Saint Guardians

Scene 7 Act 1-1 捜索-Search- 夕暮れ時の三つの動き

written by Moonstone

 その日の夕方、アレンは部屋の台所で一人夕食を作っていた。刺客の凶刃から庇ったアレンをリカバーで回復したため全魔力は勿論大幅な体力消耗を
来したルイを今日1日安静にさせる、というのが理由だ。その提案をしたリーナは、渋るフィリアと相変わらず陽気なクリスを引き連れてレストランに
出向いている。
 アレンが手がける料理のメインは、鶏肉の卵包みワイン蒸しとハーシンベル。ルイの馴染みの料理を入れることで食欲の増進を図っている。アレンは
手馴れた手つきで、包丁の背で叩いて平たくした鶏肉に斜めに互い違いに切込みを入れる。そこに軽く塩コショウをしてから、もう一つの料理ハーシンベルの
最後にして最も時間がかかる煮込みの準備に入る。
 一口サイズに切り揃えたジャガイモや人参などの根菜を溶かしバターで炒め、手頃な焼き色をつけたところで、牛乳と刻んだハーブを入れて蓋をする。
火加減を調整した後、アレンは大きめのボウルに卵を割って溶き卵を作り、そこに寝かせておいた鶏肉を浸す。別の竈で熱しておいたフライパンに2枚の
鶏肉を並べ、両面にしっかり焼き色を付けてから、千切りにしたアブラン1)と白ワインを入れて落し蓋をする。
 一息吐いたところで、アレンは台所からリビングを覗き見る。ソファには汗びっしょりになった服を着替えたルイが座っている。ルイはアレンの視線に
気付いたのか、やや俯き加減だった顔を上げてアレンの方を見る。もう少し待ってて、との意味を込めて小さく頷いたアレンは竈の前に戻り、煮込み時間を
勘案しつつ野菜サラダを作る。
 ゆっくりと時間が流れた後、2つの料理の味と火の通り具合を確認して、アレンは料理を皿に盛り付けて運ぶ。リビングのテーブルに、ふっくら
蒸し上がった鶏肉、香ばしい匂いを発するハーシンベル、野菜サラダ、パウム2)、そしてティンルーが顔を揃える。

「美味しそうですね。」

 若干だがまだ疲労感が残っているルイの表情に光が差す。

「それじゃ、食べようか。」
「はい。」

 アレンとルイはテーブルを挟んで向かい合い、ルイから食べ始める。ハーシンベルを一口啜ったルイの表情が、様子を窺うものから一気に晴れやかな
ものになる。

「凄く美味しいです。」
「良かった。遠慮なく食べてね。」
「はい。」

 アレンとルイの夕食が本格的に幕を開ける。最初こそ疲労感がまだ残っていたせいかやや鈍かったルイの食のペースは、順調に加速して軌道に乗る。
称号以上の魔法使用に因る魔力喪失や体力消耗は通常の疲労と同様、十分な休養と栄養補給で解消される。ルイの具合を心配していたアレンは、ルイが
調子良く食事を進めるのを見て胸を撫で下ろす。

「・・・アレンさん。」

 ゆったりした食事の時間が流れる中、珍しくルイの方から話を切り出す。

「ん?何?」
「アレンさんのお父様って、どんな方ですか?」
「手先は不器用だけど・・・、自分の畑を耕したり、畑や牧場を増やしたりするような町の臨時の土木作業に出て行ったり・・・、色々働いてた。曲がったことが
大嫌いで、物事に出来る限り一生懸命取り組むのが大切だ、って教えてくれた。滅多なことでは怒らなかったし、凄く・・・良い父さんだよ。」

 アレンはしんみりした表情で席を立ち、リビングの片隅に固められている荷物の中から自分のリュックを探り、1枚のドローチュアを持って来る。攫われた
父ジルムを助ける旅に出るためテルサの町を出るにあたり、家から持って来たものだ。
アレンはルイに、少し色あせたドローチュアを見せる。ルイはそれに写るアレンの母サリアをしげしげと見て、次にアレンを見る。髪の色が銀色で長いことを
除けば、アレンは母サリアの生き写しと言う他ないほどよく似ていることにルイは驚いたのだ。

「このドローチュアに写っている女性が、アレンさんのお母様ですね?」
「うん。『お前は本当に母親に似てきた』って言うのが父さんの口癖だったよ。」
「本当によく似てますね。それに・・・お父様も優しそうな方ですね。」

 ルイの表情に少し影が差す。ルイが自分の両親と比べて寂しく、そして辛くなったのだと察したアレンは、ドローチュアを自分の懐に仕舞う。

「御免ね。ルイさんの気持ちも考えずに自分のこと自慢したりして・・・。」
「いえ。アレンさんが囚われの身となったお父様を想っていることがよく分かりましたし、アレンさんがお母様と凄くよく似ていることも分かりました。アレンさんの
お父様は、アレンさんに奥様の面影を重ねてらしたんでしょうね。きっとお父様は、アレンさんと会える日を心待ちにしておられますよ。」
「ありがとう。」

 アレンは、ルイが自分に向ける微笑の裏側で、昨年母を病気で亡くしたことを思い出したのだと推測する。そしてルイが模範とし、安心させるために
大人でも1年で2/3が根を上げると言う厳しい正規の聖職者への道を歩む決意を持たせたルイの母を知りたいと思う。

「・・・ルイさんのお母さんは、どんな人だったの?」
「母は・・・とても敬虔なキャミール教徒でした。自分の境遇を一度も恨まず、苛められて泣いて帰って来た私に神の愛を説いてくれました。今の境遇は、
神がそれに耐え得るだけの資質があると認められたからこそのもの。厳しければ厳しいほど、神が自分を愛しておられる証拠。・・・常々そう言っていました。」
「ルイさんのお母さんはきっと、天国で神様に歓迎されているよ。神様の愛を全部受け止めて、立派な聖職者になったルイさんが模範にしたくらいだから。」
「私もそう思っています。」

 ルイに微笑が戻ったことで、アレンは安心すると同時に、ルイの心の強さに改めて感服する。自分が父を攫われ、自分の無力さを嘆いて落ち込んで
いたのに対し、激しい逆風に打ち勝って地位と名声と信頼を得たルイが、アレンには眩しく見える。
 暫し食事を続けるうち、アレンはふとルイとクリスの違いを思う。
ルイとクリスの言葉遣いが違うのは、ランディブルド王国の聖職者全員に対する特例措置のためだということはルイから以前聞いた。それ以外に今までさして
気に留めなかったが、クリスが色白なのに対してルイは色黒だ。それに耳の尖り具合がクリスより目立つ。ランディブルド王国の国民がエルフの血を引いて
いるために男女問わず美形が多い、ということは知っているし、現にルイとクリスはそうだ。思い起こしてみると、他のオーディション本選出場者が色白なのに、
ルイは色黒なのは際立って見える。

「・・・ねえ、ルイさん。一つ聞いて良いかな?」
「はい。何でしょう?」
「ルイさんもクリスも、この国の生まれなんだよね?」
「はい。」
「だけど、ルイさんはクリスや他のオーディション出場者と違って色黒で、耳の尖り具合が違うよね。それはどうして?」

 アレンの問いにルイはやや視線を落とし、その表情が少し重くなる。聞かれたくないことだったのか、と思ってアレンが質問を取り消そうとした時、
ルイは顔を上げて口を開く。

「・・・私とクリスとは、民族が違うんです。」
「民族?この国の国民がエルフの血を引いてるってことは、別行動を取っている仲間から聞いてるけど。」
「そのとおりではあります。ですが、源流であるエルフの血統が私とクリスとでは違うんです。」

 ルイは少し間を置いて解説を続ける。

「この国にはラファラ族とバライ族という2つの民族が存在します。ラファラ族は純粋なエルフの血統ですが、バライ族はダークエルフの血統なんです。」
「ダークエルフ?」
「はい。エルフの中で祖先の悪魔などとの混血の影響で肌が黒い一種族です。クリスはラファラ族ですが私はバライ族。私の母はバライ族の中でも数少ない、
ハーフのダークエルフなんです。バライ族はこの国の民族の1つではありますが、ラファラ族が80ピセルなのに対してバライ族は20ピセルと1/4です。
私が幼い頃苛められたのは母が戸籍上死んだことになっていたこともありますが、母がハーフのダークエルフだったことも少なからずあるんです。」
「どうしてダークエルフってことだけで苛められるの?」
「この国はキャミール教が国教ですが、キャミール教徒の一部には肌の白いラファラ族は神の祝福を、肌の黒いバライ族は悪魔の祝福を受けている、と
主張する勢力があります。バライ族がダークエルフの血統であることをその根拠として、バライ族を隣国でバライ族が多数を占めるシェンデラルド王国に
強制移民させるべきだ、という強硬派も少なからず居ます。その強硬派が地方の有力者に比較的多いこともあって・・・。」
「そんなの・・・おかしいよ。肌の色が違うのは神の祝福を受けたからとか悪魔の祝福を受けたからとか、そんなのおかしいよ。」

 アレンは首を小さく横に振りながら言う。

「ルイさんやルイさんのお母さんが悪魔の祝福を受けた血統なら、神様の愛を熱心に説いたり、国の彼方此方から異動要請が来るような立派な聖職者に
なったりしないよ。俺の父さんも色黒な方だけど町での評判は良かったし、別行動を取ってる仲間にも色黒な人が居るけど、その人は凄く強くて思いやりが
ある。『大戦』で7の悪魔を倒した天使の残した武器や鎧を受け継いでいる、世界の剣士の憧れや模範になる筈のセイント・ガーディアンの中には俺の父さんを
攫ったりレクス王国に大混乱を齎したりした奴も居るし、俺の仲間の婚約者の記憶を封印して、その女性(ひと)を人質にとって仲間に重傷を負わせたりする
奴も居る。良い人間か悪い人間かが肌の色なんかで決まる筈がないよ。そんなことを言う奴の方が悪魔の祝福を受けてるよ。」
「アレンさん・・・。」
「俺は、ルイさんの生まれや民族がどうとかそんなこと気にしてない。肌の色や耳の尖り具合なんて、俺の顔つきが女っぽいことや背が低いのと同じだよ。
俺がルイさんを深夜集団で襲って来た奴らや、オーディション本選出場者に成りすまして刺し殺そうとしてきた奴から助けたのは、肌の色の違いや民族の
違いなんかが理由じゃない。ルイさんを助けたい。ルイさんを護りたい。そう思ったからだよ。今でもそう思ってる。」
「アレンさん・・・。ありがとうございます。」

 感極まったルイは、一気に茶色の瞳を潤ませる。
ルイの心の片隅には、母がハーフのダークエルフだったことやバライ族に対する少数差別による劣等感のようなものがあった。だが、自身が明言こそして
いないものの熱烈な求愛の意思を示している対象であるアレンが、眼前でそれを払拭する清い風を吹き込んだのだ。
アレンの言葉はルイの心に心地良い共鳴を生み、消耗していた魔力を一気に回復させる。

「アレンさんが、肌の色や出生の経緯を気にかけない男性(ひと)で良かったです・・・。」

 ルイは溢れ出した涙を指で拭う。

「ルイさんは、前に言ったよね?両親を通じて授かった自分の存在と命を大切にして欲しい、って。それは俺だけじゃなくて、ルイさんにも、誰にでも
当てはまることだと思う。俺はルイさんと色々話をしているうちに自分に自信が持てるようになって来た。ルイさんが俺と同じように肌の色や生まれを
気にしていて、それが少しでも克服出来るなら・・・それで良いんだ。」

 アレンの静かな口調は、ルイの心に優しい残響を残す。

「さ、食べよう。」
「はい。」

 アレンの切り替えの言葉に、ルイは笑顔で答える。
アレンとルイの二人きりの夕食は、二人の心をより親密なものにするひと時となって穏やかに過ぎていく・・・。
 武術着を着た巨漢が左側を下にして倒れ、重い響きを立てる。

「勝負あり!それまで!」
「よっしゃぁ!これで15連勝や!」

 サルパ3)を着た審判の声に続いて、武術着姿のクリスがガッツポーズをする。リーナ、フィリア、クリスの3人は、夕食のためレストランに向かう途中で道場に
立ち寄り、クリスが勝ち抜き戦に挑んでいるのだ。それは、護衛としての腕前を確認したい、というリーナの挑発じみた言葉にクリスが触発されたことが
背景にある。
場外で観戦していたフィリアが驚きで目を見張る一方、リーナはなるほどといった表情で腕を組んで壁に凭れている。
 クリスの動きや技の切れ、破壊力は、昼夜問わず襲って来た重装備の兵士を一人で倒したという、クリスが勝ち抜き戦に挑む前の言葉を十分裏付ける
ものだ。これまで戦闘と言えば剣か魔法の衝突が当然だったフィリアとリーナにとって、自分の手足のみを武器に戦う武術家の戦闘は新鮮さと驚愕を誘う。
道場での試合ということで、クリスも相手も頭などに防具を着けてはいるが、クリスの強烈な技は巨漢をものの2、3ミムでノックアウトしたのだ。

「さあ!次はどいつや?遠慮は要らへんで!」

 クリスがグローブを填めた右手を前後に振って誘うが、挑戦者の名乗りが上がる気配はない。
それもその筈。クリスは道場に詰めている武術家を悉く倒し、とうとう師範の免状を持つと言う男まで倒してしまったのだ。女、しかも細身ということでクリスを
軽く見ていた武術家は、次々と場外に担ぎ出される武術家を見て、認識を変えざるを得なくなっている。

「何や?立候補があらへんのやったら、こっちから指名したろか?」

 クリスが不敵な笑みを浮かべて場外を見やると、視線が合った武術家は逃げるように視線を逸らす。

待機時間4)超過!挑戦者なし!よってこの勝ち抜き戦、クリス・キャリエールの勝利と認定する!」
「やりぃ!」

 審判の宣言を受けて、クリスは満面の笑顔で両腕を高々と掲げる。場外がざわめく中、クリスは汗を手で拭いながら場外に出て、フィリアとリーナの元へ
向かう。

「どや?あたしの腕もなかなかのもんやろ?」
「凄いわね、クリス。あんな巨漢を短時間で倒すなんて・・・。」
「武術家の強さは身体の大きさで決まるもんやあらへん。ぶっとう5)巻いた紙の棒より鉄の棒の方が殴ると痛いんと同じや。」

 未だ驚愕が消えないフィリアの言葉に、クリスが解説する。
確かにクリスは見た目普通の女性と変わらない。しかし、その手足が繰り出す技の破壊力は尋常ではない。しかも、クリスは道場での勝ち抜き戦ということで、
技の威力を抑えてさえいる。仮にクリスが本気を出していたら、防具を着けていても対戦者は全員死んでいるところだ。

「どや?リーナ。これであたしの腕がそれなりのもんやっちゅうことが分かったやろ?」
「重装備の兵士の集団からルイを一人で護ってきたと言うだけのことはあるわね。」
「んじゃ、汗拭いて着替えて来るで、ちょいと待っとってな。」

 クリスは軽い足取りで道場に隣接する更衣室へ向かう。
少しして、普段着に着替えたクリスがフィリアとリーナに駆け寄って来る。その肌にはまだ汗が滲んでいる。

「それじゃ、行くわよ。」

 フィリア、リーナ、クリスの3人は道場を出てレストランへ向かう。やや混雑のピークを過ぎたレストランに入った3人は奥の席に案内され、メニューから
5人用のフルコースと飲み物を注文する。
少しして運ばれて来た料理の数々を並んで座るフィリアとクリス、その向かい側に座るリーナがそれぞれのペースで口に運ぶ。クリスの食事のペースは
凄まじいの一言で、フルボトルのカーム酒などそれこそ水でも飲むように飲み干してしまう。

「・・・なるほど。あんたが派手に飲んだり食べたりする理由が分かったわ。食はあんたの技とパワーのエネルギー源ってわけね?」
「そういうこと。」
「でも、此処に来るまで野宿はあったんでしょ?その間の食事はどうしてたの?」
「猪やらブーブリ6)やら、食えるもん捕まえて丸焼きにして食ったったわ。」
「それじゃ、あんたの方が魔物じゃないの。」
「向こうにしてみりゃそうかもしれへんけど、町の外は魔物やら賊やらが幅利かせとる無法地帯や。それに食うもん食わんと生きてけへんしな。」

 あっけらかんと言うクリスにフィリアは呆れるが、リーナは別段表情を変えない。

「あんたの言うことにも一理あるわね。あんたみたいな胃袋の持ち主だと干し肉とかだけじゃもたないだろうし、食うか食われるかの世界で遠慮は無用。
盗賊とかは身包み剥ごうと狙ってるし、魔物は獲物を捕らえて食べるっていう第一次欲求にしたがって行動してるんだし。」
「リーナは話分かるみたいやな。」
「あたし達だって、野宿の時に魚釣ったりバックス7)捕まえたりして食べてたからね。あたしは専ら魚の干物だったけど。」

 リーナの言うとおり、アレン達は此処フィルに到着するまでの野宿では携帯食だけで全員を満腹させられなかったため、釣った魚や捕らえたバックスなどを
捌いて、煮たり焼いたりして食べていたのだ。捌くのはドルフィンとイアソン、料理はアレンとシーナの担当となっていた。
 この世界における人間の生息域は町や村という、壁に囲まれた閉鎖空間のみ。そこを一歩外に出れば、他の動物や魔物と同等の存在である。食べる
食べられるのピラミッドは、必ずしも人間を頂点としていない。そのため人間は様々な武器や魔法を生み出し、使用している。そういった割りきりが出来るか
どうかで、この世界における人間の旅の成否、否、生か死かが決まると言える。

「ルイも、あんたが捕まえた猪とかの丸焼きを食べてたの?」
「ルイは干し肉とパウム専門やった。ルイとあたしとじゃ食う量が全然違うし、ルイは聖職者の修行しとるから1日2日食事抜いても平気やしな。」
「何?聖職者の修行の中に断食とかあるの?」
「あるで。この国の正規の聖職者は、毎月1日、11日、21日、31日の4日は断食するんよ。その間は水しか口に出来へんねん。」

 フィリアの疑問にクリスが答える。

「正規の聖職者って言うけど、聖職者に正規や非正規があるわけ?」

 フィリアの更なる疑問に、クリスがランディブルド王国における聖職者の制度を解説する。
聖職者は正規と非正規の2種類に大別されること。
非正規の聖職者は教会に金を支払って礼拝の仕方やマナーを教わる程度なので、花嫁修業の一環としてよく利用されること。
正規の聖職者は役人と同等の扱いで、教会の名簿に登録されて教会人事服務規則に従わなければならず、大人でも2/3は1年で根を上げるほど厳しいこと
など。

「−っちゅうわけや。」
「・・・この国は聖職者が多いっていうのは別行動を取ってる仲間から聞いてたけど、そういう違いがあるのね・・・。」
「そう。せやから正規の聖職者の知名度や人望は下手な役人よりか上なんよ。」
「そんな大層な職業なのに、ルイが警備班班長とかいうあの男に狙われる理由が分からないのよね。未だに。」

 フィリアの気持ちはリーナとクリスにも共通している。
警備班班長ホーク・リルバンは解任され、オーディション本選終了まで軟禁されることになったとは聞いているが、それで万事解決したわけではない。
策略に長けるザギが裏に控えている可能性が高いことからも、ホークが軟禁されてこのまま大人しくしているとは思えない。警備班所属の警備の兵士、
ないしは今日の昼間のようにオーディション本選関係者に成りすました刺客を送り込んでくる可能性もある。
 何れにせよ、今はひたすら防衛に徹するしかない。下手にオーディション本選関係者に疑いをかければ、逆にそれを理由にしてホテルから摘み出される
可能性がある。そして護衛が手薄になったところで改めてルイの抹殺に乗り出す、という裏の裏をかくシナリオをザギが用意していないという保証など
何処にもない。一国を大混乱に陥れるほどの壮大な策略を巡らし、アレンの父ジルムを攫って消息を絶ったザギのことだ。深く考えるに越したことはない。

「今アレン君と通信しとる、あんた達と別行動取っとる仲間が、何か掴んでくれるとええんやけどな。」
「一番怪しい警備班班長は解任されて別館に軟禁されたんでしょ?だとしたら、調べようもないんじゃない?貴族の邸宅になんて入れないだろうし。」
「パピヨンを使えば会話を聞き取ったり出来る。イアソンが持ってなければドルフィンが動くでしょうね。」
「まあ、腹が減っては戦は出来んっちゅうし、今は腹いっぱいにして備えよや。」
「・・・お気楽ね、あんた。」

 フィリアは呆れて溜息を吐く。
豪快に飲み食いするクリスと比較すると、食べていると言うより摘んでいると言った方が良い食べ方のリーナは、ドルフィンとイアソンを思う。
ドルフィンは剣士としてのみならず、魔術師としても超一流。イアソンは反政府組織の幹部として第一線で活動して来ただけに、行動力や洞察力は高い。
ことがルイだけでなく、アレンや自分にも及ぶ可能性を秘めている以上、リーナはドルフィンとイアソンに望みを託す・・・。
 リルバン家の厨房に隣接する倉庫に馬車が隣接する。馬車が止まると荷台から数人が飛び降りて、倉庫傍で待機していた人々と共に荷台から木箱を
手際良く下ろす。彼らはリルバン家の使用人で、毎日夜に翌日リルバン家で使用される主だった食材や日用品を運び込むのが仕事の一つだ。

「今日はやけにでかい荷物が多いな。」
「そりゃ何たって、オーディション本選終了後の大宴会があるからな。」
「もたもたするな!どんどん運べ!」

 使用人達の手によって、荷台いっぱいに載っていた木箱は1ジムもかからずに全て倉庫に搬入される。
荷台を空にした馬車が去り、倉庫傍に待機していた使用人達がやれやれといった様子で厨房に入って行く。数人が入ったところで、倉庫付近でガサガサッと
草が擦れる音がする。それに気付いた使用人が音の方を向く。

「どうした?」
「いや、倉庫の方で何やら音がしてさ・・・。」
「どうせ紛れ込んだ野良犬か野良猫だ。放っておけ。」

 使用人達はさして気に止めることもなく厨房に入って行く。全員が入ってドアが閉まると、倉庫の物陰から迷彩服に身を包んだ人影が周囲の様子を
窺いながら出て来る。イアソンだ。
黄昏時を過ぎて夕闇が急速に空気を染めていくこの時間帯に馬車が出入りすることを掴んだイアソンは、馬車の荷台の下にしがみついて潜入したのだ。
使用人達が荷物運びに忙しいこと、周囲に灯りらしい灯りが殆どないこと−使用人達は長年の経験で分かる−、イアソンが迷彩服を着ていることでばれずに
済んだ。
 イアソンは周囲に人や番犬などが居ないことを入念に確認してから、姿勢を低くして素早く厨房のドアに駆け寄り、ドアに耳を当てる。中からは、人の声や
何かが焼けるような音などが入り混じって聞こえる。イアソンは使用人などの食事を作っているのだろうと推測し、姿勢を低くして移動を開始する。
電灯などないこの世界。夜になれば人が居る建物の中以外はほぼ完全な暗闇と化す。シルバーカーニバルが繰り広げられている街中はライト・ボールで
照らされているが、屋敷の、まして裏側など暗闇の世界だ。レクス王国で反政府組織「赤い狼」の幹部、工作活動を専門とする部隊の責任者を務めてきて
養われた闇の活動能力を生かす絶好の機会である。
 イアソンは窓から漏れる光に姿を照らされないように壁沿いに素早く移動して、物陰の物陰とも言える場所に駆け込み、懐を弄(まさぐ)る。そして
ライト・ボールを最小限度の出力で使用し、取り出した紙を広げる。そこにはリルバン家の邸宅敷地全体の平面図が描かれている。潜入前にイアソンが
パピヨンを使って調査させたものだ。イアソンは平面図と周囲を何度も見比べて、自分の現在地を把握する。

『もう少し移動すると、通用口らしい小さなドアがあるな・・・。』

 イアソンは懐に平面図を仕舞うと、再び姿勢を低くして闇の中を素早く移動する。暫く壁沿いに進むと、取って付けたようなドアが闇の中に輪郭を浮かび
上がらせて来る。イアソンが目指していたドアだ。
イアソンはドアの傍まで移動してまず周囲の様子を窺い、続いてドアに耳を当てて物音がしないことを確認する。次に鍵穴から覗き込んで中に人が居ないか
どうかを再確認して、ズボンのポケットから針金を取り出し、鍵穴に差し込んで小刻みに動かす。
カチャッと鍵が外れる音がしたところでイアソンは針金を仕舞ってドアの脇に退いて暫く待つ。鍵が外れた音で人などが反応しないことを確認するためだ。
 5ミムほど待ってドアに近付いてくる気配が何もないことを確認したイアソンは、ドアノブに手をかけて片目ほどの幅だけドアを開けて中を窺う。
人などの気配がないことを確認して、イアソンは素早くドアを開けて中に入り、やはり素早くドアを閉めて鍵をかけてから近くの戸棚の陰に飛び込む。
様々なものが詰め込まれている物置らしい空間は、ランプなどがないため真っ暗だ。イアソンは右耳に手をやり、赤い宝石が付いたイヤリングを外して
口元に翳す。

「シーナさん、聞こえますか?イアソンです。」
『聞こえるわよ、イアソン君。今何処?』
「リルバン家本館1階に潜入成功しました。此処で暫く待機します。そちらはどうですか?」
『今、ドルフィンと一緒に聞き込み中よ。もう暫くしたら宿に戻ってアレン君と通信するわ。』
「分かりました。とりあえずアレンには、今日私がお伝えした内容を伝えてください。あと、アレンの方で何か新しい事実や動きがあったかどうかを聞いて
おいてください。翌朝、私がシーナさんに通信を入れますから、その時に私にその内容を教えてください。」
『分かったわ。くれぐれも気をつけてね。』
「はい。」

 イアソンはシーナとの通信を終了し、イアリングを耳に戻す。
イアソンの調査終了と報告後、ドルフィンとシーナは町に出て聞き込みを、イアソンはリルバン家への潜入を実行に移していた。非常に危険を伴う潜入は
警備の兵士などとの戦闘になった場合のことを考えるとドルフィンの方が有利だが、ピッキングなど潜入技術全般はイアソンが上だ。そのため「赤い狼」で
工作活動の中軸として活動して来た経験を生かし、イアソンがリルバン家に潜入することになったのだ。
 時折人が通り過ぎていく足音を聞きながら、イアソンは腰の皮袋から干し肉を取り出して齧り付く。リルバン家に潜入して情報を得ることで、一連の
事件の背後関係に大きく踏み込める可能性がある。
イアソンは干し肉と小さな水筒での食事を手早く済ませ、次の行動に移れる深夜が訪れるのを待つ・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

1)アブラン:玉葱に似た根菜の一種。火を通すと程好い甘味が出て栄養も豊富なため、炒め料理や煮込み料理に使われる。

2)パウム:この世界におけるパンの呼称。キャミール教圏内では主食の座を占める。掌サイズのものが一般的で食感は柔らかいものが主流。

3)サルパ:ランディブルド王国における武術家同士の試合で審判が着用する制服。上はチェック模様のシャツ、下は黒のズボン。

4)待機時間:ランディブルド王国における武術家同士の試合で設定されている時間。本文中のような勝ち抜き戦や団体戦ではこの時間内に挑戦者が
出ないと、不戦勝若しくは試合終了となる。通常は1ミム。


5)ぶっとう:「太く」と同じ。方言の一つ。

6)ブーブリ:長い嘴(くちばし)を持つ鳥形の魔物。翼長は大型のもので5メールに達する。肉はやや固いが食用に堪えうる味。

7)バックス:この世界における野生の牛。体長は大型のもので3メール程度。数十匹以上で群れを成して行動する。

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