Saint Guardians

Scene 4 Act 3-2 困惑-Perplexity- 生き抜く旅、魔術大学での喜び

written by Moonstone

 聖地ラマンを去り、再びラマンの町に辿り着いた一行は、カルーダに出発する前に買出しに出た。
勿論暢気に高価な服やアクセサリーを買うわけではない。旅、それも砂漠の旅の必需品を揃えるためである。
 ドルフィンはアレンとフィリアと会うまでにギマ砂漠29)を通過してきているため、砂漠のたびの必需品を持ち合わせているが、初めてラマンの町を出る
イアソンは勿論のこと、これまでレクス王国から出たことすらないアレンとフィリア、それにザギ直轄の部隊に拉致されて装備といえば着ている服しかない
リーナの分を揃えなければならない。
砂漠を旅するために装備が必要だ、とのドルフィンの言葉に疑問を抱いたアレンが理由を尋ねると、ドルフィンは回答した。

「砂漠は直射日光が照りつけて砂で乱反射される場所だ。裸眼だと簡単に目をやられちまう。あと、マントはあった方が良い。色々便利だからな。」

 というわけで、一行は町の地理に詳しいイアソンを先頭にして、雑貨屋をいくつか訪れて値段を比較してみる。
イアソンが作成した一覧表を見ると、数デルグの差はあるものの、何処も値段はほぼ同じである。
だが、どうせ買うなら安いに越したことはない。聖地ラマンでかなりの資金(約5000デルグ)を受け取ったとは言え、無駄な出費は控えなければならない。
今後場合によっては船を使って移動することも考えなければならず、その運賃は短距離でも一人1日500デルグはかかるものだ。
 一行は必需品−ゴーグルとマント−が一番安い雑貨屋を再び訪れ、ラマン教の戒律に従って男性陣を先頭にして中に入る。
雑貨屋というだけあってゴーグルやマントのみならず、服や帽子、皮の鎧といっや軽装備や安価なアクセサリーなども売られている。
ドルフィンはゴーグルとマントを4人分取って清算場所へ向かう。店主らしい小太りの中年の男性が清算を始めようとしたところで、ドルフィンが制して
リーナに言う。

「リーナ。適当な服や下着を2、3着選べ。あとリュックもだ。」
「うん。」
「ちょ、ちょっとドルフィンさん。リーナだけ服や下着も買うなんて不公平じゃないですか。」
「おいおい。リーナに着替えなしで行かせるつもりか?」

 ドルフィンに言われて、フィリアはその意図を理解する。
ザギ直轄の配下に拉致されて、服は「赤い狼」の女性隊員のものを借りたままになっているリーナの装備は今着ている服と下着しかない。
これから先旅をしていくには、ゴーグルとマントの他、着替えもある程度必要だし、その他の荷物を分担して運ぶためのリュックも必要だ。
リーナに関してはいまいち納得し辛いものを感じつつも、ドルフィンの言うことは正論だし、そうでなくても尊敬する高位の魔術師の言うことに異議を
唱えるのは憚られるのだ。魔術師としてのプライドと礼儀に殊更厳格なフィリアらしいところと言えようか。
 リーナは早速何着かサイズを調べながら服を選んで、手近にある鏡の前で自分の前で服を重ねて見栄えを確かめる。
リーナが服を選ぶ時間は思いの他長く、ドルフィンは先にゴーグルとマントの清算を済ませて、リーナの服選びを待つことにする。
フィリアが後ろから厳しい視線を突きつけるがリーナは全く意に介することなく、自分に似合う服を入念に選んでいく。
 20ミム程してようやく3着選んだリーナは、下着コーナーへ向かう。気付かれないつもりで後ろについて来たイアソンの股間に、リーナは力任せに
後ろ蹴りを入れる。

「レディの下着選びを見るんじゃないわよ。この変態。」

 イアソンはリーナの胸のサイズを見ようとしていたのだがその目論見は見事に失敗し、股間を抑えて床に蹲る羽目になってしまった。
リーナはサイズを調べて同じく3着分手早く取ると、続いて手頃な大きさのリュックを選んで、下着を服の中に隠して清算場所へ持って行く。
ドルフィンはリーナの清算が終わるまでの間にアレン、フィリア、リーナ、イアソンにゴーグルとマントを配給する。
アレンとフィリアはゴーグルとマントを装備して肌に馴染ませようとするが、目に覆いを被せる形のゴーグルは違和感が拭えない。
イアソンは何とか装備を受け取ったものの、リーナの蹴りが余程強烈だったらしく、その場から立ち上がることすら出来ない。
 リーナの清算が終わり、金を持っているドルフィンが代金を支払うと、リーナはリュックに服と下着を詰め込む。
準備が完了した一行は外へ出ようとするが、イアソンが未だ床に蹲っているのを見て、リーナが冷たい調子で追い討ちをかける。

「何やってんの?お腹痛いなら薬でも飲んだら?」
「う、リ、リーナ・・・。さっきの一撃は・・・キツかったぞ。」
「頭ぶち抜かれなかっただけましと思いなさいよね。」

 リーナの言葉はやはり冷たい。
聖地ラマンの秘宝を隠匿した洞窟での一件で、リーナは多少イアソンを見直したのだが、下着のサイズを盗み見ようとされたことで評価を最低ランクにまで
下げてしまったようだ。こうなると復旧には相当の信頼を得る必要があるだろう。
 イアソンがどうにか立ち上がって歩き出すが、相当痛いらしく足取りがおぼつかない。見るに見かねたアレンがイアソンに肩を貸す。それでどうにか
イアソンはそこそこの速さで歩けるようになる。

「馬鹿だなぁ。余計なことするからだよ。」
「だ、だってさ・・・。好きな相手の下着のサイズが気になるのは・・・男の性ってもんだろ?」
「それで股間蹴られてりゃ世話ないさ。多分リーナの評価はどん底まで落ちたぞ、きっと。」
「うう・・・。せめて平手打ち一発にして欲しかった・・・。」

 イアソンの泣き言をリーナは聞こえないふりをして店を出て行く。それにフィリアが続き、男性陣が後を追う。
リュックからゴーグルとマントを取り出して装備したドルフィンが一行に言う。

「それじゃ、カルーダへ向かうとするか。」
「うん。」
「分かりました。」
「ええ。」
「・・・了解。」

 4人がゴーグルとマントを装着したのを見て、ドルフィンが先頭になって大通りを南に向かって歩いていく。
カルーダへ向かうには、町の南側から出るのが近道だし、外周を高く厚い塀で囲まれている町の構造からして、それ以外の出口は考えられない。
 30ミム程歩いたところで、一行は町の南口に辿り着く。重装備の兵士が両脇に何人も立ち、高台では見張り役が魔物や賊などの接近に目を光らせている。
近くにある小さな建物は恐らく魔術師や兵士が居る詰め所だろう。この辺りは国が違っても規模くらいしか違わないものだ。
一行は両脇の兵士に会釈して町を出ると、フィリア以外の全員がドルゴを召還して、フィリアはアレンの後ろに跨る。

「カルーダまでは3日ほどかかるだろう。砂漠には危険な魔物も多い。周囲には十分注意して、何かあったら直ぐに戦闘態勢に入るんだぞ。」

 ドルフィンの忠告に、一行は無言で頷く。

「それじゃ、行くか。」

 ドルフィンの言葉を合図にして、ドルゴの操縦者四人全員が手綱を叩く。
ドルゴは軽快な速さで僅かな草が生える大地を南に向かって疾走していく。初めての砂漠の旅に、アレンは期待で胸躍らせる・・・。
 アレンの期待は、砂漠へ入って数ミム経ったところでげんなりしたものに代わる。砂漠に照りつける直射日光は砂漠の砂で反射し、上と下から強い熱が
襲い掛かってくるのだ。
そこに頻繁に吹き付ける砂嵐が一行に吹き付け、ゴーグルがなかったら目をやられてしまうだろうし、マントがなかったら砂塗れになってしまうところだ。
しかし、ラマンの町からカルーダへ向かうには、この広大なザリダ砂漠30)を横断しなければならない。
旅とは決して楽しいものではない。むしろ困難と危険が常に付き纏うものだということを、アレンは今更ながら実感する。
 このままでは砂漠に不慣れな一行が危険だ、と判断したドルフィンは結界を張り巡らせる。こうすれば砂嵐の直撃は防げるし、サンドワーム31)などが下から
襲い掛かってきても未然に防げる。初めからこうすれば良かったか、とドルフィンは少し後悔する。
結界なしでもドルゴ一つでギマ砂漠を疾走してきた自分の基準で判断してはいけない、一行の身の安全は自分が保障しなければ、と思う。
 ドルフィンの結界のお陰で砂嵐に翻弄されることがなくなった一行は、スムーズにザリダ砂漠を疾走していく。
しかし、行けども行けども起伏のある砂ばかりの風景は、砂漠に不慣れなアレン達の方向感覚を失わせるには十分だ。
一行はドルフィンを先頭にして、ひたすら砂と熱の風景の中を走り抜けていく。

 ひたすら砂と熱の風景が続く中を走り続けるうちに、日は西に傾き、夜が訪れた。
ドルフィンは一行を止め、ここで野宿することを告げる。直射日光と熱で体力を奪われた一行の中で反対するものは誰も居ない。

「の、喉渇いた・・・。」
「ああ、そうか。飲まず食わずで突っ走ってきたからな。喉も乾いただろ。」

 アレンの切実な求めに応じて、ドルフィンはアレンにリュックの中からフライパンを取り出させ、そこにフラッドを使って水を溜める。
アレンは余程喉が乾いていたのか、フライパンに溜まった水をがぶ飲みする。

「ちょっとアレン。一人だけ飲んでずるーい!」
「あたし達の分も残しときなさいよね!」
「心配するな。一人ずつ存分に飲ませてやるから。」

 不満の声を上げるフィリアとリーナをドルフィンが宥める。
砂漠の旅で最も重要なこと。それは水の確保である。本来ならオアシスで水分補給が出来れば良いのだが、生憎視界内にはオアシスらしい物陰は全く
見えない。その分出発前に大量の水を確保しておくべきなのだが、それだとドルゴでは重量オーバーになってしまいかねない。そのため、ドルゴによる
砂漠の旅は水との戦いでもあるのだ。
幸いなことに、一行の中には水の魔法を使える魔道剣士が二人も居る。水分の補給は水の魔法で行えば良い。
 フィリアとリーナがアレンに続いて水分補給を行っている間、ドルフィンとイアソンがライト・ボールで明かりを灯してテントを張る。
テントはドルフィンとイアソンが持っていたもので、先に一人旅を続けてきたドルフィンは別として、イアソンは用意が良い。伊達に反政府組織の幹部を
やっていたわけではないようだ。
イアソンも手持ちの水筒で水分補給をしたが、水は自分のフラッドで補給して間に合わせる。
ドルフィンは水分補給なしで、水を争ってがぶ飲みするアレンとフィリアとリーナが奪い合うフライパンにフラッドで水を溜めてやる。
どういう修行を積んできたのか知れないが、ドルフィンは一日水分補給なしで砂漠を突っ走っても平気らしい。
 ようやく水分補給を終えたアレンとフィリアとリーナ、そしてドルフィンと自分に、イアソンがラマンの町で買い込んだ携帯食、魚の干物を配給する。
魚を殆ど目にしたことのない内陸部育ちのアレンとフィリアはどう食べるのか戸惑っている様子でしげしげと干物を見詰め、リーナに至っては何やら異様な
ものでも見るように、顔を顰めて恐る恐る顔を近づけ、匂いを嗅いだりしている。

「大丈夫だ。変な生き物じゃない。海で獲れる普通の魚だ。」
「これ・・・どうやって食べるの?」
「別にどうってことはない。こうして・・・。」

 ドルフィンは魚の干物を躊躇なく丸かじりする。

「・・・こんな風に食べれば良いだけの話だ。」
「こ、これを・・・?」
「今からこういう食べ物にも慣れておけ。干し肉ばかりが携帯食じゃない。」
「う、うーん・・・。分かった。」
「よく噛んで食べろよ。」

 アレンは暫く躊躇したものの、ドルフィンがやったように干物を丸かじりする。すると干物らしく魚の臭みが取れた良い味がするものの、口の彼方此方に
何かが突き刺さったような嫌な感触に襲われる。
アレンは急いで、ドルフィンに言われたとおりよく咀嚼して飲み込むが、口に残った嫌な感触はなかなか消えない。

「何だか、口の中に何かが突き刺さったような感じ・・・。」
「魚だから小骨がある。だからよく噛んで食べろと言ったんだ。口の中だけならまだしも、喉に刺さると厄介だぞ。」
「なるほどね・・・。」
「うー、あたし、食べられるかな・・・。」
「ドルフィン。骨と肉を選り分けてよ。」
「こういうのは丸ごと齧るか食べながら骨と肉を選り分けるんだ。自分で努力して食べてみろ。」
「はーい・・・。」

 フィリアとリーナも恐る恐る食べ始める。
フィリアは魚臭い刺身でないだけまだまし、とばかりに丸齧りして、アレン同様よく噛んで飲み込むが、お世辞にも美味いとは言えないような顔をしている。
リーナに至っては端の部分を一口齧って、そこが骨っぽかったので反射的に吐き出してしまう。
見かねたドルフィンはリーナから干物を受け取り、小骨が多い外周部を取り除き、さらに中央の頭骨と背骨とあばら骨を剥ぎ取り、肉と皮だけにしてやる。

「始めからこうしてよぉ。」
「好き嫌い言うんじゃない。この先どのくらい旅が続くか分からないんだ。旅先で食べ物を選り好みする余地はないと思え。」
「はーい・・・。」

 ドルフィンに叱られて、リーナはしゅんとした様子で魚を食べていく。
ドルフィンとイアソンは魚の干物を難なく丸齧りしていく。イアソンは農業と漁業の町エルスで生まれ育ったから、魚の干物には慣れている。むしろ干し肉の
方が食べ慣れていないものだ。
 全員がそれぞれ魚の干物を食べ終わると、ドルフィンを除くアレン達は急に寒さを感じる。砂漠は熱を吸収する草地などがない分、昼と夜の温度差が
激しい。きちんと装備を整えていないと、昼間の熱波を乗り切っても夜に身体を冷やして風邪をひく、ということになってしまうのだ。

「テントに入ってマントに包まって寝ろ。そうすれば寒さは十分凌げる。」
「だからこのマントって意外に厚手なんだ・・・。」
「そういうこと。慣れない旅で疲れただろう。早く寝て十分休息しろ。見張りは俺がする。」
「ドルフィン殿は平気なのですか?」
「この程度でへばっちまうほど、俺は柔じゃない。」

 砂地に腰を下ろしたドルフィンは、全く疲れた様子を見せない。
絶え間ない熱と休息なしのドルゴの操縦で相当体力を使った筈なのに、そんな様子を全く見せないところからして、想像を絶する修行を積んだのだろう。
アレン達はお休み、と言い残してテントに入り、マントに包まって目を閉じる。最初は意外な寒さを感じたが、直ぐに疲れがそれを上回り、四人は深い眠りに
落ちる。
 ドルフィンはライト・ボールの明かりの中、無言で懐を弄って1枚のドローチュアを取り出す。彼方此方破れてはいるが、そこにはドルフィンと共に聖地
ラマンに偽者が居た女性が腕を組んで寄り添って微笑んでいる様子が描かれている。
シーナというその女性は、ドルフィンにとって特別な存在らしい。だが、アレン達には秘密にしている。個人的なことに関してはあまり喋りたくないのだろうか。
 ドローチュアを見詰めるドルフィンの瞳は、何時になく寂しさと懐かしさに満ちている。
どのような経緯で離れ離れになったのか、シーナというその女性は本当に生きているのかどうか、それはドルフィンが語らない今は推測の域を出ない。
しかし、ドルフィンの瞳が、その女性を捜し求める強い思いに溢れていることを如実に物語っている。
ライト・ボールの明かりが照らす中、ドルフィンはずっとそのドローチュアを見詰めていた・・・。
 ラマンの町を出てから3日後の夕方近くになって、一行はカルーダに辿り着いた。アレン達はまず町の規模に度肝を抜かれた。
外周を囲む壁は果てが見えず、しかも高く、そしてその前には大きな堀が控えている。町に一歩踏み込んだところで、アレン達はまた度肝を抜かれた。
レクス王国では想像もつかないような巨大な建物が林立し、通りには人が溢れているのだ。「魔術と医術と薬学の総本山」、「北のカルーダ、南のクルーシァ」と
噂されるだけのことはある。
だが、ドルフィンだけはどこか懐かしげな表情で町を眺めている。

「さ、まずはフィリアの称号アップなるかどうかを魔術大学へ確認に行くか。」
「は、はい・・・。」

 町の規模と人の多さに圧倒されたフィリアは、そう返答するのが精一杯だ。

「この町は混雑しているから、はぐれないようにしっかりついてこいよ。」

 ドルフィンがそう言って歩き出すと、アレン達は慌ててそれに続く。
人が犇めき合う大通りは、それでもラマンの町の3倍以上の広さがある。ミルマは比べる対象にはならない。人ごみの中でも背が高く、がっしりした体格の
ドルフィンはよく目立つので、余程距離が離れない限りは見失うことはなさそうだ。しかし、この人ごみでは距離が離れてしまうと再接近が難しいのは火を
見るより明らかなので、アレン達は懸命にドルフィンの後を追う。道案内や人に道を聞かなくても平気で歩いているところを見ると、ドルフィンは何度か
この町に来たことがあるらしい。
 50ミム程大通りを歩いたところで、ドルフィンは大通りを左に折れる。アレン達はそれに続く。そしてさらに10ミム程歩いたところで、左手の方向に
立派な造りの門が現れる。その奥には巨大な煉瓦造りの建造物が見える。リーナの家が物置程度の大きさに見える。

「ドルフィン、ここは・・・?」
「カルーダ王立魔術大学。賢者の石の本体は此処にある。」

 ドルフィンの短い説明で、アレン達は息を飲む。
カルーダ王立魔術大学と言えば、魔術を少しでも齧ったことがある人間なら知らないものは居ないほど有名な存在だ。
幅広い体系の魔術の教育が行われ、そこの研究生というだけでも尊敬されるくらいハイレベルの研究が行われている。
ドルフィンは門を潜り、門の傍の小さな守衛所らしい建物−それでもレクス王国の裕福な民家ぐらいの規模がある−へ向かう。アレン達はその後を追う。
窓口には鋭い目つきの中年の女性が座っていた。

「何の御用ですか?」
「称号アップの確認に来た。あと、学長に会うためだ。」
「学長様に?それなら一月前に許可を・・・。」
「俺はドルフィン・アルフレッド。この大学の客員教授32)だ。」

 ドルフィンはアレン達が飛び上がるほど驚くことを言って、右手を窓口に差し出す。
その中指に光るムーンストーンの指輪と、自分が取り出した書類のドローチュアと本人の顔を見比べて、窓口の女性は驚いた様子で慌てて立ち上がる。

「よ、ようこそおいでくださいました。」
「学長殿は居られるか?」
「はい。今日は・・・。」
「そうか。丁度良い。」

 ドルフィンが言うと、女性は深々と頭を下げる。ドルフィンは呆然とその場に立ち尽くしているアレン達に向かって言う。

「何ぼうっとしてんだ?行くぞ。此処は広いから迷わないようにな。」

 ドルフィンの言葉でようやく我に帰ったアレン達は、ドルフィンの陰に隠れるように後をついていく。
広大な敷地に点在する巨大な建物は、研究棟や講義棟である。魔術大学に在学する生徒は総勢3000人を超える。しかも他の魔術学校にはない入学試験が
あるため、一定の称号と知識を伴っていないと学生として門を潜ることすら出来ない。
そして1000人近い研究員。その中で教授職は50にも満たない。そんな由緒ある学校の客員教授というのだから、ドルフィンの魔術師としての力量が新たな
形で証明されたことになる。
 石畳の通りを直進していくと、最初に見えた巨大な建物が迫ってくる。それを見るだけでも圧倒される。城を思わせるその建物こそ、魔術大学の中枢を
成す上位研究者の居室と大講義室の数々、そして学長室がある建物だ。建物に悠然と入っていくドルフィンとは対照的に、アレン達は恐々した感じで
入っていく。

「まずはフィリアの称号アップを確認しにいくか。」
「は、はい。」

 アレン達はドルフィンに先導されて、豪華だが上品で洗練された感じの建物内を歩いていく。
少し歩いたところで行き止まりに達し、そこには大きな両開きのドアがある。ドアの上には「称号確認室」と書かれたプレートが掲げられている。
 ドルフィンがそのドアをノックすると、ゆっくりとドアが開く。開いたドアから台座に乗せられた巨大な透明の球体と、それを囲むように10人ほどの魔術師
らしい、ローブを来た人物達が座っているのが見える。

「称号アップの確認に来た。」
「お入りなさい。」

 人物の一人の声に応えて、ドルフィンは部屋の中に踏み込む。アレン達は慌ててその後に続く。部屋の壁にはランプが灯されているものの薄暗く、不気味と
いうより荘厳な雰囲気を感じさせる。

「では、称号を確認したい者、前に出なさい。」
「は、はい。」

 フィリアは反射的に返答するものの、緊張のあまり足が動かない。それを察したのか、ドルフィンがフィリアの後ろに回って、ポンと軽く背中を押してやる。
フィリアは前につんのめって転びそうになるが、何とか態勢を立て直して巨大な球体−これぞ賢者の石の本体だ−の前に進み出る。
そして恐る恐る両手を賢者の石に翳す。すると、賢者の石がポゥ・・・と仄かに輝き始め、それに呼応するようにフィリアの右手の薬指にあるサファイアの指輪が
輝き始める。緊張した様子だったフィリアの表情が、それを見て徐々に嬉しさ溢れるものに変わっていく。

「ふむ・・・。」
「おお・・・。」
「そなた、十分な修練を積んだようじゃの。称号アップには十分じゃ。」
「あ・・・。そ、そうですか・・・。」

 フィリアは込み上げて来る嬉しさを感じながら答える。その身体は緊張と嬉しさが入り混じって小刻みに震えている。
人物の一人、賢者の石を挟んでフィリアと向かい合う形で座っていた人物が立ち上がり、フィリアに向かって歩み寄って来る。
人物は賢者の石の台座の引出しを開け、オパールの指輪を一つ取り出して引出しを閉める。

「そなたにEnchanterの称号とオパールの指輪を与えよう。」
「ありがとうございます。」
「今後も精進なさい。」
「はい、分かりました。」

 フィリアはオパールの指輪を持った人物に右手を差し出す。フィリアと同じくらいの背丈の人物は、フィリアの右手からサファイアの指輪を外し、代わりに
オパールに指輪を填める。

「お世話になりました。」

 普段とは打って変わって淑やかにフィリアは礼を言う。魔術師としての礼儀にこだわるフィリアらしいと言えばらしい行動だ。
足取りが軽いフィリアが戻ってきたところで、一行は部屋を後にする。一行が部屋を出ると、ドアは自動的に閉まる。中の人物が魔法で操作しているか、
ドアそのものに魔法をかけてあるのだろう。

「良かったな、フィリア。」
「ありがとう。あの指輪、ちょっと名残惜しい気もするけど、やっぱり称号が上がって嬉しいわ。」

 アレンの祝福に、フィリアは嬉しそうに真新しい指輪を見ながら応える。そしてその笑顔はアレンに向けられる。

「早く誰かさんに左手の薬指に指輪を填めてほしいなぁ〜。」
「な、何で俺を見て言うんだよ。」

 動揺するアレンに、フィリアは尚も詰め寄る。

「指輪の宝石は何でも良いわ。誰かさんの愛が篭っていれば、ね。」
「あ、愛って・・・。」
「愛されてるかどうかも分からないのに、よく言えたもんね。」

 リーナの痛烈な一撃で、フィリアの笑顔が一転して怒りの形相に変わり、リーナに向けられる。

「余計なこと言わないでくれる?!ウエストなしの性悪女!」
「本当のことを言ったまでよ。胸なし女。」
「二人共止めろ。此処は曲がりなりにもにも学校だぞ。」

 一触即発の状態になったフィリアとリーナの間にドルフィンが割って入る。ドルフィンに言われては、気の強い二人も矛先を引かざるを得ない。

「ドルフィン殿。学長殿に会われるそうですが・・・。」
「ああ。フィリアの用事も無事済んだことだし、悪いが皆、ちょっとついてきてもらうぞ。」

 学長の話題が出たことで、その場が一気に引き締まる。ドルフィンは何のために魔術大学の学長に会うというのだろうか・・・?

用語解説 −Explanation of terms−

29)ギマ砂漠:先に登場した、レクス王国の南部にあるギマ王国の大部分を覆う砂漠。

30)ザリダ砂漠:ナワル大陸南西部、カルーダ王国の大半を覆う砂漠。ザリダとはフリシェ語で「荒野」という意味。

31)サンドワーム:最大で体長5メール以上に達する地属性の魔物。昼を大きくしたような概観で、砂漠の中に潜み、口の牙で獲物を襲って噛み砕く。

32)教授:カルーダ王立魔術大学の研究員の階級は、下から順に研究助手、研究員、上級研究員、助教授、教授、主任教授となっている。教授はNecromancer以上が称号の条件で、勿論魔法研究や教育に精通していることが求められる。

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