Saint Guardians

Scene 4 Act 1-3 調査-Investigation- 人とことは動き始める

written by Moonstone

 カーテンの色が明るくなり、闇一色だった部屋の内部の輪郭と色がはっきりと浮かび上がってくる。
アレンはそれを合図とするかのように自然と目を覚まし、隣のベッドの様子を窺う。
隣のベッドではフィリアが穏やかな寝息を立てて静かに眠っている。アレンがベッドから降りて顔色を見ると、血色は良好だ。
昨夜寝る前に具合を聞いたところ、大分良くなってきたと言っていたし、顔色も随分良くなっていたので、今日の出発には支障ないだろう、とアレンは
楽観的な見通しを立てていた。
問題はリーナの方だが、こちらも滞在3日目になるし、フィリア同様薬を服用しているから多分大丈夫だろう、とアレンは思う。
 今日はこの町を出て、ラマン教の改革派僧侶と接触してラマン教の聖地ラマンを目指す段取りになっている。
アレンとしては、自分が生まれ育った町で接してきたキャミール教に比べて戒律が厳しく、経典でさえ一般では見れないというダメダメ尽くしのラマン教の
体質を改善するには、改革派の主張どおりにラマン教を開かれたものにするべきだと思っていた。
だが、パーティーの事実上のリーダーであるドルフィンの見方は慎重で、とりあえずラマンに入って内部調査をするのが先決だと言う。
 レクス王国での経験を踏まえると、真相を誤魔化したり覆い隠したりする組織やそれが行っていることは、ろくでもないことと相場が決まっている。
改革派が言うところの守旧派が多数を占めるラマン教指導部が秘法をひた隠しにしたり、門戸を狭くしているのは、その秘法がハーデード山脈の
古代遺跡にあったような古代文明の負の遺産か、指導部が独占して利益を得られる何かではないか、とアレンは推測していた。
となれば、改革派の主張どおり、ラマン教指導部を打破してでも秘法の一般公開やラマン教の門戸を開放するべきだ。
 アレンはそう思いながら、フィリアが目覚める前にと着替えを始める。
フィリアが目覚めてからだと一緒に着替えをしよう、などと言い出しかねないし、多少の興味は否定出来ないが、やはりそれはまずいと思う。
手早く着替えを済ませたアレンは革袋の中の荷物を点検し、枕元に立て掛けておいた愛用の剣を腰に装着する。これで出発の準備は完了だ。
時計を見ると5ジムを少し回ったところだ。
宿を出る時間は昨日のドルフィンとイアソンとの打ち合わせで6時と決めてあるから、朝食や女の子だと何かと時間がかかる傾向にある身繕いの時間などを
考慮するとそろそろ起こした方が良い、とアレンは思い、寝ているフィリアの体を軽くゆすりながら声を掛ける。

「フィリア、そろそろ起きて。今日は出発の日だからあんまりのんびり出来ないよ。」

 そうしていると、うーん、という声と共にフィリアがゆっくりと目を開ける。
何度か目を瞬かせて上体を起こし、アレンと時計を交互に見る。

「・・・あ、もうこんな時間かぁ。おはよう、アレン。起こしてくれてありがと。」
「おはよう。朝起きるのは習慣だから大したことじゃないよ。それより、具合はどう?」
「うん、もうすっかり大丈夫。ここへ来てからまともに食べてないから、お腹減っちゃった。」
「食欲も出てきたなら大丈夫だね。それじゃ俺は、ドルフィンとイアソンの様子を見てくるよ。着替えて待ってて。」
「あーん、アレン。か弱い女の子を一人残していく気なの?」
「着替えるのを同じ部屋で待ってるわけにはいかないだろ?じゃあ、行ってくるね。」

 このままだと着替えを口実に何を言い出すか分からないフィリアの「網」から早急に脱出すべく、アレンはそそくさと部屋を出て行く。
フィリアはいささか不満そうな表情で閉まったドアを見てから、ゆっくりと着替えを始める。
 アレンはまず、隣のドルフィンの部屋へ向かう。
ドルフィンのことだからもう起きているだろう、と思いつつ、アレンはドアを軽くノックする。
するとドアの向こうで何かが動く気配がして、ドアの鍵が外されて開く。
ドアからは既に着替えを済ませたドルフィンが姿を現した。

「アレンか・・・。おはよう。丁度良い時間に目を覚ましたな。そろそろ起こしに行こうかと思ってたんだが。」
「朝起きるのは身に染み付いてるから大丈夫。それより、リーナの具合はどう?フィリアは完全回復したみたいだけど。」
「リーナももう大丈夫だ。幾ら酷い船酔いと言っても、薬を飲んで2日も寝てりゃ回復するさ。」
「そりゃ良かった。じゃあ俺はイアソンの方へ行くから。」
「ああ。リーナの着替えが済んだら食堂へ行って待ってる。」
「うん、そうして。」

 アレンは踵(きびす)を返してイアソンの居る部屋へ向かう。
自分が率いていた情報部第一小隊の男性用の大部屋で一人居る筈のイアソンも、これまでの経験から朝には強いだろうとアレンは踏んでいた。
ドアの前に来たアレンはドアをノックしようとする。
するとそれよりワンテンポ早くドアの鍵が外されてドアが開く。
中から、着替えを済ませて自分と同じように剣を腰に装着したイアソンが姿を現す。

「おっと、アレン。おはよう。起こしに来てくれたのか?」
「おはよう。うん、念のためにね。」
「フィリアとリーナの具合は?」
「二人共もう大丈夫だよ。」
「そうか。ラマンへの道は山道でその上高地だから、体調が良くないとまたぶり返してしまいかねないからね。」
「ドルフィンはリーナの着替えが済んだら食堂へ行くって言ってた。俺もフィリアの着替えが済んだら食堂へ向かうから、イアソンは先に食堂へ行ってて。」
「分かった。じゃあまた後で。」

 イアソンと別れたアレンは、自分の部屋へ戻って部屋を軽くノックする。
すると、中からくぐもった声が聞こえて来る。

「アレン?着替えは済んだから開けて良いわよ。」
「・・・本当に?」
「嘘ついてどうすんのよ。」

 アレンは女の子の着替えの場になっていたということで、遠慮気味にドアを開けて中の様子を窺う。
フィリアは寝間着からローブに着替え終えていたが、髪が若干乱れている。流石にあの短い時間では身繕いまでは出来なかったようだ。
アレンは着替えが済んでいたのを確認して、ドアをもう少し大きく開けて中に入る。

「着替えるの、早いね。」
「まあ、着替えっていっても大袈裟なものじゃないからね。それより一回顔洗って髪も整えたいわ。2日もベッドで唸ってたから見た目結構酷いと思うし。」
「顔を洗いたいのは俺も同じだから、タオルを持って食堂へ行こう。食堂へ行くついでに水場7)へ行って顔を洗えば良いだろ。」
「うん。」

 アレンとフィリアは革袋からタオルと歯ブラシを取り出し、フィリアは櫛も取り出して部屋を出て、アレンがドアに鍵を掛けた後、食堂に隣接する水場へ
向かう。
 階段を降りて廊下を進んでいくと、程なく水場に到着する。
水場には先にドルフィン、リーナ、イアソンが居て、それぞれ顔を洗っていた。
先に顔を洗い終えたドルフィンとリーナが、アレンとフィリアの方を向く。

「お先に。」
「あんた達も食事の前に洗顔?やっぱり顔洗うとすっきりするわよ。」
「もうすっかり大丈夫そうだね。」
「そんなに長いことくたばってられないわよ。それじゃお先にね。」

 リーナはそう言って、ドルフィンの腕に自分の腕を絡めて食堂へ向かう。
何か挑発してくるかと思って警戒していたフィリアだったが、何もなかったことで少々拍子抜けしつつ、早速顔を洗い始める。
アレンも顔を洗い、目やにや汗を綺麗さっぱり洗い落としてから、壁にある鏡を見て念のために髪の様子を確かめる。
寝癖がついていないことを確認して顔をタオルで拭いつつ、フィリアが身繕いを終えるのを待つ。
 フィリアは2日も風呂に入っていないので、せめて顔だけでも、と念入りに洗顔した後、タオルで顔を拭って髪に櫛を通す。
乱れていた亜麻色の髪は、何度か櫛を通していくうちに元通りの形を取り戻す。幸い寝癖はついていなかったようだ。
フィリアの身繕いが終わったのを待っていたアレンは食堂へ向かおうとしたところで、鏡に向かって真剣そのものの表情で髪を整えているイアソンを見て、
何をしているのかと疑問に思って尋ねる。

「・・・イアソン、鏡に向かって何熱心にやってるの?」
「決まってるじゃないか。リーナの前に出るんだぞ?身繕いを念入りにしておいて印象を良くしておかないとね。清潔感は大切だから。」
「あんたねぇ。言っちゃ悪いけど、あいつはあんたのことなんか多分眼中にないわよ。ドルフィンさんにべったりだから。」
「だからこそ重要なんだよ。ドルフィン殿から俺へ目を向けさせるためには、やっぱり見た目と清潔感が大切だからね。」

 リーナにお熱のイアソンにフィリアはそれ以上何も言う気は起こらず、苦笑いしていたアレンと共に先に食堂へ向かう。
食堂は他の客も殆ど居らず、先に食堂に入っていたドルフィンとリーナが8人用のテーブルに陣取って手招きしている。
アレンとフィリアはその席へ向かい、ドルフィンとリーナと向かい合う形で椅子に腰を下ろす。

「イアソンはどうした?」
「身繕いにご執心中。」
「変な奴。男なんだから顔洗って寝癖があったらそれを直してはい終わり、ってすりゃ良いのに。」

 やはりというか、イアソンのひたむきな努力はリーナの関心を呼ぶどころか、呆れさせてしまう格好になった。
アレンは本人のために言わないでおこうと思う。そうでないとショックで落ち込んでしまいかねない。
 テーブルに食事が運ばれてきた頃になって、ようやくイアソンが食堂に入ってくる。あれから大体10ミムは身繕いに熱中していたことになる。
パーティー全員と食事が揃ったところで、一行は一斉に朝食を食べ始める。
内陸部育ち故に魚介類に慣れていないアレンとフィリアは、焼き魚を食べるのに四苦八苦してしまい、手馴れた様子で食べていたイアソンに魚の食べ方の
コツを教えてもらう羽目になった。
これから先、魚介類の料理も出てくるだろうから今のうちに慣れておくに越したことはない。
ドルフィンは魚を器用に食べていくが、リーナは少し嫌そうな表情で少しずつ食べている。

「リーナ。魚嫌いなの?」
「私は肉全般が嫌いなのよ。魚はそれほどでもないけど、やっぱりきついわ。」
「へー、そうなんだ・・・。」
「好き嫌い言ってたら大きくなれんぞ。」
「はーい。ドルフィン。魚の内臓と骨、より分けてよ。」
「やれやれ、しょうがないな・・・。」

 ドルフィンは少し呆れた様子で、それでも丁寧にリーナの焼き魚の肉の部分を内臓と骨から綺麗に分離してやる。
イアソンはこういう時こそ自分が、と思っていただけに、リーナの依頼先が自分でなかったことに少し落ち込みつつ、料理を食べている。
 30ミムほど後、どうにか朝食を食べ終えた一行は席を立ち、水場で歯を磨く。これも身繕いの一つであると同時に、一度やられると治療に時間と金が
やたらとかかる虫歯の予防に不可欠なのはこの世界でも同じである。
歯を磨き終えた一行は一旦それぞれの部屋に戻って荷物を持ち、出発の最終準備をする。
10ミムほどで、部屋に戻る前に集合場所と決めておいたカウンター前に全員が集合した。
ドルフィンが代表して宿代を払った後、ありがとうございました、の声に見送られて一行は宿を出る。
 これからすることは只一つ。改革派の僧侶に接触し、ラマンに入ることだ。
昨日の事前調査の結果、改革派は優秀な剣士を求めているらしいから、いざとなったらドルフィンの腕を見せればすんなり案内に応じてもらえるだろう。
一行は早くから賑わいを見せている通りを歩いて、改革派の僧侶を探す。
少しばかり通りを歩いたところで、一行は熱心な表情の群集に遭遇する。
群集は熱心に何かを聞き、時に歓声と拍手を上げる。
アレン、ドルフィン、イアソンの三人は、昨日の情報収集の過程でそれが改革派の僧侶の説法に耳を傾けている町民達だと察する。
 一行は群集の中に分け入って、中心部へ向かう。
中心部へ進むにつれて明瞭な声が聞こえて来る。話の内容から直ぐに改革派の僧侶の説法だと確認出来る。
どうにか一番前に出ることが出来た一行は、再び沸き起こった歓声と拍手が収まるのを待って、パーティーの代表権を持つアレンが説法中の僧侶に
話しかける。

「おはようございます。あの・・・改革派の僧侶の方ですよね?」
「おはようございます。勿論ですとも。私はラマン教の閉鎖性を打破するべく民衆にそのことを訴え、ラマン教を開かれたものにすべく活動しているのです。」

 昨日何度も聞いたような謳い文句を聞いたアレンは、早速話を持ち掛ける。

「貴方達は優秀な剣士を探しているそうですね。」
「はい。ラマン教指導部の多数を占める守旧派が神殿への入り口を封鎖している衛魔術を破るには、それを上回る剣士が必要なのです。」
「その役目、俺達が買って出ようかと思ってるんですけど・・・。」

 アレンの言葉に僧侶は勿論、群集も怪訝な表情をする。
いきなり見ず知らずの人間が自分達に協力しようと言い出してきて、はいどうも、とすんなり受け入れる方が珍しいから、これは致し方ない反応だ。
アレンは群集のざわめきを背にしながら、言葉を続ける。

「俺達は旅の者ですが、話を耳にするうちに貴方達改革派の主張に理があると判断しました。そこで、その手助けになりたいと思いまして・・・。」
「そうですか・・・。しかし、その腕を立証していただかないことには何とも・・・。」
「じゃあ、どうすれば信じてもらえますか?」
「そうですね・・・。私が召還する魔物を倒すことが出来たら、聖地ラマンへご案内しましょう。」
「分かりました。それじゃ代表者に代わりますので、少し待ってください。」

 アレンはそう言ってドルフィンに交代する。
ドルフィンは愛用の剣を左手に持った何時ものスタイルで前に進み出る。
飛ぶ鳥を落とすようなその鋭い視線に一瞬怯んだ僧侶は、気を取り直してドルフィンに尋ねる。

「貴方は、自分が優秀な剣士であることを立証出来るのですか?」
「前置きは良いから、とっとと魔物を召還してみせろ。」
「良いでしょう。聴衆の皆さん、安全のため下がってください。」

 聴衆がざわめきながら大きい空間を作った後、僧侶は言う。

「出でよ、アベルデーモン!」

 何と僧侶は、自分の職に相反する存在である悪魔を召還した。
これには群集は勿論、ドルフィンを除くアレン達も驚きの声を上げる。
犬の頭を持ち、真紅のローブを身に纏ったアベルデーモンに、僧侶はドルフィンを指差して命じる。

「アベルデーモン!その者を倒せ!ただし殺してはならんぞ!」
「仰せのとおりに。」

 アベルデーモンは主である僧侶の命令を受託すると、早速ドルフィンに向かって咆哮を上げ、鋭い爪を振りかさして襲いかかる。
だが、ドルフィンは表情を変えることなくアベルデーモンの攻撃を難なくかわす。
アベルデーモンは何度も吼えながらドルフィンに向けて、時に瞬間移動を交えて前後左右から爪を振り下ろすが、ドルフィンはあっさりかわして見せる。
勿論、アベルデーモンの動きはアレン達や群集にはもの凄いスピードに見える。
しかし、それを難なくかわして見せるドルフィンに、群集は次第に歓声や拍手を送り始める。
 1ミムほどアベルデーモンの攻撃をかわし続けたところで、ドルフィンは何と大きく欠伸をして見せる。
これには僧侶もアレン達も群集も驚きを隠せない。
あれだけ素早い連続攻撃をものともせず、欠伸すらして見せる余裕を見せるドルフィンの能力に驚嘆せずには居られない。
欠伸を終えたドルフィンは、その間も続いたアベルデーモンの攻撃をかわし、やれやれといった様子で言う。

「さて・・・。お遊びも飽きた。そろそろ反撃といくか。」

 ドルフィンはアベルデーモンの背後からの攻撃をさっとかわした次の瞬間、アベルデーモンの背に拳を叩きこむ。
その一撃で、アベルデーモンは胴体をぶち抜かれて鮮血と内臓を迸らせる8)
絶叫を上げるアベルデーモンから引き抜いたドルフィンの拳が一瞬消える。
次の瞬間、アベルデーモンの前進に幾重もの筋が走り、音もなくアベルデーモンがバラバラになってしまった。
血と肉片を地面にばら撒いたアベルデーモンは、霧が晴れるようにゆっくりと姿を消していく。
 沈黙に包まれたアレン達と群集は、我に返って大きな歓声と拍手を上げる。
僧侶は今まで見たことのないドルフィンの卓越した能力に呆然と立ち尽くすばかりだ。
ドルフィンは拳を振って鮮血を振り払うと、僧侶に向き直って言う。

「もっと強い奴はないのか?」

 その声でようやく我に返った僧侶は、驚きの表情で両手を胸の前で合わせて興奮を露にして言う。

「じ、実に素晴らしい!こんな素晴らしい腕前をお持ちの剣士の方は初めてお目にかかりました!今まで何をなさっていたのですか?」
「別に教える必要もないだろう。」
「そ、それはそうですね。」
「約束は守ってもらえるんだろうな?」

 ドルフィンが尋ねると、僧侶は何度も頷きながら興奮冷め遣らぬまま言う。

「勿論ですとも!いえ、是非とも聖地ラマンへお越し下さい!私がご案内いたします!」
「そうか。アベルデーモン程度で実力が証明出来たことになるなら、楽な話だ。」

 ドルフィンは小さく溜息を吐く。
実力を立証させるというくらいだからもっと強力な魔物を出してくるかと思っていたが期待外れだったらしい。
ドルフィンはアベルデーモンを召還出来るから勿論それを倒せるだけの力量は持っているのだが、拳で胴体をぶち抜くとは誰も予想していなかった。
あんな力が一般人に向けられたら、と思うと、アレン達や群集は背筋に冷たいものが流れるのを感じる。
僧侶も冷や汗が溢れるのを感じつつ、群集に向かって叫ぶ。

「皆さん!ラマン教開放のための力がここに証明されました!今回の説法はこれにて終了し、私はこの方々を聖地ラマンへご案内したいと思います!」

 僧侶の言葉に、群集から惜しみない拍手が送られる。
アレン達は自分達がアベルデーモンと戦うことになったら計画が水の泡になるところだったと思うと、ドルフィンが居ることを改めてありがたく思う。
 一行は四匹のドルゴに分譲して、緩やかな山道を疾走する。
先導する改革派の僧侶の後ろにドルフィン、リーナ、アレンとフィリア、そしてイアソンが続く。
遥か遠くに巨大な建築物が見えるのだが、なかなか辿り着く気配がない。
ドルゴを使っているとはいえ、この道を往復して説法を行っている僧侶達は余程信心深いのだろう。
建国の歴史上信仰心が希薄な傾向にあるレクス王国で生まれ育った、特にアレンはそれに素直に感嘆する。
 途中に緩いカーブを交えた山道を進むにつれて、ドルフィンを除くアレン達は多少息苦しさを感じ始めた。
眼下を観ると、町が霞んで見える。かなりの高地に来たので空気が薄くなってきたのだ。
それでも変化がゆっくりしたものであるため、アレン達は何とか身体を順応させながらドルゴを走らせる。
山道はドルゴが何とか行き交う程度の広さしかないし、両側は険しい崖があるから並んで走ることは出来ない。
そんな中、一行はそれぞれ今後の思いを巡らせる。
アレンは改革派の主張に確信を持ち、ドルフィンには遠く及ばないとしても、ザギが狙う剣の力を信じて衛魔術を破ろうと考えていた。
アレンから事情を聞いているフィリアは、今の状況をラマン教指導部の腐敗と考え、レクス王国の時同様それを打破しようと考えていた。
一方、ドルフィンから事情を聞いているリーナは、聖職者でありながら悪魔を召還した改革派の僧侶に疑問を感じていた。
イアソンも、浄化系魔術で倒して従えさせた可能性はあるとしても、悪魔を召還したことに疑問を感じずにはいられなかった。
ドルフィンは、前を走る僧侶が悪魔を召還したことと昨日までに収集した情報を踏まえて、やはり何か裏があるのでは、と考えていた。

 町が遥か遠くに霞んで殆ど見えなくなったところになって、ようやく巨大な建造物が全容を現し始めた。
朱色と黒が配色された巨大な門と壁、その奥に見える高い塔。
ドルフィンを除く一行は、ようやく目的地が手に届くところまで来たことで表情を明るくする。
聖地ラマンはもう目の前まで迫っている。
 巨大な門を間近にしたところで、一行を先導していた僧侶がドルゴを停止させる。一行もドルゴを止めて足に地面をつける。
初めて訪れた異教の聖地、それも今まで見たこともない巨大な建造物を目の当たりにして、ドルフィンを除くアレン達は思わず感嘆の声を上げる。

「凄いなぁー。こんな巨大な建物、初めて見た。」
「あたしも。キャミール教の教会が積み木に見えるわ。」
「へえ・・・。なかなか大したもんじゃないの。」
「噂には聞いていたが、これほどのものとはね・・・。」

 ドルフィンを除いて物珍しそうに建造物に目をやる一行に、先導してきた僧侶が言う。

「長らくお疲れ様でした。これよりラマンへお入りいただきます。」
「ちょっと待った。確かラマンに入れるのは・・・。」
「はい、従来はラマン教に入信を希望するもののみでした。しかし現在では一般の皆様のご入場も可能です。」

 イアソンが言い出したところで、僧侶は先を読んだように回答する。
これまでの戒律が現実に通用しなくなっているということは、改革派の勢力はもはや所謂守旧派では抑え切れないところにまで達しているようだ。

「ではご案内します。」

 一行は僧侶に案内されて巨大な正門の隅にある小さなドアの前に来る。
一行を先導してきた僧侶がドアの脇に居た僧侶に何やら言うと、その僧侶は驚いた様子で一行を見る。
アベルデーモンを一蹴したドルフィンの能力を聞いて驚いたのだろう。
そんなやり取りの後、一行を先導してきた僧侶がドアを開けて中に入る。
一行はラマン教の戒律にしたがって、順にドルフィン、イアソン、アレン、フィリア、リーナの順でドアを潜る。
 一行を待ち受けていたのは、巨大な建造物の数々だった。
入る前から見えていた高い塔の他に、林立するやはり朱色と黒が配色された建造物、そしてその中で一際目立つ、複雑な造りをした巨大な建造物。
あれが秘法の隠し場所へ繋がる神殿だろう。
ドルフィンは一瞥しただけだが、他の面々はより一層驚いた表情で周囲を見回している。
ラマンの町の建造物とは比較にならない巨大な建造物の数々に、思わず見入っているのだろう。

「それでは、皆様を我らが代表の元へご案内いたします。」
「代表?」
「ラマン教の真の改革者の名が相応しい高僧、ミディアス・ライオ様です。われら改革派の代表として、守旧派が牛耳る指導部内で精力的に活動して
おられます。さ、こちらへ・・・。」

 一行は僧侶の案内で、正面向いて右側の巨大な建物の中へ案内される。
途中、何人もの僧侶と顔を合わせながら階段を3階まで上り、金を主体に豪華に装飾された台座とその上に乗った椅子に腰掛けた、長い顎鬚を蓄えた
人物と向かい合う。この人物がミディアス・ライオなる人物らしい。

「ライオ様。本日素晴らしい能力を有される剣士の方をお連れしました。」
「ほほう・・・。」

 ミディアスは顎鬚を撫でながら、一行の中で最も目立つドルフィンと視線を合わせる。
ドルフィンは何ら臆することなく、ミディアスと視線を合わせる。
少し緊迫した時間が流れた後、ミディアスはふむ、と感心した様子で椅子に座り直して口を開く。

「成る程・・・。相当腕の立つ方とお見受けした。剣士殿、ようこそ聖地ラマンへ。当方、ミディアス・ラマンと申す。」
「ドルフィン・アルフレッドだ。」
「ドルフィン殿。話は僧侶から伺っておることと思うが、念のため申し上げる。我がラマン教はその閉鎖的体質により内部から腐敗し、もはや指導部は
自分達の権威を守るための存在に成り下がっておる。この現状を打破し、ラマン教を開かれたものにすることが我ら改革派の使命であると考える。」
「・・・。」
「ドルフィン殿。是非とも守旧派が衛魔術でもって封じてある、秘宝へ通じる洞窟の入り口を開けてもらいたい。」
「何故ラマン教の開放と秘宝が関係ある?」

 ドルフィンが発した単刀直入な疑問にミディアスは一瞬言葉を失うが、直ぐに顎鬚を撫でて答える。

「秘宝はラマン教の教えの中核をなすもの。これを一般に公開せずしてラマン教の開放はあり得ない。」
「ほう・・・。」
「どうやらあまり信用されていない様子。まあ、いきなりでは無理もあるまい。暫く我ら改革派から話を聞いたりしてから行動に踏み切っていただいても
決して遅くはない。改革は常に性急でなくてはならないということはない。しかし、暢気にしていられないのもまた事実。心されたい。」
「分かった。」
「皆さんを部屋へご案内なさい。長旅と高地への来訪で疲れているだろう。」
「承知いたしました。では皆様、こちらへどうぞ。」

 一行は先導してきた僧侶の案内にしたがって階段を1階まで降り、廊下を暫く進んだ突き当たりにある二つの部屋へ案内される。

「こちらになります。それぞれ寝床は3つずつありますから、不足はない筈。食事は定時にお部屋へお運びいたします。」
「分かりました。」

 アレンが応える。一行の行動の決定権はアレンにあるため、ドルフィンは無言のままでいる。

「敷地内は自由にご散策いただいて構いません。しかし、守旧派の言うことに耳を貸さないようにご注意願います。彼らは貴方達の入地を知って自分達の
仲間に引き込もうと狙ってくる筈。決して油断されることのないよう・・・。特に神殿周辺はご注意願います。」
「分かりました。」
「それでは、おくつろぎ下さい。何か御用がありましたらその辺の僧侶に遠慮なく申し付けて下さい。」
「どうもありがとうございます。」
「それでは、失礼いたします。」

 僧侶が立ち去った後、一行は男性女性に分かれて部屋に入る。
アレンとドルフィン以外の三人にはそれぞれの思惑があるのだが、場所が場所だけにそれを口にするのは流石に憚られるものがある。
ドルフィン以外の一行は荷物を下ろすと、まだ慣れ切っていない高地の空気に馴染もうと部屋を出て行く。
ドルフィンは一人、椅子に座って腕と足を組んで何か考えている様子だ。
 同じ頃、神殿内部では、数人の僧侶が水晶玉を食い入るように見詰めていた。
その表情は一様に険しい。来るべき時が来たか、という様子だ。
彼らは改革派が言うところの守旧派に属するラマン教指導部の高僧達である。

「・・・奴らはとうとう剣士をつれて来たようだ。その中の一人は相当腕が立つ者のようだ。」
「このままでは、秘宝への洞窟の入り口を塞いでいる衛魔術が破られてしまう。そうなったら破滅だ。」
「配下の僧侶達に伝えよう。彼らに接触し、何としても改革派の思惑に乗らないよう説得するのだ。」
「では早急に・・・。」

 高僧達は立ち上がると、少し後ろで控えていた僧侶達に伝言する。その僧侶達は伝言を受けると急ぎ足で階下へ消える。
反改革派は水晶玉を通して一行が入地する一部始終を監視していたのだ。
改革派と反改革派はそれぞれ動き始めた・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

7)水場:洗面所の集合体のこと。上下水道の設備がないから、洗顔や歯磨きはそういう場所でする。

8)その一撃で、アベルデーモンは・・・:アベルデーモンにダメージを与えるには魔力の篭った武器が必要だが、ドルフィンのような魔道剣士は肉体に魔力を
込めることで魔力の篭った武器と同じ効果を発揮させることが出来る。


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