Saint Guardians

Scene 2 Act 3-2 遺言-Will- 創造主の手を離れしもの

written by Moonstone

 アレンは手綱を強く叩く。ドルゴが動き始めると、それまで一糸乱れぬ行動をとっていた金属の骸骨の一部が突然、近くの金属の骸骨に殴り掛かったり、
構えていた筒をあらぬ方向に向けたりと「裏切り」に走り始めた。
突然の「裏切り」勃発で金属の骸骨の攻撃はかなり弱まる。侵入者であるアレン達への攻撃より、まずはその邪魔になる裏切り者を抑えようと躍起になって
いるようだ。
 アレンはその隙を突いてドルゴを全力疾走させる。フィリアはエルシーアを連発し、リーナはレイシャーを連続で召喚して、混乱する金属の骸骨の軍団に
先制攻撃を仕掛ける。同士討ちで混乱していた金属の骸骨は、ドルゴに跳ね飛ばされて壁や天井に激突するかガラスを突き破って外の闇の中に消えたり、
光弾や光線に頭や胴体を射抜かれたりして、大きくその数を減らしていく。

「次の角を曲がって下さい。」

 一行の上に浮かぶ球体が指示を出す。アレンは指示通りにドルゴを動かして角を曲がり、階段を滑り降りる。
金属の骸骨は相変わらずしつこく追って来るものの、その数はマークスと出会ったあの部屋への行程よりは目に見えて少ない。マークスの『主』に対する
妨害工作は確かな効果を見せている。

「侵入者は管制を離脱したピーキング・アイの先導を受けて、1階を進行中!直ちに追撃、これを阻止せよ!」

 無機質な声は表面上は冷静に聞こえるが、内容からは『主』にとっての事態の深刻さを窺い知れる。
もっとも言葉の意味するものは、アレンとフィリアには全く分からないのであるが、自分の命令に整然と従う筈の物が公然と管制を離脱したのだから、
人間ならそれなりに動揺し、対策を講じるだろう。『主』は姿こそ奇怪だが、人間と同様に造られているのだから。
 球体の指示で廊下を進み、角を曲がること数回、下へ向かう階段が見えてきた。

「警告!侵入者は地下への階段へ急速接近中!非常シャッター閉鎖!」

 無機質な声の指示で、地下へ通じる階段が分厚い白銀色のシャッターで閉じられようとしている。

「どうあっても行かせないつもりね。」
「問答無用!ふっ飛ばす!」

 リーナは言うと同時に、身体を横に傾けてレイシャーをシャッターに向けて発射する。
光線が廊下を驀進し、半分ほど閉じたシャッターを直撃する。激しい爆発音と破片が散乱し、シャッターは見るも無残に大穴を開ける。それでも尚、
閉じようと動いているのが何故か哀れに感じられる。

「その階段を降りて、次の角を左に曲がって下さい。」

 球体が新たな指示を出す。アレンは後ろから足音を響かせて追って来る金属の骸骨を振り切るように、全速力でドルゴを走らせ、大穴の開いたシャッターを
潜り、地下へ下って行く。

「警告!侵入者は非常シャッターを破壊!MGK-505TL並びにMGK-880AG起動準備!」

 アレン達を乗せたドルゴが地下に降りると同時に、待ち構えていた金属の骸骨が一斉に襲い掛かって来た。しかし、やはりその一部が近くの金属の骸骨に
攻撃を仕掛けたり、アレン達への攻撃を防禦したりするなど、またしても「裏切り」が発生する。ここにもマークスの妨害工作は及んでいるらしい。

「警告!A級警戒態勢プログラムに対する重大なシステム・インタラプトにより、一部IG-200HMの管制離脱が継続中!管制下にあるIG-200HMは管制を
離脱したIG-200HMを攻撃目標から除外し、侵入者の迎撃に専念せよ!侵入者のエネルギー勾配による防禦壁はマシンガンの掃射を無効化することが
立証されたため、最も有効な直接攻撃に切替え、防禦壁内部に突入せよ!」

 無機質な声の指示で、それまで同士討ちに混乱していた金属の骸骨達は手にしていた細長い筒を腰のホルダーに収めて、裏切った金属の骸骨を
無視して一斉に一行に向かって走り始める。その速さは全速力で疾走するドルゴに匹敵する驚くべきものだ。あっという間に廊下を疾走するドルゴと金属の
骸骨の距離は10メールを切る。

「来るな、化け物!」

 リーナは不気味に迫って来る金属の骸骨に向けて、レイシャーを召喚する。至近距離からの攻撃を避ける間もなく、光線の直撃をまともに受けた金属の
骸骨は大破して、その後ろから迫っていた金属の骸骨を巻き込みながら大きく後ろに弾き飛ばされて行く。
金属の骸骨はしかし、全く動じることなく大破したものを踏み越えて、アレン達のドルゴに突進して来る。彼らには仲間の死傷を気遣うという思考は
存在しない。あるのは只、『主』の命令に従い、侵入者を抹殺することだけだ。

「来るなっ、来るなあっ!」

 リーナはどんどん迫って来る金属の骸骨に恐怖を覚えたのか、がむしゃらにレイシャーを召喚する。確かに数こそ徐々に減ってはいるが、残ったものは
怯むことなく突進して来る。
 とうとう、先頭の金属の骸骨の手が結界に触れた。激しい火花が散るが、金属の骸骨はものともしない。

「こらぁ!何してるのよ!しっかり飛ばしなさいよ!」

 リーナは操縦するアレンに怒鳴る。
最後尾にいるために、倒しても倒しても怯むことなく金属の骸骨が迫り来る恐怖を最も間近で感じさせられることが、リーナの神経を逆撫でしている。

「これ以上無理だよ!」

 アレンは全速でドルゴを疾走させながら、嫌がらせのように曲がりくねる廊下−周囲にドアがなく、ただ壁だけが続く連絡通路−を壁にぶつからずに
操縦するのが精一杯だ。
 アレンとて、金属の骸骨が迫ってきていることは、足音が大きくなってきたことで分かっている。だが、全速力で疾走するドルゴの操縦をミスすれば、
壁への衝突は必然的であり、そうなればより危険性は増す。結界を突き破る事が出来る以上、捕まったらもう助かる術はない。
アレンも焦りで声を荒らげて球体に尋ねる。

「『主』はまだなのか?!」
「地下2階への階段へはもう少しです。」

 球体はアレンの焦りとは無関係に落ちついた調子で答える。

「何とかしてよ!この金属の骸骨!」

 リーナと共に金属の骸骨を必死で破壊するフィリアが悲痛な叫びを上げる。この期に及んでリーナといがみ合うほど、フィリアの思考は短絡的ではない。

「これ以上の『主』への妨害は不可能なんです。これが限界です。」

 皮肉にも人間が作り上げたものが人間を超え、人間を必要としなくなったというマークスの言葉が証明された格好だ。
アレンはふと左腕を見る。暗緑色のグロテスクな盾−ドルフィンから貰った魔水晶から現れた生きる盾アーシルが、違和感なくアレンの細く白い左腕に
しがみ付いている。

「そうだ、あと2つあった筈…!」

 アレンは左手一本で手探りで革袋の中を探る。金属の骸骨は、飛び散る火花をものともせず、徐々に結界内部に侵入して来る。

「この、このぉ!」

 リーナは怒りと恐怖で喚きながらレイシャーを召喚し続ける。フィリアも危機感を露にしながらエルシーアを連射する。
アレンは革袋の中の固い感触を確かめ、中心が赤く濁った水晶を取り出す。

「頼むよ、ドルフィン!」

 アレンは祈りを込めて魔水晶を床に叩き付ける。ガシャンという冷たい音がすると、黒い鎧に身を包み、4本の腕にそれぞれ剣と槍と斧と槌を持ち、
兜の隙間から赤い一つ目が気味悪く輝く剣士らしい魔物が現れた。
魔物は、一行の結界に半分ほど侵入してきた金属の骸骨に手にした武器を振り下ろす。攻撃を受けた金属の骸骨は、頭から真っ二つに割られて、ゆっくりと
左右に分かれて倒れる。魔物は全速力で疾走する一行の結界から出た後も、迫り来る金属の骸骨に武器を振り回して続々と切り裂き、貫き、かち割り、
打ち砕いていく。程なく、一行の後ろに迫って来る金属の骸骨は姿を消した。

「な、何だったんだ?あれ…。」
「あれはデーモン・ナイト24)よ。それもドルフィンから貰った奴ね。」
「あんな物騒なものまで召喚できるドルフィンって…。」
「ドルフィンはあんたとは全然違うのよ。」

 リーナの口調は自分のことのように誇らしげだ。
 程なく、地下2階へ通じる階段らしいものが見えてきた。

「警告!侵入者に援護者出現!地下1階警備担当IG-200HMの90%が壊滅!」
「警告!侵入者が地下2階への階段に急速接近中!非常シャッター閉鎖!」

 無機質な声は立て続けに危機を告げる。リーナはレイシャーを召喚して、閉じかけたシャッターを破壊していく。

「性懲りもなく!」
「よーし!このまま突撃だ!」
「注意して下さい。階段を降りて間もなく、最初のゲート・キーパーが待ち構えています。」

 一行は気を引き締めて、『主』が鎮座するらしい地下2階へと下って行く。階段はこれまでのものよりかなり長い。距離を稼ぐことで侵入者を容易に
近付けないようにするためだろうか。もっとも、ドルゴに乗っている一行には、長い階段は全く苦にはならない。
階段は緩やかに曲がりながら、奈落へ続くかのように下へ下へと延びている。

「『主』は外部からの攻撃で破壊されたりすることがないように、地下深くに置かれています。」

 球体が説明する。

「さらに『主』のいる部屋に出入りするにはこの階段から連絡通路を通っていくしかありません。その唯一の通路にゲート・キーパーが配置されているのです。」
「随分周到な準備だな。」

 迫り来る金属の骸骨の恐怖から解放されて、ようやく落ち着きを取り戻したアレンが言う。自分の手綱捌きが自分のみならず、フィリアとリーナの
命運をも握っていたのだから、緊張感や切迫感は想像に難くない。

「十分注意して下さい。幸い、金属の骸骨は出てきませんが、それはゲート・キーパーだけで事足りるという自信の現れなのです。」

 ここまで厭というほど一行を苦しめてきた金属の犬や骸骨を遥かに凌駕するという巨大な金属の亀と鰐、そしてそれら全てを管理する『主』と呼ばれる
金属のいそぎんちゃく。古代文明は本当に人間を幸福にしたのだろうか。アレンの頭の中にそんな疑問がよぎる。

「警告!侵入者が中央制御室へ接近中!MGK-505TL並びにMGK-880AG起動!」
「いよいよです。絶対に防禦壁を緩めないようにして下さい。」

 延々と続いた階段が途切れ、奥へ伸びる通路が見えて来た。一行は戦闘準備に入る。
階段の終わりがどんどん近付いて来る。アレンは奇襲に備えて手綱を手前に引いて、速度を落として様子を伺いながらドルゴを進める。
通路の奥からは何の変化も窺えない。一行は生唾を飲む。
 アレンはさらにドルゴの速度を落とす。歩きほどの速度で通路に降り立った途端、バシュッバシュッという噴出音が立て続けに通路の奥から耳に届く。

「ミサイル?!」

 フィリアが叫ぶ。
一行に向かって、何本もの金属の筒−まさにミサイル−が煙を後ろに吐き出しながら突進して来た。反射的に一行は身を低くする。
ミサイルが結界を直撃する。激しい爆発音と渦を巻く炎が巻き起こり、結界が大きく振動し、一行は衝撃波で後ろに跳ね飛ばされる。

「きゃっ!」
「うわっ!」

 アレンが床に伏せながら前方を見ると、視界を遮る白煙の向こうに、白銀の巨大な亀が鎮座しているのが見える。金属の亀は小さな頭部の中央に不気味に
赤く輝く一つ目を持ち、一行を見据えているかのようだ。

「あれが…ゲート・キーパー…。」

 アレンは通路の幅と天井の高さ、そして金属の亀までの奥行きから、その巨大さを実感する。動く気配こそないものの、一片の感情も感じられない
激しい攻撃は、普通の亀とは明らかに異なる。まさしく、「主」に侵入者を抹殺するための巨大殺戮兵器だ。

「今度はこっちの番よ。」

 リーナは床に伏せたままで、人差し指を金属の亀に向ける。

「レイシャー!」

 リーナの人差し指の先から光線が迸り、ようやく収まりかけた白煙の中を疾走して金属の亀に命中する。爆発音が聞こえて来る。

「やった!」

 効果を確信したリーナの表情は、金属の亀を見て喜びから驚きへと一瞬で変化する。爆発音こそしたものの、金属の亀に破損の様子は全く見当たらない。

「な、何て奴…。」

 愕然とするリーナを嘲笑うように、金属の亀は口を開ける。そこから先程のものの優に2倍はあろう、巨大なミサイルが飛び出し、一行に向けて突進して来る。
床を這うように突進してきたミサイルが一行の結界に直撃する。稲妻が間近に落ちたかのような大音響と、火山の噴火のような激しい炎が通路を荒れ狂う。
結界は強風に煽られる街路樹のように大きく形を歪め、その衝撃波は結界があることを疑わせる程激しく、一行を打ちのめす。
伏せている一行を無理矢理床から剥ぎ取り、嘲笑うかのように床に叩き付ける。

「く、くそぉ…。強すぎる…。」

 全身をしこたま打ったアレンは、苦痛にうめきながら呟く。

「こんなの、これ以上耐えられないわよ…。結界が先に吹き飛ばされちゃう…。」

 フィリアは額から一筋の赤い筋を滴らせている。

「やっぱり…来るんじゃなかった、こんなとこ。」

 リーナが頭を抑えながら顔を上げる。

「せ、せめて衝撃だけでも緩められたら…。」

 アレンが呟く。
バシュッバシュッという噴出音が聞こえて来た。ミサイル攻撃の第二波である。金属の亀の最大の武器であり、同時に弱点でもある甲羅の下の破壊兵器が
姿を現すまで、結界を通り越して襲い掛かる激しい衝撃波に耐え続けることは、一行の体力では望み薄だ。
 アレンの頭に退却の二文字が浮かぶ。
無理と分かっているのに突進するのは勇気とは言わないというドルフィンの言葉。魔術を多用して体力的にも辛いであろうフィリアとリーナの身の安全を
守るためにも、ここは撤退すべきではないか。
 しかし、ここで退却すれば、マークスの時を超えた遺言を果たせない。それに騒ぎを聞きつけた国家特別警察の援軍が駆けつけでもしたら、戻ることも
難しくなるだろうし、調査団が古代の危険な遺産を持ち出す機会をむざむざ与えるようなものだ。
 アレンは迫り来るミサイルを見ながらあれこれ考える。その時、リーナが両手で三角形を作って叫ぶ。

ローウォー25)!」

 一行の結界の周囲に5匹の掌に乗るほどの大きさの、円盤に尻尾をつけたような生物が現れ、一瞬で薄い赤色の四角錐を形成する。
その直後にミサイルが続々と衝突する。しかし、先ほどとは違い、爆発音と炎こそ荒れ狂うものの、四角錐の内側に居る一行には衝撃波は全く届かない。

「あんた…。」
「ローウォーよ。5匹単位で行動して四角錐の強力な結界を形成する魔物。」
「魔物の蘊蓄(うんちく)聞きたいんじゃないの!こんな強力な防禦が使えるんなら、何でもっと早く使わなかったの!」

 フィリアが怒るのももっともである。ミサイルの衝撃をも通さないこの四角錐の結界をもっと早く使用していれば、金属の犬や骸骨にあれほど手を
焼かずに済んだだろう。何時骸骨に捕まって、結界の外に引きずり出されるかも分からない恐怖に晒されることもなかっただろう。
そう考えると、フィリアの怒りは益々増幅される。

「あんた、下手すりゃあたしやアレンは勿論のこと、あんたも死ぬとこだったのよ!分かってんの?!」

 フィリアが語気を荒らげて激しく詰め寄っても、リーナは顔色一つ変えずに平然と答える。

「そうなる前にちゃんと使ったでしょ。」

 フィリアは怒りを通り越して激しい脱力感に包まれる。

「一体何なのよ、あんたって奴は…。自分が死ぬかもしれないって時に、よくそんなに冷静でいられるわね…。」
「人間誰でも何時かは死ぬ。私はそれを現実として受け入れているだけ。」

 リーナは不気味とも思えるほど、それこそ金属の骸骨を彷彿とさせるほど冷静に、淡々と言う。

「あんたは知らないだろうけど、ローウォーの結界は強力だけど使用者の移動に追従しないから身動きが取れなくなる。ドルゴで移動しているのに
ローウォーは使えないでしょ?だから使わなかった。今は敵も動かないし、あたし達も動く必要はない。衝撃波が強すぎて危ない。だから使った。
それだけよ。」

 リーナは感情に身を任せて召喚魔術を乱用しているだけかと思いきや、実はアレンとフィリア以上に冷静に状況を把握していたのだ。
自分のシナリオ通りに台詞を話し、演じる自分の形をした人形の演技をどこからかじっと見詰めている、そんな印象さえ抱かせる。

「リーナ。一つ聞きたいんだけど…。召喚魔法で召喚できる魔物って、どのくらいある?」
「大体300。攻撃が6割で防禦や治癒が3割。あとの1割は現状では使い道がないやつ。」

 アレンが尋ねると、リーナは相変わらず表情を変えずに言う。
一向に無視された格好の金属の亀が、口を直角に近いほど開けて巨大なミサイルを発射する。ミサイルが四角錐の結界に直撃し、大音響と荒れ狂う炎が
結界を包み込んだが、中に居る一行には何も影響がない。

「その中にあいつの必殺技を待たずに攻撃できて、手痛いダメージを与えられるやつってある?」
「…なくもない。ただ、疲れるからやりたくない。」

 あまりにもあっけらかんと言ってのけるリーナに、フィリアは怒りの炎を再度激しく燃え上がらせる。

「あのねえ!今、あたし達がどんな状況に居るか、分かってもの言ってるの?!クールぶってるんじゃないわよ!!」
「十分分かってるわよ。あたしだってあんた達と心中なんてまっぴら御免だし。」
「分かってるなら…!」
「自分の精神力と強力な魔物を召喚するのに必要な魔力を差引すると、『主』と戦うだけの余裕がなくなるから言ってるのよ。」

 フィリアは続けて浴びせようとした文句がどうしても出てこない。
フィリアとて、自分の称号でようやく使えるエルシーアをこれでもかと言うほど連発してきたことで、精神力をかなり消耗していることは分かる。
これまでのペースで魔法を使い続ければ魔力は底を突き、生命に危険が及ぶ危険も現実味を帯びて来る。魔術と名がつく以上、召喚魔術も例外ではない。
リーナは早くも来るべき『主』との戦闘をも想定していたのである。

「あんたも魔術師の端くれなら、自分の精神力の容量くらいしっかり把握して置くことね。」

 フィリアは負けじと言い返そうとしたが、的を得たリーナの指摘には反論できない。

「じゃあ、『主』との戦いのために、精神力をできるだけ温存しておきたいってこと?」
「そういう事。」
「でも、本当は道案内だけのつもりだったんだろ?最終場面まで俺達に付き合ってくれるの?」

 アレンが尋ねると、リーナは視線を逸らして少し眉間に皺を寄せる。

「…別にあんた達をほったらかして帰ってもいいのよ。でも…、ここまで散々やりたい放題やってくれた『主』とかいう奴をこの手で倒さなきゃ、目覚めが
悪いからね・・・。良い?念を押しておくけど、あんた達の為じゃないからね。」
「事情はどうであれ、君の召喚魔術が奴等に有効なのは間違いない。助かるよ。」

 リーナは何も言わなかったが、心なしかほんの少しだけ頬が緩んだような気がする。
一行は金属の亀から規則的に襲って来るミサイル攻撃を、四角錐の結界の中でひたすら耐える。この間にフィリアとリーナは身体の力を抜いて、消耗した
魔力を少しずつ回復させる。アレンは激しい煙と爆炎の隙間から、金属の亀が破壊光線−調査団が壊滅的打撃を受けた光子砲−の発射準備に入るのを
待つ。
夥しい数のミサイルが四角錐の結界に衝突し、耳が爆発音になれた時、ミサイルの攻撃が止んだ。

「どうやら必殺技の準備に入ったみたいだぞ。」

 廊下いっぱいに立ち込める煙と爆炎の向こうから、金属の亀の甲羅がゆっくりと縦に割れて左右に開いていくのが透けて見える。魔力を回復していた
フィリアとリーナは、再び戦闘準備に入る。

「光子砲発射装置の起動を確認。一撃必殺の強力な兵器です。」

 暫く黙っていた球体が説明する。

「リーナ。一時休戦よ。あの亀に一気に強力なやつをぶち込む。良いわね?」
「あたしは良いわよ。」

 フィリアとリーナはお互いの顔を見ることなく共同に合意する。切迫した状況と利害の一致によって生まれた共同であり、相互の理解と信頼で生まれた
ものでは決してない。

「光子流の増幅が開始されました。」

 球体が説明する間でもなく、魔術を扱う二人には前方で大量のエネルギーが収束していくのが分かる。煙や炎は完全に消えてはおらず、視覚で完全に
確認できたわけではないが、魔術を扱う者としての能力がそう教えている。フィリアは自分を早口で唱え始める。

「バーン・オビジェル・ニール・カーム!炎の精霊よ、その力を凝縮し、我が敵の内側より炸裂させよ!」

 リーナは前方に両手を翳し、精神力を集中させる。

「光子流増幅率80%突破。ロックオンされました!」

 球体が言うのと同時に、フィリアとリーナはそれぞれ叫ぶ。

エクスプロージョン26)!」
「レイシャー!」

 リーナの両手から幅広の光線が溢れ出し、一直線に金属の亀に向かって突進して行く。
ほぼ同時に前方で二つの大音響が轟く。大量の炎と同時に青白い稲妻のような閃光があちこちに枝を伸ばす。大音響を伴う爆発は大小入り乱れて次々に
炸裂し、金属の亀の断末魔の叫びのように聞こえる。

「やったか…?」

 身を低くしていたアレンは、一行を包む半透明の結界に絶え間なく押し寄せる炎と煙の隙間から様子を伺う。

「光子砲発射装置の破壊を確認。攻撃は成功です。」

 球体は視界が晴れるよりも前に状況を把握して−赤外線カメラとレーダーの力であるが、一向に走る由もない−成功を伝える。

「警告!MGK-505TLが侵入者の攻撃により大破!誘爆により全機能の98%が使用不能!よってMGK-505TLを収納し、MGK-880AGによる遠隔攻撃を
開始!」

 あの無機質な声が少し言葉の分かるリーナに勝利を確信させる。声は一片の感情もないが、同時にそれは味方の不利を敢えて伝えず、士気を維持、
高揚させることをしない。あくまでも現状をつぶさに報告し、最善の対処法を的確に指示することに徹しているのである。
 ゴウンゴウンと唸るような音が前方から響いて来る。煙と炎がようやく収まっていく中で、一行は甲羅の部分がほとんど吹っ飛び、青白い小さな火花と
白い煙を発するだけとなった金属の亀がゆっくりと床ごと下に沈んでいくのが見える。

「やった!」

 アレンは思わずガッツポーズを取る。

「これで『主』に一歩近付いたわね。」
「あれで吹っ飛ばなかったら、次はもっと強烈なやつをお見舞いしてやろうかと思ったけど。」
「前方からミサイルが急速接近中です!」

 一行が一時の勝利に浸っていると、球体が警告を発する。まだ全てが終わった訳ではない。『主』の前座の一つを撃破しただけのことなのだ。
一行に向かってミサイルが白煙と炎を後ろに吹き出しながら、次々と突っ込んで来る。ミサイルは四角錐の結界に衝突して激しい炎と大音響を撒き散らすが、
やはり四角錐の結界の内側には何も影響を及ぼさない。

「古代人ってのは、何処か人間を舐めてたようね。攻撃は防がれたらさらに強力な攻撃を仕掛けるか、退却するかって選択をしない。」

 リーナが嘲るように言うと、球体がそれに答える。

「鋭い指摘ですね。しかし、ゲート・キーパーにしろ、貴方達を散々苦しめた金属の骸骨にしろ、『主』の意志通りに行動するだけです。『主』の意志は
この建物の管理と自分の存在を脅かす侵入者の抹殺。それだけのために彼らは作られ、動くのです。」
「…まるで国家特別警察の下っ端の兵士達みたいだな。あいつらもただ、上官の命令、国家の命令に従って動くだけだった。命令なら死ぬことも当然
だった…。」
「古代人が生きていた時代、ある命題に対しての行動が事細かに記されている本の通りにしか行動しない、或いはできない人間のことを『マニュアル人間』と
称していました。しかし、『マニュアル人間』はそうなるかならないかを選択することもできましたが、貴方達が言う国家特別警察と言う組織やこの遺跡を
俳諧する機械には、選択することすら出来ないのです。その部分が決定的に違います。さらに、機械は目的のためだけに動くように作られた時から設計
されていますが、国家特別警察と言う組織の場合は命令に背けば厳罰、最悪の場合は死が待っています。機械達には『主』のように、ごく一部のものを
除いて死と言う概念すらありません。しかし、人間には死と言う概念があります。それ故に死を含む選択肢がある場合、人間はそれを避けようとします。
当然でしょう。それを避けさせないために死を含む罰を用意したり、死を恐れないように精神構造そのものを変えてしまうと言う手法が、古代人の時代には
行われました。それを行ったのは主に権力者でした。」

 結界に規則的に衝突して炸裂するミサイルを無視して、一行は球体の話−それは球体を通してのマークスの話−に耳を傾ける。見た目からはお世辞にも
生命という感じはしないが、語る内容には生々しさが多分に含まれている。

「強い権力を持ち、さらに強い権力を求める者ほど自分の命令を絶対のものとして、尚且つその命令を実行するには死を恐れない人間を必要とします。
それにより自分の権力の強大さを内外に示すことができますし、それで自分の権力欲が満足されるからです。もっとも権力欲は一時満たされてもすぐに
次の権力の料理を欲しがりますし、さらに刺激の強いものを求めます。ですから権力は麻薬とよく比喩されました。」
「強い立場の人間なんて、大抵そんなもんよ。何千年も前から同じようなことを繰り返してるんだから、『知恵ある生き物』が聞いて呆れる学習能力の無さよね。」

 吐き捨てるような、そして嘲笑うかのようなリーナの指摘は、アレンとフィリアが反論を繰り出す余地を与えない。

「何千年も前の穀潰しの後始末をしなきゃならないなんて、人間の罪に家系や民族や子孫の都合なんてありゃしないってことよね。」
「私達の時代の人間も、そのことにもっと早く気付くべきでした。しかし、民族の誇りや国家の威信という自分が属する集団にとって耳障りの良い言葉に
幾度となくあっさりと躍らされ、結局同じ轍を踏んでしまったのです。私が気付いた時はもう遅すぎました。ですから貴方達には決して私達古代人の
二の舞になって欲しくないのです。一部の人間の暴走で最大の被害を被るのは、必ず一般人、特に弱い立場の人間なのです。このことをよく覚えておいて
下さい。」
「…あんたは気付いただけましよ。気付かずに後を突っ走る奴は先頭を旗担いで走る奴よりたちが悪い。」

 リーナの表情が再び険しさを増す。アレンとフィリアを始めて見た時のような、自分以外は全て敵と見なしているかのような冷徹な輝きを湛える瞳からは、
憎しみの色と同時に悲しみの色が滲み出ている。

「あたしは違う。あんた達とは違う!」

 リーナは自分の感情を一気に吐き出すように言う。
 今まで見たことのない、不思議な少女。自分すら第三者の視点から観察できる冷静さの一方、憎しみや怒りといった、表に出すのを憚られる感情を
剥き出しにする少女。二つの相反する言動の精密なバランスの上で辛うじて立っているかのような危なっかしさを感じさせる少女。
そんなリーナに、アレンは少しずつ興味を持ち始めていることに気ついていた…。

用語解説 −Explanation of terms−

24)デーモン・ナイト:強固な鎧に身を包み、4本の腕にそれぞれ剣、槍、斧、槌を持つ一つ目の魔物。通称「テトラ・パニッシュメント」と呼ばれる
攻撃の破壊力は甚大で、地獄の魔力が充満する鎧には、通常の武器では傷一つ付けられない。暗黒の属性を持つ。


25)ローウォー:主にジャングルに棲息し、常に5匹単位で行動する魔物。餌は小動物や木の実などで性格は大人しい。召喚すると4角錐の強固な結界、
通称レッド・ペンタゴンを形成する。属性は無属性。


26)イクスプロージョン:力魔術の一つで炎系に属する。対象周囲の分子運動を急激に活発化させて爆発と炎で攻撃する。煉瓦造りの家くらい簡単に
吹き飛ばせるが、魔力の消費は大きい。Phantasmistから使用可能。


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