Saint Guardians

Scene 11 Act3-4 混迷II-ConfusionII- 混迷極める前途と心(前編)

written by Moonstone

 いよいよ、アレン達パーティーのハルガンへの渡航が明日となった。
全ての物資と資金の搬入が終わり、残るはパーティーとそれぞれの荷物だけ。物資を満載したパーティーの船は、多数の国軍兵士による厳重な警備が
敷かれる中、フィルの港の特別桟橋に横付けして静かに佇んでいる。
 リルバン家では専用食堂においてフォン主催の壮行会を兼ねた晩餐会が催された。前回の晩餐会は工作員としてシェンデラルド王国に潜入するフィリアと
イアソンが主賓だったが、今回はパーティー全員が主賓。特にフォンの1人娘であるルイが王国教会全権大使に任命されたことでランディブルド王国の
実質的な外交使節を兼ねた調査団でもある。司会進行を担当したロムノが読み上げたメッセージは、王国議会議長のアルテル家当主カティス、国家中央
教会総長、そして国王ルベルスト3世という、ランディブルド王国の国家3役と称すべき面々から寄せられたものだった。
 主催者挨拶に立ったフォンは、身の安全を最優先にして欲しいと異例の挨拶をした。王国の全面支援を受けての渡航であるから、任務達成を最大の目標と
掲げて激励するのが常であるが、1人娘のルイが親子関係の構築もままならないまま出国することに激しい苦悩を抱いていることの表れである。
 訴えと言える挨拶を聞いたルイ、そしてアレンは複雑な思いを抱いた。
ルイはアレンの提言を受けてリルバン家、ひいてはフォンとの関係をどうするかの判断を帰還まで保留するとしたものの、フォンと親子として向き合うべき
なのか分からない。数々の証言から、自分はフォンとローズが真剣に愛し合った結果この世に生を受けたことは分かった。だから、フォンを父と認めることは
可能だ。しかし、親と認めることには踏み切れない。親と認めることは、すなわちリルバン家次期当主候補という身分を受け入れることであり、アレンとの交際に
厳しい制約が課せられることに繋がるという危機感が根底にあるからだ。
 今のルイに、アレンとの交際を自重することはまったく考えられない。それを求めることは重大な干渉であり、求める者は自分に敵対する者とすら考えて
いる。フォンとロムノが見誤ったことはまさにそれであり、親子関係の構築がアレンとの交際に影響を与えないこと、つまりはルイがアレンとの交際を続けるため
リルバン家に入家しない選択をすることを妨げない環境を作り示すことを先行させるべきだった。
 リルバン家当主やその筆頭執事という職務が思考の隅々まで浸透していることを思い知った時には、既にルイは聖地ハルガンへの渡航に同行を申し
入れる形でアレン達のパーティーに参入し、渡航を間近に控える身となっていた。旅の途中でアレンがルイに親子関係の構築を受け入れるよう説得する
ことを期待するしかない。もはや現状では、ルイと共にアレンをリルバン家に迎えることを想定した環境づくりをしておくことしか、フォンとロムノが出来ることは
ない。
 盛大な晩餐会の後、パーティーの面々はリルバン家本館での最後の夜を過ごすべく、それぞれの部屋や場所へ赴いた。
 ドルフィンとシーナは自室へ、リーナとイアソンはリーナの実験室へ、フィリアとクリスは専用酒場へ、そしてアレンとルイはアレンの部屋へと。
 順を追って見ていくことにする。
 ドルフィンとシーナは自室で航路と役割分担の最終確認をしていた。
赤道を越えて南半球に至る航路は、ランディブルド王国に渡るためサオン海を横断した時より長い。しかも今回は針路の決定から操舵、果ては船内での
食事や掃除まで全て自分たちでする必要がある。赤道直下のタリア=クスカ王国まで港が整備された寄航先はないし、夏の終わりが進行している気候は
常夏、そして夏へ移り変わる時期へと変遷する。閉鎖空間に満載された食材、高温高湿度と食中毒や病原菌が溢れる条件が整備されてしまっている。
 その上、パーティーの人間関係は皮肉なことにアレンとルイを中心に複雑な様相を呈している。劣情や激情を生みやすい恋愛感情に起因しているから、
第三者の目が及ばない閉鎖空間で最悪の事態が勃発しないとは限らない。保護者として監督者としてドルフィンとシーナの役割は大きく重い。
 更に、2人には大きな懸念材料がある。

「クルーシァはどう動くつもりなのかしら・・・。」

 2人の大きな懸念材料。それはクルーシァの動向だ。
クルーシァは、ドルフィンはゼントに、シーナはウィーザに師事して武術と魔術、医学薬学を修練した古巣であり、婚約して挙式を間近に控えるまで仲を
深めた思い入れの深い場所でもある。そのクルーシァはハルガンと比較的近い位置にある。シェンデラルド王国を事実上滅亡に追い込んだザギはまたしても
逃亡したが、恐らくパーティーの存在、つまりは自分達の存在もクルーシァに伝わっているだろう。クルーシァを支配するガルシア一派が、ハルガンに渡航
するパーティーを黙って見ているだけとは思えない。だが、自分達とそれぞれの師匠、そしてルーシェルに結集と反撃の機会を与えない電撃戦で
クルーシァを支配してから、ザギとゴルクス以外とんと音沙汰がない。期待混じりの疑念を呼び起こさずにはいられない。

「クルーシァを支配したことで満足するなら、クルーシァの使命は別として大きな害はないから良いんだけど・・・。」
「それで満足するくらいなら、電撃戦を仕掛けてまでクルーシァを支配しないだろう。あくまでクルーシァ支配は足固め、地盤作りと見るべきだ。」
「目指すところはやっぱり・・・世界の征服と支配?」
「多分そうだろう。圧倒的な力を背景にしたクルーシァ一極支配。失脚の恐れがない支配体制ほど、権力者や権力志向の輩にとって理想的な体制はない。」

 一極支配を志向した(或いは志向する)国家は、古くはローマ帝国やオスマン帝国、近代から現代においてはナチス・ドイツや旧ソ連、そしてアメリカに
見られる。
 ローマ帝国やオスマン帝国は近隣諸国を侵略することで、領土拡張と敵対勢力の殲滅を両立して隆盛した。
 ナチス・ドイツや旧ソ連は一党支配を基軸に他民族の排撃や反対勢力の徹底的な粛清、そして秘密警察や密告による市民の相互監視体制により、勢力圏
内外に敵対勢力が存在し難い体制を構築した。
 アメリカはFTA(Free Trade Agreement:自由貿易協定)やTPP(Trans-Pacific Partnership:環太平洋連携協定)による自国に圧倒的優位な貿易や経済
システムと−TPP締結でアメリカに多い多国籍企業の利益妨害に巨額の訴訟を起こせるISD条項(国家対投資家の紛争処理条項)があり、ISD条項に基づく
提訴を仲介するのはアメリカと多国籍企業が巨額の出資をする世界銀行なので多国籍企業が必ず勝訴する仕組み!−、「テロの脅威」や「自衛」を口実とした
先制攻撃・侵略戦争かCIAなどを用いた軍事クーデターによる他国体制の破壊と自国に忠実な体制構築という明暗織り交ぜた軍事システムの両輪で一極
支配を目論んでいる。
 体制構築が軍事侵略一辺倒から政治体制を含めた支配に、続いて経済システムを加える、若しくは軍事より重視することへと「世界」の範囲が局地的なもの
から地球全域へと拡大するにつれて変遷しているが、一部の権力者や権力志向の者が一極支配を目指す流れは変わらない。
 ローマ帝国とオスマン帝国は宮廷の弛緩や権力抗争、分裂で滅亡した。
 ナチス・ドイツは自国優位で不可侵条約を締結したと見込んだ旧ソ連の反撃など、軍事支配偏重と自国優位の状況を盲信したことを逆手に取られて滅亡
した。
 旧ソ連は勢力圏内の画一的な経済政策による、標榜した社会主義・共産主義と乖離した市民生活の貧困と物資不足と−社会主義や共産主義は一部の
人間による収奪や搾取から労働者への利益の平等な分配を行う経済体制思想が基礎であり、利益が一党支配の政党幹部に集中する体制は王侯貴族
支配を一党支配に置換したに過ぎない。当然ながら一族支配・世襲政治が常態化している北朝鮮や中国も社会主義や共産主義社会ではない−、ナチス・
ドイツ同様の秘密警察や密告体制による強権・恐怖支配への反発を基にする民主化闘争により瓦解・崩壊した。
 アメリカは過去の帝国の隆盛と滅亡を教訓としてか、どちらに転んでも多国籍企業を中心とする財界に大きな影響はない二大政党制による政治システムを
基に経済と軍事の両輪による一極支配を志向し続けるが、かつて「アメリカの裏庭」と称された中南米は、程度の差はあれ多くの国家が、多国籍企業に支配
され収奪の材料になっていた豊富な地下資源を国民生活の底上げの源泉に向けるメルコスル(南部共同市場)やALBA(米州ボリバル同盟)などを基軸とする
相互協力の経済協定を締結したり、アメリカを頂点とする中南米版の軍事同盟である米州相互援助条約の廃棄の通告やキューバ排除を目指したOAS(米州
機構)の抜本改善を求める声の連続にアメリカ代表の国務次官補が急遽帰国するなど、アメリカ支配からの脱却が顕著である。
 NATOを基軸とする欧州各国はヨーロッパ共同体を確立し、アメリカと協力はするが命令はされないという方針に転換して久しい。石油企業を背景とする
間接支配を続けてきた中東諸国でも「アラブの春」と称される民主化闘争が勃発し、チュニジアやリビア、エジプトでは強固だった筈の支配体制が瞬く間に
崩壊し、他の諸国も一定の改善をせざるを得ない事態に追い込まれ、アメリカの思惑通りに進まなくなっている。
 翻って日本は「偏重」「愛国」を声高に叫び、体制に対する疑問や批判を「反日」「左翼」として糾弾する動きが強まり、3年程度の民主党政権より前に60年近く
現在露呈している様々な矛盾や弊害を構築した自民党やその最右翼である日本維新の会やみんなの党が支持され、日米安保条約やTPPによるアメリカ
支配は温存・強化される方向にある体たらくだ。

 メディアに対して「偏向」や「偏重」と批判する一方で、そのメディアや背景にいる電通や多国籍企業−日本の株価低下に最も煩いのは、日本の大企業が
株式を海外の投資家(集団)に掌握されているからである−の偏向や偏重の方針は盲信し、高々100年前にもならない大日本帝国復活を志向する自民党や
その最右翼の政党を支持するのが日本の有権者の多数派であり、メディアに踊らされないと自称するネットユーザーの多数派である。
 そもそも、メディアがスポンサーからの資金や政党助成金を基にする共産党以外の政党からの広告費を基に、殊更韓国を賞賛し日本を貶めるのは許せない
と言うなら、その韓国やメディアを君臨・支配する統一協会や創価学会や多国籍企業、つまりはアメリカに忠実に動く自民党や公明党や民主党−日米構造
協議や年次改革要望書を忘れたのだろうか?−、自民党橋下派や自民党渡辺派と言うべき日本維新の会やみんなの党、ひいてはそれらの背後にいる統一
協会や創価学会、多国籍企業こそ許せないとなるべきところではないか?本当に「メディアに踊らされない」のなら、そのメディアやメディアを支配する
朝鮮人やカルト宗教の主張が上位に集まる検索結果や、それらが集中する所謂「まとめサイト」ではなく、メディアにまつわるカネの動きを多角的に検証する
検索結果まで調べるか、憎きメディアの支配下にない書籍も調べるべきではないか?
 日本のメディアはかつて大日本帝国の強力な宣伝機関となり、その真剣な反省もないまま小選挙区制導入の際に政府与党=つまりは当時の自民党であり
自民党最右翼であった小沢氏などに取り込まれ、今やメディアや多国籍企業から巨額の資金提供を受け、彼らの利益に影響が及ばない二大政党制+
「第三極」の旗振り役に徹している。その時分かりやすい「敵」を作り、「敵」を徹底的に叩く方向へと誘導する先導役をメディアが果たしてきたことを見れば、
メディアがこぞって賞賛・喧伝する方向性は有害であるし、中国朝鮮にそのような認識が出来るなら同様にメディアが賞賛・喧伝する自民党やその最右翼
なども同様に有害と見ることが出来ないのは何故か?
 メディアは所詮営利企業であり、営利企業が展開する検索結果が信憑性や事象の背景や問題の核心を必ずしも正確に反映していないと考えることが
出来ないなら、新聞やTVを見ないのと同様にネットを使うべきではない。
 無論、体制側に疑問や批判をする側も、自国民を保護救済する制度である生活保護を受給したり、その地方の自治を行う地方自治体における選挙権を
要求する在日朝鮮人の厚かましさや、生活保護の不正受給を「全体のごく微々たる割合」と無視したり、痴漢冤罪・DV冤罪など女性側の言い分が検証なしに
認められ、「悪魔の証明」を行わなければ有罪一直線か示談金支払いの二者択一を迫られたり、「地域で子育て」を言いながら道を尋ねただけで不審者情報
として一挙に拡散されるなどの「自称弱者利権」「自称弱者の横暴」を権利やそれに基づく主張として容認・黙認してはならないのは言うまでもない。「目的の
ためには多少の被害や犠牲はやむをえない」とするなら、それこそ彼らが批判する体制側と比較して「どっちもどっち」との謗りを免れない。

「あれほど人前に出るのを嫌っていて、私達の前にも滅多に姿を現さなかったガルシアが急に、しかも世界支配を目指すほどの強権指向に転換した理由は
何なのかしら?」
「推測の域を出ないが・・・、ザギやゴルクスの口車に乗ったか、その手の思想家の書籍に共感したか、或いは・・・。」
「或いは・・・何?」
「何者かの影響や命令で動いているか。」

 ドルフィンの推論は大胆ではあるが、まったくの的外れではない。
ガルシアはその出自すら明らかではない。先代のセイント・ガーディアンに見込まれてクルーシァに渡り、ついには先代のセイント・ガーディアンを倒してその
座に就いた実力者とは聞いているが、何処から来たのか、何をしていたのかなどはドルフィンもシーナもまったく聞いたことがない。
セイント・ガーディアンやその衛士(センチネル)は、力魔術の研究開発で交流があるカルーダ王国の王立魔術大学の客員研究者として招聘され、交流や
議論・研鑽を行うことが実質的な職務であるが、ガルシアはその職務を一切受けなかった。それほど外部との接触を極端に嫌ったガルシアは、前述したように
内外に威信の誇示や国家の唯一絶対の存在として前面に出ることが必要となる強権志向者−自ら前面に出たがりその存在を誇示する橋下氏などはその
典型例−にはあまりにも不向きだが、客員招聘を一切受けなかったことに焦点を当てると、1つの事実が浮上する。
客員招聘に際しては、魔術師の称号の他に力魔術の研究開発に関する略歴や実績が照会される。ドルフィンもシーナも照会に応じて情報を送り、それらの
正確性が検証された後に客員研究者として招聘された経緯がある。ガルシアが客員招聘を一切受けなかったのは、その照会で自分の経歴を調べられる
ことを避けるためだったためとも考えられる。
 通常は穿った見方と批判的に取られるものだが、セイント・ガーディアンともなれば魔術大学から客員研究者としての招聘があり、それが実質的な職務で
あることくらい承知の筈だ。クルーシァを代表する立場にあるセイント・ガーディアンに就任して魔術大学との交流はお断りとするのは、内外の信用や実績に
支障を及ぼす恐れがある。そのようなリスクも承知の上で客員招聘を跳ね除けたのは、自身の経歴などを他者に知られることを避けるためという推測は、
穿った見方とは言えない。

では、ガルシアは誰の影響や命令を受けて動いているのか?

 ガルシアもクルーシァの掟に倣い、先代のセイント・ガーディアンに実力を見込まれた身だ。買収やコネで捻じ込むのは不可能だし、仮にそう出来たとしても
クルーシァでの修行や研鑽に耐え、先代のセイント・ガーディアンを倒すだけの力量を備えることは出来ない。スパイとなるには潜入先で「使える」「役に立つ」
と見込まれる程度の力量が必要だ。クルーシァでの修行や研鑽で脱落するようではスパイなど勤まらない。
 それだけの実力を備えるだけの存在を先代のセイント・ガーディアンは何処で見つけたのか?
それが分かればガルシアに纏わる謎の一挙解明への道が開ける可能性があるが、ガルシアに倒されたセイント・ガーディアンはその時の負傷が原因で程なく
死去したから、当時の経緯を知る者は現時点でガルシア以外存在しない。
 やはり推測の域を出ないが、1つ挙げるとすれば極北の帝国、デトラクス帝国出身の可能性だ。北極近辺という極寒の環境、他国との交流を極限まで除く
鎖国制度など、内部の情報が窺い知れないガルシアと重なる部分は多い。しかし、デトラクス帝国がガルシアをスパイや傀儡政権樹立の尖兵して
クルーシァに送り込むことと、鎖国制度はどうしても相容れない。
 鎖国制度は外部との交流を極限まで遮断することだ−江戸時代の日本の鎖国はキリスト教の文化やそれを背景とする西洋諸国の影響や支配を排除する
ため−。スパイなり尖兵なりで要員を派遣するには相応の対外機関が必要であり、事象の真相までは分からないにしても対外機関の存在は知られることと
なる。それはひいては内部の事情を幾分は知られることにも繋がる。支配を内向きに限定することとスパイや尖兵の派遣による間接的な他国侵略・支配が
相容れないのは、われわれの世界ではアメリカや北朝鮮を見れば分かる。だが、デトラクス帝国が周辺諸国に工作を行い、支配下においた事実は現在まで
聞き及んでいない。ある意味突然変異的に存在したガルシアを先代のセイント・ガーディアンが見出したとも考えられるが、それだと外部の影響や命令との
関連が薄くなる。
 何れにせよ、推論に具体性や信憑性を持たせるにはあまりにも情報が足りない。ハルガンへ接近するに伴いクルーシァの動きが表面化すれば、それに
よって情報を得られる可能性はある。しかし、危険と隣り合わせだ。一族による当主継承が重大な危機に瀕しているリルバン家の一人娘を預かる以上、対
クルーシァはどうしても後手後手にせざるを得ない。電撃戦で反撃の機会がまったくなかったとは言え、結果的にクルーシァの暗躍と様々な犠牲を許すことに
なったことに責任を感じるドルフィンとシーナには何とももどかしい。

「師匠やウィーザ殿に再会出来ることを期待しておくか。」
「そうね。先生とゼント様ならクルーシァに囚われる恐れは少ないし、何か重要な情報を得ているかもしれないし。」

 パーティーの保護者兼監督者、そしてクルーシァの関係者としての重責を担うドルフィンとシーナにとって数少ない希望的観測は、それぞれの師匠である
セイント・ガーディアン、ゼントとウィーザに再会出来る可能性だ。
 2人の実力はガルシア一派も十分恐れるところだろう。それゆえ自分達以上に激しい追撃を受け、何処かに潜伏している可能性がある。セイント・
ガーディアンでも指折りの実力者だった2人がパーティーに合流すれば、パーティーの戦力は大幅に上昇する。その上、考古学に精通しているウィーザ
からは、ザギの暗躍に見え隠れする古代文明の遺跡に関する新たな知見が得られる可能性もある。古代文明の遺跡が何なのか分かれば、ガルシア一派の
目的も推測しやすくなるし、先行して遺跡を無力化或いは破壊することでガルシア一派の行動を封じることにもなる。
 多くの困難と少ない希望を胸に秘め、ドルフィンとシーナはリルバン家での最後の夜を過ごす・・・。

「その冷却管は周りのパイプを外して専用の箱に入れて。」
「了解。」

 リーナの実験室では、リーナとイアソンが片付けをしていた。このような場合リーナは指示命令に徹するのが通例だが、製作が困難という意味での貴重品で
あり取り扱い注意でもあるガラス器具が満載のため、リーナも片付けに参加している。この構図自体、少し前まではありえないものだった。しかし、イアソンの
帰還以来リーナのイアソンへの態度は明らかに変わり、晩餐会終了後に1人実験室に向かったリーナに手伝いを申し出たイアソンが一蹴されることなく、
ガラス器具の片付けに参加している。
 ガラス器具が複雑に組み合わされた実験装備を解体して梱包出来る状態にするのはなかなか神経を使うし、ガラス器具は意外に重い。非力な方のリーナ
1人では夜を徹しての作業になるところが、イアソンの協力により1ジムが経過した時点で残るは支持台とそれに直接支持される数点のガラス器具を残すのみ
となった。先に渡航に必要な薬剤を協力して調合・精製したシーナが協力して一部を片付けたものの、多数が残されていた実験装置をこれほど手早く
片付けられたのはイアソンの協力があってこそのものだ。

「−よし、これで全部収納出来たな。」
「そうね。」

 更に半ジムを経て、全てのガラス器具が梱包されて部屋の一角に山積みされた。ガラス器具は貴重品としてリルバン家の倉庫に保管されることが決まって
いる。帰還後にリーナが引き取るか売却するなどするかは、帰還後に交渉することでも了解を得ている。100人を超える使用人やメイドを住み込みで雇用
出来る財力と居住空間を有するリルバン家で、一部屋に満たない物品の保管など造作もないが、目的や期間、処理の見通しを挙げて了解を得る方が
トラブルを生じるリスクが減る。こういった根回しはイアソンの得意分野である。

「明日はそこそこ早いから、早めに寝ておいた方が良いな。」
「そうする。此処ですることもなくなったし。」
「名残惜しかったりするか?」
「心行くまで実験三昧出来る環境は良かったけど、名残惜しさや未練はないわよ。」
「流石に切り替えが早いな。」
「切り替えが出来ないようじゃ、次に宿のベッドで寝られるのが何時になるか分からないことに足を突っ込んだりしないわよ。」

 ばっさり切り捨てる物言いは相変わらずだが、異論反論を跳ね除ける冷淡な眼光は影を潜めている。
実験室を得てから1日の大半をそこで過ごすようになったリーナは、明らかに生き生きしていた。レクス王国で屈指の規模を誇る薬剤師を父に持つことで、
店舗兼学生の拠点の後継としての義務感で薬剤師の勉強をしているのではなく、薬剤合成・精製やその勉強が好きでその到達点として薬剤師免許を
目指しているのだとイアソンは分かった。
 興味のないことや嫌いなことはとことん拒否する一方、好きなことや一旦興味を持ったものは寝食を忘れるほど没頭するのは、適切に指南すれば一級の
専門職に適した性格だ。次にこれだけ潤沢な環境を得るのはまったく不明だし、少なくとも帰還するまで期待しないほうが無難だが、リーナの薬剤師への
情熱は決して冷めることはないとイアソンは確信出来る。

「じゃあ、俺はこれで失礼する。明日からの大海原への旅立ちに備えて、な。」
「・・・イアソン。」

 用が済んでからの長居はリーナの機嫌を害すると踏んで去ろうとしたイアソンを、リーナが呼び止める。

「ん?どうした?」
「1つ・・・聞きたいことがあるんだけど。」

 遠慮気味とも言い難そうとも取れるリーナの前置きは、イアソンに微かな希望を抱かせる。現時点でリーナとの関係が急展開することはあり得ないが、やや
俯き加減でイアソンと視線を合わせられない様子のリーナを見るに、少なくとも叱責や罵倒の類ではないことは間違いない。以前のような「自分に与するか
敵対するか」の二元論的思考に基づく激しい選別と「敵対」認定した者の排撃から明らかに脱却しつつあることを感じさせる。
 イアソンは決して茶化したりせず、リーナが話を切り出すのを座して待つ。

「・・・好きになると、好きになった相手を何よりも優先させたくなるものなの?」
「どうしてまた?」
「アレンの旅の目的は、ザギに攫われたお父さんを救出すること。なのに、その目的を後回しにしてルイのハルガン渡航に同行することにした・・・。ハルガンが
クルーシァに近いからザギが尻尾を出す可能性もないとは言えないけど・・・、そんな危険な可能性に期待するより、自分の旅の目的に専念する方が賢明。
ザギの行方は全然分からないんだし・・・。」
「・・・。」
「ルイもアレンと一緒になるためなら、今まで血を吐く思いで築き上げてきたであろう聖職者の実績も看板も全部投げ捨てる気でいる・・・。継承すれば権力も
金も思いのままの一等貴族当主なんてまったく興味ないみたいだし、アレンと一緒になるためには邪魔とすら見てる・・・。好きになった相手にそこまで入れ
込めるものなの?」
「・・・打算や駆け引きがなければ、そう考えるのが自然だと思う。俺は。」

 イアソンは一呼吸置く。

「アレンとルイさんの出逢いはまったくの偶然だったし、どちらも相手の出自はまったく知らなかった。まっさらな状況から幾多のアクシデントを乗り越える
過程で信頼を深めて愛情を芽生えさせた。ルイさんがこの国で圧倒的な歴史と存在感を有する一等貴族当主の一人娘と判明したところで、それはアレンと
ルイさんには、ああそうですか、で終わる程度のものでしかない。むしろ一緒になるためには障害になり得ると特にルイさんが強く認識しているくらいだから、
一等貴族や財力権力を材料にした打算や駆け引きが成立する余地はない。」
「・・・。」
「アレンは外見関係の激しいコンプレックスを抱いてたし、今までの情報や伝聞から、ルイさんは幼少時から不遇な境遇で辛酸を舐めさせられたことと立身
出世で欲望剥き出しの視線を向けられたことでかなりの男性不信だったそうだ。双方が恋愛に関して相当なハードルを持っていた筈なのに、それをいとも
あっさり乗り越えたのは、この人なら自分を理解してくれる、自分を受け入れてくれるという期待や、この人なら一緒に頑張れる、この人なら力になりたいという
対象限定の利他的思考が生じたからで、それが醸成して信頼や愛情になったと俺は考えてる。そういう感情は打算や駆け引きを背景にしてない分、自分の
課題を後回しにしたり、自分のこれまでの地位や実績をなかったことにすることも容易に決断させる原動力になる。それくらい恋愛感情は思い切った判断を
可能にする。場合によっては多大なリスクを伴うことにもなるが。」

 打算や駆け引きは、ルイが出世と成長と共に露骨に向けられ、非常に嫌悪しているものだ。アレンが打算や駆け引きを抱いてルイに接近しても確実に
勘付かれ、強く拒否されたのは間違いない。ルイの警戒や男性不信を呆気なく乗り越えてアレンがルイの心を掴んだのは、ルイの幾度の危機に真っ先に
駆けつけ、我が身を捨てることも厭わない姿勢を示したからだ。それは打算や駆け引きを抱えていて反射的に出来るものではない。一度くらいは偶然
出来ても二度三度となれば「何もそこまで」となるし、そこを見透かされる。
 警戒と男性不信で覆われたルイの心の内側では、これまで表に出さなかった苦悩や悲しみ、そして怒りが渦巻いていた。強固な殻を通り抜けたアレンは
それらを解消や中和へ導く触媒となった。
 同時にルイは、アレンの外見に関する強いコンプレックスを一度も茶化したりせず、アレンを一人の男性と認め、信じ、頼った。それは今までアレンが経験
したことがない、経験したかったことだ。「好き」との認識には至っていなくても、振り返ってみれば一目惚れしたと言える女性にそうされたら、大抵の男性は
「良いところを見せよう」「もっと頼ってもらいたい」と発奮する。フィリアが見落としていたのはまさにそこだ。
 幾度も襲った危機を乗り越えるごとに、アレンとルイは相互に内々で求めていたこと、求めていた存在が、アレンにはルイ、ルイにはアレンだと偶然では
あるが見事に合致していき、それぞれの警戒や不信、コンプレックスといったハードルを呆気なく飛び越えて一気に距離を詰め合った。今はまさに「自分には
この人しか居ない」と固く信じている状態だから、かけがえのない存在のためなら何でも出来るし、自分の歴史や栄誉などを捨てる決断を容易に出来る。
それで全て解決大団円とはならないし、地位も名誉も捨ててゼロから生活を構築するのは容易ではない。「恋は盲目」と言われるとおりだが、今まで辺境の
町村とそこから見える風景、そして時に訪れる行商などから聞く程度の外世界しか知らなかった生活から大きく開けた広大な世界の何処かに自分達が生きる
世界がある、とアレンとルイは確信し、それに向けて確かに歩み始めている。
 サオン海を渡る途中、恋愛に消極的な発言をしたことから考えるとアレンの変貌ぶりは相当なものだが、そうさせるだけの力が恋愛、そしてその対象である
ルイにはある。ルイも同様であることは論を待たない。

「−とは言うものの、なかなか実感は沸かないかもしれないな。同じ事象でも感覚や感情は当事者によって違うし。」
「・・・俺と恋愛してみれば分かる、ってこと?」
「そ、そうかもな・・・。あ、いや、それはあくまでも俺の願望であって、やっぱり双方の気持ちが一致しないことには・・・。」
「・・・あたし次第、ってことか・・・。」

 リーナには珍しいボソッとした呟きは、イアソンの耳に確かに届いた。だが、イアソンは辛うじて高揚する気分を抑えて聞こえなかった振りをする。
リーナの対イアソンの感情は確実に軟化し、イアソンの気持ちを前に受け入れるべきかどうか激しく揺れる段階に差し掛かっている。だが、此処で押しの
一手に徹するのはリーナにイアソンのアプローチを受け入れるよう迫ると受け止められ、プライドが高く他人の指図や命令を非常に嫌うリーナの感情を害する
恐れがある。そうなったら、折角紆余曲折と四苦八苦の末の到達点を崩壊させることにも繋がりかねない。
 リーナの見切り方や嫌い方はそれくらい徹底しているし、2度目はないと考えるべき。リーナがもっと明確なOKのサインを出すまで押していくのは勿論、
時には静観することに徹しようとイアソンは決める。このような瞬時の判断はイアソンが得意とするところだ。

「えーっと・・・、聞きたいことは他にないか?」
「・・・うん。」
「じゃあ、改めてこれで失礼する。明日から出発だから適度に寝た方が良いぞ。」
「分かった。・・・おやすみ。」
「あ、ああ。おやすみ。」

 静かに閉じていくドアの向こうにリーナは消える。イアソンは初めて自分に向けられた1日の締めくくりの挨拶に、気分の高揚を抑えられない様子で専用
酒場へ向かう。一方のリーナは閉めたドアを背にして、誰にも見せたことがないような強い苦悩を滲ませた表情で佇む。激しくざわめく胸に右手を押し付け、
深く重く悩ましい溜息を漏らす。言葉にならない呟きは、誰の耳にも届くことはない・・・。
Scene11 Act3-3へ戻る
-Return Scene11 Act3-3-
Scene11 Act4-1へ進む
-Go to Scene11 Act4-1-
第1創作グループへ戻る
-Return Novels Group 1-
PAC Entrance Hallへ戻る
-Return PAC Entrance Hall-