Saint Guardians

Scene 7 Act 1-4 捜索-Search- ある聖職者の光と陰U−後編−

written by Moonstone

「そいつらが今開かれとる評議委員会で財産没収、資格剥奪の処分食らうことになりそうや、ってあたしが休憩中やったルイに教えたんよ。そしたらルイが
血相変えて、評議委員会の会議場になっとる村役場の会議室に乗り込んで言うたんよ。もしそいつらが全てを失ったら、そいつらは勿論、そいつの家族や
雇われとるメイドさん、小作人の処遇はどうなるんや、ってな。資格剥奪の上に財産没収されたら二等三等貴族は丸裸や。失業どころか無一文で路頭に
放り出されることになる。そうなると、二等三等貴族連中に雇われとるメイドさんや小作人まで路頭に迷(まよ)てまうことになりかねへん。」
「どうしてよ。小作地を他の貴族や大商人とかが買えば良いんじゃないの?」
「没収された土地は他の貴族や有力者が購入するやろうけど、小作人がそのまま雇われるっちゅう保障は何もあらへんねん。二等三等貴族の認可・昇格
条件はどんだけ小作人使とるんかやなくて、どんだけ土地ようけ持っとるかで決まるでな。住み込みで働いとるメイドさんは尚更厳しいんや。」

 フィリアの問いにクリスが答える。
小作人の多さでなく所有する土地の多さで格付けが決まるとなると、二等三等貴族は極力少ない小作人で大量の小作料を得ようとするだろう。言うまでも
なく搾取の典型例だが、二等三等貴族の小作料徴収は野放し状態。その二等三等貴族にも昇格もあれば降格もある。資格剥奪、財産没収となれば、
クリスの言うとおり、その二等三等貴族に雇われているメイドや小作人の処遇は極めて不安定な位置づけとなってしまう。

「弱い立場にある人達を路頭に迷わせるようなことはしたら駄目。それが村の重要事項を審議決定する評議委員、そして聖職者の責務や、てルイは
言うた・・・。自分が生まれ育った慈善施設の環境が今でも決して良うないことくらい、ルイは知っとる。それに、昔の自分と同じ境遇の人間を増やしたない、
特に子どもにひもじい思いをさせたない、ってルイは思とるんや。そやなかったら、予選突破の賞金を貰った直後に全部慈善施設に寄付したりせえへんわ。」
「「「「「・・・。」」」」」
「あたしもルイの言うことはもっともやとは思うし、評議委員の資格持っとるルイの直訴受けて、評議委員会は罷免で手ぇ引いた。当事者が言うんやから
しゃあない25)、て思たからやろうな。せやから、その二等三等貴族連中は今じゃルイに絶対頭上げられへん。そいつらの首が繋がっとるんはルイのおかげ
なんやから当然や。あたしやったら、全身の骨砕けるまで殴り倒したるところなんやけどな。」

 ルイを護り続けてきた親友でもあるクリスとしては、ルイの主張そのものは理解出来るものの今尚釈然としないものがある。
自分の大切な親友を酷い目に遭わせた奴等など一族郎党路頭に迷って当然だ、という怒りとも言える思いがクリスにはある。それは、最後の物騒な言葉が
端的に表現している。ルイが許可するなら、今直ぐにでも叩きのめしに村に帰るくらいの心境なのだ。
 アレンは、聖職者としての本領を発揮したルイの行動に心底感服する。
過去に自分を散々な目に遭わせた子どもの親が自分と同じく評議委員として列席すると知れば、普通なら貴方の子どもが昔自分にこんなことをした、と
詰め寄ったり、それこそ評議委員である他の教会幹部や有力者と手を組んで、対象である二等三等貴族を社会的に抹殺する策を講じても不思議ではない。
だが、ルイはその地位を濫用しての報復に訴えることなく、二等三等貴族に付随するメイドや小作人といった社会的弱者の処遇を考慮し、対象とされた
二等三等貴族への処分を最小限に留めるよう直訴して、評議委員会をその方向に動かしたと言う。
 これでは、槍玉に挙げられた二等三等貴族がルイに頭を上げられる筈がない。
聖職者の称号昇格には魔力の増強は勿論、精神的成熟度も要求される。自分に対する過去の所業の報復には乗り出さず、逆に不利な立場に追い込まれた
相手を救済するべく行動に出ることは、聖職者でなくてもなかなか出来ないことだ。ルイの称号や役職の昇格の速さは、他人を支援、援助することを
第一義的任務とする聖職者としての資質の高さを確かに裏付けている。

「確かに、祭祀部長っていう役職の責任は果たしたって言えるわね。」

 フィリアが言う。言葉とは裏腹に表情と口調は称賛のものではない。横目で見たアレンの目と表情が、明らかにルイを特別視していると察したからだ。

「1つ聞くけど、あんたの村の教会の幹部職って、何歳くらいなの?評議委員もだけど。」
「若くても30代、大半は40代から60代です。聖職者の昇格のテンポは全般的に遅いですし、評議委員に選任される町村の有力者は大抵、30代か40代と
いった働き盛りの年代になります。二等三等貴族の方は勿論、商家などでも当主は概ねその年代の方ですから。」
「そんな年長者集団の中で1人だけ10代なんて、結構舐められてるんじゃないの?」
「そう言うあんたは相当馬鹿ね。」

 嫌味を込めたフィリアの牽制に、それまで無言且つマイペースで食事を進めていたリーナが痛烈な一撃を放つ。

「どういうことよ?!」
「あんたの脳みそを振り絞って思い出してみなさい。あんたがその歳でPhantasistやEnchanterになったからって、カルーダの魔術大学の学長に軽く
見られた?
あんたは魔術学校や魔術学会26)に何度か論文を提出しただろうけど、その論文が年齢を理由に門前払いを食らったことはある?」
「否、ないけど・・・。」
「魔術師にせよ聖職者にせよ、称号は個人の魔力や資質を示す絶対的客観条件。年齢や在職年数なんて無関係だってことくらい、あんたの頭でも分かる
でしょ?ルイは評議委員会に加わる資格を持つ村の中央教会の祭祀部長。周囲が自分の倍以上の年齢ばかりが何だろうが、その権限が軽くなることは
ない。それが、称号がものを言う魔術師や聖職者の世界の常識ってもんよ。年齢を引き合いに出すなら、あんたはEnchanterの称号を返上することね。」

 リーナの淡々とした口調での整然とした理論は、フィリアから反論の余地を完全に奪い去る。
フィリアは15歳で魔術研究では後進国に属するレクス王国でPhantasmistに昇格し、更にカルーダ王国でEnchanterの称号を手に入れた。魔術研究で
クルーシァと並んで世界的権威を持つカルーダ王立魔術大学の学長も、まずフィリアの称号に注目したし、上級研究職への太鼓判も押した。更に言うなら、
フィリアが尊敬して止まないシーナは18歳で魔術師の最高峰Wizardに昇格し、カルーダ王立魔術大学の客員主任教授という地位にある。それらを考えれば、
年齢を口実にした揶揄はフィリア自身にも、そしてフィリアが尊敬するシーナにも向けられることになる。魔術師の戒律に厳格なフィリアには、シーナが
若いのにWizardなのはおかしい、とは口が裂けても言える言葉ではない。
 ルイへの牽制の手段を封じられたフィリアは、渋い表情で食事を再開する。他の面々も思い思いに料理を口に運ぶ。
あっという間に大盛りのパエリアを平らげたクリスの皿を持ってルイが台所へ走り、多く作っておいたパエリアをこれまた大盛りで持って来る。クリスは酒と
料理を豪快に食していく。パエリアを多く作っておいて正解だった、と料理を作ったアレンとルイは安堵する・・・。

「あー、ごっそさん27)!滅茶美味かったわー!」

 パエリアの皿を空にしたクリスが、満足感溢れる笑顔で言う。
アレンとルイの予想どおり、作ったパエリアの大半はクリスの胃袋に納まった。見た目細身の何処にあれだけの料理が入っていくのか、とアレンは不思議で
ならない。
勿論フルボトルの白ワインの瓶は空だ。アルコール度数はかなり強めだから酔ってもおかしくないが、本人はいたって平気な顔をしている。
フィリアも嫌いだった生に近い魚料理に馴染めたことで満足した様子だが、リーナだけは表情を変えずにハンカチで口を拭う。

「アレン、ルイ。これ、作っておいて。」

 リーナが脇に置いていた本を広げて差し出す。そこには、ポント28)と2色のクリームを組み合わせたデザートの絵とレシピがある。

「食事の後のデザートか。あ、これええやん。リーナもなかなか食通やな。」
「確かに美味しそうね、これは。」
「ちょ、ちょっと待てよ。これから後片付けもあるんだぞ。デザートくらい、喫茶店か何処かで済ませてくれば・・・。」
「文句言わない。あたしは図書館で別の本を探して来るから。クリスのカーム酒もついでに買って来るからその間に作っておいて。今回は多少時間が
掛かっても見逃してあげるわ。フィリア、クリス。行くわよ。」

 アレンの抵抗を一蹴したリーナは、本をアレンに押し付けて立ち上がる。「主役」である自分の言うことには有無を言わせないという態度が露だ。
フィリアは自分の目の届かないところでアレンとルイをこれ以上2人きりにさせたくないのだが、リーナの命令に逆らうと最悪の二者択一を迫られる可能性が
高いので、渋々立ち上がる。クリスは酒が買える、ということで早くも乗り気だ。

「ついでにクリスの酒のつまみも作っておいて。何にするかはあんた達に任せるわ。」
「任せるって、何でそこまで・・・。」
「文句あんの?」

 リーナが不満を口にしたアレンを鋭い視線で睨み付ける。威嚇溢れるその視線に、アレンが逆らえる筈がない。

「あ、つまみ作ってくれるんやったら、ちょいと塩加減のあるもんがええな。」
「はいはい。」

 アレンの返事は、その心境を反映してかなり投げやりだ。
クリスとフィリアを従えたリーナが出て行った後、アレンは思わず溜息を吐く。

「食事が済んだと思ったら、今度はデザートとつまみの要求か・・・。一体俺とルイさんを何だと思ってるんだ?」
「アレンさん。後片付けして作りましょう。クリスのお酒のつまみは、私も何度か作ったことがありますから、好みは熟知しているつもりです。」
「ルイさんって、そんなこともしてるの?」
「ええ。時々クリスのお宅に招待していただいて、教会の後の会食に同席させていただくんです。お母様が特に敬虔なキャミール教徒ですから、教会の
ご依頼をよくいただくんです。私が祭祀部長に就任して以来クリスとお母様が教会には必ず私を指名されるので、私が出向くんです。」
「だからって、何もルイさんが料理作らなくてもメイドさんが作れば良いんじゃ・・・。」
「クリスの頼みは断りたくありませんから。クリスのご両親もよくお酒も飲まれるんですけど、ご家族で楽しそうに話をしているのを見ているのが、楽しくて・・・。」

 そう言ったルイの表情に微かに陰が差す。
ルイは昨年母を亡くして天涯孤独の身。だから、幼い頃から自分を護って来てくれた大切な親友であるクリスの家族団欒(だんらん)に、叶わなかった自分の
家族の理想像を投影しているのだろう。お人好し過ぎると言ってしまえばそれまでだが、生まれて間もなく母を亡くし、唯一の肉親である父を攫われた
アレンは、ルイの家族というものへの憧れをとても他人事とは思えない。

「文句言ってても始まらないし、作ってないとリーナに文句言われるし・・・、作ろうか。」
「はい。」

 思い直したアレンは立ち上がり、食器を手早く重ねてルイと共に台所に向かう。
まずは後片付け。まず、食器から洗ってしっかり水気を切ってから布巾で拭いて棚に仕舞う。流しも広いから、2人がかりですればさほど時間はかからない。
続いて調理器具を洗う。こちらも汚れを取るのが大変な油もの−フライパンや揚げ物鍋など−の比率が少ないし、パエリアを作ったフライパンには予め
水を張ってあるから、それほど手間はかからない。油汚れに強い合成洗剤などないから、こういった少しの手間は重要な生活の知恵の1つである。
 後片付けが済んだ後、アレンとルイはリーナから渡された本を見る。デザートの材料はポントとチョコレート、生クリームで良いようだ。
問題はクリスの酒のつまみ。ルイは、故郷ヘブル村ではギーグ29)に塩コショウをして焼いたものをよく作ってクリスも気に入っていたと言う。
ルイと同じく内陸部育ちのアレンもその見解で一致する。ただ、焼いたギーグだけではクリスの底なし胃袋を満たせない可能性もある。海に面したフィルでは
海産物が安価でしかも豊富に入手出来ることから、魚介類を使ったつまみが作れないかと本を捲る。リーナは端からアレンとルイにデザートとつまみを
作らせるつもりだったのだろう。本には最初から最後までそういった種類の料理の紹介が並んでいる。感謝すべきかどうか疑問に思いつつ調べていくと、
ピッチュ30)の塩焼きが目に入る。これなら安価で量も多いという条件を同時に満たせる。
 食材が確定したなら次は入手。アレンが念のため剣を鞘から抜いて外に出て、近くに居た警備の兵士に材料を依頼して台所に戻り、ルイの左隣に座る。
流通経路や貯蔵システム−冷蔵庫など−が発達していないから、食材を豊富に取り揃えているホテルでも品物や場合によっては入手に時間を要することが
ある。こればかりはいくら催促してもどうにもならないことくらい、料理経験が豊富なアレンとルイは承知済みだ。
2つの竈にはルイによって火が起こされている。デザートに使うチョコレートクリームを作るのと、ピッチュの塩焼きを作るためだ。チョコレートクリームは、
チョコレートを湯煎(ゆせん:ぬるま湯で溶かすこと)するという手間が必要になる。面倒だが致し方ない。

「・・・ねえ、ルイさん。」

 徐にアレンが話を切り出す。

「ルイさんが村の評議委員をしてるって夕食の時クリスが言ってたけど、ルイさんも、クリスのお父さんを村駐在の国軍の指揮官に推薦したの?」
「はい。丁度今年が再選の時期だったんです。喪明けと同時に私は評議委員会に加わったんですけど、最初の審議事項が国軍指揮官の推薦でした。」
「推薦は全員一致でないと駄目なの?」
「いえ、有効人数といって全評議委員の2/3以上が出席している状態で無記名投票を行って、委員会に提出された名簿の人の中で最多票を獲得した人を
推薦するんです。今年はクリスのお父様以外候補者がなかったので、信任投票になりました。信任投票の場合は有効人数の過半数の信任票が必要です。」
「突っ込んだ話になるけど、評議委員会に提出される名簿に記載される条件ってどうなってるの?」
「通常ですと、現職の方は無条件に記載されます。それ以外では、各町村駐在の国軍幹部から評議委員の誰かが推薦する形になりますね。クリスの
お父様は非常に武術に長けた方で、不正や不公平といったことには断固たる態度を執られます。今年の信任投票では、全評議委員の信任票を
得られました。」

 クリスが奔放な一方でルイを真摯に思い遣る背景が窺える。
クリスが幼い頃から武術学校に通っているのは心身共強くなければならないという父の教育方針がある、と以前ルイが言っていたが、酷い苛めに遭っていた
ルイを助けて友人と名乗り出たのも、ルイを苛めていた子どもやその親を未だ許せないのも、そういった強い信念を持つ父の影響が大きいのだろう。
 クリスの友情の厚さや正義感の強さの背景を理解したアレンは、そのクリスがルイについて言っていた「あること」を思い出す。それについて聞くのは、ルイの
意思表示が本物かどうか確認するようで気が引ける。だが、一旦湧き上がった疑問はそう簡単には消せない。アレンは躊躇いを残しつつ、ルイに尋ねる。

「・・・ルイさんにはその・・・、縁談とか来てるの?」
「え・・・。」
「あ、いや、ルイさんが『村で嫁さんにしたい女No.1』って言われてる、って前にクリスから聞いたから、そんな評判のルイさんには結構そういう話が
来てるんじゃないかな、って思って・・・。」

 早口で取り繕ったアレンは、やっぱり言わなければ良かった、と後悔して視線を下に落とす。
クリスの父が村駐在の国軍の指揮官に推薦された経緯などと、ルイへの縁談があるかどうかとは何ら脈絡がない。疑問の発生はただ、クリスの友情や
正義感の背景を知って、そのクリスがルイについて言った言葉、すなわち『村で嫁さんにしたい女No.1』を芋づる式に思い出して、実際ルイが求婚されて
いるのでは、と思ったからなのだが、話題とするにはあまりにも唐突という感は否定出来ない。
自身が作り出した気まずさで俯いたままのアレンに、ルイは静かに言う。

「・・・私を自分の息子と結婚させたいと思っている親が居る、という話や、私と結婚したいと考えている男性が居る、という話は何度か聞いたことがあります。
聖職者の女性は人気が高いですし、私が村の中央教会の要職に就いているという関係で、注目されているのだと思います。この国では男女共18歳以上で
ないと結婚出来ませんが、交際に年齢の制限はありませんし、私に交際相手が居ないということもあるのだと思います。」
「・・・。」
「私は今まで、男性との交際を考えたことはありませんでした。母が死ぬまでは一人前の聖職者になって母を安心させたい、という一心でしたし、母が死んで
からは村の中央教会の祭祀部長という要職に就く者として、職務に励んで来ました。ですから、男性との交際を考える心理的余裕がなかったんです。」

 ルイがアレンを見る。それに呼応するかのように、アレンは顔を上げてルイを見る。

「クリスの勧めを断りきれなかったのもオーディションへの参加を決めた理由ではありますけど、私は此処へ来て初めて、1人の女性として1人の男性と
向かい合う機会が持てました。それだけでも・・・、此処に来た意義があったと思っています。アレンさんという1人の男性と同じ時間を過ごせて・・・とても
幸せです。アレンさんと出逢ったその日の夜に助けてもらって、それ以来毎日一緒に料理を作ったりお話したりするのが、本当に楽しくて・・・。」
「・・・ありがとう。ルイさん・・・。」

 間違いなくルイが自分を1人の男性として意識していると分かったアレンは、短くありふれた感謝の言葉しか言えないことをもどかしく思う。
以前ルイは、村という閉鎖空間で過ごして来た自分のこれまでの人生を見詰め直し、これからの人生を考えるきっかけになれば良いと言っていた。自分が
そのきっかけになっていることが改めて分かったことで、アレンはルイへの意識を更に強める。
 今まで「可愛い剣士」「女に生まれた方が良かったんじゃないか」などと言われ、それを跳ね返そうと釈迦力になっていたが、全て空振りに終わっていた。
挙句の果てには、剣が使える女の護衛が必要、という口実で本当に女にされ、フィルに入るまで特に女性陣によって散々玩具にされて来た。男としての
自信を半ば喪失していた矢先、ルイから明言こそないものの熱烈な求愛の意思を表明され、自分を1人の男性として意識していると明言されたのだ。
少女的な外見と男性でありたいという意識のギャップから生じる劣等感を長年抱いて来たアレンにとって、これほど嬉しいことはない。
 間もなく警備の兵士によって、部屋に食材が運ばれて来た。アレンはチョコレートを細かく刻んで湯煎し、チョコレートクリームを作る。その間ルイは、
ギーグとピッチュの味付けをする。2人の共同作業は和やかな雰囲気の中で進む・・・。

「・・・ねえ、リーナ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」

 カーム酒を買うべく意気揚々と酒屋に入っていたクリスを見届けたところで、フィリアが隣のリーナに話しかける。リーナの刺すような鋭い視線に、
フィリアは思わずたじろく。

「何?あたしの方針に文句あるって言うの?」
「否、そうじゃなくって、何であんたが出歩く時、正規の護衛のアレンじゃなくてあたしとクリスを連れ出すのか、ちょっと疑問でさ・・・。」

 フィリアは出来るだけリーナを刺激しないように慎重に言葉を選ぶ。直球勝負が出来ればそうしたいのは山々だが、今は何せ分が悪い。感情の起伏が
激しいリーナを刺激するのは、現状では非常に危険だ。

「もしかして・・・リーナ。あんた、アレンとルイをくっつけようと・・・」
「邪推はしないことね。」

 フィリアが最も気にしていることを持ち出しかけたところで、リーナは淡々とした口調で一刀両断する。

「あんたも多少は料理出来るみたいだけど、大食らいのクリスの胃袋を満たして、尚且つ誰もが納得出来る料理を作れる力量はあるの?」
「否、そこまでは・・・。でも、アレンの指示を受ければ・・・。」
「それじゃ足手纏いよ。アレンとルイは料理経験が豊富で且つ高い技術を持ってるから、慣れない魚介類のメニューも素早く習得して大量に作れる。クリスの
胃袋を満たせるようにね。同等の料理技術を持ってて、尚且つ部屋に不審人物が雪崩れ込んで来ても、聖職者のルイは衛魔術を使えるし、アレンは剣で
応戦出来る。料理と護衛の両方を遂行若しくは相互補完出来るから、あたしはアレンとルイを一緒に行動させてるのよ。」
「だからって、あたしまで連れ出さなくても良いんじゃないの?ほら、あたしは魔術師だから、攻撃力はそこそこあるし・・・。」
「あんたはパーティーの金食い潰してまであたしの護衛になったんだから、護衛らしくあたしに従順に行動するのが筋ってもんでしょ?あんたは魔術師だから
即応性では劣るけど結界は張れる。クリスは武術家だし、あれだけ酒を飲んでいても即応態勢が取れる。その技の切れと破壊力はあんたも目の当たりにした
筈。あたしの護衛であるあんたと、即応力が高いクリスにあたしの護衛をさせている。それだけよ。」

 相変わらずの淡々とした口調での整然たる論理を突き出されて口あぐむフィリアに、リーナは追い討ちをかける。

「今後この件についての異論反論は一切認めない。あんたはパーティーの金食い潰してまであたしの護衛になった、ってことを肝に銘じておくことね。
あたしの方針に納得出来ないなら、迷わずこのホテルから出て行きなさい。止めやしないから。分かったわね?」

 リーナの口調は変わらないが、最後の念押しと視線には猛烈な威圧感が篭っている。
了承しなければこの場で殺されるか警備の兵士を呼ばれて摘み出されるかのどちらかだ、と察したフィリアは、ややぎこちなく首を縦に振る。そうでなくても
リーナに反発してホテルを出たら、それこそルイがアレンに接近するのを野放しにするようなものだ。
 リーナは首の向きをフィリアから、クリスが入っていった雑貨店の入口に戻す。フィリアが了承するのは当然、といった様子だ。プライドの高いフィリアには
歯軋りを伴わせるに十分な女王様的態度だが、現状を踏まえるとそれを受け入れざるを得ない。

「お待たせー。」

 雑貨屋から出て来たクリスの両手を見て、フィリアは顔を引き攣らせてリーナは眉をひそめる。その手にぶら下がっている袋には、カーム酒のフルボトルが
ぎっしり詰まっている。まさに「カーム酒など水」と言わんばかりの量だ。

「ちょ、ちょっとクリス。何よ、その量は。」
「ああ、特売やっとったでな。やっぱでかい町はええわぁ。定価が村の半分くらいやし、その上特売と来たら、買わなきゃ損ってもんや。」
「まさかそれ・・・、これから全部飲むんじゃないでしょうね?」
「まっさかー。幾らあたしでも、一晩でこんに31)よう飲めへんよ。3日くらいかかるわ。」
「3日って・・・。」

 とことん陽気なクリスの答えに、フィリアは絶句する。
アルコール度数が比較的低めのカーム酒と言えど、フルボトルを1本飲めば大抵は酔っ払う。一応飲めるという程度のフィリアでは潰れてしまう。
そのフルボトルが、クリスの両手に持つ袋にぎっしり詰まっている。ざっと数えても10本はある。技と破壊力のエネルギー源だと言うが、食事の量といい、
酒の量といい、見た目普通の女性と変わらない体型のクリスの内臓は尋常ではない。

「・・・じゃあ、行くわよ。」

 気を取り直したリーナが踵を返し、フィリアとクリスがそれに続く。
途中図書館に立ち寄ってリーナが本を選び、時折警備の兵士が居る程度の静かで広い廊下を、リーナを先頭とする一行が歩く。

「あれっきり、音沙汰ないわね。」

 フィリアがやや声量を落として言う。

「今のところ一番怪しい警備班班長が解任されたといっても、警備の兵士に息はかかってるだろうから、襲って来ても不思議じゃないんだけど・・・。」
「今は息を潜めてる、ってところじゃないかしらね。ルイ抹殺のために間接的にでも警備の兵士を動かしたら・・・フォンだったっけ。あの役立たずの実兄でも
ある実行委員長が黙ってないでしょうよ。今は軟禁されてるそうだけど、今度仕掛けてしくじったら極刑も覚悟しなきゃならない・・・。」
「最後のチャンスに賭ける腹積もりっちゅうわけか。」

 クリスの言葉に、リーナは無言で頷く。
リーナの推測どおり、ホークは自身が責任を負っていた警備の不手際でフォンの怒りを買って警備班班長解任、別館への軟禁という処分を下されたのだ。
今度警備の兵士を動かして失敗するようなことがあれば、怒りを最高潮にしたフォンがその場で処刑命令を下しても不思議ではない。動くとすれば、確実に
ルイを抹殺出来る手段と場所が出揃う時。そう考えるのが自然だ。
 相手が動かないからと言って、警備の兵士を片っ端から尋問するような攻勢に打って出ることは出来ない。「警備に支障を来した」などと難癖を付けられて
ルイから引き剥がされたら、みすみすルイを凶刃の雨に晒すことに繋がる。
 少なくとも今は相手の出方を窺いつつ血塗られた大舞台、すなわちオーディション本選終了まで待つ以外にない。オーディション本選が終了すれば、
首謀者と見てほぼ間違いないホークに厳しい処分が下されるなど、ルイに纏わりつく翳を排除出来るからだ。それまでに事件の背後関係などの全容が
明らかになり、ルイの安全が保障されるのが最も理想的なのだが、ホテルという閉鎖空間に居てはどうしようもない。外に居る仲間、特にリルバン家に潜入した
イアソンの情報収集力に期待するしかない。
それぞれに緊張感や不安を抱きつつ、リーナを先頭とする3人は部屋に向かう・・・。
 場所は変わってリルバン家の邸宅。
使用人が夕食を終えてひととおりの職務を終えたところで、大部屋に召集される。勿論その中には紛れ込んだイアソンが居る。使用人として何ら遜色ない
働きのおかげで、存在を訝られることはない。「敵地」に違和感なく馴染むには、まずその場の習慣に従ったり職務を無難にこなすことが先決。こういった
場面で不可欠の戦略だ。
もっとも、知っているだけでは宝の持ち腐れ。使用人として誰もが認める働きを見せるという実行力があってこそのもの。反政府組織の工作活動を担う
最前線部隊の長として身体に染み込ませているイアソンだからこそ出来る、隠れた業績だ。
 大部屋に集められた使用人達の前にある演壇に、身なりの整った老紳士が登壇する。イアソンはこの日の使用人としての働きを兼ねた情報収集で、
この老紳士がリルバン家の執事の1人であることを把握している。
使用人達が一斉に頭を下げる。勿論、イアソンもそれに倣(なら)う。静まり返った大部屋に、老紳士が書類を読み上げる声が響く。

「明日は9ジムからポイゴーン家当主ラミル様がご来訪される。フォン様は昼食をご一緒された後、12ジムから王国議会に出席される。皆、粗相のないように。」

 イアソンは内心チャンスと指を鳴らす。
ポイゴーン家がリルバン家と同じく、この国の建国神話に歴史が遡る、この地に派遣された天使が神から授けられたという王冠を持つ一等貴族の一家系という
情報は、イアソンがリルバン家潜入前に入手している。その当主ラミルがフォンを訪ねて来るというのだ。会話の中に何か重要な情報が含まれる可能性は
十分ある。当人同士にそのつもりはなくとも、情報を求めている側にとっては重要な手がかりになる会話や単語となりうる可能性もままある。だからこそ、
我々の世界でも機密情報やその断片が外部に漏れないように細心の注意を払うし、それを狙う諜報機関や情報機関が日夜暗躍しているのだ。
 イアソンは潜入に先んじて、ドルフィンからパピヨンを1匹譲り受けている。パピヨンには会話などを記録する能力もあるから、まさに使いどころだ。
既にイアソンは日中にもパピヨンを何度か放って、使用人達の会話や執事とのやり取りなどを収集している。イアソンがリルバン家に潜入したのは、自身が
言ったように、内部処理する傾向にある「お家騒動」の核心に迫るためだ。リルバン家の当主にフォンが就任したのは5年前と比較的日が浅い。屋敷には
先代、否、それ以前から仕えている使用人や執事が居る。
実のところ、使用人や執事といった脇役的存在が意外に重要な情報を握っていたりする。何故なら、彼らが当主の行動の一翼を担っているからだ。フィルの
町では断片的−それでも重要なものだが−にしか得られなかったお家騒動の核心に迫るべく、危険を承知で潜入した大きな理由がそこにある。
 執事が明日の役割分担を使用人の長に大まかに命じて降壇する。使用人達は頭を下げて執事を見送る。早速使用人の長が部下に細かな役割分担を
指示する。昼食を作るのは誰か、運ぶのは誰か、など細かなことだ。
イアソンは書庫の書類整理の一端を任される。フォンの動きとは無縁だが、イアソンは快活に返事をする。たとえ自分がフォンの動きに絡めなくても
パピヨンを動かせば良いし、こういう場面では何より使用人としての動きが要求されるから、それが優先だ。

 役割分担の指示が済んでようやく解散となる。使用人達の1日は終わり、就寝までは短いが自由時間だ。
イアソンは他の使用人達と暫し雑談をした後−これも情報収集活動の一環だ−、先に休ませていただきます、と言ってからその場を離れる。
勿論それは口実に過ぎない。外で連絡を待つシーナへ今日入手した情報を伝えるためだ。
 シーナとの通信は断続的に行っている。使用人としての職務をこなしてその場に馴染むことを優先させているため、長時間単独行動が出来ないからだ。
就寝までの自由時間、そして殆どの者が寝静まる就寝時間こそ、闇の活動である情報戦が本番を向かえる時間帯である。

「シーナさん、聞こえますか?イアソンです。」
「聞こえるわよ。イアソン君。」

 細心の注意を払って最初に潜入した物置に隠れ込んだイアソンの呼びかけに、シーナが応える。

「最新の情報を伝えます。これはドルフィン殿とシーナさんにも関わることですから、よく聞いてください。」
「ええ。」
「明日午前中に、ポイゴーン家の当主ラミル氏が来訪します。ラミル氏との昼食後、フォン当主は王国議会に出席します。王国議会の傍受をお願いします。」

 傍聴ではなく傍受と言ったのは、王国議会の傍聴許可対象者がランディブルド王国の成人に限定されているという情報を踏まえてのものだ。これも、
一等貴族当主やルイと関係がある教会関係者が王国議会議員になることを知ったイアソンが事前に入手したものだ。こういった「周辺整備」にも抜かりが
ないのも、工作活動を得意とするイアソンならではと言える。

「分かったわ。ドルフィンにも伝えておくわね。」
「シーナさんの方は、何か新しい情報を入手出来ましたか?」
「それが全然・・・。イアソン君が掴んでくれた情報より踏み込んだことについてはなかなか・・・。」
「では、今日私が断続的に報告した情報をアレンに伝えてください。ドルフィン殿とシーナさんは、明日この国の一等貴族に関する法体系を調べてください。
法体系全般は町の役所、若しくは町の南東にある王国図書館で調べられる筈です。その内容をアレンと私に伝えてください。」
「分かったわ。」

 イアソンの指示を、シーナは素直に受け入れる。
武術や魔法といった正攻法ではドルフィンとシーナが圧倒的に強いが、情報戦におけるイアソンの強さはドルフィンとシーナも一目置くところだ。戦闘に
おける統率者や牽引者は常に一定と言うわけではない。これを理解しているかしていないかで、戦闘の勝敗が決まる。

「では、よろしくお願いします。」
「お疲れ様。ゆっくり休んでね。」
「はい。」

 イアソンは通信を終了して、入る時と同様に細心の注意を払って部屋を出て、使用人の長によって割り当てられた部屋に向かう。戻る間にも、屋敷の構造や
部屋割りなどをつぶさに把握したり確認したりするのを怠らないのは、情報戦に長けたイアソンらしい。
イアソンとの通信を終えたシーナは、もう1つの赤いイヤリングを口元に持って行き、もう1つの通信を始める・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

25)しゃあない:「仕方ない」と同じ。方言の1つ。

26)魔術学会:この世界における魔術の研究開発と普及を目的とした世界的組織。本部はカルーダ王国のカルーダ王立魔術大学内にある。研究者的な
魔術師(カルーダ王立魔術大学の研究職など)では、魔術学会会報への論文の掲載回数が昇進条件となることもある。


27)ごっそさん:「ご馳走様」と同じ。方言の1つ。

28)ポント:両手に収まるくらいの果物。ナイフなどで剥けるやや厚手の皮の中に豊富な甘味を持つ桃のような実を持つ(中央部に細かい種の塊がある)。
春に花を咲かせて夏に実を作る。


29)ギーグ:この世界におけるソーセージの呼称。全般的に我々の世界のものよりやや固め。

30)ピッチュ:体長15セム程の小型の魚。数百匹の群れをなしている。我々の世界で言うところの鰯(いわし)とシシャモを合わせたような特徴を持つ。
本文中にもあるように豊富且つ安価に入手出来るので、庶民の食事や酒のつまみなど、用途は広い。


31)こんに:「こんなに」と同じ。方言の1つ。

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