Saint Guardians

Scene 9 Act 2-2 深淵-Abyss- 判明する謎と深まる謎

written by Moonstone

 その日の夜、夕食を済ませたアレン達パーティー全員とクリスとルイはリルバン家執務室に集結した。イアソンの提案で、現在のランディブルド王国と隣国
シェンデラルド王国の現状を把握し、今後の行動を決定するためだ。クリスとルイはパーティーに加わっていないが、ランディブルド王国で生まれ育って
環境の変化を直に体験しているから、その目線での情報も必要とイアソンが判断して、ドルフィンとフォンの承諾を得て列席することになった。
ルイが入室してから一切フォンと目を合わせようとしないのは特にイアソンとクリスは心苦しいが、無理に親子関係の修復に向かわせると余計にこじらせて
しまう危険性があるから、今は静観するしかない。
 会談の場にはロムノも同席している。筆頭執事として一等貴族当主の職務遂行に深く関与しているし、強硬派で鳴らした先代も思想の違いを超越して
認めざるを得なかったほどの敏腕だから、フォンですら知り得ない情報を有している可能性があるとイアソンが推測して、やはりドルフィンとフォンの承諾を得て
列席の運びとなった。
 まず、パーティーのリーダー格であるドルフィンが、これまでのパーティーの行動の概要を説明する。

 レクス王国で平穏に暮らしていたアレンが父ジルムを攫われたこと。
 同時にレクス王国全体に敷かれた強固な抑圧体制の背後に、セイント・ガーディアンの1人ザギが存在すると判明したこと。
 ジルムの拉致はザギの意向によるもので、真の目的はアレンが持つ剣を奪うことであること。
 ザギの行方を追ってカルーダ王国に入り、ラマン教の聖地ラマンでやはりセイント・ガーディアンの1人であるゴルクスが絡んだラマン教の秘宝の争奪戦に
 巻き込まれたこと。
 レクス王国の首都ナルビアでザギが行わせていたらしい謎の生物創造と併せて、ゴルクスも生物の改造か創造に着手していると推測されること。
 ゴルクスとの対決でシーナを人質に取られたためドルフィンが非常に質の悪い呪詛をかけられ、その解除のためにキャミール教の第二の聖地と称される
 ランディブルド王国に渡航したこと。
 パーティーの財政難を解決するためフィリアとリーナが、偶然開催中だったランディブルド王国の目玉行事であるシルバーローズ・オーディションの予選に
 出場し、リーナが予選を突破したため本選が行われる首都フィルへと赴いたこと。
 リーナのホテル滞在中に必要な護衛に適する女性の剣士か武術家がパーティーに居ないため、最も女装に違和感がないアレンがリーナの護衛となり、
 フィリアと共にホテルに入ったこと。
 そこでクリスとルイと知り合い、ホークとその顧問の意向を受けた刺客からルイを護るため、襲撃のドタバタで居室が同じになったことも利用してホテル滞在組
 以外の 面々と連携して情報収集を開始したこと。
 その過程でホークが怪しいと推測されたため、背後関係を洗うべくイアソンが使用人としてリルバン家に潜入したこと。
 ホークの謀反にもザギが一枚噛んでいたため、情報収集の過程で知った隣国シェンデラルド王国の異変にも関係があると推測するに至ったこと。

「−このような流れです。」
「なるほど。」

 時系列に沿ったドルフィンの説明で、フォンとロムノはアレン達の意向を完全に把握する。

「ルイ嬢とクリスから、先んじてシェンデラルド王国から悪魔崇拝者が多数流入して来ており、国境付近の町村が深刻な損害を受けたことや、国軍の兵士だけ
では対処しきれない危機的状況に陥りつつあると聞きましたが、そのあたりの事情をお聞かせくださいませんか?」
「私から説明いたします。」

 イアソンの要請に、ロムノが応じる。

「イアソン殿のお話にありましたとおり、隣国シェンデラルド王国から悪魔崇拝者が多数流入しております。悪魔崇拝はシェンデラルド王国でも禁止されて
いたのですが、悪魔崇拝者の集団が近年飛躍的に勢力を拡大し、今や王国全土を占拠している模様です。シェンデラルド王国の王室との連絡は完全に
途絶えており、国王陛下も大変安否を危惧されておられます。」
「悪魔崇拝者集団の勢力拡大開始の時期は何時頃でしょうか?」
「此処1年ほどのことです。」

 シェンデラルド王国でも禁止されていた悪魔崇拝が一挙に全国を制圧するほどに勢力を拡大した背景には、外部からの肩入れがあったと考えられる。
レクス王国でもそうだったように、幾ら強権指向や支配欲が強くとも、それに賛同・追随する人間が多数を占めなければ少数派に甘んじるしかない。
勢力の拡大には強く統率された支配構造が広く浸透することが必要だ。地下活動を余儀なくされていたと想像するに難くない悪魔崇拝者の勢力が、ある日
いきなり全国規模での支配構造を構築出来る筈がない。外部の協力があったと考えるのが自然だし、そこにもザギが絡んでいる可能性があると推測出来る。
 ザギがどれだけの兵卒を指揮下に置いているのかは不明だが、ザギは力の聖地と称されるクルーシァを制圧したセイント・ガーディアンの1人ガルシアの
配下だから、協力や援軍の要請に応じられる環境はある。クルーシァで訓練された者の戦闘力は、普通の国の兵士よりはるかに高い。少数でも精鋭揃いの
兵卒を指揮下に置けば、策略や謀略に長けたザギがそれを効率的に動かすことは容易だ。

「ご存知かもしれませんが、シェンデラルド王国はバライ族が多数を占める国家です。そのため我が国の強硬派とは疎遠なのですが、国家単位での交流は
存在しておりました。シェンデラルド王国は我が国から分離独立した兄弟国家ですが故。」
「ランディブルド王国とシェンデラルド王国が緊密な関係にあるのか。」
「はい。数百年前に強硬派が我が国で隆盛を極めた時代がございまして、その際に民族浄化と称してバライ族排斥の動きが激化しました。事態を憂慮された
時の国王陛下が我が国の領地を分割してバライ族を東半分に集約し、弟君に統治を委ねたことで、シェンデラルド王国が建国されたのです。」

 ドルフィンの確認にロムノが答える。
ラファラ族が多数を占めるランディブルド王国とバライ族が多数を占めるシェンデラルド王国は対立関係どころか、建国の過程では文字どおり兄弟関係に
あったことは、アレン達を驚かせるには余りある。
 支配層の思想の相違や内紛、外部の干渉によって1つの国家が分裂することは、我々の世界でもよく見られる事例だ。東西ドイツや南北朝鮮もそうだし、
ユーゴスラビアもそうだ。日本でも南北朝時代として歴史の1ページを形成している。

「キャミール教第二の聖地と称されるランディブルド王国と兄弟関係にあるシェンデラルド王国でも、キャミール教の影響が強く存在したと考えられますね。」
「そのとおりです。」
「私の推測ですが、外部−この場合はザギかザギを配下に置くガルシアですが、その干渉によって、ラファラ族が多数を占めるランディブルド王国における
バライ族迫害の現状をシェンデラルド王国の人民に大なり小なり誇張して知らしめられることで、同胞に対する許し難い行為としてバライ族が多数を占める
シェンデラルド王国人民の民族意識を強め、同胞を救うためとして悪魔崇拝に誘い込むことで勢力を急速に拡大するに至った可能性がありますね。」
「その可能性は十分考えられます。現にシェンデラルド王国より、バライ族に対する迫害行為の禁止の要請が我が国に行われたことが何度かございます。」

 イアソンの推論に賛同したロムノは、改めてイアソンの頭の切れの良さに感服する。
民族の団結とその元での統一国家建国を中心とする民族主義を逆手に取ることで、他民族の敵視・排斥やそれが国家レベルに発展した他国への侵略や
干渉へと向けられることは、やはり我々の世界においてもしばしば見受けられる。ユダヤ人のイスラエル建国とパレスチナ人との対立もそうだし、ヒトラー
率いるナチスドイツがユダヤ人抹殺を掲げていたことは周知の事実だ。近年ではアメリカによるイラク侵略に対するイスラム教国家の反発やイスラム原理主義
−イスラム教が支配しない世界との戦いがイスラム教徒にとって「聖戦(ジハード)」であると正当化・美化する思想に基づくイスラム過激派によるテロ活動の
横行が該当するし、アジアでは主にインターネットにおいて日本が中国や朝鮮を蔑視・敵視したり、逆に中国や朝鮮で反日思想が渦巻いていることも
該当する。
 民族主義を過度に高揚する若しくはさせることで、自分が属する民族の優越性を知らしめる手段として戦争へと持ち込むことは非常に容易だ。
オリンピックなどスポーツの国際競技を介して民族意識を高揚させることが、「日本のアジア各国への侵略は白人支配からのアジア民族解放へと繋がった」と
描く靖国神社を氏神とする日本の右翼国粋主義勢力にとって、特にインターネットを早いうちから日常生活に組み込んでいる若年層を「日本を貶める中国や
朝鮮は懲らしめるべき」などと意識させるために好都合となっていることを自覚する必要がある。

「じゃあ、ザギはシェンデラルド王国に潜んでる可能性が高いってこと?」
「高いとまでは言えないにしても、存在し得ることは確かだ。」

 アレンの問いにイアソンが答える。
ザギの行方は分からないままだが、可能性がある場所に赴いて所在を確認することが王道だ。しかし、絶えず流入する悪魔崇拝者の迎撃で神経を尖らせて
いるであろうランディブルド王国の国境を守護する国軍から見て、シェンデラルド王国に踏む込むことは、ともすれば悪魔崇拝に加担するスパイとの誤解を
招く危険因子となる。

「シェンデラルド王国に調査要員を派遣することは可能でしょうか?」
「現状では極めて難しいと思われます。ご存知かもしれませんが、シェンデラルド王国からの悪魔崇拝者の流入を阻止するために、国軍兵士が多数割かれて
おります。悪魔崇拝者の戦闘力はかなり高いため、それを掻い潜ってシェンデラルド王国の現状を把握して報告するだけの能力を有する要員を割く余裕は、
現在の我が国には残念ながらないと言えます。」
「では、その点に関しては別途考慮するとして、もう1つ、ホークと顧問にも関する事項としてフォン当主とロムノ様にお尋ねしたいことがあります。」

 イアソンが話を進める。

「ホークがザギの意向を受けた顧問に利用されていたのは周知のとおりですが、顧問はルイ嬢を抹殺することで次期リルバン家継承者をホークのみにして、
ホークが当主就任以降は恩を売ることで継続的に活動資金を得ることが目的の1つだったと推測されます。」
「恐らくはそのとおりかと。」
「顧問のもう1つの目的として、リルバン家も代々所有する王冠を奪うことで、王家の城の地下にあると言われる地下神殿の扉を開こうとしていたことが推測
されます。この国の建国神話とルイ嬢にご教授いただきましたキャミール教の外典を照合しますと、はるか昔に人間が神の怒りに触れたことで神が地上に
光の槍を放って地上を焼き尽くしましたが、神が使った光の槍を以ってしても焼き尽くせなかったのが地下神殿であり、それを封印する鍵として、神がこの
地に派遣した天使に信仰の証として授けたレビック、クォージィ、タイロン、ザクリュイレスの4つの王冠が齎され、天使の末裔である王国の一等貴族のうち
4つの家系が代々所有するに至ったという筋書きが見えてきます。」
「「「「「「「「「・・・。」」」」」」」」」
「この筋書きの真偽は別としまして、王冠が地下神殿を封印するものであり、その扉を開く鍵であるという伝承は本当なのでしょうか?」
「・・・王冠を4つの家系、すなわちファイレーン家、ポイゴーン家、アルフ家、そして我がリルバン家の4家系が代々所有するのは事実だ。」

 それまで黙っていたフォンが口を開く。

「しかし、王冠が本当に地下神殿を開く鍵となるのか、確かめた者は唯の1人も存在しない。伝承では4つの王冠を携えた高位の聖職者のみ地下神殿の扉を
開くことが出来るとあるが、我が国の教会に所属する聖職者が地下神殿に赴いたという記録は1つも存在しない。」

 意外な事実がフォンから語られる。国民にも知られるほどの伝承だから王冠の1つを所有するフォンなら真偽のほどを知っているかと思いきや、まったく
不明だという。

「地下神殿がある王家の城に出入りが許されるのは、通常一等貴族当主と後継者の他は、我が国の中央教会の上級職に限られている。しかし、彼らも地下
神殿に赴くのはタブーと位置づけており、足を向けた者は居ないと聞いている。よって、我が国に伝わる4つの王冠、レビック、クォージィ、タイロン、
ザクリュイレスの4つが果たして地下神殿の扉を開く鍵となるのか、実のところ誰にも分からぬのだ・・・。」

 フォンの証言に嘘や偽りがないとすれば、ザギは確証がないまま伝承を鵜呑みにして地下神殿の鍵を開く一歩にすべく王冠ザクリュイレス奪取を目論んで
いたことになる。しかし、ザギの性格からしてそれは考え難い。
 ザギは巧妙かつ狡猾な策略を彼方此方に張り巡らせ、利用出来るものをとことん利用して真の目的を着実に実行させるだけの、悪い方向での凄まじい頭の
切れを有する。一見無関係な事象が実は真の目的に関係することだったり、真の目的を自身が利用するものから隠蔽するためのものだったりと様々だが、
少なくとも無駄足は踏まないのがザギのやり方だ。ザギが、ひいてはガルシア一派が何を目的に動いているのか未だに掴めないが、陽動目的だとしても
無駄足を踏むとは、これまでの「実績」からは到底考えられない。

「先生なら、何か分かるかもしれないんだけど・・・。」

 暫しの沈黙の後、シーナがポツリと呟く。

「先生って、シーナさんのお師匠様のことですか?」
「ええ。」

 フィリアの問いを肯定したシーナは一呼吸置く。

「フィリアちゃんは研究者志向の魔術師だし、リーナちゃんは薬剤師目指して勉強中だから、恐らくテキストや論文で一度はこの名を目にしたことがある筈よ。」

 シーナは再び一呼吸置いて、自身の師匠の名を口にする。

「ウィーザ・ムールス」
「ええーっ?!?!?!」
「!!!」

 フィリアは驚愕の声を上げ、リーナも声こそ出さないものの驚きで目を大きく見開く。イアソンもそうだ。更に、フォンとロムノも驚愕の色を露にする。

「ウィーザって人、知ってるの?」
「知ってるも何も、魔術師やっててウィーザ様を知らない奴はモグリよ!!」

 事態が飲み込めないアレンの問いに、フィリアが断言する。

「若干16歳にして魔術師の最高峰Wixardに昇格。既存の魔法の改良は元より、多数の魔法を創造した魔術師の大家。著書論文は数知れず。」
「医学薬学においては、免許所有者の経験に委ねるところが大きかった検査手法の系統化・統一化を行い、薬剤の効率的な合成方法を無数に発案。人型
種族の血液型21)
が有数であることを発見し、手術に有効な手段として輸血を確立した。『千年に1人の逸材』『神が与えた頭脳』と称されるに相応しい伝説的
存在。」
「そして、7人の中で唯一魔術師の称号がWizardのセイント・ガーディアンでもある。」

 フィリアが興奮しながら、リーナは淡々とウィーザの偉業を語り、ドルフィンが締めくくる。
シーナがセイント・ガーディアンの下で修行を積んでいたとは聞いているが、魔術分野のみならず医学薬学においても多大な功績を有する類稀な存在を
師匠としていたとは思わなかった。シーナは18歳でWizardに昇格し、医師免許と薬剤師免許を所有するパーティーの健康維持を担う重要な存在だが、
上には上が居るとはこのことを言うのだと居合わせた全員は思う。

「先生は魔術と医学薬学の研究に携わる傍ら、考古学も手がけていたの。」
「考古学、ですか。」
「先生は、世界各地の神話や伝承を検証して、はるか古代に現代の文明を超越する文明が栄えていたことを考古学の側面から実証しようとしていたのよ。」

 シーナの解説で、魔術や医学薬学といった実験研究とはフィールドが大きく異なる考古学も手がけていたことに驚いたフィリアは納得する。
我々の世界においても、古代中世では各地に残る神話や伝承は一時は全て正しいと位置づけてられていた。それが特に顕著だったキリスト教社会では、
神の教えに反することを提唱することは悪と見なされ、地動説を提唱したガリレオやコペルニクスのように処罰や弾圧の対象とされた。それがルネサンス期に
一転して全否定されたが、現在ではそのどちらも誤りであることが考古学の面から証明されている。
 例えば、ハインリッヒ・シュリーマン(Heinrich Schliemann)が発掘調査を行って発見したトロイアの遺跡は、ギリシア神話に登場する古代都市だし、
聖書における逸話の1つである「大洪水」が過去の事実を基にしたものであることは、ノアの方舟が47日間の大洪水の後にたどり着いたとされるアララト山の
調査発見でほぼ確実視されている。科学的検証から「大洪水」自体は聖書の記載どおり世界的なものではなく、氷河の融解若しくは局地的なものだったと
考えられているが、神話や伝承が全て真実であるとするのは誤りであるし、全て空想の産物と片付けるのもまた誤りであるという観点から、考古学は発展して
いる。
 この世界において考古学はさほどメジャーな学問分野ではないが、古代に隆盛を極めた文明が壊滅し、人類が滅亡寸前まで追い込まれるに至った
「大戦」がほぼ事実であることは、「大戦」後に創造されたとされる賢者の石の存在や、1億の軍勢を率いる7の悪魔を倒した武器と鎧を伝承する場として
クルーシァが存在し、その武器と鎧をセイント・ガーディアンが所有することからも間違いない。考古学にも通じているウィーザなら、「教書」外典と
ランディブルド王国の建国神話、そして地下神殿に関して何か知っている可能性がある。
 アレン、フィリア、リーナは、レクス王国のハーデード山脈深部の古代遺跡における攻防で、3000年以上の間知識と意識を保ち続けてきたという古代人
マークスから、「大戦」と称される大戦争が行われたこと、その際に使われた施設にリーナが知るギマ王国の叙事詩に登場する「ガイノア」という甚大な破壊力を
有する武器が保管されていることを聞かされた。
 マークスの意志と引き換えにアレンとフィリアとリーナは古代遺跡を壊滅に追い込んだ。ザギが神話や伝承の考察や考古学にも触手を伸ばしていたか
どうかは不明だが、一見無駄でも実は無意味ではない行動を常とするザギが、何らかの経緯でランディブルド王国の地下神殿を嗅ぎ付け、捜索を目論んで
いたと推測出来る。そうでなければ、10ある一等貴族の中で王冠の1つを所有するリルバン家の後継候補を利用した理由が現時点では説明出来ない。

「何と何と・・・。シーナ殿はあのウィーザ様のお弟子様でいらしたのですか・・・。」
「隠すつもりはなかったのですが、結果的にそうなってしまいましたね。」
「人と人とは、やはり意外なところで接点があるものですな。」
「それはどういうことですか?」
「先にロムノが説明したように、シェンデラルド王国からの悪魔崇拝者流入に国軍兵士だけでは対処しきれない事態に陥りつつある。その現状を打開する策と
して、私はカルーダ王国にある魔術大学を通じて、ウィーザ殿に力魔術を使用出来る魔術師を相当数派遣していただくよう要請する準備を進めていたのだ。
魔術大学の学長特別顧問も務めておられると聞き及んでいたウィーザ殿なら、カルーダ王国の国王に魔術師の派遣を働きかけることも容易と踏んでの
ことだ。」
「しかし、私が調査を進めましたところ、ウィーザ様は此処5年ほど消息不明との回答が魔術大学から寄せられ、カルーダ王国の国王や魔術大学との折衝を
どうすべきか、フォン様は思案されておられたのです。」

 イアソンの問いにフォンとロムノが順に回答する。
パーティーとルイとクリスは知らないが、フォンとロムノが悪魔崇拝者の流入に乗じてバライ族を排斥しようとする強硬派を納得させる対案として作成や調査を
行っていたことの1つが、ウィーザを介しての魔術師派遣だったのだ。
 ルイも使用出来る衛魔術の浄化系魔術は悪魔など暗黒属性の魔物に対して絶大な威力を発揮するから、悪魔の力を行使する悪魔崇拝者に対しても
効果が期待出来るが、聖職者の大部分は非正規であり、金で聖職者の身分を買うような側面があることもあって称号の上昇が殆ど見込めない。一方、ルイを
はじめとする正規の聖職者は町村や国家の行政に深く関与しており、しかも絶対数が少ないから命の危機に晒す戦闘の最前線に差し向けるわけには
いかない。かと言って、強硬派の主張どおりランディブルド王国に居住するバライ族をシェンデラルド王国に強制移住させても問題の解決にはならない。
 そんな事態を打開するため、フォンは攻撃を主体とする力魔術を使用出来る魔術師の派遣を、魔術の総本山として名高いカルーダ王国の魔術大学に要請
しようと考えて、その仲介役としてウィーザに白羽の矢を立てたのだ。

「シーナ殿は、ウィーザ様の所在をご存知ですか?」
「私もドルフィンもそうですが、ガルシア一派に制圧された際にクルーシァを追われて、以降の消息は分からないままなんです。」
「左様でございますか・・・。」

 若干の期待を持ったロムノは、シーナの回答で溜息を吐く。消息も掴めないのでは頼りようがない。

「クルーシァが一部勢力によって制圧されたとのことだが、それとシェンデラルド王国における悪魔崇拝勢力の強大化には関連があるのか?」
「悪魔崇拝者の勢力拡大が此処1年ほどのことだとロムノ様が先に話されましたし、ヘブル村において魔物が多数侵入を試みるようになったのもクリスからの
話でほぼ同時期だと分かります。クルーシァを制圧したガルシアというセイント・ガーディアンの配下であるザギがリルバン家に関与していたことから、
強硬派を勢い付かせる一環としてザギ若しくはガルシアの配下の者がシェンデラルド王国に内政干渉を行っている可能性は十分考えられます。」

 フォンの問いに、イアソンは冷静に推論を述べる。
他国の紛争や民族問題は、しばしば侵略や排斥の口実とされる。イスラエルとパレスチナの長年に渡る紛争もそうだし、ロシア革命の波及を恐れた日本が
シベリアに派兵したこともそうだ。この時に用いられる「民族の安全保障のため」や「自衛のため」という口実は信用するに値しないと見なして間違いない。
歴史を学ぶとはこういうことを言うのであり、年号の暗記が歴史の学習ではない。

「そこで私から提案したいのですが、私のシェンデラルド王国への入国許可を関係各位に働きかけていただけないでしょうか?」

 イアソンの大胆な提案に、他の面々は仰天する。

「ちょ、ちょっとイアソン。それは危険過ぎない?」
「国軍に調査要員を割く余裕はないそうだし、俺達もこの国の内情に関係した。かと言ってクルーシァ出身のドルフィン殿とシーナさんを含む俺達パーティー
全員でシェンデラルド王国に踏み込むのは危険だ。ザギが命令したリルバン家への関与が俺達によって破綻に追い込まれたことを、ザギは何らかの形で
把握していると考えるのが自然。となれば、報復措置としてこの国に配下の軍勢を雪崩れ込ませる危険性がある。クルーシァで訓練された兵士達は、一般の
兵士では太刀打ち出来ない。少なくともドルフィン殿とシーナさんにはこの国の防衛のために当面此処に留まってもらい、その間に調査能力とある程度の
戦闘力を持つ俺が単独でシェンデラルド王国に潜入して現状を把握するのが最も妥当な策だ。」

 代表して懸念を示したフィリアに、イアソンはやはり冷静に理由を説明する。
ガルシア一派に面が割れているドルフィンとシーナが表立って行動するのは、逆にドルフィンとシーナが居なくなった場所は戦力が手薄になったと解釈
出来る。地下神殿を狙っていたと考えられるザギが実力行使に踏み切れば、ランディブルド王国を壊滅させて王冠全てを奪うのは容易だろう。
 ザギをはじめとするクルーシァの軍勢にまともに応戦出来るのは、ドルフィンとシーナだけ。ドルフィンとシーナが当面フィルの町に滞在することでザギなど
クルーシァからの軍勢を牽制出来るし、その間に調査・情報収集に長けたイアソンがシェンデラルド王国に潜入して内部事情を把握するという作戦が有効だ。
諜報活動の最前線で長く活動してきたイアソンにとって、単身敵地に潜入することは特別なことではない。

「私から役所と国軍の幹部会に要請しておこう。許可が下りるまでに多少時間はかかるだろうが。」
「ありがとうございます。」
「だが、いかにイアソンと言えど、1人では危険過ぎるな・・・。」

 ドルフィンが懸念を示す。
イアソンの諜報活動能力は一目置くところだが、戦闘力は決して十分高いとは言えない。悪魔崇拝者は自らの肉体を介して悪魔の力を行使しているから、
攻撃力も防御力も高い22)
。イアソンの所有する剣では防御に弾かれてしまう可能性があるし、イアソンの防具と魔法防御力で攻撃を受ければひとたまりも
ないだろう。イアソンには今後もパーティーの参謀格として活躍して欲しいし、何よりかけがえのない仲間だ。本人が志願しているからと言って単独で危険
極まりない敵地に潜入させるのは憚られる。

「あたしが行きます。」
「フィリア?!」

 参入に名乗りを上げたフィリアに、アレンは驚く。

「あたしはEnchanterですから、悪魔崇拝者に通用する威力の力魔術を使用出来ます。防御は結界で可能です。」
「Enchanterなら大抵の悪魔崇拝者には対抗出来るだろう。結界を張れるから、防御の面でも有効ではあるな。イアソンはどうだ?」
「私は良いと思います。」

 ドルフィンの意思確認にイアソンは肯定的な回答を出す。

「アレンも一緒に行こうね?」
「え?俺も?」
「それは駄目だ。ザギが居るかもしれない場所に、ザギが狙っている剣を持つアレンを向かわせるわけにはいかん。今のアレンでは戦いにならん。」

 便乗してフィリアがアレンを抱き込もうとするが、ドルフィンが却下する。アレンはザギにとって最重要人物だ。しかも、ドルフィンかシーナの庇護がない下で
ザギと対峙すれば、むざむざ死にに行かせて更に剣を謙譲させるに等しい。アレンの目的は父ジルムの救出もさることながら、父から譲り受けた「7つの
武器」の1つであるという剣をザギの魔の手から護り抜くことだ。それをむざむざ頓挫させるわけにはいかない。

「うーん・・・。残念ですけど、ドルフィンさんの仰るとおりですね・・・。」
「あたしはパス。」
「あたしだって、あんたなんかに頼むつもりはこれっぽっちもないから、どうぞご安心を。」

 リーナは早々と辞退を宣言する。リーナと今尚いがみ合っているフィリアとて、リーナの協力を仰ぐのは意地とプライドが許さない。ドルフィンとシーナは
ランディブルド王国の防衛とザギなどの牽制のため残留。アレンは前掲の理由で不参加が当然。リーナは自ら辞退。まさかフォンの唯一の実子であるルイを
参入させるわけにはいかない。クリスは攻撃力は十分高いが、悪魔崇拝者が使用する強力な魔法に対しては無力に等しいから、参入は見合わせるのが
妥当な線だ。

「では、私とフィリアが現地に向かうということで、フォン様。手配のほどをよろしくお願いします。」
「承知した。」

 非常に危険な任務だが、フィリアとイアソンによるシェンデラルド王国への潜入と諜報活動が決定した。
魔法の使用経験を重ねられる、ひいては魔力や称号の上昇に繋がる絶好の機会とあってフィリアは意気込むが、同時に強い懸念を抱かずには居られない。
 志願して許可申請が決定した以上もはや後には退けないが、自分が不在の間、宿敵のルイがアレンと時間を共有することに睨みを利かせられなくなる。
ルイにアレン争奪戦からの撤退の意志がさらさらないことは本人も言明しているし、アレンとルイがこれ以上距離を縮めれば、2人は名実共にカップルとなって
しまう。鬼の居ぬ間に何とやらではないが、自身が不在の間のルイの行動はフィリアにとっては任務以上警戒すべき重要事項と言える。

「ルイ。言っておくけど、あたしが居ない間に抜け駆けするんじゃないわよ?いいわね?!」
「・・・その件に関しては、何とも申し上げられません。」

 入念に釘を刺したつもりがはぐらかされたことで、フィリアのルイへの対抗心や敵意は一挙に高まる。パーティーの人間関係も混迷を極めそうだ・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

21)人型種族の血液型:この世界には人間の他エルフやドワーフなど人間型の種族が複数存在するが、人間の主たる血液型分類は我々の世界と同じく
ABO式。これもウィーザの発見によるもの。登場人物の血液型は「設定資料」を参照されたい。我々の世界で1900年にABO式の血液型分類を発見した
カール・ラントシュタイナー(Karl Landsteiner)がノーベル医学生理学賞を受賞した(1930年)ことからも分かるように、血液型分類は医学分野において
多大な貢献を果たした一大発見である。


22)悪魔崇拝者は・・・:源泉となる悪魔の階級で変化するが、悪魔崇拝者は攻撃力だけでなく防御力も高い。全身を視認出来ない魔力がかかった鎧で
包んでいるためである。当然魔法防御力も高く、力魔術も弱いものはまったく効かない。


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