Saint Guardians

Scene 4 Act 2-1 進撃-Advance- 分裂、そして行動開始

written by Moonstone

「イアソン!何時から守旧派の味方になったんだ!」

 蒼く鮮やかに晴れ上がった広大な聖地ラマンの空に、アレンの怒声が響く。
アレンが神殿前で改革派の僧侶と神殿突入に関して堂々と話しているところにイアソンが制止に入ったのだが、怒声をぶつけられる羽目になってしまった。
イアソンはしかし、アレンの感情に同調して感情的になることなく、あくまで冷静に反論する。

「アレン。ラマンの町で改革派と反改革派・・・」
「守旧派だろ!」
「・・・守旧派それぞれの立場に居る僧侶から話を聞いた時のことを思い出すんだ。一体どっちの主張に道理があるか、考え直してみるんだ。」
「そんなこと、考え直すまでもないだろ。ラマン教の閉鎖性打破、一部特権階級しか見れない秘宝の一般公開を唱える改革派の方に道理があるのは
明らかじゃないか!改革派は守旧派が多数を占める厳しい条件の中で、あえて慣習を破ってその正当性を説いて回ったからこそ、一般僧侶の中で多数派を
占めるに至ったって、昨日の特別説法会でも聞いただろ?!」

 イアソンは、アレンの瞳から冷静さが消えているのを感じ取る。
アレンの心は完全に改革派に傾倒してしまっていて、生半可な説得では到底その傾倒を「矯正」出来そうにない。
イアソンは切迫した危機感を感じながら、引き続きアレンの説得を試みる。

「アレン。守旧派の僧侶の説法を民衆や改革派の僧侶が散々野次を飛ばして妨害していたことを思い出すんだ。道理ある主張を持っているなら、わざわざ
そんなせせこましい真似をせずに放置しておけば良い筈だ。なのに何故民衆と共に妨害していたか?それは自分達の邪魔だから潰す。そういう考えが
あるからだ。そんな考えの持ち主に道理があると思えるか?」
「道理があるからこそ、道理のないものを批判するんじゃないか!イアソンだって『赤い狼』で人民の解放を説いて回ってたんだろ?!道理がない
国王勢力を批判して戦ってたんだろ?!それを棚上げして改革派を批判するなんて、どうかしてるとしか思えない!」
「イアソン。あんた、『赤い狼』の代表のお墨付きであたし達のパーティーに加わった割には、思考能力が鈍いわね。」

 アレンと共に居たフィリアが、イアソンに厳しい視線を向けながら言う。

「ラマン教の教義を理解した者でなければ経典さえ見れない。秘宝は一部の高僧しか見れない。こんな閉鎖性を見聞きしても尚、改革派の主張に異議を
唱えるなんて、あんた、アレンの言うとおり、一体『赤い狼』で何やってきたの?」
「フィリアは寝込んでたから知らないだろうけど、アレンは守旧派の僧侶から聞いただろう。秘宝は『愚かなる者、無知なる者、秘宝を見るべからず。
秘宝は神のみぞ知るべき、人間や生物を形作る言葉を描いたものである。』と伝えられているものだと。『経典は歴史書としてではなく、教義を説くための
ものとして使うべきものであること、秘宝に安易に触れることは危険だ』と。」
「・・・。」
「それにアレン自身守旧派の説法妨害の場面を見て言っただろ?『改革って自称するわりには、せせこましいやり方だ』って。俺が『赤い狼』に居た頃は、
王制の厳しい弾圧下の元でも正々堂々と正面から自分達の考えを説いてきた。今一度冷静に考え直してみるんだ、アレン。」
「貴方は我々改革派の崇高な目標に対して難癖をつけるおつもりか?」

 イアソンがアレンを説得しているところに、傍に居た、アレン達と話をしていた改革派の僧侶が口を挟んでくる。

「『赤い狼』は私も知っております。王制打倒、主権在民を唱えて活動するレクス王国の反政府勢力だということを。『赤い狼』の主張の内容はとりあえず
脇に置いておいて、貴方達も王制の閉鎖性や抑圧に反発して、弾圧に対抗しつつ自分達の正当性を説いて回っていた筈。その主張が道理あるもので
あったが故に、剣士殿の絶大な力があったとは言え、王制打倒の悲願を成就出来たのではないのですかな?剣士殿や此処に居られる方々の協力を
得られたのではないのですかな?」
「・・・何故レクス王国の王制が倒れたことを知ってるんだ?」
人の噂は疾風の如く駆け抜ける10)と言います。此処とラマンの町とを行き来している私達の耳にも噂は届いております。」

 イアソンは改革派の僧侶の言葉に重大な疑惑を抱かずには居られない。
レクス王国の王制が倒れたのは事実だが、その情報が距離こそそれほどないとはいえ、海を隔てたラマンの町にこんなに早く届いている筈がない。
レクス王国の王制が倒れてからラマンの町に入るまでに4日。ラマンの町から聖地ラマンに入るまでに3日。
その間に自分が率いていた『赤い狼』の情報部小隊以外の小隊がラマンの町に入っていたとは考えられないし、仮に入っていたとしても、自国への波及を
恐れて当地の政権が内政干渉に乗り出してくる危険性もある政権打倒の情報喧伝などする筈がない。
 カルーダの国家単位の魔術レベルは、クルーシァに匹敵するものだ。
お世辞にも兵力が潤沢とは言えないレクス王国の、それもその兵力の大半を戦闘で喪失した状態で政権打倒の情報を流すのは自殺行為に等しい。
それ以前に情報伝達手段に乏しい今の文明レベルでは、スパイでも送り込んでいない限りこんなにも早く他国の正確な最新の情報を入手出来る筈がない。
 間違いない。レクス王国の時と同様、改革派の背後には何者かが潜んでいる。
イアソンがそう確信した時、やはり改革派の僧侶の話を聞いていたリーナが冷たい視線をイアソンに向ける。

「『赤い狼』代表のお墨付きがこの程度だとはね。イアソン、あんたはもうちょっと頭が切れるかと思ってたけど・・・見損なったわ。」
「リーナ・・・。」

 リーナに恋心を抱くイアソンにとって、リーナの突き飛ばすような冷たい言葉は、アレンの怒声を遥かに凌ぐ鋭さを感じさせるものだ。
思わぬ方向からの攻撃に少なからずショックを受けたイアソンに、アレンはとどめとばかりに怒声をぶつける。

「イアソン。守旧派に組した以上、イアソンとこれ以上行動を共にすることは出来ない。守旧派の一人と見なして邪魔なら・・・倒す。」
「・・・アレン。レクス王国の場合とラマン教の場合とでは改革という言葉の背景が・・・」
「五月蝿い!守旧派の人間の言葉に聞く耳は持たない!どこか他所へ行け!俺達の話の邪魔をするな!」
「そうよ!あたし達はあんたの口車に乗ってラマン教の改革開放路線を邪魔するわけにはいかないのよ!」
「自国では改革解放を言っておきながら他国では改革解放に反対だなんて、自己矛盾も良いところね。イアソン、あんたに用はないわ。消えて。」

 アレン、フィリア、そしてリーナからは、自分に対する失望と敵意しか感じられない。
イアソンはもはや説得は不可能と判断し、無言でその場から立ち去る。
アレン達は立ち去るイアソンを一瞥した後、真剣な表情で改革派の僧侶に向き直る。

「すみません。馬鹿が口を挟んできて・・・。」
「いえ、守旧派やそれに同調する人間などあの程度のもの。それより皆さんには是非とも我々のラマン教改革闘争にご協力を賜りたいのです。」
「喜んで協力するわよ。」
「堅苦しいのは嫌いなのがあたしの性分だからね。」
「ありがとうございます。皆さんの力、特にアレン殿。貴方の力があれば、神殿に施された衛魔術を打ち破れるでしょう。」
「え?じゃあドルフィンは?」
「剣士殿には別に重要な要件をお伝えしなければなりません。剣士殿は恐らくそちらに専念なさる筈。皆さんのご協力さえ賜ればことは進むでしょう。」

 アレン達は首を傾げる。
改革派はアレンではなく、ドルフィンの力を借りたがっていた筈だ。
なのにドルフィンは別の要件で手が回らないだろうと言う。
聖地ラマンとドルフィンとの接点については、これまで聞いたことがない。
だが、昨日の特別説法会でミディアスが『剣士殿にとって聞き捨てならない情報』とやらを口にしたことを思い出し、そのことか、と思い納得する。
 絶大な力を誇るドルフィンが聞き捨てならない情報を持っていることといい、レクス王国の政権打倒の情報を掴んでいることといい、改革派の情報収集力は
大したものだ、とアレン達は感嘆する。
アレン達の思考に、昨日の特別説法会で感じた疑問はもはやひと欠片も存在しない。
イアソンが感じたとおり、アレン達は改革派に完全に傾倒していてもはや「矯正」が不能な心理状態になってしまっているのだ。

「ドルフィンの重要な用件って、何のことですか?」
「それは剣士殿個人に関わることですので、皆さんにお話するのは適当ではないかと思います。」
「・・・まあ、それもそうね。ドルフィンはドルフィンで色々あるだろうし。」
「ドルフィンさんは仕方ないとして、あたし達は全面的に協力するわよ。ね?アレン。」
「ああ。改革派の方に道理があることは確認出来た。もう何も躊躇う必要はないだろう。俺達だけで守旧派に立ち向かおう。」
「ありがたいお言葉、感謝します。」

 そう言って頭を下げた改革派の僧侶の口元が不気味に歪んだことに、アレン達はまったく気付かない。
アレン、フィリア、リーナの三人は、表情を温和なものに戻した改革派の僧侶との相談を再開した。
 アレン達とイアソンが口論している最中、ドルフィンが居る部屋のドアがノックされる。
どうぞ、とドルフィンが応答すると、失礼します、と断って一人の僧侶が入ってくる。
 ドルフィンは寝床で組んだ両手を枕にして横になっていた。
改革派の主張や行動に胡散臭さを感じているドルフィンは、自分が沈黙を保つことでアレン達が暴走しないよう時間稼ぎをしている。
パーティーの決定権はアレンにあるが、アレンが自分を突き動かさせるほど強い態度に出られるとは、ドルフィンは思っていない。
しかし、アレンが自分に決定権があるのを逆手にとって、自分を無視して改革派の思惑通りの行動に突っ走る可能性もある。
アレン達を強制的に黙らせてでも−動きを封じることなどドルフィンには容易い−此処を出るのが賢明か、と思っていた矢先の僧侶の訪問である。
ドルフィンは首だけ僧侶の方を向ける。僧侶はドルフィンの傍まで歩み寄る。

「剣士殿。折り入ってお伝えしたいことが・・・。」
「何だ?」
「・・・シーナ・フィラネスという方をご存知ですか?」

 僧侶が発した人物の名を耳にしたドルフィンの目が、俄かに大きく見開かれる。
ドルフィンにとってその名は、心を大きく揺り動かすには余りあるものらしい。

「・・・知っている。」
「その方は今、此処聖地ラマンの試練の塔の最上階にお住まいです。」

 ドルフィンが平静を装って答えると、僧侶は静かに言葉を続ける。

「フィラネス様は3年前、首都カルーダからラマンの町を経由して此処を訪れ、ラマン教に入信して試練の塔に足を踏み込まれ、見事最上階に到達され、
現在に至るまでそこにお住まいです。」
「シーナが・・・入信しただと?」

 ドルフィンは信じられないといった口ぶりで聞き返す。
もはや驚きを隠せなくなったドルフィンに、僧侶は変わらず静かにドルフィンに告げる。

「フィラネス様は試練の塔の各階に魔物を配置し、それらを全て突破してきた者にお会いしたいとのことです。」
「食事とかは・・・愚問か。」

 ドルフィンは疑問を口に仕掛けて自ら封じる。
ドルフィンは、シーナという人物が、各階に魔物を配置して孤立した状態でも生活できる術を持っていることを知っているらしい。

「我々僧侶のように衛魔術と多少の召還魔術を持つ者では到底歯が立ちませんが、剣士殿のお力なら魔物の壁を突破出来る筈。フィラネス様も剣士殿が
会いに来て下さることを心待ちにしておられるでしょう。」
「・・・何処で俺とシーナのことを知った?」
「ラマンの町を訪れた首都カルーダの魔術大学教授の口からです。聞けば剣士殿とフィラネス様の名は、カルーダの魔術大学にも及んでおられるとのこと。」
「・・・。」
「剣士殿。一刻も早く試練の塔へ。剣士殿もフィラネス様とお会いしたい筈。我々が剣士殿を此処聖地ラマンにお連れした真の目的は、神殿の衛魔術突破
ではなく、剣士殿とフィラネス様をお会いさせたかったからです。そして我々改革派の僧侶がラマンの町で剣士殿に魔物との勝負を嗾(けしか)けたのは、
剣士殿の力がフィラネス様から聞き及んでいるものに相応するかどうか、確かめるためだったのです。」

 ドルフィンはゆっくりを身を起こす。
そして枕元に立てかけてあったムラサメ・ブレードを手に取り、寝床から出る。

「試練の塔は何処だ?」
「剣士殿もご覧になった筈。この聖地ラマンの敷地内にある高く聳える建造物です。」
「そうか・・・。」

 ドルフィンはポツリと言うと、いきなり走り出して外へ飛び出していく。
その表情は真剣そのものであると同時に、ドルフィンには珍しく焦りと興奮が滲み出ている。
部屋に残された僧侶の口元が不気味に歪んだことを知る者は居ない。
 ドルフィンは普通の人間では到底追いつけない速さで、試練の塔という天高く聳え立つ建造物の両開きの扉の前に辿り着く。
そして扉を開けて無遠慮に足を踏み入れる。
湿気がやや多い、半径10メールほどの室内には、正面向かって右隅に階段があり、中央には緑色の不定形の物体が蠢いている。
剣士にとっては最強の敵とも言えるスライムの一種、グリーンスライム11)である。

「いきなりこいつか・・・。」

 ドルフィンは舌打ちしてそう呟く。
相当の魔道剣士でなければ早くもこの階で跡形もなく溶かされるという「試練」を前にして、シーナは余程力を試したいのか、とドルフィンは思う。
グリーンスライムが獲物の気配を察して不気味に動き始めると、ドルフィンは右手を前に突き出して言う。

「サラマンダー。」

 すると、猛烈な熱気を発する炎に包まれたサラマンダーが姿を現す。
弱点である熱を察知したらしく、ドルフィンにじりじり接近していたグリーンスライムは、逆にじりじりと後退する。
ドルフィンはグリーンスライムを見据えながら平坦な口調でサラマンダーに命令する。

「目の前の物体を完全に始末しろ。」
「仰せのとおりに。」

 サラマンダーはそう言うと直ぐ、猛然とグリーンスライムに接近し、グリーンスライムを包み込むように接触する。
猛烈な火炎と熱の照射を直に浴びたグリーンスライムは、悪臭と黒煙を撒き散らしながら氷が溶けるように小さくなっていく。
武器の類が一切効かないスライムも、サラマンダーのような高熱と火炎を自在に操る上級の精霊の前にはひとたまりもない。
 グリーンスライムが跡形もなくなると、サラマンダーは空中を滑るようにドルフィンの傍に来る。
ドルフィンはサラマンダーの額に手を翳す。サラマンダーは蝋燭の火が消えるように小さくなり、やがて完全に姿を消してしまう。
悪臭漂う中、ドルフィンは無表情で階段を駆け上り、2階の両開きの扉を開ける。
やはり半径10メールほどの室内には正面向かって右隅に階段があり、中央には鷲の上半身と獅子の下半身を持つ魔物が鎮座している。
魔物の中では強敵の部類に入るグリフォン12)である。

「やれやれ・・・。そう簡単に来てもらっては困ると言いたいのか?」

 ドルフィンはやや呆れた口調で呟くが、その表情は真剣そのものである。
獲物の気配を察したグリフォンが翼を広げて宙に舞いあがると、両足の鋭い爪を振り翳してもの凄いスピードで急降下してくる。
だが、ドルフィンは少しも怯むことなく、あろうことかグリフォンに向かってジャンプする。
グリフォンとすれ違った時、ドルフィンの右手と剣の柄が一瞬消える。
 ドルフィンとグリフォンがほぼ同時に着地する。
平然としているドルフィンの背後で、グリフォンの身体の彼方此方に赤い筋が走り、ボン、と音を立ててバラバラの肉隗と化す。
ドルフィンはすれ違いざまに、まさに目にも留まらぬ速さでグリフォンを乱れ斬りにしたのだ。
勿論、並の剣士ならグリフォンのスピードと威圧感に圧倒され、鋭い爪の餌食になっているところである。
そのグリフォンの間合いに飛び込み、一瞬で返り討ちにすることが出来るのは、ドルフィンのスピードと剣を振るう腕が並々ならぬものであるということだ。
 ドルフィンはバラバラになったグリフォンを一瞥することなく、階段を駆け上っていく。
その瞳にはこれまでの敵との戦闘では見せなかった闘志が燃えている。
シーナという人物に会いたいというドルフィンの心の表れだろう。
ドルフィンは3階に駆け上ると両開きの扉を開け、その階の「守護者」に突進していく。
 アレン達に完全に敵視されたイアソンは、事態が切迫していることをドルフィンに報告するために部屋に駆け戻ってきた。
だが、朝から食事以外は寝床に横になって微動だにしなかったドルフィンの姿が忽然と姿を消している。
その代わり、一人の僧侶がくくく・・・と不気味に一人含み笑いをしていた。

「貴様、改革派の僧侶か!」

 イアソンが叫ぶと、僧侶は邪悪な笑みを浮かべながら振り向く。

「そうだとも。くくく・・・。ことは着々と我々のシナリオどおりに進んでいる。我々の目的成就の時は近い・・・。くくく・・・。」
「やはり貴様ら、何か企んでいるな!」
「企んでいるとは人聞きの悪い。崇高な目的を達しようと色々手を打っているだけだ。」
「そういうのを世間では策略って言うんだよ!」

 イアソンは剣を抜いて僧侶に掴みかかり、襟元を掴み上げて剣先を僧侶の喉下に突きつける。

「ドルフィン殿を何処にやった!吐け!」
「あの男は試練の塔に向かった。目的が目的、それに場所は試練の塔。如何にドルフィンと言えど、全ての関門を突破するのには相当の時間を要する筈。
それに関門を突破したところで、待ち受けているのは地獄だがな。くくく・・・。」
「どういうことだ!」
「生憎だがこれ以上貴様の相手をしているわけにはいかん。そろそろ守旧派の指導部や僧侶の身柄を拘束せねばならんのでな。では・・・。」

 僧侶は怯えた様子を欠片も見せず、不気味な笑みを浮かべて言う。

パラライズ13)。」

 次の瞬間、イアソンの全身に電流が流れるような激しい痺れが駆け巡り始め、イアソンはたまらず僧侶から手を離してその場に崩れ落ちる。
イアソンは何とか立ち上がろうとするが、全身が痺れて身体が言うことを聞かない。

「う、うう・・・。」
「先程までの口ぶりからして、貴様は我々改革派に懐疑的な様子。ならば貴様も野放しにしておくわけにいかん。」

 僧侶は不気味な薄笑いを浮かべ、イアソンを見下ろしながら言う。
僧侶は動けないイアソンから剣を奪い、部屋から顔を出して人を呼ぶに併せて縄を持ってくるように言う。
程なく数人の僧侶が駆けつけ、イアソンの両腕を後ろで縛り、更に上半身と足首を固く縛る。

「例の場所へ連れて行け。」
「はい。」

 イアソンは僧侶達に担がれて建物の奥に消える。
それを見届けた僧侶は、再びくくく・・・、と不気味に笑い、一人呟く。

「さて、残るは守旧派全員の身柄拘束と神殿突入か・・・。あのガキの剣なら突破出来る筈。くくく・・・。これで我々も安泰というもの。」

 僧侶は意味深なことを呟いた後、部屋を駆け出していく。
 それと時を同じくして、改革派の僧侶達が武器を手にして彼らが言うところの守旧派の僧侶達の身柄を次々と拘束していた。
その中にはアレン、フィリア、リーナの姿もある。
神殿前で改革派の僧侶を相談していたアレンは、パーティーの決定権が自分にあることを思い出し、沈黙を続けるドルフィンを無視して改革派の行動に
協力すると宣言し、これにフィリアとリーナが同調したのだ。
反改革派の僧侶達は突然の襲撃に衛魔術で防御することもままならず、次々と身柄を拘束され、運ばれていった。
シールド14)などで防御する僧侶に対しては、アレンの剣が唸る。
アレンは防御壁を紙の如く軽々と叩き切り、無防備になった僧侶に剣先を突きつけて動きを封じる。
アレンの剣は冴え渡り、改革派の迅速且つ円滑な行動に大きな役割を果たした。
 程なくして反改革派の一般僧侶は全員身柄を拘束され、イアソンが運び込まれた場所に押し込められてしまった。
額の汗を拭って一息吐くアレンに、改革派の僧侶が言う。

「アレン殿!戦いはこれからが本番ですぞ!指導部の高僧達は何れも高度な衛魔術を使えます!」
「そんなもの、この剣で切り裂いてやるさ!」

 アレン達は改革派の僧侶達に混じって、正面奥の建物へ向けて突進する。そこは反改革派の指導部の拠点である。
水晶玉と辛うじて難を逃れて駆けつけた僧侶の口から異変を知った反改革派の高僧達は、急遽衛魔術を張り巡らせるべく呪文を唱える。

「ラウル・エント・エマ・デールズ。聖霊よ、その御力を盾として我らに与え給え!プロテクション15)!」

 反改革派の僧侶達を金色の防御壁が包み込んだとほぼ同時に、改革派の僧侶達とアレン達が室内に雪崩れ込んできた。
反改革派の僧侶達が篭城戦の構えを見せたところで、アレンが前に進み出て剣を振り上げて力任せに振り下ろす。
普通の剣なら枯れた木の枝の如く簡単に折れてしまう筈が、アレンの剣は何と防御壁を切り裂いてしまった。
アレンが滅茶苦茶に剣を振るうと、防御壁はあっという間に無残な残骸を残すのみとなった。

「な、何と言うことだ・・・。」
「残念でした。」

 呆然とする反改革派の僧侶達に、アレンは勝ち誇った笑みを見せる。
防禦壁が崩壊したのを見た改革派の僧侶達は一斉に反改革派の僧侶達に飛びかかり、素早くその身柄を拘束してしまう。
両手を後ろで縛られ、更に上半身と足首を縄で縛られた反改革派の僧侶達の前に、改革派の代表、ミディアスが進み出る。

「ミディアス、お前という者は・・・!」

「真理は我々にあり。故に真理の波及を阻害する者は排除されるべし。・・・連れて行け。」
「「「「「はい。」」」」」

 反改革派の僧侶達は、改革派の僧侶達に担ぎ上げられる。
連れて行かれる反改革派の僧侶達は口々に叫ぶ。

「考え直すのだ!ラマン教の秘宝はラマン教の人間が命と引き換えにしてでも守らなければならない、禁断の秘宝なのだ!」
「あれは無知なる者、愚かなる者が決して触れてはならぬ禁断の秘宝なのだ!それを世に晒すことは再び過去の惨禍を繰り返すことに繋がりかねん!」
「禁断の秘宝・・・?」
「無知なる者、愚かなる者は我々改革派の道理を理解出来ぬ貴様ら守旧派だ。・・・とっとと連れて行け。」

 アレンが疑問を抱くのを他所に、ミディアスは足を止めた改革派の僧侶達に命じる。
改革派の僧侶達は反改革派の僧侶達を担いで部屋から出て行く。
ミディアスはアレンの方を向き、柔和な笑みを浮かべて手を差し出す。

「流石だ、若き剣士殿。あの高僧共の防御壁を難なく切り裂くとは・・・。」
「この剣の力のお陰ですよ。」

 アレンは手を差し出してミディアスと握手する。
一頻り握手した後、ミディアスは表情を引き締め、室内に居る改革派の僧侶達に向けて宣言する。

「今我々は改革の第一歩を踏み出した!しかし、これからが本番!神殿に張り巡らされた衛魔術を突破し、秘宝のある洞窟最深部へ辿り着かねば
ならない!そして秘宝を世に広く公開し、ラマン教そのものを開放してこそ、我々の目的は達せられる!」
「「「「「アン・ベールガ!」」」」」
「幸にして我々は頼りになる若き剣士殿を味方につけることが出来た!真理と道理は我々にあり!いざ進まん!ラマン教改革へ向けて!」
「「「「「アン・ベールガ!」」」」」

 威勢の良い唱和の中には、アレンとフィリアとリーナの声も混じっている。
もはやアレン達の頭の中には、秘宝の公開とラマン教の改革との関連性に対する疑問は存在しない。
改革派の主張一色に染まってしまったアレン達の心は、もはやそれ以外の主張を受け付けなくなっていた。
 改革派の僧侶達は、続々と主を失った部屋を出て行く。
彼らの行く先は唯一つ。秘宝が眠る洞窟の前に立ち塞がる神殿だ。
アレン達を含んだ改革派の僧侶達は、ミディアスを中心にする形で神殿へ向けて歩を進めていく。
 ドサッ。ドサッ。
太陽の光が小さな窓から差し込むだけの部屋に、両手を後ろで縛られ、上半身と足首を縛られた反改革派の僧侶達が放り込まれる。

「ことが済むまで大人しくしていてもらう。殺されないだけありがたいと思うことだ。ラマン教教徒であることであることを感謝しろ。」
「や、止めるんだ・・・。あの秘法は世に出してはならんのだ・・・。」
「何とでも言っていろ。どのみち貴様ら守旧派にはもはやどうすることも出来んのだから。」

 改革派の僧侶達の一人が勝ち誇ったようにそう言うと、扉が閉められ、ガチャッという音がする。念入りにも鍵をかけたらしい。
幾つもの足音が絡み合いながら足早に遠くに消えていく。改革派の「本隊」に合流するのだろう。
 物置らしい広大な部屋には、百人以上の僧侶達が横たわっている。
その中にはイアソンも居る。
ようやくパラライズの効力が切れたイアソンは、身を捩(よじ)って器用に身体を起こし、近くの僧侶に声をかける。

「大丈夫ですか?」
「え、ええ。何とか・・・。身体が多少痺れていますが・・・。」
「私と同じくパラライズをかけられたんですね。かけた相手にも依りますが、そのうち収まるでしょう。」

 魔道剣士であるイアソンは魔法防御力がそれなりに備わっているため、パラライズの効力が本来より早く切れたのだ。
イアソンは暗闇に慣れた目で周囲を見回し、脱出口を探すが、先程鍵をかけられた扉以外には光を取り込むための小窓くらいしかない。
その小窓も人が通り抜けるには狭過ぎる。扉から脱出するしかなさそうだ。
 改革派が目的を達したら自分達を解放するという保障はない。むしろ口封じのため抹殺すると考えたほうが良い。
それを防ぐには、改革派が戻って来るまでに拘束を解き、結束して改革派に立ち向かい、改革派に懐疑的なドルフィンの帰りを待つしかない。
まずはこの厳重過ぎるともいえる拘束を解くのが先決だ、とイアソンは判断する。
先程のやり取りから推測するに指導部の高僧達も放り込まれたらしいが、彼らから秘宝の真相を聞き出すのは拘束を解いてからでも遅くはない。
拘束を解かないことには、戻ってきた改革派に抹殺されるのを待つだけだ。イアソンはそう思う。
 イアソンは手首を捻ってズボンのポケットに手を突っ込む。
ごそごそしているイアソンの様子を不思議に思った僧侶がイアソンに尋ねる。

「貴方は何をなさっているのですか?」
「知れたこと。この拘束を解こうとしてるんですよ。」
「出来るんですか?」
「『赤い狼』情報部第1小隊隊長の地位は伊達じゃありませんよ。」

 イアソンはポケットから慎重に小さな刃物を取り出す。
イアソンはいざという時のための様々な小道具を常備していたのだ。『赤い狼』代表リークのお墨付きを受けた若き幹部だけのことはある。

「身体検査をしないあたり、進撃しか頭にない証拠だな・・・。」

 イアソンはそう呟きつつ、指先で刃物の刃先の向きを変えて、両手を縛る縄を切りにかかる。
ゆっくりとではあるが確実に縄は切れていく。
イアソンの脱出工作は薄明かりの中、黙々と続けられる・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

10)人の噂は疾風の如く駆け抜ける:「人の噂は千里を駆ける」と同じ意味。「里」という距離単位がないため、このように表現している。

11)グリーンスライム:スライムの一種。不定形で狭い隙間も染み出すように移動出来る。獲物に覆い被さって強酸性の消化液で溶かして栄養にする。
動きは鈍いがスライムの一種だけあって武器の類は一切効かないという、かなりの難敵。


12)グリフォン:上半身が鷲、下半身がライオンというキメラ(合成生物)の一種。魔法は使えないが知覚は優れていて、鋭い爪と嘴、素早い動きが特徴。

13)パラライズ:衛魔術の一つで支援系魔術に属する。全身の神経を痺れさせ、相手の動きを鈍化、或いは封じ込める。キャミール教で司教補以上に
相当する聖職者が使用出来る。


14)シールド:衛魔術の一つで防御系魔術に属する。魔力を物質化させ、自分の周囲を覆う物理攻撃を遮断する防御壁を形成する。キャミール教では
司祭補以上に相当する聖職者が使用出来る。


15)プロテクション:衛魔術の一つで防御系魔術に属する。聖霊(天使の霊的形態)の力を物質化して防御壁を形成する。シールドと違い、物理攻撃だけでなく
魔法攻撃も遮断することが出来る。キャミール教で主教以上に相当する聖職者が使用出来る。


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