Saint Guardians

Scene 3 Act 4-1 対決-Confrontation- 剣士達の生還、敵本陣への突入

written by Moonstone

「・・・レン、アレン。」

 アレンの視界が広がっていくにつれて、フィリアの笑顔がはっきり見えるようになってくる。

「良かった!気がついたのね?熱もすっかり下がったし、もう安心ね!」
「・・・此処は?」
「前線基地に作られたバンガローよ。アレン、2日も眠りっぱなしだったんだから!」

 フィリアは溢れてくる涙を何度も手で拭いながら、嬉しそうに言う。
アレンが目覚めた場所は10メール四方の木々を組み合わせて作られたバンガローの中にある、これまた木を組み合わせて作られたベッドの上で、他の
ベッドでは解放された囚人達の中で重傷を負った者が治療を受けている。

「前線基地ってことは・・・助かったんだな、俺。」
「そうよ。『赤い狼』の支援部隊とあいつ、リーナに連れられてこの前線基地に運び込まれてきたのよ。」
「!そう言えばイアソンは?!イアソンはどうした?!」
「イアソンならけろっとしてるわよ。イアソンと潜入部隊や支援部隊が囚人達を連れて来る前に、アレンは支援部隊の一部にリーナの奴と一緒に連れて
来られたのよ。」
「そうか・・・無事だったんだな、イアソン・・・。」
「イアソンも心配してるわよ。そうそう、イアソンに伝えてくるね。」

 フィリアは如何にも嬉しいという表情で立ち上がり、外へ出て行く。
少しして、バンガローのドアが開き、フィリアとイアソンが入ってくる。アレンは上体を起こして−ハーフプレートは取り外されて裸である−安堵と嬉しさが
入り混じった表情でイアソンを出迎える。対するイアソンも、柔らかい笑みを浮かべている。

「アレン。気が付いたんだね。此処に辿り着いたら君が意識不明で寝かされてるって聞いたもんだから、びっくりしたよ。何にせよ、無事で良かった。」
「イアソンの方こそ・・・。俺がリーナを連れて脱出する時に、身体張ってくれたから・・・。」
「重装備といえども訓練されてない兵士達を倒すのは簡単さ。そうでなかったら、『赤い狼』の中央本部の一幹部なんて勤まらないって。それより・・・彼女、
リーナから聞いたよ。彼女を地面に直撃させないようにする為に足を折って、追っ手の攻撃から身体張って守ったってね。悪条件の中でよくやったね。
大したもんだよ。」
「リーナを救出するのが・・・俺達の任務だったからね。でも・・・俺が追っ手の魔法攻撃を浴びて気を失った後、どうなったんだろう?」
「彼女の話じゃ、距離を詰めたところで召還魔術を使って撃退したそうだよ。」
「そう・・・。肝心なところで守る側が守られたんだね・・・。」
「気に病むことはないさ。君は急性の熱病で身体が満足に動かなかった上に魔法の直撃を食らったって言うじゃないか。それより彼女を無事救出したことを
誇りに思うべきだよ。」
「そう・・・かな。」
「そうだって。全然気に病む必要はないさ。」

 リーナを救出して無事に連れ帰るという任務が中途半端に終わって気落ちしたアレンを、イアソンが元気付ける。アレンの逃避行が、右足骨折の上に
完全に気絶していたリーナを抱えてのものだったこと、リーナが意識を回復した後では急性の熱病でまともに歩くことさえ出来なかったこと、追っ手から
リーナを守る為に魔法の直撃を食らったことを考えれば、リーナを伴ってのアレンの生還はむしろ奇跡的だと言って良いだろう。

「ところでイアソン。作戦そのものはどうだったの?」

 気を取り直したアレンが尋ねると、イアソンは首を縦に振って言う。

「ほぼ完璧に成功したよ。洞窟を抜ける時にホワイト・リザードなんかの襲撃を食らって、数人の囚人が犠牲になってしまったけど、丸腰の上に重傷で
身動きが取れない者も居た囚人約300人を10数名の潜入部隊で完璧に防衛するのは、こう言っちゃ何だけど無理がある。我々『赤い狼』の個々の戦闘能力は
それ程高くないしね・・・。」
「そう・・・。」
「比較的元気な囚人は重傷者の傷の手当や、前線基地防衛に加わってもらっている。昨日の夜、北進コースの部隊からの連絡があってね。北進コースは
ドルフィン殿を先頭に敵兵力を大幅に削減しながらゆっくり北上を続けているということだ。恐らくナルビアに到着するまでには、敵の兵力はもはや
ナルビア駐留のものしかなくなるだろう。作戦は順調に進んでいると言って間違いない。」
「ドルフィンの力なら、鎧を着てても紙の代わりにもならないだろうからね。」
「いやはや、ドルフィン殿といい、君やフィリアといい、戦闘能力には目を見張るものがあるよ。フィリアも俺達が出撃している間、完璧にこの前線基地を
防衛してくれたと言うことだし・・・。全く恐れ入るよ。」
「一応あたしはPhantasmistだからね。そこら辺の魔物や追い剥ぎくらい入れなくするくらいの結界は張れるわよ。」
「Phantasmistクラスの称号を持つ者は我々『赤い狼』の中でも稀少な存在だ。今回の作戦では代表の計らいでこちらに殆どの魔術師戦力を割いて
もらったのもあるが・・・、やっぱりPhantasmistクラスの魔術師の存在は貴重だよ。」

 三人が談笑していると、キイ・・・という音を立てながらゆっくりとドアが開く。三人がドアの方を見ると、髪をポニーテールに戻したリーナが立っていた。
リーナはアレンから借りた上着ではなく、一般市民と同じような服を着ている。多分『赤い狼』の女性構成員のものを借りたのだろう。かなり大きめらしく、
袖や裾を何回か捲り上げている。
 リーナは無表情のまま、つかつかと三人のところに歩み寄って来る。フィリアはもはや本能的にと言って良い速さで警戒体制に入り、アレンも緊張で
身を固くする。あたし一人ろくに守れなくて好い気なもんね、とでも嫌味を言いに来たのかと思ったからだ。だが、二人の予想に反して、リーナは落ち着いた
口調で言う。

「イアソン。それに・・・フィリア。ちょっとアレンと二人だけにさせてもらえない?」
「え?」
「アレンに話があるから。」

 フィリアは、リーナがアレンに助けてもらったにも関わらず嫌味でも言いに来たのではないかと訝るが、此処で口論を始めて以前のように派手な
取っ組み合いの喧嘩に発展させてはアレンには勿論、他の怪我人にも迷惑になると思い、無言で席を立って外へ出て行く。イアソンがフィリアに続いて
外へ出てドアが閉まったところで、リーナはフィリアが座っていた椅子に腰を下ろす。

「・・・具合はどう?」

 リーナが放った予想外の第一声にアレンは一瞬戸惑うが、直ぐに我に帰って答える。

「もう大丈夫だよ。それより・・・ありがとう。助けてくれて。」
「あたしもアレンに助けてもらったんだから礼なんて要らないわ。これで貸し借りなしよ。」
「分かってるって。互いに助け合ったんだから、妙な貸し借りの意識なんて持つ必要はないさ。」
「あんたはフィリアの奴と違って随分物分りが良いわね。助けてやった恩を忘れたか、なんて口にしたら、レイシャーで頭をぶち抜いてやろうかと思ったけど。」
「はは・・・。何て言うか、相変わらず過激だね。」

 苦笑いするアレンに、リーナは少し表情を曇らせて−本当に微妙な変化だが−尋ねる。

「アレン。あんた・・・私を庇って魔法の直撃を食らってから今日目を覚ますまでに何があったか、憶えてる?」
「いや、全然・・・。完全に意識を無くしていたから。君が追っ手と距離を詰めたところで召還魔術を使って撃退して、支援部隊の人に此処に運んで
もらったって、フィリアとイアソンから聞いたけど・・・。」
「そう・・・。なら良いわ。」
「え?どういうこと?」
「憶えてないならそれで良いってこと。それだけよ。」

 リーナは意味深で謎めいた言葉を残して席を立ち、一度もアレンの方を振り返ることなく外へ出て行った。アレンが首を傾げていると、リーナと
入れ替わりでフィリアとイアソンが再び中に入って来た。

「アレン、あいつに何か変なこと言われながった?!」
「いや、別にこれといって・・・。」

 アレンは最後の方のやり取りは言わない方が良いと思い、あえて伏せておくことにした。

「そう。アレンに助けてもらったくせに嫌味でも言おうものなら、イクスプロージョンでふっ飛ばしてやろうと思ったんだけど。」
「フィリアも・・・相変わらず過激だね。」

 リーナ同様過激なことを言うフィリアに、アレンは苦笑いする。そんなアレンとフィリアのやり取りを見ていたイアソンが、二人の会話の合間を見計らって
二人に告げる。

「二人共、聞いてくれ。今日一日は充分休んでてくれ。明日の早朝、俺の直轄の情報部第一小隊と機動部第一、第二小隊でナルビアへ向かう。二人には
それに同行してもらう。障害物になりそうなものは特にないから1日ドルゴで飛ばせば到着するだろう。そこでドルフィン殿が居る北進コースと合流して
一気に敵本陣を叩く。そういう作戦だ。」
「ヤマ場ってわけだね。」
「そういうこと。だから二人は体力を充分回復させておいて欲しい。病み上がりのアレンは特にね。」
「分かった。」
「囚人の人達はどうするの?」
「囚人はこの前線基地で重傷者の治療を引き続き行い、ある程度回復したところで残りの部隊の護衛でミルマへ向かってもらう。その旨はミルマ支部に
連絡済だし、傷の手当ては聖職者の方が効率が良いだろう。他に何か聞きたいことは?」
「いや、もうない。」
「同じく。」
「それじゃ、俺は前線基地防衛部隊の様子を見に行くから、ゆっくり休んでてくれ。」

 イアソンは手を小さく振って早足で外へ出て行く。潜入コースの指揮官ということで、あらゆる方面の状況把握が必要なのだろう。そんな多忙な中で
時間を割いて自分の安否を窺いに来て、状況説明や今後の計画について分かりやすく話したイアソンの心遣いに、アレンは心の中で深く礼を言う。
 ドアが閉まった後、フィリアは椅子に腰を下ろす。その表情は何時になく柔和で、アレンはそれを見ているだけで心が安らぐ感じがする。フィリアは
アレンの両肩に手を置いて軽く押す。横になれという意味だと察したアレンは素直に横になる。アレンが横になったところで、フィリアは静かな口調で
話し始める。

「約束・・・守ってくれたわね。」
「約束って・・・、ああ、必ず帰って来るってことだったね。中途半端な形になっちゃったけど・・・。」
「でも、約束を守ってくれたことには変わりないわ。・・・ありがとう、アレン。」
「礼なんて言われるほど大したことしてないよ。」
「でも、アレンは・・・ちょっと複雑な気分だけど、重要人物の一人とされていたリーナの奴を助け出して、悪条件の中で懸命に逃げて、これもやっぱり複雑な
気分だけど・・・追っ手の魔法からリーナの奴を身を挺して守った・・・。何だかんだ言っても、やっぱりアレンは一人の立派な男の剣士よ。小さい頃、一緒に
遊んだことが遠い昔のように思えるわ・・・。あの頃はあたしや友達以上に女の子っぽかったアレンが、何時の間にか逞しい剣士に成長してたなんて・・・。
何だか、アレンが遠い存在になっちゃったみたい。」
「俺は・・・何時になってもフィリアの幼馴染だよ。フィリアよりちょっと背が高くなって、声は低くなったけど・・・、フィリアとの関係は今までと何も
変わってないつもりだよ。」
「そういうアレンの優しいところは、ちっとも変わってないわね・・・。ちょっと・・・安心した。」

 そう言ったところで、フィリアは何かを思い出したような表情を浮かべて手をぽんと叩く。そして先程までのしんみりした表情とは打って変わって、
悪戯っぽい笑みを浮かべた小悪魔のそれになる。
 突然の変貌ぶりに、アレンは緊張と警戒感で身を固くする。こういう表情をした時のフィリアは、大抵ろくでもないこと−フィリアにとってはアレンへの
アプローチのつもりなのだが−を思いついて、それを実行に移す気構えで居るからだ。

「約束の中に・・・アレンが無事に帰って来たら、あたしがキスのお返しをするってことも含まれてたわよね?」
「そ・・・そうだっけ?」
「人の頬にキスしておいて忘れたなんて言わせないわよ。さて・・・。アレンの生還を祝してお帰りなさいのキスを・・・。」

 フィリアがアレンの頬を捉えようと両手を差し出し始めた時、アレンは咄嗟にそれを制止する。

「ちょ、ちょっと待った!キスは頬にするんだったよな?!これは憶えてるぞ。」
「さっきはそんな約束あったっけ、みたいにとぼけたくせに・・・。ま、良いわ。さ、アレン。目を閉じて。」
「わ、分かったよ・・・。言っとくけど、頬にだからな。」
「はいはい。分かってますよ。」

 フィリアはちょっとむくれるが、直ぐに気を取り直してアレンの両肩に手を伸ばして軽く押さえつける。

「ほらほら。目を閉じて。ムードが成立しないでしょ?」
「はいはい。」

 アレンが目を閉じると、次の瞬間、唇に柔らかくて温かい感触を感じる。まさか、と思ってアレンが目を開けると、目を閉じたフィリアが自分に
覆い被さるように接近しているのが見える。アレンはいきなりの、そして初めてのことに頭が混乱してどうしようもない。
 暫くしてフィリアがゆっくりとアレンとの距離を開ける。アレンは只呆然とフィリアの方を見ている。フィリアは満足げな表情で舌先を出して唇を舐める。
その仕草が妙に艶かしい。

「フィ、フィリア・・・。」
「御免ねえ、アレン。頬にするつもりがうっかりしてたもんだから方向がずれちゃった。」
「・・・嘘ばっかり。」

 あまりにも白々しいフィリアの言い訳に、アレンはそれだけ言うのが精一杯だ。

「ま、事故ではあったけど、アレンのファーストキスはあたしが貰っちゃったことになるわね。ご馳走様。」
「何が事故だよ・・・。分かっててしたくせに・・・。」
「じゃあ、あたしはちょっと外の様子見てくるから。一応前線基地防衛部隊の一員だし。」

 フィリアはそう言って席を立ち、跳ねるような軽い足取りで外へ出て行く。上体を起こして溜息を吐くアレンに、周囲から声がかかる。
このバンガローに居るのはアレンだけではない。重傷を負った囚人やその介護に当たる『赤い狼』の面々が居る。彼らはアレンとフィリアのやり取りで
「キス」という単語が出たことで、密かに成り行きを注視していたのだ。

「いやあ、お熱いところを見せてもらったよ。」
「ファーストキス、おめでとう。良いねえ、若いってことは。」
「なかなか・・・見せ付けてくれましたね。見てる方が照れくさかったですよ。」
「い、いや、さ、さっきのはフィリアが・・・。」
「幼馴染から恋人同士ですか。なかなか羨ましいことですな。」
「ええ、全く。」
「この部屋の空気が一気に熱くなったような気がしますね。」
「多分、気のせいじゃないですよ。」
「あ、あの・・・。」

 アレンがどう言い訳しようとしても、「ギャラリー」は耳を貸しそうにない。一瞬の隙を突いたファーストキスの強奪に、アレンはフィリアに心の中で恨み節を
言うしかなかった…。
 翌朝、日が昇り始め空が黄金色に染まる中、前線基地からドルゴに乗った集団が国王勢力の最後の砦、ナルビアへ向けて出発した。総勢約100名。
その中には勿論、アレンが操縦するドルゴとその後ろに乗るフィリアが居る。囚人と共にミルマに戻るかと思われたリーナも志願して、自らドルゴを
操縦して一行に同行している。昨日の作戦で救出出来なかった父さんを今度こそ救出する。アレンの心は、国王勢力によって引き離された父ジルムを
救出することでいっぱいだ。
 同時に解明したい謎がある。何故国王勢力は自分が持つ剣を狙うのか。何故リーナを拉致したのか。そして国王の背後に居るという黒幕の狙いは
何なのか。これらはナルビアへ突入し、国王と黒幕から聞き出すしかないだろう。
 アレンはちらりと腰にぶら下げた剣を見る。
ドルフィンは以前、この剣と黒幕、そしてクルーシァが一本の線で繋がっている可能性があると言った。父さんはこの剣を何処で手に入れたのか。そして
黒幕やクルーシァとどういう関係があるのか。アレンは増殖を続ける謎を解明するべく、一刻も早くナルビアへ突入したいと思う。
 一行はイアソン率いる情報部第一小隊を先頭に、その後ろの両脇に機動部第一、第二小隊が位置し、それに挟まれる形でアレンとフィリア、それにリーナが
居る。国王勢力に拉致されたリーナは勿論、国王の勅命で攫われた父を持つアレンも重要人物として、不測の事態に備えて厳重な警備体制を敷いて
いるのだ。リーナはあの姿になってさっさとナルビアへ突入して、自分を散々な目に遭わせた国王勢力を叩きのめしたいところだが、あの姿を敵以外の
人間に見られたくないという思いがあり、長い黒髪をポニーテールに纏めた何時ものスタイルで居る。
 一行は全速力でドルゴを走らせながら食事を摂り、休むことなくナルビアへ向かう。ドルフィンが居る北進コースは敵を徐々にナルビアへ追い込んで
いると言う。ならば早々に北進コースと合流して敵本陣を叩き、国王と黒幕を拘束し、ジルムを救出しなければならない。一行ははやる気持ちを
抑えきれないとばかりに、ドルゴを全速力で走らせる。

 日が西にかなり傾いてきた頃、前方から魔法反応が微かに感じられるようになってきた。よく見ると、青い巨大な物体が宙に浮きながら何かを地上目掛けて
放射している。

「あれは・・・ブルードラゴン22)か?」
「ブ、ブルードラゴン?!イアソンさん。そんな強力な魔物を召還出来るなんて・・・。」
「ドルフィン殿以外考えられんな。まったく我々はとんでもない人と共闘を締結したものだ・・・。」

 イアソンは生唾を飲む。間違ってドルフィンを敵に回していたら、『赤い狼』などひとたまりもなかっただろう。ドルフィンと共闘関係を締結出来たことに
安堵すると共に、当初『赤い狼』との共闘締結を拒否していたドルフィンを共闘締結へと動かしたアレンに感謝せずにはいられない。
一行は勝利を確信しつつ、ナルビアへ向けてドルゴを走らせる。敵本陣はもうすぐそこだ。
 同じ頃、ナルビア近辺では悲鳴と空気を引き裂くような激しい雷鳴が絶え間なく響いていた。ドルフィンは目の前で繰り広げられる惨劇を無表情で
見ながら、ドルゴをゆっくり前へ進める。

「に、逃げろ!!あの雷に当たったら即死は免れんぞ!!」

バリバリ、ズガーン!!

「うぎゃーっ!!」
「何て奴だ!!ブルードラゴンまで召還出来るとは!!」
「そ、総員退却!!ナルビアへ何としても逃げ込め!!」

 ブルードラゴンの凄まじい攻撃に顔面を蒼白にしているのはランブシャー長官を筆頭とする国家特別警察だけではない。ドルフィンの背後に居る
−ドルフィンがそう指示した−『赤い狼』の面々も同じだ。サラマンダーはおろかブルードラゴンという、並の人間では一瞬で消し炭にされてしまう威力を
持つ雷を吐く魔物すら従えているドルフィンの力は、その白兵戦でのもの凄い戦闘能力と共に北進コースの『赤い狼』の軍勢など必要ないといわんばかりの
ものだ。
 エルスとバードの町を袋叩きにしていた国家特別警察の戦力をいとも簡単にどんどん減らしていくドルフィンの力を目の当たりにして、北進コース隊長の
バルジェは驚きと恐怖で声も出ない。ドルフィンが命じたとおりに国家特別警察の軍勢をじわじわナルビアへ追い詰めていくブルードラゴンの後をゆっくり
ついていくだけで済むのは、味方から死傷者を出さずに済む点ではありがたいことに違いないが、国家特別警察とは勿論、『赤い狼』とのあまりもの
戦力差をこれでもか、というほど見せ付けられて冷や汗が流れるばかりだ。これがもし会議の席上で自分に向けられていたら、と思うと、自分の軽率さと
ドルフィンの力に疑念を持ったことを無謀だったと思うしかない。

「そろそろ良いだろう。ブルードラゴン!攻撃を停止して我が元へ戻れ!」
「承知しました。」

 ナルビアが目前に迫ったところで、ドルフィンはブルードラゴンに命じて自分の元に戻らせる。ブルードラゴンが一転して大人しくなってドルフィンに
頭を下げると、ドルフィンは頭に書かれた「D」の血文字に手を翳す。ブルードラゴンは空気に溶け込むかのように消えてしまった。
ドルフィンは後ろを振り向き、バルジェに言う。

「これで国家特別警察の戦力はおよそ1/10になった。これからどうする?」
「せ、潜入コースの一部が合流するのを待って、ナルビア市街へ突入しようかと思います。」
「そうか。じゃあちょっと一休み、ってところだな。」
「え?」
「左を見てみな。見覚えのある軍勢が迫って来るだろ?」

 バルジェが左側、つまり西の方を見ると、ドルゴに乗った軍勢が接近してくるのが目に入る。勿論その軍勢はアレン、フィリア、そしてリーナを交えた
潜入コースの一部である。

「た、確かに・・・。」
「バルジェ隊長!正門が閉じられます!」

 『赤い狼』の構成員の一人が正門を指差す。高さ10メールはあろう鉄製のドアがゆっくり閉じられていく。それと時を同じくして城壁の方から火の玉や
光の弾丸、雷が無数に飛び出して一行に突っ込んでくる。だが、ドルフィンが左手を上に翳すことで出来た巨大な半透明の結界が、あっさりそれを打ち消す。

「ちゃちな魔法だ。あれで迎撃のつもりか?」
「巨大な魔法反応が複数感じられます!」
「放っておけ。」

 ドルフィンが短く言い放った直後、結界の表面で次々と爆発が発生する。イクスプロージョンを使ったのだろう。だが、Illusionistの称号を持つド
ルフィンの結界の前では、イクスプロージョンなど爆竹に等しい。やがて正門の鉄製のドアが轟音と共に完全に閉ざされ、結界の表面ではある程度の間隔を
置きながら爆発が断続的に発生する。だが、それらは結界を破壊するどころか結界を震わせることすら出来ない。魔力の差は圧倒的だ。
 約50ミム後、イアソンを先頭にした一行が到着する。イアソンはドルゴを停止させて開口一番宣告する。

「バルジェ隊長!情報部第一小隊、機動部第一、第二小隊、只今到着!」
「イアソン隊長。確かに確認した。」
「危険です!巨大な魔法反応が感じられます!」
「そんなもの、こうすりゃ良いだけの話だ。」

 ドルフィンが左手を横に動かすと、結界がイアソン率いる一団の周囲に拡大される。その直後に爆発が次々と発生するが、結界はびくともしない。

「イアソン隊長、首尾は?」
「囚人並びに同士の救出はほぼ完璧に成功。ただ、アレンの父上はそのときの事情で救出出来なかった。」
「アルフォン家令嬢は?」
「アレンが救出してくれた。今は我が隊に同行している。」

 アレンとフィリア、そしてリーナがドルゴから下りて、ドルフィンの元へ駆け寄る。三人の表情は、頼りになるの一言に尽きるドルフィンと再会できた
喜びに溢れている。とりわけリーナは、ドルフィンと再開できたことが余程嬉しいらしく、目に涙を浮かべている。ドルフィンは優しい笑みを浮かべて
三人を迎える。

「よく無事だったな。」
「何とかね・・・。」
「再会出来て嬉しく思います。」
「ドルフィン・・・。会いたかった・・・。」

 四人が再会を喜び合っているところに、バルジェが恐る恐る口を入れる。

「すみませんが・・・今はナルビア攻略を優先してください。」
「そうだな。三人共、元の場所に戻るんだ。祝杯はことが済んでからだ。」
「分かった。」
「分かりました。」
「ドルフィン。また後でね。」

 三人が身を翻してそれぞれのドルゴに戻っていくところを見ながらドルゴを降り、結界の直ぐ傍まで来て剣を置き、両手の人差し指と中指を胸の前で
交差させる。地面の彼方此方が盛り上がり、数十もの巨大な土の筒状の物体に変化していく。驚きの声があがる中、ドルフィンが呟く。

「ミサイル。」

 それを合図に、土で出来たミサイルが土煙を上げて一斉に飛び出し、城壁へ向けて突進していく。程なくして城壁の彼方此方が爆発に包まれ、爆発が
消えた後には瓦礫の山しか残っていなかった。

「ハエは邪魔だ。消えてもらう。」
「ド、ドルフィン殿・・・。容赦なしですな。」
「言った筈だ。戦争は所詮殺し合いだとな。味方から死人を出したくなけりゃ、禍根は根こそぎ断って当然だ。」
「では、あの鉄扉は・・・。」
「簡単だ。」

 ドルフィンは剣を再び手にとると、右手を鉄扉に向けて呟く。

「イクスプロージョン。」

 その直後、鉄扉が大爆発に包まれる。鉄扉が跡形もなく吹っ飛び、爆炎の隙間からはナルビア市街が垣間見える。ドルフィンはしんと静まり返った中、
ドルゴに跨ってバルジェに尋ねる。

「さ、これからどうする?」
「・・・こ、これよりナルビアに突入して敵勢力を壊滅させる!国王一族や貴族連中は尋問の必要があるため、身柄を拘束しろ!」
「「「はい!」」」
「全軍出撃!!」
「我々も続くぞ!」
「「「はい!」」」

 ドルフィンが結界を解くと、機動部隊が先頭になって『赤い狼』が続々とナルビアへ突入する。アレンはフィリアに結界を張らせ、自らもアーシルを
召還して防御体制を整えて、ナルビアへ突入する。いよいよ国王勢力と『赤い狼』プラスアレン達の決戦が幕を開けた・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

22)ブルードラゴン:ドラゴンの一種で雷の属性を持つ。空を飛びながら敵に向けて口から数十万ボルトの雷を吐き出す。ドラゴンの類に漏れず
通常の攻撃力、防御力、魔法防御力は非常に高く、並の人間ではまったく歯が立たない。


Scene3 Act3-4へ戻る
-Return Scene3 Act3-4-
Scene3 Act4-2へ進む
-Go to Scene3 Act4-2-
第1創作グループへ戻る
-Return Novels Group 1-
PAC Entrance Hallへ戻る
-Return PAC Entrance Hall-