Saint Guardians

Scene 8 Act 4-3 帰結-Conclusion- 魔の手の暗躍とすれ違い

written by Moonstone

「シルバーローズ・オーディションは我が国挙げての一大行事だ。一等貴族当主が持ち回りで実行委員長を務めるが、その過程で何処の誰が出場するかと
いう情報が集約される。ルイが定数1のヘブル村予選で1位を獲得して本選に出場するという情報も、当然私の元に届けられた。その過程でホークに、
正確にはホークの顧問に掴まれてしまったのだ。」
「ルイさんが出場する可能性があると踏んで、ルイさんをオーディションに出場させるように申し込んだんだろ?だったら、ルイさんが本選に出場するって
情報をもっとしっかり隠せなかったのか?」
「先にホークを警備班班長に任命していたため、警備班の主要な任務であるホテル滞在中の本選出場者に関する情報を渡さざるを得なかったのだ・・・。」
「それは拙いですね。次期当主の座とルイ嬢の抹殺を狙うホーク氏にとって、どの部屋に誰が居るという情報は喉から手が出るほど欲しいものの筈。」

 イアソンの指摘に、フォンは辛そうに頷く。フォンも、当時からルイの情報をホークに掴ませることの危険性を十分認識していたようだ。
警備において何処に警備対象が居るかというのは、最重要事項の1つである。何処に居るか分からないのでは警備のしようもない。逆にそれを無闇に外部に
知らしめることは多大な危険を伴う。国家間会議の出席者の滞在地や、所謂「要人」がどの航空機で来るかなどの来訪手段が知らされないのは、そういった
人物の所在地を把握することで暗殺を狙うテロリストや国家情報機関などから対象者を保護する基本的且つ重要な事項だ。
 暗殺など生死に直結する事態にまで至らなくとも、個人の主要な居場所である勤務先や住所を把握することが、日本では名簿業者や私立探偵の最重要
事項や「商売要素」となり、国内外において大衆紙や芸能マスコミなどが記事のネタとするように、個人の生活の安寧や人間関係をしばしば大きく損なう
事態になるのがその証明だ。
 先代の後継としてリルバン家当主に就任する気満々だったホークは、どういうわけか先代が次期当主に自分を指名しないまま急逝したことで当主に就任
した実兄フォンの後釜を狙っていたのだし、そのためには、法律で当主継承順位が高いと位置づけられている直系実子の存在は極めて目障りであり、抹殺
対象とすべき存在だ。ましてやその直系実子が1人しか居ないとなれば、その直系実子−この場合はルイを抹殺することに異常なまでの執念を
燃やさなければ、むしろおかしい。
 フォンが実子ルイの本選出場を把握したのなら、ルイに関する情報、特にホテルでの滞在場所をホークに知られることは絶対に避けなければならない。
にもかかわらず、ホークをこともあろうに本選出場者の身辺警備を担当する警備班の長に任命したフォンの責任は重大であり、次期当主に指名すべく
リルバン家に迎え入れる意向だったのなら、脇が甘すぎると言わざるを得ない。

「ホークを警備班班長に任命するつもりはなかった。警備班班長だけでなく、他の役職にも・・・。ルイに関する情報をホークに握らせるのは危険だと分かって
いた。」
「じゃあ、どうして?」
「リルバン家の人間がフォン様とホーク様しか居ないことを、ホーク様が逆手にとってフォン様に迫ったのです。フォン様を除けば1人しか居ない直系の人間を
オーディションの関係役職に任命しないのは、次期当主候補を職務から故意に忌避させるものであり容認出来ない、と。」

 怒りのあまり思わず声を荒らげたアレンに、ロムノが解説する。
リルバン家にはルイを除けばフォンとホークの兄弟しか居ない。ルイは実子として迎えていないから、否が応にもホークが次期当主継承権第1位となる。
ロムノが解説したように、その人物を国家挙げての一大行事に関する職務の責任者に任命しないのは最も次期当主に近い人間の扱いとして粗雑だ、と迫る
ことは狡猾だが可能だ。
 黙っていても次期リルバン家当主と信じて疑わなかったため自己研鑽を放棄し、内外の理性ある人物が次期当主継承者として不適格との認識で共通して
いたホークが、いざオーディションとなって責任の重い役職に自分を任命しろとは言い出さないだろう。現状の微温湯に溺れる人間が現状より重い責任を
自ら負おうと申し出ることは、権力欲でもなければまずありえない。責任が重くなることは自分の仕事が増えることでもあるから、溺れるに心地良い現状を
脱するメリットとするにはリスクが大きい割に見返りが少ないからだ。
 しかし、これには例外がある。見返りとして今後絶大な権力が得られることだ。
企業や官庁において係長が課長に昇進するような、限られた範囲の権力拡大ではない。莫大な資産を自分の一存で思うがままに使えて、その資産は
国家の破滅でもない限り永続的に自動供給される、ランディブルド王国の一等貴族当主という絶大な権力だ。そんな権力が得られるのなら、一時の苦行に
身を投じるだけの価値はある。権力に飢えた人間なら尚更。
 そういった先を見通す洞察力がホークにあったとは思えない。フォンに実子が居ない、言い換えればルイという唯一人の実子が居なければ、それこそ黙って
いてもフォンの引退若しくは逝去でリルバン家次期当主の座はホークに転がり込んでくるのだから、わざわざ労苦を引き受ける必要はない。
つまり、ホークが現時点で唯一人のリルバン家直系という存在感を持ち出して役職者に任命するようフォンに迫った背景として、ホークが先んじてルイが
フォンの実子であるという、自らの今後を根底から覆す極めて重要な情報を掴んでいたと考えられる。

「ホーク氏は、どのようにルイ嬢の存在とフォン様との親子関係を掴んだのですか?」
「顧問様によるものです。」

 一行を代表するように疑問を呈したイアソンへのロムノへの回答に、今回の事件の黒幕が現れる。
昼夜問わぬ執拗な追撃、いたるところに仕掛けられた二重三重の罠、一瞬の隙を突いてのルイの拉致など、権力欲は強いくせにやたらと腰は重い、権力と
いう麻薬常習者にしばしば見られる「症状」が見られるホークの鈍った頭脳で、あれだけの巧妙な行動の数々を考えられるとは思えない。

「顧問様は5年前にホーク様が雇用されました。それはホーク様の募集によるものではなく、顧問様がホーク様に自身を売り込んでのことです。」
「5年前というと、先代が急逝されてフォン様がリルバン家当主に就任した時期とも一致しますし、フォン様がローズ殿を全国規模で捜索し始めた時期でも
ありますね。」
「はい。顧問様の雇用開始以降ホーク様の活動が活発化されました。そのことは資産管理簿を管轄している私は勿論、活動資金を拠出されているフォン様も
知るところでした。しかし、その目的の真意がローズ様、ひいてはルイ様の所在を掴むことにあったのを知ったのは、ごく最近のことです。」
「ホーク様は王国議会で提案・審議される政策への対案を提出していましたから、調査などもそれを目的にすれば真相を隠蔽出来ますね。」
「仰るとおりです。」

 ホークが供与される活動資金を政策提案のための各種調査と表面を取り繕い、実はローズとルイの母子の行方を追うことに使用していたというのは、
活動資金の使途目的からすれば当然許されざることだが、活動資金の使用記録である資産管理簿への記載の盲点を突いた巧妙なやり口だ。
 最近問題に挙げられる機会が多くなった、日本の地方議会における政務調査費の目的外流用は、議員になれば議員報酬以外に政務調査費として年間
数十万円以上の金額が自動的に得られること、条例や法律がなければ使用結果を公表する義務がないことを悪用した結果だ。多くの地方議会において
政務調査費を何の目的でどれだけ使用したかを証明する領収書の添付は義務付けられていないから、名目を政務調査としておけば町内会会費に使おうが
私物購入に使おうが、その気になればやりたい放題だ。議員に自律心が要求される事象の1つである。
 本来政務調査費は議員の立案における各種調査、例えば子どもの医療費無料の範囲を拡大するにはその対象家庭がどのくらい存在するか、どのくらい
需要があるか、必要とされる予算はどのくらいかといったことを把握して立案を具体化するための必要経費だから、議員は政務調査費を公表するのが筋だ。
しかし、議員という職務を住民の利益を地方行政に反映させる職責から既得権益に履き違えた勢力、若しくは旧来のムラ意識を議会政治に持ち込んだ
「有力者」なる連中が、選挙という審判の機会を介しても尚その地位に安住出来たため−自身を苦しめる議員や勢力の忠実な集票マシンとなる有権者に
多大な責任があることは言うまでもないが−長く糺されずに来た。政務調査費の目的外流用を以って即座に政務調査費削減や廃止を要求するのは、
地方議員の職責を奪うことであり、ひいては住民と地方行政とのパイプを寸断して地方議会をより密室政治化することにも繋がる安易且つ危険な論理で
あると述べておく。
 資産管理簿には、使用結果を具体的に記述する義務もそれを証明する義務もない。政策立案のための全国調査とでも申告しておけば良い。活動資金が
どのくらい供与されるのかは不明だが、ランディブルド王国の中枢を担う一等貴族であれば、人を複数秘密裏に雇うことや多方面の諜報活動に充てることも
十分可能な額だろうし、顧問ならそれくらいの悪知恵は容易に働くだろう。

「話を核心に移しますと、フォン様がローズ殿を捜索するために視察を兼ねて全国を回られる際に、ホーク様が自身の政策調査を兼ねたいと申し出られ
ました。フォン様が了承して同行させた執務官45)の中に、ホーク様の意向を受けた者が居ました。」

 ロムノから飛び出した驚愕の事実は、実の兄弟間でスパイを使った諜報活動が常態化していたことを示すものだ。

「それが判明したのもごく最近のことですが、ホーク様の意向を受けた執務官がフォン様の全国視察に同行した結果、ヘブル村にルイという名の正規
聖職者が存在することがホーク様の知るところともなりました。ローズ殿のファミリーネームである『セルフェス』は、バライ族の1人であるローズ殿が
リルバン家の使用人であったこと、執拗な嫌がらせや妨害にもかかわらず使用人の職を辞さなかったことから、バライ族を嫌悪するホーク様やナイキ殿も
よく知るところでした。ルイ様のファミリーネームがローズ殿と同じく『セルフェス』であることは、その後の顧問様が陣頭指揮を担った諜報活動によって、
ホーク様とナイキ殿が知ることになったと思われます。」
「次期リルバン家当主就任の野望を根底から破壊するルイ嬢の抹殺の機会を窺っていたところに、ルイ嬢のオーディション本選出場の情報が入ったと
なれば、ルイ嬢の警備という名目で距離を縮減出来て、刺客を送り込むことも容易な警備班班長に自身を指名するようフォン様に迫った。・・・このような
流れと考えられますね。」
「仰るとおりかと。」
「だったら・・・、オーディションを口実にしたりしないで、最初からルイさんが自分の子どもだからリルバン家に迎えると宣言すれば良かったんじゃないか!」
「アレンの気持ちは分かる。しかし、家柄を重要視する貴族、ましてや国の中枢を担う一等貴族で、私生児の存在を公表するのは非常に困難だ。」

 結果的にルイ抹殺を狙う機会を与えたフォンに対して改めて怒りを増したアレンを、イアソンが宥める。かつて反政府組織の一員として堕落した貴族社会に
接し、今はパーティーの事実上の参謀として情報戦を主導するイアソンは、フォンの立場とそれに伴う行動の制約を客観的に理解出来るつもりだ。
 フォンとてローズの存命と実子ルイの存在を知った時点でリルバン家に迎えたかった。だが、イアソンの言うとおり、家柄を重要視する貴族、しかも建国
神話にまで由来が遡る一等貴族という立場は、かつての使用人との間に生まれた私生児の存在を公表することを躊躇させるに十分だ。しかもその私生児が
民族浄化を標榜する強硬派の嫌悪や敵視の対象とされているバライ族の血を受け継ぐとなれば、王国議会で非難の槍玉に挙げられる格好の材料となる。
 国政を担う者の1人として、自身の内情を理由に政策や法案の審議を滞らせるわけにはいかない。私情を議会審議に持ち出して糾弾の材料とするのは
議会の本質を逸脱するものだが、相手の行動を妨害するためならそのようなことも躊躇わないのがこの手の輩の常というものだ。そんな事情もあったから
こそ、フォンは当主就任後にローズとルイの所在を知ってもリルバン家に迎えられず、ローズの本当の死を戸籍で知ることになり、オーディション出場を
名目にルイを招聘しようとしたのだ。
 フォンがランディブルド王国の一等貴族当主であるという事情や立場は、ローズを切り捨ててルイを危険に晒したというアレンの怒りを鎮めるものではない。
しかし、このままでは内外で一等貴族当主として不適格者との認識で共通していたホークを唯一の直系として抱えていたこと、あらゆる物事を思いのままに
進められると思いきや、国民全体を考えるほど制限が多い一等貴族当主という立場が実の親子を長きに渡って引き裂く深刻な要因となったことは、紛れも
ない事実だ。フォンも当事者でしか分かりえない事情に翻弄された犠牲者と言える。

「ローズ殿が実は処刑されては居らず、戸籍上死亡とされてリルバン家から脱出させられたのは、リルバン家における暗黙の了解だったのですね?」
「はい。フォン様の性格からしてローズ殿を自ら手にかけることは想像出来かねるでしょうし、その夜リルバン家敷地に滞在していた馬車に深夜急に巨大な
木箱が追加搬入されたことや、私が料理人に命じて豚を1匹捌かせたことから、ローズ殿を脱出させたことは使用人やメイドの間で内々に知られることに
なったと思われます。」

 先代がローズの処刑を遺体を見ることで確認しなかったのは甘かったと言えるが、強硬派の代表格だった先代とその威光を武器に横柄の限りを尽くして
いたホークに辟易していた使用人やメイドや小作人にしてみれば、これまでの方針を180度転換して穏健派を王国議会で有利にしたフォンの後継には、
私生児であってもホークではない方がずっと良いに決まっている。
 ホークに一等貴族当主としての資質がないことが明らかな以上、フォンがルイをリルバン家に迎えて次期当主に指名することそのものには、理性ある者なら
思想の違いはあっても反対や妨害はしないだろう。戸籍をどうするかなど問題は山積しているが、ホーク以外の次期当主後継候補はルイしか居ないこと、
ルイが正規の聖職者として屈指の存在となっていることからして、王国の頂点に君臨する国王や国政に一等貴族と並ぶ影響力を持つ教会の支援を受けて
比較的容易に解決するかもしれない。

「ローズをリルバン家から脱出させた後も先代の追跡から逃すには、我が国で戸籍制度が頑強なことを利用したロムノの提案を受け入れること以外に良策は
見当たらなかった・・・。しかし、ローズとルイに戸籍の記載が原因となって地獄の苦しみを齎したことには違いない・・・。夫として・・・親として・・・ローズとルイに
今まで何もしてやれなかった・・・。」
「「「「「「・・・。」」」」」」
「今は・・・ルイを相続争いに巻き込んでしまい・・・。本当に・・・ローズとルイには・・・申し訳ないことをしてしまった・・・。」

 当人が居ない場で再び涙を零して謝罪するフォンは、表情もあまりにも痛々しい。
身分の違いを乗り越えた恋愛を成就させるつもりだった。しかし、一等貴族という特殊な立場と事情がそれを許さず、妻としたかった女性とその女性との間に
生まれた我が子に甚大な苦しみを与えてしまったことが、巨大な罪悪感となってフォンの心を今でも強く締め付けている。
 フォンの深い悲しみと罪悪感が再び伝播し、一行の表情は概して暗く、重い。フィリアとクリスは目を拭い、鼻を啜る。アレンはまだ釈然としないが、
「やむをえない事情」というものがあったことと、フォンにローズとルイへの罪悪感や謝罪の意思はあると感じる・・・。

 その頃、フィル町の港の10番埠頭では、ホークの恐るべき野望を実現する舞台が静かに来訪者を待っていた。
埠頭の先端に位置する巨大な平屋建ての倉庫の隅の柱に、ルイが後ろ手に縛り付けられている。オーディション本選の舞台に上がった時の衣装は
そのままに。

「アレンさん・・・。」

 悲しげな表情で視線を落としたルイは、暗闇の中で最も待ち焦がれる人物の名を呼ぶ。無論、その声は誰にも届くことはない・・・。
 日が落ちても混乱が続くフィルの町。混乱で周囲に目が行き届かないことを利用して、アレン達一行とフォンとロムノが移動する。
目的は勿論、ルイを救出すること。フォン1人でのこのこ出向けば、ルイと一緒に殺してくださいと身を差し出すに等しい。しかし、現場に残された手紙を
完全に無視すれば、ルイの生命が危険に晒される。リルバン家に次期当主継承候補者がルイと自分以外に居ないからこそ、ホークはルイを拉致してフォンを
呼び出す強硬手段に打って出たのだ。ルイとフォンの安全を同時に確保するには、これまでの旅で戦闘経験を重ねたアレン達一行がフォンに同行するのが
最善だ。移動の際にホークと顧問に掴まれては元も子もないから、移動する人数は必要最小限に抑えなければならない。そのため、ロムノが指揮していた
私設部隊は同行していない。
 時刻は手紙で指定された20ジムまで残すところ1ジムほど。人命がかかっているだけに、早めに現場に到着して状況に応じた作戦を考案するのが賢明だ。
作戦の立案はパーティーの事実上のリーダーであるドルフィンと、同じく参謀格であるイアソンが主導する。埠頭がある場所は平坦で、建物や停泊中の船舶
以外に身を潜める場所はない。一方でルイが何処に囚われているかは特定出来ない。可能性が最も高い倉庫は、船舶の荷物の積み下ろしに利用される
こともあって数がかなり多く、夜という時間的背景もあるから、捜索してから救出というのは非常に難しい。

「ホーク、正確には顧問の配下が遠距離から魔法で狙撃してくる可能性がある。フォン氏が現在のまま前面に出ることは危険だ。」
「では、どのように?」
「背後に魔術師を伴わせて、結界防御の中で移動してもらう。その役割には・・・フィリア、いけるか?」
「はい。任せてください。」

 即答したフィリアの表情は至って真剣だ。人質は恋敵のルイだが、こういう機会で相手の消滅を願うほど冷徹ではないし、そのような決着は望まない。

「アレンもその結界に入って一緒に移動して、ルイ嬢が囚われている場所を特定出来た時点でそこに向かえ。」
「分かった。」

 改めてルイ救出の任務を受けたアレンは、真剣な表情で応じる。
背が高い方のフォンの背後に、やはり背が高いドルフィンやシーナが身を潜めるのはかなり無理がある。部外者が同行していると知られれば即座にルイ
抹殺へと繋がる危険性があるが、同時に素早い救出が要求される。結界は魔術師の称号が高いフィリアならかなり強力な結界が張れるから、魔法による
狙撃の他、物陰からの兵士などの突入による物理的襲撃からもフォンの身を護ることが出来る。アレンは身長が低いからフォンの背後に身を潜められるし、
素早さではドルフィンに匹敵するから、ルイが囚われている場所が特定出来た時点で即座に移動を開始し、ルイ救出に向かえる。
 ドルフィンとイアソンとリーナとシーナ、そしてクリスは丸腰のロムノの護衛と、前線に赴くアレンとフィリアの援護を担当する。ルイとフォンを纏めて始末
されれば、リルバン家の次期当主としてホークの就任を追認せざるを得ない状況が出来てしまう。それは何としても避けなければならない。
各々が戦闘準備を整える。物理攻撃が可能な者は剣を抜いたりグローブを填めたりし、魔法を使える者は結界を張る。

「・・・アレン君。」

 準備が整ったところで、クリスが口を開く。フィリアの後ろに並ぶ形でフォンの背後に陣取ったアレンが振り向く。

「アレン君が会場でフォンさんに殴りかかって、あれだけ怒ったっちゅうことは、ルイから先に真相を聞いとるんやな?」
「・・・うん。」
「あたしは、ルイのお母ちゃん、ローズ小母さんが村に来る前に何処で何をしとったか聞いとらへん。あたしの父ちゃんも母ちゃんも聞いとらへんし、あたしも
ルイに聞いたりしとらへん46)。何か深い事情があったんやろうとは思っとったけど、口ん中に手ぇ突っ込んででも言わせるなんてことはしたぁない47)しな。」

 人間関係を明かし明かされたクリスの口調は従来のものに戻っているが、笑ったりするものは居ない。

「ルイから事情を話してもらっとらんことを、あたしは怒ったりしとらへん。どんな事情があったとしても、あたしはルイの親友や。相手に何があっても全部
受け止めるんが親友や。今までずっとそう思て来たし、今でもそう思とる。せやから、あたしはルイを怒ったりせぇへん48)。」
「・・・。」
「これはあたしも話しとらへんし、ルイから聞いとらへんかも知れへん・・・。」

 クリスは、神妙な面持ちで一呼吸置く。

「ローズ小母さんが死んだんは末期の癌やったっちゅうことはフォンさんの家でも言うたとおりやけど、ローズ小母さんを診察した村の医療助手がローズ
小母さんの葬式終わった後で、ローズ小母さんはあれだけ悪かったんやから本当やったらとっくに倒れとった筈やて言うた。せやのに倒れた日までずっと
教会の下働きしとれたんは・・・、ルイが一人前の聖職者になるんを見届けるんが自分の使命やてローズ小母さんが思とたからと違うかっちゅうことと、
神様から授かった使命っちゅうのはこういうんを49)言うんと違うかな、とも言うとった。」
「・・・。」
「前にも話したけど、ルイは今まで滅茶苦茶苦労して来た。あたしやったら到底耐えられへん苦しみが続く中、根性曲げへんと懸命に生きてきた。大人でも
2/3は1年で根ぇ上げる正規の聖職者の修行にも耐えながらな。その結果、14歳で司教補昇格と同時に一村の中央教会祭司部長就任。全国の教会が獲得に
必死になるほどの有能な聖職者になった・・・。」
「・・・。」
「それがルイの幸せなんかどうかは、あたしには分からへん。せやけど・・・、ルイが一人前の聖職者になって、今までルイと見るや石ぶつけたり罵ったり
小突いたり、兎に角滅茶苦茶しとった奴等にまで、ルイを嫁さんにしたいとか言わせるだけの女になったんを見届けたローズ小母さんは・・・、幸せやったんと
違うかな、てあたしは思う。」

 幼い頃から親友としてルイと共に生き、親友としてルイを護り続けて来たクリスの後日談と回想は、アレンだけでなく全員の心に深く響く。
ルイは母を安心させるため、若干5歳にして正規の聖職者の道へ自ら踏み出した。国の法律とも言える教会人事服務規則を遵守することを大前提とする
修行は厳しく、修行の過程では私生児、しかも戸籍上死んだことになっている女性の子ということで、陰湿且つ執拗な苛めが続いた。だが、ルイは一言も
弱音を吐くことなく、自分と母を侮蔑し敵視する勢力に反撃することもなく、ついにはその勢力をもひれ伏させるだけの地位と名声と信頼を勝ち取るに
至った。
 そんなルイの成長を間近で見て来たクリスは、村のオーディション予選を圧倒的得票で勝ち抜いた後でルイを被服店に引っ張っていって衣装合わせを
した時、本選出場時にも見せたあのドレスのような服を着用したルイを見て、店の主人や従業員、様子を見について来た村の者達同様驚嘆すると共に、
よくぞここまで立派に育ったと感慨さえ覚えた。自分は女で未婚だが、立派に成長した娘を持った父親の心境はこんなものだろうかとも思った。ルイの母
ローズがこのルイを見たらきっと感激しただろうとも思ったし、今は自分がローズの代わりにルイを見守っているのだと再確認もした。
 ルイが興味を示した男性はアレンが初めてだった。興味が恋愛感情に移行したのもクリスは即座に察したし、一人前の聖職者となったルイが今後将来の
伴侶とする男性としてアレンは相応しいと思っている。ルイが聖職者でない時間をあれほど幸せそうに過ごすのを見るのは初めてだし、遠い異国から来て
民族差別に染まっていないのもあるだろうが、アレンが民族や出自の違いを人間関係の前提条件としない男性だからこそ、ルイは自分にも話さなかった
真相を明かすほど完全に心を開いたのだと思う。そのルイがアレンに気持ちを伝えているとは思えない。気持ちを伝えるには「生きる」ことが絶対不可欠だ。

「ルイから先に真相を聞いたアレン君が、フォンさんに対して良い感情を持てへんことは百も承知や。せやけど・・・、ルイがお父ちゃんを知らへんまま、
お父ちゃんを許せへんまま、お父ちゃんを切り離した人生歩むんは・・・、ローズ小母さんにとっても不幸や。」
「・・・。」
「せやからアレン君、あたしからも改めて頼むわ。ルイをお父ちゃんに・・・、フォンさんに会わせたって。」
「ルイさんがフォン氏を父親と認めるかどうかは・・・、ルイさん次第だよ。今の俺に出来ることは・・・。」

 心持ち目を潤ませたクリスの訴えに、アレンは硬い表情のまま抜いた剣を見る。

「ルイさんを無事に救出すること。・・・それだけだよ。」

 自らに言い聞かせるように強く言ったアレンの持つ剣は、闇の中で仄かに赤い輝きを放ち始める。
心に呼応したような剣を見たアレンは再び前を向く。心はルイの救出に絞られる。ルイを無事に救出することが、ルイとの約束を果たす大前提でもある。
 ルイとの約束とは無論、前夜ルイの母ローズの不可解な記載の戸籍とその事情をルイから聞いた後に交わした、1人の男性として1人の女性の気持ちを聞く
こと。自分とルイの心が向き合っていることは、流石のアレンでも推測出来る。だが、なあなあで付き合い始めるのではなく、気持ちの告白と交際の
申し込み、と段取りを順番に踏んで交際を始めるべきであり、堅苦しいと思われようがそれがけじめだ、とアレンは思っている。
 自分を初めて1人の男性として認めてくれて、頼ってもくれているルイ。絡みつく魔の手を完全に断ち切るから、ルイにはこれからの人生を満喫して
欲しい。莫大な資産と絶大な権力欲しさに実の姪をも抹殺しようとする人間の安否など、アレンは端から度外視している。ルイ抹殺のために刺客も送り込んだ
代償をこの場で払ってもらえるのならむしろ好都合だとさえ思う。
 並々ならぬ決意を更に固めたアレンに配慮するように、ドルフィンはフォンに出発を促す。フォンは緊張と不安が錯綜する表情で、ゆっくり歩みを進める。
後方や背後からの襲撃はないか、何処からか狙撃を示す魔法反応はないか、アレンとフィリアはそれぞれの特性をフルに発揮して注意を払う。

「これはこれは兄上。」

 埠頭の中ほど、打ち寄せる波の先端が見えるところまで踏み込んだフォンに、闇の中から声がかかる。フォンだけでなく、アレンとフィリアもこの声には
聞き覚えがある。咄嗟にアレンとフィリアが警戒を強める中、前方の倉庫の陰から声の主であるホークが姿を現す。人質をとった優越感に浸って嫌味
たっぷりににやけるホークの顔は、見ていて吐き気がするという表現がそのまま当てはまる。

「夜の埠頭へようこそ。」
「ホーク!!娘は、ルイは何処だ!!」
「ああ、あのバライ族の血を引く小娘でしたら、ほれ。あそこの倉庫に居ますとも。」

 溢れんばかりの怒気を込めたフォンの問いに、ホークは嘔吐感を誘う笑みを崩さずに、埠頭の最先端に位置する倉庫を指差す。

「黒く汚らわしい人間は、速やかに処分した方がよろしいかと。」
「「何?」」

 フォンとアレンが思わず聞き返した瞬間、目前でまさかの事態が勃発する。
暗闇の中に真紅の火柱が轟音を伴って聳え立ったのだ。その場所は、ルイが閉じ込められているという倉庫に他ならない・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

45)執務官:ランディブルド王国の国政を執行する役人の総称。各町村の役人とは異なり国家試験合格が要求される、国家公務員と言える職業である。

46)しとらへん:「してない」と同じ。方言の1つ。

47)したぁない:「したくない」と同じ。方言の1つ。

48)せぇへん:「しない」と同じ。方言の1つ。

49)こういうんを:「こういうのを」と同じ。方言の1つ。

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