンもフィリアとリーナの見解が決して誤りではないと分かる
だけに、おいそれと今後の方針を打ち出せない。

「…臭いますね。」
「…怪しい話やなぁ。」

 重い沈黙が続く中、イアソンとクリスがほぼ同時に言う。席が隣り合う相手が同じようなことを口にしたことで、イアソンとクリスは思わず顔を見合わせて笑う。
イアソンの隣に座るリーナがむっとした表情でイアソンを横目で睨む。

「どういうことだ?」
「…どっちから言う?恐らく同じ考えだと思うが。」
「同じ考えやったら、イアソンから言うてよ。そうするとあたしは補足程度で済むでさ。」
「横着だな…。まあ良い。」

 イアソンは苦笑いしてから見解を言う。

「問題の病−魔法によるものですが便宜上こう称するとして、それは先住民も例外ではなかった筈。しかも、先住民はタリア=クスカ王国の国民とは違い、
我々の薬剤や衛魔術による治療を受けられません。王城を損壊させるようなテロ行動が可能な戦力が残っているとは考え難いです。今出来るくらいなら、
我々の対応が軌道に乗る前に早急に攻め入る方が効率が良いでしょう。」

 イアソンとクリス以外の面々は驚きつつも納得した様子を見せる。
イアソンの言うとおり、病は先住民も罹患したため長らく続いていた抗争が事実上休戦状態になっていた。しかも病は3日前に変質した。タリア=クスカ王国の
国民はパーティーの指揮による聖職者と薬剤師の尽力により病から解放されてきているが、先住民に聖職者や薬剤師の手が及んでいる可能性は非常に
低い。大半が病床に伏せっているか、最悪全滅していても不思議ではないのに、周囲を頑強な塀で囲まれた王城を損壊させるだけの戦力があると見る方が
不自然だ。

「クリスが言うことはなくなったか?」
「70ピセルくらい言われたから、あたしは残り30ピセルを言うわ。」

 イアソンもクリスが言いたいことを理解したのか、すんなりバトンタッチする。

「今まで情報収集してきて、先住民側は割と単純っちゅうか、武器持ってひたすた攻めて来て、一定時間暴れたら退却するっちゅう戦法の繰り返しでした
よね?せやのに、ある日いきなり闇夜を利用して塀を越えたりして、王国側の戦力に影響が出るように営舎付近を狙って爆破するような、手の込んだ戦い方が
出来るもんやろか?しかも、わざわざご丁寧に犯行声明まで届けて来るなんて、おかしな話やと思うんですよ。」

 クリスの指摘も非常に的確だ。
夜間の王城爆破は、これまでの先住民の先頭パターンと比較してあまりに乖離している。しかも、先住民側は長らくタリア=クスカ王国と戦争を繰り広げて
来たのだから、タリア=クスカ王国に何かあればまず先住民が疑われる。その上、「先祖の土地を取り戻す」として戦いを挑んできているのはタリア=クスカ
王国の国民には周知の事実。にもかかわらず、王城爆破の直後に犯行声明を出して戦いの正当性を主張したり存在を誇示したりする理由がない。
先住民側の行動にしてはかなりちぐはぐな印象が拭えない。

「イアソンとクリスの指摘はもっともだな。3日前に病が変質して、一昨日に王城地域教会総長から俺達の謁見許可の陳情が出されて、昨日の晩に王城が爆破
されて戦争再開。病が魔法によるものであることがほぼ間違いないことも踏まえると、偶然にしては出来過ぎだ。」
「つまり、それって…。」
「王城爆破の犯人は先住民じゃない。恐らく、病の根源と同一犯だ。」
「王城の周辺に内通者が居るか、自作自演の線もあるで。」

 何か思いついたアレンの言葉に続いて、イアソンとクリスが順に現在考えられる推論を簡潔に言う。またしても思考がシンクロしたイアソンとクリスは、顔を
見合わせて笑みを浮かべて軽く拳を突き合わせる。イアソンの隣のリーナはかなり不愉快そうな表情でイアソンを横目で睨む。
 パーティーの行動を妨害・撹乱するような出来事は、不自然な連続性を有している。イアソンとクリスの指摘と合わせると、王城爆破は病の根源である
何者かが行ったものであり、先住民側に罪を擦り付ける意図も含めていると考えられる。しかもそれは王城周辺に真犯人の内通者が存在するか、自作自演で
ある確率さえある。
 大胆な推理だが決して出鱈目ではない。戦争が自作自演から勃発することは、我々の世界では満州事変やベトナム戦争の発端になったトンキン湾事件
(註:1964年8月2日と同年8月4日に発生したアメリカ艦船への北ベトナムによる攻撃とされた事件。どちらもアメリカ側の虚偽である(8月2日の事件は公海上
ではなく北ベトナムの領海内で、北ベトナム側ではなくアメリカ側の挑発によるもの。8月4日の事件は魚雷攻撃そのものが存在しなかった)ことが明らかに
なっている)、そしてイラクに大量破壊兵器があるとして−既に存在しなかったことはアメリカの調査団の報告に明記されている−アメリカが国際法違反の先制
攻撃で始めたイラク侵略戦争など珍しくない。しかもそれらは、侵略側が仕掛けたところに共通点があることに留意する必要がある。
 侵略する時点で正当性も何もないが、それが被害を受けたことへの正当な反撃であるとすれば、たちまち正当性を声高に主張できる環境が生まれる。満州
事変でもベトナム戦争でもイラク侵略戦争でも、開戦当時の侵略側のメディアや世論は自国被害を受けたことへの怒りと、相手側への報復が正当な反撃で
あるとする論調が支配的であり、国民も異を唱えることが憚られたり非国民などと弾圧されさえした。ところが実際は侵略側が侵略する理由を作るために自作
自演の被害をでっち上げたのが真実だったのは前述のとおり。これらの誤りは愛国なる妄言で誤魔化せるものではない。

「これだけ手の込んだ策略を先住民側がいきなり編み出すとは考え難い。やはり、一連の事件の背景にはザギやクルーシァが居る。」
「そうとなれば、国王側の回答を待つより強行突入する方に動いた方が解決が速いんじゃ。」
「病の根源はカーンの墓付近であることは間違いないが、十分絞り込めてない。迂闊に飛び込むと病を罹患して退散するだけになるし、王国側との関係も
危うくなる。」
「聖職者や市民に根回しして、安心してカーンの墓に墓参できる環境を作るためとか、行動の正当性を打ち出してからの方が良いわね。」

 ドルフィンの推論に続いて、アレン、イアソン、シーナが意見を述べ、それを皮切りに熱っぽい議論が始まる…。

用語解説 −Explanation of terms−

13)高温多湿の気候:ランディブルド王国も、首都フィルあたりはかなり低緯度に位置するが、湿気は年中少なく過ごしやすい気候である。

14)キャミール教の聖職者は…:これまで登場したラマン教やメリア教の聖職者は、簡単に言うと「衆人と共に生活し、交流する中で精神を向上させる」のが
信仰の方針とされている。ラマン教の反乱軍が市民の支持を得ていたのは、反乱軍がこの方針を利用して積極的に自らの正当性を説いていたためである。
一方、キャミール教は簡単に言うと「神に近づくには教会に入って修行に専念する」ことが教義に存在する。ランディブルド王国で教会が町村単位で中央
教会を頂点とするシステムを確立しているのは、この教義をシステム化したためである。


15)ディスペル:衛魔術の1つで治癒系に属する。効力範囲はゼロからショートレンジ。天使の力を凝縮して対象に照射することで、対象にかけられた魔法
効果を完全に除去する。対象にとって不利な魔法効果は勿論、有利な魔法効果も除去する欠点があるが、有用な魔法であることには違いない。キャミール教
では司教以上で使用可能。


16)ジューリ・ハンダ:マクル語で「聖なる土地」を意味する。

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